ジャパンカップ。
日本にて行われる国際招待競争であり、八大競走と並んで注目される戦い。
今秋11月25日に開催されるこのレースを一目見るため、集まってきた人間やウマ娘たちは観客席に埋まりきらないほどの期待、熱意、それぞれの物を持ってターフの上に視線を落とす。
夕焼けに照らされた黄金色の芝──
あと数分後にはその上に蹄鉄を刻み込むであろうウマ娘が、控え室にある個室のカーテンを開け、静かな瞳の奥で炎を揺らした。
胸に飾られたリボンは1年前、ホープフルステークスに出走した時とは違い、綺麗に結ばれている。
今までそのリボンを結んでいたフジキセキの表情は、成長を喜ぶような、独り立ちしていく姿に寂しさを覚えているような、複雑なものを感じさせた。
「今度からは観客席見ててください。
俺、もう一人で結べますから!」
ジャングルポケットは拳を突き出し、緊張を感じさせない笑みを見せる。
憧れは消えたわけではない。
もう一度走ることを決めたフジキセキと、共に走る存在へなる為に自分も変わる。それがリボンを結ぶ、という事に詰まっている。
頑張ってね、と言い残し、フジキセキとタナベトレーナーが控室を出て行った後に残された2人の静寂。
破ったのはトレーナー、秋野 春樹。
「クラシック期のウマ娘で、ジャパンカップを制することが出来たウマ娘はいないんだってさ。
あのシンボリルドルフですら3位だ」
「へえ...... んじゃ、俺が初めてってわけだ」
不敵な笑みを浮かべ、座る春樹をポッケは見下ろし、対して春樹もまた笑みを返す。
ある意味でジャングルポケットの1番の弱点はメンタルだ。一度抱え込んで仕舞えば1人で考え続け、結果レースに悪影響を及ぼす。
事実菊花賞などのレースは、ソレで取りこぼしたと言って良い。
だから試した。
少しネガティブになりそうな話題を振り、どのような反応をするのか、と。
尊敬する友人、そして未だ最強格として君臨するウマ娘との対決が春樹を弱気にさせていた。
それを吹き飛ばしたのはポッケの見せた、自身が史上初を手に入れるという大胆不敵な発言である。
2年間見続けた。
苦しみも、嬉しさも、その全てを隣で。
だからこそ春樹は首に掛けていたネックレスから指輪を外し、片方を勝利のお守りとしてポッケの手に託す。
最高の信頼と共に。
「
瞳を輝かせてその信頼を受け取り、ポッケは右手の人差し指にその指輪を通し、拳を突き出す。
それに応え、春樹もまた左手の人差し指に指輪を通して、コツンと拳をぶつけた。
「勝ってくるぜ!」
「ああ!」
黄金色のターフの上、次々と瞳に勝利を誓ったウマ娘たちが出揃う。
ドバイで善戦し、次走のエリザベス女王杯を勝利したトゥザヴィクトリー。
数多くのレースに出走し、ドバイシーマカップの一着を掴み取ったステイゴールド。
天皇賞を善戦し、勝利に手を伸ばすナリタトップロード。
そして、宝塚記念にて覇王を下したメイショウドトウ。
「錚々たるメンバーだな。最強を決めるに相応しいって言うのはこの事だ」
「まあね。でも──」
観客席、最前列。
春樹とその友人であり、トレーナーでもある隆二は並んでターフを見る。
ひしひしと感じる、勝者のオーラ。
それに怖じることなく放とうとした言葉を止め、春樹はトレーナーとして、というよりも楽しむ1人のレースファンとして、その目を変える。
──勝つのはジャングルポケットだ。
止めた言葉の先。なぜ止めたかと言われれば、その言葉は言うまでもなく全てのトレーナーが心に置く原点。
自分の応援するウマ娘こそ最強。
当たり前のことをいう必要がどこにあるのか。
レースが終わるまでの間、2人の間で交わされた会話は先ほどの一言二言のみ。
折れかけていた自分のことを、ほんのわずかでも支えてくれた隆二の感謝。先輩として数多くのことを学んだ春樹の憧れ。
その全ては── これから走る、彼女たちの姿が語ってくれるとわかっていたから。
「──やあポッケさん。ようこそ、ボクの劇場へ」
ジャングルポケットの手の上でサンキャッチャーが跳ね、人差し指の指輪とぶつかり合って小さな音を鳴らす。
その音はこのジャパンカップ唯一のクラシックウマ娘である彼女への期待、不安、そして目の前にいる
テイエムオペラオー、君臨する覇王。
アグネスデジタルに秋の天皇賞、メイショウドトウに宝塚記念の二着となりながらもその威圧感、身体から迸ってくる実力の高さは一年前の年末にテレビに齧り付いた有馬記念から変わらない。
そんな覇王に負けられない理由がジャングルポケットにはあった。
数日前、春樹から又聞きしたオペラオー陣営からの
今年を持って引退するオペラオーだが、その人気や実力があれば有馬にも出走は確実。ならば何故、このジャパンカップを自身とオペラオーの決戦としたのか?
既に答えは出ていた。
「......
東京レース場は俺のシマだ、てめえの劇場じゃねえ」
東京レース場2400メートル、左回り。それがジャングルポケットの得意なコースだという事は重賞の戦績が物語っており、フリー時代の異名である
つまるところ、オペラオーはポッケにとって最も得意とするコースを勝負の舞台としたのだ。
これはジャングルポケットの闘争心を赤熱させるのには十分すぎるほどだ。
目力を強め、凄むポッケに対してオペラオーはいつもの覇王としての立ち振る舞いを崩すことはない。
世代の代表、兼ねては文字通り覇王として、同じく世代の代表者たるポッケを見据える。
「そうかい? だがここが君の
ドトウやトップロードさんのような。だが、君は1人じゃないか。それで破れるのかな? ボクの
「......確かにな。たった1人じゃ競い合えねえ、負けるか、って気持ちも出てこねえ。だが──」
軽く観客席を見回す。
前列には見覚えのあるウマ娘2人。マンハッタンカフェとダンツフレームがこちらに視線を送っていて、少し離れたところではルー、シマ、メイが売店で買ってきたジュースで喉を潤し、少し不安げなフジキセキの肩をタナベトレーナーが叩いた。
とあるテレビの前ではタガノテイオーとその元トレーナー、松田が並んで熱い視線を送り、最もターフから遠い観客席の最後列には白衣の袖がチラリと見える。
「──俺は、1人じゃねえ!
お前が壁だっていうなら、一瞬一瞬に全てを賭けて来た俺たちの光で、烈光で、ぶっ飛ばしてやるよ!」
「ならば来たまえ!」
啖呵を切ったポッケに対してオペラオーは大仰に腕を広げて胸を張り、出走する全てのライバルへと宣言する。
「騎士たちよ! 黄金を打ち砕かんとする若きウェルテルよ! 誇りたまえ!
──覇道の軌跡の1ページとなることを」
会場がその言葉に歓喜する中、観客席最上段からターフを見下ろすウマ娘、アグネスタキオンは、ゲートインを終えたそれらウマ娘たちを見て、小さく呟く。
私もそこにいたかったと、小さく理性にヒビが入る音を立てながら。
「......待ってくれ」
ゲートが開き、レースが始まる。
まず飛び出したのは外国から来たウマ娘、ティンボロアとウィズアンティシペイション。外から見ても伝わるほどの勝利への執着が見えるその走り、まず先頭に躍り出たのはティンボロア。
ナリタトップロードとジャングルポケットは最後方、オペラオー、ドトウ、ステイゴールドはほとんど並んで中盤で前を伺う形に収まる。
あくまでレースを見る立場の人間、ウマ娘には、このレースもただのGⅠレース、ジャパンカップという一つの枠組みに過ぎないだろうが、レースの世界に身を置き、一度でも挫折を味わったものにしかわからない圧が背筋を撫でる。
「なんか、やばいっス......」
シマが身を震わせ、その中で走るポッケは肌から感じとる。
向こう正面、トゥザヴィクトリーが緩い流れを嫌い、外から一気に前へと進出。
「うぉぉぉぉお!!」
雄叫びを上げながら勝ちへのルートを切り開こうとするその姿、後ろから追い縋ろうとする他のウマ娘。
確信する。
皆、自分と同じように一度折れて、それでも負けず、立ち上がり、勝つためにここに来ているのだと。
自分が勝つことを信じて疑わないからこそ、この場に立っているのだと。それはオペラオーも──
「おもしれぇ......! 俺が──」
「ボクが──」
「「勝つ!!」」
3コーナーでも大きな動きはなく、4コーナー目。
遂にテイエムオペラオーが大地を踏み締め、一気に前へと進出する。
その後ろをステイゴールドが行って、少し遅れてジャングルポケットもスパートを掛けた。
残り400メートル、オペラオーは楽な手応えのまま先頭に追いつき、抜かすのは時間の問題。
ステイゴールドもスパートをかける後ろで、ジャングルポケットが見ていたのは、観客席。
その視線の先にいるのはアグネスタキオン。
先日会った時から、迷いがあったのはわかっていた。本当に走る気がないのなら話をさっさと切り上げて研究に戻っていたはずで、それをしないのであれば何かしら、誘いに思うところがあったのだ。
オペラオーが離れていく。
過去に目を向け続けることはできない。
「──来い、ジャングルポケットォー!!!」
もう前を向いたから。ジャングルポケットは最後に、何でもないような視線と共に、一言だけ。
「......
「──!」
タキオンは無我夢中のままレース場を飛び出し、人の目も憚らず激しい呼吸をしながら走り去る。
ずっと分かっていた、目を向けたく無かった、しかしそれでも
怪我は致命的だ。
たとえ今の自分がどれだけ頑張っても、可能性の先を自分の足では見られない── だとしても。
「他人が叶えた私の夢に、なんの価値がある!?」
その事実を自分の心が肯定する。
心の隅に閉じ込めたはずの、子供のような自分がまた走り出す。
「お前じゃタキオンには勝てねえ」
ポッケの脳裏に浮かぶイメージ。
今まで前に行こうとする自分を押し留め、勝利への渇望も思いも、何もかもを押し潰してきた弱い自分。
その自分を掴み、砕き── 目の前にある勝利という光に向けて手を伸ばす。
自分こそが最強なのだと信じ、烈光のように覇王を打ち砕くために。
「──
残り200メートル、驚異的な加速を見せたその姿にオペラオーは賞賛を送り、世代の壁ではなくウマ娘、テイエムオペラオーとしてぶつかり合う。
1歩、2歩。
着実に詰まる差は遂にポッケの体をオペラオーと並ばせ── その身体を前へと押し出した。
歓声が全てを飲み込み、最前列の2人のトレーナーはゆっくりと向き合う。
片や悔しそうに頭を掻きながらも笑顔で握手を求める手を伸ばし、片や勝ちながらもその頬には絶え間ない涙を流している。
「はーっ...... 負けたわ!」
「勝ち、ました!」
新しい最強の雄叫びが東京レース場を包む中、河川敷に寝転ぶウマ娘が1人。
雑草の上に身を放り出し、気持ちよさそうに手を空へと伸ばした。
「......君たちのせいだ」
──年が明け、数日。
正月休みを終えて初の練習日、春樹は顔面にトレーナー契約用紙を押し付けられていた。
「何するんだよぉ......」
「何、ちょっとしたイタズラだとも。ああヨダレで汚れる事は心配しないでくれたまえ、ちゃんとコピーしてあるからねぇ」
ズカズカと心の内まで踏み込まれたことの仕返し、とタキオンが口にすることは無い。おそらくその性格が永劫治ることの無いものであるという事は、将来のことを考えると春樹にとっては懸念材料であった。
「はぁ...... まあ、これでポッケ、カフェ、タキオンでチーム3人か。大変そうだな!」
「......そういう割には...... 楽しそうに見えますが......?」
「おやぁカッフェ〜! 仲直りのシルシにこれをあげようと思っていたんだよ、ちょうど良かった!
この薬はコーヒーのカフェインを倍増させる事ができてねぇ......」
「相棒、練習始めねぇのかよ?」
ポッケに急かされながらも、春樹はある事に思考を回す。
チーム名だ。ただ『チーム』というだけでは格好がつかないだろう。とりあえず3人を静かにさせ、一晩掛けて考えたモノを発表することにした。
「今日からこのチームは、
チームニューエラだ!」
気が向いたらカフェの有馬記念とか天皇賞とか、ダンツの宝塚とか書けたらいいなぁとは思ってます
見てくれた方、ありがとうございました
1ヶ月更新しなかった事はすみませんでした