零 ~イヌツキの少女達~   作:もふもふたぬきねこ

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チャプター6、日上山編の最終話です。
当時ここまでの下書きで一番大変だったと思っていましたが、
現在この先を書いている最中、まだマシだったんだなーとか思っています。

今回もよろしくお願いします。


58. あちら側に一番近い場所

「げほっげほっ……はぁー……はぁー……」

 

「本当にごめんね、朝武さん。犬、あんたの知能はここまで低いの?」

 

『発想が貧弱な人間らしい言葉だ。さて……またこの狭い器の中か』

 

「ワタシも入られたくないんですけど? というか、今のその姿でワタシを器に出来るんですか?」

 

『一度は降りた肉体、加えてここは常世に近い故に現世よりは干渉しやすい。だが表には出にくくなった。あとは貴様らで成せ』

 

「ありがとうございました、狛犬神様」

 

『ふん』

 

距離が短いおかげで窒息せずに済みました。だいぶ危なかったですけど。

白い身体になった犬神様はフゥっと消えていきました。今後の出現は難しいようですね。

今の犬神様は正しく白山狛男神(しらやまこまのおがみ)様なんでしょう。

 

ああ、息が整ってきた。なんだかこんなのばっかりですね、私。

やっと周辺に意識を向けられるようになりました。

 

 

 

湖の上に浮かぶ社。ここが日上山の奥の院。

 

 

 

「ったく。それで水上ノ宮(みなかみのみや)に着いたのはいいですけど、向かうのってやっぱり()()()ですよね?」

 

「そうですね、恐らくあそこが一番隠世に近い場所になります。この夢の中で、彼女が怨霊となっていない事を祈るばかりなんですけど……」

 

「芳乃様、歩けそうですか? 背負っていってもいいですよ?」

 

「大丈夫。そこまで虚弱って言われたくない……すみません、お待たせしました。この社の奥に行かれるんですか?」

 

「そうなります。夜泉の源泉――『黒キ澤(くろきさわ)』という所へ」

 

妖の女扱いされていたっぽい戦国時代の黒澤さんが守り人をされていた、そして弔写真の黒澤逢世さんが今も本柱となられているという場所。

それらしい気配は分かりませんけど、かなり緊張します。

 

 

 

「こちらは随分と朽ちてしまっていますね」

 

「それが普通だと思いますけどね。これだけ水に浸かってしまっていれば、本当なら崩壊していてもおかしくなさそうですから」

 

「……幸い濡鴉ノ巫女の怨霊は居ないみたいです。けど」

 

「ババアの片割れがいるみたいですね。私を閉じ込めたやつとは役目が違うんでしたっけ」

 

幽ノ宮や結ノ家と違って、こちらはかなり朽ちてしまっています。

オマケに浸水と言うよりは、元より水の中に建てられているかのような通路。

太腿辺りまで水に浸かってしまいます。もう今更ではあるんですが。

 

「基本的にこの山の巫女の方は、みんな濡鴉ノ巫女と呼ばれるんですか?」

 

「いえ、そういうわけではなかったようです。看取りを行う事を使命とされていた方だけがそう呼ばれるようで」

 

「ランクがあるみたいで、下から順に「諫女(いさめ)」「匪女(はこめ)」「籠女(かごめ)」「本柱(ほんばしら)」。籠女以上で、かつ「水籠(みこもり)」の姓を与えられていた者が「濡鴉ノ巫女(ぬれがらすのみこ)」とされていたっぽいですよ。私は「籠女」以上「本柱」未満だったみたいですね。まあ性格的に看取りに不向きですし」

 

「それでは不来方さんは……」

 

「私も才能だけなら「籠女」相当だと思いますけど……今の本柱の方とは境遇が似ているそうで、共感したんだと。彼女が私を誘ったのはそれが理由だったようです」

 

「夕莉さんはある意味幽婚のお相手ですもんね」

 

不来方さんの境遇――まだ学生の頃にご両親を亡くされ、幽霊を見るようになって、夕陽に惹かれて、「あちら側」に近づかれていった。

今の本柱、黒澤逢世さんも恐らくそれに近い経歴を辿られた末に、大役を果たす事を決められた。

 

……覚悟の差を知らされますね。

 

「芳乃様が何をお考えになっているのかは大体予想が付きますから敢えて口にしますけど、自らのお役目に対する御覚悟がちっぽけだなんて思わないでくださいよ?」

 

なんだか、茉子から呆れたような顔をされた。

 

「本来なら必要のない危険に身を晒して、500年もの間続いてきた伝統を引き継ぐプレッシャーは十分に受けられているんです。やらないといけない事が違うだけで、大きいも小さいもありません。巫女姫がいなければ穂織は間違いなく衰退していたんですから」

 

「……そんな顔してた?」

 

「何年一緒だと思っているんですか。ワタシにとっては簡単な事です。忍者でなくても」

 

相変わらず、私は分かりやすいんだなあ……でもありがとう。

 

「私みたいに無茶苦茶だったのに比べれば十分立派ですよ。こっちはただの馬鹿でしたし」

 

自暴自棄(ヤケクソ)でアイドルはできないと思うんですけど……?」

 

「私の中では黒歴史なんですよ。ただ使い勝手が良かっただけ。私自身は「普通」に生きていく事が出来なかったから逃避した、それだけです。あ、そうそう。もし鞍馬君がちょっと古そうな雑誌を持っていたら、取り上げて木っ端みじんにした上で燃やしてもらっていいですか? 私からも言うつもりですけど」

 

「一体どんな呪われた本を持っているんですか? 承知はしましたが……」

 

深羽さんは女優になられる前にアイドルをされていたんですか。

御顔立ちがとても整っていらっしゃるのは今更なんですが……これも私の感覚がズレているだけなのかもしれませんが、アイドルというキャラとはかなり違うような。

失礼を承知で言葉にするなら、当時は愛嬌ではなく棘を振り撒かれていたような気がします。

そして、鞍馬君が持っているらしい謎の雑誌とは一体?

 

「この先です」

 

水に浸かった迷路のような通路を歩き続けて。

階段の先からは高さがあって、水に浸かっていないようです。

 

 

ブーーーン

 

 

「……撮ってみても?」

 

「何が写るかは予想が付きますけれど、どうぞ」

 

不来方さんから許可をもらって。

 

 

パシャッ

 

 

「夕莉さんも大概変わってないですよね。なんで一人でこんな所に来るんだか」

 

「皆さん寝ていらっしゃいましたから……」

 

先の廊下へ進んでいく、私が持っている射影機を手にした不来方さんの後ろ姿。

11年前、お一人でここまでいらっしゃっていたんですね。

 

そして本当に――見た目が殆ど変わっていない。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

『よもや、貴女が再びこちらに来られるとは』

 

廊下の先にあった扉の奥の広間、更にその先の扉の前に白い着物を着た一人の老婆。

結ノ家で遭遇した黒い老婆の色違いと思えそうです。やっぱり鏡を持っているし。

 

『あの子は幽婚を果たす事もせず柱になる事を受け入れ、今もお役目を果たし続けております。「共に死にたい」相手に選ばれ、それを果たされなかった貴女なら誰よりもお判りでしょう? 何故(なにゆえ)、再びあの子の心を乱すような真似をなされるのですか』

 

でも……雰囲気が違う?

黒い老婆はわりと上機嫌で、深羽さんを箱に詰め、不来方さんも箱に詰めようとして私は実際に詰められそうになりましたけど。

こちらの白い老婆は、私たちがここに来た事を咎められているような。

 

「逢世さんの心を乱すような真似をするつもりはありません。隣り合っている常世に移動するため、限りなく隠世に近づくために「黒キ澤」の傍まで行かせて欲しいだけです」

 

『あのおかしな存在を連れて来たのは貴女方でしょう? あの子はあの男の最期も、山犬の化身の最期も看取ろうとした。ここは貴女の持つ隠世ゆえにあれらは「異物」。別ける事こそ出来ましたものの、あの子の心を乱す事になったのには違いありませぬ。加えてそこのイヌツキの巫女は、麻生様が写されなさったあの子の寄香を持っている。ようやっとあの子が大役を務めてくれているのに、また禍津陽(マガツヒ)を招くような行為を私が許すとお思いですかな?』

 

「なかなか正論ね……その辺りに関してこっちに非があるのは認めます。だけど私や彼女達を此処へ連れて来られたのは本柱の寄香があってこそ、だから招いてもらっているはずよ。匡女(ただすめ)の貴女が彼女を守ろうとしているのは理解してる。こっちとしても無為に害するつもりなんてない。用が済んだらとっとと出ていくわ」

 

こちらの方は「ただすめ」さんと仰るようですね。本柱を守られるお役目ですか。

どうにもこちらの方は朝武義和には直接遭遇していない模様。つまりは純粋に黒澤逢世さんを守ろうとしているだけ。となると、問答無用で戦闘とはいかないですよね。

 

やはり私が持っている弔写真は相当に大きな存在である模様。

この写真に道案内をしてもらっていると同時に、これが逢世さんの心を乱すものでもあると。

どうするのが良いんでしょう――正直にその必要性を訴えるのが正解ですか。

 

「私たちが隣り合っている夢に移動して朝武義和を止めないと、穂織の黄泉の門が開いてしまうかもしれないんです。その……マガツヒ? というのを穂織で起こるのを防ぐために、どうかお願いします」

 

多分「マガツヒ」というのが、日上山で黄泉の門が開いた出来事なんですよね。

放生さんが仰っていた真夜中の夕陽。私が見たような夕陽だったのかも。

 

ならその重みは、この人なら分かるはず。

 

 

 

『であれば、あの男の望みを叶えてやればよいではありませんか』

 

 

 

は?

 

「どういう事ですか? 怨念の望みを叶えるだなんて」

 

『その血が流れている貴女はお分かりになられないのですか? 全ては水から生じ、水に還る。ならば水に還ったものは水から再び生じる。アレに関しては自身からも水に還る事を拒んだようですが、だとすれば尚更小さな器。あの程度の魂、何という事もありますまい』

 

え、ちょっと待って。

 

じゃあ何? 朝武義和の行動の真の目的は。

弟である朝武実利の一族を呪い殺す事ではなく。水に還らず、水から生じる……まさか。

 

 

 

『我らの信仰を曲げた儀をお考えだと見受けますが、なればあの者の望みが叶ったとて障害になどなりますまい。水に融けるべき在り方を曲げる望みをあの子に看取らせようとするなど、汚らわしいにも程がありますな』

 

色々繋がりそうだけど、インパクトが大きすぎて整理できない。

 

――死にたくないのよ。

 

白菊さんが仰っていたのは、これの事? どうやって?

 

「だったとして、貴女自身も「汚らわしい」なんて呼ぶ存在に好き勝手させるつもりはないわよ。この子の一族は500年もの間縛られているし、そいつのせいで穂織が一度瘴気に沈んだのはどうせ知ってるんでしょ? 貴女達の居た時代と現世とでは、出来る事が全然違うの。何をしでかすか分かったもんじゃないわ」

 

『最後の夜泉子である貴女様がそう仰るのならば、間違いではないのでしょう。ですが、それはあの子と御山の御澄(みすみ)を守る事には関係ありませぬ。日上山にこれ以上害を為すとでも?』

 

結女(むすびめ)の方には柱となりえる私達が来る事を伝え、枢木恭蔵を動かしています。今の彼には穂織の神職の方がついている可能性がありますから、何も出来ないとお考えになるのは早計です」

 

『……そういう事でございましたか。客人(マレビト)を招こうとするあまり、愚かな事を』

 

頭を切り替えなさい。

 

今は目的より、朝武義和を止める事の重要性を伝えないと。

今の長男には駒川磯良さんがバックについている可能性がある。

私たちも散々お世話になっている方の一族、その助力の大きさは誰よりも知っています。

 

それに……黄泉の門の危険性がある状況ですら儀式の邪魔をし、次男家を貶める事だけを考えていた人。500年もの間私の一族を呪い続けてきた存在。

そんな人がしでかす事が、常識の範疇に納まるわけがない。

 

 

 

「自分の事しか考えない人がこの山の力を知っていたら、黒澤逢世さんの存在を知っていたら……放って置くわけがありません。人の欲深さは貴女の方がよくご存じでしょう」

 

『――ふふふ、真でございますな。巫女達が看取って来た幾千幾万の最期の想い、その在り方はよく存じ上げております。なれば貴女様の望みを試させていただきましょう、イヌツキの巫女よ』

 

試す? 私をですか?

匡女さんが首から掛けられた鏡を手に取られて。

 

『この鏡は、映された者の強い望みを映し出すモノに御座います。貴女の望みが真にあの子を守る事に繋がるか、見せて頂きましょう。隠し事などできませぬからな』

 

それはまたなんというか、とんでもないものですね。照魔鏡のような。

ただ、日上山の方々はそれを望まれてきたんですよね?

 

鏡に映した時、私の望みが本当はどんな姿をしているのか、私ですらわからない。

でもそれでこの先に進めるというのであればいいでしょう。

 

「わかりました」

 

『それでは、こちらをよくご覧になって――』

 

 

 

「――め――す! 芳――さ――」

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

……?

てっきり話に聞いた映画のように、どこかに心の中が映し出されるんだと思っていましたが。

 

「ここは……」

 

まだ、不来方さんと深羽さんの夢の中なのよね?

その夢の中で数時間前に見た、不来方さんの過去の記憶の中の。

 

「真っ赤な、でも真っ白な夕陽……」

 

こちらの目を焼きそうなほどに、一面を覆い尽くす夕陽。

そこに向かって引き寄せられそうな感覚が生まれてくる。

 

これが私の望みだと?

 

身体は自由に動かせる。姿も今度は私のままのよう。

だけど立ち位置はあの崖の先端じゃなくて、もっと手前の……!?

 

「不来方さん!?」

 

夕陽から視線を少し落として水平線の高さへ。

目に入って来たのは、崖の先端に立つ「今の不来方さん」。

 

そこに一つ、別の景色が重なる。

 

 

 

私でも不来方さんでも深羽さんでもない、黒いセーラー服を着た知らない女性。

その女性が、崖の先端にたたずんでいる。

 

これは誰? 一体誰の記憶なの?

 

 

 

ゆるして

 

 

 

小声のはずだったのに、いやにその声は耳に残って。

 

「待って!」

 

私の後ろから別の女性が駆けだして行くも。

 

「…………っ」

 

女学生の方は、崖から姿を消されていた。

ショッキングな光景だけど――私の頭は別の方向に動いていた。

 

こちらの女性が、黒澤(くろさわ)密花(ひそか)さん?

 

お会いした事はないけれど、聞き覚えのある声。

雰囲気も何となくそれっぽい気がする。

 

じゃあ、これは黒澤さんの記憶? それをご覧になった不来方さんの記憶なの?

過去にこんな事が……。

 

そう思っていたところで、まるで先程の光景が逆再生されるかのように景色が戻る。

だけど、全く同じじゃなかった。

 

今度は白いセーラー服の女性――不来方さんだ。まるで焼き直しの様。

私が日上山の夢に来る前に体験した、あの瞬間。

 

ならその後に続く光景は。

 

 

 

「ダメよ、許さない」

 

 

 

今度は間に合った。あの時の光景はこうなっていたんですか。

 

不来方さんであっても、あちら側に惹かれていた時があって。

旅立とうとした寸前に黒澤さんの手で、こうして救われていたと。

黒澤さんにとっては二度目だったんだ。だから「生きていて欲しい」と願われたんだ。

 

 

 

そして、一番最初の光景に戻される。

だけど、そこにも違いがあった。

 

 

 

崖の先端に立つのは()()不来方さん。

だけど、その前には、

 

 

 

真っ黒な着物を着た、花嫁の様な怨霊。

 

 

 

その怨霊が、不来方さんのさらに先に浮いているかのように。

黒い蝶が翅を広げているかのように。抱擁を待っているかのように。

 

 

 

「わたしは ひとりだ」

 

 

 

不来方さんの、悲しいまでの独白が聞こえる。

 

 

 

『あなたは ひとりではない』

 

『同じ痛みで繋がっているあなたとなら 一緒に堕ちていける』

 

 

 

黒い花嫁の怨霊から、どこか甘美にも聞こえる言葉が嫌に耳に響く。

 

 

 

『来て』

 

『一緒に 堕ちましょう』

 

 

 

ダメだ!

今は身体が動くのよ! 何を呆けているの!! 今度は黒澤さんは居ないのよ!!!

 

これが私の望み! 助ける方法は、一つ! こんな未来は認めない!

 

「ダメです不来方さん!!!」

 

あそこから一歩でも踏みだしてしまったら、もう帰ってこれなくなる!

 

 

 

急げ急げ急げ急げ!!!

走れ走れ走れ走れ!!!

止めろ止めろ止めろ止めろ!!!

 

 

 

間に合って!!!

 

指がとど――

 

 

 

「――えっ?」

 

 

 

私が不来方さんの身体に届いたと思った、直後。

その身体は、最初からなかったかのようにかき消えて。

 

その目の前に居た、黒い着物の花嫁の怨霊の姿は。

いつか見た霊媒師――駒川磯良さんの絶対霊の姿に。

 

 

 

お迎えに上がりました

 

 

 

やられた!

身体が……勢いが止められない!!

ダメ……!

 

 

 

 

 

 

ガッ

 

 

 

 

 

 

そんな、絶対霊の身体か崖下に一直線に進むはずだった私の身体は。

何かの力によって止められた。

 

目の前に居たはずの絶対霊の姿は消えて、夕陽だけが目の前に広がっている。

 

「はぁ……はぁ…………何が?」

 

私の身体を止めてくれているのは、一体……?

 

視線を下に向けると。

白い着物の袖を纏った、白磁のように綺麗な誰かの両手が、私を抱きしめているかのように。

 

この方は……。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「――ま! よ―のさ―! よしの様!! しっかりしてください!!!」

 

「…………えっ?」

 

目の前には必死な茉子の顔面。鬼気迫るかのような。

私は寝ているの? なんだか水の中で岩にでももたれているかのような……。

 

「芳乃さん! 意識が戻られましたか!?」

 

「よかった……過去一焦りましたよ。やってくれたわね、あの女」

 

不来方さんと深羽さんの声も。日上山の夢の中に戻った感じなんでしょうか。

 

私は確か、ただすめさんの鏡を見て、私の望みを確かめるとか言われて……。

 

 

 

「……えっ!? なんですかここ!? 黒い水の海!?」

 

 

 

水上ノ宮の中にいたはずなのに、周りに建物らしきものは無くなって。

 

空は暗く、でもどことなく夕陽が沈んだ時間と分かる。今は逢魔ヶ時なの?

二列の燈籠が真っすぐに並んで、道のような景色を形作っている。その果ては見えない。

振りむいた逆側は、夫婦岩のように注連縄が巻かれた、絵本の鬼ヶ島を彷彿とさせる岩。

その先から、私の全身を浸している黒い水が流れ出ている。夢でもこんな光景思い浮かばない。

 

私の背を支えていたのは、一本の丸太……じゃない。黒い鳥居の柱?

何だっていうの、ここは。

 

「私は……一体?」

 

「芳乃様が突然あの白い老婆の鏡を凝視され始めて、その鏡に吸い込まれるように姿を消されたんです。ワタシも不来方さんも深羽さんも必死に声をかけたのに、全く聞こえていないかのような感じで」

 

「匡女の方もそれと同時に姿が消えまして、居るとしたら此処だろうと急行したんです。もう夜泉に身体が滑っていく寸前で……」

 

「ですけど鳥居のお陰で沈みきってはいなかったんですよ。もし沈んでしまっていたら、私でもどうにもなりませんでした。朝武さん的には何が起こっていたんですか?」

 

つまり、あのただすめさんとの会話の途中から茉子たちと私で違う景色を見ていたと?

あの会話は……やっぱり、そういう事ですか。

 

「……多分ですけど、また不来方さんの昔の夢? 的なものに飛ばされまして。不来方さんが崖下に落ちようとするのを、黒い着物の花嫁の怨霊が誘っているかのような状況で。止めに走ったら、その怨霊が駒川磯良さんの絶対霊になって、私を迎えに来たと……どうも罠だったようです」

 

「でも、芳乃様は大丈夫だったんですよね?」

 

「うん。私が崖下に落ちる寸前に誰かが身体を引き止めてくれて、助けてもらえたの」

 

あの時、謎の誰かが私を捕まえてくれなかったら。間違いなく私は今ここに居ない。

その話を聞いて、不来方さんと深羽さんが顔を見合わせられました。

 

「……彼女、ですよね? 私は詳しくないですけど」

 

「だと思います、けど……私が誘われていた? そういう可能性もあったという事なんでしょうか」

 

「あの頃の夕莉さんならあり得そうですね。それで……()の彼女が助けてくれたんですかね?」

 

深羽さんが視線をやった先には、黒い水が湧き出し続けている海の水平線が広がっているだけ。

ここは不来方さんと深羽さんの夢ではあるとはいえ、現実にあった事なんですよね?

 

これが黄泉の門の一例――まさかこんな景色が広がっている場所が、本当にあるだなんて。

 

「立てますか? この水には浸かっていない方が良いです。完全にあちら側のシロモノなので」

 

「これが本当の『夜泉(よみ)』だそうです。起こしますよ、芳乃様」

 

茉子に身体を引っ張られて、黒い水の中から起き上がります。

服が真っ黒に染まってしまっている。まるであの時一瞬見えた黒い花嫁の様な。

深羽さんも漬けられていた、この黒い水。これが――

 

「説明も聞きたいところでしょうけれど、今はやるべき事を急ぎましょう。有地君やレナちゃんやおチビさんや……あの男が何をやっているか分かったもんじゃありませんから。夕莉さん、行けそうですか?」

 

「大丈夫そうです。ここからならムラサメ様の影見は出来るようなので」

 

そうですね。

確かに説明を聞きたいところではありますけど、今はそれより優先すべき事があります。

 

 

 

茉子がムラサメ様の写真を手に持って前に差し出し、不来方さんが写真に手を重ねられます。

 

「私の影見の視点を共有する感じでいいと思います。深羽さんの手に触れて、見えた影を追うイメージを持っていただければいいかと」

 

「こっちは私達の夢だからまだどうにかなりましたけど、レナちゃんの夢はどうなんでしょうね」

 

「わかりました、失礼しますね。芳乃様は一番上に」

 

「うん」

 

手を重ねて。

 

――写真から、ムラサメ様の白い影が空に昇っていくかのような景色が。

 

それと同時に、私たちの意識も空に浮いていく。この影に着いていけばいいんですね。

ムラサメ様、よろしくお願い致します。

 

 

 

ふと、目線を下にやると。

 

いつの間にかその空間は、真ん丸な夕陽が昇って全てが赤く照らされていた。

その中で、真っ黒な海を分けるかのように浮かぶ注連縄の岩。

 

その上に優しそうな、だけどどこか哀しそうな、白い着物を着た見覚えのある女性がいた。

 

その人から。

 

 

 

――いってらっしゃいませ

 

 

 

そんな声が、聞こえた気がした。




という事で、日上山パートは終了です。

次も引き続き過去編なので、チャプター6.5です。
次話は千恋*万花原作の焼き直しっぽいものになりますので、
あまりオリジナリティはありません。
その後には色々ありますので、お付き合い頂ければ幸いです。

次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
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