一応蓮が部屋で資料を読みふけっているはずなのに。
今回もよろしくお願いします。
「おや、巫女姫様、常陸さんも。もう宜しいのですかな?」
「はい。ありがとうございました、玄十郎さん」
「お手数をおかけ致しました」
玄十郎さんは玄関ロビーにいらっしゃいました。お待ち頂いていた感じでしょうか。
「お部屋はわたしが掃除しておきますね、大旦那さん」
「いや、部屋については女将に伝えてくれればいい。リヒテナウアーさんは今日は休日だ。休む事も仕事の内だと覚えておくれ」
「わかりました! それと、ヨシノたちが大旦那さんにお話があるとの事で」
「ワシに、でございますか? なんなりと」
レナさんが話を繋げてくださいました。
さてどこからお話を始めるかですが……。
「どうにも、ワタシの身体が犬神の新たな憑代になったそうです」
そこから行く!? 一番説明が難しそうなのに!
「…………穏やかな話ではなさそうですな。お時間はまだ宜しいですか? ワシの部屋でお伺いするとしましょう、邪魔者は入りません故。すまんがリヒテナウアーさんも少しよいかな?」
ああ、これで雰囲気を変えられましたか。
こういう流れの作り方は、茉子にはかないませんね。
♢♢♢
二階にあった玄十郎さんの私室。私の部屋の雰囲気を更に侘び寂びに振ったかのような。
い草の香りが落ち着きますね。
「箇条で構いません故、見聞きされた事をお教えいただけますかな?」
「まずは端的にですが、先ほど申し上げた通りワタシが犬神の憑代……まあ犬神に乗っ取られる状態にある事、祟り神が居なくなった事でムラサメ様への信仰が薄れている可能性がある事、最後に残った玉石の欠片が普通に武実乃山に存在しているわけではない事。大きくはこの三つです」
「私たちでも半信半疑なのですが……」
「そこに至る何かが在られた、という事なのでしょう? ではそちらを詰めていかねばなりません。少々長くなりそうですな……リヒテナウアーさん、すまんがお茶と腹が膨れそうな茶菓子を板長にお願いできるかね?」
「承りましてございます! 少々お待ちくださいね!」
相当ショッキングなお話の筈ですが、流石冷静でいらっしゃいますね。
この冷静さに私たち朝武家はどれだけお世話になって来たのでしょう。
「さて、どこからが一番お話をしやすいですかな?」
「では時系列に沿って、ムラサメ様のお話を致します。まずきっかけとして、田心屋の馬庭さんが一瞬ではありますがムラサメ様をご覧になったという事です」
「彼女が、ですか? 確かに馬庭家にはそういったお力の話は聞きませんな。しかし、それがムラサメ様への信仰心が薄れる事とどう繋がるので?」
「それはこの後のお話にも繋がるんですが……犬神からその旨の話が出ました。姉君様のご加護を受けた「叢雨丸の管理者」ではなく、ただの霊になりつつあると」
流石に玄十郎さんのお顔が曇りました。
氏子総代であり、この穂織で最もムラサメ様を信仰されているお一人だろう玄十郎さんです。
信仰心が減っているというお話は、私たちとしてもいいお話ではありません。
「……犬神からその話が出たという事は、信仰心の低下は昨夜祟り神を祓う事から解放された事と繋がっている。そういう事でよろしいですかな?」
「御明察です。祟り神祓いが終わった事で叢雨丸の必要性、それに伴う信仰心が薄くなっているようです。それからこれは推測ですが……武実神社への参拝者が減った事も理由ではないのかと」
「昨夜ムラサメ様が気にかけて下さったという、「イベント化が間違いではなかった」というお言葉ですな? まさかこんな弊害が起こりうるとは……先程将臣が志那都荘を急ぎ発ったというのはそれに関する事でございましたか」
「ええ、今有地さんはムラサメ様を捜しに武実乃山へ向かって頂いています。17時までに発見できなければ、不来方さんたちにもご協力をお願いしてワタシも山に入るつもりです」
玄十郎さんのお顔がさらに曇られる。これは何を一番悩んでおられるのか……。
「今の時点では、最もムラサメ様に近い巫女姫様方や将臣にムラサメ様への信仰を示して頂くしかありませんな。あのイベントはすぐに戻せるものではございませんし、抜本的な解決法でもありません。ムラサメ様の捜索は……ワシでは何の力になれないのが情けない限りでございます」
「いえ、とんでもありません」
お話の通り、最もムラサメ様に近い私たちがしっかりと信仰心を示す事が大事ですね。
ムラサメ様が私たち以外の方にも見えるという話はまだ未確定。
確実に見える人が捜索に向かうべきでしょう。すぐに有地さんが発見されるかもしれませんし。
「では……俄かには信じられませんが、常陸さんと犬神の関係について伺いましょう」
「これはワタシには全く身に覚えがないものでして。芳乃様、よろしいですか?」
「勿論よ」
一先ず、これも時系列にお話しするとしましょう。
「田心屋を出て、馬庭さんがムラサメ様を見る事が出来た原因を茉子と話していた途中で突然声色が変わりまして……茉子から黒い獣耳が生えていました」
「ふぅむ、眠っている間ではなく突然でございますか。これは巫女姫様方と同じという事ですな」
「そして私にムラサメ様への信仰に関して少し話した後にここへ向かう形で誘導をしたのですが、獣耳を何とかできないかと尋ねたら……茉子が犬になりました」
「なんで一気にそんなファンシーな感じになるんでしょう……」
「それでわざわざこちらを訪ねて下さったと。やり方はともかく、寧ろ納得が出来る流れです。巫女姫様が理由もなくここへ犬をお連れになるとは思えませんでしたので」
玄十郎さんは特に疑われる事なく、真剣な表情のまま。話を続けましょう。
「元に戻った犬神から聞けた話はいくつかあるんですが……一番重要そうなのは有地さんとレナさんがお持ちの玉石以外の最後の一つが、普通に山の中にあるわけではなさそうとの事です。そうでなければ、もっと早く玉石は元の姿を取り戻していたと」
「全く予想がつきませんな。将臣の様なケースですらないとなると」
「今の時点では私も見当がつかなくて……これは犬神でも分からないとの事です」
啖呵は切りましたが……どうやって探しましょうね?
今の所思いつきもしません。
「他の話はいかかでしょう?」
「他は……有地さんから玉石を取り出す目途はついたんですが、相変わらず有地さんを「罪人」と呼んでいます。輪廻がどうと言っていたので、有地さん自身の事ではなさそうなのですが」
「となると……ワシも含めた鞍馬家一族の問題という事ですか。これについてはお任せ下され」
有地さんは玄十郎さんの――鞍馬一族の家系に入られるんですもんね。
私たちより玄十郎さんの方が詳しく調べられるでしょう。
コンコン
「大旦那さん、リヒテナウアーであります。宜しいでしょうか?」
「ああ、入っておくれ」
「失礼致します」
レナさんがお茶とお茶請けを持ってきてくださいました。
ああ……そういえばお昼を食べそこねていたんだった。
お腹が鳴らないように注意しないと。
「板長が餡子入りのヨモギ餅を持たせてくださいました! やわらかいですよ!」
「ありがとう、リヒテナウアーさん。君も頂いておくれ」
「ありがとうございます!」
ヨモギの良い香りが純和風の玄十郎さんのお部屋に広がります。茶室のようですね。
「お話の方は終わったのですか?」
「ええ。大体の流れはお話させていただきました」
「リヒテナウアーさんも犬神に会っているのかね?」
「はいであります。マサオミから「犬神が会いたがっている」とお電話をもらいまして、黒い犬耳の生えたマコと少しお話をさせてもらいました。わたしを「姉」と呼んでおりましたね」
「私には「死ねば終わる」なんて言うくせに、随分な差ですよ……」
「それは何のお話ですかな? 話に出ていなかったと思いますが」
あ、しまった。この話はしていなかったですね。
「私が怨霊の正体と原因について犬神に問いかけた際に……あの時の武者については朝武義和の側近の怨霊だとは答えてくれたんですが、現れ始めた理由は教えてもらえなくて。ただその時に、「一番早いのは私が自害する事だ」と」
「そんな大事なお話は最初に伝えてください。ワタシも聞いていませんよ? それ」
「ごめんなさい、ちょっと色々情報が溢れちゃってて。それと……やはり怨霊は元は穂織の住民だったようです。叢雨丸が通用しないのはその為みたいで」
ちょっと茉子に怒られちゃった。これは仕方がないですね。
「整理していただくためのこの場でありますからな、お詫びいただくには至りません。ワシも記録にとっておきますが、念のために巫女姫様も何かしら文字に残しておいてください。人はどうしても忘れていく生き物でございますので。後で将臣からも話を聞きましょう」
「わかりました」
「スマホのボイスメモも便利でありますよ? 聞き直すのが少々めんどくさいでありますけど」
使った事なかったですね、そんな機能。一度使ってみようかな。
柔らかくて美味しいですね、このヨモギ餅。いくつでも食べられそう。
「しかしその話の流れですと……怨霊と巫女姫様にも何らかの関係がある、という事ですか。昨夜現れた怨霊が朝武長男の側近だったとするならば、巫女姫様は復讐対象という見方もできなくはありませんからな」
「黄泉の門のお話も、長男本人の呪詛のお話もありますからね。瘴気がどうのというお話は不来方さんたちから解説して頂かないとちょっと難しそうですが……眠っていた幽霊が瘴気とやらに当てられて怨霊となり、特に朝武長男に近かった存在は芳乃様を襲ってくる、とかでしょうか?」
「どこまでも襲われるわね、私……」
「ファイトでありますよ、ヨシノ。あまりいい考えではないかもしれないですが……わたしと一緒に居れば襲われにくくなるのでは?」
えっ?
「犬神はわたしをお姉さんの「器」と呼んでいるのですよね? つまりわたしを傷つけたくはないはずです。なら、もしヨシノが危険かもしれない場にわたしも居たら犬神が守ってくれませんか?」
それは……レナさんが囮になる事とほぼ同義ですよ。
「その分レナさんに不要な危険が及ぶ事になります。それに、どうにも私も犬神と姉君様の加護らしきものはあるらしいですから。今はお気持ちだけで」
「わかりました。必要なら遠慮なく言って下さいね!」
本当に優しい方ですね、レナさんは。
別人とはいえ、なんだか犬神が慕うのも分かる気がします。
「一応行く場所に関係なく、巫女姫様と行動を共にする時はワシに一報を入れてもらってよいかな? 何かあったとしても動きやすいのでな。他に何かお話しできそうな事はございますか?」
「……そうですね。一度私も書き起こしてみようと思いますので、そこで新しい文言が出てきたらお伝えいたします」
「承知致しました。それでは一旦のお話はワシからみづはさんに連絡を入れましょう。それと……もしかすれば先程のお話の一つに回答が出来るかもしれません」
「「えっ!?」」
どのお話かわかりませんけど、もうご回答が!?
玄十郎さんはすっくと立たれて、床の間におかれていた――あれは。
「これを覚えておいでですかな?」
「小春さんを捜索した際にお持ちになっていた刀ですね」
「ツバがないサムライブレードも本当にあるのですね!
「「
小春さんが神隠しに遭われた際、鞍馬君が取りに戻ったシロモノでしたね。
この刀が一体? 玄十郎さんは少々悩み顔のようですが。
レナさんはなんでそんな事をご存じなので? ちなみにそちらは仕込み杖ですよ。
「……将臣が
その件の回答でしたか。失礼というのが分かりませんけれど……。
「ワシ共の先祖が「鞍馬」の姓を賜ったのは、この太刀にあやかったものだと伝わっております」
「その刀は朝武家からのものと聞きましたから、それを頂戴した際に?」
「恐らくは。問題はその姓を頂いた
「時期、ですか?」
報奨を頂くとなると、基本的には戦功をあげる事が該当しそうですよね。
つまりは隣国の侵攻の阻止か、内乱の鎮圧になりそうですが。
「鞍馬の先祖は「この太刀を賜って隣国を退けた」と伝わっています――つまり、ひと段落がついてから頂いたわけではなさそうなのですよ。みづはさんがお調べになった資料には、参戦した武将の中に「鞍馬」の名が既にあったそうです」
「……あれ? チャンバラを褒めてもらったわけではないのですか?」
じゃあ戦争の褒美ではないと。つまりは……。
「最も困窮しているであろう戦の前の時期に、大名直々に名もなき
「不思議でしょう、常陸さん。今代まで残る名刀、一振りでもお傍に置かれて戦に向かわれるのは自然に考える事。しかしこの刀はワシの先祖の手に渡り、しかも「鞍馬」の姓まで賜りました。それだけの勲功をそんな時期に為すなど、
戦争開始の前に、貴重である強力な武器と姓まで与えられるほどの何かを成した。
次男家は当時戦争の準備で物資に余裕なんてないはずです。名刀なんて普通は渡さない。
つまりは――名刀を渡してもいいほどの
鞍馬家の子孫が罪人と呼ばれる。
有地さんが罪人と呼ばれる。
叢雨丸の使い手が罪人と呼ばれる。
――姉君を狂わせた
「まさか」
「土地神様が叢雨丸を下賜されたのは、本当は朝武家ではなく……?」
「これ以上は憶測にすぎません。朝武家に失礼極まりないお話ですからな。ですがこんな考え方もできる、程度に思って頂ければと思います。将臣の謂れについて何も道筋がないよりは整理も付くでしょう」
「うぅ~~ん?」
憶測どころかほぼ確実じゃありませんか?
そこに至るさらに前の経緯のお話もありますけど、それ次第では犬神が有地さんを「罪人」呼ばわりしてくる理由にもかなりの納得感があるかもしれません。
Prrrrrrrr……
「ん? すみません、私のです――深羽さん?」
「取っていただければ。必要ならワシもお話に口を挟ませていただきます」
深羽さんからの直接電話は初。何かあったのでしょうか。失礼しましょう。
「はいもしもし、朝武芳乃です」
『雛咲です。夕莉さんのお店でおチビさんを保護したので、引き取りに来てもらっていいです?』
『とうとう吾輩は迷子にまで堕ちたのか……』
食べたはずのお餅がのどに詰まったかと思った。
鞍馬天狗≒鬼一法眼(牛若丸に剣を教えた僧侶)な感じです。
元ネタが室町時代の能だったとは知りませんでした。
次は喫茶・こずかたにて。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。