実際のところ、アレってどういう機構で動いているんでしょう?
今回もよろしくお願いします。
「こっこれがムラサメ様! ……ははぁ~、ありがたやありがたや」
「祖父ちゃん! いくらなんでも人の往来がある所で土下座はやめてくれ!」
「案の定、昨日の焼き直しのパワーアップ版になりましたね……」
「予想出来ていた事ではありましたが。ワタシとしては有地さんがちゃんと朝起きてこられた事に今も驚きですよ。よくわらべ歌メドレーを乗り切りましたね?」
『ご主人め。あのいやほんとかいう文明の利器に頼るばかりか吾輩を封じるために……ゆ、幽霊の映像をすまほから延々と垂れ流すなど』
翌朝。
有地さんのトレーニングについてくる形で、私と茉子も玄十郎さんの元へ。
そして、昨日と今日の事情をお話しする前にムラサメ様の写真をお見せしたんですが。
「馬鹿者!! 穂織の守り神として長年ワシらを見て頂いているお方の御姿じゃぞ! これを敬わんとしてなんとする!」
「だとしてもだよ! 事情を知らない人が今の光景を見たら意味不明を通り越して不気味なんだから! 穂織の評判が下がるのはムラサメちゃんも喜ばないって!」
「む、むぅ……」
おお、さすが有地さん。玄十郎さんの心理をよく理解していらっしゃる。
玄十郎さんも落ち着いてくださったみたいですね。
「それで、夕莉君が直接手を貸してくれると?」
「はい。幽霊に対抗するにしても今の私たちでは不安も残っていますから。確実にご対応頂けるように今日の夕方、山に同行して頂けると言ってもらっています」
「……そう、でしたか」
今日の夕方に行われる予定の話を聞いて玄十郎さんも曇り顔。
やはり乗り気というか、勧められる行為ではないようですね。
「祖父ちゃんは不来方さんの事を結構知っている感じなの?」
「ある程度はな。ここで話すつもりはないが、最初に夕莉君がこの穂織を訪れた時もここに移住された時も関わっておる。あの店の物件はワシが紹介した形だからな」
「物件のお話についてはみづはさんも仰っていましたね」
「ですけど、ムラサメ様は御存じなかったんですよね?」
『うむ芳乃よ。あの気配や容姿ならまず気付かない事も忘れる事もないはずだが……会った事も聞いた事もないはずだ。あの店のようにそういう体質と言えなくもないだろうが』
「人に認識されないとか、記憶に残りづらいって事?」
「将臣、ムラサメ様が何か仰っておるのか?」
「いや、ずっと穂織を見てきてるムラサメちゃんでさえ全く覚えがないって言ってるからさ。以前見聞きした事はあっても忘れちゃってるんじゃないかって。あの喫茶店も俺たちじゃ道を覚える事ができないような不思議な雰囲気だから、不来方さん自身もそういう体質なのかと思ってさ」
「……ムラサメ様はそこにいらっしゃるんだな? ムラサメ様、どうか彼女の前ではそういったお話は控えて頂くようお願い致します。夕莉君も望んで今の体質になったわけでは無いのです」
『わ、わかった。よく心得ておく』
「了解だそうです……ワタシたちも深入りはやめましょう。事情持ちなのはこちらも同じです」
「そうね。私たちも不用意に聞く事がないよう気を付けます。ありがとうございました、玄十郎さん」
「いえ、ムラサメ様や巫女姫様達に非があるわけではありません。この老いぼれの身勝手でございます」
玄十郎さんがムラサメ様にそこまでお願いされるという事は――先日のお父さんへ筋を通すってお話もそうだけど、それだけご自身に覚悟がある内容であるという事。
少なくとも興味本位で知ろうとする話ではないんですよね。
私が朝武の一族として犬神の呪詛を受けているように。
私も自分の経緯を人に知られたいなんて全く思わないんですから。
ただ、なんとなく予想出来てしまう事も。
望んで今の体質になったわけではない。
「あちらに近づく」事でそういった霊感が目覚める。
そして――私が射影機を使える理由。
おそらく、そういう事なのでしょう……やめやめ、これ以上は不来方さんにも失礼です。
「……おや? 大旦那さん、ヨシノやマサオミたちも。おはようございます!」
外のお掃除でしょうか? レナさんが志那都荘から出てこられました。
普段の私の起床時間よりも少し早いくらいなのにもうお仕事。大変ですね。
「おはようございます、レナさん」
「ああ、リヒテナウアーさん。おはよう。朝の業務にも慣れたかね?」
「滞りなくです! まだまだオカミに教えていただく事ばかりですが。今からどこかへお出かけですか? 必要ならオカミに伝えてきますよ?」
「いや、
「俺の剣道の鍛錬を指導してもらってるだけだから。仕事頑張ってね」
「そういう事でしたか。分かりました! それではみなさん、オタッシャデー!」
そう言って、元気よく駆けていくレナさん。
ホントによくここまで日本の文化にすぐ馴染めましたよね。
欧州でのアルバイトはもっと大変だったりするのでしょうか。
「彼女の元気の良さには皆助けられていますよ。さて、将臣は鍛錬に入るとしよう。巫女姫様達はどうされますかな? 女将に話をして頂ければ部屋をお使いになる事は問題ありませんが」
「いえ、ワタシたちも普段の生活に戻ります。ここに来たのは写真をお見せする事が一番の目的でしたので」
『今後は吾輩がこのような高貴な姿であるとの認識を頼むぞ、玄十郎よ』
「こうk「ムラサメ様もご自身の姿を知ってもらって嬉しいとの事です。私もお務めに戻りますので」被せられるほどの事……?」
わざわざ口にされる必要は無いんですよ。
被せないと、有地さんが夕方までに復帰できない可能性があるんじゃないですか?
「お節介でしたな、失礼致しました。それではワシは将臣と稽古に入りますので」
「よろしくお願いします!」
「はい。それではワタシたちも、芳乃様」
「ええ。それでは失礼致します、玄十郎さん。有地さんも頑張ってくださいね」
『吾輩はここでご主人を見ておるとしよう。芳乃、茉子、また後程な』
私も朝の舞を奉納するお役目を果たさないとですね。
そういえば、海外――レナさんにとって、幽霊とはどういった存在になるのでしょう?
♢♢♢
いつも通り。朝は舞を奉納して、社務所でお仕事をして、予習復習を終わらせて。
獣耳が出ている事もなさそうです。念のため触ってみましたけどそれでも分からず。
今のところ穢れの心配はなさそうですね。
「芳乃様、それではワタシはみづはさんと一緒に不来方さんを迎えに行って参ります」
「ええ。よろしくね、茉子」
夕方の舞の奉納の前に、茉子が不来方さんをお迎えに出発。
有地さんも軽めの走り込みだけとの事でしたから、もうじき戻られるでしょうか。
「茉子君は夕莉君を迎えに行った感じかい?」
お父さんが境内の掃除から戻ってきた。こっちに気付いた感じかしら。
「うん。念のためにみづはさんにも来ていただく事になってるわ」
「こうして皆さんが色々して下さっているのに、精々普通の神主としての振る舞いしか出来ないのが情けなくて仕方がないね」
「お父さんが気にする事じゃないわよ。私は私の、お父さんはお父さんのするべき事があるってだけでしょう? お父さんの代わりは誰も出来ないんだから」
どうにもお父さんは祟り神の話も含めて、私が動いている事には落ち目があるみたいで。
努力だとか才能だとか、そういったお話じゃないんだから気にする事じゃないのに。
「そう言ってもらえると僕も救われるよ。今から幽霊に会いに行くというなら……心構えくらいは話しておこうかな」
「心構え?」
お父さんはこういった話には詳しくないって事だったけど、一般論のお話かしら。
「自分をしっかり持つんだ。色々なものを見聞きするかもしれないけど、惑わされちゃいけない。それに飲まれてしまうと「あちら側」に近づいてしまうから」
「……幽霊が、誘ってくるって事?」
「それもあるし、自分の想いや願望といったものが形を成してくる可能性もあるんだ。現実と夢の境が曖昧になって、どちらが本当か分からなくなってくる。それに幽霊だけでなく、土地の記憶というものはずっと残り続けているものだからね――土地に残った過去の景色が見える事もあるらしいんだ。だけど信じ過ぎちゃいけないよ。芳乃では善し悪しの判断が付かない」
説明内容自体は抽象的だけど……例えは妙に具体的?
「お父さんはそういう経験があるの?」
「……秋穂が亡くなった時にね。夢に見た事はあるんだ。あのまま自分の願望に従って足を進めていたらと思うとゾッとするよ――「河」を渡っていたかもしれないと。祟り神みたいに明確に悪意があるわけでもない、本当にそこにいるかもわからない。だからこそ余計に畏れるべきなんだよ」
秋穂……お母さん。
私にとってはいつも寂しげで泣いてばかりの母だったという印象だけど、お父さんが愛した人なのは間違いない。そんな人からの呼びかけなんだと思って歩を進めようものなら……。
幽霊は呪詛じゃない。間違いなく「人」がそこにいた痕跡。
気を付けないといけない。特に私は射影機を使うかもしれないんだから。
「わかったわ。ありがとう、お父さん」
「うん。まあ今日については夕莉君がいるから心配はしていないけどね」
過去は詮索しないと決めたけど、一体どんな人生を歩まれてきたんでしょう。
♢♢♢
「安晴様、芳乃様。不来方さんとみづはさんをお連れしました」
「お邪魔致します、安晴様」
「お世話になります、みづはさん。夕莉君、今日は本当にありがとう」
「お久し振りです、安晴さん。今日の件は私から言い出した事ですのでお気になさらないでください。春祭りも終えられたのですから、お時間があればまたお店にもいらしてください」
「ははは、確かに春祭りで忙しくなってからお邪魔していなかったね。こうお話をさせてもらうといよいよコーヒーを頂きたくなってくるね。近いうちにお邪魔させてもらうよ」
「はい、お待ちしています」
時間は17時の10分前というところでしょうか。
茉子がみづはさんと不来方さんを連れて朝武家へ。問題なく辿りつけたみたいね。
不来方さんが持たれている大きめのカバンの中には……穂織の土地代全て以上の物が。
って、私は何を考えているの! お金に換算できるものじゃないでしょ!
『――お、やはりだ。ご主人、駒川と不来方がもう到着しているぞ』
「着替えが間に合わなかったか。今日はお世話になります、駒川さん、不来方さん」
「失礼しているよ、有地君。また先日のように君や常陸さんが私の世話にならなければいいんだがね」
「祟り神でも幽霊でもイヤですね。有地さんも気を付けましょう」
「こんにちは、有地さん、ムラサメ様も。有地さんはこちらにお住まいなんですか?」
「そうですけ……あっ」
しまった! 有地さんがここに住まわれている事は一部を除いて内緒なんでした!
あれ? 初めてお会いした際に口を滑らしてた!?
同棲なんて重い意味じゃないですよ!?
「ええっとあのこれはですね!? べべべ別に卑しい事をしたいとかそういうわけではなく!」
「芳乃様、落ち着いてください。不来方さんが知られたところで何という事もないですよ」
「いえ、わりと驚いていますが」
ほらぁ!
私たちの歳の男女で結婚もしていないのに、同じ屋根の下とか不純異性交遊を疑われますよ!
「お泊まり自体は玄十郎さんの所なのだと思っていたもので。叢雨丸関係ですか?」
違いましたあ! 私のバカ! ちゃんと理解してくださっていました!
『叢雨丸の使い手は祟り神に襲われる対象なのでな、ご主人もここに逗留しておるのだ。今日は芳乃やご主人達をよろしく頼むぞ』
「成程、そういう事でしたか」
「出発はまだなんだよね? 2人ともどうぞ上がってください」
また私が勝手な思い込みを……。
不来方さんはそういった事を考えられる方では無かったですね。
さあ、今日の段取りについて改めてお話しするをするとしましょう。
「不来方さんならお分かりかと思いますけど、今日は穢れの気配は薄いみたいです」
「そうみたいですね。危険が少ないならそれに越した事はありません――これが今日使う予定のものです」
茉子にお茶を出してもらって、みんなでちゃぶ台を囲みながら不来方さんがカバンから出してくださった射影機と……これがフィルム? のケース? 数字が書かれていますが。
「07、14、61……それほどに種類があるのかい?」
「私も全てを知っているわけではないと思いますが、知っているだけで7種類あります。基本的に数字が大きいほど除霊効果が高いと思ってもらえれば。容器の中にはフィルムの薬剤が入っているので、予め射影機に充填しておいて状況に応じて切り替える形になります。今はもう充填済みです――暗室で作業をしないといけませんので」
インスタントカメラのフィルムがどういったものか知らなかったですが、こういった形なんでしょうか。不来方さんの説明が続きます。
「昨日の撮影に使ったのがこちらの「〇七式」。これは劣化してしまった他のフィルム液の残骸と思って頂いてもかまいません。除霊効果はほぼありませんが、霊的なものを撮影するだけならこれでも効果はあります」
「単なる心霊写真って事ですか?」
「そうですね」
『吾輩は……心霊写真……』
今はそれは置いておきましょう? ムラサメ様。
「そして少しは除霊能力がある「一四式」、これが今日使う予定の主なフィルムです。そしてもしもの場合の「六一式」。そして……最悪の場合、緊急事態の為の「九〇式」です。こちらは2枚分しかありません。ですので、これを使わざるを得ない状況は最悪の事態を想定してください」
不来方さんが言う「最悪の事態」。
祟り神に襲われるどうこうも十分に酷いんですが、もうあちら側にいく寸前なのでしょうね。
「ワタシたちはその状況に陥る前に脱出するのが大前提になりそうですね」
「逃げられれば、ですが。山の中なら大丈夫だと思いますが退路は必ず把握してください」
「……そんな状況にまで?」
『大丈夫だと思って奥まで進んだら、出口を完全に塞がれていたようなものだろう。詰みを突き破るための手段になりそうだな。芳乃、間違っても吾輩をソレで撮るなよ?』
「ムラサメ様も私の前に出ないようにお願いします。考える余裕があるのか分かりませんから」
私が今まで遭遇してきた祟り神は、一回につき一体。
ですけど先日の幽霊は、一度に5人。それ以上もありえるかもしれないんですから。
「単なるフィルムだけの撮影以外にもいくつか機能はありますが、今日は私が使う形ですので説明はそこまでにしましょう」
「明治時代の作品だろうに随分とハイテクな代物だね。写真自体開発されたのが1800年代の初め、インスタントカメラの原形でさえ100年前くらいだったと思うけど、150年近く前の日本にこんなものがあったとは」
「確か……とある学者さんが開発されたんだったかい? 現存しているものは全て同じ方が作った物だと聞いた気がしたけど」
「詳しい事は知らないのですが、私がお世話になった方の遠縁の先祖の方が作られたと聞いています」
「全然聞いた事ないけどなあ」
有地さんですら知らないという事は、表向きに有名な方ではないようですね。
不来方さんが射影機をお持ちだったのは、以前の御勤め先の店主さんがその関係にある方だったという所でしょうか。
さて、境内が濃い夕日に染まり始めましたね。
「では向かいましょう。ところで……芳乃さん達はそのご恰好で?」
「え? はい、そうですけれど」
「びっくりしますよね? これが正装らしいです。常陸さんはいつの間にか着替えてるし」
「忍者ですから。先祖代々伝わってきた由緒ある物なんですが」
「僕は穂織の外に出た時に同じような感覚だったよ。皆洋装なんだ? ってね」
「大学では皆白衣だったから、考える事もいつしかなくなったね」
『穂織の文化は独特らしいし、そんな感覚の差もあるだろう』
有地さんは普段着、私は簡易巫女服、茉子はくノ一装束。いつも通りなんですが?
穂織の中と外でそこまで服装の文化が違うんでしょうか。
次は射影機を使った戦闘です。
刀と比べてなんと描写のしづらい事か。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。