ひなたときゅう   作:アキ山

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できました……

近頃寒くなって、体調が崩れやすいです。

筆者も見事に風邪を引きました。

皆様もお気を付けください。


ミネルヴァの災厄と悲劇の霊刀

 東の端から日が上り、静謐な空気の中で森を朝靄が覆う。

 

 江戸時代に山を切り開いて立てられた万世極楽教の本部も、陽の光と共に少しずつ薄れているものの未だ靄の中にあった。

 

 そんな中、一人の男が籠を背負って石で作られた粗末な階段を下りていく。

 

 男は木々は生い茂る山肌へ立ち入ると地面へ落ちた枝を拾い、時には幹から生えた細い枝を切り落としては背中の籠へ入れていく。

 

 インフラが整っていないこの時代、薪は人の生活を支える重要な燃料だ。

 

 それは世を捨てて万世極楽教の教えに縋る彼等も例外ではない。

 

「おや……?」

 

 そうして薪拾いに精を出していた男だが、遠くから聞こえる甲高い声に顔を上げる。

 

 山の中にある本部では、鳶や鷹などの猛禽類も珍しくはない。

 

 しかし声を聞けば思わず空を見上げてしまうのは、ある意味人としての性というものだ。

 

「うっ!?」 

 

 しかし、今回ばかりは何気ない行動が命取りになった。

 

 何故なら恐ろしい程の速度で飛んでくるソレは真っ当な生き物ではなかったからだ。

 

「ばぶぇぇっっ!?」

 

 大きく開いた両眼から腐った血のような呪毒を垂らす悍ましい形相の梟。

 

 それを見た瞬間、男は顔にある七孔から血をまき散らして絶命した。

 

 件の梟は哀れな犠牲者の前に降り立つと、嘴を使って呪毒に塗れて黒く汚染された目玉をほじくる。

 

 すると引きずり出された目玉は神経節が生えた部分から泡だち、徐々にその姿を変える。

 

 眼球の丈夫な表皮を破って体液に塗れながら現れたのは小さな骨格だ。

 

 それはまるで黒く染まった眼球を自身の卵とするかのようにそこから養分を吸い取ると、肥大していく骨格に神経が奔り、生まれた臓器を収めるように肉を纏い、そして生まれた表皮に羽毛を生やす。

 

 そうして生まれ変わった眼球は件の梟と全く同じ存在だった。

 

 生み出した側の梟は、眼前で身体を振るわせて纏わりついた粘液を払うソレをマジマジと見つめた。

 

 しかしすぐに興味を失ったようで、一声悍ましい鳴き声を上げるとそれを置いて空へと舞いあがる。

 

 一方、生み出された方も先の梟から視線を介して仕込まれたのだろう、大きく開いた両目から呪毒を溢れさせて大地を蹴った。

 

 これこそがミネルヴァの梟が白面の僕として取り込まれる際、代価として得た能力だ。

 

 彼は己が見た者、そして自身を見た者を等しく呪い殺す邪眼を持って生まれた。

 

 その効果は人間のみならず、如何なる動物も無差別に殺傷する恐ろしいものだった。

 

 故に彼は産まれた時から孤独の中で生きてきた。

 

 そんな彼が初めて出会った邪眼の効かない存在、それが白面だった。

 

 自分より遥かに強大な存在である白面が自らの邪眼に興味を示している事を知ったミネルヴァは、その軍門に降る条件としてある物を欲した。

 

 それは自分と寄り添える番が欲しいという、生物としては真っ当な願いだった。

 

 ミネルヴァの申し出を受け入れた白面は、彼に自らが呪殺した被害者を材料に己を複製できる能力を与えた。

 

 もちろん、これはミネルヴァが望んだ能力ではない。

 

 不満を示す彼に白面はこう諭した。

 

『お前の邪眼は強力だ、それに耐えうる個体を生み出すのは我とて手間が掛かる。だからこそ能力で生み出した複製には、一定の確率でメスが生まれるように調整したのだ。蛇が己の毒で死なぬように、お前から生まれた個体ならば邪眼の呪毒も影響を受けぬからな』

 

 なるほど、と納得するミネルヴァに白面は続ける。

 

『とはいえ、弱き者を依り代に生み出したとしても、お前の呪毒を受け止めきれる器になる可能性は低い。故に多くを殺せ、強靭なる物を殺せ。その邪眼が積み上げた屍の上にこそ、お前の望みが芽吹くだろう』

 

 邪悪という言葉を体現したかのような笑みを浮かべた白面の言う通り、ミネルヴァが殺めた死体から生み出した複製の数十体に1匹の割合でメスの個体が生まれた。

 

 しかし下地が悪かったのか、生まれたメスも一刻ほどで自身の呪毒に侵されて溶け落ちてしまった。

 

 長年探し求めた番候補を失ったミネルヴァだったが、彼に嘆きは無かった。

 

 未来への希望はしかと彼に示されたのだから。

 

 だからこそ、万世極楽教の本部へと飛ぶミネルヴァに容赦は無かった。

 

「な…なんだ! あの魔鳥…ぶべぁあっ!?」 

 

「ぎゃああああああっ!? の…呪いのトリ…リ……りべらっ!?」

 

「鉄砲だ! 猟師だった奴を呼んで来い!」

 

「分か…たばっ!?」

 

「一匹だけじゃないわっ! こっちにも……もげらっ!?」

 

 凶鳥の襲来に混乱する教徒たちを次々と殺め、犠牲者の目から新たな複製を生み出し続けながら爆発的に被害を広めていく。

 

「ピキィッ!?」

 

「グヴォァッ!?」

 

 そして殺戮の嵐の対象は人間に留まらない。

 

 万世極楽教のある山の生物達は、すでに数十匹に増えたミネルヴァの呪毒によって次々と命を落としたからだ。

 

 フクロウの視野は約110度と狭いが、その代わりに首の可動範囲は広い。

 

 その気になれば飛びながらでも270度首を回す事も出来る。

 

 さらに相手が己の姿を捉えただけでも呪毒が発動するというおまけ付きだ。

 

 その力ゆえに犠牲者は鼠算式に増殖し、それを基に新たな死告鳥が大量発生するのである。

 

 万世極楽教の本部がある山は、今や冥府よりも酷い死が渦巻く魔界と化していた。

 

「撃て撃てぇ! えぼっ!?」

 

「標的を見るな! あれだけ居れば見なくてもあたぁっ!?」 

 

 信者の中にいた狩猟経験のある者が、自衛のためと用意していた猟銃をミネルヴァの群へ向ける。

 

 しかし、それは彼等を視界に収めるということだ。

 

 ある物は引き金を引くことなく、またある者は対象へ向けるべき銃口が道半ばの状態で顔中から血を吹き出して息絶える。

 

 しかし教祖である童磨が鬼殺隊対策にお布施を使って大量に銃を調達したお陰だろう。

 

 何人かは命と引き換えに魔鳥へ向けて鉛玉を放つことが出来た。

 

『!!』

 

 大正とは言えライフルである猟銃の弾丸は音速に迫る速度を出す。

 

 しかし必殺であるはずの一射をミネルヴァ達はまるで弾丸の間を縫うように飛んで躱してみせた。

  

「そ、そんなぁ……あぎょぉっ!?」

 

「化け物だァ! へべぇつ!?」

 

 信仰からミネルヴァ達への防衛ラインを築いていた信者たちを鏖殺し、ミネルヴァ達はついに万世極楽教の内部へと突入する。

 

 戦える男衆は建物の外でことごとく討ち死にし、建物内にいるのは女子供ばかりであった。

 

「いやああああああっ!? あぶばっ!?」

 

「こ…子供だけは……こどぼぉっ!?」

 

「お…お母ちゃん! おがばっ!?」

 

「教祖様! きょうぼぁっ!?」

 

 中には年端のいかない子供や神への供物という名目で無惨や童磨の餌に選ばれた見目麗しい少女達もいたが、ミネルヴァにはどうでもいい事だ。

 

 その邪眼は正邪貴賤の区別なく、一切の命を容赦なく狩り取る。

 

 彼に憎悪も無ければ怒りも無い。

 

 あるのは己とその血脈を繋ぐという本能だけだ。

 

 その考えは野生では当然の物である。

 

 人間社会と違って野生に法はなく、弱肉強食の理に支配されている。

 

 強者は生き残り、弱者は強者の糧となる絶対のルール。

 

 そして生物の至上命題は子を作り、己の遺伝子を後世へ残す事だ。

 

 ならば子を成す為に番を求めて殺戮を繰り返すことに何の罪業があろう?

 

 否、罪業など人間の物差しでしかない。

 

 彼等はそんな物に頓着しない。

 

 己の目的を達成する為に幾らでも死を積み重ねるのだ。

 

 そうして神聖たるべき宗教団体の本部、聖殿へとミネルヴァは足を踏み入れる。

 

「おや、鬼殺の剣士が来たのかと思ったら意外なお客さんだ」

 

 万世極楽教の心臓部で彼を待ち構えていたのは、皮肉なことに全身に血の匂いが染みついた人外だった。

 

 ご神体である仏像の影から現れたのは、 万世極楽教の教祖にして十二鬼月上弦の弐たる鬼の幹部童磨。

 

 しかし主たる鬼舞辻無惨すらも苛立たせる彼の軽口は其処で止まった。

 

「う…ぐぉ……!?」

 

 声に反応したミネルヴァが視線を向けた瞬間、童磨は眼や口から黒ずんだ血をまき散らして殴られたかのように仰け反ったのだ。

 

「これは…やばいなっ!」

 

 ふら付く身体に喝を入れて、童磨は扇子を持った右手を一閃させる。

 

 それを合図にして現れたのは氷で出来た巨大な観音像だ。

 

「無惨様のところから帰ってきた途端にコレとは運がない。でも、今ので分かった」

 

 服の袖で吐き出した毒血を拭うと、童磨は崩れかけた笑みを再び張り付ける。

 

 それは彼の顔に常に乗っている道化ともアルカイックスマイルとも取れるモノだ。

 

「君は視線を媒介にして攻撃しているだろう」

 

 童磨が笑うのはミネルヴァの攻撃を見切った故だ。

 

 ミネルヴァの呪毒に耐えた生命力と、不意打ちでありながら相手の手の内を見抜く洞察力。

 

 それは上弦の弐という鬼の最高幹部に相応しい能力だ。

 

「さて、俺の家を荒らした害鳥にキツい灸を据えてやろう───あ」

 

 そう舌なめずりをする童磨だったが、彼は気付いていなかった。

 

 この場に足を踏み入れた時点で、自分は詰んでいるという事に。

 

 観音像を盾に血鬼術で聖殿を氷漬けにしようとした童磨だったが、彼が動く前に大量の羽音が飛び込んできた。

 

 次の瞬間に感じたのは先ほども味わった……否、先ほどのモノなど比較にならない程の脳を直接掻き回されるような苦痛と衝撃だった。

 

「ぐがばぁっ!?」

 

 顔中、いや全身のあらゆる穴から毒血をまき散らして仰向けに倒れる童磨。

 

 そんな彼が最後に見たモノは、天井やご神体などに停まってあらゆる角度から自分を捉えた無数の邪眼だった。

 

 邪眼の包囲網による呪毒が無惨の血に宿る呪いを上回った事でグズグズと腐敗を始める童磨の遺体。

 

 ミネルヴァは絶望の表情で固まった鬼の顔から眼球を抜き取る。

 

 しばらくして眼球から生まれ落ちたモノにミネルヴァは歓喜した。

 

 何故ならそれは待ち望んだメスの個体だったからだ。

 

 人から変じたモノとは言え、強力な鬼を下地に産まれた彼女は簡単には崩れ去らないだろう。

 

 先ほどから奇声を上げて溶け始めている他の複製体のように。

 

 その後、ミネルヴァは番と決めたメスを伴って白面の元へと帰った。

 

 彼と番候補のメスは共に白面の尾へ戻ったわけだが、彼等が新たな命を生み出したかどうかは定かではない。

 

 そして数日後には『宗教本部で大量虐殺! 対立勢力による犯行か!?』という見出しが新聞に乱れ飛ぶ事になるのだが、竈門家の人間が真実を知る日は永久に来ないので気にする必要はないだろう。

 

 

 

 

 そこは無惨が世を忍ぶ仮の姿、月彦という貿易商の名義で購入した屋敷。

 

 建物の地下には大きな溶鉱炉と鍛冶場があり、そこでは一人の鍛冶師が一心不乱に槌を振るっていた。

 

 暗闇の中、金属同士を打ち合わせる甲高い音が響き、焼けた鉄が鍛えられる際に出る赤い火花が男の顔を映し出す。

 

 そこにあるのは悲嘆・絶望・そして憤怒と怨嗟。

 

 男は県一番と有名な刀鍛冶だった。

 

 彼には愛した妻と目に入れても痛くない娘がおり、そんな彼女達を幸せにする為にと仕事に打ち込んでいた。

 

 しかし、そんな彼を予想だにしなかった不幸が襲った。

 

「見つけました、あなたが県内一の刀鍛冶ですね。私と共に来てもらいましょう。もし拒否するなら妻子共々この腹に収まるか、私の芸術の材料になってもらう事になりますよ?」

 

 月のない深夜に、突然現れたのは鬼を名乗る化け物だった。

 

 目がある部分が口になっていて口の部分に嵌った眼球がギョロギョロと不気味に動いて自分達を見ている。

 

 こんな生物を鍛冶師は見たことがなかった。

 

 そして鬼は彼と妻子を拉致すると、この秘密工房へ放り込んだのだ。

 

 鬼に連れてこられたのは彼の一家だけではなく、他にも多くの人間達がいた。

 

 いったい何をされるのかと鍛冶師は怯えていたが、彼等を待っていたのは想像をはるかに超えて悲惨なモノだった。

 

「あなたには霊刀を打ってもらいます。九尾の狐の名は聞いているでしょう? それを打ち倒す程の強大な力を秘めた、ね」

 

 そう告げると鬼は煮え滾った鉄が泡立つ溶鉱炉へ、生贄として連れてきた人たちを放り込み始めたのだ。

 

 刀鍛冶である男は聞いた事があった。

 

 古代中国には炉に生贄を捧げる事で、普通では決して打てない名刀を生み出す邪法があることを。

 

 しかし、そんな狂気の沙汰を本当にやる羽目になるなど誰が思うだろうか?

 

「真に九尾を倒す剣を生み出したのなら、あなたと人質は解放しましょう。もしダメなら、彼等は全て溶鉱炉の露に消える事になる。死に物狂いで頑張る事ですねぇ」

 

 まさしく悪鬼としか言い表せない台詞を耳にした鍛冶師は、その日から死力を尽くして刀を打ち続けた。

 

 何故なら生贄には彼の愛する家族も含まれていたからだ。

 

 今まで培った技術と師から学んだ教えを総動員して作り上げたモノの、出来上がった刀は九尾どころか手下の鬼を殺すこともできない。

 

 一本、二本と打ち損じる度に人が灼熱の鋼の中へ消えていく。

 

 槌を振るい始めてから地下室に家族を炉にくべられた者の悲鳴と、鬼や奴等が満足する刀を打てなかった鍛冶師への怨嗟の声が響き渡らない日は無かった。

 

 鍛冶師は恐怖と罪悪感、そして理不尽を押し付ける鬼への怒りで休むことなく刀を打ち続けた。

 

 自分が仕損じる度に人が死に、その死神の鎌が自らの妻子の首にも掛かっているのだから当然だ。

 

 しかし彼には九尾殺しの霊刀を打つことはできなかった。

 

 集められた人たちが溶鉱炉の中に消え、妻子だけが残ってもだ。

 

 ついに自らの家族が炉へくべられる番が回ってきた時、鍛冶師は地べたに額を擦り付けて妻子の命乞いをした。

 

「お願いです! 妻と子供は助けてください! 私は命に代えても貴方の満足する刀を打ちますから! ここで死ぬまで貴方達の為に刀を作り続けてもいいから!! 妻と娘の命だけはどうか炉にくべないでください!!」

 

 自分が不甲斐ないばかりに散って逝った多くの人達を思えば、自分にこんな言葉を吐く資格がない事など鍛冶師は百も承知だった。

 

 それでも、己の心や誇りを汚泥に投げ捨ててでも彼は妻子を助けたかった。

 

「駄目ですねぇ。家畜でしかないあなたに私達と交渉をする資格があるわけないでしょう。恨むなら私のように一級品を作れない己の才覚のなさを恨みなさい」

 

 そんな鍛冶師の血を吐くような懇願を鬼は嘲笑いながら一蹴した。

 

「やめろぉ! やめてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 そして奴等は妻と子を煮え滾る溶鉱炉へ放り込んだのだ。

 

「いいですねぇ! その喉を破らんばかりの絶叫は芸術点が高いですよォ!!」

 

 妻子の断末魔と鍛冶師の絶望の声に、鬼はまるで音楽でも楽しむかのように歓声を上げていた。

 

 それから先の事は鍛冶師は憶えていない。

 

 気が付けば鬼は立ち去っており、彼の手には妻と娘の心身を食らい尽くしてできた両手に乗る量の鋼があった。

 

 彼はその鋼を火にくべると、一心不乱に槌を振るい始めた。

 

 彼の顔にはかつての穏やかな表情は無い。

 

 そこにあるのは自責と憤怒と憎悪によって深く深く刻まれた鬼の形相だけだ。

 

 そうして寝食を忘れて剣を鍛えていると、鍛冶師にはある物が見えるようになった。

 

 それは自分と同じく怒りの形相で剣らしき物を打つ一人の青年だった。

 

 焼けた鉄を掴む平箸を使うことなく、左手で灼熱の剣を支えて口から吐き出した炎で鉄を鍛える。

 

 その様を見た鍛冶師は直感で理解した。

 

 あの青年も自分と同じなのだ。

 

 化け物を討つため、己の肉親の血肉が籠った鉄を鍛えているのだと。

 

 鍛冶師の視線に気づいたのか、青年は彼の方を向くと地獄から響くような声でこう語った。

 

「恨みを込めろ、嘆きを込めろ。その憤怒を炎に、自責の念を槌に変えて己の全てを鉄へと叩き付けるのだ。自分の家族を奪った奴等が憎かろう。家族を護れなかった己が恨めしいだろう。その怨嗟を、己の全てを殺意に変えて剣の糧にするのだ」

 

 そう語る彼の身体に信じられないような変化が起こる。

 

 剣へと鍛えられた鉄へ青年の身体がまとわりつき、徐々に柄へと変わっていったのだ。

 

「そうすればお前もこうなる。自分を地獄へ叩き込んだバケモノを狩る妖魔必滅の刃へと変わるのだ」

 

 顔の下半分まで剣と一体化した青年は、血涙で赤く染まった眼光で鍛冶師の為すべき事を示した。

 

 そして、その身の全てを一本の槍へと変ずると闇の中に消えていったのだ。

 

 一部始終を見た鍛冶師に迷いは無かった。

 

 平箸を捨てると焼けた鉄を左手で固く握りしめ、渾身の力を込めて槌を振るう。

 

 火が必要なら口から発せられる怨嗟の声が灼熱となって鉄を炙る。

 

 目の周りの血管が破裂したのか、頬を伝う血涙は留まる事は無い。

 

 そうして怨嗟を、嘆きを、怒りを込めて槌を振るい続けた鍛冶師の身体は青年と同じく刀へ取り込まれ始めた。

 

 件の男と違うのは、彼の身体が柄ではなく刀の鍔と柄へ変化した事か。

 

 そうして最後の生贄を炉が飲み込んで7日が経った頃、秘密工房から人間の姿が消えた。

 

 その代わりにあったのは一本の刀。

 

 刀身に見るモノを引き付けながらも、どこか恐怖を誘う光を宿した妖刀だった。

 

「これは美しい……。あの人間、なかなかいい仕事をしますね」 

 

 刀を見つけた主犯の鬼こと玉壺は、その輝きに引き寄せられるように剣を手に取った。

 

 本来の彼なら、その歪んだ審美眼で刀の品評でも始めるのだろう。

 

 しかし彼はビクリと体を震わせると、そのままフラフラと工房を後にした。

 

 そうして体内を巡る無惨の血を通じて霊刀の完成を伝えると、鳴女の開いた門を使って無限城へと向かった。

 

 異空間を思わせる謁見の間では、無惨の他に半天狗の姿もあった。

 

「玉壺、お前が手にしているのが九尾殺しの霊刀か?」

 

「はい、その通りでございます」

 

「よし。半天狗、その刀をこちらへ持ってこい」

 

「ひぃぃ……ワシがかように恐ろしい霊刀を。だが、無惨様には逆らえませぬなぁ」

 

 無惨の命を受けた半天狗は霊刀を前に出して平伏する玉壺へと近づいた。

 

 そして刀に手を伸ばしたその瞬間───

 

「ぬふぅっ?」 

 

 刃が空を切って閃き、半天狗の首が宙を舞ったではないか。

 

 頭を失った半天狗の身体はその場に崩れ落ち、何が起こったのか分からないといった表情の首も落ちて板の間に血の華を咲かせる。

 

 そして一拍子置くと、半天狗の身と首は内側から弾けるように塵へと還ったのだ。

 

「な…なんだと!?」 

 

 これには無惨も我が目を疑った。

 

 半天狗の身体は奴の本体ではない。

 

 血鬼術で作り出された仮初の分身体なのだ。

 

 奴の本体はネズミ程の大きさの小鬼であり、分身体の首が刎ねられたところで本体は痛くも痒くもない。

 

 ましてや今のように死んで塵に還るなどあり得ないはずなのだ。

 

「ウッシャアアアアアアッ!!」

 

 無惨が驚愕に囚われている間にも、刃を振るった元凶たる玉壺は平伏の姿勢を解いて霊刀を手に襲いかかってくる。

 

 上弦の鬼だけあって、その動きは人間とは一線を画している。

 

「クッ!」

 

 咄嗟に身を引いた無惨だが、振り下ろされた刃は彼の左腕を肘の下あたりからバッサリと切り落とす。

 

「玉壺! いったいなんの……ぐわぁっ!?」

 

 大きく背後へ跳び退いた無惨が配下の謀反に怒りを露わにしようとするが、その声が途中で遮られてしまう。 

 

 何故なら斬られた左腕の傷を中心に左半身が膨れ上がり、内部から爆発するように塵へ還ったからだ。

 

「ぐおおおおおおおっ!? 馬鹿な!? なぜ…なぜ再生しない!!」

 

 上半身の左半分を心臓に届く程に弧を描く形でえぐり取られた無惨は、苦痛を噛み潰した後で己の身体に起こった変化に戦慄する。

 

 そう、この程度なら瞬きする間もなく完治する筈の己の身体が一向に癒える気配を見せないのだ。

 

「玉壺ぉ! 貴様ァァァァッ!!」

 

 背筋を凍らせる恐怖を憎悪に変えて、無惨は玉壺の身に宿した己の血を媒介に呪いを発動させる。

 

 これこそがどれ程強力な鬼でも無惨に逆らえない秘密。

 

 無惨が全ての鬼の生殺与奪を握る理由だ。

 

 しかしその呪いは発動しなかった。

 

「な…何故だぁ!?」

 

 思わぬ事態に胆力のなさから更に混乱する無惨。

 

「殺す! 鬼は殺す! 鬼を殺す!! 貴様等は皆殺しだぁァァァ!!」

 

 そんな無惨の心胆を凍らせたのは、玉壺の口から別人の声で発した地獄のような怨嗟だった。

  

「お…おのれぇぇぇぇっ!!」 

 

 それに恐怖した無惨は全力で玉壺を排除しようとする。

 

 背から赤黒い有刺鉄線状の鞭を展開すると向かってくる玉壺を縛り上げ、次は右肩から胸を通って脇腹へ抜ける形で大きな口を生み出すと、その口で思い切り吼えたのだ。

 

 大口から放たれた咆哮は衝撃波となり、玉壺の身体を強烈に打ち据える。

 

 そして玉壺が半ばミンチのようになったのを確認すると、無惨はその頭を握り潰した。

 

 硬いモノと柔肉が潰れる不快な音が謁見の間に響いたあと、頭部を失った玉壺は無惨から体内に残った彼の血を搾り取られて塵へと還っていく。

 

「裏切者が。奴め、いったい何を乱心……ぐぅっ!?」

 

 脅威は去ったと油断したのがいけなかったのだろう。

 

 両足に灼熱感を覚えた無惨が目を向けた先では、玉壺が取り落とした筈の霊刀がひとりでに動いて自身の両足を腿の辺りから断ち切る様が見えていた。

 

 そして間を置かずに襲いかかるのは、先ほどと同じように膨張して己の身体が塵に還る激痛と喪失感だ。

 

「う…うわあああああああああっ!!」

 

 恐怖に駆られた無惨は床に落ちながらも衝撃波を放つ。

 

 しかし、玉壺の身体を粉砕するほどの一撃を霊刀は主も無しに切り払ってみせる。

 

「なっ!?」

  

「それは覚えたぁっ!」

 

 驚愕する無惨に冷酷な事実を突きつけたのは、無に帰す最中に残っていた玉壺の口だった。

 

「貴様等鬼を絶滅させるまで! 私は! ワシは! 僕は! 俺は!!」

 

 動けない無惨を串刺しにする為、宙を浮いた霊刀はその切っ先を向ける。

 

「絶対に! 負けんのだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「な…鳴女ぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 しかし彼等の恨みの刃が無惨の急所を食む事は無かった。

 

 魂切るような主の悲鳴に反応した鳴女が進路上で次元の門を開いたために、そこへ飛び込んだ霊刀が無限城から追放されたからだ。

 

「あ…あぁぁぁぁ……くそっ! くそっ!! くそぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 死に直面した無惨は木偶のように転がりながら、恐怖と苛立ちを込めて叫ぶ。

 

 その様はまるで癇癪を起して泣く赤子の様だった。

 

 一方、外界へ放り出された霊刀はとある山に転がっていた。

 

「うん? こんなところに抜き身の刀が放置されておるとはな」

 

 草むらに埋もれていた彼を見つけたのは、天狗の面を付けた初老の男だった。

 

 誰かが怪我をしてはいかんと拾い上げた瞬間、天狗面の男の脳裏に強烈な思念が奔る。

 

 それは鬼に対する憎悪と殺意であり、大切な者を失った哀切であり、力がない自分への自責と怒りだった。

 

 その煮え滾るような想いは老人が持っていた鬼に殺されたであろう多くの弟子を失った事への後悔と悲しみ、そしてかつて柱であった彼が戦闘中に心を揺らさぬようにと胸中深くにしまい込んだ鬼への憎悪とシンクロする。

 

「鬼は…鬼は切らねばならぬ! 一切鏖殺よ!!」

 

 結果、男は霊刀と共に鬼を滅する一振りの刃へ立ち戻った。

 

 鱗滝左近次、現役復帰。

 




ギリョウ「期待の新人ゲット!」

鍛冶師「ドーモ、無惨サン。鬼滅ノアヌビス神です」

きゅう「おぎゃああああああああっ!(やっぱり生きておったわ! 悪霊退散! 悪霊退散!!)」
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