何も動いているのは芳乃達だけではないという事で。
今回もよろしくお願いします。
「申し訳ないね、夕莉君。こんな時間にお店を開けてもらって」
「大丈夫ですよ、みづはさん。いつもとそれほど変わりませんから」
「貴女はもう少し日常にバリエーションを持たせてください。お母さんよりマシだけど」
「夕莉も変わった方なんだがな。高校卒業の頃に比べればある程度喜怒哀楽が分かるんだから」
「先生なんて髭の量以外変わっていませんからね」
「まだまだ皆さんには人生を楽しんで頂く時間がございますよ。そういう波のない日々を嗜むのはワシのようなジジイだけで十分でございます」
私のお店を閉めるのは19時頃だけど、今は20時を過ぎた所。
武実神社から戻って来た後にみづはさんからお電話を頂いて、こうした人達が集まっている。
今頃安晴さんと芳乃さんは聖域に入るための儀式中のはず。夜は長そうだ。
「しかし宜しかったのですかな? リヒテナウアーさんは快諾致しましたので、こちらとしては問題ありませんでしたが……」
「こちらこそすみません。レナちゃんみたいに話しやすい子ってお母さんには特に貴重なんですよ。普段は限られた人としか会話の機会がないですし、新しい風を入れてあげないと昭和で時間が止まっちゃいますから」
深紅さんはレナさんと一緒に志那都荘のお部屋に。
深紅さんの世代とレナさんの少しズレた時代感が丁度よくかみ合うんだそうで。
深羽さんが深紅さんをお任せしているとなると、レナさんのお心は相当真っすぐなんだろう。
さてと。
「みづはさん、お待たせ致しました。ただ……出来る限りちゃんと寝てくださいね? こうしてカフェインレスでないものをお出ししておいてなんですが」
「ははは、まあ二徹くらいは大目に見ておくれよ。一応その成果は出ているんだし、今晩を使えばかなりマシになるだろうから」
「台本を読み込んでいると気付いたら朝になってますもんね。分かります」
「それが分かるのは深羽さんだけだ。それで……判明した情報とは? 穂織の外からのものもあると伺いましたが」
そう。みづはさんから連絡を頂いたのは穂織に関する新情報。
それが、なんと穂織の外から入手できたものもあるという事で。
「ええ、大学時代の知り合いから貰った情報です。日本各地の伝承や儀式を調べるのを趣味にしているやつでしてね。穂織に関するものや、似たような事例がないかを聞いてみていたんですよ」
学生時代、民俗学者になりたいという同級生を見た事が無かったけど、いる所にはいるらしい。
あの「渡会啓示」という方も、わざわざ日本に帰化されてまで調査に励まれていたくらいだ。
人によっては引きつけられるものがあるんだろう。
「これは……穂織の伝承の「表向き」のもの、でしたか?」
「そうですな、昔は海外の方に説明するのに少々苦労したものです。なかなか外国語に直すのが難しいもので」
みづはさんが出されたのは、やり取りされたのだろうメールの文面。
イヌツキの地となった穂織の表向きの経緯が記載されている。
今は穂織の真実、「朝武家の跡目争いを端に発した犬神の呪詛」由来の「イヌツキの地」を知っているから、あまりこちらに関して気にした事がない。
数百年前、傾国の美女ともいうべき存在が穂織の隣国に現れた。
その女は隣国の大名を誘惑し、隣国の大名は言われるがままに穂織に攻め入った。
落城寸前の穂織の大名が神に祈った結果、神からその女は妖であると教えられた。
その妖を討つための力を願い、穂織の大名に授けられたのが神刀「叢雨丸」。
穂織の大名は神刀を振るって妖の女を討ち、隣国の兵は敗走し、穂織に平和が戻った。
その時の戦いの余波で大地が割れ、湧き出したのが穂織の温泉。
しかし妖の女の恨みはイヌツキとして穂織の姫に残り、近づけば災いに巻き込まれると伝わった。
以来穂織の地は「イヌツキの地」と呼ばれて疎まれ、周辺との交流を失った穂織は独自の発展を遂げる事になる。
少々あり方は違うけど、大体の流れは「九尾の狐」に近いんだろうか。
傾国の美女、討たれて殺生石となり呪いを振り撒いた点は似ている気がする。
「真実を知っている我々にとって、この話はイヌツキの話を曲げるための作り物であるというのが前提に有りましたが……割と当てが外れているわけではないようなのです」
「こっちもそれなりに真実って事ですか?」
「可能性の域を出ませんが。この考えは盲点でした」
「俺達が聞いている内容に一致しなくて、一番フィクションというと……該当するのは」
「「妖の女」、ですか」
妖怪話になってくると、完全に私達も知らない分野になるけれど。
「傾城傾国の美女というのは例えのお話と思いますが、この周辺の土地に於いて占星術や陰陽道にそうとう詳しい人物が居た事は本当の様なんですよ。戦国中後期の時期において、穂織周辺の各大名家にそういった要素が取り入られ始めた傾向があるそうでして」
「成程、特定の大名家に所属していないなんらかの存在が周辺地域を回ったおったわけですか。戦の時代に身元不明の存在の言など、よく認められたものですな」
「
あまり日本史に詳しいわけではないけれど。
戦国時代、海外の文化の流入は非常に限られた地域だけの話だったはず。
その僅かな分の知識を得た大名によって、戦乱の世は大きく変わったのだから。
有名なのは鉄砲伝来だけど、宗教の布教目的などで日本に来た外国の方がいたのは知っている。
科学の分野においてはずっと先を行っていた知識を持っていた人達だ。当時の日本人にとっては信じられない事が多かっただろうけど、それが本当だと分かれば受け入れられたものもある。間違っていたら魔女狩りものだっただろう。
ただ占星術も陰陽道も起源は国外だけど、平安時代には日本に根付いていた文化だったような?
「当時の陰陽師という存在の立場は少々複雑でしてね。戦国に入るまでは
「へぇ~。陰陽師って聞くと平安時代まっしぐらでしたけど、そうでもなかったんですね」
「有名な氏族は名前を変えてしまっているからな。色々ごちゃごちゃしているせいで教科書ではまとめきれない。だから知られていないんだろう」
知らなかった。勉強になる。
ただまあ、今重要なのはそこではない。
「つまりは後に「妖の女」と呼ばれる陰陽師のようなどなたかが、穂織にも何らかの知恵を残されていると?」
「そういう事だよ夕莉君。そして穂織における陰陽師のような立場の存在に、その知恵が引き継がれていると考えられるとね。その役を担ったのが恐らく私の先祖なんだろう。もしかすると陽炎山や日上山にも関わっているかも、なんてのは考え過ぎかもだけれど」
「そうすると……それも妙な話ですな? みづはさんの先祖、駒川氏が陰陽道を修めていた事は伺っておりますが、大体その頃に医者としてお役目を変えられたのではありませんでしたかな?」
玄十郎さんのお話の通り、わざわざそういった大事な話を聞いたタイミングで駒川氏は陰陽師の職を辞し、医者の職に就いた事になる。内乱の気配に備えた可能性もあるかもしれないけれど。
違う。
「……ああ、逆なんですね?」
「知ってしまったが故に表向きだけでも役職を変えたか。あるいは変えざるを得ないような何かが起こったか、か」
「どっちもでしょう。実際にそこまで詳しい記録は残ってないんでしょうけど、大体の流れは分かりました――ここも「やらかした土地」の可能性がある、と」
「やらかし……ですか? 深羽さん」
「ごめんなさい駒川先生、こっちの話なので気にしないでください」
「……?」
深羽さんの言葉の意味が正確に分かるのは、多分この場では私だけ。
以前深羽さんと深紅さんからお話を伺った事があるから。私も過去を視た事がある。
――「黄泉の門」を封印する儀、それに失敗している。
妖の女も、隣国との戦争も、内乱も、犬神も、朝武長男の話も全部本当ではあるけれど。
これで全部じゃない。まだあった。それも特大の厄ネタが。
当時の人達は、門を完全には閉じられなかったのか。
「それともう一つ。家中の資料という資料を全部ひっくり返した結果、奇跡的に一枚だけ挟まっていたものです」
今度はクリアファイルに挟まれた、古い和紙に墨で描かれたであろう何かの図。
これは。
「……穂織の、昔の地図、でしょうか?」
累さんの仰る通り、そんな風に見える。
今の世の様に詳細に描かれているわけではない。軍議の地図のようにキチンと区分けや武将の名が描き加えられているわけでもない。
山の様なものと、城と、田んぼと、池と、道。そして土地の名を示していたんだろう何か。
だけど……あまりにもボロボロだ。
虫食いではないのだろうけれど、穴は開いているし文字も掠れている。
「これが何を示しているのかはまだ分かりませんが……今までも古文書関連は見つけてきたものの、こんなものは出て来ていなかったんですよ。何かがあるのではないかと思って持って来たのですが、劣化が激しくあまり触る事も出来ません」
仮に戦国の物だったとしたら500年前の紙だ、それは仕方がない話。
普通だったらここから情報を読み取るのは簡単な事じゃない。正確さも薄れるだろう。
だけど、破れてしまう前にみづはさんがここに持ってきてくれたのは幸運だったかもしれない。
同じ考えに行き着いていたらしい彼女は、既にゴソゴソとカバンを漁り始めている。
「あの……深羽さん? 一体何を?」
「私達の領分だって事ですよ、駒川先生。本当なら夕莉さんのやつの方がいいんだろうけど、朝武さんに貸してるんならまあこっちで。多分いけるでしょ――夕莉さん、お願いできます? 私はまだ休憩中なもので」
「分かりました。預かりますね」
出されたのは水無月さんからお借りしている射影機。
こちらは本来怨霊払い用のようだけれど、寄香を辿るのに慣れている私なら多分問題ない。
地図自体の大きさはある程度あるけれど、撮影されるサイズはL判より小さい。
まずは全体を撮って――いけるか。念のために一四式で。
バシャッ
射影機から取り出された写真は、「今は」普通の、ありのままの姿。
だけど感じるものはあった。なら恐らく……ああ。
「みづはさん、こちらを」
「…………これも、
「昔の有様を引き出されたという事ですかな? このような使い方も出来るとは」
元の写真の姿が、まるで焼かれていくかのように塗り潰されて下絵が現れていく。
虫食いは無くなり、凡そ文字も鮮明になった地図が写真に写された。
これがこの地図の本来の在り方。
鮮明にはなったものの、昔の字である事には変わらないから読む事はできない。
だけど二つ、明らかに目立つ物を見つける事が出来た。太い線の文字だ。
「夕莉。拡大出来そうか?」
「深紅さんの方が綺麗に写されると思いますけど……やってみます」
彼女は純粋なカメラマンとしてもセミプロ級だ。レンズやメンテにも詳しいから色々教わった。
射影機は接写向きじゃないからピントの調整が難しいのだけれど……なんとかしてみないと。
より強い呼び戻しの要領ならいけるはずだ。この地図は私達に何かを伝えようとしている。
その意思をくみ取れば。
バシャッ バシャッ
「…………そちらは如何ですか?」
「ピンボケなし、いい感じで。それでもパッと見分からないですけどね。こんな字あったっけ?」
なんとかいけた。
そこに、私でもギリギリ読めそうな気になる文字が二つ。両方同じ文字か?
「これは……なんでしょう? 読みづらい……「山」と「主」の二文字でいいんでしょうか?」
「いや、これで一字で封印の「封」の
「放生さん現代作家じゃなかった? こっち側に転向したら?」
深羽さんはこのタイミングで蓮さんを刺さないであげてください。
「…………お待ち下され。この字が書かれている場所は、まさか?」
「わざわざそんな文字を地図上に記すという事は――」
二枚の写真が示している場所。最初の一枚だとより分かりやすい。
一か所は山の中腹と思わしきところ、もう一か所は山の麓。
デフォルメされたような感じではあるけれど、ひょっとして。
「――山の中のは、「マヨイガ」の場所で」
「麓にあるのは「武実神社」ってとこなのかな? この時代には神社がまだなくて、上から建てたのが今の武実神社の原形と。うわ~いよいよだわ」
そんな風に見える。
となってくると、武実神社が建立された理由というのは。
「そんなものが私の家に残っていたとなると……ますますさっきまでの話と合わせてしまうと待っていられませんね。もうないかもしれませんが、まだあるかもしれない。もう少し捲ってみる事にしますよ」
蓮さんの解読された文字の事も合わせれば、何かしら関わっていますと言っているようなもの。
確かにこれは徹夜も辞さないかもしれない。あの頃の私なら既に日上山に向かっていそう。
「知らない歴史があるものですな。表に出ていなかったか、ワシ達が目を向けていなかっただけかもしれませんが」
「オーナーさんの刀みたいに畏れ多くて出していないだけなのかもしれないですよ? 朝武さんから軽く聞いただけですけど、叢雨丸って直接朝武家が手に入れた物じゃないかもらしいですね?」
「それは……本当なんですか? 玄十郎さん」
「口伝程度ですよ、と言いたいところですがみづはさんに誤魔化しは効きませんな。将臣が犬神に「罪人」扱いされている理由はそこにあるやも、という所です。それが最初だったのかどうかは結局分かりませぬ」
私も軽くは聞いたものの驚いた。てっきり穂織の大名だった朝武家が最初に手にしたとばかり。
でも実際には鞍馬家の先祖の可能性が高い事が分かった。短絡的な考えはよくない。
「どうしますか? 先生。お預かりしている武実神社の日誌の解読をしている間に、どんどん新情報をご提供いただいていますが。私は明日も居ないんですよ?」
「随分棘のある言い方だな、別にサボっているわけじゃないだろう? さっきも旧字は読めたんだし、この場で話すくらいのネタなら持てているんだぞ。拗ねるな」
「確か……麻生博士が当時の武実神社の神主と会話された時の、でしたか?」
芳乃さんと蓮さんが「呼び戻し」で見つけたらしい、明治時代の武実神社の日誌。
麻生博士からの「質問」を備忘の形で記していたと聞いていた。
「ああ。早い話、この頃の穂織では既に陽炎山や日上山の文化は失伝している。当時の神主曰く「聞いた事がない話だが、もしかしたら関係があるかもしれないから残しておく」といったような内容だからな。ちなみにムラサメさんは麻生博士に発見されているようだぞ。緑色の髪の少女に関する質問も残されていた」
「でも……それっておかしくありません? 陽炎山と日上山の繋がりは幕末くらいまではあったって話ですし、日上山での
「恐らくなんですけど、意図的なものですよ。「木を隠すなら森」というやつです」
黄泉の門を封印する手段、技術、方法を、意図的に隠した。
累さん曰く「木を隠すなら森」。木は黄泉の門に関する知識、なら森は――
「犬神、祟り神関連に紛れさせて失伝させたか、或いは混じってしまって消え去ったのか、ですか。知ってしまって封印に関するものに触れてしまうより、表舞台から消してしまう事を選んだ可能性がありそうですね」
「将臣のような叢雨丸の使い手が未来に現れる事を想定していなかった、という事になりそうですな。知らなければ口を滑らせる心配もなくなります故」
つまり、明治以前の武実神社の神主はそれだけ危険視をしていたという事で。
「武実神社にも……なにかある、と」
「それが明日判明するかどうかだな。聖域とやらで得られる情報の話もあるが、封の字が書かれた場所候補として、夕莉の自転車を寄香にマヨイガへ踏み込む事も現実的な話になってきた。辿りつけるかどうかわからんが、日程を考えると明日挑むか。俺はこれまで絶対霊とやらに遭遇した事がないんだが……どうにかなりそうなのか?」
「いや
「勘弁してくれ……アレらが慕っているのは俺じゃないぞ、絶対に」
あの二人……片方はともかく、
守護霊扱いしていい存在なのかはちょっと疑問なのだけれど。
「そのマヨイガの探索のお話なんですが……明日向かわれるというなら私も同行させていただいても? 当時の資料を回収できれば、更に真相に近づけるかもしれません」
「来る事自体は止めませんけど、最悪冗談抜きで現世に帰ってこられなくなりますよ? 特に駒川先生はあちら側への耐性がないでしょうし、昨日徹夜なんでしょう? 覚悟して下さいね」
「肝に銘じておきます。さて今から代役を誰かに頼めるかな、診療所を空には出来ませんし」
「ワシが手配しておきましょう、そのくらいの事しかできませぬ故。後でご連絡致します。皆様、くれぐれもお気をつけてお向かい下さい」
「いらっしゃるのなら今晩はしっかり寝てくださいね? 疲労に関してはどうにもなりません」
「全くだね。美味しいコーヒーを頂いてからなんだけど、なんとか眠る事にするよ。お化け屋敷で眠ってそのままあちら側というのは御免被りたいからね。玄十郎さん、よろしくお願い致します」
「鏡宮さんもお母さんをお願いしますね。ほっとくとフラフラ消えちゃいますから、必要ならリードでも付けてください」
「私にあらぬ噂が立てられそうなので、他の手段を考えさせてもらいますよ。サポートはお任せください。伊達に先生の世話を見ていませんから」
これで私達側も明日からの方針が決まったか。
後は武実神社でなにが見られるか、ね。
相変わらずどれが誰の台詞か分かりにくい……。
射影機万能説です。知りたい事を全部写してくれそう。
麻生博士はとんでもない物を残していきました。
次から本チャプターのメインになります。
加えてチャプター5の最終日です。たった2日に何話使うやら。
次回も楽しんで頂けると嬉しいです。