結局特別進んだ事がなかったので、新しい力を借りて。
今回もよろしくお願いします。
「これで主要な箇所は回られたかと」
「ありがとうございました。「小京都」と呼ばれるだけはありますね……撮影に使える?」
「何度か迷いそうになりました……」
『お主、1年以上穂織に住んでおるのだろう? しかも自宅周辺が一番迷いやすいではないか』
「あまり街中に車は入れられそうにありませんね」
田心屋で深紅さんが8割方の注文をペロっと平らげられてから数時間。
まだ夕方とまではいきませんが、それなりに日も傾いてきたころ。
スタート地点の田心屋に戻ってこられました。
隅から隅まで回ったわけではありませんから、メインとなる所と大まかな場所の把握だけなら数時間あれば回る事が出来るこの穂織。外の町と比べてどうなんでしょうね?
深紅さんの運転はどの町でも危ないと思うんですが……。
「町の配置も幽霊などに関係があったりするんですか?」
「さあ? サッパリですね。今回案内して頂いたのは純粋に立地の把握ですから」
何か分かった事があったのかと思いきや、意外な回答。
「勘違いをさせてしまっているかもですけど、別に私達は怨霊退治やら祟り祓いやらを専門にしているわけじゃないですよ? そういう才能を持ってしまっていて、経験する羽目になってしまっているだけです。単純に知識というなら放生さんか黒澤さんの方が詳しいと思いますよ。夕莉さんもこっちでそういうのをやっていたわけじゃないんでしょう?」
「ええ……密花さんと違って純粋に喫茶店だけだったから」
その気がなくても、そういったものを引き寄せてしまうから。
だから出来る限り自分からは近づかれない、という感じでしょうか。
今回の件は申し訳ないの一言ですから、早いうちに決着をつけないとですね。
「それにしても……ホントに人気者なんですね、巫女姫様。地元の人で目を向けなかった人はいなかったんじゃないですか? 私より他の人に注目が向くって経験は結構新鮮ですよ」
「ははは……」
穂織の広告塔みたいな扱いをされていますからね。どういうわけか一族が受け継いでいる銀髪ですから、穂織の方はすぐに分かる。茉子は黒髪なのに。
ムラサメ様も仰っていましたが、この穂織に限れば大女優である深羽さんより知名度があるかもしれません。変装を解かれたら話は別でしょうけれど。
「井山さんも穂織なら変装無しでも大丈夫なのでは?」
「「もし」が一つでもあると大変なんですよ。穂織の人はともかく外からの観光客は多いみたいですし。見つかった場合、私は平気でもお母さんがそういうの苦手なのは夕莉さんも知ってるでしょ。今日みたいなレベルでも割といっぱいいっぱいだから。夕莉さんは割と慣れたんですね?」
「霊に比べればずっと楽だから……」
「深羽、私は大丈夫」
「ならもっと前見て歩いてよ。何回壁に突っ込んでいきそうになってるの?」
『あれは単なる注意力散漫だったのか。妙に直角に曲がるとは思っておったが』
どうにも普段は気配を消せるらしい雛咲さん親子と不来方さんですけど、今日は私が居た事によって耳目を集めてしまった模様。
幸いというかですが、基本的には私が集めてしまっていましたからまだマシだったみたいですけど、深紅さんには少々辛かったようです。やっぱり茉子にお願いした方が良かったでしょうか。
そして不来方さんの日常が垣間見えました――群衆と幽霊が同レベルに見えるなんて……。
「あら、おかえりなさいませ巫女姫様。夕莉さんと井山さん達も。いかがでしたか?」
たまたまお店から馬庭さんが出てこられました。なんだかテカテカしていらっしゃいます。
「お昼は御馳走様でした、馬庭さん」
「空気が良くて街並みも綺麗で、いい所ですね」
「いえいえ! こちらこそ本当にありがとうございました! あれだけの食べっぷりを見せていただいて、頑固なウチの社長ですら感心しておりましたから」
後に伺った話、深紅さんが一人で食べられた量は20人前を優に超えていたとの事。
言いかけた感じ「全く食べなくても平気」なようですが、この見た目といい一体どういう体質なんでしょう?
「穂織には連休の間ご滞在に?」
「はい。知り合いと一緒に来ていますので、雪の家ではなく旅館に宿泊する形ですが」
「そうなんですね、是非ゆっくりとお楽しみください……巫女姫様や井山さんから伺っているとは思いますけれど、暗くなってから山に入るのは避けてくださいね。本当に迷いやすいので。こういうのもなんですが、どういうわけか迷い込まれる方が偶にいらっしゃいまして」
「首輪でもしておく? 手綱つきで」
「それでもいいけれど……」
『よいのか!?』
「深紅さん、そこは冗談ととらえてください」
天然? 深紅さんに冗談を言ってはいけないですね、私以上に真に受けられそうです。
さて馬庭さんがこう仰るという事は――小声で確認しておきましょう。
「お父さんから周知強化の連絡が?」
「はい。玄十郎さんも連名で町の接客系の商業施設には話が来ています。特にある程度町の運営に関わっている人員には、先日の小春ちゃんの件も話してあるそうです。特別事情をお話しする事は致しませんけど、話すタイミングがあれば付け加える程度には注意喚起する方向でして」
先日の小春さんの神隠し事件で、今の武実乃山が本当に「そう」なってしまっている事が判明しました。すぐに物理的に封鎖するのは不可能ですから、まずはこういった形になりますよね。
マヨイガとの関係は不明ですが、それも今ここに居る方々のお力を借りれば判明すると思いたいところです。
山に調査に入っている2人は無事なのかしら。大丈夫だろうけど。
♢♢♢
「ヘイラッシャイ! お控えなすって!」
「レナさん、それは板前さんの挨拶です。色々混じってしまっていますよ?」
『江戸であればこれでいいんだがの』
「普段の会話は問題ないのに、何故かこういう所は少しズレてしまっている所がございまして……大変失礼致しました」
「楽しい従業員さんですね。発音はすごく綺麗で」
放生さんたちにお会いするため、深羽さんたちに同行させてもらって志那都荘まで私もやってきました。ちなみに女将さんもレナさんも深羽さんの正体はご存じだそうです。
レナさん……今日聞いたお話では神様的な血を引いているかもなんですよね?
この賑やかさからはなかなか想像がつきませんけど。
そして女将さんからの今日の課題が増えそうです。頑張ってください。
放生さんたちは3階にご宿泊との事。ちなみに雛咲さん親子は最上階です。
深羽さんがドアをノックされて……鏡宮さんが出ていらっしゃいました。
「おかえりなさい。観光はいかがでした?」
「良い所ですよ。後で鏡宮さんも放生さんと回ったらどうですか?」
「先生はインドアですから……あ、麻生博士関係で連れ出せばいけるかも?」
「本当にインドアなら、夜の日上山に何度も足を運んだりしないと思いますよ?」
部屋の中では、放生さんがノートパソコンの画面とにらめっこをしてうんうん唸っていらっしゃいます。
「蓮さん、いかがですか?」
「……ん? ああ、夕莉か。ダメだな、霊的にどうとか以前に手持ちの方法じゃ手振れの補正が出来ん。持っているソフトはフリーのものしかないし、専用ソフトを買ったところで俺はこういう事の専門家じゃないからな。知り合いにも詳しい奴はいないし、正直お手上げだ」
実際に写真を撮った私たちがいるからどういう状況なのか分かりますけど、全く知らずに見たら何を写しているのかほとんどわかりませんからね。この文字だけでも奇跡的です。
そのおかげで安全な状態になっているという皮肉もあるようですけど。
「……なら、私の知り合いにお話をしてみましょうか?」
「深紅さんのですか?」
そこから提案を挙げられたのは、意外にも深紅さん。
デジタル関係には疎いと伺っていましたが?
「お母さんがお世話になってた、もう一人の「黒澤」さん?」
「そう。
「……あっ、そうだ。深紅さんの寄香を提供された方が」
とにかく写真の専門家の方が知り合いにいらっしゃるようです。それは心強いですね。
というか、町の外にネットワークをお持ちの方々は凄い。何らかの解決手段を持っておられる。
私も今回の件が終わったら、町の外に伝手を作るような事が……ある意味有地さんがそうなるんでしょうか?
「それでは、良ければ深紅さんからお願いをして頂いても?」
「はい。早速連絡して……深羽の電話は駄目よね?」
「また壊す気? 背後に大量の腕を背負った白い着物の女の人が壁紙になるのは嫌なんだけど」
「ホラー過ぎません……?」
「雛咲親子の傍にいるならそのくらいは慣れた方が良い。序の口だ」
『どんな心霊現象よりも心霊現象をしとるの』
「前は何故か「真冬」って赤文字で埋め尽くされたんですよね?」
「旅館のフロントのを借りましょう。携帯だと誰のでも怪しそうです。黒電話だといいですね」
単純に家電を壊すってレベルじゃありませんね……。
♢♢♢
「レナさんが、ですか」
「うん。今は深羽さんたちも予想の範疇みたいなんだけど」
「土着の神様の子孫ってなかなか聞かないなあ。トップの話は有名だけど」
「神話の時代を除いて、神様が人と共にお過ごしになる事はなかなかないからね。自然信仰というものが全体的に薄れてしまった今の時代では、特にそうだと言えてしまうかもしれないよ」
『罰当たりな事だ。こうして吾輩のような存在もおるというのに』
あれから。
深紅さんのお知り合いの方とは連絡がついて、明日の朝一でそちらに向かわれるとの事。
深紅さんはなかなかに忙しいスケジュールになってしまいました。本当なら少しはゆっくりして頂きたいところではありますが、ありがたい事です。
夕方前に私たちも解散して、神楽舞を奉納する前に茉子と有地さんも山から戻って来て。
みんな揃っての夕食を頂いている所です。
幽霊関係も祟り神関係も特に何も起こりませんでしたけど、濃い一日だったと言えるでしょう。
「茉子たちはどうだったの?」
「取り敢えず特別何か建物が見つかったとかはありません。地図的なものは作ってみました。後でお見せしますね」
『ご主人は何か感じたか?』
「新しくナニカってのはないよ。昔遊んだ時の事をちょっと思い出したくらい」
有地さんの昔……ああ、そういえば。
「毎年夏休みにこちらに来られていたんでしたか」
「うん。当時は廉太郎、小春、芦花姉と一緒に山の中で川遊びとかしててさ。ちょっと溺れかけたりとかもしたけど、地元じゃなかなか体験できない事をさせてもらったと思ってるよ。その時は武実神社も叢雨丸も全然知らなかったなあ」
「なかなか珍しいね? ウチに関する事をほとんど知らなかったというのは」
「父さんと母さんが二人で出掛ける際に預けられる場所って感じでしか思ってませんでしたから。あとは……祖父ちゃんに扱かれる期間、とか」
「「あー」」
私の巫女修行や茉子のくノ一修業が、有地さんにとっての「ここに来て竹刀を振るう」事になっていたと。それは確かに観光地としての穂織の事はあまり知らなさそうです。
『しかしよかったの。もしご主人が川で溺れて旅立っておったらご主人自身は勿論の事、色んな意味で現在が変わっておっただろう』
「あん時は芦花姉が居なかったらと思うとゾッとするよ。パニックになって川の砂利とか飲み込んじゃったりしてさ。幸いカナヅチにはなってないけど、ちょっとは警戒しちゃうかな」
本当に無事でよかったですね。
ただでさえいわくつきの土地なんですから、「もしも」があった場合は有地さんがその被害者として祀り上げられていたかもしれません。よりにもよって玄十郎さんのお孫さんですし。
幸い武実乃山で亡くなられた方は、少なくとも私は知らないけれど……。
……意外と特殊な状況だったりしません?
祟り神に関わって怪我をした例としてお父さんや有地さんが居るわけですけど、逆に「祟り神に関わっていない人で怪我した人は一人もいない」。
穂織の方には注意喚起していますから大丈夫だとして、迷い込んでしまった観光の方や、有地さんが捜す事になった迷子の男の子も怪我一つしていなかった。
先日の小春さんでさえ、ほぼ夜間で周囲も見えない山道だったにも関わらず草で足首を少し切った程度。
これは単なる偶然? ただ運がよかっただけなの?
山ってそこまで怪我人が出ないものなんでしょうか。整備されているならともかく。
「芳乃様?」
「えっ? あっうんごめんなさい。茉子、なんだった?」
「明日のお話ですよ。深紅さんは写真の解析でお出かけになられるとして、深羽さんや放生さんたちとどうされるかという。こちらの都合でわざわざここまで来て頂いたのですから、ご自由に観光なりをお楽しみくださいというのは失礼なのではないかと」
考えていて話を聞いてませんでしたね、これは失敬を。
明日の深羽さんたちの御予定……聞いていなかったですね。ひょっとすると不来方さんの所で過ごされる可能性もありますけど。とはいえ、能動的に何か出来るかというのも。
「放生さんには神社の過去の日誌や行事録とかを見て頂こうと思っているよ。個人的にも穂織の文化にはご興味があるとの事だったから、今回の件をご協力頂いているならそのお礼としてお見せできるものは準備するつもりでね」
という事は、鏡宮さんも一緒かな? なら予定が決まっていないのは深羽さんだけですか。
もう一人の黒澤さんの所へは「久々に直接会うんだから、しっかり叱られてきたら?」という事でしたから、特別理由があったという感じではなさそうでしたし。
となると。
「一度深羽さんにも、昼の武実乃山に入ってもらった方が良いのかしら」
「まあそうですね、いきなり夕刻や夜間の山に入るというのはあり得ないお話ですし。不来方さんと同じような体質をお持ちだというなら、あのマヨイガ辺りで感じられるものもあるのかもしれません。ワタシたちよりも幽霊関係の危険察知はずっと優れていらっしゃると思いますから」
『不来方には聞いておらんかったが、ああいった者達が普段の山に入った際には何が見えるのかのう?』
「その辺はデリケートな話だから聞けないよ。何かの際にポロッとこんな感じって聞く程度にしとくくらいがいいんじゃない? 取り敢えず明日は深羽さんを山に案内するとして……この場のメンバー全員で行く?」
まだ深羽さんの予定を聞いていませんけど、仮に予定を立てるとするならば――
「私は当事者ですから流石に同行すべきだと思うんです。ついでに祟り神の件についてもお話をする時間はあると思いますし」
「であればワタシもそちら側ですね。昼間の散策になりますから、叢雨丸を持ち出す必要は無いかと思います。怨霊に対しては……不来方さんを超えるエキスパートの様ですし」
「そっか。じゃあ俺はちょっと時間を貰おうかな、一回小春の様子も見ておきたいし」
『そうだな、しばらくは気にかけてやらねば。ご主人自身も息抜きはせねばならんぞ』
「皆決まった感じかな? 僕は放生さんのご予定を確認するために志那都荘へ電話を掛けてくる事にするよ」
じゃあ私も深羽さんの……携帯番号は知らないですね。流石に大女優さんのプライベートナンバーを私が知ってしまうのも問題がある気がします。
ここは不来方さん経由で確認してもらうのがいい感じでしょうか。
「私も不来方さん経由で聞いてもらってみるわね」
「よろしくお願いします、芳乃様」
さてと、履歴の一番上からリダイヤルっと。
『……はい、不来方です』
「あっ朝武芳乃です。夜分にすみません。今お時間大丈夫ですか?」
『大丈夫ですよ。何かあった……というわけではない感じですか?』
前回の私からのお電話は緊急事態でしたからね……。
「明日、深羽さんがどうされるかと思いまして。もしお時間があるようなら一度私と茉子で山の案内をしようと考えているのですけど」
『ああ。それなら今ここに来ていますから替わりま「あ、朝武さん? 雛咲です。私に何か御用でしたか?」』
喫茶・こずかたにいらっしゃったんですね。
そしてサラッと不来方さんの携帯を手に取られていく。話が早いのは助かりますけど。
「明日お時間があるなら、一度深羽さんを山にご案内しようと考えていまして。その際に私の事情などについてもお話する時間があるかと思いますから」
『あーそうですね、一回は昼間のうちに入っといた方が良いか。日上山の時はそれでひどい目に遭ったし』
何があったのかは聞かないでおきましょう。私の常識が壊れそうです。
『それじゃあ……9時くらいに夕莉さんの喫茶店で待ち合わせって事でいいです? 朝武さん達には申し訳ないんですけど、変装をしているとしても一人で出歩くのはあんまりよろしくないもので』
それは……そうですね。実際には穂織に存在しない方が一人現れているわけですし。
私と茉子が隠れ蓑になった方が良さそうです。
「分かりました。それでは私と茉子でそちらに伺わせてもらいます」
『それじゃあそういう事で、明日はお願いしますね。夕莉さんどうもでした「穂織にいる間用の携帯を一つ契約された方が良いんじゃあ?」どうしましょうね? 結局正体バラす事になりますし、こういうのに偽名も事務所も使えませんから』
芸能人の方は大変ですね。特に自分のプライベートを守るのに。
しかしまあ、一週間少々の滞在の為だけに新しく携帯を契約する発想がすごい。
そうして、不来方さんとの通話が切れました。
「明日は9時に喫茶・こずかたで深羽さんと合流して、その後山の案内……って事でいい? 茉子」
「承知しました。早めに家事を終わらせておきます」
『吾輩は……ご主人についておるか。下手に雛咲娘の傍におると成仏させられそうだ』
「笑い事じゃなさそうなのがすごいよね」
深紅が壁に突っ込んでいくのは操作性の問題。
黒澤怜は「刺青の聲」の主人公です。深紅の師匠とも義姉とも言えるでしょうか。
次は……明日ではなくもう少し夜のお話。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。