一発ネタだったはずなのに、何故だ?
あと、無惨が白面を傷つける場面がどうやっても想像できなんだ。
ごめんよ、無惨
鬼舞辻無惨は焦っていた。
彼の心には今から数刻前まで大きな驕りがあった。
鬼の始祖として千年以上の時を生きてきた自分は究極に最も近い生物だと。
そんな自分に敵う者は存在しない。
……いや、過去を遡れば己を脅かす者がいなかったわけではない。
しかし、その忌まわしき漢も悠久の時の流れに没して消えた。
あとは延々と自分を付け狙う鬼殺隊という異常者を滅ぼし、唯一の弱点である日の光を克服すれば己は永久不滅の存在になれると。
今夜わざわざ山奥にすむ炭焼き一家まで足を運んだのも、かつて己を脅かした剣士の残滓と思われる人間を消し去る為だった。
しかし、その一家の中に超級の核弾頭が潜んでいるなど、いったい誰が考えるだろうか?
「ぐぁがばぁっ!?」
無様な断末魔と共に骨を、肉を撃ち砕く音が雪山に響く。
大きく吹き飛んだ無惨の下半身は、ひき肉になった上半身と大量の毒血で雪を赤く染めながら地面へ叩き付けられる。
これでいったい何度自分は致命の攻撃を受けただろうか?
そんな益体も無い考えが自身の肉体に生み出した何十個目かの脳に過る。
「お…おのれ……」
鬼の中でも突出した回復力でズルズルと上半身を再生しながら、無惨はゆっくりと体を起こす。
今の彼は身にまとっていた洋装も半ズボンのように腰の部分を覆うだけで、肌を露わにした他の部位は全て己の血で赤黒く染まっている。
「この程度か、鬼舞辻とやら。我はまだ尾の一本しか使っておらぬぞ?」
ユラユラと自分を撃ち砕いた尾を揺らしながら、純白の魔獣はその美しい顔に酷薄な笑みを浮かべる。
天から見下されるのは業腹だが、無惨は悪態の一つも返せない。
『血鬼術も衝撃波も通用しない! 血を過剰に送り込んで細胞破壊を狙おうにも、そもそも管が刺さらん!! いったいどうなっているのだ、あの化け物は!!』
本性を現したキュウと対峙して半刻程度、この時点で無惨は己に勝利の目がない事をまざまざと突き付けられた。
自分の攻撃はまったく通じず、逆に相手は尾を軽く振るだけで強靭であるはずの鬼の身体を砂糖菓子のように粉砕する。
しかも明らかに手を抜かれている状態でだ!
伝説の大妖怪と謳われた九尾の狐、無惨はその恐ろしさを甘く見ていた事を痛感していた。
「くっ……」
だからこそ、彼が次に打った手は必然と言えるものだった。
下半身から生えた触手の管で激しく地面を叩くと、次は己の周囲に風を起こすべく振り回し始める。
するとまだ柔らかい新雪は無惨が生み出した風に舞い、その周囲を白く染める。
そうして煙幕代わりとなった白い霧に身を隠すと、無惨はこの場から離れるべくキュウへ背を向けた。
「ごはっ!?」
しかし次の瞬間、音の速度を超えて突き出された尾によって無惨の胴は貫かれた。
「先ほどから何度も試しておるなぁ。……だが、駄目であろ?」
嗜虐の笑みを浮かべながらキュウが串刺しとなった無惨ごと尾を地面へ叩き付けると、彼の身体は容易くグシャグシャの肉塊と化す。
己の生存を第一とする無惨が、勝機が無いと確信してもキュウに対峙している理由がこれだった。
彼我の速度に差があり過ぎて逃げる事が出来ないのだ。
「おごぉ……あぁ……」
さすがの無惨も全身を砕かれては瞬時に復活などできない。
「弱し。実に弱し。鬼の始祖とやらよ、貴様はその体たらくで今までどうやって生きてきたのだ?」
1分ほどで再生した無惨の聴覚が捉えたのは、無様と己を嘲笑う白面の声だった。
「今にも死にそうな顔色とは裏腹な油虫の如き生き汚さで、食われながらも逃げ回っていただけか? そんな塵芥がこの白面に挑むなど思いあがったものよ」
死にそうな顔色、それは人間であった時は病弱で明日をも知れぬ命であった無惨にとって禁句だった。
「私を見下すな、化物め……はっ!?」
力に差がありすぎて己の地雷を踏み躙られても歯噛みする事しかできない無惨だが、ある事に気が付いた瞬間に頭に登りかけていた血は一気に下がる事になる。
「何故だ!? なぜ、傷が再生しない!」
そう、キュウの尾によって貫かれた穴は未だに無惨の腹と胸の下にぽっかりと開いているのだ。
「何を驚く。よもや、貴様は我がただ気の向くままに嬲っていたと思っておったのか?」
そう言葉を連ねながら、キュウは無惨を貫いた尾を掲げる。
「あ…あれはっ!?」
それを見た無惨は驚きで目を見開いた。
鬼の視力は尾の先端に潜む鋭い槍の穂先を捉えたからだ。
「これはかつて我を滅ぼさんと各国の名匠が鍛え上げた霊刀よ。この身を傷つける事はできなんだが他の化け物共には十分に通用するのでな、こうして砕けた破片を取り込み我の一部としておるのだ。自慢の再生能力も、これの前では形無しのようだな」
出来の悪い生徒に答えを与えるように語るキュウ。
青白いを通り越して土気色となった無惨の顔を見ながらも、彼女の優秀な脳は高速で回転していた。
(この程度で鬼の始祖とは笑わせる。さて、こ奴の裏で糸を引いているのは何者だ? 日の本の化け物共か、それとも外つ国の魔か?)
キュウは無惨を黒幕ではなく何者かの尖兵と考えていた。
そもそも無惨が一軍の将であるのなら、こんな事に自ら出張ること自体がおかしい。
仮に自ら赴く理由があったとしても、護衛を一体も付けないなど愚の骨頂であろう。
それに加えて、無惨自体があまりに非力だ。
単独で動く野良の化け物ならまだしも、勢力を率いる器には程遠いとキュウは判断した。
もっとも、この辺の感覚は彼女自体が強すぎる為に大きく狂っているのだが。
そんな事を考えている最中、キュウにある変化が現れた。
正体を見せた時のように骨肉がメキメキと唸りを上げると、その巨躯がさらに大きさを増したのだ。
「まだデカくなる…だと?」
「今、我に恐怖したな? 矮小な鬼ながら貴様の恐怖、なかなかに美味であるぞ」
キュウは大陰の化身だ。
他者の恐怖を食らって力を増し、憎悪や妬みに怒りなどの負の感情が籠った攻撃は全て無効化する。
己の恐怖が眼前の化け物を更に強化していると知った無惨は絶望した。
「あああああああああっ! 鳴女ぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
だからこそ、何度も失敗し続けた逃走の中でも使わなかった奥の手。
己の居城へ一瞬で空間転移を可能にする配下、鳴女へ指示を出した。
先ほどまでは万が一を考慮して絶対に成功する状態まで隠していた切札だったが、もうそんな事を言っていられなかった。
ベベンッ! と琵琶の音が響くと同時に無惨の背後に現れる両開きの障子扉。
無惨は恐怖と猜疑に満ちた目をキュウから離さないまま、扉が開いた瞬間に全力で後ろへ跳んだ。
冬山の凍てつくような寒さから、慣れ親しんだ己の城の空気を感じた瞬間に無惨の口元に安堵の笑みが浮かぶ。
しかし次の瞬間、その笑みは粉々に粉砕された。
「可愛いなぁ。この程度で白面から逃れられると思ったかよ」
キュウが放った尾の一突きが、主の身体ごと無限城の一区画を容赦なく吹き飛ばしたからだ。
散り散りの肉片となった無惨に満足したキュウは、無限城と冬山を繋ぐ扉から尾を引き抜く
その際、尾から抜け落ちた毛が無限城の方々へと散らばり、数本は無惨の肉片の上に落ちるとスッと消えてなくなった。
大慌てなのが透けて見えるかのように扉が消えてなくなると、キュウは小さく息を付いた。
「───これで竈門家を狙う者を炙りだすことが出来よう。その全容を掴めば、奴等が面倒な動きをする前に叩けばいい」
キュウはすでに消えた異界の扉の先を睨みながらそう独り言ちる。
今の彼女は弱者を見下しはせど、侮りはしない。
それが徒党を組むモノなら猶更だ。
かつて己と死闘を繰り広げた獣の槍の伝承者とシャガクシャは、キュウから見れば糸くずのような者達と手を取り、その力をより合わせて彼女と互角に戦ってみせた。
それ以前の平安の世であっても、日の本の人と化け物が結託すればキュウは身の危険を感じる程の底力を発揮したのだ。
この世界でそれがあり得ない等と何故言える?
「ならば、手を取り合う前に各個撃破するまで。すでに絆があるのなら、計を以てそれを引き裂こう」
あの陽だまりのような家族を守る為なら、我は何度でも悪逆非道の大妖へ立ち戻らん。
そう決意を固めるキュウ。
しかし、そんな事を考えてたからだろう。
「あーーーー! キュウ、おっきくなってりゅ!!」
自分を心配した竈門家の人々が、吹雪をかき分けて近づいてくるのに気づかなかったのは。
◆
しまった!? と思ったときにはもう遅かった。
「うおっ!? でっけぇ!!」
「あれ、本当にキュウなの?」
家族の先頭でこちらを指さす日向の後ろで竹雄が驚き、禰豆子が戸惑っているを感じながらキュウは絶望した。
よもや白面の姿を彼等に見られてしまうとは、迂闊にもほどがある。
彼等は自分の事を恐れるだろうか?
化生と拒絶するだろうか?
ようやく手に入れた温かい居場所を失う事を、己に優しくしてくれた人達に忌み嫌われる事を想像した彼女は、その未来に心の底から恐怖した。
陰に産みおとされ、殺戮と悪逆の中を長きに渡って生き、そして一度滅んで再誕した事でようやく手に入れた太陽なのだ。
その光を、温もりを知ってしまっては、もうそれ無しで生きることはできない。
降り掛かるであろう嫌悪や恐怖の声を想像してキツく目を閉じるキュウだったが、実際に掛けられた言葉は意外なモノだった。
「キュー! おりてきて!!」
舌足らずな幼い声に恐る恐る目を開けると、そこには雪の上でぴょんぴょんと跳ねている日向がいた。
大人しく言う事を聞くと、彼女は白面となった自分の身に突撃して、もふっと全身で抱き着いてきたではないか。
「キュウ、もふもふ! ぬくぬく! おっきいねぇ!!」
嬉しそうに白い体毛に頬を擦り付ける日向。
「我が…怖く……ないのか?」
その姿に呆気にとられながらも、キュウは細い声で問いかける。
「キュウはねぇ、ひなのいもうとで、おねえさんで、かぞく! だからないない!!」
それに返ってきたのは、かつて自分を助けた時に日向が浮かべていた太陽のような笑みだった。
「かあちゃん、ぼくもひなみたいにモフモフしたい!」
「わたしも!」
「俺も!」
「うーん……」
「大丈夫だよ、母さん。キュウからは嫌な臭いはしない。身体は大きくたって何時ものキュウだ」
抱き上げていた六太や茂、花子の言葉に考えるそぶりを見せた葵枝だったが、炭治郎の言葉で小さくうなずいた。
「そうね。人の言葉を話すし、きっとキュウはお稲荷様の遣いなのよ。いってらっしゃい」
「わーい!」
「行くぞ、キュウ!!」
「おっきくなった分、抱き心地よさそう!!」
許しが出た途端にキュウの脇腹へ突撃する子供達。
さりげなく竹雄が混じっているのが微笑ましい。
「キュウ、ぎゅってしてもいたくない?」
そんな中、日向はキュウの白い毛を指で摘まみながら問いかけてくる。
「うん? 大丈夫だが……」
その答えを聞いた日向は顔を輝かせると、キュウの毛を握ってそれを頼りの彼女の身体を登り始める。
「日向、何をする気だ?」
「キュウのうえでモフモフ!」
落ちては一大事と慌てて尻尾で日向を支えるキュウ。
そんなキュウの心配など知らぬとばかりにスルスルと白い体を登ると、日向は背の上で小さな虫のように体毛の中へ潜り込んでいく。
「あー! ひなた、いいなぁ!!」
「キュウ! 私達も乗せて!!」
それを見て羨む六太や花子の声に、キュウは他の子供達も尾を使って自分の背に乗せる。
「お母さん、お兄ちゃん! 私達も行こ!!」
「禰豆子?」
「きっとキュウは私達が自分に怯えるかもって怖いんだよ! だから、日向達だけじゃなくて私達もキュウに教えないと!」
「そうだな、キュウは俺達の家族だ。大丈夫だって示さないとな!」
「お母さんの歳だと少し恥ずかしいけど、家族の為だものね」
禰豆子に促されて、炭治郎と葵枝もキュウに抱き着く。
「キュウ! 俺達も上にあげてくれないか!」
「わかった」
炭治郎の声にキュウが三人を背に乗せると、そこでは布団のように白い体毛へ顔以外の身体を埋めた子供達がいた。
「あ、お兄ちゃん! キュウの毛って暖かいんだよ!」
「ホント、すっげえ気持ちいいんだ」
時間も深夜ということもあってか、六太や茂に日向はすでに寝息を立てており、声をかけた花子や竹雄も半分瞼が落ちている。
それを聞いた炭治郎達は靴を脱ぐと子供達と同じように体をキュウの毛の中に埋めてみる。
「……本当だ。ウチの布団より暖かい」
「これはよく眠れそうだわ。キュウ、少し寝かせてもらっていいかしら?」
「構わぬ」
葵枝の問いかけに是と答えると、上の子供達もそれを待っていたかのように眠りに落ちていく。
「キュウはお日様みたいだね」
上に乗せた家族の眠りを妨げないように宙へ浮いたキュウは、禰豆子が意識を落とす間際に呟いた言葉を聞いて口元を吊り上げる。
なんとも皮肉な話である。
陽の対極にある我が、そんな風に言われるとは。
しかし、悪い気分ではない。
そう斜に構えようとした己をキュウは律する。
いや、信頼する家族にそんな風に思われる事が嬉しいのだ。
彼等がそう思ってくれるのなら、たとえ世界の理が否を突きつけてきてもキュウは胸を張って言うだろう。
我は陽のモノである、と。
翌日、炭売りから帰ってきた炭十郎は家の中を見て小さく笑みを浮かべた。
何故なら、妻や子供達が一匹の白狐を囲むように寄り添って寝息を立てていたのだから。
オリキャラ
竈門日向(3歳)
本来ならいない筈の竈門家三女。
正真正銘、純粋培養な幼女である。
竈門家きってのおてんば娘で、毎日山を駆けまわっては泥だらけになって花子や禰豆子を心配させている。
転生した白面を拾ってキュウと名付けたのは彼女。
実はジエメイの生まれ変わりである「ゆき」と同等の霊力と法力の才を有しており、正式な修行をすれば歴史に名を残す程の法力僧になれるポテンシャルを秘めている。
性格は天真爛漫かつ猪突猛進。
やると決めた時にはすでに実行に移しているアグレッシブさが売り。
家族仲良くがモットーの為、兄姉で誰かが喧嘩をした場合は泣き落としなどで関係修復の切っ掛けになっている。
人呼んで竈門家のお日様娘。
父・炭十郎がキュウに治療されるまで死病に耐えられたのは、日向が無意識のうちに治癒へ変換した霊力を送り込んでいた為。