本作では本人達が当事者です。
先日知ったんですが、千恋*万花に出てくる景色や建物は
しっかりモデルがあるみたいですね。
武実神社が日本書紀に載ってたものだったとは。
今回もよろしくお願いします。
柩籠を成していた聖域の外、神楽殿。
そこは。
「……やっぱり、もう始まってしまっているんですね」
目に見えて黒い空気に包まれていた。
煙の中とは言わないけれど、薄く光を遮るくらい重い気配に満ちている。
花守の儀は失敗し、黄泉の門から瘴気が溢れ始めてきているという事。
「外で状況の確認をした次第ですが、芳乃様は可能であれば城に避難を。最低でもみつは殿と合流してください。有地さんは誰かから指示が無かったらワタシに従って下さい。大体の振舞い方は分かりますね? 多分ですけど、正気を失った住民を制圧する必要があります」
「了解。叢雨丸が使えるといいんだけど」
「穂織の民が相手なので、叢雨丸は使えない可能性が高いです。法眼丸を貸してもらうよう私から実利さんに伝えられれば」
「マジでは斬りたくないって。どっちでも峰打ちで済ますよ」
この先の方針は立てた。社の扉を押し開いて外へ――
「兄上、御戯れを」
「この俺を、見下すなぁ!!」
丁度、兄弟喧嘩? の最中だった。実際はそんな生易しい物じゃないけれど。
叢雨丸を振りかざす義和と、仁王立ちで刀を抜いてすらない実利さん。
一目でどっちが格上かよく分かる。
「今は穂織を護る為の儀の最中。朝武の血を継ぐ我ら兄弟が争っている場合では」
「ぬかせ! 貴様など必要ない! 長子たるこの義和さえいれば穂織は安泰よ!」
ブン! ブン!
叢雨丸が振るわれるけど、動揺する事もなくその刃を避けられていく。
これが将来穂織を担われる方の丹力ですか。
「その御刀は人を斬るためにあらず、穂織を護る為に御神が授けられたもの。そのように振舞われては」
「これが犬畜生の授けだと? ならばその戯言、貴様の身で証明してみせろぉ!」
上段から肩に向かって振り下ろされる。
実利さんは――避けない!?
がっ
左手で、叢雨丸を、掴んだ。血すら流れてこない。
「ばっ馬鹿な……っ、このナマクラがっ!!」
「お心乱されているご様子。少し落ち着いて頂きましょう――ふんっ!」
ドッ!
「完全に鳩尾入ったわ、ナイスボディブロー」
有地さんの解説の後、義和がその場にどしゃぁっと倒れ込んだ。
制圧できたみたいですね。
と、こちらに顔を向けられた。
「芳乃、具合は?」
「はっはい、怪我とかはしておりません」
何もなかったかのような問いかけに、こっちが戸惑いますよ。
「茉莉、芳乃を連れて城へ戻れ。みつは、こうなった時の手筈は? 既に空気が重い」
「すぐに取り掛かります」
「良きに計らえ。者共、兄上を――」
ここまでは冷静に指示が下されていた。
でも……ここまでですね。
ざりっ ざりっ
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………」
「ぐ、ぐる、じ……」
「お゛、だ す げ を」
穂織の住民が、瘴気に呑まれ始めている。いつの間にか周辺が取り囲まれている。
瘴気の出所がここだからか、この地を治める朝武の人間が集まっているからか。
元より比較的殺生石の近くにお住いの方々。
今までも僅かずつ、瘴気を吸ってきてしまっていたのかも。
「ぬぅ!? これは何事か!?」
実利さんにとっては完全に想定外の出来事。
ゾンビみたいな存在を知るわけありませんよね。
一方で。
「……ひひ、ひヒヒひひハハは!! 実利ぃ! これで貴様は終わりよ!」
義和が立ち上がった。狂気の笑みを浮かべている。
血走った目つきには、怨霊の白目剥きだしとは違う生々しい恐怖がある。
「こんなナマクラなぞくれてやる! 貴様は失敗した! 朝武の汚点として永劫語られるがいいわ! はははは……!!」
握っていた叢雨丸を地面に投げ捨て、そんな捨て台詞と笑い声を残して。
義和は群衆に紛れて消えた。
この場で正気なのは私たち三人と、実利さん、みつはさんたち駒川氏の数人、部下の方十数名。
この人数で数十人の群衆の相手、すぐには制圧できないわよね。
何処からか既に煙が上がっている。とっとと解決に回らないと被害が拡大しちゃう。
――ならば。私がやるべき事は一つ、ですね。
「茉子。有地さんと一緒に住民の方々を気絶させるか誘導を。ここに集めて」
「芳乃様? 一体何を……まさか」
「…………この人数、いけんの?」
射影機を構える。もう隠している場合じゃない。
これだけ人数が居れば、霊片の数なんて最早関係ない。日上山仕様の真骨頂。
左下には強化レンズ「花」の字。叢雲様の名を知った今、しっかり機能してくれるでしょう。
フィラメントの色は残念ながら
いざ。
バシャァアン!!!!
私が今までに切ったシャッターとは、まるで違う音が鳴り響き。
「「「ああぁ……」」」
ファインダー内に居た人たちがバタバタと倒れていく。
今の私なら、みんなを助けられる。
「芳乃、それは……よい。勘太郎!」
「はっはい!」
実利さんから大きな声が有地さんに飛ぶ。
「今より「鞍馬勘太郎」を名乗れ! 叢雨丸を貸与する! 茉莉と共に穂織の民を護れ!」
「っ承りました!」「承知! 行きますよ!」
「みつは! 急ぎ支度せよ!」
「仰せのままに!」
「俺の傍付きは芳乃を護れ! 足軽達は俺と共に乱心した民を制圧せよ! 決して殺すでないぞ!」
「「「「ははっ!」」」」
そしてあっという間に指示が飛ばされる。すごい迫力。
お父さんがこんなのだったらビックリ。
さて、片翼側の住人は気絶させた。ならば――
バシャァアン!!!!
もう一方も。これでみんな自由に動ける。
さあ、やる気出しますよっ!
「社を守ります! 誰一人としてここを通さないように!!」
「「「かしこまりまして!!」」」
♢
散曄が始まって、一時間くらいかな。
黒い霧のようなものに薄く包まれて、本来なら見ていられない太陽の輪郭があっさり見える。
社は守り切ったけど、その代償として眼前にはある種の惨状。
穂織中から集められた、瘴気にあてられてしまったと思われる人たちが、あたかも死体のように転がっている。百人は優にいる。まるで日上山での不来方さんの夢の景色。
怪我どころか深手を負っている人も少なくない。住民同士で争ってしまいましたか。
だけど、誰もまだ死んではいない。
「芳乃様。今の所はこちらで全てかと」
「無事な人には、出来るだけこの辺から離れるよう言い回って来たよ。にしても、随分とパワーアップしたんだね?」
「二人ともお疲れ様。私の身にも色々あったもので」
有地さんと一緒に戻って来た茉子から報告を受ける。
怪我人の治療を急がないといけない。やる事をやらないと。
バシャァアン!!!!
シャッター音と共に光が飛び、霊片の花が咲く代わりに瘴気と思わしき黒い靄が飛び散った。
かなりフィルム使っちゃったわね。でもこれで、一旦は大丈夫でしょう。
傍付きの皆さんもありがとうございました。
「私はみつは殿と共に社の中にいます。周辺の警戒と怪我人の処置を。父上が戻られたらその命に従って下さい。茉莉姉様、鞍馬殿、こちらへ」
「「「はっ」」」
「かしこまりました」「了解」
幸いと言っていいのか、想像より瘴気は広がっていなさそう。
だけど発生の大本は背中側。そちらをどうにかしないと。
社の中は、外よりもずっと黒い空気に覆われていた。
その中では駒川氏の皆さんが、顔色を悪くされながらも注連縄を張られていました。
ここで抑えて下さっていたんですね。
その代償か、こちらの皆さんも長くは持ちそうにない。
「……姫、さま……?」
「ご苦労様です。外は一先ず大丈夫。こちらの状況は?」
「場は、まもなく整えられて、ございます。あとは、おんかみのお力を、ここにみたせれば……」
「分かりました」
やる事が分かっていて助かる。それしか出来ないのだし。
「鞍馬殿、叢雨丸を殺生石の前の台に。茉莉姉様は皆さんの傍へ。念のために警戒を厳に」
「承知しました。勘太郎、手伝いを」
「勿論」
叢雨丸を、最初に社に入った時と同じように納めてもらう。
駒川氏の方々を集めている間に、注連縄は張り終えてもらった。
此処からは、巫女としての私のお役目だ。
「……皆さん、心安らかに」
鉾鈴を構えて。
――神楽舞を
「マジで姫様やってるね、朝武さん」
「姫役は一日と経ってないんですけどね。本物の姫様をいつ表に戻すか悩み物です」
「そういえば、その姫様は今どこに居るの?」
「涸れ井戸の底ですよ。気絶させて縛ってあります」
「うわあぁ、ひっどい……」
一振り一振り、瘴気を祓うように。
身体を振り、装束を振り、鉾鈴を振る。
叢雲様の御力が、この場に満ちていくように。
「ふぅ……」
奉納を終えた。
黒い霧は晴れたでしょうか。みつはさんたちの顔色もよくなったように思える。
「お疲れ様でございました、姫様。素晴らしき舞にございました」
本物の姫様とは経験値が違いますからね、私はこっちが本職ですし。
伊達に十年以上やってません。
「皆さんもご苦労様。こちらは、これで?」
「はい、一先ずは。ですが……」
血色は間違いなくよくなった。でも別の意味で顔色は晴れない。
「母、磯良が役目を務めております本門。そして御山から通ずる道については……」
そうですよね。これも応急処置でしかない。
現代において、山体の門はマヨイガとして常世に消えている。
黄泉の門は、未だに正しくは閉じられてはいない。
まだまだ何かが起こる。
「何か磯良様から伝えは?」
「こちらから瘴気が溢れる事があれば、全力で抑える様にとのみ……申し訳ありませぬ」
ここからはほぼノーヒントか。
自力で正解に辿りつかないといけないわね。
「分かりました、一息を。この後も気は抜けませんから」
「承知致しました。ありがとうございまする」
体調は良くなったとはいえ、体力までは回復していないはず。万葉丸はないんだから。
この後どうなるか分からない。出来る限り万全で居てもらわないと。
「お疲れ様でした、芳乃様」
みつはさんたちが離れた所で、茉子と有地さんがやって来た。
「お疲れ様……これで、こっちの封印ってのは成ったのかな?」
「いえ。恐らくですが、まだだと思います。仮の、更に仮の封印ってところでしょう」
何故なら、まだ現世と違う部分があるから。
「歴史の上では、この後隣国からの侵攻があります。そこで再び叢雨丸は振るわれるはずです」
「あーそうだった。それに」
「有地さんが初代鞍馬として、法眼丸を振るわれる初陣……のはずでしたね」
「まさかの俺が参戦か。で、その際俺は叢雨丸を持っていない事になってるんだから」
「多分、穂織の代表として実利さんが振るうんでしょう。でも叢雨丸は使い手以外が振ったところで紙も斬れない、正真正銘ナマクラのはずです。普通の武器としては使えないと思うんですけど」
平安時代は逆だったみたいだけど、叢雲様の……私たちの信仰のせい、よね。
これを考えると、実利さんが戦場でチャンバラをする事はないと思うのだけど。
「もうナマクラ扱いがデフォになってきましたね……つまりは有地さんも」
「それに合わせるなら、法眼丸で斬らない形で制圧する感じか……峰打ちってポンポンやるもんじゃないんだけどなぁ。人殺しにならなくて済むのは本当にありがたいけどね」
「有地さんも
「目のハイライト消えてるから止めて? 残念ながら俺も見慣れてはきてるよ。
「同感ですね、既にワタシはヤバそうです。早めに引き戻さないと」
有地さんも何となく落ち着きが増しているのは、平安時代に色々経験されたからかもしれない。
茉子も現代に戻ったら労わってあげないと。本来500年後の人間が経験するものじゃない。
私だったらとっくに元の在り方を失っていそう。
今は申し訳ないけど、二人はまず現状の対処。それから――
「芳乃」
思考中断。実利さんが戻ってきましたか。
即座に茉子と有地さんは跪坐で待機される。流石ですね。
「こちらは?」
「一先ずは抑えられたようです」
「そうか、よく務めを果たした。だが……状況は良くない」
「他にも、何かあったのですか? 伯父上が?」
中身の予想は付きますけど。
「隣国に動きあり、だ。恐らく先ほどの騒ぎで上がった火の手。この煙を内乱と見たか、
ある意味歴史通り、なのかな。
言い伝えとは違って、本当のきっかけはあの火事だったんですか。
この時代、戦の切っ掛けなんて些細な事でいい。大義名分は後でどうにでもなるでしょう。
これがどう「妖の女による扇動」に繋がるかの経緯が分かりませんけど。
……まさか黒澤さんが、何かの為に暗躍してるなんてありませんよね?
中身の深羽さんなら楽勝そうなのが怖い。不来方さんもいますし大丈夫でしょうけど。
長男はそうよね、あそこが今の本拠地だし。
この先どう封じるかだけど、本当の最期の経緯は誰にもわからない。現代に墓はないのだから。
加えて磯良さんが心配ね……犬神様の予想ではご存命との事だけど。
「芳乃は城に戻れ。朝武を継ぐ者として、花守の「姫」として何としても生き延びねばならん。いざとなれば穂織を捨ててでも命を繋げ。決して血を絶やすな」
そこまで言われてしまうと……私は城からまず動けませんね。
大人しく状況を見守るしかありません。
「茉莉」
「は」
「急ぎ隠密を率いて情報の収集を。偽報を流しての攪乱を任す――お前も芳乃と同じ姫だというのに、苦労をかけるな」
「勿体なきお言葉。それが私の使命なれば」
茉子がどれだけ修羅場をくぐって来たかが分かりますね。信頼がすごい。
そしてこの先も、私と違って死地に赴く事になる。
「勘太郎」
「はっ」
「
「かしこまりましてございます!」
有地さんも、これから戦争だというのに落ち着いている。
平安時代、私たちよりも見て来たものが重かったのかもしれない。
次に『朝武芳乃』が歴史の表舞台に出るのは、獣耳の生えたイヌツキの姫として。
それが私なのか、ひどい目に遇っている本物の姫様なのか。
って、このタイミングで姫様を解放しないとしばらく機会がなくなりませんか?
先に茉子に運んでもらわないと。
次話の芳乃視点は半分くらい。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。