夢の奴隷   作:チクワ

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札幌とダービー

 

 札幌S(ステークス)直前の夜。

 練習を終えて札幌のレース場から帰るポッケたちを見送り、すっかり暗くなった秋空の下、近くの商店街を歩く。

 『秋の日はつるべ落とし』なんてよく言ったもので、少し前までは明るい陽の下で静まり返っていた街灯たちも元気沢山にその身を光らせている。

 さて、普段なら商店街には寄らず、ストレートで家やホテルに帰るところだが...... 帰ったところで待ち受ける晩御飯はブロッコリーとササミの焼いたやつ。今まではそれでも文句無しだったが、明日が勝負と考えるとその並びは味気ない。

 実際に走るのはポッケだが、気合いを入れるという意味では少しご機嫌な晩御飯を腹に入れても構わないだろう。

 

「いらっしゃいませー、ちょっとお待ちくださいね」

 

 適当な定食屋の引き戸をガラガラと開ける。

 すると先程まで押さえ込まれていた会話の音が耳に響き、少したじろいでしまった。

 

「ごめんなさいね、今混んでるから相席でもいいかしら?」

「全然大丈夫ですよ」

 

 その様子を気にせず笑顔を振り撒く店員の()()()()に連れられ、向かいに人のいるテーブル席に腰を下ろしてカバンを荷物入れに叩き込む。

 クッション性の失われた椅子は少し硬い。

 尾骶骨に走る痛みから気を逸らそうと壁に立てかけられているメニューを見ていれば、不意に『あっ』と相席相手が口からこぼす。

 視線を目の前にやれば、そこには眼鏡をかけた優男な先輩トレーナーの姿があった。

 

「秋野が飯屋にくるなんて珍しいじゃないか、いっつも家で食べるって飲みにも来ないのに」

「あー...... はは、ちょっとした心境の変化です」

 

 中ジョッキを持って少し意地悪な絡みをしてきたのは、トレーナー専門学校で数学年上だった松田トレーナー。

 短距離からマイルまでの指導を得意とする事で有名で、デビュー戦でポッケとぶつかり合ったタガノテイオーのトレーナーでもある。

 ......正直、少し気まずい。

 実際に走るのは自分と松田トレーナーでは無いにしても、明日には担当同士がぶつかり合う関係性。彼と一緒になるとわかっていれば相席OKなんてしなかったが。

 お冷を店員から受け取ったついでに注文を済ませ、キンキンに冷えている水を喉に流し込んだ。

 暑くないのに出てくる汗の代わりに体へ染み込んでいく。

 

「......おまえ、相席ミスったな、とか思ってるだろ?」

「ングッ!? そんなに分かりやすかったですか!?」

「いや分かりやすかったけど、形だけでも否定したらどうなんだい?」

 

 やはり顔に出てしまうのだろうか。

 お冷を置いてペタペタと顔を触ってみれば、松田トレーナーは『何してんだよ!』と鼻下の髭に付いたビールを拭った。

 多少酔いが回っているのだろうか、爽やかな笑みの下では頬が少し赤みがかって来ている。

 

「んまあ、デビュー戦ではウチのタガノが負けた。これは間違い無いわけだから、別に引け目を感じなくてもいい。

 ──だが、次の勝ちはタガノ以外あり得ない」

「......」

 

 ほんの少しだけ空気がピリついた。

 それは決して挑発ではなく、自分の指導と担当に対して抱いた絶対的な自信と自負。

 

「この半月、タガノの足は爆発的な成長を遂げている。あの子は()()。後輩相手に大人気ないが、潰させてもらうよ」

「そうですか」

 

 対して、自分の口から出てきたのは冷たい一言だった。

 指導に自信があるわけでは無い。

 自分なら絶対に勝たせられるという自負もない。

 というかポッケは自分の担当ではなくて、タナベトレーナーの担当だ。自分はあくまでもサブ。

 だからまあ、ここで張り合う必要もない。ない、のだけれど──

 

「ポッケは()()ので」

 

 口からこぼれてしまったものは仕方がない。

 均衡を裂くようにして机に置かれた定食の前で手を合わせ、付け合わせのキャベツを口いっぱいに詰め込む。

 松田トレーナーは帰ってきた言葉に数秒ポカンとして、その後すぐにビールを喉に流し込み、餃子をバリバリと噛み締めた。

 

「お前、昔からそうだよな」

「何がですか?」

「真面目な話する時だけ目が怖いんだよ。あんまり担当を怯えさせないでな」

「はあ......」

 

 

 

「なあ、ポッケ」

「んあ? んだよ?」

「俺の目って怖い?」

 

 札幌S(ステークス)当日、昨日のことを思い出してポッケに軽く聞いてみた。

 あまりにも唐突な質問に呆気に取られた様子だが、小さくため息を吐いてこちらと目を合わせると、首をブンブンと左右に振る。

 

「うーん、フジキセキとタナベトレーナーはどう思います?」

「圧があるとは感じるが...... 怖いとは思わんな」

「私もナベさんと同じ、かな」

 

 そうなれば松田トレーナーの言葉はなんだったのか?

 疑問は消えないが、今は目の前にある重賞に目を向けることが先決か。

 

「っし、んじゃ行ってくるぜ。ナベさんもフジさんも、俺がぶち抜くところ、見といてくださいよ!」

「こらポッケ! 油断は重大なミスを招くといつも言っておろうが! だいたいお前はいつも──」

「へいへい、行ってくるー!」

 

 ......まあ、怒りと思いやりが空回ってしまったタナベトレーナーはともかく。

 見たところポッケの状態は何処が悪いとかもなく、重賞という大きな舞台でも緊張している様子は見られない。油断しているかどうかはともかく、あの調子であれば普段通りの実力を札幌競バ場に叩きつけられるだろう。

 あとは、鍛えた武器が通用するか否かだ。

 

 

 

 ──レース場へ繋がるバ道の中、ジャングルポケットを待ち受けるように壁にもたれかかるウマ娘が1人。

 タガノテイオーだ。

 照明の光を受けて輝く緑色のメガネフレームから視線を下に移すと、そこにあるトモはジュニア期の仕上がりとは到底思えない。

 しかし、その程度で気圧されるジャングルポケットでは無い。むしろ口角を上げて笑みをこぼし、自分が抜き去るにふさわしい存在であると鋭い視線を向ける。

 

「随分鍛えてきたみてぇだな、タガノ」

「当然だろう。まずは全力で貴様を打ち破り── 次に狙うのは、()()だ」

「ヤツ?」

 

 タガノテイオーはジャングルポケットに背を向け、太陽の光が見える方へと歩いていく。エリートとしての生まれか、それともウマ娘という生物としてのプライドか。

 その背中からは闘志が溢れ出していた。

 

「今年デビューする、()()()()()()()()

 今はまだデビュー前でありながら、その圧倒的な素質からクラシック3冠を期待されるウマ娘──

 私は貴様とタキオンを破り、最強になってみせる......!」

「──ハッ、面白え!

 決めようぜ、どっちがそのタキオンってヤツをぶち抜いて最強になるか、このレースで!」

 

 

 

 観客席最前列に着くと同時に各バそれぞれゲートインを終え、レース場にファンファーレが鳴り響く。

 このレースの1番人気はテイエムオーシャン、次いでマイネルカーネギーとセンターベンセール。3人ともその人気に負けない実力を持つウマ娘であり、確実にポッケが一着を獲るための障害となりうる存在だ。

 しかし何より気になるのは7枠のタガノテイオー。

 

「ポッケ......」

「あまり情けない声を出すな、春樹。

 ワシらはただ、信じるだけじゃからな」

「......はい、タナベトレーナー」

 

 ファンファーレが終わり、ゲート内のウマ娘たちがぐっと身を屈める。

 永遠にも思える静寂が訪れて── 一斉に、ゲートが開いた。

 

「一斉に飛び出しました、まず好ダッシュは中からダテノバサラ。

 そこに外からマイネルボルテクスが行きますが、しかし並んでいますジャングルポケット」

 

 実況の声が状況を冷静に伝えてくる。

 出遅れもなく平和に始まったレースだが、1コーナーで早速動きを見せたのは1番人気のテイエムオーシャン。

 内から入り込み、コーナーワークで先頭に躍り出る。

 

「リードを取ったのはテイエムオーシャン、その後ろにはダテノバサラ、マイネルボルテクスが2番手3番手と続いています」

 

 先行するテイエムオーシャンはジリジリと2番手以降との差を広げ、逃げの体制。その一方でポッケは4番手から5番手のあたりで様子を伺っており、周りの状況に動きが乱れている様子もない。

 

「この集中が続けば、前が空いたタイミングで出ることが出来る。

 ポッケにとっては悪くないレース展開だよ」

「ああ。後は、タガノテイオーがどう出るか......」

 

 フジキセキの見立てに小さく頷き、レースは2コーナーを回って先頭と2番手は3バ身ほど。

 警戒対象であるタガノテイオーは9番に落ち着いていて、冷静なレース運びだ。

 

「──さあこれから第3コーナーのカーブに入って、残り800を切る! 未だテイエムオーシャンの先頭は変わらず差は1バ身、2番手にはマイネルボルテクスですが──」

 

 レースが半分を切り、ついに動き始める。

 

「ここでジーティーチャンプが早めに仕掛けて2番手浮上、合わせてメイショウドウサンとタガノテイオー、タガノテイオーが外から来た!」

「──来た!」

 

 最終コーナーは向かう2番手争いは混戦の様相。

 一方でジャングルポケットは── 耐えていた。

 

「はっ、はっ!」

 

 息を吐きながら、タガノテイオーは渾身の力を足に込め、3人並んだ2位争いから1人抜け出した。

 目の前にいるのは疲れ切ったテイエムオーシャン1人。その程度なら最終直線で抜くのは訳ないと、最後の一手を打つ。

 

「「ぅおおおおおっ!!!」」

 

 執念からテイエムオーシャンも喰らいつくが、それでもタガノテイオーには届かない。

 先頭が入れ替わる。

 ゴールは既に秒読み段階。

 家と自分の名前に恥じない勝利が迫った瞬間──

 

「──勝ったとか思ってんじゃねぇだろうな、タガノ!!!」

 

 ここまで感じ取れなかった闘志が、すぐ後ろから全てを貫く槍のような鋭いカタチになって冷や汗を流させる。背後を見なくでもわかる。

 

 ──来ている、恐ろしいモノ(ジャングルポケット)が。

 

「外からジャングルポケット! 

 3番手から2番手、捉えた!」

「くっそぉおおおおお!!!」

「ジャングルポケット今、先頭でゴールイン!!!」

 

 悔しさから放たれたタガノテイオーの叫びがかき消され、観客の歓声が札幌を埋め尽くす。

 勝ったのはジャングルポケットだ。

 

「クソッ......」

「いいレースだったぜ、タガノ」

 

 差し伸べられた手を取り、タガノテイオーは食いしばっていた歯を緩めてジャングルポケットの瞳を見つめた。その目の奥には敗者とは思えない熱が見える。

 

「次は、負けない......! 待っていろ、ジャングルポケット!」

「いつでも来いよ、逃げも隠れもしねえ。

 俺()()の最強の武器で、今度もお前をぶち抜いてやるからよ!」

 

 

 

 

「──お」

 

 レース後、関係者通路で待っていた自分たちを見るや否や、ポッケは嬉しそうに駆け寄ってくる。

 胸の前に手のひらを上げると、察して同じポーズをとったタナベトレーナーとフジキセキの手にハイタッチした。かなり大きな音が通路に響く。

 

「へへ、見ててくれたっスか、フジさん!」

「うん! 重賞勝利おめでとう、ポッケ!」

「まったく、少しヒヤヒヤしたわい」

「買ったんだからそう言うなよ、ナベさん!

 ......っと」

 

 『ん!』と言ってまた手のひらを見せてきたポッケに、思わず首を傾げる。

 もうタナベトレーナー達とやったのだからいいのでは、と。

 そういう意図を傾げた首から察したのか、少しムスッとした表情を見せたポッケは握っていたこちらの拳を無理矢理開き、2人よりも少し強めのハイタッチを行う── が、想像よりも痛かったのか、腕をブンブンと振るリアクションを見せた。

 

「いって〜......!」

「大丈夫?」

「問題ねぇよ...... つか、次からは自分でハイタッチしろよ!

 お前が考えた武器があったからタガノをぶち抜けたんだからな。

 これからも頼むぜ、()()!」

「──ああ、よろしく、ポッケ!」

 

 今度は自分からハイタッチの姿勢をとり、一際大きな音が響く。

 ジュニア期で重賞を勝ち取ったポッケが次に狙うのは、トゥインクルシリーズの最高峰レース、GⅠ。

 同期の中でも最強のメンバーが集まるホープフルステークス。

 

「ふぅン...... GⅠ、それと勝負服...... それらが与える肉体的、精神的影響のデータ......

 取っておく必要があるねえ」

 

 その直前の朝日杯フューチャリティステークスで、事件は起きる。

 





 JRA公式チャンネルに札幌ステークスの動画があるので、見てみるといいと思います。
 新時代の扉ではほぼカットされてましたが。
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