ジャングルポケットは、デビュー戦からその強さを見せつけた。
「ジャングルポケット、1番人気のタガノテイオーを下してゴールイン!!」
稍重なバ場ながらも得意の末脚を活かしきり、5番人気でありながら1着。フリーレース時代から積み重ねてきたものが公式戦でも通用するとの確信── それは、ジャングルポケット本人の心にも幾らかの安堵をもたらすだろう、そう思っていたが。
「流石だね、ジャングルポケット。フリー時代の経験も通用してる」
「当然だろ? タイムアタックならともかく、こいつは入り乱れての実践だ。フリーの頃からお手のもんさ」
汗を拭ってから受け取ったスポーツドリンクの蓋を開け、ジャングルポケットは得意げに笑って見せた。どうやら、最初から自分のやってきたことは通用するという自信があったらしい。
たとえ荒削りだとしても、鋭利であれば刺し切れる、ということか。
「そういや、ナベさんは?」
「ちょっとしたら来るよ」
先生もアグレッシブでこそあれ、歳だ。
そこまで歩くのは早くないからこそ自分が1番最初にジャングルポケットのところに来て、声をかけていたわけで。特に話すこともなくぼうっと立って待っていれば、どこか凛とした印象のウマ娘が青鹿毛の紙を揺らしてこちらを見ていた。
「──ジャングルポケット...... 良いレースだった」
「......お前もな、タガノ」
話しかけてきたのはこのレースで1番人気だったウマ娘、タガノテイオー。
デビュー前から大きな期待をかけられていた所謂エリートであり、ジャングルポケットとは正反対の緻密に練られたレースプランを武器にした走りが特徴的なウマ娘だ。
「経験値に基づいた走り...... 思考を優先させて底を見せた私の敗北は自明だった。だが、次のレースでもそれが通じると思わないことだ」
「ハッ、言ってろよ。お前はお前、俺は俺だ」
「貴様とはやはり相容れないな、どこまでも」
「お互い様だ」
言葉だけを聞けば少し、いやかなり険悪な雰囲気に感じられるかもしれない。しかし2人の表情はどうだろう、互いを認め合うような笑みを湛えている。
正反対の方向を向く者同士、ぶつかり合い、高め合える存在を見つけたような目が、照明の光を受けて煌めいていた。
タガノテイオーがいなくなった後もジャングルポケットの拳は握られ、その体からは闘気が迸る。
「面白えな、トゥインクルシリーズ......! なってやる、ここで全員ぶち抜いて──」
「最強に、だろ?」
思考を読まれた事に驚いた様子のポケットが、首を回転させてこちらに視線を移す。
「次に走るのはGⅢ、重賞だ。ジャングルポケットが最強になる為に── 全員抜き去る姿を見せてくれ」
「......いいぜ、見せてやるよ!」
ぐいと体を引っ張られ、肩を組まれた。
まずは一勝、ここから勝利を積み重ねていけば必ず見えてくる── クラシック3冠、ダービーが。
「いたた、ちょっと力強いって......!」
「んあ? いーだろこのぐらいよー。後お前、いちいちジャングルポケットジャングルポケットって全部呼ぶな! ポッケで良い!」
......とはいえ、だ。
「地面を踏み締める感覚を忘れるな! しっかりと足を地につけて、蹴り、走る! それを意識してトレーニングに励め!」
先生── いや、既に復帰しているのだから、タナベトレーナーの激が飛ぶ中で、2週間後に控える重賞に向けて何ができるかを自分なりに考えてみる。
ポッケの苦手なのは小回りを重視させられるコースで、たとえ最終直線で追えるとしても、その直線が短ければコーナーで失った差は取り戻せない。
結局のところ、末脚もコーナリングも両方取らなければならないのは承知しているが、そのどちらを先に取るべきか。
「あ...... シマー、遅れてるけど無理して追いつかなくてもいいよー! 一度息を入れてからペースを上げていこう!」
「ふ、ふぁ〜いぃ......」
いつの間にかグデングデンになってしまっているシマに対して声をかける。
しかしその時、ほんの一瞬だけ、ポッケの踏み込みが緩んだような気がした。果たして気のせいか、そうでもないのか。コースの先の方を見れば、ポッケよりも少し先に走り始めたルーが居る。
......試してみよう。タナベトレーナーの横に置いてあったメガホンを取り、声を出した。
「ポッケ、最強なら600メートルの看板までにルーを追い越してよ! リーダーなんでしょ!?」
「あァ?!」
鋭い視線がこちらを刺し、何やってるんだというタナベトレーナーとフジキセキの怪訝な目線が心に響く。しかし、予想通りポッケは足を回すスピードを上げ、早いペースへと舵を切った。
「やってやるよ、上等だァ!」
「はぁっ?!」
急にこんなことを言われればルーも逃げる。当然、数百メートルの距離があればポッケは追いつかないだろうが、プライド故に諦めない。そして追いつこうとすればする程、彼女の闘志はから回ってフォームから何から崩れていく。直すべき場所はここにあった。
「......んだよ、急に訳わかんねえ指示入れやがって......」
「それは本当にごめん。でも──」
「なんか考えがあったんだろ。言えよ、強くなる方法ならいくらでも聞いてやる」
スポーツドリンクを渡し、まずは唐突な行為に謝罪する。
彼女の闘志は立派な武器だ。
それを更に研ぐためには、出来ることは一つ。
「ポッケはすごい闘志を持ってる。でもその闘志が有り余る所為で、些細なことで集中が切れて状況が見えなくなるだろう?」
「......」
「それを無くす為に集中力をつけるんだ。そうすれば溜めに溜めた末脚を、周りの状況に合わせて爆発させることができる。そうして爆発させた末脚の前には誰も追いつけない。
──
「へぇ......」
胡座をかいて座っていたポッケは興味深そうな表情を見せると立ち上がり、タオルで顔を軽く拭いてからコースへと戻っていく。
その右手はこちらの手首を掴んでいた。
「ナベさん、こいつちょっと借りるぜ」
「......無理はしすぎるなよ」
「おう!」
「はー...... ヤベェわ、もう走れねえ......」
「お疲れ様」
あれからポッケは何周コースを走っただろうか。
空はすっかり夕焼けに染まってしまっていて、強烈な日差しはポッケの頬にくっつけたペットボトルに反射し、少し眩しい。
ふと、気になった事を問うてみる事にした。
「ポッケはさ、どうして最強を目指してトゥインクルシリーズに来たの?」
「どうしてって...... ま、フジさんの弥生賞を見たからだな。フリーでやってて、
すげえって思ったよ」
綺麗な笑顔が陽に照らされる。
「走りてぇ、走るなら勝ちてぇ、そして最強になりてぇ。最強になる為には、
だから俺はここに来た。......お前は?」
「えっ」
「お前もあんだろ、トゥインクルシリーズに来た理由。教えろよ」
何も、ポッケのように立派な理由じゃない。
兄さんとフジキセキとタナベトレーナーが取れなかった日本ダービーを獲る── 本当にたったそれだけの理由。
後悔と無念を晴らせるのは夢を受け継いだ者だけ。
「だから、俺は普通のスポーツトレーナーの道を切り捨てた。
ウマ娘のトレーナーになって、担当と一緒に受け継いだモノを果たす── そして、もう一度笑って欲しいから」
「そう、だよな」
2人、また同じ空を見る。
3月5日、弥生賞。最強を見たあの日と同じように。
「フジさんもナベさんもなんでもねえ顔してっけどさ、ずっと。
......悔しくねぇはず、ねぇもんな。ダービー獲りたかったに決まってるもんな、やっぱり」
数秒間の沈黙をおいて、ポッケが『うしっ』と声を上げて勢いよく立ち上がる。つられて自分も立ち上がると、彼女は勢いよく拳をこちらに突き出した。
「俺は最強を目指す。んで、お前も俺と一緒にダービーで勝つ! つーわけで、ナベさんもだけど、お前の指導も頼りにしてるぜ!!」
「俺でいいの? ぺーぺーの新人なのに」
「ヘッ、腹割って話したんだ、一蓮托生だろ?
行くぜ、
「......ああ!」
拳がぶつかり合い、想いが繋がる。
最強に向けて、勝つべきは重賞、札幌