「んん〜! うっめぇー!!」
共同通信杯をポッケが制して少し時間が経った頃。
今回の勝利と、皐月賞に向けた決起集会を兼ねて、自分たちは学園近くのファミレスで晩御飯に舌鼓を打っていた。
本日の主役であるポッケは一通りメインディッシュを食い尽くした後のデザート、少し大きめのいちごパフェに目を輝かせてスプーンを突き刺し、口に運んだその甘さに思わず頬を緩ませる。
シメるところはシメて、その背中でフリーレースの最前線をいったウマ娘。しかし自分たちに見せるその姿は、気を張ることのないありのままのジャングルポケット。コロコロと変わる表情と感情は、どこか小さな女児を思わせる。
「かわいいねえ」
まるで歳の離れた妹を見ているようで、つい口から溢れた言葉。
ポッケはその言葉にスプーンを加えたまま目を丸くすると、すぐさま細めて笑顔を作り出した。
「だろ? このパフェ、ファミレスにしては盛り付けも凝ってるんだよなー!」
「ん、あー...... 確かに」
別にそういうことで行ったわけでは無いのだが。
まあ、いい。そういう快活さもポッケの持つひとつの魅力であり、何かと人を惹きつける部分でもある。
予想外の答えを返された驚きと、その言葉を咎められなかった安堵が紡ぐ言葉を曖昧にし、ただ納得の一言を口に出すしか無い。
『ご馳走様』とファミレスを出て帰り道。
ウマ娘と言えども女の子、彼女らだけで夜道を帰らせるのはどうかと思い、寮まで送り届ける役目を買って出た。
まだ季節は二月。
立春の日を迎えて暦の上こそ春だが、ため息のように吐かれた息は白く、本能はまだ冬気分を感じている。
はしゃぎながら先の方まで歩いている3人組と、それを諌めようと向かっていったフジキセキ。なんだか見慣れてきた光景に、つい柔らかな微笑みが出来ていることを自分の顔から感じ取っていると、『なあ』とジャングルポケットが問いかけてくる。
その口、表情はマフラーに隠されていて、目元しか見えない。
「皐月賞を走る頃には一年の付き合いになるわけだろ?」
「そうだね、思い切りドアを開けて来たのが懐かしいよ」
「あいや、あの時はちょっと興奮してたっつーかさ......!
つか、そんな事より。一年も教えてたら、いくらサブトレーナーだつっても
その言葉の真意を計りかねて── すぐに『ああ』と漏らすような声が出る。
サブトレーナーと言えどもトレーナーだ、トレセン学園内の生徒に指導する権利は当然持っている。
しかし通常、メイントレーナーの契約しているウマ娘を指導するのは
それ以上はメイントレーナーの立場を奪うことになるとか、クラシック半ばで怪我をさせてしまって道を閉ざすことを防ぐため、とか。
別にそういう制度があるわけでは無いが、とある一種の暗黙の了解、古くから伝わる伝統みたいなもの。
「そう、だなぁ......」
ポッケが言いたいのはつまり、その伝統に合わせて自分が今の立場から完全なサブトレーナーに戻った時に『担当とダービーを勝つ』という
その確認だ。
つい、言葉の歯切れが悪くなる。
いくらなんでも暴論のような気がして、かと言って彼女なりの優しさから放たれた質問に、悪ふざけで返す様な気も起きなくて。
少し考えて返す頃には、もう彼女たちの寮はもう目と鼻の先にあった。
「タナベトレーナーに聞いて『良し』と言われたら、その認識でいいと思う」
「よっしゃ!
──待ってろよ、相棒。次の皐月もダービーも勝って最強になって、お前の夢も叶えてやる!」
『も』
彼女は自分の夢とこちらの夢、そのどちらも妥協するつもりがないのだろう。
その全てを抱えていく姿勢が、今日のジャングルポケットを形作っている。走って帰っていく後ろ姿から見えて来るのは、自分が学ぶべき、夢への情熱だった。
『またね』と手を振って、姿が見えなくなってから踵を翻し、トレセン学園の敷地内を歩く。
回り道をするよりも突っ切った方が家まで近い。暇な帰り道から逃げる様にスマホを取り出してメッセージアプリを開けば、トーク欄の1番上に見るのを忘れていた家族からのメッセージ。
「今年は帰ってこないのか、か......」
既読だけを付けてスリープモードにし、すぐさまスマホをポケットに突っ込む。
別に仲が悪いわけでは無い。
ただ...... 自分には、親に合わせる顔がないというだけ。親から貰ったバレーの選手になるという夢を叶えて、その先を見失って、投げ捨ててしまった自分に、今更会って何を言う権利があるのだろうと考えてしまうから。
トレーナーになった事も伝えていない。兄さんがそれとなく伝えていてくれれば良いけれど、文面から見るに彼も帰省はしていないだろう。
まあ妹に会いたく無いのもあるが。
どうしても、数年前の試合から切り替えられない思考というのはある。男子バレー1部リーグ対ウマ娘バレー2部リーグのエキシビジョン。
まるで悪夢のような試合だった。
こちらの攻撃はブロックされるか、ブロックを超えても拾われる。向こうの攻撃は腕をへし折るレベルの威力で、良くてワンタッチ、シャットアウトなど出来やしない。
加えて── 妹がいた。
どんなに策を弄しても正面突破してきて、その上バカではない選手がいて。正味、1セット取れただけでも奇跡だった。
自分含めた当時のメンバーが折れるのも仕方がないだろう?
コンクリートと靴のぶつかり合う音を聞きながら視線を右にやれば、未だ明かりの付いているトレーナー室の窓がチラホラと。冬の終わりと同時にレースは本格的な始まりを迎える。皆自分の担当が勝つためのトレーニングメニューや、レースの研究などで忙しい。
こんな所で暇をしていていいのだろうか?
彼らと自分を比べて自問しながら階段を降りた先には、先日も、先々日も、これまで何度も訪れたレース場。嗅ぎ慣れた芝の匂いと冷たい風が鼻から肺を通って、すぐに口から吐き出される。
「はぁ」
夢の始まり、夢の終わり、そして夢の敗北。
その全てが染み込んだターフを踏みしめながらぼうっとしていれば、コースの向こう正面を走り抜ける影がひとつ。
彼女は足を止めて顔を上げると、小さな笑みを浮かべながら誰かと話し始める。無論今は夜だ。好きで夜を好むウマ娘で無ければもう家か寮に戻っているはずで── 誰かと話している彼女の対面には、虚空しか存在しない。
「......もう一度、何度だって挑戦させて」
口の動きからかろうじて読み取れこそするが、それでもその行動は不可解だ。
不思議に思って近づこうとすると、不意に背中へドン、と強烈な衝撃が走る。バランスを崩しこそしたが転ぶまでは行かない。しかし、不可解な出来事に変わりはない。
見えない何か── いや、疲れているのだろう。
そう思い、再び帰路に着く。少し足早に家に帰り、風呂に入ろうと服を脱いだ時。
背中にあったのは、くっきりとした手形の跡だった。
すぐさまスマホを手に取り、電話帳を開いてある番号に電話をかける。出来る限り冷静に、特に何も無い平静を装って。
「もしもし隆二?」
「おう、どした? こんな時間にかけてくるのってまた珍しい...... レースの相談かよ?」
「いや、今からうちに泊まりに来てくれない? というか泊まりに来て、来い、来るよね? 来ないと俺がそっちに──」
「急急急!? わかったよ、そっち行くからちょっと待ってろ!」
よし。