零 ~イヌツキの少女達~   作:もふもふたぬきねこ

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51. 『濡鴉ノ巫女(ヌレガラスノミコ)』の手を取って

「そんな事が……」

 

神妙そうな顔の鞍馬君に案内してもらった志那都荘の最上階。雛咲さん親子の宿泊部屋。

 

 

 

そこには、布団に横たわる深羽さんとレナさん。手を繋がれている。

 

 

 

不来方さんや深紅さんは勿論、放生さんと鏡宮さんも。

そして玄十郎さんと猪谷さん、小春さんもいらっしゃいました。

 

一連の流れを鏡宮さんから説明頂けましたが……。

コレも呪詛関連なの? あるいは怨霊?

 

「深羽さんの意識が、レナさんの心の中にいらっしゃると?」

 

「恐らくとしか言えないんです。私も自分から他人の夢に囚われてしまうなんて経験は無くて……」

 

不来方さんですら動揺されている。相当な緊急事態のようです。

レナさんはすやすや眠られていますが、深羽さんはなんだかうなされている様で。

 

 

 

「他人の夢の中に入った事はないが……過去に夕莉や深羽さん、深紅さんに累も深い眠りに落ちてうなされていた事がある」

 

 

 

説明してくださるのは放生さん。

 

「日上山でも色々あってね。夕莉達はそこの住人達の記憶を追体験していたような状況だったらしい。現実側はその間に怨霊共に誘われたりしてバタバタしたもんだったが、俺が何をしても起きなかった」

 

「具体的に何が起こっていたんですか? 最終的には目覚められたんですよね?」

 

「その晩は日上山に『禍津陽(マガツヒ)』という現象が起きていね。深夜なのに空が真っ赤な夕陽に染まって、町全体が隠世に侵蝕されたような状態だった。特に当時の関係者が集まっていた密花の店は状況が酷くてな、怨霊が千客万来さ」

 

それはまあまた、とんでもない状況ですね……。

 

「俺一人で一晩中怨霊を追い払い続けて、何とか乗り切った感じだ。それで俺が疲れて眠っていたら……いつの間にか各々勝手に動き出して山に行っていた。やってられん」

 

町全体が「あちら側」になりかけたというのは驚くほかありません。

その時は不思議な夜だった事が関係していたようですが、今日の場合は日中マヨイガに入られた事はあったにしても不思議な気配はしません。別の理由という事でしょうか?

 

 

 

「私は……それ以前にも夢に囚われてしまった事があるんです」

 

 

 

次のお話は、深羽さんの手を握られていた深紅さんから。

 

「怜さんが怨霊に目を付けられて、家そのものも徐々に夢に侵蝕されて……一緒に住んでいた私と、後で別件でいらっしゃった天倉さんも夢に囚われるようになったと。怜さんが仰るには私達が眠る時間が段々長くなって、遂には目が覚めなくなって。最終的には怜さんがその怨霊の想いを汲まれた事で解放されたみたいです」

 

『出来ればで構わんが……その時雛咲母は何を見ていたのだ?』

 

「私も……過去の追体験、でしょうか。兄を失った時の」

 

『……すまん』

 

深紅さんのお兄さんは、既に亡くなられていましたか……。

 

 

 

内容はともかく、状況としては深紅さんのケースの方があり得るんでしょうか?

レナさんの夢に囚われたと言えなくもなさそうです。今回の場合は深羽さんがレナさんの記憶を読み取られるような形で入られて、出られなくなっている感じなのかもしれません。

 

 

 

「祖父ちゃん、猪谷さん、小春。レナさんの様子は?」

 

「それなんだがな……悪夢を見ているとか、そういうわけではなさそうなのだ。色々表情は変わっておるが、時折笑っておる。家族と過ごしておるかのような感じもしなくもない、ただ本当に眠っておるだけのような。起こそうとしても起きないのだが」

 

「リヒテナウアーさんが少しホームシックというか、故郷に居た時のお話に例えられる事は何度かあったんですが。特に気に病まれているほどではなかったので慣れの問題かと思っていたんです。それがこんな事になるなんて……」

 

「たまに寝言を言ってるんだけどね? 「そんなに食べられない~」みたいな軽い口調の時もあれば……なんだか古風な感じで「やめなさい」みたいな事を口にしたりしてるの。お兄ちゃんはこんなレナ先輩の喋り方を聞いた事ある?」

 

「ないけど……レナさんの日本語は時代劇が教科書っぽいから、それの口調を真似てんのかな?」

 

それで済んでいるなら、レナさんは比較的安全そうではありますが。

 

「それでさっき、私がレナさんと深羽さんの記憶を読もうとしたんですけど……拒否されてしまったんです。恐らく深羽さんに」

 

「拒否……ですか?」

 

深羽さんはものすごい霊力の持ち主ですから、そういう事も出来るのかもですけど。

この状況で不来方さんを「拒否」?

 

「日上山に住んでいた際、私は一度深羽さんと「同期」していまして。ですから深羽さんは私の過去を知っていますし、私も深羽さんの過去を知っています」

 

「記憶の共有という事ですか?」

 

「そうですね。それ以来、お互いの考えは大体分かるようになっていたので改めて見る事は可能と思っていたんですが……読める感じがしませんでした。これはレナさんについても同じです。私では知恵が無くて……何かこういった事をご存じないかと、芳乃さん達に来て頂いたんですけれど」

 

「夕莉を拒否したという事は、記憶……彼女の夢が危険だと判断している可能性もあり得る。リヒテナウアーさんが関わっているのは怨霊側というより犬神側の話だ。となると叢雨丸や玉石、或いはそれに深く関わっている君達の方が詳しい事もあるかと思ってな。密花はタイミングが悪く不在。駒川先生への連絡も考えたが、肉体的な病ではないだろうし日中の負担もあった。だから夕莉に君達へ連絡させたんだ」

 

そういう事でしたか。ご期待に添えられるでしょうか?

 

 

 

当然ですけど、他人の夢なんて見た事がありません。記憶を見た事もありません。

夢という意味では……お父さんがお母さんの後を追いそうになった事が該当するでしょうか?

だとすると、夢も「あちら側」に繋がっている可能性が。相当危険という事になります。

 

レナさんが穂織の出来事に関係している一番の要素は「姉君様の器」の件。

玉石の欠片をお持ちである事が関与はしていそうですけど、断言は出来ません。

 

叢雨丸の神力が、こういった事に作用するかは分かりませんが……。

 

 

 

「ムラサメちゃん。レナさんと深羽さんがどうなってるかとかって、分かったりしない?」

 

『残念だが無理だ。雛咲娘は力が強すぎて吾輩では手が出せん。レナに関してはまるで結界でも張られておるかのようだ――正常()()()。こんな人の魂の状態は初めて見るぞ』

 

「正常過ぎる、ですか?」

 

『意思のある生き物なら人に限らず喜怒哀楽があるであろう? それに合わせて魂の状態は変化する。現にレナも何らかの夢を見ておって、表情はわりとコロコロ変わっておる……が、その魂はあまりにも静かなのだ。まるで瞑想でもしておるかのような』

 

「瞑想?」

 

「将臣、ムラサメ様は何と?」

 

「ムラサメ様がここに居らっしゃるの!?」

 

そういえば、小春さんはムラサメ様の実在をまだ知らないんでしたね。

 

「レナさんは表情豊かだけど、まるで瞑想しているみたいに魂は静かすぎるんだって。深羽さんは霊感が強すぎてムラサメちゃんじゃ分かんないみたい」

 

「この状態で仏の如き心境と?」

 

「こう言ってはなんですが、寧ろ雑念だらけの気がしますが……」

 

「仏さまって事は、神様的な?」

 

猪谷さんのツッコミが鋭い。

小春さんのつぶやきは……ひょっとして?

 

「今のレナさんは、半分くらい神様モードになっていると?」

 

それが一番あり得そうな気がするんですが。

 

「だとしたら、姉君様は相当に表情豊かでいらっしゃいますね。ワタシの時と大違いです――その辺りどうなんですか? 弟君様?」

 

茉子の圧が強い……犬神側に傾いていってないわよね?

でも犬神からの反応はなし。どういう心境なんでしょう。

 

 

 

このままレナさんと深羽さんを寝かせておいて、朝には自然に目が覚められる可能性もあるでしょう。ですけどレナさんはともかく、深羽さんはかなりうなされている様子で。

そのままにしておいていいとは思えない。

 

このままにしていいわけがない――困った時の「神頼み」です。私は巫女なんですから。

 

 

 

「……犬神様、白山狛男神(しらやまこまのおがみ)様。御力をお貸し頂けないでしょうか?」

 

「芳乃様?」

 

心から願う。思う。この二人の無事を。この二人の力になりたい気持ちを。

心から頼る。祈る。穂織を守ってきてくださった神の力を。

 

 

 

「コマ」

 

レナさんが何か寝言を呟かれた。

その数秒後。

 

 

 

「『……はぁ、面倒な事だ』」

 

「えっ!? 常陸先輩から犬耳が!? 声も!?」

 

「小春、落ち着きなさい。大事な時だ」

 

犬神様が反応した! 茉子から獣耳も現れた。茉子も頷いてくれた。

しばらくゴメンね、茉子。

 

「『(まこと)に人間は身勝手な存在だ――罪人。姉君の御身をここに持て』」

 

「祀ってある玉石だな? 不来方さん、自転車借りてもいいですか?」

 

「もちろんです。鍵はこちらを」

 

「ありがとうございます」

 

有地さんが出ていかれました。

お父さんに連絡を入れておいた方が良いかな。電話をしておきましょう。

 

「つまりこれは、あなた方神々の都合でこうなっていると?」

 

「『器の夢は姉君の記憶、人間の身で覗き見るなど禁忌も同然。招かれざる者が踏み込めば囚われて当然だろう。夜泉子め、姉君を侵せるとでも思ったか』」

 

「深羽はそんなつもりで貴方のお姉様の記憶に触れたわけではないんです!」

 

「『知った事か。存在自体許されざる者が神の領域に踏み込むなど、罪以外のなんだというのだ? 禁忌を成した貴様は重々理解しているはずだろう? 理由など関係ない、行ったか否かだ』」

 

「このままだと、深羽さんとレナさんはどうなるんですか?」

 

「『器の眠りは一種の守り、放って置いても目は覚める。夜泉子が行ったのは姉君の「看取り」に等しい。悠久の時を看取り続けて、どの程度人間の精神を維持できるか見ものだな?』」

 

「そんな……」

 

よし、これで有地さんが到着してもスムーズに事が運ぶはず。

レナさんたちの大体の事情は理解しました。問題なのは。

 

「どう、お力を貸して頂けるのですか?」

 

犬神様が何をするつもりなのか。私たちに何が出来るかという事。

表に出て来て下さったし、有地さんに指示も出された。味方してくれるという証です。

 

「『姉君の御身を戻して目覚めを促す。御身が元に戻れば幾分か守りも解かれるだろう。後は……本当に面倒だ。貴様らで器と夜泉子を起こせ』」

 

はい?

 

「その状態でレナさんたちを揺すったら起きるんですか?」

 

「『貴様は阿呆か。本当に何故姉君はこんな愚か者をお守りになったのか』」

 

ナチュラルに罵られました……姿と声が茉子だから余計に心にくるものがある。

 

「『銀髪の娘、貴様は姉君の加護と我の力を持っている。姉君にも拒まれはせん。領域に入り、器共を起こせ』」

 

「私がレナさんたちの夢の中に入るんですか? そんな力は私には……」

 

穂織の巫女姫ではありますけど、世間的に見ればただの神社の娘。

対祟り神祓いの力と射影機を使う才こそありましたけど、それ以外の能力なんて――

 

 

 

 

 

 

「『そこに『濡鴉(ぬれがらす)()巫女(みこ)』がおるではないか』」

 

 

 

 

 

 

ぬれがらすの巫女? 聞いた事のない言葉ですが。

発言した茉子本人もポカン顔。

 

犬神様兼茉子の視線の先は――

 

「……私なら、芳乃さんを経由すれば深羽さんとレナさんの夢に入れるんですか? 姉君様に正式に招いていただけると?」

 

不来方さん……不来方さんも巫女なんですか? しかも自覚されている?

 

「『お前は夜泉を鎮める力を持った『籠女(かごめ)』の資格を持つ者だろう? 優秀な柱と見える。夜泉子と違い正しく隠世にも招かれよう。姉君の御心を慰撫されよ』」

 

「分かりました。ご協力をお願いします」

 

「『我は姉君の御心と御意思をお守りするまでの事。他は勝手にやれ』」

 

 

 

そうして、茉子から獣耳が消えました。

 

 

 

「ふぅ……不来方さんは、犬神のお話の内容が?」

 

「大体ですけれど。恐らくレナさんと深羽さんはそれぞれの記憶に加えて、姉君様の記憶すら混じったものを夢として見られています。レナさん側は比較的安全そうですけど、深羽さん側は……」

 

「危険なんだろうな。日上山は全ての人を看取る場所、そのタイミングはまさに()()()だ。夕莉の能力を詳細に知っているからこそ、拒否しているんだろう」

 

「まさか日上山での出来事を追想していると? 夕莉さんに救出される前の?」

 

この辺りは当時の日上山の状況に詳しい御三方しか分からない。

 

私が知っているのは、不来方さんが黄泉の門に携わるどなたかを助けられたという事。

そしてその過程で深羽さん、深紅さん、黒澤密花さんも助け出されている事。

 

なんにしても、「あちら側」と隣り合わせなのは間違いない。

 

「そこまでは分かりませんけど……()()()()()()を看取れた私なら、入る資格はあるという事なんでしょう。深羽さんの代わりに土地神様を看取るなりなんなりする事が出来れば、恐らく解放されます」

 

「待ってください。いくら夕莉さんでも、深羽の代わりに神の看取りだなんて」

 

『危険などという程度では済まんぞ。そもそも人とは全く別の次元にお住いの方々、お主がお主でいられるかもわからぬ』

 

さっき犬神様が「神を看取れるか見もの」とすら口にした。

つまり、下手をすれば廃人にすらなれないかもしれなくて。

 

「深羽さんが既にその状況です。深羽さんにも才はあるはずですけど、今回は事情が許さなかったようですから。なんにしても他に手段がありません。犬神も協力をしてくれるようですから、今はそれに期待しましょう……水があった方がいいかな」

 

とにかく不来方さんの力を借りて、レナさんと深羽さんの夢に入って、お二人を見つけて起こす。

ただし危険な夢の可能性もあれば、夢の中でも不来方さんの何らかの才能が必要になる様子。

もうどうなるのか想像もできませんが……。

 

「蓮さん、深紅さん。射影機をお借りしても?」

 

「……分かった。取ってくる」

 

「私が行きます。先生はこちらに」

 

「私では……深羽の夢には入れないでしょうか」

 

「そんな事をしたら、私が深羽さんに許してもらえませんから。深紅さんはお待ちください」

 

「……はい。持ってきます」

 

射影機を? 夢に入るために使うんでしょうか?

そう思っていたら不来方さんが私の方を向いて。

 

 

 

「芳乃さん――射影機を片方、お任せしていいでしょうか?」

 

 

 

私の存在は夢に入るきっかけ。不来方さんは射影機無しでも人や物の記憶をご覧になれる。

つまり射影機は夢に入るための道具じゃない。別の用途のため。

 

という事は。

 

「……夢の中で、射影機を使うんですか?」

 

「そうです」

 

さも当然とでも言うように、お返事いただいた。

 

「深羽さんが私を拒否しているとなると、今の夢は()()()()()()の再現に近いと思います。具体的にお話した事はなかったと思いますが、極めて危険なんです。気を張っていても誘われてしまうほどの」

 

「先日レナさんが山に連れていかれた際の事を想像した方が良いかもしれませんね。あのくらい怨霊が跋扈しているという事ですか」

 

「絶対霊や武者の怨霊は別にして、穂織の怨霊にそこまで意思の強い存在はいなかったといえる。だが日上山の住人は別だ。皆「水に帰す」事を目的に本心で動いてくる――意味は分かるな?」

 

放生さんの声は重い。実体験に基づくが故に。

 

水は日上山の信仰であり御神体。「水から生まれて水に帰る」、でしたか。

それを怨霊たちが本能のまま行ってくる。曖昧ではなく明確に。水に帰すために。

 

 

 

本気で、私たちを「あちら側」へ連れて行こうとしてくる。

 

 

 

思わず息を呑んで……それでやる事を変えるつもりはありません。

友達であるレナさんの為。お力を貸してくださっている深羽さんと不来方さんの為。

私達穂織を守ってくださっていた姉君様の為。なんだかんだ協力してくれた犬神様の為。

 

なにより、自分の為に。

 

「はい」

 

「……これを渡しておこう」

 

放生さんが手帳から出されたのは。

 

『これはまた、大層な美人だな。こういう姿には憧れる』

 

……ラミネートに包まれた、写真?

 

白黒の写真。かなり古い物のようですが状態はよさそう。

写っているのは――本当に綺麗な方ですね。白無垢姿。昔の花嫁さんなんでしょうか?

なんだか引き込まれるものがある。

 

「深羽さんの夢が日上山に繋がっているなら、恐らくこれを超える寄香はない。迷ったらこれを頼りに山を上ってくれ。今の彼女なら、朝武さん達を導いてくれるだろう」

 

これを寄香に……つまりは影見をすると?

私も夢の中なら影見が出来るんでしょうか? あるいは不来方さんにお願いすればいい?

何だか意味深なお言葉ですが、間違いなく放生さんにとっては大事な物のようです。

 

「分かりました。お預かりします」

 

「こっちのフィルムは十分……玄十郎さん、申し訳ないのですがお部屋を少し濡らしてしまってもいいでしょうか? 私と芳乃さんは水浸しの方が都合がよくて」

 

「勿論でございます。水桶も用意させましょう――女将、小春」

 

「はい。すぐに」

 

「廉兄も使いましょう!」

 

写真をお預かりした傍で、私と不来方さんが水浸しになる事が決まったようですが……?

猪谷さんと小春さんには桶を取りに行って頂いて。間違った考えではなさそう。

 

「どうされるんですか?」

 

「申し訳ないんですけど、夢に入る前に水に濡れて頂きます。『夜泉濡(よみぬれ)』と言って、日上山に関連するものには身体が濡れている方が干渉しやすいんです。その方が夢に入りやすいかと」

 

よみぬれ……なんだかすごいですね。黄泉の水で禊ぎみたいな。

 

「今回芳乃さんには蓮さんの複眼式射影機を使って頂くつもりなので、その効果を上げるためと思って頂ければ」

 

「分かりました」

 

射影機が水に強いのってそういうのが理由なんでしょうか?

 

取り敢えず把握。こんな時にお断りする理由もありません。

幸い写真もラミネートの中、濡れてしまう心配はなさそうです。スマホを退けておいてと。

 

「ワタシも濡れた方がよろしいですか? というか、ワタシは入れるんでしょうか?」

 

「常陸さんは多分大丈夫ですよ。姉君様にご縁の強い方が憑かれていますから。それに夜泉濡になる事はノーリスクではありません」

 

「複雑な気分ですね……」

 

多分ですけど、干渉しやすい以上は干渉されやすくもなるんですよね。

射影機がない茉子では抵抗もままならない。

 

『吾輩は……難しいか? 姉君様の御力で存在を保っておる身だが』

 

「肉体が武実神社の中ですから……ムラサメ様では帰って来られなくなる可能性もあります。ただ、夢の元になっている姉君様の守護を受けていらっしゃるなら大丈夫かもしれません。本当なら私だけで迎えに行ければいいんですが……」

 

『お主に全てを背負わせる真似はさせんよ。これでも信仰はある身、代行くらいできよう。レナが姉君様の夢を見ておるなら、呪詛が関わっている可能性も高いだろう。ご主人と共におればなんとかなると思いたいな』

 

茉子は「犬神の器」。言うまでもなし。

レナさん、あるいは玉石としてあられる姉君様と最も縁があるかもしれない。

 

有地さんも玉石持ち。加えて「本来の叢雨丸の持ち主」の末裔。縁がありそうです。

ムラサメ様も「姉君様に選ばれた存在」。お持ちの加護は私よりも強いでしょう。

 

……なんだか、私が一番縁が薄い気が?

 

さあ、シャワーをお借りしましょうか。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「不来方さんも巫女、だったんですね?」

 

髪を解きつつ、ふと浴室でそんな事を不来方さんに問いかけてみる。

ちなみに服ごと水を浴びるようです。小春さんの神隠しの時を思い出しますね。

 

「巫女職というわけではないんです。資格はあるみたいなんですけど」

 

少し温めの水が、不来方さんのお身体を頭から濡らしていく。

ブラウンの髪色の不来方さんですけど、濡れると何となく黒っぽくなりますね。

 

茉子には思春期の男子みたいと言われましたけど、これで目を惹かれないというのは無理がある。

 

「犬神様が口にしていた「ぬれがらすの巫女」とは? てっきり日上山の神社の巫女をされている方を、そうお呼びするのかなと思ったんですが」

 

「私も詳しくないんですが、蓮さんの話では「看取りに従事された日上山の巫女」をそう呼ぶんだそうです。看取る前には(みそぎ)を行って、今からの私達のように力を増すために身体と髪を濡らしていた。皆さん長い黒髪だったようですから「濡鴉ノ巫女」と呼ばれていたそうで」

 

なるほど、髪の色の事ですか。濡れ羽色って言葉は聞いた事があります。髪には霊力が宿るし。

さっきの写真の方なんかはまさに濡れ羽色の髪っぽいですよね。では、あの方も巫女?

不来方さんが「看取り」をする事が出来るのは、私たちも以前から聞いている事です。

 

でも私、髪の色真逆ですよね? 長髪じゃないけど茉子の方がふさわしかったりしません?

私も頭から濡らしていきますが……うん、当然どう頑張っても黒にはならない。寧ろ白髪化?

一応姉君様の加護を受けている証ではあるみたいですが。

 

「過去の経験のせいか、私は看取りをしやすい体質の様で……それで私を濡鴉ノ巫女と呼んだのだと思います」

 

なんだかこの辺のお話、繋がりそうな?

 

今日の日中、深羽さんは何と言っていましたか。さっきも一回考えた。

「日上山の黄泉の門を封じる人柱の御方の心を回復された」的な。

 

ひょっとして。

 

 

 

「不来方さん」

 

「はい?」

 

「このお方……「黒澤」さん、だったりしますか?」

 

 

 

深紅さんから伺った、日上山の柱であるらしい「黒澤」さん。

日上山で人柱となられた、不来方さんに関係のある方。

日上山に関する最高の寄香。この写真の方の、濡れ羽色の髪。巫女の様な清廉さ。

 

ピッタリな気がする。

 

「……この弔写真(とむらいしゃしん)を、どこで?」

 

不来方さんは少し驚いたようなお顔。やっぱりご存知でしたか。

 

「先程放生さんからお預かりしたんです。寄香になるからと」

 

「まだお持ちだったんですか、しかも手元に……白菊(しらぎく)さんがやきもちを妬かれそうですね」

 

白菊さん? 放生さんをお好きな方でしょうか。七股のお一人?

濡らすのは十分かな。シャワーを止めましょう。

 

黒澤(くろさわ)逢世(おうせ)さん――日上山最後の本柱となっている方です。ご存知でしたか」

 

「深羽さんと深紅さんから、少しずつ伺っていまして。このお方が……」

 

深羽さん曰く、莫大な数の人の最後の想いをただ一人で看取り続けられている方。

だけど「機能不全」を起こしたとも聞いたでしょうか。

 

つまりは。

 

「私が正しく看取った最後の方です。この人を看取れる存在が居なかった事が日上山にまつわる現代の噂の大元で、私は偶然それが可能な存在になったんですよ。犬神ってこういう事も知っているんですね」

 

「あり方はともかく、神には違いないみたいですからね。茉子経由で色々情報収集しているのかもしれません。あの子は情報通ですから」

 

おおよそ不来方さんや深羽さんたちが経験されてきた事が分かりました。

助けてみせるとは意気込んで、今もそのつもりではいますが……気が重い。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「こんな感じでいいですか?」

 

『物理的にはナマクラな叢雨丸だ、雛咲娘も怪我はすまい。吾輩は宿る形で良いか?』

 

「そうですね、霊体のままより憑代があった方が安全でしょう。維持は出来そうですか?」

 

『幸い水への信仰で力は戻っておるからな。お主と芳乃が濡れておるのも力の補給になるだろう。夜明けまでは持たせてみせる』

 

「深羽さんの方は大丈夫です。空いている手にがっちり持っていただきました」

 

「やはり持っていると落ち着くのか?」

 

「失礼ですよ、先生。「やはり」とはなんですか?」

 

「射影機慣れしているのは複雑ですね……」

 

 

 

身体と髪を存分に濡らして、私と不来方さんは水を張った大きな桶の中。

 

有地さんは既に戻ってこられていました。鞍馬君も室内に。

玉石だけでなく、叢雨丸も私がお借りしている射影機も。ナイスです。これで三台。

 

チャージ式射影機は深羽さんの手に――夢の中でも無双されるんでしょうか?

叢雨丸はレナさんに握っていただきつつ、有地さんにも握っていただきます。

刀身は深羽さんの方へ。ちょっと危ないですけど、まあ……ナマクラですし。

 

武実神社から持ってきていただいた玉石を、重なったレナさんと深羽さんの手の上に。

その玉石の上から不来方さん、茉子、私、有地さんの順に手を重ね。

 

私と不来方さんの空いた手にもそれぞれ射影機を。私はお借りしている方に変更です。

 

「蓮さん、戻って来なかったらお願いします」

 

「無茶を言う……今から密花を呼んだ方が早そうだぞ。朝武さんに渡した寄香を辿れ。駒川先生も呼んでおく」

 

「何でもすぐに密花さんを頼らないでください。ちゃんと送り込みますからご安心を」

 

「将臣、よろしく頼む。巫女姫様、常陸さん、夕莉君、どうかお気をつけて。ムラサメ様、皆をお守りください」

 

「無事のお帰りをお待ちしております」

 

「がんばってね、お兄ちゃん! 巫女姫様たちもご無事で」

 

「やれるだけやってみるよ。起きなかったら「鍛錬の時間」って言ってもらったら聞こえるかも」

 

「イヤホン付けて、俺のお宝ボイスを流しといてやるよ」

 

「それ逆に夢に囚われねえ?」

 

『どの程度吾輩が力を使えるかだな。ご主人については吾輩の童謡めどれ~で上書きしてやる。心配するな』

 

「別の意味で目覚めたくねえよ!」

 

「『とっとと始めろ』はいはい。芳乃様、不来方さん、お願いできますか?」

 

「芳乃さんは「姉君様」に問いかけられるような感じでお願いします。皆さんは玉石に意識を」

 

「分かりました――じゃあ、行ってきますね」

 

 

 

こんなことを体験するだなんて、今まで考えもしなかった。

さあ。全く知らない、誰かの夢の世界へ。




チャプター5終了です。

ここまでありがとうございました。
先の話も書いてはあるのですが、しばらく休載させて頂きます。
楽しんでいただいていた読者の方、申し訳ありません。
続きを投稿できた時は、またよろしくお願い致します。
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