零 ~イヌツキの少女達~   作:もふもふたぬきねこ

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長い一日の始まりです。終わるのに何話あるのやら……。

この辺りは「零」臭が強くなっていきます。ホラー要素は大してないはず?
展開に応じて解説は行っていく形です。

それでは今回もよろしくお願いします。


42. 穂織の『永久花(トコシエバナ)

「芳乃、大丈夫かい?」

 

「さすがにちょっと足は痺れているけど大丈夫……お手洗いはダメ?」

 

「事が済むまでは我慢しておくれ。気持ちは僕も分かるけどね」

 

お父さんは一晩中祈祷を続けて、私は大体座布団に座っていただけではあるんだけど。

休憩があったとはいえ、流石に一回で数時間の正座はキツイ。幸い眠気は飛ばしてくれますが。

 

お腹は空いたし喉も乾いたし、何よりトイレに行きたい。

これから聖域に入るというのに何を考えているのやら。

 

神楽殿の外、境内は既に明るくなり始めていて。大体5時頃ですか。

茉子、ムラサメ様、有地さんがもうお待ちになっています。

茉子からジェスチャーで「今から中に入るんですか?」的なものを。取り敢えず頷いておこう。

 

「それじゃあ行くとしようか。そう広い場所ではないはずだから」

 

お父さんは燭台と蠟燭を準備。中は真っ暗なのかしら。

 

 

 

「…………なんだか不思議な感じ。長い間閉じられていたのよね? あまりにも空気が」

 

「そうだね、澄んでいるし蜘蛛の巣とかもないし、柱や壁が朽ちたような様子もない。まるで時間が止まっていたかのようだよ」

 

神楽殿の裏から階段を降りて、聖域と呼ばれているエリアへ。

中は想像以上に真っ暗。まったく外の明かりが入って来ない。

 

だから空気も淀んでいるものだと思っていたのだけど……全然そんな感じがしない。

木造の床に積もった埃もなければ、劣化した柱もない。

かなり綺麗なままの状態を保っているみたい。

 

コツコツと、私とお父さんが歩く音だけが廊下に鳴り響く。

 

不思議な構造をしている。

箱を何重にも重ねて、中心に向かう様に一本の廊下が階段の形で通っているような。

箱と箱の間には空間があるけれど、何かが置いてあるわけでもない。

これが結界を保持するための構造なのかしら。

 

逆さピラミッドのように、徐々に下に降りて行っているような。

だから外からじゃ大きさが分からなかったのかな。

 

 

 

何度目かの箱の入り口を通過して。

 

 

 

「ここが……最後かな」

 

お父さんが立ち止まる。

 

今までのシンプルな木戸とは明らかに違う意匠が施された扉。

確かに何かが違うみたい。流石に片手だと大変そう。

 

「芳乃、お願いできるかい?」

 

「うん」

 

 

ガラガラガラガラ

 

 

取っ手を両手で持って、扉を開ける。その感触はあっけなかった。

建築されて数百年は経っているはずなのに、拍子抜けするほどスムーズに横へスライドした扉。

 

特に何か大きな像とか、もので埋め尽くされているとかはない。ガランしていたその空間。

だけど部屋の中央にポツンと置かれた直方体の木枠。長さは大体2メートル。

 

その中には。

 

「…………ここが、その場所だったかい」

 

「ムラサメ様……」

 

 

 

蓋の空いた木棺に横たわった――ムラサメ様の「本体(お身体)」。

全くミイラ化とかはされていない。ただただ眠っておられるだけのような。

そして傍には一つの封書。一体何が記載されているのでしょう。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

『灯台下暗しとでも言うのかの? まさか吾輩の身体が武実神社の聖域にあったとは……』

 

「どっちかだとは思っていたけど、マシな方でよかったわよ。もう一方だったら連れて帰るの一苦労なんてもんじゃなさそうだったし。にしても、500年もすっぽんぽんで風邪ってひかないのね」

 

『すっぽんぽん言うでない! わりと恥ずかしいのだぞ!? 肉体的には吾輩も乙女だ! 聖域に向かったのがご主人でなくて本当によかったぞ』

 

「ロリでつるぺたは守備範囲外なんだよなあ……」

 

「日上山では水の中でしたよね? 聖域そのものに柩籠(ひつぎかご)の技術を用いているんでしょうか?」

 

「可能性としてはな。穂織に水を祀る文化はないらしいが、陽炎山と日上山では柩籠と(はこ)は水と密接に関係していた。ここにも関わっているのなら、何かしらの方法で応用したんだろうさ」

 

「その応用をした人物が……」

 

私とお父さんが聖域から戻ったところで、境内にいらっしゃったのは有地さん、ムラサメ様、茉子の三人だけではなくて。

不来方さん、深羽さん、放生さん、そしてみづはさんの四人も居らっしゃっていました。

御挨拶を――と思ったんですが、まずはお手洗いに直行。締まりませんね……。

 

失礼ながら、私とお父さんは茉子の作ってくれた朝食を頂きながらお話に参加させてもらっています。腹が減っては戦は出来ませんから。

 

私たちが中で見たものを皆さんにお伝えして。

有地さんと茉子は「えっ!?」となって。ムラサメ様はコメントされて。

一方でいらしていただいた四人は比較的落ち着かれている。何か分かっていたんでしょうか?

 

深羽さんのすっぽんぽんコメントは場を和らげようとしてくださったんですよね?

本心じゃありませんよね? 井山さんモードではありますけどミスマッチ感が凄い。

あと有地さんはそういうお考えは心の中に閉まっておいてください。つるぺたってなんです?

 

「実は、昨日ウチの資料の中でこちらが見つかりまして」

 

「それを夕莉さんが射影機で撮った結果がこっちの写真です」

 

みづはさんが見せてくれたものは、昔の穂織の地図らしきもの。かなりボロボロですね。

で、それを不来方さんが射影機で撮ったらこうなったと――どういう原理なんですか?

地形はザックリとした感じですけど、山の形は大体分かるでしょうか。たしかに武実乃山っぽい。

 

そしてそこに書かれていた、見慣れない文字が二か所。

 

「…………封の字、ですか。それが武実乃山の中と、おそらく此処と」

 

「流石神主さん、分かるんですね。コレに関して昨晩夕莉さんのお店で会議をしてたんですよ」

 

これで「封」なんだ。ただ、だとして武実神社は何を封じているの? 叢雨丸? ムラサメ様?

それにこの山の中のものも。流石に黄泉の門とやらは二か所もありませんよね?

 

「先程ワタシたちも説明を頂いた所なんですが、山の中の「封」の字はマヨイガを示しているのではないか、との予測を立てられているそうです。その事に直接関わっているかどうかまではまだ分かりませんが、ここに穂織の「表向きの歴史」が関与している可能性があるそうで」

 

「表向きの歴史って……「妖の女伝説」って事?」

 

「どこの九尾伝説だよって思ってたけどね。本当に妖怪かどうかはともかく「妖の女」ポジの人は実在していた可能性があるんだって。で、それに関わっていたのが」

 

「駒川の先祖という事になりそうなんですよ、芳乃様。今日はそれを確かめに来た所だったんですが……まさか聖域でムラサメ様のお身体が見つかるなんて」

 

私たちの知らないところでも色々お話を進めて頂いていた御様子。本当にありがたい事です。

これでまた新しい事実が判明したわけですけど、今分かっている事と紐付けていかないと。

 

「…………ムラサメさん、「(あや)」とは君の事か?」

 

『その名を誰かから呼ばれるのは本当に久々だな。そうだ、人だった頃の吾輩の名だよ』

 

ムラサメ様の管理者としてのお力が弱まったのが原因か、放生さんはかなりはっきりムラサメ様を見る事が出来るようになったとの事。会話も普通に可能なんだそうで。

放生さんには先ほどまで聖域から回収してきた封書を読んで頂いていました。

ちなみに私じゃ欠片も読めませんでした――だってやっぱりミミズの字なんですもん。

 

ムラサメ様の本名は「綾」さんと仰るんですか。

何となくそちらの方が似合っている気がします。ムラサメ様も本当に懐かしそうな。

 

「その紙にムラサメ様の事が記されているんですか?」

 

「まあそういう事だ。あらすじとしては「神の刀を現世で機能させるために、自ら身を差し出してくれた「綾」という娘を柱として立て、その肉体を守る「匪」をこの地に築き、各々を以てこの地の守りとする」、大体はそんなところだ。こっちは比較的読みやすくて助かるな」

 

「神社の聖域そのものが一つの匪だと。あっちと比べて随分大きくなりましたね」

 

『吾輩自身も「守り」なのか? 神力を……神の身体とは言え、鉄である叢雨丸に宿すための橋渡しとしての役割だけなのだと思っておったが』

 

「だとしたら、ムラサメちゃん自身が使える「神力」に説明がつかないんじゃない? どうみても使い手を補助するための能力でしょ」

 

『それはそうだな。誰に教えてもらったわけでもなく使えておるわけだしの』

 

確かに。

有地さんの仰る通り、ムラサメ様は叢雨丸に神力を宿す以外にも「神力を散らして目くらましを放つ」、「使い手に神力を強制的に注ぐ」といった事ができます。加えて叢雨丸の使い手である有地さんの居場所をある程度把握する事も可能。

 

叢雨丸の使い手を選ぶのは()()()()()。ムラサメ様が選ばれるわけではないと伺っていました。

なら、単に神の力を刀に繋ぐだけの存在ではないでしょう。神の言葉の代弁者というのはありえるかもしれないですけど。

 

「それで……放生さん。「大体は」ムラサメ様と叢雨丸についてとの事でしたが?」

 

「ええ。その後にムラサメさんへの礼と、後悔と、懸念と……名と花押が記されています」

 

お父さんの話を受けて、放生さんが後半のお話をして下さる。

紙をこちらに見せてくださいました。結局読めないんですけどね。

 

『礼は受け取るが……後悔と、懸念とな?』

 

「後悔に関しては、それしか方法がなかったとはいえ年若い娘を半永久的に現世に縛り付ける事になったという事だ。こういう役職の人間にしては随分と真っ当らしい」

 

「本当ですね。目的の為なら凶行も厭わない皆さんとは随分な違いですよ」

 

『そこまで悔いてもらわずともよかったんだがな。吾輩は自ら申し出たわけだし』

 

深羽さんの例えはなんなんです? ムラサメ様のご意見は、まあ……。

 

「それで蓮さん。懸念というのは?」

 

「昨晩俺達が話していた事と同じなのかどうかだが……「アレ」が穂織に滅びを招く様なものだと考えたくない、そんなところだ。「アレ」とは何なのか具体的には記されていないが、時系列を整理するなら叢雨丸はこの時点で機能している。犬神の話は隣国の侵攻と同時、或いは後の事だ。つまり可能性としては」

 

「本来の目的は、伺っていた例の「黄泉の門」という事ですか……という事は、叢雨丸だけでなくやはりムラサメ様自身も黄泉の門の封印を成していた、と?」

 

「かもしれませんが、この時点では「考えたくない」という事です。機能させられるかどうかも半信半疑だったんでしょう。あくまでムラサメさんは神の力を刀に宿すためのもの。封印として機能したのは結果論だったのかもしれません」

 

となると。

 

「妖の女に該当する方から「黄泉の門」らしきもののお話は聞いていたけれど、この紙を書いた時点では実際にあるかどうかは判断できず。それとは別に隣国を退ける手段か何かの為にムラサメ様を柱として立てられている。それが結果的に祟り神祓いや黄泉の門の封印を担う事になった……一旦の仮定はそれでいいんですか?」

 

「やっぱり優秀だな。累とアシスタントを代わってもらうか」

 

「芳乃様、家事は全く出来ませんよ? 卵を割るのすら危ない有様です」

 

「ちなみに卵焼きには砂糖を入れて、目玉焼きは醤油派だそうで」

 

「放生さんの作家人生も崩壊すると思いますよ。世話になっている間は気付かないってこの事ですよね、私もサチさんに感謝しないと」

 

茉子と有地さん、今その説明要った? 鏡宮さんはお疲れ様です。

 

『で、それを記録として残したのがここの文字の人物か。見覚えがあるな』

 

「そうですね。当時の文字について、この文字だけなら読めるようになったのかもしれません」

 

私たちも解読結果を見せてもらったから、どういう流れで訳せるかはわかる。

この文字は。

 

「…………「駒川」、ですか」

 

そう口にされるみづはさんの表情は非常に複雑そう。

マヨイガの資料らしき話だけでなく、ムラサメ様を人柱として立てた事にも繋がっていたのですから。でも、恐らくそれで穂織は救われているんですよ。

 

「この下にある文字が名前ですか? 読めないのを通り越してぐちゃぐちゃにしか見えないんですけど」

 

「面倒だが、こっちは天倉さんに協力してもらって解読をする必要があるな。とにかくこの人物がこの書の筆記主であり、ムラサメさんを柱に立て、妖の女と思わしき人物から何かしらの情報を得た張本人なんだろう。この写真の怨霊とも関係があるかもしれない」

 

放生さんがカバンから取り出された一枚の写真は、「例の写真」が補正されたもの。

中央に写った、祈祷師のような感じに見えなくもない謎の霊。

この人物とあの絶対霊が同じ人物なのかどうかは分かりませんけど、おそらくみづはさんのご先祖様と何らかの関係がある。

 

「情報を得られたのはいいタイミング、なんですかね? この紙も寄香にはしない方が良さそうですけど。筆記主が亡くなっているのは確定ですし」

 

「どうでしょう? あの写真よりは安全だと思いますけど。今の時点で私のマウンテンバイクは寄香としては弱いようですから」

 

「影見に関しては君らの方が遥かに上手いからな、それについてはお任せする。俺は精々雑魚散らしに専念させてもらうよ」

 

「私が件の関係者の子孫だとしたら、より私自身も何らかの役に立つでしょう。有効活用して頂ければ」

 

大体の道筋が得られたと事で不来方さんと深羽さん、そして放生さんとみづはさんまでそんな事を仰る……まさか。

 

「今から山に――あのマヨイガとやらに向かわれるおつもりですか? みづはさんまで?」

 

「そのつもりです、安晴様。医者が危険な場所に自ら足を運ぶのは色々と問題がありますが、今回は「駒川家の一族」として関わらせてもらいます。血縁者が関わっているというならば、役に立てる事もあるでしょう。ご承知願います」

 

「危険すぎます! あの絶対霊が現れる可能性もあるんですよ!? 叢雨丸も効果があるかどうか」

 

「そこは朝武さんの仰る通り、夕莉さんが「あれは絶対霊」って言う以上は極めて危険なんですよね。行く面子は考える必要があります。ただまあ、おチビさんはそもそもグロッキーでしょ? 今の状態じゃ使える使えない以前にマヨイガに辿りつけませんよ」

 

『うぐっ……まあ単なる幽霊にすら抵抗できん有様だからな。武実神社から出れるかどうかも怪しいか』

 

「となると、俺も役に立たなさそうなんだよなあ。以前常陸さんに言われたみたいに肉壁の意味しかなさそう」

 

鏡石(かがみいし)がないと、アレに触れられた時点で魂が身体から剥離させられると思いますけど……それでも大丈夫ですか?」

 

「それ即死ですよね!? 大丈夫じゃないですって! 不来方さんもそのままストップかけてください!」

 

「かがみいし」というのが何なのか分かりませんけど、まあアレに接触したら末路は想像しやすいです。なかなか不来方さんはお茶目……いや、天然?

 

正直なお話、私は祟り神以外相手では多分邪魔にしかならない。

とは言っても、このまま皆さんを山に向かわせるなんて。

 

 

 

「――では、ワタシが同行させてもらいます」

 

「……茉子? あなたも何を」

 

止めてくれるんじゃないの? まさか参加側だなんて。

 

 

 

「常陸さんの場合は……単なる無謀じゃなさそうね?」

 

「はい、勿論。これでも新しい「犬神の憑代」ですので簡単にやられる事はないでしょう。単純なサバイバル能力も有地さんより上だという自負はありますから。本来の目的がなんだったのかは分かりませんけど、一度はマヨイガに入れた身です。ワタシが招かれている可能性もあるでしょう。犬神を宿してしまっている以上、逆に拒否される側かもしれませんが……」

 

「茉子君、僕達は君をそんな風に思っては」

 

「まあまあ安晴様、その辺りは重々理解しているつもりです。ただワタシもこれまでの慣習に従う以外に穂織に貢献できそうな機会が得られたんです。少しワガママを言わせてください。ひょっとすると犬神が怨霊を嫌って出て行ってくれるかもしれませんし」

 

最後の一言は後付けよね? そんな事考えなくてもいいのに。

いつもの微笑みを絶やしていない茉子だけど、こうなると私以上に頑固な茉子。

何を言っても考えを変える気はなさそう。

 

茉子が行くなら、今現在射影機を持っている私だって当然。

 

「もう……では茉子とみづはさん、放生さんは確定なんですね? 私も射影機をお借りしている身ですから同行させてもらいます。不来方さんと深羽さんは、お二人とも?」

 

射影機は後一台しかない。お二人のどちらかしか使用できない事になる。

そう私が言うと、二人が顔を見合わせて――なんだか不来方さんは「マジですか」的な顔をして?

 

「……私は一度マヨイガに辿りついていますし、実際にあの絶対霊にも遭遇していますから。戦力にはなるでしょう」

 

「という事で、今回「私」は参加しません。お母さんと一緒に居てくれてる鏡宮さんのサポートも必要かもですし。それに関して一個相談があるんですけど、朝武さん――ちょっと耳、貸してくれません?」

 

「はい? なんでしょうか」

 

深紅さんが居らっしゃらないと思ったら、鏡宮さんと行動されているんですか。

しかし、それに関して私に相談ってなんでしょう?

 

「井山さん」モードであっても超美形には違いない深羽さんに、耳元で囁かれるのはちょっと緊張が――

 

 

 

 

 

 

『一 緒 に 、 終 わ っ て く れ ま す か ? 』




見直しの段階で作者すら誰の台詞か迷う状況になっています。
あまり気にせずにお読みください。

次は芳乃でも夕莉でもない視点です。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。
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