夢の奴隷   作:チクワ

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評価が消えるってそんなんあり?


口に出せないこととダービー

 

「──珍しいね、タキオンがレース前にマッサージを頼むって」

「そういう気分だった、それだけさ。

 ......時にトレーナー君」

「はいはい、なーに?」

「今後、何かあった時。物事を冷静に考えて、自分に利益のある方を選んでおくれよ? 執着は全てを遅らせてしまうからねぇ」

「なに急に? でもわかった、出来る限り心掛けるね!」

 

 3月4日、中山レース場。

 冬の冷たい風が暖かな春のそよ風に変わる頃、中山レース場の熱気は一足速い夏がごとき熱気を発している。

 報知杯弥生賞── 前年の16人から出走数を半分に減らしたこのレースがここまでの熱を持つ理由は、観客たちの視線を集める1人のウマ娘にあった。

 アグネスタキオン。

 前年のホープフルステークスで有力だったクロフネ、ジャングルポケットを一蹴した世代最強との呼び声高いウマ娘。

 血縁者にダービー、オークス優勝者がいることからもわかる血筋の優秀さ、そしてその中の誰よりも速く圧倒的な勝利は、数多のレースファンにとある夢を見させ、歓声を送らせる。

 クラシック三冠制覇という夢を。

 

「タキオーン、期待してるぞー!!」

「三冠取ってくれー!!」

「......」

 

 しかし彼女はその歓声に対し、アクションを取らない。

 それもそうだろう、例え三冠を勝利したとしても

、彼女にとってそれは可能性を超えていく道の途中で偶然手に入れたもの。周りがどう言おうが、アグネスタキオンにとってその勝利は価値あるものとは言えないのだから。

 求めるものは()()()()()()()のみ。

 そんなタキオンの様子に反して、自分の隣にいるそのトレーナーは勝利を確信した自信満々の目を輝かせている。

 

「がんばれ〜、タキオンがんばれ〜......!」

 

 長浜まどか。

 つい最近までタキオンに信頼されていない、と相談しに来ていた姿はそこにはなく、今はただ純粋に担当ウマ娘を応援するトレーナーとしてレース場に来ている。たった1、2ヶ月の期間で彼女たちに何があったのだろうか。

 そんな疑問を持ちながら横顔を見ていれば、彼女は学生時代を思い出させる朗らかな顔で視線を合わせてきた。

 

「どうして、って顔してるね?」

「そりゃあまあ、気になるよ。あんまり良好な関係じゃなかっただろ? それが急に()()なったらね」

「簡単なことだよ。

 ──私が信頼されるよりも先に、私がタキオンを信じたの。

 心配されるよりもそっちの方が気持ちいいでしょ?」

 

 得意げに話すその姿に『ふーん』とぶっきらぼうに返す。

 確かにトレーナーという職業上、自分で考えてトレーニングやレースの予定を決めるタキオンは心配になる。

 自分の状態を把握できているのか、怪我をしないか、メンタルは? 言ってしまえば恐怖心のようなもの。まどかはそれらを捨て去り、タキオンにのびのびと研究なりなんなりをやらせている。

 

「もちろん練習後のケアはするけどね!

 マッサージとか!」 

 

 その上でサポートに手を抜かない事で、彼女もまたタキオンからの信頼を得た、ということか。

 手をわきわきと動かして笑う彼女は楽しそうで、きっとこれなら2人の関係も悪くならないだろうと1人微笑む。

 レースの方に話題を戻せば、今回の馬場状態は不良。

 つまるところ、水が地面に浮いて土が重たくなり、ぐずぐずの大地は力強く踏み締めようとしても力を受け止めてはくれない。良馬場のように走る為にはより強く踏み込むためのパワーが必要になる。

 しかし土が水を得るという事は当然クッション性も低くなり、脚に対して強烈な衝撃が走るわけだ。速く走るためには力強く地面を蹴らねばならず、力強く地面を蹴れば怪我の可能性が付きまとう。

 伊達に『不良』という名が付いているわけでは無い。

 故に── 心配だった。

 

「......」

 

 7枠7番、マンハッタンカフェ。

 既にゲートインしている彼女の表情は暗く、優れない体調を押しての出走であることは明白。

 ただ見守ることしかできない自分に腹が立って、ギリ、と音がするほどに歯を食いしばった。初めて練習を見させてもらった日から何度も彼女の走りを見て、アドバイスだってさせてくれて。

 その中で薄々彼女が痩せ始めていることに気づいていたのに──

 

「......なあ、ちゃんとご飯食べれてる?」

「......食べているつもり、ですが」

「嘘ついたってわかるよ。

 顔色は前より悪くなってるし、腕も、足だって。

 ぶつかったら折れそうなほど細くなってるじゃないか」

 

 数日前、いつもより強い口調で問い詰めた夜。

 口にこそ出さないが、自分はマンハッタンカフェにしばらく休んで貰いたい一心だった。

 思えば、直接言わないことのなんと卑怯なことだろう。彼女の身を案じていながら、その一方心の片隅で責任を取りたく無いと思っている自分がいたのかもしれない。その事実がまた苛立ちを募らせる。

 

 カフェは年に似合わない達者な心を持った子だ。

 そんな子ならこちらのそういう意思に気づいてくれるという甘え。

 当時の自分から抜けていたのは、彼女たちウマ娘は強すぎるほどの心を持っていること── ()()()()()()ということだった。

 

「ずっと、心に留めてあります」

「え?」

 

 一歩前に出て、カフェはこちらの顔を見上げる。

 月明かりを反射する瞳は、第二の月のように丸く美しく輝いた。

 

「足に限界が来たら、レース中でもスピードを落として怪我のリスクを下げる── アナタが言ったその言葉を、ずっと」

 

 思わずたじろぐ。

 走りたい、勝ちたいという本能がウマ娘をレースの世界に駆り出し、その走る道を夢という千差万別の鉄骨が補強する。それはカフェも同じ。

 自分の身体にある不調を理解し、受け入れた上でお友達に追いつきたいという夢から逃げない意思がその目から伝わってきて...... 辛かった。

 プロを辞める前の自分を見ているようで、その意思を否定することは昔の自分を否定することになるようで。

 

「おーい、大丈夫? もうレース始まるよ?」

「ああ、うん」

 

 意識を現実に戻し、出走するウマ娘達が入ったゲートが開く瞬間に集中する。

 やはり8人という数は少ない。どこか物足りなくも感じるが、それでも最強候補が走るレースならば華は足りているだろう。

 皆、ぐぐっと一様に姿勢を低くし、レース場に響き渡る音と共にゲートが開いた。

 

 レース序盤から前を取っていくのは5番デルマポラリス。事前に行われた人気調査では6番人気と決して評価は高く無いが、このひとつ前に出走したデビュー戦では見事一位を獲得している。

 2バ身付けての勝利、その勢いを逃さない先行策という形になるか。

 

「さあ、真ん中通って黄色い帽子はデルマポラリス、スゥーっと上がって行きます。

 その後ろからは最内通ってアグネスタキオン、最前で様子を伺う形」

 

 この弥生賞、巷で噂されているのは、強すぎるアグネスタキオンを避ける陣営が多かった為に出走数が少ないのでは無いか、という話。

 ありえない話では無い。

 他の陣営からしてみれば優先出走権を既に一枚握られているようなもの、それならば他のレースに出て賞金を稼ぎ、抽選で皐月賞に臨んだ方が可能性はあるのだから。

 ならば、この弥生賞に出走しているウマ娘たちは逆説的にアグネスタキオンから勝利をもぎ取る意思のある子たち。

 その強い意志を証明するように、レース場に聞こえてくる実況の声が張り上げられる。

 

「あっと、追い越す形でニシノフェニックスとボーンキングが前に出る! 

 解説の山本さん、この序盤をどう見ますか?」

「前の方からなかなか速いペースを作ろうとしてますよね。

 何にしても不良バ場ですから、もしかしたら大番狂わせもありうるでしょう、勝負はまだ始まったばかりですが」

 

 やはり不良場は結果が全てだ。 

 ここまでの過程、方法、その全てが水を含んだ芝に絡め取られ、どんな強者でも泥をつけられてしまうような場所。アグネスタキオンの勝利を願うまどかを尻目に、視線を移したのは4番ミスキャストの後ろ、マンハッタンカフェ。

 今のところはペースを崩していないものの、やはり取りきれていない疲労や体調不良故の乱れ、というものは見えてくる。

 

 第一コーナーカーブに入って向こう正面へ。

 デルマポラリスが先頭なのは変わらず、2番手のボーンキングを余裕綽々と言った形でマークするのはアグネスタキオン。

 異様なまでに速いペースで進むレース展開から、少なくともデルマポラリスは終盤で沈む可能性が高い。

 となればボーンキングとアグネスタキオンの競り合い、もしくは後ろから上がってくるウマ娘の追い込みが4コーナー後のキモとなりそうだが、驚きなのは左右と背後から聞こえる歓声。

 たったの2戦しか走っていないのに、驚くほどに観客から上がるタキオンへの応援は他のウマ娘が可哀想になってくるほど。

 

 レースは3コーナーカーブを曲がって4コーナー中盤。

 一瞬ボーンキングが後ろを見たかと思うと、不良の硬い地面を思い切り踏み締め、土と芝を抉り取りながらデルマポラリスの背中へと襲いかかる。

 2メートル、1メートルと差を詰めてついにデルマポラリスに並んだ瞬間、さらにその横から閃光のように抜き去っていくウマ娘が1人。

 アグネスタキオンだ。

 

「アグネスタキオン直線に入って先頭に立った、早くも先頭に立った!!」

 

 直線に入ってタキオン、ボーンキング、デルマポラリスの後ろに続くのはマンハッタンカフェ。ぜぇはぁと息を切らしながらも追い縋るが、異様なほどに速かった前のペースから作られた前後の差はあまりにも大きい。

 先頭を走るアグネスタキオンは足元を泥だらけにしながらスパートをかけて── 笑っていた。 

 

 

「──知りたい」

 

 ウマ娘。

 人と限りなく近い構造を持った生物でありながら、その内臓機能、筋肉量、それらが限りなく走ることに伸ばされた生物。

 頭部側面にあるはずの耳は頭頂部に存在し、腰部からは尾を伸ばし、女性の個体しか存在しない、謎の多い生物。

 幼心に自分自身も含めたその存在に疑問を持ち、好奇心を持ち、そしてロマンを求めた。

 その可能性の先はどこにあるのか、と。

 

 ──ウマ娘の最高速度はおおよそ時速71キロメートル。

 その、先は?

 

「──知りたい」

 

 追い求めるのはウマ娘の可能性、私の肉体で到達しうる限界速度。その先には一体何がある?

 前に誰も居なくなった直線を走る。

 何度も実験して最適化した走りを行い、効率的な呼吸を使い、激しく汗を流しながら、そして見えて来る最速の可能性の軌跡と共に走る。

 

 走って、走って、可能性(ゆめ)の自分に追いつけそうになった瞬間──

 

 その可能性は、弾けた。

 

 

「──アグネスタキオン楽勝ー!!

 栗毛の光の戦士、3戦3勝! 早くも迎えるアグネスの春!!」

 

 強い。その言葉しか出てこない走りだ。

 ゴール板の少し先で立ち止まり、息を整えるその姿に畏怖を抱いてしまう。

 しかし少し横を見れば、相手に不足なし、とでも言いたげなジャングルポケットがタキオンに熱視線を送り、タキオンもまた、ポッケに向けて視線を送る。

 

「......勝とう」

「あったりまえだろ!」

 

 勝たなければならない。

 ポッケの夢、最強を証明するためには── 彼女を真正面から倒さなければならない。

 皐月賞は既に1ヶ月後まで迫っている。

 

 

 レース後、トレーナー室にてマッサージを受けるタキオンは、珍しく白衣から袖を抜いていた。

 うつ伏せたまま、少し小さな声で口にした言葉は、担当トレーナーであるまどかですら耳を疑うもの。

 

「ありがとう、トレーナー君」

「......えぇ?!」

「なんだい君は、そんなに私が礼をいう事が変だとでも?」

「変だよ、実験で変な液体飲ませる時は言わないのにこういう時に言うんだもん。

 ......でも嬉しいな。」

 

 事実、まどかが自主的に始めたマッサージによって練習後のクールダウンに使う時間は減り、その分実験に精を出せる様になった。

 1人でいた頃よりも遥かに練習と実験、両方にいい影響が出ているのは、タキオンにとっては予想外のこと。

 ──そのおかげで次の皐月賞にも出れるのだから。

 プランB。

 それが一瞬頭をよぎり、硬く微笑む。

 

「......それもいい。

 物事は得てして、消去法さ」

 

 左足に走った違和感を心の内に秘めながら。

 

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