夢の奴隷   作:チクワ

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後輩/あるいは同級生

 

 照りつける日差しが背中を焼く。

 太陽を見ずに下を向いても、反射する日光が瞳の奥を突き刺して痛い。念のためと持ってきておいたスポーツサングラスをかけ、いつもよりウマ娘が少なく、がらんとした印象を受けるターフを見る。

 ここにいるウマ娘達は皆、未勝利だ。

 トレセン学園にあるトレーナーとの契約にある規定として、専属契約を結んでデビューしたウマ娘はデビューした翌年、クラシック級の9月までに一勝も出来なければ、その専属契約は例外なく打ち切られる、というものがある。

 つまるところ、夏合宿の時期にトレセン学園に残っているウマ娘のほとんどは残り1、2ヶ月の間に勝ちをもぎ取らなければならない、崖っぷちの生徒達。

 その証拠にトレーニングに励む子達の表情には鬼気迫るものがある。

 

 その一方で── その子達を指導するトレーナーの顔は、皆一様、というわけではなかった。

 新人だろうトレーナーは険しい顔をしながらストップウォッチと睨めっこをしているが、どこか貫禄のあるベテラントレーナーは、冷静に、いつもと変わらない様子でトレーニングを見ている。

 何が違うのか、と言われれば、おそらく経験値の差ではないだろうか。

 少なからず一度経験するだけでも挫折への耐性は付く。諦め、という形ではあるけれど。

 

 諦め── 諦めか。

 ターフから視線を外してトレセン敷地内を歩き、すれ違った職員さんに挨拶をしながら振り返る。

 初めて夢を託されたのは小学生で、初めて託された夢を諦めたのも小学生。妹のフライハイヤーに負けてキャプテンに詰められた事は5分前のことのように瞼の裏に現れる。

 

「負けんなよ!!」

 

 ちょっと冷静に考えると無理な話だ。

 そもそもウマ娘って小学生時点でも頑張れば大人を投げ飛ばせるわけで、そんな相手に対して周りがビビってブロックに行かない中で頑張った俺をむしろ褒めて欲しい。

 でもまあ、子供にそんなこと考えろ、という方が酷か。

 今でこそ『無理だろ』とか『仕方なかった』と正当化できるものの、その怒号は昔の俺に深く突き刺さって抜けないトゲみたく残ってしまって、結果として執着するようになった。

 他人の夢に。

 

「......情けないなあ」

 

 心を掻きむしって涙を出せなくなった代わりに、もう1人の自分が心の隅っこで泣いてくれている。

 そんなもう1人を引っ張り出して問い詰めているようなものだ、今の俺は。

 ......そうでもしないと夢を探せないのが情けないと、口から出てしまった。でもその情けなさを見て、今まで受け入れていた日々を否定しなければ、俺は誠実に相棒としていられなくなってしまうから。

 

 ──バスに乗り、駅を経由して少し遠くへ。

 仕事をしなくていいのか、という声が聞こえてきそうだが、ポッケも3人組もフジキセキも、みんな合宿に行ってしまっているのだからやる事なんてたかが知れている。

 そんなたかが知れている量の仕事も『ワシがやっておく』とタナベさんに取られてしまったのだから、少しくらい自分のために1日を使っても文句は言われないはずだ。

 

 辿り着いたのは母校の中学。......の筈なのだが、知っているはずの名前はそこには無い。

 何かがおかしいな、と思いながらスマホで調べてみれば、他の中学校と合併したと。ああ、なるほどという納得と、ほんの少しの寂しさが頬を撫でて汗を乾かす風と共に消えていった。

 小学校の頃とは違い、ここで夢を託された相手とはそこそこに仲が良かった。思えば中学時代が最も楽しい時期だったかもしれない。

 夏休み故に静かな校舎に背を向けて別の場所に行こうとすれば、不意に声がかかった。

 

「「あー! 秋野選手!」」

 

 振り返ってみれば、そこに居たのはジャージ姿の見覚えがある学生2人。

 ダービー前にサインを書いた元気いっぱいな2人だ。

 

「どうしたんすか練習見に来たんすか?! じゃあ体育館行きましょすぐ行きましょ練習していきましょうよォ!!!」

「おいバカ、先に練習するのは俺だ!」

「待って待って待って......」

 

 まさか後輩だとは思わなかった。

 両手を掴まれて体育館に引っ張られる力に抵抗するが、やはり2人がかりで、となると振り切ることは難しい。耐えるので精一杯── と堪えていたところに、体育館の方から小走りで高身長の男性が近づいてくる。増援かと警戒するが、スーツ姿のその男性が振り上げたタブレット端末は、2人の脳天に優しく落とされた。

 

「人様に何やってんじゃあ!?」

「うげっ!」

「ぐっ......」

 

 それでも少し痛かったのだろう、こちらを掴んでいた手が緩み、踏ん張るために足にこめていた力が行き場を失って体を倒し、つい尻餅をついてしまう。

 流石にアスファルトの上ともなれば尻が痛い。

 『大丈夫ですか』と差し伸べられた手を掴んで立ち上がり、男性の顔を見れば── そこには、見知った顔がいた。

 

「......春樹? お前春樹だな?!」

「君...... 那智か?」

 

 

「ほいよ、貸しひとつ」

「コーヒー買って来てそう言うところ、変わってないな」

 

 体育館の中、キュッキュというシューズと地面のスキール音を聴きながら、古い同級生と笑い合う。

 那智(なち)(ひろし)

 元バレー部、現教師。ポジションはMB(ミドルブロッカー)で、1人だけいた先輩と俺と一緒に3人だけのバレー部を変えようとした── 戦友。

 昔から甘いものが好きだったからか、買ってきてくれたコーヒーも鬼のように甘いMAXコーヒー。蓋を開けて喉に流し込み、俺が潰れたカエルのような顔をするのが定番だった。

 

「......今飲むとまあまあ美味いね」

「ま、人間も味覚も変わらぁな。ウチのバレー部も、僕ら3人がいた頃に公式戦出れるくらい人集めて、減って、春樹がプロになってちっとだけ増えて......」

 

 コーヒーを体育館の床に置き、半面で区切られたコートの上を見れば、そこにいるのはさっきの2人だけ。

 たった2人だけでパスを回す姿を見る那智の目は悲しそうで、どうにもならない現実に諦めているようで、複雑な光が宿っている。

 

「今は、アイツらだけだ」

 

 コーヒーをもう一度拾い上げて、口の中を甘さで満たした。

 あの頃の那智は、何事も諦めていなかった。

 部員が少なくて試合に出られないなら、見境なく声をかけて人数を集める。集めてきた部員が皆揃って下手くそであれば、自分たちの練習時間を使って楽しくやれるように教える。

 その上で勝利を目指す、まあ、欲張りな人間。

 そんな欲張りな彼に動かされた。俺も先輩も。

 

「そう言えばよう、夢叶えてくれて、ありがとうな」

「......お礼とかいいよ。俺に出来ること、やっただけだから」

 

 俺が託された二つ目の夢は、那智の『プロになる』という夢。

 足を怪我してコートから出ていくときに彼が託してくれたものは、一度目とは違って形になった。それだけになんと言えばいいのかわからない。

 俺は自分からプロとして生きるのをやめてしまった。大人になってウマ娘と戦って、どうしようもない身体の差に敗北して、仲間を奮起させる為なんて大義名分の元に左手をぶっ壊して。

 『ごめん』と口走りそうになった時、遮ったのは先に口を開いた那智だった。

 

「僕さぁ、先生になってわかったことがあんだよ。

 子供って突拍子もない夢を持って、叶うかわからないその夢に対してやたら自信満々なんだけどさ、その中でも時折自分のじゃない夢をいう奴がいるんだ。

 親か兄弟か、言わされてるみたいなヤツ」

「......うちの大学にもいたな」

「んで、そういうヤツって大概苦しそうに勉強とか部活やってるんだ。当然だよな、自分が嬉しくないことやって、笑顔な奴なんていねえわ。

 ──だから春樹、ホンットにごめんな!」

 

 何故、謝るのだろう。

 深々と頭を下げた彼の意図がわからず困惑していれば、今度はその頭が思い切り上げられて俺の顎を貫き、俺の顎が那智の頭頂部を叩いた。

 悶絶した時間は数秒。

 練習していた生徒2人に心配されながらも立て直すと、何事も無かった様に那智は口を開く。それはそれとして耳は真っ赤だ、やっぱり教え子の前じゃ恥ずかしさもあるらしい。

 

「......春樹が出てたインターハイとか、プロになってからの試合とか見てたけど全然楽しそうじゃなくて。昔はなんでなんだろって感じで気にしてなかったけど、この歳になってきて気づいた。

 僕がお前から楽しいバレーを奪ったんだ」

「いや違うよ?」

「──俺が、お前から楽しいバレーを奪ったんだ」

「カッコよく言っても違うよ?」

 

 手をブンブンと横に振り、那智の言い分を完全に否定する。

 彼が見た時期にもよるが、高校バレーの時はめちゃくちゃ考えながらプレーしていたせいで楽しさを顔に出す余裕がなかっただけだし、プロに関してもウマ娘とのエキシビジョン前なら最高に楽しんでバレーをしていたし。

 その旨を伝えると彼は一度コーヒーを飲み、手に持っていたバインダーを地べたに置いて、ゆっくりと顔を覆ってから長いため息を吐いた。

 

「まぁ〜〜〜じぃ〜〜?!」

「うん」

「いやぁ〜〜! よかったぁぁぁ!

 それなら遠慮なく言えるわ、僕の夢叶えてくれてありがとうなぁ! もうこれからはめちゃくちゃ自分の夢とか、やりたい事やってくれ!」

「ああ、いや、実は......」

 

 

「──へえ、夢無いの」

 

 小さく頷けば、ふーん、とどうでもいいようなそぶりで視線を生徒に戻す。相談する相手を間違えたかな、なんてこちらもまた失礼な感情を抱くが、彼が放った一言は鋭く核心をついた。

 

「夢なんてそんな大層なもんじゃないだろ。

 結局のところ何をやりたいか、なんだから、それこそ...... おい橘、お前オポジットとして何したい?」

「え? えーっと、ボッコボコに点数取りたいっす!」

「まあこんな感じに、やりたい事の延長線上にある物が夢だわ。

 多分難しく考えすぎなんだよ。

 やりたい事、楽しい事、好きな事でテキトーに考えてみればいい。んじゃ、久しぶりにバレーやろうぜ!」

 

 確かに、難しく考えすぎていたかもしれない。

 今まで自分で見たことの無かったものだから神格化してしまっていた自分は確かにいて、気楽に考えてくれる彼が居たからある程度の気づきを得られた。

 過去の事は嫌いだが、振り返る事で見つかる物は確かにある── タナベさんには頭が上がらない。

 

「サーブ行くよー」

「「ッしゃこォォォい!!」」

 

 後輩2人をサーブでブッ飛ばしながらそう思う夏の日。





 調べて初めて知ったんですよね、9月未勝利だとゲームオーバーになるの
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