今回もよろしくお願いします。
「おはよう、茉子」
「おはようございます、芳乃様。お身体の調子はいかがですか?」
「いつも通り。茉子は?」
「ワタシは何時でも万全ですよ? 忍者ですから」
いつも思うんだけど、忍者である事って関係あるの?
取り敢えず特に変わったところはないみたいで何よりね。
「有地さんはもう?」
「はい、ムラサメ様と20分ほど前に出られています。いつも通りですね」
これでもひと月前に比べればかなり早起きになった方なのに……。
もう少し早起きすべき? でも頭が回らなくなりそう。
「今以上に早く起きる必要はありませんよ。芳乃様が早起きをされると、ワタシはそれ以上に早く来なければならなくなるので勘弁してください」
「私、口に出してた?」
「顔に書いてありますよ。意地を張る必要はありませんから、朝のお務めがきちんとできる習慣を守ってください」
い、意地を張ってるんじゃないし!
まあ実際茉子は早くここに来そうだし、早く起きたところで特別やれる事もないしね。
さあ、朝の神楽舞を奉納しないと。
「鞍馬君が?」
「うん。昨日の小春捜索に参加できなかった事がわりとショックだったみたいでさ。剣道っていうより体力づくり優先だけど、あいつも参加する事になったよ」
『廉太郎については祟り神を知らんというのもあったのだがな。まあ今日の様子を見る限り、すぐに音を上げるような事はあるまい』
「普段からその精神性だったら、女性陣からも爪弾きにされたりしないんですけどねぇ」
「それはもう廉太郎君じゃないんじゃないかな?」
有地さんとお父さんも戻って来て、いつも通りの朝ごはん。
いや、その「いつも」をピリピリさせていた存在がここに居たんでしたね……反省です。
鞍馬君の変わりようは驚きですね。普段の行動とかも変わられたりするんでしょうか?
それでも多分小春さんからは「気持ち悪い!」って言われ続けるんですよね。兄妹って難しい。
「それで、今日芳乃達はまた山に?」
「うん。昨日祟り神は退治をしたけど憑代の欠片を回収できていないから」
「あんな状況でしたからね。勿論日中に向かいますのでご安心ください。不来方さんから伺った限りでは、幽霊は夕方が一番出やすいらしいですし」
「射影機も持っていくしね。そういやムラサメちゃん的に夕方の方が居心地がいいとかあったりするの?」
『だから吾輩を幽霊と一緒にするでない! あえて好みを言うなら夜に月を見るのが好きなくらいだ。それに日中の方がご主人達と関わっておって退屈せんしな。特別夕方がどうこうというのはない』
ただ、不来方さんは毎日のように幽霊を見ているって仰っていましたよね。
それが夕方に集中したりとかはあったんでしょうか?
さて。
「コレを、やっぱり持っていくんですか……」
「当たり前です。持って行かないと何のために借りたか分からないじゃないですか」
「叢雨丸を折った時の俺の気持ちが分かるでしょ?」
『命と金を天秤に掛けるでないぞ、芳乃。本来そこまで値が張らんと言う話だったではないか』
そうなんですけど、そうなんですけどぉ!
「あっはっは。勿論壊さないようにするのが一番だけど、そうなってしまった時の心配を芳乃がする必要は無いよ。そういうのは大人の仕事だからね」
「でも! 多分お父さんでも弁償できるものじゃないでしょ!?」
「そうだねぇ、一体どれだけ仕事を掛け持ちする事になるやら。まあ、まずは持ち主の方に誠心誠意お詫びをしに行くとするさ」
「それは……不来方さんではなく?」
「うん、彼女の以前の勤め先の店長さんだね。特別怖いとかそういう方ではないから」
その方は確か……喫茶店兼骨董店の店長をされている方でしたか。
不来方さんがお勤めになっていたというと、女性の方?
まあその辺の話は置いておいて。
今後お世話になる射影機を改めて見ます。
私が使える機能は一部だけとの事でしたね。不来方さんより更に使える方がいるとも。
フィルムの枚数は……すごいですね、本当に明治時代の絡繰りなんでしょうか? カチカチと。
〇七式は99、十四式は48、六一式は5、九〇式は2、ですか。不来方さんでも強力だと思うような幽霊には合計7回しか攻撃できないとなると中々使えないですね。
私が初めて幽霊を相手にした時は十四式を4枚使いましたから、いいところ10体ですね。
まあ今日は〇七式でいいのでダイヤルをもう一つ……うん?
なんだか一瞬「零式」という字が見えた気がしましたけど? まあ今は〇七式になりましたし。
はぁ、使う事を受け入れないと。まずはプチプチクッションを――
「一応緩衝材が入ったカバンを用意しましたのでこれをお使いください。まさかとは思いますけど、エアキャップにくるんで運ぶとか考えていませんよね?」
「常陸さん、いくら何でもそれはないんじゃない? 引っ越しじゃあるまいし」
『あのプチプチのやつか? てーぷでぐるぐる巻きにしたら、今度は取り出す時に壊しそうだな』
「いくら芳乃でもそこまで世間知らずじゃないよ。僕の娘なんだよ?」
あっはっは、と4人が笑う。
もう、何も言わない。
♢♢♢
昨晩の雨は止んでいるものの、空はどんより気味の曇り空。軽く霧が出ていますか。
視界は十分に確保できていますから大丈夫そうですね。
「常陸さん、昨日の広場みたいのって山の中にいくつかあるの?」
「ワタシが知っている限りでは3つでしょうか。特に何かがあったとかは知らないですけど」
『吾輩が知っておる限りでは1か所は昔の野営地だな。まあ偶々木が生えずに草が群生してしまった区画もあろう。昨日の箇所は野営地とは関係ない場所だぞ』
「何故小春さんはあそこに空き地があると知っていたんでしょう?」
「昔俺や廉太郎と一緒に遊んだ時にでも迷い込んだのかな? そんなに奥深くまでは入っていないはずなんだけど」
茉子を先頭に武実乃山を上ります。
今日は対祟り神装備ではないので少しは動きやすいでしょうか。
有地さんには念のために叢雨丸を持ってきて頂いていますが。
それにしてもまあ、昨日はこの道を意識もうろうの状態でよく歩けたものです。
少し道を外れてしまったら坂を転げ落ちてしまっていたかもしれないんですから。
一体何が、小春さんをこんなところに引き寄せたというんでしょうか。
昨日の雨のせいで少しですけどぬかるんでしまっている山道。
普段より上る速度は落ちてしまいます。
「茉子、あとどのくらいで着きそう?」
「今のペースだと15分くらいでしょうか。ちょっと霧が濃くなってきましたから急いだほうがいいかもしれません」
『流石に霧に巻かれると吾輩でも見渡せん。場合によっては引き返すぞ』
「それが賢明そうだな。夜道より危ないかもしれない」
こんな……武実乃山が霧に覆われた事が今までに何回あったでしょうか?
思っていたより遥かに視界が悪い。まだ道は分かりますけれど。
「もうすぐです」
『うむ、憑代の気配も近いな』
いまいち現在地が分かりませんが着いたみたいですね。確かに前の広場っぽい所です。
「……あっちらへんかな? 朝武さん、お願いできる?」
「はい。ええっと」
射影機をそっと取り出して。
フィルムはちゃんと〇七式ですね。有地さんが指さしている方向は……あっ。
「灯ってますね」
フィラメントに青い灯り。探し出したいものがある方向を向いている証拠。
少しずつ歩みを進めましょう。
この……霊波計? のジーって音が相変わらず落ち着かない。
『おそらくその辺りだ、芳乃よ』
「そうみたいですね。後は角度を」
射影機の構えを回すようにベストショットを……ここかな?
カシャッ
「……やっぱりすごいね。マジックみたいだ」
「目に見えていなかったのに突然現れたかのように見えますね。芳乃様、お疲れ様でした」
「見つけられてよかった」
発見できた憑代を有地さんが回収。これで通算5個目ですか。
さて、霧が濃くなる前に下山を……。
「……そんな」
『信じられん。これほどの短時間でこんな状況になっておるなど』
「そんな雰囲気は全く……芳乃様、申し訳ありません」
「これはしばらく待った方が良さそうだ。絶対に遭難する」
私たちが居る場所は――あまりにも深い霧に閉ざされていました。
私たち4人以外なにも見えない。視界は2メートルもない。まるで雲の中のような。
『ご主人の言う通り、暫く待機だ。少しでも動いてしまうと現在位置が分からなくなる。芳乃達では遭難待ったなしだからな』
もうどちらから来たのかもわからない。ホワイトアウトというやつでしょうか?
「ダメですね、この辺りは圏外ですか。元々穂織は電波が強くないですし」
茉子は携帯で位置を確認してくれたみたいですがダメだったみたい。
まあ地図アプリ頼りで山を下山するのは――
「いや、これそういう問題じゃないみたい」
と思っていたら、有地さんからそんな言葉が。
「どうされたんですか?」
「オフラインマップってので電波無しでも地図を出せるようにしたんだ。現在位置を調べるのは圏外と関係ないからね。だけど……俺たちの位置がそもそも表示されない」
「そんな事があり得るんですか?」
『幸いどこかに飛ばされたという事はないようだ。武実神社の方角だけであればなんとなくわかる。最悪の場合は吾輩の先導でゆっくり進むとしよう』
突然どこかにワープしたという事はないみたいですが、本当にどこかに迷い込んだような。
夜でもないのにここまで気味の悪い武実乃山は初めてかも。
20分ほど経ったでしょうか? 周りは相変わらずの霧の中。
「霧って……どのくらいで晴れるものなんでしょう?」
「一概には言えませんね。山の場合は特に読めません。今日の天気で濃霧の予報なんてなかったはずなんですが」
「とはいってもこれじゃあキリがないよ。あと10分くらいで下山を試みてみる?」
『危険ではあるが止むを得んか。昼を回ってしまうと今度は吾輩達が神隠しに遭遇した扱いになるぞ。安晴達が山に入って遭難しかねん』
それはマズい。昨日よりもっと多くの人を危険に晒しかねない。
何か出来そうな事は……こういう時とか、射影機でなにかを撮れたりしないんでしょうか?
探しているものを写してくれるなら、帰り道とか?
「芳乃様?」
「ちょっと試してみるだけだから」
とはいえ、そもそも撮影対象がはっきりしていないですからね。
反応すら……え?
「こっちに反応が?」
『芳乃、歩を進めるな。撮るならその場からだ』
「この辺に撮影対象になりそうなものなんてあった?」
あちらの方。ムラサメ様の言う通り、歩くのは危ないですからここで撮りますか。
パシャッ
「……そんな。今まで全く」
「これは、どうなってるんだ?」
「こんなところに建物なんて」
私が撮影した方向。
その方向だけ僅かに霧が薄くなったかと思ったら、その後ろには何かの影。
それは――なかったはずの何らかの建築物。
昔の邸宅? 山の中にこんな大きな?
今まで欠片も聞いた事がない。歴代の巫女姫がここに一度も辿りついていないと?
「昨日の小春は、まさかこれを目指して?」
「なんとも言えないですねえ。鞍馬さんが覚えていない以上は断言しかねますし、何の理由でここに来たのかもサッパリです。これ現実なんですかね? 幻覚を見せられていると言われた方が信じられるんですけど」
「山の中に建物があるだなんて私も一度も……ムラサメ様は何かご存知ですか?」
と、何かしらお答えをもらおうとしたら。
『……あっがっがっが』
「「ムラサメ様!?」」
血の気が引きすぎて紫色になりつつあるムラサメ様が。
「ムラサメちゃんがこんな有り様って事は……巣、とでも言えばいいのか?」
何の? と考えれば、答えは一つ。
幽霊の。リアルお化け屋敷というやつですか? 遊園地にあるってものすら知らないのに。
『――いっ今までの、比ではない。数がどうこうとか、そういうものではないが。間違いなく恐ろしい存在がここに居るぞ……ちびりそうだ』
「じゃあ巣っていうよりかは強力な怨霊の拠点ってところか。どうしたものかな」
有地さんも茶化さない。事の真面目さを受け取られているようです。
祟り神とは違いますけど明らかにイヤな気配がビンビンしますものね。
確かに回避できるものなら回避したい。でも。
「……入ってみましょうか」
「芳乃様、本気ですか?」
「危ないのは分かってるつもり。だけど他に道もないし、ひょっとしたら武実乃山に幽霊が現れ始めた原因が少しでも分かるかもしれない。それに……放って置いたら昨日の小春さんみたいに誰かが夜の山に入っちゃうかもしれないから」
不来方さんでも幽霊が現れ始めた原因は特定できていない。
私たちが予想しているのも、精々叢雨丸が抜かれた事という推測程度。証拠はありません。
でも、ここなら今までになかったものが見つけられるかもしれない。
幸い今は射影機が手元にありますし、緊急事態用のフィルムも。
何も出来ずに……という事にはならないでしょう。
「分かった、俺も一緒に入るよ。また小春がここに来ちゃったらたまったもんじゃないしね」
「私は芳乃様をお守りするだけです。正直乗り気はしないのですが」
有地さん、茉子、ありがとう。
さて……。
『お、お主ら、鋼の精神でも持っておるのか? こ、こんな、心臓が止まりそうな屋敷に入るなぞ』
幽霊が大変苦手なムラサメ様。まあ幽霊嫌いでなくても躊躇すると思いますけどね。
「怖いならここで待っててくれ。祟り神の気配はないんだろ? 幽霊相手なんだったら叢雨丸もただの鉄の棒だし」
有地さんの言い方が若干厳しいですが、まあ事実ではあります。
それにこれはムラサメ様を心配しての事ですからね。
『一人でここに置いて行かれる方が怖いわい! それに吾輩が叢雨丸から離れるような事があっていいはずもなかろう。ああもう、なんでこの身になってからこんな恐怖体験をせねばならんのだ……』
ムラサメ様も参加。申し訳ありませんがよろしくお願いします。
山の天気は本当に読めません。
次はレッツリアルお化け屋敷。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。