零 ~イヌツキの少女達~   作:もふもふたぬきねこ

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文字数が二話分あります。なっが。

今回もよろしくお願いします。


65. 縁 ここに集う

「お待ちしておりました」

 

 

 

想像していた部屋とは少々違う、本棚がいくつも置かれた広い空間。小さな図書室みたい。

四隅に灯籠が置かれて、夜の部屋の明るさとしては戦国に来てから一番明るい。

天井付近には紙垂(しで)のついた注連縄が張られている。結界なのかしら。

 

その中央部に床几(しょうぎ)*1が三台置かれていて。

その傍に白い狩衣(かりぎぬ)を着た女性が一人、微笑まれながら立たれてお待ちになっていた。

 

現世では絶対霊の姿で大変な目に遭わされた、霊体状態では間近でお顔を見た。

 

 

 

駒川(こまかわ)磯良(いそら)さんが、そこにいらっしゃった。

 

 

 

「茉莉様、大変ご足労をおかけしました」

 

「必要だった、唯それだけの事……綾をここに?」

 

「ええ、一緒にさせて頂いた方が良きかと。姫様、どうぞそちらにおかけ下さい」

 

茉子が目をやった先には――布団で眠られているムラサメ様こと綾さん。

マヨイガに運ぶとは聞いていたけど、この部屋に居られたとは。

単に眠りにつかれているのか、それともお薬か、別の何かなのか。反応はされない。

 

茉子が扉を閉め、私は促されるままに床几に腰かけた。

茉子は立ったまま傍に居てくれるみたい。

 

そして。

 

 

 

 

 

 

「よくぞお越しいただきました。姫様――に近しい魂の御方」

 

 

 

 

 

 

!?!?!?

バレてる!? 茉子からすら緊張が感じられる想定外の事?

私が何とか誤魔化した方が?

 

「……何の事でしょう? 私は朝武芳乃ですが?」

 

「ご安心を、咎めるつもりなど毛頭ございません。これもご神託の通り。それに姫であろう方が、相談役風情の虚言にそのような反応はされませぬよ。我らの知る姫様とはお立場が違う方のようですね」

 

口は災いの元、とまではいかないだろうけど。口調であっさり断言されちゃった。

これ、元の姫様は茉子以外口調が違う感じだった?

茉子も内心「あちゃー」って感じっぽい。私に腹芸は無理ね……。

 

にしても、ご神託の通り? 犬神様か叢雲様からお告げがあったと?

 

「お気を楽に、お話ししやすいようにして頂ければ。綾、其方も」

 

こちらの混乱を余所に、今度は眠られていた綾さんにも声を掛けられた。

すると。

 

 

 

「……よかったぞ、芳乃。ここまで辿り着けて。分かっておっても内心落ち着かなんだ」

 

 

 

目を覚まされた。口調を聞く限り、今の状態は。

 

「ムラ……綾、どの……」

 

「ふふふ、ムラサメで大丈夫だ。既に磯良様は凡その事情をご存じでいらっしゃる」

 

「綾が御刀の御名を冠する守り神として祀られるというのは、(まこと)なのですね」

 

ダメですね、10年以上の習慣はそうは直せないようで。

 

「色々勉強させてもらってな、平民の吾輩が「花守」という言葉を知ったのはここだったらしい。それに姫である御方が、間違っても初対面の農家の小娘に敬称など付けんぞ? 逆に吾輩が姫様に敬称を付けず名で呼ぶなど、不敬極まりないの」

 

(よわい)十少々の女子の綾が、自身を()()と呼ぶのは中々面白いものですね。さて、今まで確信はしておりませんでしたが……茉莉様も?」

 

「私が? 何故(なにゆえ)そう思われた」

 

「儀の詳細を知る我ら駒川よりも早く、「花」の器に値する綾を探し出されたのは茉莉様に御座います故。それに普段の貴方様なら、既に綾の首に刃を当てておられましょう。綾の事情をご存じと見受けられます」

 

「…………」

 

これまで茉子が、どれだけ横目付の茉莉をキッチリ演じてきたかが分かりますね。

とは言え、流石に未来知識を完全に排除は出来なかったと。

 

「そしてこちらが本命ですが……義和様の姫様方は、若様の姫様を「芳乃」と名で呼ぶ事がままあります。ですが貴女だけは一度たりとも名で呼ばず、必ず「姫様」としか口にされなかった。ご自身も御屋形様のご長子の姫であり、芳乃様の従姉であり、目付のお立場まであるにもかかわらず。嫌っているわけでもなさそうなのだから、不思議にも思うでしょう」

 

「…………はぁ。()()()にとっての芳乃様が、こちらだったという識別の癖が出ましたか」

 

よく見聞きされていたんですね。そんな所に気付くとは。

 

 

 

茉子も演じるのを止めた――まあもう隠す意味もないでしょう。

 

 

 

「ええ。身体は朝武茉莉に違いありませんが、中身はこちらの姫様と似たようなものです」

 

「義和様の御子の中で、貴女は傑出した才を開花されお考えも違った。歴代の朝武にはない視点をお持ちだった。15年前の事もありますから、本当は朝武の生まれですらないのかと思っておりましたよ。表向き義和様を敬われるよう振舞われていましたが、実態はあまりに異なると」

 

そう言えば山中で目覚めたって言ってたっけ。

迷子にでもなった扱いだったのかしら。

 

「そう言って頂けるのはある意味嬉しい事ですが、やり過ぎてしまったようですね。裏方としては落第点です。ただ、ワタシも朝武の者に御座います」

 

「貴女と気軽にお話が出来る日が来るとは思いませんでした。御神より力を継ぐ者が朝武に現れるとお告げ頂いておりましたが、姫様でなく貴女方が?」

 

「恐らくそうでしょう。何せワタシは御神の憑代になっていますからね……名乗りましょう。常陸茉子と申します」

 

既に犬神様から神託を受けていらっしゃいましたか。

 

しかしまあ、犬神(妖怪)の憑代から御神の憑代にグレードアップですよ。

レナさんの事も考えれば、私が一番神様方から遠くありません? 巫女なのに。加護はあるけど。

 

「常陸、茉子……そうでございましたか。そして、こちらの姫様の名は」

 

「私はこの時代の姫と同じく、朝武芳乃と申します」

 

「……縁なものですね。幾多の名があるにもかかわらず、全く同じ名をお持ちの方がこうしてここにいらっしゃるとは。加えて、近くで拝見しても姫様と見間違うほど」

 

私もびっくりですよ。まさか自分の名にそんな縁があるだなんて。

 

「名乗りが遅れました。朝武家にて軍配師(ぐんばいし)を拝命しております、駒川磯良と申します」

 

「軍配師……? 私は陰陽師だと伺っていたのですが」

 

「先の上様の頃まではその職を賜っておりましたが、戦の世となって官人としての役など無きも同然。都を離れ、大名家に付き戦や築城の日取りを占うようになって以来、そう呼ばれております。もう陰陽師という官職は形骸化しつつあります故。数少なき力ある一族も、朝廷には仕えず各地を回っておりますよ」

 

そうだったんだ。勉強になりますね。

つまり今回の騒動が無かったとしても、陰陽師としての駒川氏はこの頃が最後だったのかもしれない。そして、その数少ない例が黒澤さんたちだと。

 

 

 

「さて、綾から少し話を聞いておりまするが……皆様は、今よりも先からお越しになったと」

 

さあ、ここからですね。

 

既に協力の体制は取っていただいていますが、ここでどれだけ磯良さんに情報をお渡しできるか、私たちが未来に情報を持ち帰る事が出来るか。

恐らくこの辺りで起こる未来は決まっているのでしょうが、最善を尽くして頂けるように行動すべきでしょう。

 

「はい、およそ500年先の時代から。私はこの時代の朝武芳乃の末裔であり」

 

「ワタシは朝武茉莉の末裔なのでしょう。未来に名が残っていませんが、長男家の血筋と伝わっています」

 

「間違いなかろう。茉子も分かっておるだろうが、本当によく似ている」

 

「途方もないお時間ですね、遡るならまだ穂織の名すら存在せぬ頃。若様の姫の末裔が「朝武」であり、茉莉様の末裔が「常陸」なのであれば、世子には若様がなられた……私の娘共は、そちらでも?」

 

「ええ。職は変わられておりますが、とてもお世話になっております」

 

駒川家の方々がいらっしゃらなかったら、穂織は大変な事になっていますからね。

平安の頃はまだ穂織って名じゃ無かったみたい。その時代に行ってきたのに、知らなかった。

 

「そうでございましたか。であれば、これからの事に取り掛かるにも甲斐があったというもの」

 

「その事で、大事なお話が」

 

「お待ちを。もうお一組、ここに居らっしゃいます故。間もなくかと」

 

まだここに? 流石の茉子も知らなかったみたいですが。一組?

まあそもそも磯良さんに正体がバレてるとか、ムラサメ様がここに居らっしゃる時点で完全予定外ですものね。

 

 

 

そんな事を考えている、僅かの間に。

 

 

 

「ふおっ!? ワープでありますか!?」

 

『こちらの姉君はよく喋る……』

 

「「レナさん!?」」

 

 

 

天井に穴は空いていないのに、シュタッと犬神様がレナさんを咥えられて着地した。

元気そうで幸いですね、寧ろ犬神様がちょっとお疲れ気味……?

 

「お久しゅうございます。白山狛男神様」

 

『結界の設け、大儀であった』

 

「勿体なきお言葉……こちらの御方は、まさか」

 

「私たちと同じく、500年後の人ですよ。レナさん、大丈夫でしたか?」

 

「おっ、ヨシノ!? 髪を染めたのですね! わたしはダイジョーブですよ、実家(北極圏)の方が大変でしたので。そちらは……マコ? に、ムラサメちゃんも! やっと会えましたですよ!」

 

「ご無事で何よりでしたよ、レナさん。ようやくお会い出来ました」

 

「久しぶりだのうレナ。元気そうで何よりだ……こちらが、犬神の本来の御姿、か。吾輩もここで会っておったとはな」

 

『ここで貴様を永久花に任じねば、先に繋がらぬ。全くあの白菊という娘を知った後に、貴様を選ぶのは萎える』

 

レナさんがいらっしゃるだけで一気に賑やかになりますね。流石というか。

この場を設けられたのは犬神様の指示でしたか。で、さっそく刺さないで下さい。

 

「やはり……この金の御髪の御相貌は」

 

「レナ・リヒテナウアーであります! ムラクモ様のそっくりさんだそうですよ、駒川先生!」

 

「りひ、りひて……? 叢雲姫様に似ておられる……?」

 

「レナで大丈夫ですよ! そっちがファーストネーム……名前ですので!」

 

『先の世に異国で生まれた姉君の器だ。話せば話すほど信じ難くなってきたが』

 

この時代の方に横文字の発音はつらそうです。

犬神様がどう思おうと、レナさんはレナさんです。押し付けは止めてください。

 

「500年後の世では、叢雲姫様の御名も取り戻されておられるのですか?」

 

『それにこの一件が関わっている。なればこそ、我もこうして貴様らに干渉している……姉君、いい加減はしゃぐのはお止め下さい。御身をそちらの小娘に』

 

「リョーカイであります! ムラサメちゃん、こちらに触ってくださいね」

 

「う、うむ……そうか、こちらが玉石の、叢雲様の完全な御姿なのか」

 

レナさんがお持ちなのは、完全な球体を成している玉石。ムラサメ様が見るのは初めてでしたね。

その玉石をレナさんがお持ちなのを見ると、なんだか感慨深いものがあります。

 

ムラサメ様が、玉石に手を触れられて。

 

 

ポゥッ

 

 

と、優しい神力の光に包まれたような感じに。

これで――綾さんが本当にムラサメ様となる未来になったんですね。

 

「これで、御神の御名が」

 

『まだだ。永久花は整えたが花守の儀は失敗し、穂織は瘴気に沈み、貴様は死ぬ。姉君の御力によって一時的に瘴気は抑えられるが、我は畜生に堕ちる――そこまでは定められている。機会はその先だ』

 

「…………そう、で、ございましたか。「さんよう」が。力及ばず、申し訳ありませぬ」

 

躊躇なくバッサリ説明されましたね、犬神様!?

もうちょっとマイルドというか、伝える事も考えるべきだと思っていたんですけど?

 

そして、磯良さんは死の運命を受け入れられた。流石というか、ですね。

 

『姉君は貴様に責を求めていない。問題はあの愚物の事よ』

 

「はぁ……義和様にございますか。今も人足を連れ、穴の奥へお進みと思われますが」

 

「何やってんですかねぇもう……」

 

磯良さんですらここで溜息ですか……。

 

「ファイトですよ、マコ! 駒川先生も一緒に、みんなで協力すればなんとかなるですよ! マサオミもミウさんもユーリさんも来てくれるかもしれません!」

 

「まだご主人は来ておらんか……」

 

「はい、まだ私たちも一度も。深羽さんからは最初に探したいとお話を頂いていたんですが……磯良さん」

 

「いかがいたしましたか?」

 

今まで分かっていなかった言葉が、ようやく分かりそう。

 

 

 

「その「さんよう」とは? 未来で貴女の……霊となった貴女から単語だけ伺っているんです」

 

「『散曄(サンヨウ)』――光なる花が散り、黄泉の瘴気に飲まれ、暗闇に堕ちる、と」

 

 

 

散曄。そう書くんですか。

 

「私に花守の儀を伝えた者が語るには黄泉、即ち「死」を封じるには相反する「生」の力が求められます。ですが生に未練を残して死を恐れれば、逆に死を招く事になるようです。儀を成す事が出来れば楔としてのお役目を成しますが、失敗すれば呼び水となってしまう。各儀によって『禍刻(マガトキ)』『大償(オオツグナイ)』『破戒(ハガイ)』など呼び名は異なるようですが、いずれも大きな災いを(もたら)したと。先の世の私は……その程度の事は伝えられておりましたか」

 

「未来に於いて、磯良様の末裔が直接お言葉を頂きました」

 

「この場合、ムラサメ様があちら側に呑まれてしまう事が該当するんでしょうか」

 

光――生の力を成す「花」が散って暗闇に堕ちる事。それが散曄、ですか。

明日の花守の儀は失敗する未来。けど、穂織は滅びずに500年後も生き抜いている。

 

「つまり儀式が失敗しても、門が完全には開かなかったのは」

 

「邪魔によるトラブルはあったものの、ムラサメ様は綾さんからムラサメ様となる事を完全に受け入れられ、「花」という楔、そして叢雨丸の管理者という守り神となられていた。だから半開きで済んで、その後の封印まで余地が生まれた、という事になりそうですね」

 

「気負わずに柱となった事が、そんな幸いに繋がっておったとはの。叢雲様の名も忘れ、この時の会話も忘れ、数多の巫女姫を犠牲に……と、何も為せておらなかったと思っておった」

 

「幽霊がお苦手だったのは問題なかったのでしょうか?」

 

「そんな些細な理由で失敗しておったら、死んでも死にきれんかったな……」

 

「なんだかムズカシイお話でしたが、グッジョブでありますよ! ムラサメちゃん!」

 

『御名を失われても、貴様らからの信仰を失っても尚、この恥知らずの地を御守りになろうとなさっている姉君の御心の輝きだ。崇めよ』

 

本当にその通りですね。感謝してもしきれない。

穂織の巫女姫としてではなく、武実神社の巫女として、私がすべき事が決まった気がします。

 

「失敗と伺って、穂織が一度滅んだものと思っておりましたが……叢雲姫様は尚御力をお与え下さっているのですね。今この場が設けられたのは、500年後における花守の儀、それを完全に為す為でございますか」

 

「そうです。元々は全然違う事を目的にしていたんですけど」

 

「眠ってしまったわたしとミウさんを起こしにきてもらったですからね……」

 

お二人の霊体がいらっしゃった場所が、場所どころか時代すら違いましたからね。

とんでもない旅路になってしまっています。

 

「500年後では、この者達は一時的に眠りについておる状態でございます、磯良様。この場の三人と私に加え、我が主で勘太郎殿の子孫であろう御神刀の使い手、そして花守の儀を伝えられた黒澤氏と繋がりがあると思しき二人、こちらに来ていると」

 

「勘太郎の末裔に、黒澤氏に関わる者も来ているのですか。繋がりは深いものにございますね」

 

『随分な在り方の差だがな。濡鴉ノ巫女と禁忌の夜泉子など』

 

「はいはい、もうその呼び方はやめてあげてください。ワタシの身体ごと滅ぼされますよ?」

 

「そのお役目……日上山の水籠(みこもり)柱様(はしらさま)にございますか。500年後も残っているとは」

 

茉子も何だか扱いが酷くなってきてるわよ?

磯良さんはその辺りの言葉もご存知でしたか。400年後に大事件が起きますけどね。

 

さてと。

 

「もう私たちの時代では、儀式に関してほとんど記録が残っていなくて。「花」「水」「姫」を揃える必要がある事は知っています」

 

「花は永久花を務める綾、水は叢雲様の御身である御刀、姫はこれらを祀る役を務める巫女であり、縁を繋ぐ者に御座います。今代では姫様にお務め頂く……ここに先の世の芳乃殿がいらっしゃるという事は、もしや姫様は?」

 

思わず私と茉子は苦笑い。

 

ええ、本当の姫様は今頃涸れ井戸の底です。

ごめんなさい。頑張って準備してもらったのに。

 

『朝武芳乃、いい加減姉君の御力の証を汚す真似は止めろ。魂どころか肉体すら薄汚れておるなど』

 

もうそういう扱いやめてください……わりと傷ついているんですよ?

いやまあ、確かに髪は染めてしまっているわけですけど。

 

「茉子、これってすぐに落とせる?」

 

「落ちないように染めてあるんですよ。簡単には無理です」

 

「髪の黒いヨシノも似合っておりますけどね?」

 

未だ自分で自分の姿を見た事がないですけどね。鏡がないから映しようが……うん?

 

 

 

映せないけど、写せばいい?

 

 

 

試しますか。

 

「茉子」

 

「なんでしょう?」

 

「狙いが合っているか見てくれる?」

 

自撮りなんてした事ありませんからね。

さてと、〇七式にして。

 

「……そちらの箱は? 随分と精緻な絡繰りのようですが」

 

「凡そ400年後に作り出される、魂写しの道具でございますよ。進歩とは凄まじいものです」

 

「ここで大丈夫です、芳乃様」

 

「ありがとう」

 

えいっ。

 

 

パシャッ

 

 

「……なんと。小耳に挟んだ銀の髪の女子(おなご)は、貴女でございましたか」

 

「やはりその髪の色の方が落ち着くの」

 

「すごいですね! 一瞬でブリーチですか!」

 

「やっぱり情報漏らしてましたか……シメるか、アイツら」

 

射影機で自分を撮ったら、染髪が落ちたみたいです。これで以降は簡単には隠せない。

隠されたものを表に出す――「呼び戻し」になるのかな?

茉子、今は茉莉さんモードは止めましょう。

 

『こんななりだが、これは姉君に御力を色濃く与えられて「姫」の役を担える。明日の儀でも、先の儀でもこれを使う』

 

「叢雲姫様の御力は、既にこちらの芳乃殿に与えられていたのですか。姫様にご兆候が見られず悩んでおりましたが」

 

「なんだかすみません……それと「これ」扱いは止めてもらえませんか?」

 

『これの血縁に姉君の御力が宿る事が、今この時を持って定まった。今頃あの娘にも影響が出始めているだろう』

 

シカトですか? イラッとしてきた。

 

「成程。500年もの先まで縁を持たれる、叢雲姫様の御力を継がれる御方が担われるとは。儀が失敗すると言えど、先の心配はございませぬな――芳乃殿、神楽は舞われますか?」

 

「はい。500年後の私は巫女ですので、毎日奉納しておりました」

 

「姫様よりも経験豊かなようで安心致しました。それでは……こちらを」

 

磯良さんが持ってきてくださったのは……ここから始まったんですか。

 

神楽の鉾鈴。500年間、巫女姫たちが引き継いできた品物。

 

「これだけの御力をお持ちであれば、御身が分けられても十分に輝きをお振舞い頂けるでしょう」

 

……えっ?

 

「御身……御神体を、分けた?」

 

「左様で。お告げに従い……このように」

 

そうして磯良さんがそっと胸元から取り出されたのは、綺麗な布に包まれていた金属の破片。

これって。

 

「まさか……叢雨丸の、切っ先ですか?」

 

「はい。儀式の際、傍に持てと。御刀そのものは殺生石の前にご鎮座頂きます故、恐れながら御身の一部をお預かり致しました。そちらの鉾鈴にも僅かですが打ち合わせております」

 

「既に叢雨丸は、太刀から現代の打刀の形を成しておる。元々太刀だったとは知らなかったな」

 

『死しても手放すな。それが貴様と姉君を繋ぐ最後の縁となる』

 

「承知致しました。例え我が魂が砕け散ろうと、果たしてみせましょう」

 

まさかこの鉾鈴に叢雨丸の破片が混じっているだなんて、思ってもみなかったですね。

その切っ先は……つまりあの絶対霊って、憑代になっているのは?

 

 

 

「さて……先の時代にて、不足してしまっているものはございますか?」

 

「ええっと、まずは叢雲様の御身の「玉石」ですね。儀式の後の頃になると思いますが……砕かれ、山に撒かれてしまっていました」

 

「御身が……? 先程狛神様が堕ちられたと伺いましたが、それが?」

 

『先の世において、我は畜生に堕ちつつも姉君の御身を拠り所として意思を残した。砕かれるのは我が堕ちた後だ』

 

「ほぼ全て集め終わってはいるんですが、あと一欠片だけ見つかっていない所で……恐らくですが、黄泉の門の傍にあるのだと思います」

 

その話を聞いて、磯良さんは一気に悩み顔に。

御神体が砕かれているだなんて知ったらショックですよね。

 

「何故あの門の傍に……あの門に近づく段取りがあるのは私だけなのですが」

 

「御息女のみつはさんたちがお近づきになる事は?」

 

「娘共には世継ぎを生む使命があります故、近づかぬ様厳命しております。加えてあの門に通じる道は死の気配に満ちておりますので、並の者では近づく事もままなりませぬ。今も踏み入っている者達の安否が心配なのですが……」

 

茉子から聞いていましたが、案の定ヤバい道のりになりそうですね。

負のオーラどころか死の気配に溢れているとか。

 

「駒川先生的には、誰ならそこまで行けそうでありますか?」

 

「狛神様、叢雲姫様の剣を持つ勘太郎、類稀な胆力をお持ちの若様、黄泉を信じておられない義和様、封印を生業(なりわい)とする黒澤氏、そして私、でしょうか。皆様を含めて良いなら、神々の御力を持つ芳乃殿と茉莉様も近づけるでしょう」

 

『我はあり得ぬ。朝武茉莉は白児が去れば唯の人間、この世の朝武の小娘も共に近づく理由がない。黑キ澤の守り人が近づいたなら、後世で他にも柱が立てられている』

 

「という事は、この時代に居られる朝武家の長男と次男、磯良さんに勘太郎さんの4人ですか」

 

「わたしはダメなのでしょうか?」

 

『引き倒されたいですかな?』

 

「自重いたします!」

 

レナさんは不可能ではないのでしょうけど、犬神様が許すはずもありませんよね。

 

厄介なのは、考え無しのせいか朝武義和も入れるらしい事。これだけで何でもありになりそう。

たしか深羽さんが言ってましたよね――ヤケクソで門を開けた人もいると。

 

「叢雲姫様の御身が揃っておられないとなると、正しく御力は発揮されぬでしょう。見つけて頂くのは必至かと」

 

「なんにしても、黄泉の門の傍まで行くのは確定ですね。磯良様がお持ちの叢雨丸の切っ先は?」

 

『分けられたのは姉君のご意志だ。でなければ再生している』

 

現世の叢雨丸の姿は、有地さんが折られてから再生したものらしいですね。

つまり普通なら切っ先として残っていないと。

 

「先の世における保険かと。この切っ先が必要となるか、御身がその時まで完全でない方が良いか、その両方と見ます。お見つけになった際にはお運び頂きますよう」

 

叢雲様の御考えはまだ分からないけど、この先確実に必要となる時が来るわけですね。

 

「承知しました。それでは……完全な形に戻った玉石、切っ先を含めた叢雨丸とムラサメ様、こちらでの記憶を引き継いだ私、が居れば要素は揃いそうですね。そこで……神楽舞を奉納すれば?」

 

「叢雲姫様の御力に穂織は満ち、門は閉じると。そう考えております。出来うる限り、叢雲姫様への信仰を取り戻して頂ければ」

 

これで門の正しい封印までの道筋は付けた。大体想像通り。信仰のお話は勿論です。

あとはどう邪魔というか、不確定な要素が入ってくるかですが……。

 

「磯良様。先の世においては管理者となる私や神々、磯良様の魂だけでなく……義和の念も、実利様一族末代、そこにいる芳乃に至るまでの呪いとなって残っております。何か手はありますでしょうか?」

 

「義和様の(しゅ)、と?」

 

『然り。姉君の御力を侵し、しぶとく残っている』

 

「やっぱりヨシノを倒そうと?」

 

「それなんですけど……」

 

「それだけじゃなさそうなんですよねぇ」

 

ここに来る前、日上山の水上ノ宮で匡女(ただすめ)さんが言っていた事。

それは。

 

 

 

「朝武義和の呪いの目的は……現世での受肉。つまり蘇生なんだと思います」

 

 

 

死んでいるけど死にたくない。なら解決への最短ルートはこれになる。

でも肉体はない。誰かに乗り移ってそのまま乗っ取るのか、生まれ変わってくるのか。

 

そのために、歴代の巫女姫を呪ってきたのか。ここはまだ分からない。

 

「ワタシはあの人の血筋で、貴方の半身みたいなものだから器にできている、との事でしたが? 操る事が出来ていたという事は、ワタシは今後義和に乗っ取られる可能性も?」

 

『貴様が真に我の半身であるはずがない。我が身とヤツの念は姉君の御身の中で混ざり、繋がりを持った。加えてこの時代の小娘にも干渉している、故に貴様とも縁を持ったに過ぎん』

 

これは茉子が茉莉さんのお身体に宿ったお話かしら。

 

『貴様の肉体に愚物が干渉できたのは、姉君の御身が散っていた山で、加えて常世に足を踏み入れていたが故。だが御身に残っていた愚物の念は喰らい尽くしてやった。夜泉に融けておらぬ以上、輪廻による転生など…………夜泉子に似た形か』

 

夜泉子、深羽さんの在り方。

 

「深紅さんが知らずに為してしまった禁忌……それは――」

 

『語らぬぞ、世の理を歪めるからこそ禁忌だ。我から今以上に語れば、(いにしえ)から果てに至る全ての時で名を失い常世からも追放となる。貴様らもそれを望むまい』

 

犬神様から話そうものなら、犬神様が関わった歴史自体消えると。とんでもない事ですね。

 

 

 

今以上に伺う事はできませんが……犬神様と深羽さんからのヒントはいくつかある。

あとは深羽さんか深紅さんに直接伺う事ですけど……これ超絶禁句(タブー)案件ですよね?

取り敢えずなんて気じゃ聞けそうにない。答えを出した上でか、相当な覚悟が必要になりそう。

 

 

 

「受肉、のお話の前にれな殿が語られましたが。義和様の呪は芳乃殿を害しようと?」

 

「ハッキリしていないんですけど、私まで続く実利さんの血筋は……子を生み、御加護を失うとじきに死ぬ。生まれてくるのは女子のみ。恐らくこの2つが呪なのだと」

 

「女の子しか生まれないというのは、不思議なカースでありますね?」

 

「男系継承でなかったら、全然意味なさそうですからね。この時代の価値観だと重そうですけど」

 

「だが歴代の巫女姫は、神様方の御力があるとはいえ姫を担える女子をなせてはおる」

 

「義和様が……直接死を(もたら)しにはなっていないのですか?」

 

それなんですよ。そこが謎。

 

 

 

叢雲様と犬神様の御力で、無事に子が生まれる理由は平安で知った。

けれど全て女子。それ以前は男子が生まれていたんだから、変わったのは戦国時代からって事。

 

世に生まれる子に関わる事は、神の理に触れる行為なのだとこの目で見てきた。

御名を失われてまで授けて下さった安産の加護だけど、加えて性別に干渉できる?

姫となる巫女を担う女子が生まれている点は都合が良いけれど、500年後に(朝武芳乃)を誕生させる事とは直結しない気がする――つまりは、やはり呪詛?

 

朝武の子は、一代に一人しか生まれていない。

何故なら二人目を妊娠したと思われた時に例外なく早逝するから。

それが分かって以来、可能な限り先代の命を持たせるために二人目をなさない事になったらしい。

これは御加護を失った上で呪詛に撒かれたとまだ理解できるけれど。

 

500年もの間、1人っ子で命を繋ぎ続けているだけでも奇跡なのに、その全てが「姫」となれる女子なんだから偶然ではない。

でもこれが御加護なら、義和の呪詛はただ実利一族を殺そうとしているだけなの?

御加護が無かったなら、とうに滅ぼされていたの?

 

 

 

ここで不明なヒントが、犬神様のご発言――「母体は不要」。

 

 

 

私たちが神隠しに遭った際、茉子を無理矢理動かしてまでお母さんを害しようとした話。

どうしてお母さんだけを狙ったの? その場で私を殺せていれば悲願を達成していたはず。

 

私が神様方の縁の果てであるらしい「朝武芳乃」だから助かっただけなの?

……違うと思う。私は「必要だった」と考えるべき。

 

何故なら、私は日上山で結女(むすびめ)さんに「柱に出来ないのが残念」と言われたから。

明確に別の何かを求められていたから。

 

他にもある。犬神様が祟り神だった際、こう口にされたはず。

「滅びを望んでいるのは義和の血。だけど()()()()()()()()()()()」と。

 

真の目的って何? 死なない方法――受肉による蘇生。

確認すべきさっきのお話。輪廻に依らない転生。

 

まだ全ては繋がらないけど……なんだか嫌な答えに辿りつく予感。

 

 

 

仮定が多分に含まれるけど、大きくずれていない気はする。

一応聞けるか確認しましょうか。

 

「犬神様」

 

『自力で結びつけろ。御名を失われた姉君の御加護と、畜生に堕ちた我の力が貴様らに宿せている縁、これ以上手を出せば即刻切れるぞ』

 

案の定ダメか。でも犬神様は答えを知っているんだ。

このくらいはいいですか?

 

「分かりました。一つだけ確認を――()()()()()()()()()()()()と以前伺いましたが?」

 

「ちょっ芳乃様!?」

 

『出来るものならな』

 

「ええぇ……?」

 

「大旦那さんに相談したお話でありますね。それが一体?」

 

やっぱり。あれは嘲笑ではなく皮肉だったんですか。

多分だけど、封印云々の話だけじゃないんですね。

 

 

 

とはいえ、これを此処で口にするとこの後にも現世にも影響が出るのかもしれない。

深羽さんたちにも確認する必要があります。今は心のうちに閉まっておきましょう。

 

 

 

「芳乃殿は……その呪についてご理解をされたと?」

 

「断言には至りませんが。500年後に確認する事が出来ると思います」

 

「そうでございましたか、僥倖に御座います……そろそろ刻限でございますな。綾もこれ以上は持たないでしょう」

 

「申し訳ありませぬ、磯良様」

 

「何を仰っているんですか? ムラサメ様のご活躍はこの後なんですから。よろしくお願いしますよ」

 

「そうだな、未来における花守の儀を成す為にも……永久花の生霊として、叢雨丸の管理者「ムラサメ」として、また会うとしよう」

 

「わたしはどうすればいいでしょうか?」

 

『御身をお持ちになり、我の傍に。散曄に呑まれればその身を穢されます』

 

「それじゃあ私たちは」

 

「ええ、明日の花守の儀に備えるとしましょう。磯良様、ありがとうございました」

 

「とんでもございません」

 

磯良さんから深く礼をされた。

 

「此処での記憶がほぼ失われてしまうとはいえ、先の世に貴女方や叢雲姫様と白山狛男神様、そして穂織が残っていると知れて、真に僥倖でございました。例え今の在り方を失うと言えど、いつか思い出す時が来る希望はあります。先程に関わる文書を、歴史に関与せぬ程度に纏めておきましょう。お役に立てるかもしれませぬ」

 

「ぜひ、お願いします」

 

多分それがムラサメ様の傍で見つかった封書と、マヨイガで見つかった古書なんですよね。

 

『散曄が一時鎮まるまで、我とこの器は山を降りぬ。為すべきを為せ』

 

「また必ず会いましょう!」

 

そうして、犬神様とレナさんはまたフッと消えた。

 

「吾輩もそろそろ限界のようだな……芳乃、茉子。後を頼むぞ」

 

「ええ、私は柩籠の中でお会いしましょう」

 

「ワタシは現世になりそうですね。未来で必ず」

 

ムラサメ様も、眠りにつかれました。

これでこの後、本当に永久花になられるんでしょう。

 

さあ、私たちも。

 

 

 

「芳乃殿」

 

 

 

部屋から出ようとした寸前で、磯良さんからお声が掛かった。

 

「どうされましたか?」

 

「ここでの別れとなる前に……その魂写しの道具で、私を写していただけませぬか? 私が、ここで芳乃殿方と縁を持てた――その証として」

 

「ええ、大丈夫です」

 

そうして、射影機を構えた――

 

 

 

ああ、この瞬間だったんだ。

 

 

 

広い部屋の中。その中央に神職と思わしき方が佇まれ、良き未来を願われている様子。

私がマヨイガで撮影する事になった、こことの縁となった写真の、本来の姿。

*1
戦国時代の折り畳み椅子




零っぽくて花が関わるような漢字を探すのが無駄に大変でした。
(あき)らか、(さか)ん、(かがや)く、と使われるそうで。

次は翌日、やっと儀式の日です。


が、しばらくお休みを頂きたく思います。
春のうちには投稿再開できるかな? と。

よろしければ、引き続きお付き合いください。
ここまでの評価や感想を頂けるとめっちゃ喜びます。

次話も宜しくお願い致します。
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