「お友達には...... 追いつけたかい?」
何度も繰り返される菊花賞の実況が聞こえる中、冷淡に放たれたその言葉を受けたマンハッタンカフェはマグカップを強く握り、湯気の向こうで目を細める。
研究資料と段ボールで満たされた向こう側と、一見ごちゃついている様に見えるが、それぞれのインテリアが考えられて配置されているこちら側。
アンバランスの極地とも言えるふたつの空間は、不思議と曖昧なその境目を持ちながら、以前までは融和していたのであろう。しかし今では、窓から差す日光ですらその空間を分つ様に、一筋の線を描いている。
菊花賞、ダービーワンツーフィニッシュのダンツとポッケを破ったという事実は、可能性の追求という事象においてかなり重要なファクターであるはずだ。
ダンツもポッケも強かった、でもカフェは更に強く走った。
強い走りを、さらに強い走りで破る。
その繰り返し、強者の螺旋。
しかし問いかけたアグネスタキオンの表情が動くことはない。
以前夢を聞いた時のような輝きは、無い。
「──見せつけてあげます。
土足で入り込んできて、勝手に消えたアナタに...... 」
カップの中の暗黒が、一息に暗い深淵の中に吸い込まれた。
苛立ち...... のようなもの。
カフェは理解していたのかもしれない。
いつか、タキオンが選択を後悔してしまう事を。
「そんなに近づいて見てたら目、悪くするよ」
「気にしないでくれたまえよ。
君は私のトレーナーではないのだから...... いや、私にはもう、
むしろ分かりやすいか。
何故、自分が練習に顔も出さず、理科準備室なんてところに来ているのか。
サボっているわけでは無い。
ただ、自分の中に残っている
「──契約、解除したんだ」
菊花賞が終わって1日、2日。
急にタキオンのトレーナー、今は元トレーナーのまどかに呼び出されて、耳に届いたその事実にコーヒーを流し込む手が止まる。
休日のファミレス、掻き消されそうなか細い声。
しかし鋭い刃物のように鼓膜を刺す。
「それは...... まあ......」
何と言うべきか。
恐らく関係に引導を渡したのはタキオンの側で、彼女は何の文句もなくそれを受け入れ、喉を枯らした。
それだけ。
それだけではあるが、『頼みたい事があったら遠慮なく言え』と約束している以上、その目から視線を外すわけにもいかない。
「物事を冷静に考えて、利益のある方を選べって言われてたんだけどね。
......ダメだった、執着しちゃって」
「これからどうする、来年まで待機?」
「とりあえずは先輩のチームにサブとして入れさせてもらって、それから、かな。
──ごめんね」
コップから流れる雫が、机の上にポツポツと水たまりを作る。少しずつ大きくなるそれは、白シャツの袖を滲ませた。
「呪い、みたいになっちゃうなぁ......!」
「......呪いでも何でもいいよ。
俺が受け取る最後のお願いがむしろこれで良かった。託してくれてありがとうな」
託されたのは、たった一つ。
「──後悔してるんだろ?」
背中に投げかける言葉。
耳が絞られ、動画を再生する手が止まり、瞬きひとつしないその目がこちらを向く。
単純な疑問符というよりは核心を突かれたことに対する不快感。それがタキオンの言葉に、幾らかの感情を乗せさせる。
「そろそろ練習に戻りたまえよ、君の愛バが待っているんだろう?
精神的なケアをしてあげるのもトレーナーの役目というしねぇ」
「ああ。だからこうして、タキオンのところに来てる」
もっともな正論だ、ポッケも何かしら抱えていることは、ここ最近の数レースを見ていればいやでも気づかざるを得ない。
だが、今は目の前の、お前だ。
「ダービーを見てどう思った?
君の目指した可能性の先を、あの2人は見せてくれそうだったか? もしそこに辿り着けたとして、その光景を見たとして── タキオンは、満足できるのか?」
おおよそ、彼女が無期限の休止期間に入った理由はダンツやカフェ、まどかから聞いた。
怪我をした自分の足では可能性の先に辿り着けない、それならば走る意味も無く、その時間を研究に費やすべきだという結論。
そんなもの理屈をこねくり回した詭弁だろう。
「随分な物言いだねぇ。
満足できるとも、私の辿り着くべき場所は、そこなのだから」
「なら、何故まどかとの契約を切ったんだ?
この散らかった部屋を片付けてないところを見るに、研究は忙しいんだろう? 彼女自身文句も言わず、やってくれと頼めば掃除くらいしただろう。
まさか、
「......」
耳の角度がさらにきつくなる。
タキオンは、まあ、優しいタイプでは無い。
まどかを切ったのも彼女のキャリアを考えての事、というわけではなくて、あくまでも自分にどのような影響があるかを天秤にかけた上での取捨選択だろう。
「レースを切り捨てて、走りを切り捨てて、その先にある
「私は」
オフィスチェアが車輪を回して後ろに動き、窓から差していた光が大きな影に遮られ、プリズムの反射がまばらになる。
おそらく本人は気づいていない。
その顔がほんの少しだけ苦悶を持っていて、目が潤んでいる事を。
無意識に、自分にすら隠している。
「私は、走らない、と言った」
もはや意地の張り合い。
これ以上問いただしたところで彼女は認めない。
ならば、とこちらも席を立つ。
「じゃあ、それでもいい。
でもまた走りたいと思ったならまどかでも俺にでも言ってくれ。君はまだ子供だから、多少のわがままや無理難題くらいは、笑顔でどうにかしてみせるからさ」
背を向けて、隣にいたカフェと部屋を出ようとした時、細い声が届く。
振り返っても見えるのは背中と、元に戻った耳だけ。
「何故...... 彼女は、君にその役目を託した?」
「約束。それと、
部屋を出て、廊下に差すのは秋にしては熱を持つ光。
照らされた白い表情は、何やら怪訝な雰囲気を醸し出してこちらに問うている。
「似ていた、とは?」
もう、隠すことでも無いだろう。
「バレーやっててね、昔。
オリンピックの前哨戦みたいな感じになってた国際大会に出たんだけど、その前の試合に負けたからみんなくたびれてた」
ウマ娘とのエキシビジョンでの負け、それは自分のみならず皆の心も、大小さまざまあれどへし折って行ったことに変わりない。
そんな中でどうするべきか考えた。
手元にある材料は、エキシビジョンで無理をして限界の近い左腕と、ブロックが弾いた、観客席の方へと浮き上がっていくボール。
そこそこ信頼されている自信があったから、これしかないと思った。
自分を壊して託すしかないと。
飛び込んで激痛が走って、一言二言メンバーに伝えて、その時は満足しながら辞める決意もできていた。
「でもオリンピックを見て、苦しかったよ。
その後はまあ、腐ってたかな」
思いなんて、時間が経てば託した側も託された側も、呪いになる。辛くなる。
俺はどうしようもなかったけれど、タキオンとまどかは、その呪いを打ち破れるはずだから。
「タキオンも自分の足が壊れることなんて、皐月賞前にわかってただろうね、賢い子だから。
その上で見せつけるように走って、夢を他人に託して、今は
スティルのサポカがワンチャン完凸行けそうです
初心者特権でたくさん貰えるジュエルで2天井は流石にキツイですが、まあ強いのでヨシ
懸念はスティルインラブ本人の育成に使えないことですかね
辛っ!