ひなたときゅう   作:アキ山

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白面に勝てない数多の無惨様のコメント集

・あのクソ目玉がァァァァァァァァァっっ!!(5時間かけて最終フェーズへたどり着いた矢先、卑妖に動きを封じられてブレスで消滅したプレイヤー)

・パリィを…せめてパリィをください!!

・お前鬼の元締めだろうが! 緊急回避くらいしろやッッ!!

・必死こいて戦っているところに、太陽の光とかクソすぎですわよっ!!(なお、攻略は第一段階)

・コイツ、何時になったら明鏡止水に目覚めんだよ! アタマ無惨か!!

・槍での足潰しからの雷・嵐の尾が酷過ぎる! なんでこの強さなのにガチで殺しに来てんだよ!!

・あの、卑妖使ってコッチの視界封じて来るの止めてもらっていいですか?

・シュムナの霧で囲って逃げ場を失くしたところで、あやかしの尾で丸のみとか、どんだけ外道なんだよ!?

・あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)(5時間かけて最終フェーズに持ちこんだところで、今までの卑妖攻撃の蓄積限界で木偶になったプレイヤー)

・おい! 細胞破壊狙って血を送り込んだら、こっちが失血死したぞ! ふざけんな!!

・この外道条件でノーミスとか! 開発者、頭腐ってんのか!?

・おのれ…おのれ、白めぇぇぇぇぇん!!

・憎やぁ! 憎やぁぁぁぁぁぁぁっっ!!

・これだけ殺されてもなお、憎悪でコントローラーを放さぬ我等は何になる? 何になる? 奴になるのよっっ!!

・アノシロイケモノハツヨイナア...。ナンデ ワレハ アアジャナイ...。ナンデ ワレハ チニフセテイル...!?

・おぎゃああああああああああっ!!!



竈門家とお公家様

 鬼殺隊に関りがあるとはいえ、流血沙汰とは無縁の生活を送っている竈門家。

 

 そんな彼等にある日一通の手紙が届いた。

 

 差出人は産屋敷あまね。

 

 鬼殺隊のパトロンを務める華族、産屋敷耀哉の妻であった。

 

「ねーねー、とうちゃん。おてがみ、なんてかいてあるの?」

 

 普段はあまり来ない手紙に興味津々な様子の日向。

 

「こら。父さんの邪魔になるから駄目だぞ、日向」

 

 居間で胡坐をかく炭十郎の太腿の上に登ろうとする末の妹を、炭治郎は苦笑いで抱き上げる。

 

 普段ならそんな仲のいい家族の様子に頬を緩める炭十郎なのだが、今日に限って難しい顔を解こうとしない。  

 

「あなた、何と書いてあったのですか?」

 

 その様子に葵枝が問いかけると炭十郎はため息を付くと口を開いた。

 

「産屋敷の奥方様が日向と会いたいらしい。だから、彼等の屋敷へ招待すると言ってきた」

 

「「ええっ!?」」

 

 炭十郎の言葉に禰豆子と花子が驚きの声を上げる。

 

 竈門家は代々山で炭焼きをしていた一般人だ。

 

 華族に招待を受けるなど前代未聞である。

 

「いやいや、なんで日向なんだよ!? コイツ、まだ3歳だぞ!」

 

「ひな、4さいなった!」

 

「そうだよ! ひながむこうでおねしょしたら、どうするのさ!!」

 

 竹雄と茂、二人の兄の容赦ない評価にぷくっと頬を膨らませる日向。

 

「ひな、もうおねしょしないもん! ね、キュウ?」

 

『……キュン(今朝も被害を受けたのでな、それには同意しかねる)』

 

 日向に抱き上げられたキュウは、向けられた言葉にスッと目を背ける。

 

 かなりの頻度で目覚める度に、香ばしい匂いのする液体で毛並みをびしょびしょにされている身としては思うところがあるのだ。

 

「どうするんですか?」

 

「色々と世話になっている身としては断るわけにはいかない。念のために私が日向を連れて行こう。もし、向こうが無茶な事を言って来たら雲取山へ帰る事もあり得る。皆もそのつもりでいてくれ」

 

 ガーンとショックを受けている日向を他所に、炭十郎は割とあっさり覚悟を完了した。

 

「俺も行くよ、父さん! 妹の事だから、長男として黙っていられない!」

 

 それに炭治郎も同調し、日向当人のあずかり知らないところで話は決まってしまったのだ。

 

 それから数日後、隠と呼ばれる黒尽くめの鬼殺隊隊員の背に運ばれた日向達は産屋敷邸の前にいた。

 

「父さん、本当にキュウを連れてきてよかったの?」

 

「構わないさ。キュウだって私達の家族だ」

 

「うん! キュウはひなのいもうとでおねえさん!」

 

「キュウ!」

 

 日向に頭を撫でられながら胸を張るキュウ。

 

 その様子に炭治郎が苦笑いを浮かべていると、日向の背丈の何倍もある立派な門が開いた。

 

「竈門炭十郎様、竈門炭治郎様、竈門日向様ですね。ようこそおいでくださいました。どうぞ、お入りください」

 

 侍女の案内で中に入ると、日向は鼻の下を人差し指で擦りながら顔をしかめ始める。

 

「どうしたんだ、日向?」

 

「ここ、くちゃいよ。いやなにおい、する」

 

 顔をクシャクシャにする妹の言に炭治郎は慌ててしまう。

 

「こ…こら! 失礼なこと言っちゃダメだろ!」

 

 嗅覚に異様な自信がある彼は試しに鼻を鳴らしてみたが、妹の言うような臭いはまったくしない。

 

 むしろ薄っすらと上品な華の香りがするくらいだ。

 

「む~、ほんとだもん」

 

 兄に叱られてむくれる日向。

 

 その頭に炭十郎は優しく手を添える。

 

「ご立派な家だから香が焚かれているようだね。日向はそういう匂いを嗅いだことがないから、慣れていないんだろう」

 

 振り返った侍女の視線から末娘を庇いながら、炭十郎は失言を誤魔化す為に穏やかな笑みを返す。

 

 しかし、キュウはこの匂いの正体に気付いていた。

 

「キュウ(これは呪詛の匂いだな)」

 

「じゅそ?」

 

「キュウキュウ(呪いのことだ。どうやら、この家の誰かが何者かの呪いを受けているらしい。日向、あまり嗅いではいけない)」

 

「う~」

 

 キュウの鳴き声に込められた念を感じ取った日向は、猫のような唸り声を上げながら自身の鼻を摘まむ。

 

 産屋敷の侍女に案内されて向かった先、上品な和室で3人と1匹を迎えたのは白髪に紫紺の瞳を持つ美女だった。

 

「平素は我が鬼殺隊の隊士達へ尽力していただき、ありがとうございます。産屋敷家現当主・耀哉の妻、産屋敷あまねにございます」

 

 そうあまねが頭を下げた瞬間だった。

 

「もう…やーーー!」   

 

 屋敷に入ってからずっと感じていた不快感に我慢の限界が来た日向が、その小さな手を思い切り打ち合わせたのだ。

 

 音はパチンと小さなものだったが、それが引き起こした変化が劇的だった。

 

「な……!」

 

 なにせ屋敷に立ち込めていた陰湿な氣が一気に晴れたのだから。

 

「こら、日向。お姉さんが喋ってる時に邪魔しちゃダメだろ?」

 

「だって……ひな、きもちわるいのやだったもん」

 

 顔を上げたあまねが唖然とする中、炭治郎が日向の無作法を叱る。

 

「すみません、奥様。娘の非礼を代わってお詫びいたします。ほら、日向も謝りなさい」

 

「んと、ごめんね」

 

 兄に咎められて唇を突き出して拗ねていた日向だったが、父に言われて自分が悪いと悟ったのか、小さな頭をペコリと下げる。

 

「あ…いえ……」

 

 しかし、あまねはそんな事など上の空で半ば認識していなかった。

 

(不死川君から聞いてはいたけど、まさかここまでとは……! 今感じた霊気は私など足元にも及ばない! とんだ逸材が在野に埋もれていたものだわ!!)

 

 内心で舌を巻くあまねは、先ほど起きた事を正確に把握していた。

 

 日向は恐らく何も考えずにやったのだろう。

 

 しかし癇癪交じりに合わせた手は神道で言うところの柏手になり、産屋敷の家に立ち込めていた呪詛による瘴気を祓ったのだ。

 

 元来柏手が音を出すのは神への感謝や喜びを表す他に、祈願などで神にお出で頂く為に邪気を祓う為だといわれている。

 

 しかし産屋敷邸に染みついた瘴気は、短命の呪いによって今まで命を落としてきた幾代もの当主たちの無念と絶望によるもの。

 

 そうそう簡単に祓い清められるほど甘いものではない。

 

 本気で浄化を行うなら手練れの術師や高僧・神主などが多数集まって、一月以上に及ぶ大祈祷が必要となる。

 

 それを目の前の幼女は柏手一つでやってのけたのだ。

 

(よしよし、睡眠学習の成果が出ているな)

 

 そんなあまねをよそに、キュウは内心でほくそ笑む。

 

無意識に己の霊力を使用するようになった日向は、明らかに霊能者として成長している。

 

 これならば日崎御角や初代お役目と同等になるのも夢ではあるまいと。

 

(もしかしたら彼女は実家の古文書に記されていた『九尾殺しの巫女』に届くかもしれない)

 

 そしてあまねは頭を過った考えに固唾を呑む。 

 

 彼女とて呪われた一族である産屋敷の嫁に選ばれた身だ。

 

 その霊能の才は一族の中でも特に秀でている。

 

 けれど日向の秘めたる力はそれが豆粒ほどに思える程に桁が違う。

 

年端もいかない子供の時点でこれなのだ。

 

 日向に伝説の大巫女を幻視するのも仕方がない。

 

(この子がしっかりと己の力を制御できれば、産屋敷を! あの人や子供達を短命の呪いから解放できるかもしれない!!)

 

 だからこそ、彼女は目の前の幼子に希望を見た。

 

 自分では手も足も出なかった愛する夫を蝕み、いずれ子供にも牙を剥く忌まわしい呪詛。

 

 元凶たる鬼舞辻無惨を倒す以外にも、それを覆す一手が現れたのだと。

 

「あの、今日はどのような要件で呼ばれたのでしょうか?」

 

「あ……はい! 実は日向さんの事でご相談があるのです」

 

 頭の中でグルグルと考えを巡らせていたあまねは、炭十郎の声に飛び上がりそうになった。

 

 しかし、すぐに気を持ち直すと笑顔で話を始める。

 

「日向のこと、ですか?」

 

「はい。あなたの娘さんは高い霊力を持っています」

 

「霊力…」

 

 あまねの言葉に返ってきたのは、やはり炭十郎の猜疑交じりの視線だった。

 

「突然こんな事を言われても信じられないのは無理はありません。ですが、これは事実なのです」

 

 そしてあまねは産屋敷の家が背負った宿業と呪いについて語りだす。

 

 平安の世に鬼の首魁たる鬼舞辻無惨を一族の中から生み出した事で、天罰として産屋敷家が短命の呪いを受けたこと。

 

 鬼殺隊を組織したのは人を脅かす鬼を討つ他に、鬼舞辻無惨を倒して一族を呪いから解放するのが目的だということ。

 

 そして代々の産屋敷家の当主は呪いの効果を少しでも弱める為に、力ある巫女の家系から妻を娶ってきたこと。

 

 自分も有名な神社で巫を務めてきた一族の出であること。

 

 そして日向は自分を遥かに凌ぐ霊力を秘めている事を。

 

「それは日向を産屋敷に、という事ですか?」

 

「ちょっと待ってください! 日向はまだ3歳ですよ! 嫁になんて早すぎます!!」

 

 話の流れを読んだ炭十郎が表情を厳しくし、炭治郎は可愛い盛りの末の妹はやらんと抗議の声を上げる。

 

「そうではありません、落ち着いてください。第一今は戦国の世ではないのですから、彼女の歳で娶るなどできませんよ」

 

 そう苦笑いで否定するあまねだが、心の中では『今はまだ』と呟いている。

 

(……下らぬことを考えておるな。我が家の金主のツガイではあるが、少し灸をすえる必要があるか?)

 

 そんな内心を見抜いているキュウは目を細めながら『減点1』と閻魔帳に書き記す。

 

「あのね! ひなね、とうちゃんとかあちゃんと…たんにい、ねずねえ、たけにい。んっと、はなねえ、しげにい、ろくた、キュウとけっこんするの!」

 

 そんな彼等の雰囲気など知らぬとばかりに、にぱっと笑いながら大声で宣言する日向。

 

 結婚の意味がまったく分かっていないであろう、その発言に炭十郎達は表情を緩ませる。

 

「そうだね。あと十五年経っても同じ事を言ってくれると、お父さんは嬉しいなぁ」

 

「うん! 兄ちゃんも嬉しいぞ!」

 

「キュウ!」

 

「えへへ……」

 

 炭十郎と炭治郎に頭を撫でられ、キュウに寄り添われて嬉しそうに笑う日向。

 

 そんな彼等をあわよくば利用しようと考えていた事に罪悪感を覚えるあまね。

 

「正直に言えば、日向ちゃんの霊力を見込んで鬼殺隊の業務を手伝っていただきたいとは思っていたのですが、まだ幼いのでそれも難しいですね」

 

「ええ。この子に出来るのは、家事の手伝いが精一杯ですよ」 

 

 そう返しながら、炭十郎が自分が来て正解だったと胸中で呟く。

 

 己の夫や子供が短命の呪いに侵されているという事情は同情する。

 

 家族がそんな状態である産屋敷の奥様の心労はすさまじい物だろう。

 

 そして彼等が私財を投じて鬼退治を行っている理由も納得できた。

 

 私怨と先祖の尻ぬぐい。

 

 それが一般臣民に被害を出しているとなれば、公家という立場からしても国など頼れまい。

 

 だが、それも可愛い娘が巻き込まれるとなれば話は別だ。

 

 一族の呪い軽減の為に嫁入りなど以ての外である。

 

「申し訳ありませんが、そろそろお暇させていただきます。娘が大きなお屋敷には不慣れなモノで」 

 

 そう炭十郎が話を切り上げようとしたところ、あまねは慌てて言葉を募らせる。

 

「よければ一度、夫と会ってくださいませんか? 彼も日ごろの尽力について謝意を示したいと申していたので」

 

 せっかくの逸材である。

 

 ここで距離を取られてはたまらない。

 

 それに日向程の霊力があれば、会うだけで耀哉の容態に良い効果を与えるかもしれない。

 

「わかりました」

 

 そんな淡い期待を込めるあまねに、炭十郎は少し考えた後に頷いた。 

 

 言い方は悪いが娘を利用したいという思惑を見た時点で、彼の産屋敷家に対する信頼度はかなり目減りしている。

 

 とはいえ、相手は私兵部隊を持つ華族。

 

 ここで無理に我を通しても面倒な事になる可能性が高い。

 

 顔を合わせるくらいは我慢するべきと判断したのだ。

 

 あまねの案内で耀哉の部屋へ向かう竈門家一行。

 

「うぅ……」

 

「また匂うのか、日向?」

 

「うん、くちゃい」

 

 しかし件の部屋が近くなるにつれ、呪詛の異臭を感じた日向の機嫌が悪くなっていく。

 

「誰かな?」 

 

「私です。藤の家を営んでくれている竈門様ご一家をお連れしました」 

 

「そうか。入ってもらってくれ」

 

 障子越しに部屋主の許可を得ると、あまねは炭十郎達を案内する。

 

 部屋に入った炭十郎達の前には、顎まで伸ばした黒い髪を左右に分けた年若い美丈夫が畳の上に置かれた執務机に向かって筆を走らせている。

 

 彼の一番の特徴は顔の上半分を覆う紫色の痣と爛れてしまった肌だろう。

 

「初めまして。私は当家の主を務めている産屋敷耀哉です。平素は我が鬼殺隊の為にご尽力いただき感謝いたします」 

 

 書類の乗った机から少しズレると、耀哉は炭十郎達へ挨拶を述べる。

 

「私は竈門炭十郎と申します。こちらこそ鬼から匿ってくださったうえに仕事まで与えていただき、感謝の言葉もありません」

 

 返礼を返しながらも炭十郎は内心で舌を巻いた。

 

(この男の声は危険だ。初対面の筈なのに、彼の発する言葉が心地よく頭に入ってくる) 

 

 天性のモノか、それとも今まで家を存続させた華族が育んできた技によるものか。

 

 なんにせよ、長時間の会話は得策ではない。

 

 炭十郎が内心で警戒度を一段階引き上げながら腰を下ろすと、日向がギュッと抱き着いてきた。

 

「あ……」

 

「もしかして、私が怖がらせてしまったかな?」

 

 思わぬ行動に戸惑う産屋敷夫婦。

 

「どうした、日向?」

 

 優しく問いかけると日向は涙を溜めた大きな目で炭十郎の顔を見上げてくる。

 

「とうちゃん、かぞくなかよくだよね? けんかダメだよね?」

 

「ああ、そうだよ」

 

「でも、あのおにいちゃんのかぞく、ずっとおこってる! こわいかおでうしろからどなってるよ!!」

 

 娘の不思議な発言に思わず耀哉へと目を向ける炭十郎と炭治郎。

 

 しかしどう目を凝らしても日向がいうような人間は見えない。

 

 あまねも目を凝らしているが、彼女の霊視を以てしても薄っすらと紫のモヤが映る程度だ。

 

「日向、本当にあの人の後ろに怒っている人がいるのか?」

 

「ほんと! あれ、おにいちゃんのひぃおじいちゃん、ひぃひぃおじいちゃんもいる! ひな、わかるもん!!」

 

 炭治郎の問いかけに涙を流しながら訴える日向。

 

 その涙の理由が恐怖からではない事を、炭十郎は理解していた。

 

 上に兄姉が多くいる事もあって、彼も葵枝も日向には『家族は助け合って仲良くするもの』と教え込んできた。

 

 なので日向は兄弟同士が不仲になるのを酷く嫌う。

 

 その想いの強さは兄弟の誰かが言い争っているのを見ると、『みんな、なかよくしなきゃ、めっ!!』と間に突撃していくほどだ。

 

 だからこそ、耀哉を延々と叱責している先祖の霊とやらに嫌悪が隠せないのだろう。

 

「日向ちゃん、だったね。その人たちが、なんて言っているかわかるかい?」

 

「……え? んっと、『きぶ…つじ…の…くびを?』『いちぞ…の…ひがん…はたせ?』───にゃっ!?」

 

 顔をしかめながら何とか言葉を拾おうとしていた日向だったが、その眼を覆うようにもふっと白い毛玉が張り付いた。

 

(日向、これ以上あの汚れた輩を見る必要はない)

 

 それは日向と同じく炭十郎の膝に上がったキュウの尾だった。 

 

 キュウは不快さを吐き出すように一息つくと、耀哉の後ろへ目を向ける。

 

 大陰の妖である彼女の眼は負の感情を持つ輩を見逃す事は無い。

 

 それが看破したのは亡者の成れの果て、呪霊というべきモノであった。

 

 彼等は耀哉と同じ面影を持ち……否、耀哉こそが彼等に似ているのだろう。

 

 そしていずれも全身を紫に染まり爛れた肌に覆われ、その上に半ばでほどけた包帯を引き摺っている。

 

 日向の言う通り、あれは短命の呪いによって志半ばで果てた産屋敷の歴代当主達だ。

 

(自分達の生の意味を示す為に己の子孫を呪うかよ。つくづく度し難いな)

 

 負の感情の流れを全て見通せるキュウは産屋敷という家が背負った業の深さと無様さに口角を釣りあげる。

 

 あまねは産屋敷の呪いを天罰と言っていたが、実際に神を知るキュウからしてみれば馬鹿げた話だ。

 

 この国の神は人に寄り添って生きはするものの、たかだか一族から鬼を出した程度で千年以上も延々と呪い続けるほど暇ではない。

 

 本当に産屋敷が許されざる一族ならば、短命の呪いなどと悠長な事は言わずに天変地異を引き起こして一族郎党を根切にしているだろう。

 

(呪いの規模からすれば、アレを掛けたのは大神ではなく道祖神だな。その呪いも百年かそこらで効果が切れるようになっておるわ) 

 

 今から千年前と言えば平安時代。

 

 当時は今よりも化け物が跋扈していた。

 

 その中で人鬼を一匹生み出したところで大した事などない。

 

 呪いをかけた土着神も数代早逝させる事で、産屋敷の人間に二度と同じ事をさせないように反省を促すつもりだったのだろう。

 

(奴等の不幸は、その早逝した祖先が仕置の程度に納得しなかったことだな)

 

 私財や己の人生を怨敵である鬼舞辻無惨の殺害に捧げた者達は、成果無しに呪いが解けるのを嫌ったのだ。

 

 歴史を積み重ねた今ならともかく、当時の産屋敷は呪いが解ければ無惨討伐から手を引くだろう。

 

 時は武士中心の鎌倉時代へ移行し、公家にとっては冬の時代が長く続く事になる。

 

 その間も莫大な資金が必要になる鬼殺隊を維持し続けるなど、家を潰すも同然の愚行だ。

 

 しかし、そうなれば無惨討伐の為に掛けた短命の呪いを受けた者達の人生が無駄に終わってしまう。

 

 だからこそ、奴等は自分の子孫を呪ったのだ。

 

 自分達が受けた呪いとまったく同じモノを背負わせることで、この先生まれ出る産屋敷の者に己と同じく修羅の道を強要したのである。

 

 そして先祖によって呪い殺された者達もまた、同様の思考で子や孫に重い宿命を課すようになった。

 

 全ては無惨討伐を成し遂げ、そこまで繋いだ我が人生が無駄でなかったと証明する為に。

 

 産屋敷に掛けられた呪いの真実を看破したキュウだったが、その事を当人に教えるつもりは微塵もなかった。

 

 彼女にとっては竈門家以外の人間は虫けらと変わらない。

 

 鬼舞辻無惨という玩具に自分が飽きるまでに奴を討つか、それとも力及ばず族滅するか。

 

 精々足掻けといったところだ。

 

 こうしてキュウが産屋敷に対する興味を失いかけた時だった。

 

 呪いの塊と化した歴代産屋敷当主達が日向の方を向いたのだ。

 

『あの童、我らが見えるぞ』

 

『当代の女房など比較ならぬほどの霊力を秘めているようだ』

 

『これはよい。あ奴にも呪いを掛けて、鬼舞辻討伐へ引きずり込んでやろう』

 

『待て待て。上手く憑けば取り殺して、その体を奪う事が出来るやもしれん』

 

『所詮は下民の子、我ら貴族の役に立つならば誉というもの』

 

『然り。精々上手く使ってやろうではありませぬか』

 

 呪霊と化した事で善性など消え失せてしまったのだろう。

 

 権力者の傲慢を張り付けた歴代当主は、その呪詛の手を日向へ伸ばそうとする。

 

『───おい』 

 

 しかし、それはキュウの放った人には聞こえない霊声によってピタリと止まった。

 

 大妖の凶眼となった目を向ければ、呪霊達は先ほどまでの傲慢さは鳴りを潜めてガタガタと震えだす。

 

『貴様等のような死にぞこないの雑魚が我のモノに手を出そうなどと、つけ上がるなぁ!!』

 

 怒声と眼力、キュウが放ったのはそれだけであった。

 

 しかし堕ちた人間霊でしかない産屋敷の祖先には、十分すぎる程の効果があった。

 

『ぎゃああああああああっ!?』

 

『き…消える!? 我等が…消えていくぅ!!』

 

『嫌じゃ! 嫌じゃ! 無為に消滅するなど!? でなければ、我は何の為に産まれ……!!』

 

 後悔と妄執に塗れた断末魔を上げながら消えていく産屋敷だったモノたち。

 

 その中でも特に古い男は他の者達とは明らかに違う恐怖を顔に張り付けていた。

 

『白面! 白面の者!! まさか復活していようとは……!!』

 

『なんだと?』

 

 これにはキュウも驚いた。

 

 何故ならこの世界では白面の名を知る者は、キュウの名乗りを聞いた鬼舞辻以外に存在しない筈なのだ

 

『恐ろしや! あな恐ろしや!! あの凶獣が復活したのなら、もはや鬼舞辻などに構ってはいられぬ!! 黄泉路に逝った方がマシじゃ!!』

 

 必死に逃げようとしながら消滅する呪霊を見ながら、キュウは先ほどの言葉を考えた。

 

(産屋敷は平安から続く貴族、そして平安時代に我と関連がある物といえば……) 

 

 そうして当たりを付けたキュウの耳に、あまねの感極まった声が飛び込んでくる。

 

「あなた! お顔が…爛れや痣が……」

 

「ああ…驚いた。眼が以前のように見える」 

 

 視線向けると耀哉の顔の上半分を侵していた呪いの症状が消えてなくなっていた。

 

「ありがとう! 本当にありがとうございます!!」

 

 感極まったかのように日向へ頭を下げるあまねだが、当の日向は父の膝の上で首をかしげるばかり。

 

「ひな、なにもしてないよ?」

 

 そう答えてから直感で悟ったのだろう、視線を向けてくる日向にキュウは首を横に振る。

 

 キュウの言いたいことを悟った日向は、彼女の希望通りに口を噤むのだった。

 

 その後、産屋敷側が差し出してきた目玉が飛び出るような謝礼金を断り、炭十郎は邸宅を後にした。

 

 行きと同じく隠に自宅がある場所の近くまで送ってもらうと、帰路に付く中で炭治郎が首を傾げた。

 

「結局、あの華族さん達は何がしたかったのかな?」

 

「それは私にも分からない。ただ、日向を利用しようとしていたのは確かだ。これからは徐々にあの家とは距離を取る事にしよう」

 

 ご当主の様子からするに、奥方も進行する病状になりふり構っている余裕はなかったのだろう。

 

 今は回復しているものの、炭十郎とてかつては病弱の身である。

 

 寝床から立てない事もザラにあり、大黒柱が揺らいでいる一家の不安は痛いほどに理解できる。

 

 それについては同情もしよう。

 

 しかし、娘が関わるとなれば話は別である。

 

 恐らく、あの当主は目的の為なら使えるモノは全て使う人間だ。

 

 たとえそれが年端のいかない女児であったとしても。

 

 そんな人間に可愛い末娘を任せるほど炭十郎は酔狂ではない。

 

 炭治郎と炭十郎がそんな会話をしている中、父親の背でウトウトとし始めた日向を見上げながらキュウは胸中で呟いた。

 

(日向にあんな薄汚い物を見せおって……産屋敷、減点5)

 

 

 

 

 産屋敷邸からの招待があってから数日が経ったとある深夜。

 

 日向との寝床を抜け出したキュウは、栃木県にある那須高原へと赴いた。

 

 眼前に広がる夜闇に覆われた広大な草原の中、分身の一つである斗和子の姿を取った彼女は迷うことなく歩を進める。

 

 如何に視界が効かなくとも、キュウにはこの上ない道しるべがあるのだ。 

 

 そうして辿り着いたのは、暗がりの中でも見て取れるほどに怪しげなオーラを纏った一つの石だった

 

 草深い高原の中に置いて、そこだけが別の土地のように荒れた地肌を覗かせる異様な場所。

 

 その中心に鎮座する件の石は殺生石と呼ばれている。

 

 かつて時の上皇に取り入ろうとした傾国の妖『九尾の狐』がこの那須高原で討たれ、その身を変じさせたという伝承が残る奇石。

 

 己の周りに生あるモノを許さぬと周囲へ毒素と瘴気をまき散らす石を、もし蒼月潮ととらが見たなら驚愕する事だろう。

 

 何故なら殺生石は彼等がかつてカムイコタンにある洞窟の奥で見た、白面の者の一部とされる奇岩と酷似していたからだ。

 

 キュウは瘴気や毒素など気にする様子もなく、するりと殺生石の前に立つ。

 

 彼女にとっては如何なる生物も生存できぬ汚染も、そよ風程度でしかないのだ。

 

「卑妖の言う通りだな。よもや、この世界にも我が存在していようとは」 

 

 血のように紅い唇をニィッと釣り上げると、キュウは殺生石へ手を伸ばす。

 

 すると殺生石の表面が泡立ち、そこから無数の棘が飛び出したではないか。

 

 石とは言えその速度や鋭さは力ある鬼でも串刺しは免れぬであろう刺突、それをキュウは右手を軽く振るうだけで砕いてみせる。

 

「たわけ。ただの残滓でしかない貴様が我に敵うわけがなかろう」 

 

 呆れたように言を紡ぐと、キュウは殺生石へと己の手を突き入れる。

 

 まるで泥のようにキュウの右手を飲み込んだ殺生石。

 

「くくく……なるほど。そうか、そうであったか。この世界では平安の大戦に彼の槍が間に合ったかよ」

 

 その中をグルグルとかき混ぜて殺生石に秘められた力と記録を吸い上げながら、キュウはこの世界の己がどのように果てたのかを知った。

 

 平安時代、帝の傍へ忍び込んだ白面は稀代の陰陽師・安倍晴明によって正体を暴かれる。

 

 かつて滅ぼした国々のように権力者を誑かしてこの世に地獄を造る遊びを邪魔された彼女は激怒し、その腹いせにと殺戮の限りを尽くして日ノ本の土地の多くを焦土に変えた。

 

 当然、この暴挙に国の住民達は黙っていなかった。

 

 白面討伐を掲げて立ったのは人や妖怪に土着の神など、日ノ本で生きる全てのモノだった。

 

 彼等は強大な力を持った巫女を中心として白面へ牙を剥いたのだ。

 

 長きに続く戦いの中、不利を悟った白面は撤退を選択する。

 

 ここまではキュウが辿った道と同じであった。

 

 しかし、この場面で決定的な差異が訪れた。

 

 この世界ではある若者が担い手として獣の槍を振るい、白面の者を見事打ち滅ぼしてみせたのだ。

 

 その後、白面という巨大な災厄の影響は日ノ本の歴史を大きく動かす事になる。

 

 人間の世は今まで権勢を誇っていた公家はその力を失い、白面との戦で数多の犠牲を出しながらも功績を示した武士が主流となった。

 

 そして妖怪や土着の神達は、白面との戦いで負った傷を癒す為に人間とのかかわりを極力断ち、人里離れた霊地へと引き籠った。

 

 中級程度の人鬼でしかない無惨が長きに渡って淘汰されなかったのは、これが大きな理由であろう。

 

「なんと……」

 

 流れ来る記憶の波の中で白面討伐の瞬間を見たキュウは驚きに目を丸くした。

 

 そして殺生石から全てを吸い取ると、キュウは自嘲気味に口角を吊り上げる。

 

「これも因果と言うべきかもしれんな」 

 

 白面の記憶の中で桁外れの法力を振るった巫女。

 

 キュウの世界では亜麻色の髪をしていた彼女は、ここでは夜の闇を表すような黒髪だった。

 

 容姿の方もあちらの初代お役目である『ゆき』とは似ても似つかない、キュウがよく知る人達と酷似していた。

 

 獣の槍の担い手もそうだ。

 

 兜の下から覗く顔はどこかで見たような赫灼の子の特徴を備えていたのだ。

 

 もしキュウが考える通りであるならば、日向に高い法力の才が備わっているのも自分が彼女に拾われたのも偶然ではないのだろう。

 

「よくぞ、この情報を今まで守り続けた。安心するがいい、この世界の我よ。貴様の望みは叶っているぞ」

 

 今わの際に己と同じく切なる願いを残した白面を想い、闇夜を薄く照らす月に向かってキュウは小さく呟く。

 

 殺生石の記憶の最後はこの世界の白面を討ったことで本懐を遂げたのだろう、獣の槍が微塵に砕ける光景だった。

 

 ならば現世においてキュウを脅かす者は存在しない。

 

 もっとも、あの執念深い化け物器物のことだから、自分の気配を感じたら復活しそうで油断はできないが。

 

 それを思えば自分に吸収された白面にも、今の幸せな生活を少し味わう程度の褒美をくれてやってもいいだろう。

 

 殺生石が放っていた毒素と瘴気が夜風に吹き散らされる中、そこで物思いを中断したキュウはゆっくりと背後に視線を向ける。

 

「随分と上品ではないか。こちらは背後から斬りかかって来るのを、今か今かと待っていたのだぞ?」

 

 ニヤリと笑いながら声をかけると、夜闇の中から一人の漢が現れる。

 

「やはり…ここで網を張って…正解であった。かつて伝説の…大妖怪が果てた土地なれば…復活したなら…必ず姿を現すと踏んでいた」

 

 この時代にはそぐわぬ旧時代の武士が如き衣服を纏い、手には抜き身の刀が一振り。

 

 そして人にはあり得ぬ六眼を顔に埋め込んだ異形の者。

 

「たしか鬼舞辻無惨の配下、十二鬼月が上弦の一人であったか」 

 

「いかにも。我は上弦の一…黒死牟。殺生石を…吸い取ったことを見るに…貴様は九尾の狐で…相違ないな?」

 

 刀を構える黒死牟にキュウは不敵に問う。

 

「だとすれば、どうする?」

 

「主の命により、その首をもらい受ける」

 

 その宣言にキュウは口角を釣りあげる。

 

「よかろう、やってみるがいい。本当にこの首を取れたのなら、貴様は紛れもなく日ノ本一の侍であろうよ!!」

 

 そう笑うキュウへ黒死牟は独特の呼吸音を響かせながら間合いを詰める。

 

(相手は無惨様すらも怯えさせた大化生! 小細工は不要! 我が最大の奥義を以て、その首を断つ!!)

 

「月の呼吸・拾肆ノ───!?」

 

「貴様の太刀は遅いなぁ。頼光や西の長の足元にも及ばぬ」 

 

 しかし技を放つべく刀を持ち上げようとした瞬間、超音速で突き出されるキュウの尾。

 

「そんなモノではこの首はやれんぞ、木っ端侍」

 

 その豪打で強かに顔を撫でられた黒死牟は、血煙と共に後ろへ吹き飛ぶのだった。

  

  




お労しや兄上、日本最強の化け物に挑む!!

がんばれ、黒死牟!

勝てば悲願の縁壱超え達成だ!!
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