零 ~イヌツキの少女達~   作:もふもふたぬきねこ

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サブタイで内容バレバレ。

今回もよろしくお願いします。


45. 怨霊名「自戒する女」

ワタシが吹っ飛ばした壁の向こうには。

 

「ここが……例の」

 

あの時いきなり飛ばされた例の書庫に。隠し部屋的に塞がれていただけで隣にあったんですか。

となると、普通に歩いて行ったらかなりの距離を進む必要がありましたね。いいショートカット。

 

「夕莉、絶対霊の気配は?」

 

「今の所は。怨霊って爆発音に寄って来たりはしないんでしょうか?」

 

「知らん。試した奴もいないだろう。精々ビビってくれた事を祈るさ」

 

あの時はじっくり観察する時間もありませんでしたが……すごい数ですね。

今と違って印刷する道具も鉛筆もない墨の手書きで、戦国時代によくまあこんなに。

 

「みづはさん、さっきまでの「声」は大丈夫ですか?」

 

「ええ、今の所は聞こえなくなりました。放生さんの仰る通り、常陸さんの火遁に驚いて逃げてしまったのかもしれません」

 

「一石二鳥ですね」

 

だとしたら、いい防御手段が判明したじゃないですか。似たようなのは使えそうですね。

……なんです? お二人とも、そのジト目は。

 

「さて、せっかくこの写真があるんだ。これに一致する景色を探すのが早いだろう」

 

放生さんが懐から取り出されたのは、この場所を撮ったとみられる例の写真の修正版。

「駒川」と書かれた冊子はこの写真に写っていたものですからね。同じ場所を見つけられれば同じ部分に落ちていそうです。

 

とはいえ。

 

「この中から探すのは……ちょっと大変そうですね」

 

「当時の時代背景を考えれば、一か所にこれ程の書物が集まっているなんてありえないよ。全部が全部中身入りというわけではないんじゃないかな?」

 

「大半は虚構、という事ですか……そのようですね、白紙か。部屋の役割を示しているようだな」

 

仮に全部本物だったら、現代では失われてしまっている文化的重要書物とかも余裕で含まれていそうな本の山山山。某魔法学校の特殊な部屋を思い浮かべますね。

 

 

 

マヨイガの中ではありますが、現時点では怨霊の気配が何故かしないという事で散開して部屋を捜索する事に。写真に壁は写っていませんから部屋の隅ではなさそうですけど、板目はランダムなので方向までは分かりません。

 

とにかく探し回るしかないですか。他の皆さんから離れすぎないようにしないと。

 

「う~ん……」

 

見つかりませんねえ。

写真自体は一枚しかありませんので、あまりよろしい行動ではないそうですがスマホで撮影をしてその画像を見ながら探してはいるものの、似たような景色が多すぎる。

本の山の高さもほぼ一緒なんですよね。これをヒントにはしない方が良さそうです。

 

「『白児』…………毎回そうですけど、いきなり乗っ取らないでくれません?」

 

今まで頭の中で声だけ響いていただけだったのに、今回は口と喉を乗っ取られました。

ワタシの声の筈なのに若干ハスキー声で気持ち悪い。一体何の用なんですかね……ぐえっ!

 

「『此方へ進め』。首の骨を折る気ですか? まったく……」

 

全身乗っ取って来るよりマシですけど、力づくで首を曲げないで欲しいです。

あちら側……同じような光景が続いているようですが?

 

まあ今の所正解の場所に辿りついてはいませんし、無駄な事も言ってこないでしょうからとりあえず従うとしましょう。

 

コツコツと、ワタシの放つ足音だけが耳に入って。

似たような景色を横目に前へ進み続ける。

 

やっぱりこの光景も実物じゃないんですよね?

前回入った時に感じた広さもそうですけど、この部屋だけでもあり得ないほど広大です。

暗いのも相まってもはや迷路の有様。

 

って。

 

 

 

「…………げっ。『この先か』」

 

芳乃様や不来方さんたちみたいな霊感は、ワタシにはないはずなんですが。

 

 

 

明らかに瘴気らしきものを内側から放っている扉が。この先にあるものを想像したくない。

 

 

 

コレ絶対ヤバイやつですよね?

浴びたら怨霊に触れられるよりも恐ろしい結末が確信できるオーラ的なナニカ。

 

とにかく不来方さんたちや芳乃様にも知らせ……。

 

「――しまった」

 

ここ、方向も距離もぐちゃぐちゃなんですか。

自分の意思で歩いていないせいか気が散って、歩数も覚えていない。

 

現在位置が把握できない。他の皆さんの居場所も感知できない。叫んでどうにかなるか?

同じ部屋の中の筈なのに、単純な部屋の筈なのに、ワタシだけ迷ってしまったかのような。

犬神が連れてきたせいですか? 忍者が迷子だなんて御免被りたいんですけどね!?

 

「『面倒なのが来るぞ』ちゃんと固有名詞を口にしてください!」

 

嫌な気配はビンビンし始めていますけど、結局具体的にナニカ分からないじゃないですか!

 

――まあ、もう考える必要もありませんけど。ここでお出ましですかぁ。

 

 

 

 

 

ギ ギ ギ ギ ギ ギ ギ…………

 

 

 

『花     水     光     贄      門』

 

 

 

 

 

 

明らかに呪詛らしきものを放っていた観音扉がゆっくり開き。

その内側から、あの時の「絶対霊」が。改めて見てもバケモノとしか表現のしようがない。

心拍数が跳ね上がり、一方で体温は急激に低下していく。恐怖より狂気に飲まれそうな空気。

 

前回遭遇した時は芳乃様を引っ叩きましたねえ、初めてだったと思いますが。

今の芳乃様にやろうものなら、色んな意味で遥かにヤバい気がする。特に社会的に。

 

って、そんなのは後! 逃げないといけないのは当然ですけど、皆さんに知らせないと!

声じゃ方角が不明確か……ここは閃光弾を!!

 

「『…………白児を失うのは惜しいか』」

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「すごい本の数」

 

あまり図書館に行った事はないけれど、それと比較しても負けていない気がする。

整理されていない雑多な状態だから、なおさら多量さを助長する。

この中から切り取られた一か所を探すのはなかなか大変そうだ。

 

「あの本も「隠れてしまっている」可能性はあるでしょうか?」

 

「なんともだな。朝武さんが偶然撮った一枚に写り込んでいたわけだが、偶然って事は半分「無意識」の産物だ。ならば意図的に隠れようとした物でも写り込んでいる可能性は十分にある。俺達は射影機を構えながら探す事にしよう」

 

「分かりました……茉子はどの辺りを見ているのかしら?」

 

「たかが書庫の筈なのに迷ってしまいそうですね。少しでも明かりがあると助かったんですが」

 

それぞれの声が少し遠くから聞こえてくる。居場所を示すのは電灯の光が反射した僅かなもの。

明かりを消してしまったら、何も見えないだろう部屋の暗さ。

光源を失ったら行動不能になる。スマホでは射影機を構えにくい。気を配らないといけない。

 

「みづはさん、体調は大丈夫ですか?」

 

「判断に迷う所だね。何もしてなかったら体温が低下していそうだけど、不謹慎ながら今はこの光景に少し興奮している所もある。一旦身体の重さとかは感じないよ。ふふ、医者が体調の心配をされてしまうなんて」

 

「一応飲まれておいた方が良いんじゃないですか?」

 

「実は万葉丸の味自体も興味があったんですよ。年若い女の子の顔があれだけ渋い表情になる程のものとなると、気になってしまいまして」

 

ああ、鞍馬さんが飲まれた時の事か。たしかに彼女のように若い女性にはかなりキツイ。

……いや、私が初めて飲んだ時にそんな変な味を感じただろうか? 既にその時には味覚が……やめよう、ためになるものはなさそうだ。濃い珈琲に慣れ過ぎていたせいという事にしておこう。

 

みづはさんは特に現状(あちら側)に耐性がないはず。芳乃さんの提案に乗っておくべきだろう。

みづはさんの元に合流する。

 

「それではこちらを」

 

「うん、ありがとう。それでは……っ!? こっ、これは、また、色んな意味で刺激的だね。薬草茶を濃縮するとこんな感じになる…………?」

 

てっきり万葉丸の味の感想だけになると思っていたけど、なんだが様子が?

 

「どうされましたか?」

 

「……先程まで聞こえていなかった例の「声」が、少しだけど遠くからまた聞こえるようになった。万葉丸のおかげなのか?」

 

私には、その場に居ただけで霊体が剥離していくという経験は恐らくした事がない。

過去、最も「あちら側」になっていたのは『(クロ)(サワ)』だろうけれど、幸い無事だった。

()()が私を戻してくれただけなのかもしれない。寸前まで穴に飲まれると思ったし。

誘われたという意味では、彼岸湖(ひがんこ)で助けてもらった時の事だろうか。意識がなかったはずだから。

 

いけない。まずはみづはさんの確認をしておかないと。

 

「あまり意識を向けるべきではないんですが……何と言っているかは分かりますか?」

 

「少し待っておくれ……「もん」……「にえお」…………「みず」……「はなもり」…………「ちる」? そんなところだと思うが」

 

「その辺りにしておきましょう。みづはさんがどうなってしまうか分かりません」

 

「そうですね、貴重な情報そうではありますが、私に欲張りが出来る余裕はなさそうです……なんだか急激に背筋が寒くなってきた気がします。薬を頂いたばかりなのに」

 

こちらに合流された芳乃さんからのご意見で、耳を傾けるのはここまでに。その方が正しい。

霊感はないはずのみづはさんだけが聞き取れる謎の言葉。血縁者ないしなにかしらの縁がある可能性は高そうだ。メモだけしっかり残しておこう。

 

気配は……嫌な気はしてくる。単体の霊のものというより、マヨイガ全体の質が変わったような。

 

「ちょっと来てくれ」

 

蓮さんからお呼び出し。何か見つけられたのかな。

 

「どうされたんですか?」

 

「多分ここが写真の……おい待て、常陸さんはどうした?」

 

「「「!?」」」

 

彼女の姿がない。いち早くここに現れていそうなのに。近くを捜索されていたわけじゃない?

 

まさか。

 

「何か来ます!」

 

芳乃さんが何かを感じ取られて、私も何かを把握した。分かっていたけど体験したくない現象。

直後、少し離れた所に花火を凝縮したような白い光が放たれる。

 

 

 

そのわずかな時間の光に照らされて見えたのは。忘れようもない――来たか。

 

 

 

「……あの時の絶対霊ですね。間違いなく同じ存在です」

 

「みづはさんは絶対に前に出ないでください。出来るだけ床を見られるように」

 

「申し訳ありませんがそうさせて頂きます……声の主はアレのようですね。猛烈に寒気がしてきました。鳥肌がひどい」

 

「あの閃光を放ったのは常陸さんか……つまりヤツの狙いは彼女ではないのか。とにかく一回あっち側に回らないと、常陸さんの安否が確認できん」

 

常陸さんの事も勿論心配だけど、まず目の前の状況に対処しなければならない。

射影機のフィラメントは眩しいほどに明滅している。触れられたら確実に鏡石は砕かれそうだ。

 

 

 

狩衣(かりぎぬ)というやつだろうか。写真のものより幾分か飾っているように見える。

平安貴族が身につけていそうな和装服。安晴さんの神主装束の柄をシンプルにしたような。

元の色は恐らく白なんだろうけれど、何かの影響なのかドス黒く侵蝕されているかの如く。

顔は……水分が飛んだかのような、のっぺりとした、髑髏に薄皮が張られただけの相貌。

 

日上山でもこんな存在は見た事がない。

そして。

 

 

 

『はなをちらせてはならぬ。みずをあたえなければならぬ。ひかりをちらせてはならぬ。にえをささげなければ。もんをとじなければ』

 

 

 

表に出てきたせいか、私にも聞こえるようになった。

後悔の念? 義務の念? 贄を捧げると言っている時点で誰かが狙われるのは間違いない。

どうにかしたいところではある、けれど。

 

「……夕莉、いけそうか? 俺じゃ仮に零式でも効果がなさそうだ、認識が途切れ途切れになる」

 

「私もさっきから見てはいますけど似たような感じです。「圧」を使えば下げる事は出来るんだと思いますけど……この場で倒せるとは思わない方が良いかと」

 

前回遭遇した時は、九〇式フィルムと強化レンズの力で無理矢理後ろへ押しのけただけ。

アレの霊体を損耗させられたかと言うと、恐らく全くさせられていない。

今装填してあるのは前回と同じく九〇式。これで効かなければ合計3枚しかない零式を切らざるを得なくなる。霊片を増やせる可能性が低い以上、一撃の威力にかけるしかない。

 

 

 

――迷っている時間はない!

 

 

 

「一度撮ります!」

 

これ以上接近されると、特にみづはさんが不味い。

とにかく一度下げる!

 

 

バシァャン!!!

 

 

「……霊片が殆ど飛びませんね。随分と丈夫な身体です」

 

「アレに通用してるだけでも十分だと思いますよ。私は見ていなくても気配だけで正気が削られそうです。形を成した恐怖といったところですか」

 

「夕莉、「圧」はあと何回使える?」

 

「この場は二回が限界です」

 

前回と同じ、後ろに下げる事はできた。

けどそれだけだ。根本的な解決には全く繋がっていない。

右手は無意識に九〇式から零式への換装を始めている。実際それが正しいんだろう。

 

「……あちら側に閃光が上がった以上、常陸さんは向こうにいる可能性が高い。分かれてあちら側へ回り込もう。それでアイツが誰を狙っているかもわかる」

 

「不来方さんはみづはさんをお願いします。私と一緒だと目的がどちらか分かりませんから」

 

「極めて危険な行為ですが……わかりました。芳乃様、決して無理をなさらぬよう」

 

「それではみづはさんはこちらに。あの本の山から回り込みましょう」

 

蓮さん、芳乃さん、私とみづはさんの三組に別れて。

一体誰に向かってくる?

 

 

 

『ひめよ、そのみを。つぐものよ、せきを。あのもののちを、かなたに。おちからを』

 

 

 

「芳乃様!」

 

「分かっています。人外に大人気なんですね、巫女姫って。全く嬉しくありません」

 

「駒川先生ではなく朝武さん狙いなのか? ……とにかく回り込むぞ。大して効果は無いだろうが、七四式で撮影を何度かやってみる。夕莉は零式で構えていてくれ」

 

「分かりました。みづはさんは前を見ないようにしていてください」

 

随分冷静な芳乃さんですね。私並みに怨霊を見慣れていそうな気配があります。バレますよ。

 

「ひめ」は多分芳乃さん、ないし穂織の巫女姫として。

「つぐもの」とはなんだ? 「あのもののち」……後? 地? 血?

考えるのは後だ。今は芳乃さんが狙われる対象である事が分かっただけでも十分。

 

零式が効くかどうかは分からない。後は絶対霊相手にシャッターチャンスが狙えるか否か。

これで通じなかった場合、私はお手上げになる。他が効くと信じたい。

 

 

 

『ひめよ、わかのひめよ、そのみを。はなにおちからを』

 

 

ババババシャン!!!!

 

 

「…………ダメだな。分かってるだろうが、全く霊片が飛ばん。俺じゃフィルムの無駄だ。ついでに景色がモノトーンになってきた」

 

「背後からも気持ち悪い気配がしてきますね」

 

「振り向いてみるとよく分かりますよ……日上山でもこんなの見た事がありません」

 

「一体、この穂織に何があると……」

 

常陸さんが居たと思われる方向へ回り込みながら徐々に後退して。自然と合流して。

いつの間にかこの広大な部屋の壁。

 

 

 

そこに、明らかによろしくなさそうな場所へ通じていそうな観音扉が無ければよかったのに。

 

 

 

「茉子は退避済みでしたか。よかったです」

 

「そうですね。となると次の目標は」

 

「彼女が開けてくれた穴だな。もう壁伝いに移動するしか手がないが」

 

「――ツグモノ、チカラヲハナニ、チラセテハナラヌ、ミズヲアタエナケレバ」

 

不味い。みづはさんがもう限界だ、アレに同調し始めている。

私達でもきついのに、耐性のないみづはさんなら相当な負荷がかかっている。

このままではみづはさんがあちら側の存在になってしまう。冬陽(ふゆひ)さんの二の舞になりかねない。

 

悠長にしていられない。今の私はあの頃とは違う。連れて行かせるものか。

 

「みづはさん、失礼しますよ。蓮さん、みづはさんを背負ってもらえますか」

 

蓋を抜いて、有無を言わせずみづはさんの口へ流し込む。

御神水ならある程度は効くはずだ。

 

「……ありがとう、かなりマシになった。意識を持っていかれそうだよ。しかし常陸さんは何処に?」

 

「もうこれ、解いてもいいでしょうか?」

 

「今から行動が変わられると対応が組めんが、準備はしてくれ。駒川先生はこちらに」

 

 

 

『つぐものよ、そのちからをはなに。もんをとじよ。ひめよ、そのみを。はなもりのちからを』

 

 

 

一気に浮いた? これは、あの時の密花さんのような――

 

「突進してくる?」

 

「……二人とも、狙えるか?」

 

「解きますよ。流石にこれ以上はマズいです」

 

「あっちの……気配が……近づいてくる……」

 

すうっと身体一つ分浮かび上がり、流れるように――こちらへ。

もう迷っている場面じゃない!

 

 

 

「深羽さん!」

 

 

ガスッ!!

 

 

『お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛』

 

 

「りょうか……ええぇ? このタイミングで横やりなの?」

 

 

 

銀髪のカツラを外して、「朝武芳乃」をやめた深羽さんが射影機を構えようとした寸前に。

上から黒くて長い物体が、絶対霊の身体を貫通した。

これは……実体がある?

 

謎の物体の先を照らしながら辿っていくと。

 

「…………これは何の現代忍術だ? 壁走りと影忍術ってやつか?」

 

垂直に立っているはずの壁に、四つ足で平然と張り付いている常陸さん。

その背中あたりから黒いナニカが伸びてきている。

 

「まさか、祟り神の触手!?」

 

「尻尾ですよ。今度は犬耳くノ一か……あの犬、なんのつもりなんですかね?」

 

電灯に照らされた常陸さんの頭には黒い犬の耳が。表情も彼女にしては険しい。

あの時一度だけ声を聞いた犬神が、今は表に出てきている感じですか。

 

その常陸さんは、壁から飛び降りる……わけではなく、そのまま四つ足で壁を走り下ってきた。

 

 

 

『――しらやま、こまのおがみ』

 

「『畜生以下に堕ちていたとはな、イソラ。姉君の御身を何処へやった? 知っているのだろう? 加えて貴様、一体何を宿している』」

 

 

 

常陸さんの声の筈なのに、若干ノイジーな感じの犬神の言葉が絶対霊に向けられる。

あの絶対霊は「いそら」というのか。宿()()()()()とは一体何の話だ?

 

むらくもさまのおちから、もんをふうじよ。はなもりのちからよ』

 

音が飛んだ。なんだ今のは?

 

「『答えぬなら用はない。地の底の(うつろ)まで堕ちよ』せめて二本足で立ってもらえません!? この体勢ワタシにはキツいんですから! 高い場所はもうやめてくださいよ!?」

 

常陸さんの声が後半は元に戻った。意識が混ざったような状態らしい。

確かに四つ足はきつそうだけど、彼女も結構余裕があるみたいだ。

 

 

 

 

 

 

「お話は終わった? じゃあ――さようなら」

 

 

 

 

 

 

一方で想定通りに状況が進まなかった上に、ここまで怨霊に対して思い切り攻撃が出来ていなかった事がフラストレーションだったのか、明らかに不機嫌な深羽さんから暗く重い声が。

 

向けた相手は、絶対霊と……犬耳の生えた常陸さん。

 

「『ちいっ』ちょっ!?」

 

およそ人とは思えない力で常陸さんが横に跳躍されて。

手首に銀と黒の髪の毛を一本ずつ巻かれた深羽さんから。

 

 

 

零式(ぜろしき) ――『(さい)』」

 

 

バシャァアアアアアンン!!!

 

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』

 

 

 

私なら確実に過放出で気絶しそうな一撃が放たれる……とうとう絶対霊にも攻撃が届いた。

必中ヘッドショットの対物ライフルフルチャージは誇張表現ではなさそうですよ、有地さん。

零式なのだから常陸さん的表現ならレールガンなのかもしれませんが。

 

「あ゛ぁー流石に疲れますね。まったく、お母さんもこんなの使わないで欲しいんだけど。倍以上消費してますよ」

 

「そんなお力、使える方がお二人以外に居ませんよ」

 

「そんなものをワタシの身体もろとも放とうとしないで頂けますか!?」

 

「常陸さんは割と余裕そうだな。元気なようで何よりだ」

 

「……怨霊の姿が」

 

 

 

みづはさんだけが真面目に絶対霊をご覧になっていた。こちらも意識を戻そう。

今の状態なら看取りも……いや、まだこれは難しそうだ。

 

 

 

「相当根深いわね、完全に元を絶たないと駄目ですか。あるいはどこかに憑代がある?」

 

「ですけれど、一時的に瘴気は飛ばせているようです」

 

「近づいても問題ないでしょうか? 先程より鮮明に声が聞こえる気がするんです」

 

やはりみづはさんだけはかなりクリアに聞き取れている様子。

今は少しでも情報は欲しい。蓮さんも同じ考えのようだ。

 

「分かりました。俺と夕莉が後ろにつきますが……相手には決して触れないように」

 

「深羽さん、常陸さんをお願いしていいですか?」

 

「犬は引っ込んだんですか? 今ここで出せません? ただのポートレートを撮るだけですから」

 

「そんな()る気満々の笑顔じゃ絶対出て来ないと思いますよ……?」

 

常陸さんから犬耳が消えている。あちらは大丈夫そう。

 

 

 

白無垢姿の彼女とはまた違うけど、皮が貼られただけの髑髏の様な顔面が女性の顔になっている。

祈祷師……服装を考えれば、この人がムラサメさんを柱として永久花にした本人なのだろうか。

 

 

 

「…………はなもりの儀? さんようを止めて……花と水を? もう一度やればいいのか? 「わか」とはなんだ? 主なのか? 私なら出来るのか?」

 

私にはぼそぼそとした声しか聞こえない。けれどみづはさんはしっかり聞き取れているらしい。

「はなもり」……花守? 苗字にそういう方はいらっしゃるけれど。

「さんよう」とは? 最初に浮かぶのは「山陽」だろうか。禍津陽(マガツヒ)みたいなのは止めて欲しい。

 

そして……絶対霊だった女性の霊が、本の山の方を指さす。

その山の一つが崩れて。

 

 

 

女性の霊も、消えていった。

 

 

 

「みづはさん、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だよ、ありがとう夕莉君。常陸さん、無事でよかったよ」

 

「いきなり犬神に身体を乗っ取られた時はどうなるかと思いましたけどね。まさか本当に壁走りできる日が来るとは」

 

「「しらやまこまのおがみ」って駄犬の名なの?」

 

「『禁忌の夜m……人間が口にするな』合ってるみたいですね。射影機を下げてもらっていいですか? その笑顔は怖すぎます」

 

「躾がなってないようだったから。学習はする犬みたいね」

 

「取り敢えず全員無事か。なら、あそこにありそうな物だけ探してとっとと退散する事にしよう。駒川先生には特にきついだろうし、俺達も長居すべきじゃない」

 

「朝武芳乃」になっていた深羽さんを襲ってきたという事は、怨霊の一部の目的は芳乃さん、あるいは巫女姫が何らかの対象になっている事は間違いなさそうだけど、この辺りは武実神社に戻ってから考えよう。

 

蓮さんが怨霊の指さしたと思わしき所へ歩いて……いつの間にか部屋は縮まり、本の山も一つだけになっている。

 

そして。

 

「本物の朝武さんは随分と運がいいらしいな。或いはこれも縁か」

 

あの写真に写っていた、古字で「駒川」の字が書かれた冊子が。

ペラペラと捲られて……顔をしかめられる。

 

「当たり前と言えば当たり前だが……これも解読に時間がかかりそうだ。幸い筆記主が同じだからパターンは掴みやすそうか。戻ったら早速天倉さんに連絡しよう」

 

「早めにお願いしますね? 私は表向き失踪扱いになりかけらしいので。流歌さんにもうちょっと意味深な言葉をしておいてもらうべきかなあ。朝武さんはもう目が覚めたかな? 謝っとかないと、この服も返さないとだし。よくこんな格好で舞えるなあ」

 

「その件はやっぱりご存じだったんですね。お目覚めになってなかったら万葉丸を口の中に捻じ込みましょう。舞に関しては日々の努力の賜物ですから」

 

「水無月さん、深羽さんのお知り合いだったんですか?」

 

「ドラマでお世話になっているピアノの師匠ですよ。聞いていた苗字が旧姓だったので、すぐには紐付かなかったわけです。私にとってもまさかでした」

 

世間って狭い。知り合いが射影機持ちだったとは。

 

「私は先程の霊から聞き取った言葉を文字に残しておきます。意味が異なるかもしれないから一旦ひらがなで書き出すか。音声も録れているといいんだけれど」

 

「では出ましょう……誰であろうと、アレからは離れた方が良いでしょうから」

 

 

 

部屋が小さくなったとはいえ、それなりの広さがある書庫と思わしき部屋。

その先に……明らかに瘴気を放っている何かの意匠が施された観音扉。

日上山でいう幽ノ宮(かくれのみや)か、水上ノ宮(みなかみのみや)のような存在なんだろうか。

 

穂織(現世)と隠世との境は、恐らくあの先に。




という事で絶対霊との戦闘でした。
原作では無敵の存在ですが、深羽は例外という事で。

この話で出てきた零関係の単語も、そのうち説明の場面があります。
少々お待ちください。

次は武実神社に視点が移ります。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。
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