この日だけで5話あるわけですが……。
今回もよろしくお願いします。
「じゃあ俺は先に出るね」
『大丈夫とは思うが、お主らも気をつけてな。幽霊はともかく祟り神関連に射影機が通用するかは分からんのだから』
「ご忠告ありがとうございます。ムラサメ様」
「離脱の時間稼ぎくらいはワタシで何とかなるかと。まずはそもそもそんな状況に陥らないように努めます」
「玄十郎さん達に宜しくね。ムラサメ様、将臣君を宜しくお願い致します」
翌朝、昨夜の予定通りに有地さんがムラサメ様と一緒に志那都荘へ向かわれました。
7時くらいに遠くからスキール音が聞こえましたから、深紅さんはもう出られたんでしょうね。
たとえ深羽さんが同乗されてなくてもあの運転なんですか……。
「さて芳乃様、ワタシたちも支度をしましょう。安晴様、冷蔵庫の中に放生さんたちの分を含めた昼食を用意しておりますので、お手数ですがレンジで温めて頂いて召し上がってください」
「分かったよ、何時も色々準備してもらって申し訳ないね。心配ないだろうけど、二人も気をつけてね」
「お父さんも放生さんと鏡宮さんの邪魔をしないようにね」
お父さんと放生さんは比較的年齢が近い。
お父さんに腰が低くならない人で同性で歳が近いだなんて、まず間違いなく話が弾む。
鏡宮さんが居るから大丈夫だろうけど、その鏡宮さんの負担を増やすような事はしないでね?
♢♢♢
「やっぱり不思議ですねえ」
「いきなりどうしたの? 茉子」
「気付きませんか? ワタシたちが普通に不来方さんのお店に向かえているって事に」
「……あっ」
そうだ。茉子ですら何故か道を覚えられない不思議な道の先にある「喫茶・こずかた」。
私は2回ともみづはさんが居たから行く事が出来たけど、小春さんの友人の方たちは不来方さんの後を追えなかった。
今回はみづはさんが居ない。先日茉子だけで行く事はできているけど、なぜ行けるようになったのかは謎。確か不来方さんは「次は大丈夫」と仰っていましたか?
「以前が道だと思えなかったところが、今は普通に道だと認識できるんですよ。感覚的にはどちらも普通の筈なのに結果が違う。不思議な気分です」
「今回は不来方さんからある意味招待を受けているから? ムラサメ様も感じられていたけど、一種の結界でも張ってあるのかしら」
「接客のお店なのに人払いの結界はどうなんでしょうね?」
「まあ……それもそうね。今は大丈夫なんだし、一旦はいいんじゃないかしら」
「機会があったら伺ってみる事にしましょう。芳乃様のお部屋を同じように出来るとワタシとしても安心できるので」
ちょっと過保護じゃない? ムラサメ様もいらっしゃるんだから大丈夫よ。
さて、見えてきましたね。
ガチャン
「ごめん下さい」
「いらっしゃいま……芳乃さん、常陸さんも。おはようございます」
「おはようございます。巫女姫様、常陸さん」
「おはようございます。井山さんはもう到着されていましたか」
扉をくぐると。カウンターでカップを拭いてらっしゃる不来方さんと、井山雪さんモードに変装されている深羽さんが待っておられました――大女優を待たせちゃった!
「すみません、お待たせしてしまって」
「いや、まだ20分以上前ですよ? 私は1時間以上前からここで駄弁ってますし。2人も夕莉さんから何か頂いては?」
「それではお言葉に甘えて。ワタシはバニラのフレーバーコーヒーをチャレンジしてみたかったんですよね。芳乃様はどうされますか?」
「え? えっと……」
茉子がいつの間にかコーヒーのメニューを理解し始めてる……。
私が分かるのはカフェオレとカフェラテだけなのに! オレとラテの違いは分かんないですけど!
「宜しければこちらでご用意致しますよ? 昨晩から仕込んでいるものが一つありますから」
「……そ、それでお願いします……」
「巫女姫様用だったんですか、それ。手間のかかるものをやってるなとは思ってましたけど」
「一度は純粋に味わっていただきたいと思っていたので。勿論ミルクも付けますからご安心ください」
何だかわかりませんけど、結構ご準備が大変なものだったりします?
どうしよう、そんな良いコーヒーを淹れて頂いても私に味の違いが分かるか不安です。
「この感じは……「高級なコーヒーだったら緊張する!」みたいな顔ですか? 珈琲専門の店なら大体はありますよ」
「正解です、井山さん。なかなか芳乃様の心を読めていらっしゃいますね?」
私で遊ばないでください! そんなに私ってわかりやすいの!?
「まあこの穂織の文化が独特な上に、巫女姫様も立場が特殊ですから俗世に疎いのはあるんでしょうけど、そんなに肩肘張る必要ありませんよ。勝手にイメージを作られて余計に疲れますから。そういうのは私みたいな人間だけで十分です」
「やはり……そういったご苦労が?」
「それしかなかった、が正しいですね。演じるっていうのはそういう事ですから。今は多少なりイメージを誘導できる立場ですけど」
確かに。私は生まれた時から巫女姫になる事が決まっていて、子どもの頃からそれを知っていて、何となく「こういうもの」って巫女姫のイメージを引き継いで生きている所がある。
自分の為ではなく誰かの為。必要な場面や譲れないところでは本心を通すけれど、普段は「そうあるべき」自分を描いてここまで生活してきたのかもしれません。
ただ……大小有れど誰もが持っている感覚だと思っていたんですけど?
実際はそうでもないんでしょうか。
「井山さんは……仮に今の立場でなかったら「こうしてみたい」っていうのはあったりされるんですか?」
「いえ? 私には「何もありませんでした」から。だからこそ今の在り方が向いているんですよ」
「そんな事を言わないでください。今の貴女に「何もない」事はないでしょう? 芳乃さん、お待たせ致しました」
深羽さんからはちょっと気になるご回答が返ってきましたが?
今は不来方さんが入れて下さったコーヒーを頂きましょう。
手間のかかるものと聞いていましたが――これは?
「見た目は……普通のアイスコーヒーですか?」
「まずは一口、何も入れずに飲んでみてください」
あまりブラックでは飲まないんですけど、せっかくなので頂くとしましょう。
どれ、お味のほどは。
「……!? すごく、スッキリしてる。コーヒーの味に一切雑味がないというか」
「ダッチコーヒーと言って、海外ではコールドドリップとも言う「水出しコーヒー」になります。純粋にコーヒー豆を味わっていただくならこれが一番おススメなんです。抽出に時間がかかってしまうのが難点なんですけど」
「お水でコーヒーを抽出するんですか。それは時間がかかりそうですね。芳乃様、ワタシも一口頂いても?」
「あ、うん。どうぞ」
それでは失礼して、と茉子も一口。
「これは……ミルクを入れるのは勿体ないとすら感じますね。とても綺麗なコーヒーというか」
「ありがとうございます。どうしても時間はかかってしまうので、ご注文される方にお時間がある時に限ってしまうんですけど」
「このコーヒーを飲むと、インスタントを飲めなくなるのが難点なんですよね。色々重すぎて」
凄い。単にコーヒー豆に水やお湯を注ぐだけだと思っていたけど、これほどまでに違うなんて。
香りを飛ばす熱がない分香ばしさは控えめですけど、冷やし茶と同じ様に濁りがない。
焙煎の苦みはあるけど、それ以上にスッキリとした飲み味が舌に抵抗を感じさせない。このコーヒーなら私でもブラックで普通に飲めます。
「う~ん、こちらもコーヒーを飲んでいるのに甘味を口にしている気分になりますね。これは全種類を制覇させてもらわないと」
隣の茉子からも、コーヒーの香りに混じって優しいバニラのほのかな甘味が感じられます。
一言に「コーヒー」と言ってもいろんなものがあるんですね。
「さてと。飲みながらでいいんですけど簡単に予習させてもらっていいですか? あの山自体に変わった建物とか、いわく付きの何かがあるわけじゃないんですよね? マヨイガは別として」
雰囲気は変わりませんが、深羽さんから今日の本題についてのご質問を頂きました。
こちらもモードを切り替えましょう。
「そうですね、武実乃山の中で建物を見たのは先日のマヨイガが初めてです。山のいわくというか……祟り神が出るのが一部の例外を除いて山の中だけなので、そういう理由で特に「夜の山には入らないように」という事は周知しています」
「例外っていうのは、お医者様があの「憑代」ってのをどうこうしようとした時に出てきたってお話ですね?」
「はい。ワタシたちも祟り神退治を始めてそれなりの月日は経っていますし、先代からの話も聞いていますけど同じような例はないかと。ムラサメ様からは「穢れが溜まると山から下りてくる」とは聞いています」
私と茉子からの話を聞いて、深羽さんはうーむと。
「そこからして謎なんですよね」
「何がですか?」
「夕莉さんは不思議に思いません? 「憑代が山中にしかない」って事ですよ。仲居さんのケースは例外として、何で山の中限定なのかなと。私達の時の事を考えてください。起点があの場所にあったのはある種必然でしたけど……街まで下りてきましたよね?」
「……確かにそうですね。あの時は蓮さんに散々お世話になって」
「そこはまあ置いておいて。武実神社ってあの山を祀っているわけじゃないんですよね? そういうケースでも壁として機能するものなんですか?」
「それは……」
考えた事がなかったですね。神社なんだからそういった「穢れ」的なものを防ぐ効果があると思い込んでいましたが。
神社の境内が神域と呼ばれるのは一般的にも周知された概念、先日ネットで見た際にも神社の垣は現世と常世の壁だと学習しました。
ですが、レナさんのご先祖様や私たちのように人為的な手が加えられれば憑代は山から出る事が出来ていて。みづはさんの時には祟り神そのものが出現しました。
つまり、自力で「壁」は越えられないけど人為的に越えた場合は制約がなくなるのでしょうか。
にしても、深羽さんと不来方さんのお話は一体? 何だか具体的なようですが。
一先ず私の見解を。
「神社は存在自体が一種の垣根であるようなので、効果がないわけではないと思います。加えて武実神社で御神体として祀っている叢雨丸は「祟りの対応のために下賜された」物ですから、これもその一つに含まれるのかと」
「ムラサメ様のお話では……叢雨丸の使い手は祟り神に目の敵にされるそうなので、祟り神も認識はしているのかと。有地さんに武実神社に住んで頂いているのはそれが理由になります」
「あのコスプレ幽霊の情報かぁ……まあそれしか頼れるものもないですか」
深羽さんのムラサメ様への扱いが有地さん並みにヒドイ。
「まあ取り敢えず、神社が壁として機能していて憑代に宿っている祟り神なり犬神なりはその中でしか基本的に移動できない、と。なんで粉々になった後に山中に散ってしまったとか、考える事は多いですけど一先ず了解です」
「散った理由……」
すごいですね、色々と発想が出てくる。
私たちは祟り神に対する思い込みが多すぎるのかもしれません。
「で、私の本題はこっちですけど。怨霊がこれまでに出現した事は無くて、マヨイガも先日の件が初めて。山の中でそれっぽい建物があったりするわけでもない――で、いいんですよね? 夕莉さんですらそれらしいものは見た事が無かったと」
「そうですね。ムラサメ様を除いて特別何らかの念を宿しているような霊は見た事が無かったです。ただ……」
「ただ?」
「先日の鞍馬小春さんが神隠しに遭った際ですけど。朝武一族でも叢雨丸の使い手でもない玄十郎さんと小春さんのお2人も霊を見る事が出来ています。余程強いナニカに染まっているか、或いはお2人が私達寄りになってしまっているかもしれないですから。これまでの状況は恐らくアテにならないかと」
「……たしかに先日はお2人も見えていたんですよね。有地さんの懸念が現実になりましたか」
霊感が無くても見える霊。あるいは穂織の住人が幽霊を見られる体質になっている可能性。
初遭遇した時の私たちの事を考えると前者の可能性の方が高い気はしますが……。
つまりはそれ程に強力な霊か、穂織全体を変化させるほどのナニカが発生しているという事。
でも、祟り神以外に一体何がこの穂織に? 絶対霊や黄泉への扉のお話はありますけれど。
「そっか……切っ掛けは分からない事がありますからね。お母さんも生まれながらにそういった体質は強かったらしいんですけど、一時期消えて。その後にまた見えるようになってますから」
「深紅さんがですか? 初耳です」
「話してませんでしたからね、昨日の黒澤怜さんの話で思い出しました。復活した時は……多分周りからの影響を受けていたんだと」
「……という事は」
まさか、小春さんや玄十郎さんが「見える」ようになってしまったのは――射影機を使った私の?
「早合点しないでくださいね、巫女姫様。予想はあくまで予想、今深く悩んでも解決なんてしません。可能性として頭の片隅に置いておくだけで十分なんですよ。決めつけはせず、今はこういった事もあるかもしれないってケースを書き出す事に注力してください」
声のトーンは変わりませんけど、諫めるような深羽さんの言葉。
私の心の内はお見通しでしょうから叱られてしまった感じでしょうか。
何にしても思い込みが良くないのは事実だし、今それを考えても事態は好転しない。
気をつけないといけませんね。
「分かりました。ありがとうございます」
「ワタシも先代からそれらしい話がないか聞いてみる事にします。祟り神についてしか関心が向いていませんでしたから」
「それなんだけど……常陸さんは何でこの件に関わっている上にあのコスプレ霊まで見えているんですか? アレが見えるのって穂織の人だと朝武直系の一族、つまりは巫女姫だけの筈なんでしょう? かなり昔に巫女姫が姉妹で生まれたとか、貴女も憑代的な何かを持っているとか?」
ああ、この質問が来てしまいましたね。
これだけ頭の回る方なら、すぐにその疑問に行き着いて当然だったでしょう。
「……実は、ワタシの先祖は……芳乃様の先祖の兄にあたる人物なんです」
「……え? じゃあつまり」
「はい。私の先祖……当時の穂織の大名である朝武家の次男「朝武
「ワタシの血筋の元、になります。ご想像の通り、芳乃様の一族に犬神をけしかけた張本人である「朝武長男」と同一人物です。なのでワタシも一応朝武の直系になります」
流石に深羽さんも不来方さんも驚いている。
とはいえ、実は穂織の住民にはわりと知られている事です。
当主が斬首された事で姓を失い、それでもと贖罪の為に朝武家に仕え、新しい姓として「常陸」を授かった一族の末裔が茉子。当時の事はあったにしても、今までの常陸家の方々が代々朝武家に尽力してくださっているのは穂織の誰もが知っている事。差別も偏見もありません。
「はー、結構ややこしい事になっているんですね。朝武は二系統あると」
それを聞いた深羽さんの反応が割とフランク? そこまで大した事ではなかったんでしょうか。
「私も初めて聞きましたけど……そうなると他の事も考えないといけませんね」
「そうですね。予想外ではありましたけど、早めに聞けて正解でした」
「それは……ワタシにも何かがあるという事でしょうか?」
茉子は若干居心地悪そうに、そして不安そうに深羽さんに問いかけます。
「実際にどうなのかは分かりませんけど、仮に犬神を放ったのが伝承の通り朝武長男だったなら、芳乃さんは
「呪詛やら祟り神やらに「使われる」可能性が高いんですよ。怨霊だった場合を例にするなら「同調」しやすいですし、一般的なお話でも「呪詛返し」の対象になりますから。これ、怨霊よかそっちの方が比重大きくありません?」
「……え゛? ワタシが、ですか? おおぉ、考えてなかったですねえそんなパターンは……」
平静を取り繕っているみたいですけど、流石に動揺してる。
私が良くなったとしても、今度は茉子が……だめだめ、こういう考え方をしちゃ。
「あくまで可能性よ、茉子。もし祟り神に茉子を支配する魂胆があるのなら、今までみたいに茉子を襲ってきたりしていないんじゃない?」
「……まあ、たしかに」
「そうですね、これもあくまで可能性です。念のためにあのチビ幽霊には話しておいてください。何もしないよかマシでしょうから」
ムラサメ様がここに居たら、本当に祓われていたかもしれないですね。この扱いの雑さですよ。
「ま、取り敢えずこの辺で話を切りましょう。巫女姫様もそれを頂いちゃってください、水っぽくなると勿体ないですから」
「氷もコーヒーで作ってありますから大丈夫ですよ?」
ああっと、たしかにせっかくのコーヒーにあまり口を付けてなかった。
時間もありますから、やる事はやらないとですね。
「常陸さんも、言いにくかったでしょう事を話してくれてありがとうございました。お返しというのも変ですけど、一つ私のお話をしておきましょうか」
「「井山」さんの、ですか?」
「いえ。ここはきちんと「雛咲深羽」の、です。私のお母さんはお2人も知っての通り「雛咲深紅」ですけど……私のお父さんは「この世の存在ではありません」」
「「……は?」」
意味が……亡くなられている? 父親として認知したくないとか? 比喩表現ですよね?
茉子も分かっていないみたいですから反応としては普通のはず。
「言葉通りではありますけど、絶対に理解していただけませんよ? 深羽さん」
「そりゃそうでしょ。誰が「自分の父親が幽霊」って言われて「はいそうですか」になるんですか。そんなのはあの老婆共だけで十分ですよ。あ、これ三人分のお代です」
不来方さんを超える霊感体質に、雰囲気まで完全に変えられる女優の能力。
年齢不詳の美貌に底なしの胃袋もそうですけど――本当に雛咲さん親子って一体?
大名時代の朝武兄弟の名前はオリ設定です。
長男次男と言い続けるのに違和感があって……他にもいます。
水出しコーヒーはガチだと半日かかります。美味しいんですけどね。
零側のキャラ設定も少しずつお話に絡みます。
作中で紹介していきますので、その時までお待ちください。
次は昼の山中へ。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。