夢の奴隷   作:チクワ

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光とダービー

 

「......へへ」

 

 12月23日、阪神レース場。

 すっかり寒くなった冬シーズン、世間はリンリンとベルを鳴らしてクリスマスムード── かと言われればそうでもなく、今日明日と連続するGⅠレースの行方に一喜一憂するファンも多い。

 そしてその連続するレースの初日、ホープフルステークスの控え室では、着替えのために遮られたカーテンの向こうからポッケの小さな笑いが聞こえてきた。

 シャッと力強く開けられたそのカーテンの向こうから現れたのは、黄色が目を引く勝負服に身を包んだジャングルポケットだ。

 自信満々に胸を張って見せたその衣装は可愛らしく、似合っている。少し残念なのは、自分で結んだ胸元のリボンが少し歪んでしまっているところか。

 

「どうすかどうすか、俺ん勝負服!」

「いいね! カッコいいよポッケ!」

「ああ、かわいいよ」

 

 2人に褒められて嬉しかったのか、フン、と大きく鼻息を鳴らす音が聞こえてくる。

 ポッケには初のGⅠだが、やはり彼女は緊張とは無縁なのだろうか。業者に勝負服を受け取りに行った際、可愛いを連呼させられたことを思い出しながら苦笑いを浮かべていると、不意にタナベトレーナーが口を開く。

 

「フジも春樹も調子に乗せるな!

 ホープフルステークスはジュニア級最後のGI。出走するウマ娘のレベルもまた、今までの相手とは比べものにならんじゃろう」

「......確かに、最強になるにはこんなとこで油断してられねえもんな......」

 

 ポッケから目配せを貰い、小さく頷く。

 大きく見積もって壁となるのは2人── まずはつい先日のデビュー戦で後続を大きく突き放し、才能を見せつけたアグネスタキオン。

 そして1番人気、走ってきた3つのレースのうち2つをレコード勝利した、アメリカからの刺客であるクロフネ。

 ここまで2戦を勝利してきたポッケにとって、このレースは初めての苦戦になるかもしれない。

 その事実に自分が顔を強張らせていると、隣からフジキセキが『大丈夫』とポッケの前に立ち、少しズレた胸元のリボンを手早く直してみせた。

 

「──君ならやれる!」

「へへ......! フジさんにそう言われっと、マジ心強いっす!」

 

 ポッケの表情には一抹の暗さもなく、それどころか強い相手と戦える興奮に打ち震えている様子だ。

 加えて憧れであるフジキセキからの激励ともなれば、メンタル面において悪い点はどこにも無いだろう。

 ......本来ならメンタルケアもトレーナーの仕事なのだけれど、仕事を取られる形になってしまった。

 

「見ててくださいよ、全員余裕でぶち抜いて、勝ってくるっすから!」

「こらポッケ! お前はまたそうやって──」

「ナベさんの説教はまた今度なー!」

 

 タナベトレーナーの言葉は届いたのか届いていないのか、ポッケは良くも悪くもいつも通りの雰囲気のまま、控え室を飛び出していく。

 元気なのはいいことだろう、タガノの怪我(あんなこと)があった後だから尚更だ。

 

「──ふぅ」

 

 台風の目が無くなって静かになった控え室の中で、室内だというのに手袋に包まれた手のひらを見つめる。脳裏に浮かぶのは松田トレーナーに言われた『俺の分も頑張れよ』という言葉。

 少々新人の自分には重い気がしないでもないが、新年に向けて持ち越す思いと考えれば、これ以上のものはないだろう。

 ぎゅ、と擦れる音を鳴らしながら握り拳を作ると、拳と目の間にある空間にチラチラと白い手のひらがフェードインしてくる。

 フジキセキの手だ。

 既にタナベトレーナーも椅子から腰を上げていて、レースを見に行く準備ができていないのは、いつのまにか自分だけになっていた。

 

「どうしたのかな? ぐるぐる目がいつもより渦を巻いているけれど」

「ああ、いや......」

 

 言われて、鏡を見た。

 確かに自分の目はぐるぐると瞳孔にたくさんの円が見えるが、言うほど多いだろうか?

 首を傾げていると、『物の例えだよ』と苦笑いしながら訂正が入った。ああ、そういうことかと納得しながら客席までを歩く中で、ふとポッケについて気になることが頭を過ぎる。

 

「ポッケはフジキセキが連れてきたわけだけど......

 やっぱりタナベトレーナーになら任せられると思ったの?」

「うん。私の中で1番のトレーナーは...... ナベさんだから」

 

 優しい笑顔だが、それと同時にほんの少しだけ陰が見える。

 タナベトレーナーが何も言わずに神妙な表情を見せているところを見るに、当時── フジキセキが走っていた頃から変わらない信頼と、ケガに対する苦悩があったことは想像に難く無い。

 

「でも、ほんの少し」

 

 少し低い声がフジキセキの口から放たれた。

 

「ポッケに対して── 私のエゴを、押し付けたくなってしまう時はある、かな」

 

 ──学園に於いては年長者、寮長を務める中で数多くのウマ娘に信頼されている優秀な彼女から出た言葉としては、意外な言葉だ。

 しかしケガをして後悔を持つ1人のウマ娘として彼女を見てみれば、そのエゴは持つべくして持ったもので、少しだけ安堵する。

 やっぱり()()()、ダービーを獲りたかったんだ。

 

「じゃあ俺もそのエゴを解消できるように、もっと頑張るよ」

 

 また少し、ダービーに向ける矢印が強くなった。

 

 その一方、ジャングルポケットは地下バ道を行く。

 その心の中にはリタイアを余儀なくされた友人、タガノテイオーの走りが焼き付けられていた。

 このホープフルステークスを迎えるまでに鍛えたのは元から苦手だったコーナー、そしてタガノのようにレースを組み立てるという視点。

 タナベトレーナーの油断するなという言葉は肝に銘じている、が。それ以上に勝利への確信がジャングルポケットの内に渦巻いている。

 ターフに出るまであと数十メートルというところ、不意に右側へ視線を移せば、そこには白衣のような勝負服をたなびかせ、不敵な笑みを浮かべるウマ娘が1人。

   

「よぉ、ウワサには聞いてるぜ。

 ......お前、速えな」

 

 右手を上げ、挨拶をすれど返事は返ってこない。

 しかし雰囲気や周りから漂う()()()が本能に告げる。目の前にいる存在こそ、タガノテイオーが語ったウマ娘だと。

 

「どうしてそう思うんだい?」

「速えヤツのニオイがするんだよ、お前から──わぁ!?」

 

 目線だけを向けたそのウマ娘に答えを返せば、そのウマ娘はそれを聞いたのか聞いていないのか、いつの間にか足元に移動してがっしりとジャングルポケットの右足を掴む。まるで医者の触診。

 ジャングルポケットが慌てふためきフラフラとよろめくのも無理はない。

 

「ふむふむなるほど確かに素質は感じるねぇ。

 骨格にトモのハリ、加えて関節の柔軟性も申し分ない。

 これまで無敗というのも納得だ......」

「なっ、何しやがる! なんなんだよおめぇ!」

「──アグネスタキオンだ、ジャングル()()()()君?」

 

 世代の大本命、アグネスタキオンの視線が足から顔へと移り、光の入らないノイズがかった瞳がジャングルポケットの表情を貫いた。

 普通とは思えない行動に焦ったジャングルポケットは足を掴む手を振り払うが、アグネスタキオンは何事も無かったようにまた歩き出し、ターフへと向かう。

 

「俺はジャングルポケットだ、何でもいいから離しやがれ!」

「ふぅン...... まあいいさ。 

 お互いの健闘を祈っているよ、ジャングルポケット君」

 

 その行動の理由がわからないままゲートインを終え、スタートが近づく感覚と共に深く姿勢を落とす。

 果たしてアレが本当にタガノテイオーの語った、3冠を期待されているウマ娘なのか? 

 

「......まあいい、全部ぶち抜くだけだ!」

 

 一旦の答えを出して思考を振り切り、ゲートが開くと同時にターフを蹴り飛ばす。

 天候は晴れ、芝は良場。言い訳の聞かないターフの上を走るウマ娘たちの序盤はポジション模索中と言った感じ。

 

「先手を取ったのは12番スターリーロマンスですが、それ以外は未だポジションが定まっていません」

 

 各々自分の力が発揮できる位置につけたのはコーナーに突入しようかというところ。ジャングルポケットを始めとした有力なウマ娘たちは中段に下がり、少し早い前のペースに着いていきながらもスタミナを温存する形になった。

 

「アグネスタキオンはどこで仕掛けてきますかね?」

「ふむ...... 前のウマ娘たちが息を切らし、手薄になる状況だとするならば、最終コーナー後半あたりが定石じゃろう。つまりポッケに求められるのは──」

「最終直線にかけての単純な力勝負、という事ですか」

 

 会話するタナベトレーナーの予想はおおよそ的中し、残り1000メートル。

 ジャングルポケットと並走していたクロフネが少し前に出て、クロフネ、ジャングルポケット、アグネスタキオンという並びのまま最終コーナーへ。

 先頭は既にその体力を使い果たして下がるだけというところ、どこで足を使うかをジャングルポケットは冷静に見極めていた。

 

「確かにナベさんの言う通り、レベルは高えが──

 ここで、ぶち抜く!」

「よし!」

 

 どんぴしゃり。

 完全に見極めた仕掛けのタイミングに思わずフジキセキもガッツポーズを放ち、ジャングルポケットの足にも確信に似た力がこもる。

 力強くターフにめり込んだ足が地面を蹴って。

 

「......は?」

 

 気づいた時にはアグネスタキオンが、その目の前を走っていた。

 べちゃりと飛んできた土が頬を汚し、まざまざと見せつけられたのはアグネスタキオンが先頭のクロフネを容易く蹴落とす姿。

 

「外からアグネスタキオン、アグネスタキオン先頭だ! 2番手はクロフネですがジャングルポケット、クロフネを躱して追い縋る!!」

「うぉおおおお!!!」

 

 足を回し、風を切る。

 それでもアグネスタキオンには届かず、それどころかグングンと差を離されて、大きな歓声がレース場を包んだ。

 

「1着はアグネスタキオン! 圧倒的な勝利、クラシック3冠の主役は彼女で間違いないでしょう!」

 

 平然とした表情で息を吐き、またも不敵な笑みを浮かべるその姿を睨みながら、ジャングルポケットは頬に付いた土を袖で拭き取る。

 GⅠを取れず、そして目の前を走った存在に()()()()()()()に負けた──

 

「クソッ......!」

 

 その事実は、彼女を歯軋りさせるのに十分だった。

 






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