ひなたときゅう   作:アキ山

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【クソゲーハンター・白面地獄】

 彼等は耐えた。

 人知を超えた強さを誇る白面の暴虐に。

 幾人もの無惨が嬲られ、殺され、打ち砕かれた。

 その屍は山となり、流れる毒血は川となった。

 しかし彼等は信じていた、必ず難易度修正が入ると!

 明らかに調整がミスっている白面の強さ、これが是正されない訳が無い!!

 忍従の時を過ごしていた彼等へついに吉報が舞い降りた。

 そう、白面の者大型修正である。

 長くも短いメンテナンス時間が明け、プレイヤーたちは期待に胸を躍らせた。

 やっと…やっと、あの憎き女狐を倒せると。

 しかし、彼等はアップデート内容を見て我が目を疑う事となる。

【白面の者、新たなる尾解放! 新攻撃・黒炎ビットを実装しました!! 白面の周りを飛び回り、プレイヤーに雷撃や炎、レーザービームである【穿】、そして食らうと10秒行動不能となる【千年牙】を放ってきます! この黒い衝撃に貴方は耐えられるか!?】

 運営からの答えは、まさかの白面強化である。

クソゲーハンターA『( д) ゚ ゚』

鬼畜ゲーソムリエ『(  Д ) ゚ ゚』

RTA走者『!!(⊃ Д)⊃≡゚ ゚』

林原ヴォイスに調教されたP『お゛っ♡』

よく訓練された豚『ぬふぅ♡』

 これには歴戦のクソゲーハンターも白目をむいた。

 修正前でもオールレンジ攻撃をしてきたのに、それが更に強化?

 というか、10秒拘束される=死なのだが?

 流石の歴戦の猛者達も、これにはコントローラーを投げそうになった。

 しかし、ここに一人の救世主が降り立つ。

【新プレイアブルキャラ・黒死牟見参!!】

 まさかの上弦の一参戦である。

 しかもこの黒死牟、移動スピードも攻撃発生も無惨より早い。

 そのうえ自分を中心にした範囲攻撃スキルを複数持ち、プレイヤー待望の緊急回避まで備えている。

 なにより嬉しいのは透き通る世界の体得者であることから、10発白面に攻撃を加えれば『明鏡止水』が発動して攻撃が通る事だった。

 まさに何もかもが無惨の上位互換。

 これなら殺れる!

 プレイヤーたちはいきり立った。 



キュウとお労しや兄上

 顔の右側上部から頭皮が後頭部にまで削げるような灼熱感。

 

 そして脳に針を刺されたような感覚が、右目の上二つが潰れた事を訴えてくる。

 

 常人ならば悲鳴を上げてのたうち回るであろう激痛に耐えながら、黒死牟は舌を巻いた。

 

(見え…なかったっ! 我が六眼を…以てしても……!?)

 

 鬼に転ずる際、とある理由から増やした六つの眼。

 

 この視野から逃れたモノは、この400年間一人しかいなかった。

 

「ぐ…お……っ! なめる…なぁ!!」

 

-月の呼吸 漆ノ型 厄鏡(やっきょう)月映(つきば)え-

 

 そんなキュウの疾さに戦慄しながらも、ある程度の距離を吹き飛ばされた黒死牟は草鞋を地面に食い込ませて斬撃を放つ。

 

 長年積み上げた彼の剣士としての勘が、無理にでも手を出さねば死ぬと警鐘を鳴らしていたからだ。

 

 刀身が三叉に分かれて大太刀ほどに伸びた刀を袈裟斬りに振るえば、そこから奔るのは5条の地を這う斬撃。

 

「ほう、器用な真似をする」 

 

 そんな感嘆の声とはうらはらにキュウはパチリと鳴らした指の音、それだけで迫る斬撃を相殺してみせる。

 

「な……!?」

 

 その光景に思わず言葉を失う黒死牟。

 

 彼の斬撃は鬼殺の剣士が使う全集中の呼吸の一つ、月の呼吸と鬼特有の妖術である血鬼術を組み合わせたもの。

 

 人の力でも岩の如き鬼の首を断てる剣術を鬼の能力で振るうのだ。

 

 その脅威は近代兵器すらも凌駕するだろう。

 

 しかしキュウは人鬼必滅であろうその斬撃を、そよ風を払うかのようにあしらった。

 

 黒死牟が我が目を疑うのも当然だ。

 

「何を驚く。ただ妖力によって相殺しただけであろう。……ああ、お前達は(ばけもの)と矛を交えた事が無かったのであったな」

 

 少し思案した後にキュウはその美しい面に嘲りの笑みを張り付け、再び純白の尾を振るう。

 

「何を…言う……! 私は人であった頃…何度も鬼を…斬っている!!」

 

 そう反論しながらも、風を切る音と自身の直感を頼りに横っ飛びで身を投げ出す黒死牟。

 

 胴を貫くべき放たれた突きは彼の衣服を食い破り、肉と少しのアバラを持って行きながら後方へ抜けていく。

 

「たわけ。誰が貴様等のような半端者の人鬼(ひとおに)を指しておるか。我が言っているのは生粋の神魔妖物のことよ」

 

「ぐがはっ!?」 

 

 しかしキュウが突きをそのまま横に薙ぎ払った事で産まれたばかりの傷口を強かに打ち据えられた黒死牟は、まるで風に翻弄される木の葉のように地面を跳ねながら吹き飛ぶ事になる。

 

「ぐ…おぉ……」

 

 上半身を砕かれたような……否、実際に右のアバラは粉砕し肺や内臓の幾つかは破裂している。

 

 その痛みに血反吐を吐きながら、黒死牟はノロノロと体を起こす。

 

 脳内の全てを塗りつぶすような苦痛の中、彼の頭に(よぎ)るのは一つの疑問だった。

 

(何故…何故……傷が…癒えぬ……?)

 

 鬼舞辻無惨の腹心にして十二鬼月最強の彼ならば、この程度の傷など数分程度で全快するはずだ。

 

 それに加えて初手で受けた目と頭の傷もまったく回復を始める気配を見せない。

 

「不思議で仕方が無いようだな? なぜ強靭無比な鬼の身でありながら、その程度の傷が治せぬかが」

 

 己の心の内を読んだかのようなキュウの言葉に黒死牟は息を呑む。

 

「それが分からぬことが貴様等が妖との戦を知らぬこと、そして人鬼が化生と呼べぬ半端者の証明よ」

 

 嘲りと共にキュウの背後にもう一本の尾が現れる。

 

 純白の毛並みに覆われた表面が泡立つと、そこから現れたのは目の部分に一つ目のゴーグルのようなものを備え、頭部と両肩から角を生やした黒いトラ柄の化け物達だ。

 

「では、少し難易度を上げよう。手にした刃が飾りでないのなら凌いでみよ」

 

 キュウの声を合図に黒炎の名を持つケモノ達は黒死牟へと飛び掛かる。

 

「面妖な……っ!!」

 

 キュウが生み出した鬼以外の化け物、それを目の当たりにした黒死牟は傷を押して剣を振るう。

 

-月の呼吸 陸ノ型 常世孤月(とこよこげつ)無間(むけん)-

 

 大上段から振り下ろした一刀から乱れ飛ぶ無数の衝撃波。

 

 その幾つかは首や胴を両断する事で黒炎を数体葬る事に成功したが、それでもキュウの尾から現れた20を超える数全てを葬ることはできない。

 

「シャアアアアアアッ!!」

 

 そして返礼として返ってきたのは夜闇を切り裂く轟雷、そして鋭い牙の間から吐き出された野火の如く周囲を吐き払う炎だった。

 

 さすがの黒死牟でも複数から放たれる広範囲を覆う攻撃に孤剣一つでは抗えない。

 

「ぬ…ぐおおおおおおっ!!」

 

 全身を炙られ、体内を走る高圧電流によって神経を焼き切られる痛みに声を上げながら、空爆を行う黒炎の群から逃げ惑う黒死牟。

 

「この程度か。いや、あ奴は数百年に渡り隷属を良しとしていた腑抜け。あの醜態も当然だな」

 

 そんな上弦の一の姿にキュウは目を細める。

 

 黒死牟の傷が癒えない絡繰りは、キュウや黒炎と黒死牟の宿す妖力の差にある。

 

 妖にとって高い治癒能力など持っていて当然の能力だ。

 

 元来妖とは切り刻み、叩き潰し、その身の一片までも粉々にして初めて死ぬほどに生き汚い。

 

 通常の手法では歯が立たず、霊刀や法力など専用の手順や器物無くば倒せない事。

 

 それを以てしても、易々とは死なぬ異常なまでの耐久性と生命力。

 

 それこそが人を食らう他に人間から化け物が怖れられる大きな要因なのだ。

 

(その妖を一突きで完全に滅ぼしうることが、あの忌まわしい獣の槍の恐ろしさだったな)

 

 思考の道筋の中で仇敵の事を思い浮かべ、キュウは口元をへの字に曲げる。

 

 妖同士の戦いは互いの持つしぶとさから、普通に殴り合えば泥仕合は必至だ。

 

 故に相手の強大な生命力の担保である治癒能力を如何にして封じるかが第一歩となる。

 

 その方法として最もポピュラーなのが、攻撃の際に相手の身体へ己の妖力を叩き込んで治癒能力を機能不全にさせるというモノだ。

 

 キュウが黒死牟へ行ったのもそれである。

 

 治癒力を完全に剥奪するのはなかなかに難しいが、妖力に差があるのならそれを人間並みにまで落とすのは容易い。

 

 故に攻撃を受けた化け物は己の妖力を体に満たして治癒阻害を解除、もしくは防ごうとするのだ。

 

 しかし、鬼舞辻無惨を始めとする人鬼達にはそれがない。

 

 雲取山にいた頃に見た鬼も眼前の剣鬼も妖力の操作ができない、それ以前に妖力の存在すら知らぬようであった。

 

 竈門家を利用する鬼殺隊士が言っていた血鬼術とやらも、黒死牟の振るう技を見る限り妖力ではない。

 

 あれは奴等の体内を巡る鬼舞辻の血を媒体にした異能の類。

 

 化け物達が使う妖術の下位互換といったところだろう。

 

 以前に相対した無惨がそれでもなお再生できたのは、人鬼という種族の始祖たる力の殆どを自己存続へ割り振っていたからだ。

 

 キュウの妖力を浴びてもなお、再生を阻害された体細胞を変質させてアメーバーのように再結合を行い、急所を破壊されても生命活動を止めない為に脳や心臓など主要臓器を体のいたる所に増設する。

 

 台所の油虫でもあそこまで生き汚くあるまい。

 

 その生への執着っぷりには、キュウも内心で呆れを通り越して関心したものだ。

 

 だからこそ、奴の再生能力を封じるには妖物を細胞単位で滅却する霊刀を用いる必要があった。

 

 だが、今眼前で足掻いている黒死牟は違う。

 

 無惨の血を多く取り入れたとしても、所詮は人から転じた化け物にすぎない。

 

 その耐久性は中級妖魔程度であり、身体もキュウ達の妖力に抗う術などない。

 

 もっとも、その事を当の黒死牟へ説明するほどキュウは間抜けではない。

 

 情報は力、敵が分からぬのであれば無知のまま滅するのは常道なのだ。

 

「白面の御方様、無様なモノですなぁ。あれで数百年生きた鬼だってんだから」

 

「俺等がそれだけ生きれば、大妖怪間違いなしだぜ!!」

 

 己の周りを飛び交いながら黒死牟を嘲る黒炎達。

 

 下種の極みであった紅煉を基にしているせいか、こ奴等も今一つ品性が足りない。

 

「……そうだな」

 

 品種改良すべきかと内心で考えながらも、キュウは彼等の言葉に同意する。

 

 元が器物であれと生物であれ、妖にとって長い年月は己の存在の格を上げる為に必要不可欠なものだ。

 

 そういう観点で見れば、戦国の世から現在まで生き続けている黒死牟は一廉の鬼となる事も出来ただろう。

 

 しかし無惨の眷属という一点が奴からその資格を奪っていた。

 

 どんなモノであろうと、その命の根幹を他者に握られていては生物としての成長など望めない。

 

 故に如何に剣技に優れていようと、キュウにとって眼前の男は怖るるに足りないのだ。

 

 一方の黒死牟だが、彼は窮地から脱しようと藻掻き続けていた。

 

「これ以上…好きには……させんっ!」

 

 雷撃の合間を縫って地を蹴り、空へ躍り出た彼は全力を以て大太刀を横薙ぎに振るう。

 

-月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾(げつりゅうりんび)-

 

 それによって放たれるのは巨大な横一文字の斬撃波とそれに付随する多数の三日月を象った変則のカマイタチだ。

 

「当たるかよ、バーカ!」

 

 しかし人間では視認すら困難な高速斬撃も、相手が化け物となればその限りではない。

 

 黒死牟と違って高速で飛ぶ事の出来る黒炎は、山野のように宙を跳ね駆ける事で襲い来る脅威を躱してみせる。 

 

「妖のクセに空も飛べねえ愚図が! 地面に這いつくばれや!!」

 

「ぬぐっ!?」

 

 口汚い言葉と共に放たれた炎に全身を焙られ、黒死牟は黒炎の一匹が告げたように地面へ落ちる。

 

 しかし痛みに喘ぐ暇は彼にはない。

 

 天から降り注ぐ雷蛇の群が牙を剥くのだから。

 

 黒死牟は漏れ出そうになる悲鳴を奥歯で噛み潰し、必死に駆けた。

 

 火傷で引きつる肌、動くたびに焼け焦げた神経や筋肉が悲鳴を上げる。

 

 それは黒死牟が長年忘れていた感覚だった。

 

 並大抵の事では傷つかず、仮に損傷してもすぐさま回復する鬼の身体を得る前。

 

 彼が継国巌勝という名で鬼殺の剣士として鬼と対峙した時は、こうして傷ついた体を引き摺って時に戦い、時に命懸けで逃げたものだった。

 

 そんな黒死牟を黒炎の群はゲラゲラと下品に笑いながら狩りの獲物の如く追い立てている。

 

 己の置かれている状況と化け物共の態度は、黒死牟が未だに胸へ抱いていた武士としての矜持をいたく傷つけた。

 

「獣…風情が……! 私を…侮るな!!」 

 

-月の呼吸 伍ノ型 月魄災渦(げっぱくさいか)-

 

 怒号と共に剣を振る事無く黒死牟の前に立ち昇る竜巻の如き斬撃の渦。

 

「まだ分かんねえのか? 無駄なんだよ! 馬鹿がぁ!!」

 

「妖未満の半端もんが! ご苦労さんってなぁ!!」

 

 しかし黒炎達は黒死牟から距離を取る事で、その脅威から容易く逃れる。

 

 そして返しとして彼を襲ったのは、黒炎の単眼から放たれる糸のように細い妖力による光線だった。

 

「ぐおおおおおおおっ!?」

 

 現代科学のレーザービームに酷似したこの攻撃は『穿(うがち)』といい、その威力は巨石を貫通する事が出来、複数で放てば高層ビルも容易く倒壊させるほどだ。

 

 脅威を察知した黒死牟は咄嗟に後ろへ跳び退いたが、それでも左足の膝と右の太腿、そして左肩を撃ち抜かれてしまう。

 

「お…おのれ……」

 

 刀を杖代わりに何とか立ち上がる黒死牟。

 

「ほう……」

 

 そうして黒炎達を見上げる……否、睨め上げる彼の四眼にキュウは口角を釣りあげる。

 

 そんな黒死牟の頭を占めていたモノ、それは自分を痛めつけていた黒炎達への憎しみでもなければ窮地からの脱出法でもなかった。

 

(なんたる無様……! 奴なら…縁壱ならば…このような醜態は見せぬものをっ!!)

 

 それはかつて憧れ、嫉妬と憎悪を向けた双子の弟と己を比べた事による、その不甲斐なさへの怒りだった。

 

 縁壱ならば、九尾の初手を躱せたかもしれない。

 

 縁壱ならば、ケダモノ共の攻撃を掻い潜って奴等の数を減らしていただろう。

 

 縁壱ならば、あの光線に足を撃ち抜かれるなどと言う間抜けは犯すまい。

 

 縁壱ならば!

 

 縁壱ならば!!

 

 縁壱ならば!!!

 

 その心の奥底から湧き上がる憎悪、それは半ば死に体であった黒死牟に力を与える。

 

 トドメとばかりに襲いかかってきた2体の黒炎。

 

 それらはまるですり抜けるかのように黒死牟とすれ違うと、次の瞬間にはボトリと首を断たれていた。

 

「な…なんだと?」

 

「あの野郎! いったい何をしやがった!?」

 

 通常の長さに戻った黒死牟の剣筋を空中にいた黒炎達は誰も見る事が出来なかった。

 

 しかし、その程度で黒い獣達が怯む事は無い。

 

「チッ! 全員で掛かるぞ!!」

 

「遊びは終わりだ! 八つ裂きにして食っちまえ!!」

 

 彼等の後ろにいるのは主にして恐怖と絶望の権化なのだ、それに比べれば眼前の敵が何者だろうと怖れるわけがない。

 

 光線を放ち、雷撃と炎が視界を埋め、そして容易く肉を引き裂くであろう爪牙が迫る。

 

(縁壱ならばどう動く? この局面をどう捌く?)

 

 一手、また一手と身体に傷を負いながらも迫る脅威を捌いていく黒死牟。

 

(戦場に立てば化け物も人も同じ、ただ切り伏せる敵にすぎぬ。相手の動きを見切れ! 奴の…縁壱が見た光景に目を向けよ!)

 

 その動きは徐々に、そして確実に洗練されたモノとなっていく。

 

(奴の動きはどうであった? あの弟の振るう太刀はどのような軌跡を描いた?)

 

 傷ついた膝や腿の負担にならぬように最低限にして最適な足運びで。

 

 多数の敵が放つ数多の攻撃に対応すべく剣の振りは小さく、同時に標的へ向けて最短で届くように。

 

(思い出せ。鬼の動きの全てを掌握していたような奴の反応を。私は鬼狩りで何度も見たはずだ)

 

 不完全な視界のみならず、五感全てを使って周囲の状況を把握する。

 

 さすれば透き通った世界を見ていた目は天へと上り、戦場の全てを俯瞰する天眼となる。

 

 黒死牟の頭にあったのは、今も脳裏に焼き付いて離れない縁壱の動きだった。

 

 幼少の時に道場で見た、鬼狩りの最中で目に焼き付けた、鬼となった己を討ちに現れた際に振るった老境の洗練された剣技。

 

 それを打倒すべく、研究し真似て再現を試みる。

 

(余分はいらぬ。(しるべ)はただ一つ。ならばそれに辿り着く為に刃を無心で振るえ!)

 

 全ては…そう、全ては奴が振るう神域の剣技を我が物にせんが為。

 

 そして日ノ本一の侍となる夢の為に。

 

 もはや九尾も黒炎の事も知らぬと、夢中になって剣舞を舞う黒死牟。

 

 しかしその振るわれる刃は凶悪に過ぎた。

 

 雷撃を切り裂き、炎を薙ぎ、穿の光を断ち割っては黒炎達に死を告げる。

 

 彼の周りに渦巻くのは血と刃金に彩られた殺戮の剣風だった。

 

「かような方法で空の境地へ至るか。まったくもって業の深い男よ」

 

 自身が生み出した黒炎達が次々に裁断される様を前に、キュウは興味深いと言わんばかりに笑ってみせる。

 

 男が至ろうとしているのは武の極致、無念無想の先にある領域だ。

 

 平安の世に起こった大戦でも源頼光をはじめとして手練れの武士達の幾人かはそこへ足を踏み入れた。

 

 怖れも憎悪も消し去った奴等の振るう武具には、白面の身ですらも傷を負うこととなった。 

 

 黒死牟が完全に其処へ至る事が出来たなら、キュウの身体を斬る事も不可能ではあるまい。

 

「だが、そうはいかぬな。日向達に心配を掛けたくはない」

 

 そう呟くキュウの尾から一匹の化け物が現れる。

 

 眼球のような体に耳が生えた異形は『婢妖』と呼ばれる使い魔だ。

 

 それは雲の上まで昇り黒炎を惨殺している黒死牟の真上に留まると、目に見えない思念の糸を剣鬼の頭へと垂らす。

 

 そして糸が黒死牟の心へと繋がった事を確認したキュウは、嗜虐の笑みと共に彼へと語り掛ける

 

(素晴らしい剣技だ。見世物としてはなかなかに楽しめる、褒めてやるぞ)

 

(…………)

 

 無惨以外で初めてとなる念話、しかし無念無想の境地へ指を掛けた黒死牟はそれに応じようとしない。

 

(なにより、その睨め上げる目がいい。───我には分かるぞ、それは嫉妬の眼だ)

 

(……ッ!?)

 

 キュウの断言に、剣舞を舞っていた黒死牟の肩がビクリと揺れる。

 

(貴様の4つ目が浮かべるのは何かを羨み、求め、その手が届かずに憎むようになった哀れな負け犬の眼差しよ。我はその眼を良く知っている。この世界の誰よりもな)

 

(……女狐の戯言に耳を貸すな! 私はもうすぐ悟りを開く! 至高の域に手が届くのだ!! そうすれば奴に…縁壱のように……)

 

(成れぬよ。貴様の求める理想が何であるかは知らぬが、その眼をしている限りはどれ程の時を費やそうと届くことはない)

 

(……黙れ)

 

(どこぞの誰かがこう言ったそうだ。憧れは理解から最も遠い感情だ、とな。我は至言だと思うぞ。憧れとは読んで字の如く『童心』、子供心を指す。童が何かに憧れを持って生きることは珍しくない。そして憧れを持つ理由は対象が己に無いモノを手にしていて、それが羨ましくて仕方ないからよ)

 

(黙れ!)

 

 薄皮をめくるように、ゆっくりと、ゆっくりと黒死牟の心の奥に潜む闇を解き明かしていくキュウ。

 

 この辺りの手練手管は幾つもの国を滅ぼした傾国の大妖怪としての面目躍如だ。

 

(憧れと劣等感は表裏一体。憧れたモノに追いつけぬ者は、しばしば己が無能と認め難いが故に対象を神格化する。『あれだけ強いのだから、あれだけ偉大であれば、辿り着けずして当然。己は決して劣ってはいないのだ』とな。それによって己の中の憧れた者は更に優れた存在となり、如何に努力を積み重ねようと決して追いつくことはできなくなる)

 

(貴様に…貴様に何が分かる!? 神に愛された弟が! 縁壱という存在が如何に疎ましかったか! 武人として奴に存在を否定され続けた私の苦悩が! 怒りが! 絶望が!!)

 

 念話越しに伝わる剣鬼の嘆きが、怒りが、憎悪がキュウの血を吸ったかのように紅い唇を釣りあげる。

 

 こうも乱れた精神ならば、もはや無念無想の先にある領域など望むべくもない。

 

 とはいえ、この手の輩は何を起爆剤に番狂わせをするか分かったものではない。

 

 かつて獣の槍に敗北した負け戦のように。

 

(分かるとも。我もかつては、そのような目をしていたからなぁ。だからこそ断言しよう)

 

 故に彼女は容赦なくダメ押しの止めを刺す。

 

(────お前は永遠に憧れにはなれぬ)

 

「おのれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 嘲りを含んだ断言に黒死牟の怒りが爆発した。

 

 心の軟な部分に土足で入り込み、踏み荒らしたのだから当然だ。

 

 彼はその手に持った異形の刀『虚哭神去』を再び枝分かれした異形の大太刀へと変化させると、残りの黒炎達を斬り捨ててキュウへと襲いかかる。

 

 キュウへの憎悪が変えたのだろう、額に角を生やし、耳まで裂けた口からは乱杭歯が覗く。

 

 その形相はまさしく鬼、人であった面影などどこにもない。

 

「死ねぇ! 女狐ぇ!!」

 

-月の呼吸 拾陸ノ型 月虹(げっこう)片割(かたわ)(づき)-

 

 そんな剣鬼が放ったのは天から落ちる5つの三日月を縦にしたかのような斬撃波と、それに付随した無数の三日月を象った変則刃。

 

 全方向から襲い来るそれらは躱す暇を与えず、そして防ぐ術もない。

 

「阿呆」

 

 しかし黒死牟が全力で振るった一刀は、キュウの細腕の一振りで虚哭神去ごと砕け散った。

 

「ばか…な……」

 

「愚かな鬼よ。心根の弱さ故に陽から陰へと逃げた大たわけよ。憎悪と嫉妬に曇った剣が我には通じると思うたか?」

 

 呆然とする黒死牟へキュウが向けたのは、無数の槍の穂先が集まった凶悪な尾だ。

 

 暗雲から顔を出した月明かりを受けて光るその刃を見た瞬間、黒死牟の背に冷たい物が奔る。

 

 その冷たくどこか白みのある輝きは妖撃退魔の為に鍛え上げられた霊刀のそれだ。

 

「才無く心無く刀刃を弄んだ愚物が、この白面の首を取ろうなどと笑わせる。その増上慢相応の惨めさで果てるがいい」

 

 突き出されると同時に華開くが如く無数の穂先が展開する槍の尾。

 

 それは妖物にとって致死となる祓いの力を以て、黒死牟の身体を微塵に撃ち砕いた。

 

 

 

 

 無限城の奥にある主の間。

 

 そこでは城を統べる鬼舞辻無惨が頭を抱えていた。

 

 彼はキュウと対峙した夜からずっとこの部屋に閉じこもって動こうとしていない。

 

 食事を童磨に奴が運営する宗教団体の信者を何人か献上させている彼は、九尾の災禍が世から消え去るか、もしくは上弦達が奴を退治するまで引きこもる腹積もりだった。

 

「いったい奴等は何をしている? あれから二週間は経っている。何時になったら私の前に忌まわしい狐の毛皮を持ってくるのだ!?」 

 

 死を何よりも恐れ不変を最良とする無惨にとって、外の世界に己を滅ぼしうる天敵が存在する現状は耐え難いストレスとなっていた。

 

 それは今日までに新たに認定した下弦を、憂さ晴らしに使えないとレッテルを張って3度解体した事からも伺える。

 

「討伐の方は黒死牟がいれば何とかなるだろう。だが童磨や玉壺は何をしている!? 奴のじゃく…ゴホンッ! こちらが有利になる策の一つも献上できんのか!?」

 

 イライラとしながら部屋の周りを忙しなく歩く無惨。

 

 そんな時だった。

 

 突然、部屋の中央に置かれた机にナニカが落ちてきたのだ。

 

「なんだ? 鳴女が献上品でも送ってきた──」

 

 濡れた音にそちらを振り向いた無惨は、思わず絶句した。

 

「黒死牟ぉぉぉぉぉっ!!」

 

 何故なら机の中央に鎮座していたのは、額の中央に梵字が刻まれた鉄杭を打ち込まれた黒死牟の生首だったからだ。

 

 無惨の声に反応するかのように4つの眼が彼を捉えると、顔を土気色に変色させたソレは口を開く。

 

「鬼舞辻よ、この程度では面白くなし。もっと我を楽しませよ。それが出来なくば、その咎は貴様の命で贖ってもらうぞ」

 

 黒死牟には似合わない身の毛もよだつような女の声。

 

 聞き違えようもない、それは忌まわしい吹雪の夜に聞いた九尾のソレだった。

 

 それから黒死牟の首はゲラゲラと笑うと、額の鉄杭を起点として粉々に爆砕した。

 

「あ…あぁ……うわあああああああああああっ!?」

 

 部屋中に飛び散った肉片が塵へ還る中、腰を抜かした無惨は恐怖に満ちた叫びを上げる。

 

「鬼狩りなどに構っている暇はない! 奴を…あの九尾を始末せねば……!!」

 

 そんな強迫観念に駆られた無惨は、すぐに十二鬼月の上弦を招集した。

 

「そういえば、無惨様! 九尾の弱点が分かりましたよ!!」

 

 大した成果などないと期待していなかった無惨だが、そこで思わぬ報告を受ける事になった。

 

「なんだと!? そ…それはなんだ!!」

 

 黒死牟の死を伝える事も忘れ、無惨は童磨の言葉に飛び付く。

 

「はい。信者の中に先祖が退魔関係の者がいましてね、その者の言い伝えだと九尾を討ったのは獣の槍という一本の霊槍だそうです」

 

「獣の槍! それは今どこにある!?」 

 

「信者が言うには九尾を倒すと役目を終えたかのように砕けて消えたと───」

 

「意味がないではないかッッ!!」

 

 怒声と共にぬか喜びさせた童磨の上半身を叩き潰す無惨。

 

 やはりコイツ等は使えないと上弦の解体も視野に入れ始めた無惨だったが、それを止めたのは玉壺の進言だった。

 

「ふむ……つまり九尾には退魔の霊槍が有効ということですな。ならば無惨様、我等でその槍を作ってみてはどうでしょう?」

 

「なんだと?」

 

「作ると言ってもタダの武器じゃないんだろう? そんな簡単にできるものなのか?」

 

 猗窩座の問いかけに玉壺は人で言う所の眼窩に当たる部分に出来た二つの口にニヤリと笑みを浮かべる。 

 

「よりよき壺を作る為、過去に私は古今東西の文献を漁りました。その際に霊刀の打ち方というモノを目にした事があるのですよ」

 

「本当か、玉壺!?」

 

「はい、その本にはこう書かれておりました。力ある霊刀を打つには、優れた霊力を持つ人身御供が必要。その生贄を炉へ捧げ、そこから生み出された鉄を鍛えれば退魔の剣は完成する、と」

 

 得意げに話す玉壺の言葉を聞いて、無惨の顔に久方ぶりの笑顔が戻る。

 

「よし! ならば貴様等は霊刀づくりに全力を注ぐのだ! 半天狗! 堕姫! お前達は優れた鍛冶師を探せ!! そして玉壺は童磨と共に生贄に相応しい者を見つけてくるのだ!!」

 

「「「「ははっ!」」」」

 

 了承の声の後、琵琶の音と共に無限城から退出する半天狗と玉壺。

 

 そんな中、猗窩座は疑問に思っていた事を無惨に問う。

 

「無惨様、黒死牟殿の姿が見えませんが……?」

 

 その声を聴いた無惨は先ほどまでの上機嫌から一気にテンションを下降させる。

 

「奴なら死んだ、九尾に敗れてな。貴様も役立たずの事を気に掛けている暇があるのなら、霊刀作成を手伝って来い」

 

 そう言い残して去っていく無惨。

 

「黒死牟殿が死んだ? 馬鹿な……」

 

 無限城の中には目標を失い、呆然とする猗窩座が残されるのだった。

 

 

 

 

 黒死牟との戦いから一夜明け、那須高原への旅路を終えて竈門家に戻ってきたキュウは聞き慣れた声の悲鳴を耳にした。

 

(!? 日向!)

 

 何者かの襲撃かと狐の姿で家の中へ駆け込むキュウ。

 

 声がした庭先へ向かった彼女は、そこにある光景を見て表情を焦りから呆れへと変えた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁん! ごめんなさぁぁぁぁい!!」

 

「もう…だから、寝る前に厠へ行きなさいっていったのに」

 

「だって…だって……! こわかったもん!!」

 

 それは盛大に染みで地図が描かれた布団と共に、寝間着の袖へ物干しざおを通されて干されている日向の姿だった。

 

(ああ、またやったのか) 

 

 それを見て日向がやらかした粗相に察しが付くキュウ。

 

 小さくため息を付く彼女に気が付いた禰豆子が笑顔で声を掛けてくる。

 

「おかえりなさい、キュウ。朝のお散歩?」

 

「キュン」

 

 彼女の問いかけに小さくうなずくと、禰豆子は苦笑いを浮かべながらこう言った。

 

「ひなはまだ降ろしちゃダメよ。いい加減、あの子もおねしょの癖を直さないと」

 

 『お布団を洗うのだって大変なんだから』という竈門家長女の弁に同意を示すと、キュウはお仕置きを受けている友に背を向ける。

 

「キュー! たすけて、キュー!!」

 

「キュウ(許せ、日向。我もいい加減、オシッコまみれになるのは嫌なのだ)」

 

 彼女の更なる成長を願いながら、キュウは朝食へと向かうのだった。

 




救世主たる黒死牟の実装に沸き立つプレイヤー界隈。

しかし、黒炎を得た白面は兄上を以てしても難攻不落であった。

そんな中、プレイヤーの幾人かは兄上の弱点に気付く。

『あれ、コイツ、オワタ式じゃね?』

そう、黒死牟の弱点とはダメージが回復しない事であった。

その為、白面の直接攻撃がカスれば即ゲームオーバー。

婢妖や黒炎の攻撃で体に腕や足が欠損でもすれば、スキルの大半が使えなくなる地獄モードが待っている。

救世主が一転して上級者キャラとなった瞬間だった。

しかも明鏡止水に関しても白面が放つ『煽りの呼吸』によって、10秒以内に十発を入れないとカウントリセットになる鬼畜使用。

兄上のメンタルの弱さに全プレイヤーが涙する事になる。

これによって危うく『無惨以下』の烙印を押されそうになった黒死牟だが、身体から刀を生やすというスキルの発見によって、プレイヤーたちは新たな可能性を見た。

その結果、両手を失っても、頭にドリル状の剣を生やして突貫する『月の呼吸・九十九の型 ドリルヘッドニキ』や、両手足を失っても身体から生やした刀を脚代わりにして台所の黒い奴のように這い回る『虫の息・終の型 Gニキ』など、縁壱が見れば号泣するであろう『お労しい兄上』が量産されることとなった。

   
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