零 ~イヌツキの少女達~   作:もふもふたぬきねこ

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連載初期には全く考えていなかった方向に
話が進んでおります。

今回もよろしくお願いします。


61. 金銀の妖 黒の横目付(よこめつけ)

「山の景色は今と同じ、かと思っていましたけど」

 

「お住いの方がいたんですね! でも何だか……お疲れさま、なんでしょうか?」

 

「穴掘りの手伝いの為に駆り出されてる感じかな? 多分だけど、もうあちら側からの影響を受け始めているのよ。この状態だと1台が限界かぁ。流石に片手では難しそうですね」

 

 

 

戦国時代の武実乃山、山中。

 

現代では建物は何一つなく、ムラサメ様も詳しくご存じなかったこの頃の山。

実際には少数ながらお住いの方がいらっしゃったようです。

 

ですが明らかに体調不良が見て取れます。何かうわごとを呟いている様子も。

これが進んでしまうと、ですか……なんだか、何処かで見た事があるような方が?

 

ちなみに黒澤さんは射影機の二刀流状態。ちょっと面白い。

何故か決まった手でしか持てない感覚らしく、流石に左手の連射式には指が届き辛く使いにくいそうで。基本は右手のチャージ式限定との事。

 

逢魔ヶ時までは間があるまだまだ明るい空。

怨霊が出そうな雰囲気ではないけど、私も射影機を構える心構えをしておきましょう。

 

「最初のマヨイガ出現はオーナーさんのお孫さんの神隠しって事でしたけど、それっぽい要素って何かありました?」

 

「お伝えしてなかったですね。平安時代の初代朝武の母になった人が、小春さんにそっくりの方でした」

 

「ビックリでしたね!」

 

「つまり、鞍馬さんも朝武家に直接関わる縁があるわけですか。それでも惹かれる理由にはちょっと弱い? 日上山とはてんで事情が違うし。ああ、ですけど……あーそうかそういうアレが」

 

私たちの時は突然山に消えたみたいですけど、小春さんの場合は事前の兆候がありそうでした。

同じように叢雲様に呼ばれたのとは、多分違うんですよね。現状、まだ分からない事が多い。

何だか黒澤さんは自問自答の自己完結をされてしまっていますよ?

 

 

 

そろそろですか。あれが――あれ?

 

 

 

「……もう、完成してる? 穴掘りの為の拠点だったんでしょうか? どこもかしこも似たような形をしてるもんですね。久世屋敷よりは氷室邸に近い? まあ考えたところで得られるものもないですよ。それもそうですね」

 

「ここが、ヨシノたちが入ったと聞いた?」

 

「ええ――マヨイガの、本当の姿なんでしょう」

 

知ってはいたけど、大きい。時代劇に出てくる武家屋敷より更に大きいのかも。

山中にこれだけの規模の建物を建てるだなんて、相当な時間とお金がかかりそう。

マヨイガとして常世に消えていなければ、間違いなく発見されていそうです。

 

さっきの工事現場で話を聞いた限り、磯良さんが移ってくるのは後日なんですよね?

なら、これって。

 

「元は……朝武義和の、仮住まい?」

 

「かもしれませんね。穴掘りをネタに贅沢三昧ってところなのかも」

 

「という事は、ここから先はアブナイってお話ですね」

 

「そう、ですね……」

 

長男から離れるつもりが、長男に近づく形になってしまった。

既にマヨイガが建てられているせいで、掘った穴や地下への亀裂というのを見るのは中に入らないと難しそう。タイミングを図った方が良さそうかな。

 

「シーンが飛ばないなら、市井を見て回りましょうか。ムラサメ様がどこかにいらっしゃるかもしれません」

 

「そうでありますね! ひょっとすると、ムラサメちゃんには今のムラサメちゃんが入っているかもですし」

 

「では戻りましょう。いつまで自由に行動できるか分かりませんから」

 

そう思って、さっきまで歩いてきた道を戻り、下ろうとした。

 

 

 

直後。

 

 

 

ヒュン! ガッ!

 

 

 

「…………えっ?」

 

私の顔の真横を、風と空気を切る高い音と共に何かが一瞬で通過した。

残像を追った目の先には――木に刺さった一本の矢。

 

理解した瞬間、壮絶な悪寒が走った。

 

 

 

いま、しにかけたの?

 

 

 

「まさか!?」

 

「外したか! あれだ! 奇妙な髪色の化け女共だ! 妖に違いあるまい!」

 

「下手くそが、足を狙え! 妖でなければ犯してやるとしよう――他所者なら丁度良いな?」

 

「こちらが見えているでありますか!?」

 

「いつの時代も下種野郎がいるもんね! 圧を掛けます! 九〇式フルにいきますよ!」

 

マヨイガから出てきた侍数人が、弓矢を構えている――射かけられた!?

奇妙な髪色の女共……少なくとも私とレナさんは見えているの!?

 

って、私も射影機を構えないと!

 

 

バシャァァアアン!!!

 

 

こちらが構えるより先に、黒澤さんから超強力だろう一撃が侍たちに飛んだ、はず。

 

けれど。

 

 

ヒュン! ドスドスッ!!

 

 

「ひっ!?」

 

「駄目! 霊としては認識できません! 隠世の中なのに正真正銘生身の人間だっていうの!?」

 

射影機を構えるどころじゃない!

100メートル近く離れているのに、かなり正確に狙ってくる! ちゃんと足に!

捕まった時を想像したくもない。

 

「まずは逃げましょ『姉君はこちらに』うぉおおおおぉぉぉ!?!?!?!?」

 

「ちょぉっ犬ぅ!! こっちも連れて行きなさいよ!!」

 

風の如き早さでレナさんが犬神様に咥えられて、あっという間に見えなくなった。

こっち放置ですか!? 加護的なのは!?

 

「金の妖が消えたぞ!?」

 

「銀の妖だけでも捕らえよ!」

 

私は完全に認識されてる!! 多分狙いは私だけ――ならやる事は一つ!!

 

 

 

「後ほどお会いしましょう!!!」

 

「芳乃さん!? 無事でいてくださいよ!!」

 

「山を下るぞ! 追え!」

 

目立つ私が囮になるしかない! 黒澤さんに視線が向いていない事を祈って!

幸い日上山にいた時より疲れてない! 叢雲様の御力? 追い払う方向でお願いしたいですね!

 

 

 

全力疾走!!!

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「何処へ行った!?」

 

「捜せ! なんとしても捕らえよ! 我らの首が飛ぶぞ!」

 

「はぁっはぁっはあぁっ…………まだ麓まで、遠い……」

 

 

 

幸い不来方さんと深羽さんからは引き離せたはず。だけどこっちはマズい……。

進路を妨害されて獣道すらまともに下れなかった。大して進めていないわよね。

 

恐らく叢雲様の力のお陰で、体力的にもかなり強化されている。

にもかかわらず、流石は戦国の侍。この悪路に装備ありでも平然と追って来た。

 

「はぁっ、はぁっ……反応が、増えてる……?」

 

射影機を構える。最初に不来方さんを撮らせてもらった時のように、生身の人間でもファインダー越しに霊体の認識――つまり居る場所の把握は私にも出来る。

 

これは……二、三人じゃない。多分五人くらいで包囲されつつある。

 

 

 

降参して表に出る? 攻撃されない保証はないし、捕まったその後を考えたくもない。

逃げきれればいいけれど、この夢の中で死んだら現実の私もシミになって消えてしまう。

この時代から500年繋いできた命を、こんな訳の分からない形で失うわけにはいかない。

 

捕まって犯されたとして……終わりじゃない。その後に真っ当な人権があるなんて思えない。

飼い殺しにされるか、何かの見せしめにされるか。或いは想像も出来ない事か。

多分追手は義和陣営、解放どころか話を聞かれる事すら想像できない。

 

実利側の救助が来る? 磯良さんとかが来てくれる? 確証はない。

有地さんが目覚めて来てくれる? 茉子? ムラサメ様? 犬神様?

 

 

 

現実逃避は止めなさい。都合よく誰かに縋るのは止めなさい。

元々、何もかも自分だけで終わらせるつもりの私だったでしょう?

 

 

 

――自力で脱出するしかない。

 

 

 

「はあっ……はあっ…………ふうぅ…………あちら側へなら、抜けられるかな」

 

射影機を仕舞う。

侍たちが正確に何処にいるかは分からないけど、時間が経つほどにこちらが不利。

出来るだけ早く、位置を変えないと――

 

 

がっ

 

 

「っっっっ!?!?!?」

 

後ろから口を塞がれた!? 見つかった!? なんとか振りほどかないと!

 

 

 

「っっんんんんっっっ!!!」

 

「しぃ~~~~~~、静かに。見つかりますよ」

 

 

 

暴れようとする私の口を平然と押さえつけ、まるでなだめすかすかのような息を吐く音。

加えて、とても聞き覚えのある声。

 

逃げるよりそちらが気になって。

いつの間にか真横にいた気配へ、目線を向けた。

 

 

 

(…………茉子!?)

 

 

 

そこにいたのは、茉子……のそっくりさん。茉子より髪が長いし大人びている。

服装は額当てがなくて地味だけど、どこか戦闘時の茉子を想起させる黒装束。

 

その女の人が左手だけで私を制し、苦無を握りつつ右手の人差し指を立てていた。

目つきは戦闘時の茉子より更に鋭い。こちらを見ずに周囲を警戒している。

 

「息を殺して、出来る限り伏せて。誰かが近くを通っても踏まれても絶対動かないように。こちらで目を惹きます」

 

小声を掛けられた後、口が自由になったと思ったら今度は黒い袋を被せられて、地面に押し付けられた。同時に茉子らしき人の気配も消えた。

 

今はとにかく言われた通りに。地面にへばりつくように、顔も地面に向けて。

可能な限り、息を殺す。

 

私は石、私は石、私は石、私は石、私は石、私は石…………

 

 

 

「持ち場を離れて何をしている?」

 

「…………っ、こっこれは茉莉(まつり)様! 何故(なにゆえ)このような場所に!?」

 

「お前達の問いを許したか? こちらの問いに答えろ」

 

 

 

声は茉子と同じなのに、聞いた事がないくらい冷たい気配。

まつり……建築現場で聞いた、この時代の義和の娘?

 

 

 

世子(せいし)様のお屋敷へ続く道に現れた妖を追っておりました!」

 

「妖だと? 昼間から酒でも飲んだか?」

 

「いえっ決してそのような事は……」

 

「御屋形様が治められる地で、世子たる父上のおわす場所の傍に妖が出るなど。父上の御威光が妖程度に通じないと、お前達はそうほざくか?」

 

「とんでもございません! しかし、金と銀の髪を持った女らしき化生共を見つけたのは真にございまする!」

 

「金の化生はすぐに姿を消しました故、銀の化生を追っていたところでございます!」

 

「随分と都合のいい話だ、御伽に聞く異相の山の娘とでも言いたいか。いつまでお前達は餓鬼なんだ? おまけに片側は逃がしたなど、ホラ話の中にも恥を堂々と加えてくるとは。大きく出たものだな」

 

 

 

この茉子、怖い……聞こえてくる侍たちの声にも怖気の空気を感じる。

私が知ってる怒った茉子でも、犬神様が表に出て来てた時の茉子でもない。

少しでも応答を間違えたら、即座に首を刎ねられそうな気さえする。

 

 

 

「みつは殿たっての願いで山に目を通して欲しいと、如何様な物でも首を飛ばせるようめかし込んできたかと思えば……獣ではなくお前達のような不埒者を狩るためであったか。流石は朝武の助言役の世継ぎ、良く目が届いておられる」

 

「おっ、お待ち下され茉莉様! どうか! どうかお許しを!!」

 

「ならばとっとと持ち場に戻れ。それともなんだ? 妖とやらを捕らえた褒美に、父上がお見つけになった黄泉への道に踏み入る栄誉を賜る事を望むか? 殊勝な事だ、進言してやろう」

 

()く、疾く戻りまする!」

 

「我らの命は世子様と共に! 戻るぞ! 急げ!!」

 

 

 

ドスドスドスドスドスドス……

 

 

 

さむらいたちの、あしおとが、じめんから、ひびいてくる

 

わたしはいしころわたしはいしころわたしはいしころわたしはいしころわたしはいしころわたしはいしころわたしはいしころわたしはいしころわたしはいしころわたしはいしころわたしは

 

 

 

「はいはい芳乃様、もう自分が石ころ~みたいな自虐をしなくていいですから。相変わらず……なのは当然ですか。おかしいのはワタシの方なんでしょうし」

 

さっきの重たい音とは全く違う軽い足音を伴って、伏せていた身体を起こされ、被せられていた黒い布袋を取られた。目の前にはとても安心できる顔。

姿はついさっき見たのと変わらないけど、気配と目つきと口調は知っているものに。

 

 

 

「あの………………茉子、で、いいの?」

 

「はい。貴女の従者、常陸茉子です……と言っていいかは微妙なんですよねぇ。今のワタシは表向き「朝武(ともたけ)茉莉(まつり)」という事になっていますから」

 

 

 

あ、あぁ、茉子だ……。

 

「よかった……ホントに、よかった……」

 

「ワタシも会えて嬉しいですよ。この時機だと予想はしていましたが、これだけ時間を掛けて会えなかったら本当にどうしようかと思っていました。しかしここまでギリギリの状況とは」

 

「……? 茉子は、いつからその、茉莉さんに?」

 

「もう15年くらいですかね」

 

「15年!?」

 

私たちがこっちに来て体感で精々数時間なのに、茉子は15年もここに!?

 

「幼児の頃に山中で目覚めてからです。身体は現世と同じくらいだと思いますが、お陰で精神年齢は三十路越えですよ。そのご様子だと、芳乃様達は殆ど日上山の出来事の直後みたいですね」

 

「そうでもないの。最初に私とレナさん、犬神様がいたのは平安末期の頃で、叢雨丸が穂織に下賜された経緯を見てきたのよ。その時は実体が無くて、単に過去の出来事を俯瞰していたようで」

 

「時代すら違ったと?」

 

「ええ。この時代に来たのは黒澤さん――不来方さんと深羽さんが黄泉の門のお話を磯良さんにお伝えして、勘太郎さんが叢雨丸を発見した所から。私があの侍たちに追われる寸前までは、レナさんと黒澤さんも一緒だったの。だけど」

 

「黒澤さんはともかく、戦国の住人でないはずの芳乃様達もあれらに見つかって、妖の女扱いで追いかけ回された所だったと。危なかったですね、捕まっていたら間違いなく女の尊厳を踏みにじられていたでしょうから……あの猿どもめ」

 

うぅっ……やっぱりそういう感じよね。

 

というか、妖の女って黒澤さんじゃなくてやっぱり私とレナさんでも該当するの?

伝承に合わせるなら山の娘、つまりは叢雲様が金の異相の相貌。これでも合うには合うのか。

これって夢の出来事なのよね? じゃあ現実は叢雲様の事だったのかしら。

 

 

 

取り敢えずそっちはいい。状況確認をしないと。

 

 

 

「今の茉子はどういう立場なの? あの侍たちを言葉で追い払えるなんて」

 

「クズな父親、朝武義和が孕ませまくった幾人の女の何番目かの娘ですよ。ワタシ自身本当に何女(なんじょ)なのか知りませんし、しばらくは認知もされていなかったくらいです。現代忍術の経験値と知識と悲しい体質は残っていましたから、それを活用していたら優秀な隠密……まあ現世で言うくノ一みたいな扱いになりまして。「横目付」という監察役として実利様にも重用されていますし、大名の孫でもありますから。一応はそれなりにお偉いさんです」

 

道理で。それは男社会だろうと侍だろうと言う事を聞くわよね。

悲しい体質って何かしら。茉子に何かあったっけ?

 

「舐められないようキツめの性格を演じている内に、今のスタイルに慣れてきました。まあ発言内容は自分でも反吐が出そうですけどね、偉大な父上~とか。馬鹿みたいです」

 

「長い間大変だったのね……ムラサメ様と有地さんにはお会いしてる? 勘太郎さんが有地さんだと思うのだけど、性格は違うし私たちは見えていないみたいだしで」

 

「ムラサメ様はこの時代での綾さんという事になりますけど、もう顔合わせはしていますよ。あちらには3年ほど前からムラサメ様が入られています。こちらの綾さんに引かれているのか、ちょっと意識は曖昧気味なんですけどね」

 

「曖昧?」

 

「話をするまで綾さん状態で、話した直後だけワタシが常陸茉子だと認識できて。でもじきに綾さんに戻ってしまう感じです。表の立場に差があるので、とても恐縮されてしまうんですよ」

 

そう言う感じですか。二重人格のような。

まあ姫兼監察役と農民の娘では、ムラサメ様も頭を上げづらそうよね。

 

「正直ワタシもここと現実の区別がつかなくて不安だったんですが、ムラサメ様と話が通じてここが現実ではないと自信を持てた時は感動したものです。お陰でかなり精神が安定しました」

 

「確かにそんなに長くここに居たなら、染まってしまいそうね」

 

ムラサメ様も、既にご自身のお身体に入られていましたか。

確かにムラサメ様は元々この時代の方、綾さんとしての意識が強いのかもしれません。

 

「ただ今年は咳で今までより体調を崩されがちで……伺っていた肺炎の症状が進んでいるのだと。残念ですが、お話しできる時間は長くないでしょう。有地さんにはワタシもお会いできていません。叢雨丸が発見される前から張っていましたが、今も変わらずです。意識がまだ勘太郎殿に宿っていないのかもしれませんね」

 

「分かったわ。色々ありがとう」

 

そしてそろそろ刻限が近い、と。早いうちに会わないといけない。

まだ有地さんは見つかっていませんか。いち早く見つけたいところです。

 

にしても。

 

「なんで……私、発見されたんだろう? というか、本当に身体があるの?」

 

「日上山にいた時も生身があったわけですし、今は何ともですね」

 

少なくとも平安時代の時は一切認知されなかったし、こちらに来てからもさっきまでは幽霊状態だったはず。一体何が変わったのか。いつの間にか私も誰かに憑依した?

 

「取り敢えずはワタシの隠れ家へ。いくらワタシの傍でも、またあれらに見つかると面倒です。何より芳乃様は銀髪が目立ちますし、その服もこの時代としては仕立てが良すぎます。染めて着替えるとしましょう」

 

「……そう、ね。毎度申し訳ないけど、お願いできる?」

 

「そのための従者ですよ。では向かいましょう。山を下ればすぐですから」

 

元々万能な茉子だったけど、更に頼りがいがある。本当に色々経験してきたのね。

 

 

 

 

 

 

「染髪は取り敢えずこんな所ですか。日を重ねればもっと黒くできるかと。後は髪を結っておきましょう……こうして見るとやはり似ているものですね」

 

「ありがとう、茉子。これは……甘い香りがするけど、何を使ってくれたの? あと誰に似て?」

 

「お相撲さんが付けているびんつけ油もどきにお歯黒を混ぜたものです。この時代ではオーバーテクノロジーですね。まあ白昼堂々と表を歩かなければ大丈夫でしょう。似ているというのは、この時代の芳乃様とですよ」

 

「この時代の、私?」

 

「戦国時代の「朝武芳乃」です。ワタシの従妹で実利様の姫様、つまりは恐らく後の最初の巫女姫様が芳乃様と同じ名なんですよ。御髪(おぐし)が黒色なのもあって、昔はそこまで似ていると思っていなかったんですが。不思議なものですね」

 

 

 

山の麓、多分現代の常陸家がある付近にひっそりと建っていた茉子の隠れ家。

確かにこんな所に大名家の娘が住んでいるとは思わないでしょう。既に茉子もこの時代の一般的だろう女性の格好に着替えています。

 

鏡で見れないけど、髪色はある程度は目立たなくなった様子。どんな感じなんだろう。

ちょっとベトベトするけれど、この時代にサラサラ髪の人はそういないでしょうし、こっちの方が自然なのかも。

 

服は茉子の物を上から着る形に。現世ではほとんど同じ背格好でしたけど、こちらでは茉子の方が背が高いからなんとか着れました。気分は武実乃山の怨霊のコスプレね……。

 

歴代の巫女姫の名は、ある程度の時代までは記録されていたけど……最初期の名は残されていなかった。まさか私と同じ名だったなんて。

 

 

 

「しかしまあ、平安のお話も中々ですね。レナさんそっくりの姿をした山の娘こと叢雲様に、有地さんと小春さんの姿をした朝武の始祖、ですか。形が変わったとはいえ、よくぞまあ現代まで伝承が残っていたものです」

 

「やっぱりこの時代には、叢雲様への信仰は?」

 

「表向きにはありません。知っていたとしても恐らくは磯良様くらいでしょう。先の大乱以来相当な飢餓もあったり、武士の世となって平民は信仰どころではなかった時期もあったようですし」

 

戦の世を告げる大乱が起きてから精々4、50年か。

有名な武将同士の争いまでは年月があるけれど、それでも不安定な頃には違いない。

現代と違って、当たり前のように食事にあり付けるわけもないでしょう。

 

「話に聞くのは悲恋の伝承の後の「山の子」――犬の神である白山狛男神だろう存在の事です。神というよりは山に畏れを持っていて、白い犬が神聖視されている感じですね。まあ……おバカな父はそこにバカスカ穴を掘っているわけですが」

 

「そう……」

 

神頼みでも解決しなかった結果、一般には忘れ去られてしまったって事なんでしょうか。

 

それを是にしてはいけない。私は叢雲様がどれだけ身を裂いて頂いていたかを知っている。

現世に戻ったら、何としてもなんとかしないと。

 

「こちらのワタシの今の任務は、花守の儀の人柱――「花」となる娘の選定です。表向きには検地の名目で市井を回っているような状況ですが……綾さんや実利様側とは既にお話が付いています。もう武実神社となる場所の柩籠も完成する頃ですし、実利様と駒川氏、勘太郎殿とは近日中に最後の詰めをする事になるかなと」

 

……うん?

 

「ちょっと待って? 私が見た時は、社はまだまだ建築の途中だったはずよ? その時山の中で黄泉の門に通じてるっぽい穴が見つかった、って話を聞いたんだけど」

 

「ワタシの意識では三カ月前の話ですよ?」

 

いつの間に。その時に肉体を得たのかしら。

 

「あの穴が見つかって以来、山周辺の住人や穴掘りに関わった人足が不調をきたし始めていて……それもあって急ピッチで準備を進めているんですよ。ワタシがあそこに住まず、こちらに住んでいるのもそういう理由です」

 

「何か感じた?」

 

「ワタシもある程度は感じ取れるようになったみたいで。まああの負のオーラは別格ですよね」

 

日上山での経験を通して、茉子も霊感に目覚めてしまった……のかしら。

夢から覚めた際に悪影響がないといいのだけれど。

 

山道を歩いていた間に場面が飛んでいたの? だからもうマヨイガがあの規模だったんだ。

穴掘りの為の仮住まいにしては大きすぎると思ってた。既に物理的な門にしていたのね。

 

「芳乃様達が山に現れた場合に、間に合うための備えの意味合いもありました。準備はしておくものですね」

 

「それは本当にありがとう。間一髪だったから」

 

それと、もう一つ確認を。

 

「あと……ごめんなさい。私が知らないだけなのかもだけど、茉子の悲しい体質って?」

 

「ああ~言い方が悪かったですね――こういう事です」

 

 

ボフン

 

 

音と共に煙が立って、目の前から茉子が……ああぁ、そういう……。

 

 

 

「ワン!」

 

「自力で成れちゃうんだ、その姿に……」

 

いつか見た、白い子犬と化した茉子……なのか犬神様なのか。

あの時と同じく、その周りには茉子の服。あの時は考え付かなくてごめんなさい。

 

 

ボフン

 

 

「意識してみたら出来てしまいました。悲しいでしょう? お陰で潜入はかなりしやすいですし、白い犬は穂織で畏れられますから牽制にもなります。これも一応加護なんですかね? ワタシにとっては呪詛も同然なんですが、精神安定剤になっているのも事実でして……」

 

「本当に創作物の忍びみたいね」

 

「現実を知ってしまうと、全然嬉しくないものですよ。こういう忍術が出来る事も、実際の隠密のお役目も。高所を怖がっている暇も無くなりました」

 

元に戻った茉子は、前と同じように全裸……じゃなくてちゃんと服を着ていた。

早着替え過ぎない? あとその可愛らしさに畏れを持つのは難しいわよ?

 

「さてと……今からどうされますか? 今日のうちにムラサメ様にお会いになられますか? 儀式の日程もありますから、恐らくですがまともに会話できるだろう期間は一週間とありません」

 

「そうね、早いうちに一度はお会いしたい。こちらのお姫様を私が見るのは……難しいかしら?」

 

「無理ですね。花守の儀の「姫」となるべく長い間清めに入られていますから、ワタシもお会いできていません。元々は磯良様の娘のみつは殿が務められる予定だったんですが……本当に、碌な事をしないですね」

 

ここの話は聞いたわね。まさにその相談をしていた場に居たし。

 

 

 

「加えてですが」

 

「何かしら」

 

「そのおバカさんが、そちらの芳乃様の(みさお)を狙っています」

 

「……………………え゛っ?」

 

 

 

この時代の朝武芳乃と義和って、伯父と姪の関係よね?

そんな事が?

 

「欲望丸出しの猿なのもありますし、次代を継ぐかもしれない姫が誰かに犯されたとあっては大問題です。一応実の娘であるワタシですら危ない気配があったくらいですから、憎き弟の血筋を襲うくらい何とも思わないでしょう。そういう意味でも、幽閉されているかの環境の方が都合がいいと言えます」

 

これは……見つかったらそっちの方向の方がマズいかもしれない。




説明が多いので、会話密度がどうしても濃くなってしまいます。
話を分割した方が良いんでしょうか?

次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
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