「おはよう、フィン」
「うっす、カスパー」
魔法学院の朝は早い。
……というかカスパーの起きる時間が異様に早い。
冷たい水で顔を洗った後だというのに、まだまだ目が覚め切っていない。
「眠いのなら、部屋に戻ってもう少し寝てきたらどうだ?」
「いや、いいよ。体動かせば嫌でも目が覚めるし」
「無理に俺に付き合う必要は……」
「気にすんなって」
制服のベルトにつけたホルスターから、いつもの双銃剣を取り出す。寝ている人たちのためにも消音器を取り付けておく。
早朝の寮の鍛錬室。勤勉な学生ですらまだ顔を出していない時間から、カスパーと俺は模擬戦を始めていた。
「ふっ! ……鋭い斬撃だな」
「そちらこそ」
ルーティンに近い形での立ち合い。
縦横無尽に直剣を振るうカスパーの攻撃を、避けたりいなしたりして隙を見つけて反撃する。
聞くにカスパーの基礎、技量レベルはそれぞれ30程度のものらしい。入学者の中でも上位だという。
俺? 水晶を壊したからわからん。書類上は1/1だよ。
「そういえばさ」
振り下ろされた一撃を半身で躱し、そのまま刀身を蹴り飛ばす。
「……ッ! なんだ」
のけぞったカスパーは急いで体勢を直しながら返答した。
「小隊……、どうするよ。このままだと俺ら2人ぼっちだぞ」
「小隊単位の訓練の実地訓練までまだ日にちはあるだろう」
「つっても、後数週もないぞ」
再び肉薄してきたカスパーの斬撃を、今度は双銃剣をぶつけることによって弾いていく。
交わされる数回の剣戟、カスパーは徐々にスピードをあげて行き――
「……ッ、はァ!」
「っと! いい一撃」
双銃剣で弾ききれなくなった俺は、たまらず跳び退く。
いい感じに体が温まってきたので、双銃剣のセーフティを外す。
「俺が言うのもなんだが、俺たちの小隊に入る物好きはそうそういないぞ」
「いや、ヴィクターとカイは誘えば来てくれるんじゃねえの?」
学院が始まってのちに関わるようになった男の顔を二人思い出す。
方や同じ歳と言われて疑うどころか、倍歳を食ってると言われても驚かない貫禄の塊みたいな大男。方や華奢過ぎて女の子だと言われても疑わないような男の娘。
学院に入っても選択肢に振り回され続けている俺によく話しかけてきてくれた同じクラスの二人だ。
カスパーに関しては、受験日の縁だけでなく、寮室を共有している関係でもあるので、自然と二人で小隊を作ろうという流れになった。
「……話はお前の方から通しておいてくれ」
「まあ、声はかけておくけど、あと2人どうするんだよ」
魔法学院の実地訓練で組まされる小隊の人数は6人までである。
その6人で与えられた任務やら要請やらをこなしていくのだが、6人を前提にした分量が与えられるために、全員集められないとかなりキツくなるとの話だ。
「くれぐれも当日までに6人揃えてくださいね! もしも人探しに困ったら私に相談してくださいっ!」
というのが、我らがクラスの担任にして、水晶破壊現場で対応してくれたちびっ子教官の言だ。
「掲示板にでも張り出してみたらどうだ?」
次から次へと途切れのない剣技。
それらを叩くだけではなく、弾丸で当てることによって弾いていく。
「あー、他の小隊の人も張り出してる、学生用の掲示板な」
「そうだ。まだどの小隊にするか決めあぐねている学生もいるだろう……ッ!」
パスパスッと消音器越しに撃ち出される弾丸を、カスパーは次々に切り捨てていく。
流石の剣術だ。
「それはそうだけど、俺たちのいる小隊に入るやつなんかいるのか?」
「実力なら……ッ!」
直撃の弾丸の中に、鍛錬室の壁を使用した跳弾による攻撃を混ぜたのだが、その一撃をも難なく避けていくカスパー。
カスパーとこうやって毎日相対しているのもあって、こういった小手先の技も通用しなくなってきている。
「実力なら、どこにも引けを取るつもりはないが」
「やるねぇ〜。確かにカスパーがいれば百人力かもしれないけど――ッ!」
両手で握った双銃剣を振り落ろす!
ガキンッ、と直剣で耐えるカスパー。
「ぐぅッッ!!」
「はァアアッ!!」
ギリギリと金属同士の擦れる異音を立てる鍔迫り合い!
両腕の筋をはち切れんばかりに力んでいくが。
びくともしない……!
「うぉおおおッ!!」
だが、双銃剣ではカスパーの持つ直剣の力に耐えきれず、徐々に押し戻され――。
「チッ!」
力の方向を逸らして、そのまま飛び退くしかなかった。
ふぅ、と軽く息を吐く。
「今日はこんなものでいいだろう」
「了解」
今日の朝練はこれで満足とのことらしい。
もう一度ベッドに戻るのも億劫になるくらいには目が覚めたので、帰りに双銃剣の整備でもして、登校の準備でも始めよう。
ついでに小隊員募集のポスターの準備でもするか。
そう思いながら鍛錬室から出る。
†
入学してはや1ヶ月弱経った帝立魔法学院。
ダーキア帝国が誇る最先端の高等学院にして、大陸でも5本指に入る知名度を誇る学院だ。
将来有望な若者を立派な魔法使いとして育て上げることが目的のこの学院に入学できた者は、将来、帝国軍や政府などの重要なポストにつくことのできる出世街道が用意されている。
そんな学院なのだが、履修する科目の選択は大きく学生本人に任されてはいるものの、数少ない必修科目のためにクラス制も採用されている。
種々の連絡事項のために、ホームルームも日に二度ほど朝夕に用意されている。
「おはよう」
やたらと貫禄のある風貌と、掠れて低い重厚感のある声。
制服を身につけていなければ、教官としか思えないような男が、朝のホームルーム前の時間に俺の席の前までやってきた。
「おはよう、ヴィクター」
今朝も何人か殺してきましたよって言わんばかりの雰囲気を漂わせるヴィクター。
おいそれと彼に話しかけられる人はおらず、彼が勇気を出して話しかけた初めての人が俺だったというのが俺たちの出会いだった。
「今日はいつにも増して威圧感が半端ねえな、お前……」
「仕方なかろう。拙者も好きでこうなっているわけではないのだ」
周りを見渡してみると、心配そうにこちらを覗き込む数人の顔。
まるで虎に襲われている人間を見ているような、そんな雰囲気だ。何かがあったらすぐに逃げられるようにと、座っているにも関わらず若干腰を上げかけている人もいる。
「まあ多少は仕方ないだろうけど、……お前さては昨日も?」
睨みつけるようにして探る。
若干泣き腫らしたような跡と、いつもの逞しい頬が若干やつれている。
「な、なんのことでござるか!? 拙者は昨日も模範的な学生として定刻には消灯してちゃんと眠ったぞ!」
「ふーん。ならいいけどさ」
言い訳がましくも取り繕おうとするヴィクター。
だが、何もしなかった奴がそんな態度を取るわけがないのだ。
「てことは、昼は一緒に学食行けるな」
「むっ!? と、当然だとも! 拙者も今日ばかりは懐が潤っているゆえな。先日の失態はもう二度と見せぬ!」
「そうかそうか。だったら今日はスープが残るラーメンじゃなくて、丼飯でも頼もうかなー」
「なっ!? そ、それはないだろう!」
と、真剣に焦り出すヴィクター。
……普通ならば、俺がラーメンを頼もうが丼飯を頼もうが関係ないはずなので、やっぱり。
「いくら負けた」
「ま、負ける? せ、せせ、拙者は賭博場になど!」
「正直に言ったら、小鉢一杯奢ってやるよ」
「すいませんでした、フィン殿ぉおおおおお!!! 拙者は、拙者は再び過ちを繰り返してしまったのござるうううう!!!」
大男が泣き崩れながら地に頭を伏せた。
小鉢一杯でどれだけだよ……と思ったが、下手するとこいつは昨日から何も食べていない可能性が高いな。
「競馬か? ポーカーか? それともスロットマシンか? 何をやったんだよ」
「……ゲートボール賭博でござる」
「どんなニッチな賭博だよ、誰にかけるんだよぉ!!」
「若手の新星のデビュー戦があったゆえ、景気づけのために……。期待の新人なのにオッズが10倍以上あって、拙者はこれしかないと! ……全財産を賭けたわけでござる」
「それで、持ち金全部飛ばしたら、景気もクソもなくなるだろうが」
というかゲートボールに若手がデビューするものなのか? そこから怪しい話に聞こえるんだが……。
「お前の全財産って、銅貨数枚しかなかったんじゃなかったっけ?」
「ああ。それを帰りまでには金貨にしてみようという拙者の錬金術が」
「無理に決まってんだろこの馬鹿が。オッズが10万でもギリギリじゃねえか」
金貨一枚で一年は遊んで暮らせるのだ。
いくら賭博が一攫千金とはいえ、銅貨数枚で手に入れられるわけない。
「……他人の残飯漁らないといけなくなるくらいならやめようとかって考えないのか……?」
「拙者も一度は思いとどまったのだが、……たった銅貨数枚ならばと」
「たったじゃねえんだわ、お前にとっちゃあ全財産なんだわ……」
頭を抱えそうになる。
俺はこんなやつを小隊に招き入れないといけないのか……。
もはや小隊の話を切り出すのをやめようかと思っていると、
「おはよう、フィンにヴィクター!」
ショートボブの水色の髪をたなびかせながら、教室の入り口から手を振りつつ俺たちの席の方にまでやってくる人影。
エメラルドに輝く瞳に、柔らかそうな笑顔が特徴。そして、ヴィクターと同じく俺とカスパーに入学式で話しかけてきた物好きのカイだ。
「おはよー。今日もかわいいねー」
「おはよう。今日もみめ麗しゅうござるな、カイ殿」
「ちょっ、朝からボクを揶揄うのはやめなよ!」
小柄な身長も含めて、まるで小動物やマスコットのような雰囲気のカイは、顔を真っ赤にしながら、
「それに、かわいいって褒めてもらっても全然嬉しくないんだからさ!」
と、口角を釣り上げながらにやけている顔を両手で振りながら隠し、まんざらでもない様子。
なんだよ、やっぱり嬉しそうじゃないかよ。
「そ、それよりも、なんの話をしてたの?」
ヴィクターの隣の席に座ると、カイは持っていたカバンを机にかけるとこちらの話に混ざりにきた。
「こいつが再び無一文になったって話」
「え、またなの!? まだ月初めで、仕送りもらったばかりじゃないの?」
ヴィクターの家はゴアファング男爵家で、ヴィクターは期待されし御曹司として魔法学院に入学した、というのが彼の言である。
ちなみに両親はヴィクターの賭博癖を知らないらしい。なんでも受験当日のパフォーマンスが悪く、落ちたと思い込んで帝都最後の記念にとばかりに競馬場に足を運んだのが始まりらしい。
……15そこらのガキが競馬場にいるなら蹴り出せよと思ったけど、この殺人者の午後みたいな風貌の男ならば問題にならなかったのだろう……。
「ふふふ。こう見えても拙者、父上に週一で仕送りをお願いしたのだ。これで人類の空腹限界までには食糧にありつけられるわけでござる」
「それ、日に一度ってお願いしたらどうだ?」
「いや、流石にそれはヴィクターのお父さんが迷惑するでしょ……」
カイが冷静にツッコむ。
確かにヴィクターの父は迷惑を被るかもしれないが、ヴィクターのことを考えたらやるしかないでしょ……。
「あ、そういえば!」
不憫なヴィクター父のことはさておき、カイは思い出したかのように話し始めた。
「学生掲示板で見たよ! フィンとカスパーが小隊員を募集してるって」
「あ、そうそう」
朝方掲示板に貼り付けた紙のことを思い出す。
他にも、それぞれの小隊の特徴や募集要項などが記されている小隊員を募集している掲示がいくつもあったものだ。
俺が張り出しをやっていた際にも何人もの学生が掲示を睨みながらどの小隊に声をかけるか悩んでいた。
「小隊員でござるか? 拙者に声をかけないとは、水臭いではないか! カスパー殿の境地まではまだまだだが、拙者ならば必ず力になるぞ」
「……お前がゲートボール賭博とかしてなかったら声をかけるつもりだったよ」
「あははっ! ゲートボール賭博って! そんなのあるわけないでしょ! ……え、ないよね?」
冗談みたいな金の溶かし方をしたヴィクターの賭博に対して腹を抱えて笑い出したカイ。
残念だな、こいつはその冗談としか思えない賭博で全財産溶かし切ったよ。
借金までして賭博していないだけまだマシかもしれないが、そのうち金貨62枚を小隊共有の銭袋から盗み取る未来が見えてならない。
「こ、こう見えても拙者、魔法はまだ未習得だが、レベルも合計50近くはある! カスパー殿やフィン殿にはこれ以上とない良きチームメイトになろう!」
「……まあ、俺らの方も選り好みしてる余裕はないから、入ってもらえるなら嬉しいけど。……どうする、カイ?」
「え、ボク?」
いきなり話を振られて困るカイ。
「ボ、ボクとしては別にいいと思うというか……、あれ、もしかしてボクがフィンたちの小隊に入るのはもう確定してる!?」
「何言ってんだよ、俺たちの仲じゃないか」
「それは聞き捨てなりませんぞ! 拙者とは遊びの関係だったのか!?」
にわかに騒ぎ出すヴィクター。
遊びの関係とか、妙な何かを醸し出すような言葉遣いをするんじゃありません!
周りを見てみなさい。特級呪物を見るような目で俺らをみている女子がいるじゃねえか!
「もしお願いできたら、カイには俺たちの小隊に入ってもらえると嬉しいな」
「あ、うん。ボクも実はまだ小隊決まってなかったし、入れてもらえたら嬉しいなーなんて」
少し俯き加減で頬を赤らめながら返答するカイ。
どこに照れる要素があったかわからないが、勧誘はスムーズに行ったらしい。
「”カイには”とは何事でござるか! 拙者も加入するゆえ、”カイにも”の方が正しいのではないか!」
「じゃあ、俺たちの小隊に参加したら、賭博は控えるって約束できるか? できるなら歓迎してやるよ」
そんな俺の当然の言葉に対して、なぜか苦虫を噛み潰したような顔で、苦しみながらヴィクターは返事した。
「ぜ、善処するでござる……!」
……とりあえず4人は確保したことに少しばかり安堵する。
若干一名は観察処分対象だが……。
しばらくくだらないことで談笑していると、教室の扉は開かれた。
「皆さん、着席してくださーい」
全生徒と比べてもぶっちぎりに小柄な我らが担任の教官の登場だ。
彼女の後ろについてくるようにしてやっと登校したカスパーが俺の隣の席に座ると、ホームルームが始まった。
書き溜めはここまで! 時間がある時にまた戻ります!