濡烏ノ巫女をプレイ済みの方はご存じの通り、
深羽は本来フレンドリーとは言い難い性格です。
彼女が自ら動くには一定の条件が必要という事で。
今回もよろしくお願いします。
「山に入るなんて久しぶりですね。あれから避けていたし、最近全然暇がなかったしなあ」
「やはりプライベートなお時間はほとんどないような感じですか? お仕事でスケジュールがパンパンの様な想像をしているんですが」
「忙しいのはプライベートの方です。お母さんでも使える家電を探すのが趣味なんですよ」
「そちらですか!?」
「仕事は詰まってはいますけど、NG出さなきゃいいんですよ。台本の読み込みは勿論しっかりやりますけど、私の特技は「誰にでもなれる」事ですから。監督なり脚本家なり演出家なり、周りの人間が求めている姿になる事は難しくありません――それが個人的にどれだけ歪であろうとも、ね。必要な量の自分を塗り潰すだけです。楽だとは思えませんからおススメはしません」
喫茶・こずかたから武実神社の前を通って、当初の予定通り武実乃山の中へ。
ちなみに不来方さんは深羽さんの為の携帯を契約してくるとの事で、お店もあって別行動。
ホントに携帯買う事にしたんですね……。
それにしても、最初に会った時も仰ってはいましたが。
「誰にでもなれる」って凄まじい才能ですよね。自分でない架空の存在を自然と演じる事がどれだけ難しいか。しかも膨大なスケジュールからプライベートな時間を捻出できるほどの高効率。
素人の私であろうと、それが尋常でない事は容易に想像がつきます。
それが……お父さん曰く「実力派」、すなわち完成度は極めて高いという事。
ご本人は何て事ないように語られましたけど、そんな事が出来てしまうからこそこの若さで「「大」女優」と呼ばれるんでしょう。
お話を伺った限り、深羽さんも不来方さんと同様に人や物の記憶を読む事が出来るようで。
望まれる姿が言葉や想像ではなく画として認識できるなら、これ以上ない再現精度。
ただそれを実際に行動に反映できるかは別のお話でしょうけれど。それも才能って事ですね。
「そういえば、今回穂織にいらっしゃるスケジュールは調整が利いたんですか? 不来方さんが骨董喫茶・くろさわにご連絡を差し上げた際、井山さんがお電話を取られたのは偶然だったようでしたし……ワタシたちがこう言うのもなんですが、かなり長期間を頂く事になってしまって」
「そうですね~なのでその場で調整しました。マネージャーに「10日くらい出かけるから」ってメールを送って、スマホの電源を切っておけば完了です」
「それは調整って言わないんじゃあ……」
なかなか無茶苦茶されますね……。
「絶対に調整不可能って状況ではなかったですし。これまで散々周りに合わせてきてあげたんですから、責められたら「攻める」だけです――ネタは豊富に持ち合わせていますので。本当に迷惑をかけてしまう人には別途話をしてありますからご安心を」
この人は、敵に回してはいけない、絶対に。
線引きはキチンとお持ちって事ですね。深羽さんも敬意払われるような方がいると。
「にしても……本当に「ただの山」ですね、あっちと比べてなんと平和な。常陸さんに描いていただいた地図を見て一目瞭然ではありましたけど、目印になりそうな特徴すら大してないとは」
「経緯も経緯でしたから。山道を整備すべきでないとしていましたので、獣道を除いてほぼ自然のままです。道と言えるのは歴代の巫女姫様たちが踏み固められた今の轍だけになるかと」
「これが夜になるとおかしな事になるんですけどね……」
昔は有地さんも遊びに来ていたという話の様に、ピクニックなり簡単な山遊びをする分にはそれなりに優秀な山なんですよね。川魚も釣れますし。
視界は決して良い部類ではないと思いますが、光が差している間は比較的迷いにくい。迷ったとしても今のご時世ではスマホが使えますから、現在地も以前より分かりやすい。
裾野は平坦ですけど、頂上へ向かう方向は特定の場所から一気に急登になりますから近づきにくい特徴もあります。
「そっちもそうなんですけど……
「と、仰いますと?」
「皆さんで言う所の「浮遊霊」が全然いません。夕莉さんから聞いたと思いますけど、霊がいるの自体はどんな土地だろうと自然で当たり前な事です。いない方が不自然なんですよ」
「そういえば、今までムラサメ様からもこういったお話は……」
ない。
ムラサメ様が幽霊を苦手にされている事は私たちもよく知っている。
苦手でいらっしゃるから私たちに話されなかった可能性もありますけど、そうであったなら多少なりとも山に入る事に抵抗があったはず。
だけど、ムラサメ様が反応されたのは今の件が初めて。つまり――
「武実乃山に、普段は幽霊がいない……?」
「って事になりますね。そしてそれは井山さん的に」
「不自然、を通り越して意図的かな? 武実神社が結界的な役割を果たしているとしても、それだと皆さんが遭遇した怨霊の存在が説明できないですね。普段は山に眠ってる霊が無理矢理起こされているような感じ? あり得ない事はないでしょうけど」
「祟り神が存在しているから、霊も出歩きたくないとか……とかは?」
「可能性はありますけど憶測の域を出ませんね。取り敢えず日中は安全とも言えるんでしょうけれど、とびきりの例外のお話がありますし」
「先日のマヨイガですね……そちらには後ほど向かうとして、一度お昼休憩は如何ですか? 近くに沢がありまして、単に山中で食べるより映えますから」
「そうですね。ではお言葉に甘えさせてもらいます」
甘えてしまっているのはこちらなんだと思いますが。
沢と言うと……以前有地さんや鞍馬君たちとも来たところですね。また遊べるといいんですが。
♢♢♢
「お料理上手ですね、巫女姫様と常陸さん。普段は化調塗れなので助かります」
「ありがとうございます。志那都荘でのお食事は別にして、ご希望であればいつでも作りますので」
言えない。卵を割るのすら怪しいなんて言えない。茉子どころか有地さんとも比較できない。
唯一絶対に勝っていると言えるのはお父さんだけ。台所の天井に穴を開けた事は私にはない。
代々常陸家にお世話になり過ぎているんですよね……お母さんも料理ダメだったし。
祟り神の件が終わったら私も練習しましょう。うん。
ホントに小さな川ではありますけど、きれいな水で魚も居ます。
先日初めて釣りをさせてもらった時は、魚というのがまさかあそこまでヌルヌルするものだとは思いませんでした。オマケに掴むとブルブル震える。
「井山さんはお生まれも都会だったんですか?」
「いえ? 田舎でも都会でもなくって所ですよ。まあ変なモノが見えていたのは子供の頃からだったので、山に入る事はほぼなかったかな? 見るだけならともかく連れてきてしまうと面倒で」
「……見るのは、大丈夫だったんですか?」
「あぁー夕莉さんを例えられてます? 多分あっちが普通で私がおかしいんでしょうね。さっきも言いましたけど「私にはなにもない」と思っていたので、自分がどうなろうと大して気にならなかったんですよ。それに私にとっては――幽霊より生きた人間の方が圧倒的に汚いですから」
初めてお会いした時から仰られていましたね、「自分には何もない」から「誰にでもなれる」と。
そこまで自分に興味が持てないというのも中々の感覚というか。
これほどの美貌なりをお持ちだというのに、逆になんとも思わなくなるんでしょうか。
そして人に対する印象は……以前有地さんが口にされた「人間が一番怖い」というのを彷彿とさせます。この辺りのお言葉と他のお話、不来方さんの例も考えられると――やめよう。失礼だし。
「巫女姫様も大変じゃありませんか? ここでの象徴的な存在っていうなら否応が無しにレッテルを貼られているでしょうし。私と違って逃げられなさそうですから」
「それは……」
普通なら「私の何が分かるんですか?」と思いそうなところではありますけど。
この人は重々理解した上で、私より更に衆目を集める立場にいらっしゃっている。その上での話。
多分、正確に私の心情を把握されている。
なら正直に話しましょう。
「内緒にしてくださいね? ……少し、窮屈ではあります」
「芳乃様……」
「ごめんね、茉子。こんな事を話せる人は穂織にはいないから、今回だけは許して」
茉子はお父さん以上に私のそばに居てくれている。
だから、私が「巫女姫」に対してどういった感情を持っているかもよく知っている。
一方で穂織において「巫女姫」がどういう存在であるか、私がその恩恵をどれだけ受けているかも私以上に理解してくれている。
よりにもよって、そんな茉子の前でこんな話をするのはなんだけど。
次がいつになるか分からないから。来るかどうかも分からないから。
その時まで、生きていられるか分からないから。
「生まれた時から巫女姫になる事は決まっていて。お母さんが亡くなって巫女姫を継ぐ事も、そのお務めも当然の事だとしか思っていなくて。それが当然とだけ思っていた時はよかったんですけど……ふと、本来の「朝武芳乃」ってなんなんだろう? って思う事はあります」
巫女姫ありきの朝武芳乃。
じゃあ、巫女姫でなかった朝武芳乃はどういった存在だったんだろう。
穂織に染まっていない「私」は、本当はどう生活したいんだろう?
人間誰しも、大小有れど「演じながら生きている」事は最近も考えましたが。
「自由」な私に――烏滸がましいですけど憧れがないわけでもありません。
「――なら、さっさと終わらせないと、ですね」
深羽さんがそんな事を仰られた。「終わらせる」って……。
「何をですか? 井山さん」
「私がここに来た理由と祟り神の件に決まっていますよ。
深羽さんのお話が、一体何を例えにされているかは分かりません。
ですが、多分深羽さんの一番の悩みだった何かに14年の月日をかけてでも取り組んで。
結果がどういう形だったのかは分かりませんけど、解決されたという事ですか。
「実の話、今回の件は夕莉さんが困ってるっぽかったですからここには来ましたけど、積極的に関わろうとは思ってませんでした。面倒事なのは事実ですし、私は正義の味方でもありませんし。でも……さっきの朝武さんは「真っすぐ」でしたから。久しぶりに見ました、そういう人。だからきちんと手伝いますよ、私も以前手伝ってもらった身ですからね」
「深羽さん……」
色々な方をご覧になられているでしょうから、多分他人に対しての信用が薄い……のかな。
ですけど、少しは認めてもらえたようです。この笑顔は多分演じられていない自然なもの。
「あ、常陸さんはまだ駄目ですよ? あなたの本性はムッツリ腹黒でしょ?」
「ちょっ!? いきなり何言い出すんですか深羽さん!?」
「え? だってあなたの自室の本棚の中段の漫画の後ろに隠してあるエr「わっ! わーーっ!! わああああっ!!!???」とまあこんな感じだし。ある意味正直なのかもだけど」
茉子が思わず「井山」さん呼びを忘れるほどの動揺――事実っぽいですね。
というか、他人の記憶ってそこまで詳細に見る事が出来るんですか?
「「忍び」っていうくらいだから外では仮面を付けて生きるのが本分なんでしょうけど、あなたも多少なり気楽に生きたら? 自宅で風呂上りは下着一枚で生活しているみたいに」
「ええっ!?」
「だからわざわざ口にしないでください! 芳乃様は今すぐ耳を塞いでさっきの話を忘れてください!!」
「上付けた方が良いですよ。若いうちはいいですけど、いつか後悔するかもですから」
「分かりました! 分かりましたから!! もうやだぁ!!!」
茉子、あなた……私の事を変態じみた本性みたいに言っておいて……。
早い話が正直者かつ内心をはっきり口にできる人が信用対象です。
本来なら将臣の役目を深羽が乗っ取ってしまいました。フラグがポキン。
本作では原作主人公の活躍が大分薄れてしまう……。
別に茉子は芳乃を変態だとは思っていません。
妄想も含め「自然と勘違いされやすいアクションが取れる主人」と思っているだけです。
次も山の中。ますます深羽が動きます。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。