久々の更新です。
コッチのネタがなかなか降りてこないので、少し遅れてしまいました。
秋の夜長の暇つぶしになれば幸いです
竈門家の末っ子、日向の朝は……遅い。
双子の兄弟である六太と共に、朝日が天高く昇る7時頃にムニャムニャと目を覚ます。
そして半分寝ぼけながら姉、時には母の介助を得ながら朝ご飯を食べて、顔を洗った頃にようやく意識がはっきりするのだ。
この時代においては随分とのんびりした生活だが、なにせ彼女は幼児。
健やかな成長には十分な睡眠が欠かせない。
「キュー! もふもふー!!」
「キュン!」
そうしてエネルギーを補給すると、兄である茂の監督の下でキュウや六太と庭を駆け回るのだ。
竈門家に鬼殺隊の隊士が来ている時はマスコットとして接客もするが、基本的に日向の生活は食う・寝る・遊ぶである。
今日も午前中はそんな風に過ごしていた日向。
何もないなら午後はキュウを抱き枕にお昼寝としゃれこむのだが、予定変更は引き戸のカラカラという音と共にやってきた。
「こんにちわー!」
キュウの尻尾に頬を埋めていた日向は玄関から響く女性の声に顔を上げる。
「みーねーちゃんだ!」
「キュウ!」
六太やキュウと共に廊下をパタパタと走れば、玄関の土間には桜色が目に鮮やかな髪をした若い娘が経っている。
甘露寺蜜璃。
女性らしい体つきに反して特殊な体質から大の男が束になっても叶わない剛力を誇り、育手から学んだ炎の呼吸を基に『恋の呼吸』という独自の流派も生み出して鬼殺任務に大きな功績を上げる新進気鋭の隊士である。
「みーねーちゃん、おかえりー!」
「みつりおねーちゃん!」
「キュウ!」
「ひなちゃんも六太君もただいま!」
笑顔で突撃してくるちんまい三つの影を満面の笑みで迎える甘露寺。
(ひなちゃん達と小さな狐さん、いつ見ても可愛いわ!)
そんな彼女は自分に懐く日向達に内心でキュンキュンしているのだが、何時もの事なので置いておく。
甘露寺もまた竈門家が運営する藤の家によく顔を出す常連の一人である。
彼女の実家も五人姉弟という大家族であり、竈門家の雰囲気は実家を思い出すのだ。
あとは葵枝の作る料理が特異体質故に人より食べる量が多い彼女の口にマッチした事も大きい。
「おかえりなさい、蜜璃さん」
「蜜璃お姉ちゃん、おかえり! またお化粧の事とか教えてね!」
「任務が終わったら、また女子会しましょうね。禰豆子ちゃん、花子ちゃん!」
また、このように女性の先達としても竈門家の兄妹から慕われていたりする。
「竹雄はいかないのか?」
「兄ちゃんこそ」
「甘露寺さん、服の所為で目のやり場に困るっていうか……」
「抱き着かれた時に胸が顔に当たってさ、なんていうか気まずいんだよ」
一方、上の男兄弟達は柱の陰に隠れて妹と甘露寺の微笑ましい会話を見ていたりする。
甘露寺は明るく気に入った人間には距離が近くなる類の性格だ。
難しいお年頃の炭治郎と竹雄としては距離を掴みあぐねている感があったりする。
さて旅装を解いた甘露寺が風呂で身を清めて食事をとり、夜に備えてひと眠りを終えた頃だ。
「あら、お醤油が切れているわ」
夕食の準備をしていた葵枝は調味料の不足に気が付いた。
塩や味噌ならまだ在庫はあるものの、今宵の献立だと代用に当てるのは難しい。
「うーん、どうしたものかしら……」
時間は夕暮れ時、今から走れば万屋での購入は間に合うだろう。
しかし竈門に火が付いているので葵枝は台所を離れられないし、夫は炭焼きの途中で子供達も家の用事をしているはずだ。
「かあちゃん、どーしたの?」
そんな悩める葵枝に声を掛けたのは一緒に昼寝をしていたのだろう、二人して眠い目を擦っている甘露寺と日向だった。
「お醤油が切れちゃったのよ」
苦笑いで答える母、それを見た日向はぱっちりと目を開いて両手を突き上げる。
「だったら、ひながおつかい、いく!」
「日向がお醤油を買ってきてくれるの?」
「うん!」
意外な答えに問いかけてくる葵枝に日向は力強く頷く。
それを見た葵枝は顎に手を当てて悩んだ。
(たしかに日向には何度かお使いを頼んだことはあるけど、それは昼間で禰豆子や花子が一緒だったからなのよねぇ……)
とはいえ、家族の役に立てると期待に目を輝かせる末娘に任せられないと言うのは心が痛む。
「お使いは、お金を扱うしお醤油の瓶だって重いの。日向一人だと大変よ?」
「だいじょぶ! ひな、やれるもん!!」
葵枝はやんわりと断ろうとしたのだが、日向はやる気を見せる様に頬を膨らませて抗議の声を上げる。
このまま否と押し通せば、日向はへそを曲げてギャン泣きしてしまうだろう。
どう爆弾処理をしたものかと内心で悩む葵枝に、思わぬ方向から助けの声が舞い降りた。
「だったら、私もひなちゃんと一緒に行きましょうか?」
声の主は後ろから日向の頭を撫でている甘露寺だった。
「そんな、あなたは夜になったら任務があるのに……」
「大丈夫ですよ。万屋さんはすぐ近くだし、目覚めの散歩にはちょうどいいです」
そう笑う甘露寺に葵枝もここまで言ってくれるなら断るのは無粋と判断した。
「ありがとう、甘露寺さん。では、お願いできる?」
「はい! ひなちゃん、一緒にお使い行こうね」
「うん!」
こうして、葵枝から代金を貰った二人は一路万事屋へと向かう事になった。
とはいえ、万事屋は竈門家から歩いて数分の距離である。
「おしょーゆください!」
「お! 竈門さんちのお嬢ちゃんか。今日はお使いかい?」
「うん! みーねーちゃんといっしょなの!!」
越してきて半年、すでに顔見知りとなった店主の小父さんに日向はニカッと笑う。
「あ、商品の方は私がいただきます」
「頼めるかい。ひなちゃんに持たせるにはちょっと重いからな」
葵枝から預かった買い物籠に醤油が入った一升瓶を入れてもらうと、甘露寺は軽々とそれを手に下げる。
「うまうま」
「美味しいね、ひなちゃん」
こうして買い物を済ませた二人は、おつりはお駄賃にしていいという葵枝の言葉に甘えて帰り道に団子を一つづつ買った。
あとは数分の距離を歩いて帰るだけなのだが、ここで日向の足がピタリと止まる。
「どうしたの、ひなちゃん?」
「……きもち、わるい」
少し顔色を悪くしながら呟く日向に甘露寺は驚いた。
「え! もしかしてお団子が痛んでいたのかしら!?」
慌ててお腹は痛くないか、吐き気はしないかと問いかける甘露寺に日向は首を横に振った。
「わるいやつ、きてる。きぶーむざーといっしょ」
そんな日向の言葉に甘露寺は周囲へ意識の警戒網を敷いた。
『きぶーむざー』は分からないが、今は昼と夜が入れ替わる逢魔時。
太陽が姿を隠して闇が辺りを覆い始めている今なら、鬼が活動を始める可能性はゼロじゃない。
周辺の暗がりへ視線を奔らせていた甘露寺は、裏路地に続く陰に覆われた小道の中に不審な影を見つけた。
肌は抜けるように白く、背丈は自分より小さい猫背姿の男。
なにより目につくのは頬まで裂けた口と頭の上半分がまるでカエルのようになった異形の頭部だ。
「鬼……!」
「しゃあっ!」
甘露寺が影の正体に気付いたのと、カエル男は裂けた口を開いて舌を伸ばすのは同時だった。
「あっ!?」
「にゃあっ!?」
高速、そして驚くほどの距離を伸びた舌はクルリと日向の胴へ巻き付くと、そのまま彼女を掻っ攫ってしまう。
舌が自分の方へ飛んできた事で、狙いは鬼殺隊の自分であると考えた甘露寺は防備の為に身構えてしまう。
その一瞬を突かれてしまったのだ。
「ひゃああああああっ!?」
「ひなちゃん!」
驚くべき速度で巻き戻される舌によって、鬼の元へ引き寄せられる日向。
このままでは日向が食われてしまう、そう考えた甘露寺は用心の為に隠し持っていた日輪刀を引き抜く。
彼女の愛刀は薄鋼で出来ており、布のようにしなやかでありつつも達人が扱えば決して折れる事の無い変異刀だ。
「ひなちゃんを返しなさい!!」
甘露寺の誇る剛力で振るわれるそれは、新体操のリボンのように軽やかかつ変則的な動きで日向を捕らえた舌を断つべく襲いかかる。
「そうはさせんぞっ!!」
しかし、薄桃色の一刀が幼子を救い出す事は無かった。
なんと舌を切る寸前、鬼が刀の軌道上に自分の腕を差し入れて舌を庇ったのだ。
それによって鬼は左腕を肘から落とされたものの、残った右腕にはがっちりと日向を確保する。
「やだぁぁぁぁぁっっ!? キュー! とうちゃん!!」
「この匂い、この感じ……やはり間違いなかった! この娘は最高級の霊力をもっている!!」
懐に抱えた日向の髪に鼻を埋めて思い切り嗅ぐと、鬼は恍惚の笑みを浮かべる。
「こ奴を贄に使えば九尾殺しの霊刀を…獣の槍を再び造れるに違いない! 教祖様! 御方! ようやく…ようやく手に入れましたぞ!!」
喜びの声を上げながら一目散に逃げていく鬼。
「くっ、待ちなさい!!」
甘露寺は慌ててそれを追う。
「ふひひひひひひひっ! この娘を御方に捧げれば、私はさらにあの方の血を賜れる! そうすれば更なる力が手に入るぞ!!」
鬼は路上から長屋の天井へ飛び乗り、瓦を踏み割りながらその上を駆ける。
「そんな事、ぜったいにさせない! ひなちゃんは取り戻してみせる!!」
甘露寺も撒かれまいと必死に走るが、その距離はなかなか縮まらない。
もとより鬼と人では隔絶した身体能力差がある。
それは生まれながらに常人の八倍もの筋力を持ち、全集中の呼吸を体得した甘露寺でも覆しがたいものだ。
(すぐにひなちゃんが食べられないのはよかったけど、あの鬼の言う事が事実なら拙いわ! なんとか、なんとか剣の間合いに……!!)
湧き出る焦燥感に甘露寺が歯噛みする中、日向もこの状況を何とかしようと藻掻いていた。
「かえして! ひな、おうちにかえして!!」
「そんなに暴れるな。ただでさえ美味そうな匂いなのに、我慢できなくなるだろう」
腕の中で藻掻く日向を大きく裂けた口から涎を垂らして見下ろす鬼。
己を物として見る目を見た瞬間、日向の頭にある物がフラッシュバックした。
それは夢の中で自分が凄い力を振るっていた記憶だ。
大人なら妄想と切って捨てるだろうが、幼い日向は何の迷いもなくそれが出来ると信じた。
「み…みかずき、どーーーんっっ!!」
日向の叫びと共に彼女の身体から無数の三日月を象った光が飛び出す。
「な…なにぃ! げぇぇぇぇぇぇっ!?」
それは彼女の身体を抱きかかえていた鬼へ殺到すると、まるで刃物のようにその身をズタズタに切り裂いたのだ。
『光覇明宗・最強単独降魔捨法 弧月』
キュウが睡眠学習で日向へ仕込んだ退魔の技の一つ。
彼女の有り余る霊力を法力の斬撃へと変換し、妖を切り刻む術法だ。
「きゃあああああああっ!?」
ぼろ布のようになって吹っ飛ぶ鬼、その手から離れた日向の身体は今までの速度もあって宙へと投げ出される。
「ひなちゃんっ!!」
それを見た甘露寺が悲鳴を上げて手を伸ばすが、どうあっても助けるには間に合わない。
地面へ叩き付けられる恐怖に日向がぎゅっと目を瞑った時だ。
「あ……」
どこからともなく吹き込んできた霧が真綿のように彼女の身体を抱きとめると、優しく地面へと降ろした。
「キュウ?」
その霧に大切な家族の気配を感じた日向が辺りを見回すが、白い子狐の姿はない。
「ひなちゃん、大丈夫!?」
ものすごい勢いで駆けてきた甘露寺に日向はコクリと頷く。
「あのね、キューがたすけてくれたの」
「キュウって、あの狐ちゃん?」
「うん!」
突然子狐の名前を出されて戸惑った甘露寺だが、子供の言っている事だからと一旦心の棚に上げておいた。
日向が無事なら彼女には為すべき事があるのだ。
「傷が治らない…身体が崩れていくぅ……」
甘露寺が長屋の屋根に上ると、そこにはズタズタになった体がグズグズと崩れ始めている鬼がいた。
「今のは…まさか……退魔法術? そんな…昔話と…親父の戯言だと……思っていたのにぃぃ……」
鬼は元々名のある寺の住職の息子だった。
男は生来の放蕩者で厳格な父とはそりが合わず、数年前に家を飛び出した。
持ち出した全財産は新生活には心もとなく、真面目に働くのも性に合わない。
一獲千金を求めて博打に手を出した結果、一文無しどころか借金を背負った男は望まぬ逃亡生活を強いられた。
そんな中、一縷の望みを掛けて転がり込んだのが万世極楽教だった。
そこで上弦の弐である童磨に問われるまま御伽噺で聞いた九尾殺しの霊槍の話をしたのをきっかけに、坂道を転がるように人食いの鬼になり下がった。
人外となった男に与えられた任務は優れた霊能力者を拉致して主へ捧げること。
住職の血故か、男には他者が持つ霊力を測る事が出来る力があった。
それを用いて各地を巡って何人もの宗教関係者や在野の霊能力者を攫っていたのだ。
しかし、そんな鬼の悪事も今宵終わりを告げる。
「小さな女の子に怖い思いをさせるなんて絶対に許せない! あの世で反省しなさい!!」
甘露寺が振るった刃は空中を蛇のように這うと、そのまま地面を這いつくばる鬼の首を刎ねた。
「あ…あぁ……消える、死んじまう。けど、本当に御伽噺の九尾が復活しているなら、死んだほうがマシかもなァァァ」
そう言い残すと男は、カエル顔の鬼はそのまま灰になった。
「みーねーちゃん?」
「もう大丈夫だよ、ひなちゃん。怖かったね」
背後から不安げに声をかける日向を、振り返った甘露寺はぎゅっと抱きしめる。
「う…うぅ……うわぁぁぁぁぁん!!」
その人肌の温かさが緊張をほぐしたのだろう、日向は彼女の胸の中で大声をあげて泣いた。
その後、甘露寺は泣き疲れて眠った日向を連れて竈門家に帰った。
そして事の顛末を家族へ伝えると、炭十郎や葵枝からたいそう感謝された。
ただ、彼女にも腑に落ちない点が一つあった。
それは彼女が駆け付けた時に鬼が瀕死の重傷を負っていたことだ。
「あれはいったい何だったのかしら? 鬼は日向ちゃんに霊力があるって言ってたけど、まさかねぇ……」
大正の世に在っては霊力を持つ法力僧が魔を祓うなど御伽噺だ。
鬼殺隊の主家である産屋敷を思えば概念自体は眉唾モノで無いのだろう。
かといって霊力にそこまでの力があるとは到底思えない。
本当にそんな力があるのなら、神社仏閣が鬼退治に乗り出して鬼殺隊などお役御免となっているはずなのだから。
その後、鎹鴉の報告でカエル面の鬼が今回の討伐目標だと知った甘露寺は、被害者のケアという事で翌日帰るまでずっと日向と共にいた。
「ひなちゃんが元気になるまでギュッてしてあげるね」
「みーねーちゃん、おむねちょっとくるしい」
その際に彼女のたわわな胸で日向が窒息しかかったのはご愛敬だろう。
◆
日向を狙っていた鬼が倒された頃、竈門家の縁側にいたキュウは安堵の息を吐いた。
自分が寝ている内に鬼殺剣士と買い物に行った日向が、まさか鬼に狙われるとは思わなかった。
すぐに気づいてシュムナを送っていたからよかったものの、一歩間違えば日向は重傷を負ったか拉致されていただろう。
本音を言えば日向に手を出した下種はシュムナに食わせて生きたまま溶かしてやりたかったが、鬼殺剣士を前にそんな真似をするのは愚策だ。
とはいえ、収穫が全くなかったわけではない。
大切な友に施した睡眠学習がついに芽を出したのだから。
「とはいえ、愚かな鬼共に日向を狙った報いを与えぬわけにはいかんなぁ。───出でよ」
三又に増えた尾にキュウが声をかけると、そこから一つの影が飛び出した。
影の正体はフクロウ。
しかし通常のモノとは違い、見開いた大きな眼からは黒く濁った血涙を流している。
「鬼舞辻に余計な入れ知恵をしたのは万世極楽教とかいう宗教の教祖だったな。行くがいい、ミネルヴァよ。貴様の呪毒で逸れモノの極楽を地獄へ変えるのだ」
キュウの指示を受けると、ミネルヴァと呼ばれたフクロウは恐ろしい声を上げて飛び立った。
あれはこの世界の白面が欧州へ向かった際に面白半分で取り込んだ妖物だ。
その能力は眼を介した呪殺、あの凶眼に囚われたモノは顔の七孔から血をまき散らして絶命することになる。
この世界の白面に取り込まれる前は、己でも力の制御が利かずに欧州の行く先々で死をまき散らしていたそうだ。
邪眼に関しては白面の能力とした際に安全装置を仕込んでいるが。
「彼奴等は足らぬ知識で粗製乱造を繰り返しているようだが……果たして石の中から宝玉を見つけ出すことができるかな?」
無限城に仕込んだ婢妖を通して見る無惨の足掻きを嘲笑いながら、キュウは日向を迎えるべく縁側を後にするのだった。