原作では「山」としか呼ばれませんでしたが、
本作では「武実乃山」という名前にしています。
今回もよろしくお願いします。
翌朝。
幸い何事も起こりませんでした――トイレはなんとか行けました。ちょっと危なかった……。
ムラサメ様は全く休む事が出来ずに周囲を警戒されていたとの事。元々お休みになる事はほぼ無いらしいですが、そうやって動いていただけているだけでも大変ありがたいですね。
「おはようございます、芳乃様、ムラサメ様。昨日はお休みになれましたか?」
『うむ、おはようだ。茉子』
「おはよう茉子。何とかね……というより、茉子こそ大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ、忍者ですから。腕も問題ありません。ではワタシは朝の準備に入ります」
昨日のアレって忍者云々でどうにかなるものなの?
まあその辺りは後にしましょう。やる事はしっかりやらないといけません。
それが私の、「巫女姫」としてのお役目なんですから。
さあ――
一日2回の神楽舞の奉納。
この穂織の地に溜まってしまう穢れを祓う為。
加えて武実乃山に巣くう祟り神を鎮める為、この武実神社の御神体に対して。
意味は色々ありますけど、昨日理由が一つ増えたのは間違いありませんね。
いつも真剣にやっている事には間違いありませんが、今朝はなんだか気合が入りました。
♢
「おはよう、朝武さん」
「おはようございます、有地さん。有地さんは昨晩大丈夫でしたか?」
「普段より落ち着かなかったのは間違いないけどね。まあムラサメちゃんの類友だろ?」
『吾輩は幽霊ではないぞ! ご主人!』
半月ほど前の春の例大祭で武実神社の神刀「叢雨丸」を引き抜いた(正確には折られたんでしたか)男性であり、その都合で私の婚約者(仮)としてここに居てもらっている人。
どういうわけか、朝武の血筋である私と茉子以外は見る事すら出来ないはずのムラサメ様を、見えるどころか「触れる」事が出来る特異体質。叢雨丸に選ばれたからという事らしいですが。
最近では留学生のレナさんもムラサメ様を見る事ができると分かったんですし、有地さんも何かしら所縁がありそうですね。
生まれは都会だそうですが、お母さまが
クラスメイトの鞍馬
まあ鞍馬君は以前の件もあってクラスの女子の皆さんからの目線が冷たいですからね。妹の
叢雨丸の使い手として、剣を振るえなければならない。
巻き込まれた立場なのに、自ら危険な状況に足を踏み入れてくださるのは頭が下がります。
以前怒られてしまいましたが……本当なら私だけでやらなければならない事なのに。
そんな自らを鍛える為、祖父であり剣道の達人である玄十郎さんの教えの下、こうして毎朝トレーニングをされてから朝食に来られる光景が最近の日常になりつつあります。
「穂織の外で幽霊ってお話に上がる事はあるんですか?」
「いや? 子どもの頃はともかく今時はほとんどないかな。「都市伝説」って言ってそれっぽいバケモノみたいな噂話がないわけでもないけど、あくまで噂だよ。大体そういう話って「一番怖いのは人間」って所に帰結する事が多いもんだし」
『……言い得て妙、だな』
「今の俺たちって、スマホとかインターネットみたいなデジタル化が進んでるでしょ? この穂織も同じでさ。そうなってくると不思議なもんって大体すぐに調べられちゃうから。そうなってくると……一番正体が分かんなくて残酷な存在は、生きた人間だって話なんだよ」
「そういうものですか……」
「私たち」が、一番怖い。
あまりそういう考えをした事は無かったけど、そういう面もあるのかもしれないですね。
「朝武さんも舞の奉納は終わったんでしょ? なら常陸さんの朝ごはんを頂くとしようよ」
『そうだな。おぬしらはしっかり
「そう、ですね。それでは私は着替えてきますので、後ほど」
今日は朝から診療所にも行くんですから、しっかり食べておかないといけませんね。
♢♢♢
武実神社から町へ下り、みづはさんが詰めていらっしゃる診療所へ。
代々医者の家系であり、医者であると同時に朝武家の助言役。学芸員のような事もされていて、穂織の歴史にも詳しい私たちにとっては知恵袋の様な方。
普段からお忙しい方なので、無駄にお手を煩わせるような事は避けたいんですが……。
「幸い、他の患者さんで混んでいるという事はなさそうでしょうか」
「本当に幸いですね」
仮に患者さんが居ても、巫女姫と呼ばれる私が来てしまうと私が優先されてしまう可能性はかなり高いのだから。
有難い事に私はほとんど風邪を引いた事がないので、お邪魔している回数は少なく済んでいます。
一方で有地さんは、こちらに来られて早々にお世話になる事になってしまいましたが……。
それではお邪魔するとしましょう。
「失礼致します」
「はい……芳乃様? どうかなさったのですか? 常陸さんや有地君まで」
「お邪魔いたします、みづはさん。今って少しお時間を頂く事は出来ますか? ――祟り神関係の事で」
茉子が他に患者さんがいないかをしっかり確認して、みづはさんにそう告げる。
みづはさんも気配が変わりましたね。
「大丈夫だよ。話は奥で伺おうか。有地君が居るという事はムラサメ様も?」
「居ますよ。でもって、ムラサメちゃんが一番詳しいかもって話にもなります」
『吾輩にも確証はないんだがな。思い出したくもない……』
今からまた思い出してもらわないといけない。夜のトイレが不安になりますね。
「ふ~む。幽霊、ねぇ」
むーんといった感じのみづはさんの表情。という事は。
「みづはさんでもそういったお話は?」
「ハッキリ言って、ない。私は霊感体質ではないからね。見た事は一度もないしそっち方面の専門家というわけでもない。今の話で私から話せるのは、精々「その幽霊は昔の穂織の住人だった」んじゃないかって事くらいさ」
「まあ、あの山に現れたんだったらまずはそう思い当たりますよね」
お父さんもそれっぽい事は言っていたし。
流石のみづはさんでもこういった事は御存じなかったですか。
『芳乃よ。昨日吾輩が話した「敵対関係」に関して駒川の見解を聞いてみてくれ』
「はい、ムラサメ様――みづはさん。祟り神とその幽霊が敵対、あるいは祟り神側が幽霊を嫌がっているという可能性って何か思いつく事はありますか?」
私の言葉を聞いて、みづはさんは眉間にしわを寄せる。
「今の情報だけだと……断言どころか推定するのも私では難しいです。その幽霊というのが神職の亡霊なんだとすれば、
「……前に資料で見せてもらった、「犬神」ですか」
この穂織は「
故に周辺の町の方々はこの土地に良い印象をお持ちでない方も多いし、私たちも特別「犬神」という存在について話す事も無い。
嫌われる理由そのものであり――本当の事なんですから。
「有地君も既に知っているように、「犬神」というのは呪術の一種だと思ってもらっていい。苦しみに苦しみぬかせた犬を殺して、その怨みを呪いたい相手に憑かせて殺す。あるいは憑り付かれた人間を暴れされて周辺に危害を加えるとか、ね。「神」と名は付くけど早い話が妖。ならば神職の存在を嫌う可能性は十分ある」
「私の……朝武の一族は、それでも呪いを受けていますけどね……」
「やっぱり人間が一番怖いな」
『全くだな』
今朝のお話ですね。犬神を生んだのは、まぎれもなく人間なのですから。
「そういえば
あっ、確認をしていないですね。
「有地さん、お持ちですか?」
「うん、ちょっと待って……あった。見たところは変わってなさそうかな」
「私も……そうですね。特別変わったところはないと感じます」
『吾輩が見た限りでも変化はなさそうだと思うぞ』
半月ほど前のお祓いで初めて発見された「水晶の欠片のようなナニカ」。なんとなく白い靄のようなものがかかっているように見えなくもないですが、今の所は何なのか分かりません。
祟り神が居た所に落ちていて、有地さんとムラサメ様は近くにあるとその気配が分かるという事ですが、私には感じる事ができません。
私が触ると……前みたいに静電気が発生しそうな気がして不安なんですよね。
先日みづはさんが調べた際に「この欠片から祟り神が発生している」と分かって、それから私たちが祟り神の「憑代」と呼んでいるモノ。
これを全て集めて、砕かれた怒りを鎮めてもらうべく魂を慰撫せば呪詛が解けると信じて。
今のところ有地さんが最初に見つけた1つ、ムラサメ様が山で見つけられた2つ。
そして……先日こちらに留学されてきたレナさんの家に代々受け継がれてきたという欠片を合わせた4つ分。
完全な形に至るのはまだ先の話になりそうですが、恐らく球体なんだろう事は分かりますね。
「一旦は安心そうですね。ですがやはりそれだけ呪詛が籠ったような存在が、単なる平民の男性の霊に恐れをなすだなんて少し考えにくいでしょうか?」
「そうだね。恐れというよりは単に嫌っている可能性の方がまだ高いかもしれない。なんにしても、今の情報と私の知識ではこの程度が限界かな」
「そうですか……」
流石に一度対峙しただけでは何とも言えないですよね。
それより、問題なのは。
『……正直あの正体不明の霊が山の中に居るかも、という状況で吾輩が力を発揮できるとは思えんのだが?』
――ソレなんですよ、ムラサメ様。
「我慢しようよ。朝武さんたちの命が懸かってるんだからさ」
『それで何とか出来たら苦労せんわい! 吾輩だって怖いものは怖いのだ!』
ムラサメ様が力を発揮できない。叢雨丸が……。
「そんなんだから俺にナマクラって呼ばれるんだよ?」
『やかましい! ちゃんと吾輩の力が宿れば祟り神だろうと、ゆう、れい、だろうと……』
「ダメっぽいですね……」
いつもは「ナマクラ」発言に強気で返すムラサメ様の言葉が弱い。
実際に対峙した際に力を宿して頂けるとは思えないですね……。
「ムラサメ様は何と?」
「正体不明の存在が居る状態では、夜の武実乃山に入る事は危険すぎると」
「朝武さん、大分マイルドな表現にしてない?」
そこは敬う存在を立てるべきだと思いますよ? 有地さん。
「確かにそうですね……少し気は進みませんが、
「えっ?」
予想だにしていなかったお話。
みづはさんよりもそういった事に詳しい方が、この穂織にいらっしゃる?
でも。
「その、
「あー、うん。彼女がそっち方面に詳しいのはほぼ確実ではあるんだが、彼女自身はそちらに関わる事に積極的ではなさそうなんだ。好きで詳しくなったわけではなくて、「詳しくならざるを得なかった」という感じのようだからね」
「今の有地さんのような感じですか」
「俺は大して気にしちゃいないよ。でも幽霊関係っていうと……霊感体質か。大変そうなのは何となくだけど分かるかな」
『そうだな。しかし縋らねばならんぞ? 今の我輩達にはそれしか道はないのだから』
「そう、ですね」
有地さんに協力してもらう事にすら否定的だった私が――自分の都合で更に無関係の、しかも関わり合いを持ちたくないとお考えかもしれない人にご助力頂くというのは、正直思う所はあります。
ですが。
「みづはさん。その詳しい……女性? の方にお話を伺う事は出来ますか?」
これ以上、茉子や有地さんを危険な目に晒したくはないんです。
「一度会って頂きましょう。実際に詳しい話をしてもらえるかどうかは、本人に聞いてみないと私にも判断が付きませんから。今日は診療の予約も入っていませんし、既にお店も開いている時間ですから……芳乃様達が宜しければ今からでも向かいましょう」
「お店をされているんですか。ここから遠いんですか?」
「いや、繫華街と住宅街の境にあるよ。でも観光客ならまず気付かないような所に建っていてね。基本的には住民がお世話になっている場所なのさ。常陸さんでも気付かないかもね」
『そんな隠れ家的な場所があったかのう?』
「少なくとも私は知らないですね。有地さんはいかがですか?」
「いや? 正直今の穂織の建物はそこまで分かっちゃいないから」
「彼女がここへ来たのは去年の事ですから。一先ず向かうとしましょう」
♢♢♢
穂織の町。
昔から周辺との付き合いを嫌われた結果、独自の発展を遂げた田舎町。
ですがその独自の発展と昔ながらの生活が現代に残った事から、「小京都」なんて呼ばれる温泉街の観光地としてもある程度は有名だったりします。
有地さんが言うには、私たちの和装私服も外ではかなり珍しいそうですね?
この穂織では至って普通の格好ですが。有地さんや白衣のみづはさんの格好の方が珍しいですよ。
そんな穂織の街中を。
「……こ、こんな所に通路が? 忍者のワタシが気付けないなんて」
「分からないだろう? 観光の方が来ないようなところを選んだようなものだからね」
『パッと見、道があるとは思わんな』
「これは気付かないですね。でもわざわざこんな所に何故?」
「確かに観光客向けの場所じゃないよね。言葉通り穂織の人のためのって事ですか」
「まあそういう事だよ。我々地元の大人達の休憩所みたいな所なのさ」
みづはさんの先導の下、人とすれ違うのが難しいくらいの小道の先へ。
出てきたのは住宅街の一角。茉子の家の周辺のような感じでしょうか?
そこに、ポツンと。
「――喫茶店?」
茉子の言葉の通り、喫茶店。
出ている看板に描いてあるのは「喫茶・こずかた」。
「こずかた」……多分店主の方の苗字ですよね? どう書くのでしょう?
「パッと見は……古民家カフェってやつですか?」
「有地君は分かるかい? 以前は骨董店兼喫茶店で働いていたそうでね。それに近そうな物件を紹介したんだよ。今の穂織に空き物件は中々出ないけど、ここは偶然空いていたから」
『……なんだ、この雰囲気は?』
「なにか感じられるんですか?」
『そうだな。特別イヤだとか、そういった感じではないのだが。どこか武実神社に近いようで全く違う気配にも感じるか?』
みづはさんが仰るには霊感の強い方が経営されているとの事ですから、私たちの様な神職に近い人の気配がするのかもしませんね。
ガチャン
「失礼するよ」
「いらっしゃいませ……みづはさん? このお時間に来られるのは珍しいですね」
「おや、みづはさん……に、巫女姫様!? これはこれは」
「玄十郎さん!?」
「え゛っ? ……
「将臣もおるのか?」
『ご主人、大丈夫だ。いくら玄十郎でもここで鍛錬はするまい』
「まずはワタシたちもお邪魔すると致しましょう。失礼致します」
「……朝武の、巫女姫様でいらっしゃいますか。お初にお目にかかります」
お店の中は……成程、伺ったように骨董店の様な雰囲気が何となくしていますね。
明治・大正時代の西洋家具で形作られた――店内は少し暗い、静かで大人な雰囲気の喫茶店でしょうか。隅に置かれた現代のマウンテンバイクがアクセントを与えています。
喫茶店というと
そして、この店主の女性。
この穂織にいらっしゃったのは去年との事でしたが、多分お会いした事はない。
この見た目なら忘れる事はまずなさそうです。
かなりの美人。同じ女の私をして断言できます。
背も有地さんほどではないにしろ、みづはさんよりは高い。私より10cmくらいはあるでしょうか。歳は……20代前半? 私たちと同じくらいにも見えなくもありませんが雰囲気が違います。
馬庭さんが元気系のお姉さんならば、この方はミステリアスで儚い雰囲気の大人の女性。
そして何より、私たちの着る穂織の和服とは趣向が違う。
派手というわけではないですが、落ち着いた洋装交じりの雰囲気です。
「紹介するよ。この店の店主の
「はじめまして。えっと、皆さん何かお飲みになられますか?」
ああっと、大変失礼を。ここは喫茶店なんでした。
「奢るから好きに頼んでおくれ。私はいつも通りでお願いするよ」
「へええ、穂織にこんな専門的なコーヒー屋さんが。甘味が一切ないんだ」
「全くメニューの意味が……」
「分からないですね。カタカナの……これは豆の種類なんでしょうか? こちらは淹れ方の種類のようですね」
『ハイカラというやつだな』
「巫女姫様達であれば、こちらの「かふぇらて」なぞいかがでしょう? 夕莉君にお願いすれば甘めにもしてもらえるでしょう」
「祖父ちゃんは……ここには?」
「何度も来ておる。この店の開店にも少し携わっておるからな。まさか将臣や巫女姫様達と此処で会う日が来るとは思わなかったが」
「我々も隠していましたからね。せっかくの大人の隠れ家なんですから」
「違いないですな」
という事でほとんどメニューが分からない私たちに代わって、有地さんが甘めらしい飲み物と自身のレギュラーブレンドコーヒーを頼まれました。
穂織では大体がお茶ですからね。出てくるお菓子が大体和菓子の都合上当然とも言えますが。
ああ、先日田心屋でいただいたプリンの味が口に広がる……。
あまり普段嗅ぐ事はありませんけど、コーヒー豆の焙煎された香りが落ち着きます。
「それで……みづはさん。将臣や巫女姫様達を此処に連れて来たという事は?」
「ええ、夕莉君の知恵を借りられないかと思いまして。祟り神も関わっているかもしれないお話になります」
「そういう事ですか……であれば、ワシも同席させてもらっても? 場合によってはワシからもお願いするとしましょう。巫女姫様がいらっしゃるという事は……ムラサメ様も?」
「今は俺の真後ろにいるよ、祖父ちゃん」
「それを早く言わんか! ――ムラサメ様、本日もご機嫌麗しゅう御座います」
『うむ、苦しゅうないぞ玄十郎。お主も休みだったのだろう? 気張らずともよいぞ』
「楽にしていいってさ」
「それでは失礼して」という玄十郎さんが気を緩めた所で、不来方さんがコーヒーを持ってきてくださいました。
「お待たせ致しました。こちらはみづはさんですね。ラテは……」
「こっちの女の子2人です。置いてもらって大丈夫ですよ、俺がやりますから」
有地さんは慣れているんでしょうか? スイスイと皆の飲み物を各々の前へ。
「ありがとうございます……あの、玄十郎さんの?」
「あっはい、孫の
「以前話した事があったかな?
「コイツはワシの娘と一緒に穂織の外に住んでおるのですが、春祭りの間は志那都荘を手伝わせるつもりで娘がよこしたのですよ。それが武実神社の叢雨丸を引き抜きよりまして」
「……ああ。抜かれたのは噂ではなく本当だったんですか」
「今は私の家に住んで頂いています……ご挨拶が遅れました。武実神社の
あまり巫女姫と呼ばれるのは好きじゃないんですよね。外の出身の方なら違和感なく受け入れてもらえるでしょう。
「芳乃様のお手伝いをさせて頂いております、
『吾輩はムラサメなのだ』
「……ご丁寧に。改めて、ここの店主をしております不来方夕莉といいます」
今のやり取りに、違和感。立ち位置もそう。
ムラサメ様を避けるように移動し、ムラサメ様の声を聞いてから返答した。
つまりは。
「あの……不来方さんは、ムラサメ様が見えたり聞こえていたりしますか?」
「えっ?」
「芳乃様?」
「意味が分からない」とポカン顔をされてしまうかもしれませんし、穂織の文化を知っていらっしゃるなら普通に「見えないです」と返ってくるかもしれません。
ただ、あえて挨拶をされたムラサメ様の行動も気になります。試されたんじゃないかと。
果たして回答は。
「……はい」
「なんと!?」
「そうか。夕莉君にはムラサメ様が見えるのか」
『まさか、朝武でもないのにご主人とレナ以外で吾輩を見る事が出来る存在がおるとは……』
当たりでした。ひょっとしてこの方も憑代持ちなのか、あるいは。
「私も驚いています。これだけ血色のいい霊というのは久々ですし。その、こんなきばっ……独特な巫女装束なんて」
『今「奇抜」と言いかけたか!?』
「大分マイルドに言ってもらってるよ? その恰好で都会を歩いていたらコスプレ扱いだから」
『こすぷれとはなんだ! 失敬な! 吾輩のこの衣装は……いしょう、は……アレ? なんでこの格好をしとるんだったか?』
「今はその辺はどうでもいいですよ。やはり、そういったものがお見えになるので?」
『どうでもいいだと!?』
だって、ある程度好きに変えられるってお話だったじゃないですか。似た服売ってますよ?
「……そう、ですね。「やはり」という事はつまり、今日ここにお越しになったのは?」
元々ミステリアス系の雰囲気もあって明るい表情ではない感じでしたが、茉子の質問を聞いた限りはやっぱり。
「うん。夕莉君がそっち方面にあまり関わりたくなさそうである事は、私も理解しているつもりなんだが……他に縋れるものがなくてね。大変申し訳ないんだが話だけでも聞いてもらえないだろうか」
「一度だけ、ワシからもお願いできんじゃろうか? 夕莉君の負担が大きいのであれば、今後は控えてもらうようワシから安晴様に話をしますゆえ」
玄十郎さんがそう仰るという事は――相当の覚悟であり、不来方さんにも理由があるという事。
そんな状況を知った上でお話を聞いて頂くのは心苦しい所ではありますが。
「お願い、出来ますでしょうか?」
「………………分かり、ました。安晴さんや玄十郎さんにはお世話になっていますので。どんな協力が出来るかは分かりませんが」
「それだけで十分です。ありがとうございます」
『感謝するぞ』
という事で、濡鴉ノ巫女の主人公「不来方夕莉」の登場です。
夕莉達の物語からどのくらい経っているかなどは、後々分かります。
本作の主人公は基本的に芳乃ですが、夕莉の視点で書かれる場面もあります。
前作よりダブル主人公感は薄めになりそうです。
次は夕莉との会話です。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。