「はぁ~~~…………想定の百倍疲れた……」
お陰でここまでの潜入の緊張は吹き飛んだけどね……。
予定外にも程がある。まさかここで怨霊に襲われるとは、何が影響していたやら。
さてと。
カタン
「ここからが本番、ね」
軽く土埃を払い落として、草履を脱いで、床下に入る隠し蓋から床の上へ。
視界内に人はいない。とはいえ、茉子の情報ではここも巡回路で3分に1回は人が通る。
死角に控えて、人が通過したのを見てから進む感じになるわね。
一応頭の中に地図は入れた。何処をどう進めばいいかは覚えてる。
後は射影機で人の動きを見ながら――
ドタドタドタ……
遠くで急ぎの足音。何かあった?
私の潜入がバレたんじゃないわよね?
「それは……支障は無いのか?」
「某では分からぬ。だが……義和様がお命じになった事だ。実利様もご承認された。やるしかあるまい」
「姫様方の神隠しもあるというに。これ以上何も起こらねば良いが……」
何かの変更があった? しかも義和の命みたい。取り敢えず碌な事じゃないのだけは分かるわね。
幸い茉子が見つかったとか、姫の不在が判明したとかではないみたい。
時間制限はあとどのくらいか。時間感覚があの怨霊のせいでない……進まないと。
常に見張りの人がいる位置は角の先。ここを横切っても見えないはず。
いざ!
遠い!
分かっていたけど、わりと人が多い!
ただでさえ緊張するのに、何か音がするなり移動するなり心臓がバクバクする。
茉子みたいに抜き足差し足なんてした事ないんだもの。
足袋すら履いていないんだから、摺り足すらできない。
現世では誰かの目線やらにずっと気を遣っていたけど、隠れるのがこんなものだとは。
こういうのって段ボール箱を被れば意外とバレないってネットで見たけど、この時代にはないものね。ないものねだりしても仕方がない。
だけど、ようやく。
「あとは……あそこの先、ね。地図は……大丈夫。はぁ、なんとかなりそう」
後一区画。怨霊との戦闘って特大のトラブルはあったけど、まだ日の光はある。
さっきの騒ぎのせいか、少しは見張りの人の配置には違いがあった。射影機さまさまね。
さあ、ゴールだ。
人間、目的を達成する寸前が一番油断する。そんなのを聞いた事がある気がします。
だから私も、この時だけは射影機を構えなかったんでしょう。
そんなだから、こんな事になる。
「有地さん!?」
「うん?」
角の先でバッタリ遇ったのは、叢雨丸を拾われた場面で見て以来の有地さん……じゃない!
この時代では鞍馬勘太郎さん! 左手にお持ちなのは叢雨丸! 間違いない!!
どこかの部屋に詰めている予定じゃなかったの!? おトイレとか!?
姫として振舞う……どうみても今の私は一般人! こんな格好の姫居るわけない!
顔こそ同じはずだけど、不審者扱いで捕らえられたりしない!? 獄門!?
なんとか、なんとかアドリブを――
「ありち、さん……休閑地の山、がどうかされましたか?」
もう一体どういう勘違いをされたのかも分かりませんよ!
ええっと!? 有地さんじゃなくて鞍馬さん! この時代に「さん」付けは無いんだっけ!?
敬称、けいしょう…………確か茉子がこう言っていた!
「あっ……くら、ま、殿…………また、後ほど」
「は、はぁ……それでは。急がねば――」
疑問符を浮かべてたみたいだけど、そのまま立ち去ってくれた!
ああ~助かったあ…………。
♢
「姫様、茉莉です」
「どうぞ」
着付けが終わったところで、茉子が天井から降って来た。隠密ってすごい。
あ゛ー、やっと気を緩められる……。
「お疲れ様でした、姫様……流石にワタシも気が気じゃなかったですよ。こちらは順調だった感じですか?」
「床下で怨霊とバトルしたわ……現代の格好だったから、やっぱり夢の干渉はあるのかしら」
「お強くなられましたね、ワタシだったら余計に手間取っていそうです。それも気になるお話ではありますが……誰かに発見は?」
それなのよね……。
「ここに到着する、寸前に。鞍馬勘太郎さんに遭遇しちゃって……」
「ああ、やっぱりそういう予定外が起こりましたか」
うん? なんだか茉子は予想済みだった?
「戻ってくる間に聞き耳を立ててきたんですが、明日の神楽舞の前に行われる予定だった勘太郎殿の演舞が、バカ父上の指示で今晩に前倒しになったみたいです。表向きには神隠し対策となっています。多分ソレで移動されたところだったんですね」
「叢雨丸もお持ちだったしお急ぎみたいだったわね。まさに向かう所だった感じかしら」
「しかしよく切り抜けられましたね。まあ幸い勘太郎殿はまだ侍ではありませんから、仮に知らない人物に会ったとしてもおいそれと話は出来ない立場ですけど」
えっ?
「勘太郎さんって、もう鞍馬姓じゃないの?」
「明日の予定だった演舞を行われて、叢雨丸を奉納されて、儀式が完了して。神刀の奉納の褒美として法眼丸と姓を賜るのはその後です。だから鞍馬姓を貰える事も、法眼丸の事も知りませんよ」
「…………私、鞍馬殿って言っちゃった……おまけに最初は有地さんって……」
「……………………もう、なるようにしか、なりませんね」
あぁんごめんって茉子ぉ……。
「まあ仮に不審者と今も思われていたとして、報告があれば確実にワタシまで上がってきますから。そこで握り潰します」
「お手数をお掛けします。それで、そっちは大丈夫だったの?」
「運ぶ事自体は大丈夫でした。問題なのは姫様がお眠りになっている時間と、その後の整合性の付け方です。流石にこれは調整に自信がありません」
「そもそもどうやって気絶させたの? お薬とか?」
「こっちで採れる植物は現代より危険なんですよ。なので
私で練習してもらっておけばよかったかもしれない。
たしか、有地さんが茉子との初対面で受けたって言ってましたか。衝撃がすごそう。
「まあ目が覚められても涸れ井戸の底ですし、目隠し猿ぐつわ手枷足枷のオマケつきですから。予定では明日の晩、恐らく儀式が失敗してドタバタしている最中にお目覚めになるくらいです。姫様にとっては目が覚めたらいきなり儀式失敗でてんやわんやなわけですから、適当に記憶が混濁してるって事にしておきましょう」
オマケに想像以上に雁字搦め……躊躇ないわね、私のそっくりさんで従妹で姫様なのに。
「何と言うか申し訳ないわね、この時代の姫様……頑張ってください」
「ワタシなんてバレたら確実に姫の立場をはく奪、穂織を追放。隠密ですから情報漏洩防止を考えたら、下手しなくても斬首ものですよ。朝武茉莉にも頑張ってもらいましょう」
ずっとお清めで幽閉されていたのに、目が覚めたら知らないうちに儀式失敗の報か、あるいは真っ暗で手足が動かず口も聞けない状況。不幸で恐怖でしかない。
そういえば、これを確認しておいた方が良いかな。さっきの事もあるし。
「この時代の姫様って、茉子の事をなんて呼んでいるの?」
「伝えてなかったですね――「茉莉姉様」と。芳乃様でないと分かっていても、やっぱり世話を焼いてしまうんですよ。互いに敬語ではありますけど、気は許して頂いている関係です」
「了解。今後は出来るだけそう呼びましょうか」
さてと。
「これでいいですか? 茉莉姉様」
「はい、大丈夫かと……これで髪の色以外は懐かしい芳乃様の御姿ですね。こっちのは
「余計に緊張するからやめて!?」
♢♢♢
「案外、揺れないものなんだ」
まさか、私が籠に乗せられて移動する日が来るとは思わなかった。
京都とかの観光地だと人力車に乗れるって言うのは聞いた事があるけれど、籠ってあるのかしら?
一応小京都って言われる穂織だし、やってみてもいいものかもしれない。
しかしよくこの山道を、こんな重たいだろう物を担いで上れますね。流石の鍛え方。
半月前は追われながら下ったのに、随分と扱いも変わってしまいました。
レナさんは大丈夫でしょうけれど、黒澤さん――不来方さんと深羽さんはどうされているのかな。
「姫様、間もなく到着致します。こちらへの訪問は極秘になっておりますので、正門からでない事をお許しを」
籠の外、傍で警護に当たってくれている茉子から小声が。
これについては出発前に説明を受けた。「朝武長男の本拠地になっている場所に、操を狙われているらしい
担いで頂いている方々も、朝武ではなく駒川氏の方との事。徹底ですね。
やがて籠が止まって、軽く地面に付く衝撃……御簾が上げられた。
「ここからは私が運びますので、出来る限り息を潜めて頂きますよう……芳乃様が軽くて良かったですよ」
もう外は暗い。篝火がないなら幾分か発見されにくそうです。
そこからひょいっと茉莉さんが、一瞬だけ茉子モードになって私をお姫様抱っこ。
現世でも何度か抱えられていますけど、それまで以上に軽々です。この服装、結構重いのに。
「予定の場所と時刻に。我々が居なければ帰還しろ。私が運ぶ」
「かしこまりました」
人足の方々に一言伝えられて、私を抱えたまま茉子がジャンプ……ジャンプ!?
ひょいひょいと、いつの間にか屋根の上。確かに潜入よりは見つからないかもだけど。
というか、高所恐怖症は完全に大丈夫になったの? どんな目に遇ってきたのやら。
思わず声が出そうになったけど我慢我慢。
上から見ると……広い。
マヨイガで迷った時も広いと思ったけど、上から見ると具体的によく分かる。
それほど裕福ではないだろう穂織の、朝武の予算でよくぞこれだけの物を作ったものです。
……ん?
「茉k……茉莉姉様、少し止まっていただけますか?」
「要努力ですね。どうされましたか?」
「射影機が反応しています」
茉子相手に敬語ってのが慣れないのよ……。
よりにもよって、この星で二人しかいない敬語を使わない人相手に敬語なんだもの。
懐に入れてある射影機から、霊波計の重い音がする。
何か見るべきものがあるの?
「その場で一周してもらえますか?」
360度回ってもらって……この方角。見た感じは屋根の上から廊下を俯瞰した形。
そこに何かがある?
「一枚、撮っても?」
「大丈夫かと」
周囲の確認もしてもらった。
フィルムは〇七式に変更OK、バシャッと――
「っっっ……あっぶない、大声上げそうになった……」
「射影機には未来を写す力もあるのですか?」
「平安時代で一度見たわ……あり得たかもしれない未来を」
初めてマヨイガを探索している私、茉子、ムラサメ様、有地さんの姿。
まさにここだったんだ。
あの時ムラサメ様が飛べていたら、ここに居る過去の私たちに遭遇したのかも?
廊下の先はマヨイガの更に奥へ。
そして……端の部分は山肌に触れている状態。最後の場所はあそこの先、ですか。
「お待ちしておりました。芳乃様、茉莉様」
シュタッと茉子が降り立ったところは……ここに繋がる道がない?
上からしか入れないか、隠し通路から来る感じの場所なのかしら。降ろしてもらいました。
そこにいたのは、みつはさん……だけじゃなくて、他にも数人似たお顔立ちの方々。
姉妹の皆さんでしょうか。
「問題は?」
「お伺いしていた神隠しについては、山よりも市井を回らせております。もし発見されるとして、幾分時間は稼げるかと。ですが……義和様の差配については、詳細は我々にも……」
「はぁ~……今更な事、此方は此方で進めるしかあるまい。磯良様は?」
「既にお待ち申しております……芳乃様、真に申し訳ありませぬ。本来であれば我ら駒川が担うべき役を、芳乃様に労して頂くなど」
駒川氏の皆さんは、裏事情をある程度ご存じのようですね。
そうでなければ、この場のセッティングもなかったのでしょうけれど。
長男はホント何かやってるんだろう……一応大名の長男よね?
さて……みつはさん含め、姉妹の皆さんに頭を下げられちゃった。
どうしましょう、何か言うべき? 私自身は潜入以外何もやっていないし。
「姫様はお心の広き御方、此度の事情は重々ご理解頂いておられる。みつは殿もお役目を果たされよ」
「承知致しました」
私が何か言う前にカット。下手に口を開くより良さそうです。
そのまま駒川の皆さんの間を抜け、廊下を進み、正面の扉へ――
次話は長めです。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。