零 ~イヌツキの少女達~   作:もふもふたぬきねこ

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ここまで繋げるのに四苦八苦。

今回もよろしくお願いします。


70. 秘された結末

「芳乃様、動きますよ」

 

 

 

黒澤さんと再会して数日、茉子が隠れ家に飛んできた。

表情は極めて硬い。

 

「どうしたの?」

 

「バカ父上の部下達が……発狂したかのような有様で山を下って来て、穂織の民を襲い始めています」

 

聞きたくない形で動き始めた。

 

「黒澤さんのお話では、瘴気を浴びた一人によって周辺の人が皆殺しにされた事もあったそうです。山を下れば治まる、という楽観的な見通しはありえないのでしょう」

 

「日上山の……鉈の人、みたいな感じかしら」

 

「その人は違ったそうですけど、得られた結果は同じみたいですよ」

 

義和の部下たちは普通の人間でしかない。

瘴気の発生源の近くにいて、長く自我を保てるはずもなかった、という事ですか。

常世の空気というものが、如何に人間(生者)に毒なのかがよく分かる。

 

そして鉈の人(クソ男)は異常すぎる。瘴気なしでアレだったの?

 

「黒澤さんで対処可能な分は祓ってもらいましたけど……拘束すら危険で、他はその場で斬り捨て。事態の重さを鑑みて、この後実利様自らマヨイガに向かわれます」

 

「茉子は同行するのよね?」

 

「ワタシの他、有地さんと黒澤さんも同行します。瘴気による被害を抑えるため、山に向かうのはこの四人だけです。御屋形様は……瘴気の影響か、お身体の調子が芳しくありません。既に実利様を世子様とお決めになられました。まあそうですよね」

 

つまりは……義和を捕らえるというよりは、ですか。

 

「わかったわ。その一行に、私は」

 

「表向き、芳乃様は城にいらっしゃる状況です。ですので正式に来て頂く事は出来ません」

 

「じゃあ別行動ね。多分……辿りつく場所はマヨイガじゃなくて、()()()の方でしょう?」

 

「芳乃様がそう仰られるという事は、その可能性が高そうですね」

 

現代において、様々な事柄が動き出したきっかけはマヨイガじゃない。

多分あちらの方で、何かが起こる。

 

「部下達は瘴気に侵されていますから、射影機が有効なのはお話した通りです。が……狂乱状態、今の()ですら動揺するレベルでした。意思のある化け物より余程怖い存在です。極めて危険ですが、遺憾な事にワタシも分かりやすくは芳乃様を助けに行けません。絶対に離れずでお願いします」

 

これまで一番危険だったのは……どうなんだろう? 不来方さんの夢? 日上山関連?

こっちで考えるなら、私たちが見つかって矢を射かけられた時。

あの後は……極端だけど命は狙われていなかった。その後が悲惨そうだったけど。

 

でも今回は、そういう思考は一切ない。躊躇なく斬られる。

今までに何度か聞いたフレーズ――「生きている人間が一番怖い」。

 

加護を頼りにしちゃいけない。

助けてもらえると思ってはいけない。

 

何としても、生きて帰らないと。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

現代では何度も登っている武実乃山。

それこそ、祟り神祓いを始めてから最低でも月に一度は。

暗い中で祟り神との遭遇を警戒しつつ、不安になりながらの日々だったのは間違いない。

 

今は日中。

晴れてはいないけど雨でもない。普通の曇り空だった。

 

それでも、ここまで不気味な気配の山には入った事がない。

なんなの、この気持ち悪さは。

 

どこかで感じた事がある気配ではある。

これは――

 

 

 

「……霧、か?」

 

 

 

前方から、実利さんの小さめの呟きが聞こえてきた。

 

うん、これはマヨイガの気配なんだ。あの霧に包まれた時の。

だけど気持ち悪さはあの時を越えている気がする。

 

つまりはもう、武実乃山の麓も常世の境に呑まれ始めている。

穂織の町が侵蝕される寸前という事。

 

「ただの霧ではございません。皆様、囚われませぬ様」

 

「茉莉様、方角は?」

 

「問題ない。引き続き私が先導を……来るようです。()()()()()()()()()()

 

これは私に向けた言葉でもある。絶対離れちゃいけない。

 

 

 

――ザザザザザザザザザッ!!!

 

 

 

遠くから勢いよく何かが接近してくる音がする。上から下ってくる。

現代の時なら祟り神だった。

 

だけど、今回は。

 

 

 

「くル……くる……クるナ゛あぁァぁぁ!!!!

 

じゃマ゛だあ゛ア゛あ゛ア゛あ゛ぁぁぁァァ!!!

 

 

 

義和配下の侍。

本来理性に囚われているはずの人間が、理性を捨てて一つの感情に支配されている絶叫。

本能のまま襲ってくるだけの祟り神より、余程恐ろしい。狂っていると分かるのだから。

 

これを人間と呼べるのか……ううん、これも人間なのよね。

誰もが、こうなる可能性がある。

 

「実利様、黒澤殿、お下がりを!!」

 

「よい。茉莉もそこに居れ」

 

有地さんの声。だけど実利さんがそれを制した。

 

 

チャキッ

 

 

「身内の不始末、片は此方で付ける」

 

 

ビュッ! ドッ! ……ズシャァ

 

 

もう一々考える必要もない一連の音。

あっけなく二つの命が散った。

 

「貴様らは運が良かったな、これ以上朝武の恥を晒さずに済んだのだから。勘太郎、叢雨丸はそちが持て。汚さぬようにな」

 

続いた声は、どこまでも冷たかった。

 

……今は、付いていく事だけを考えよう。

 

 

 

 

 

 

何回か襲撃は受けた。正面から来た侍は全て実利さん自ら斬り捨てた。

脇から来た侍は茉子と有地さん、私が撮ろうとするより早く黒澤さんの一撃が飛んだ。

誰も彼も、気配は只々冷たい。私もそうなっているんでしょうか。

 

茉子たちが見える程度に、音は十分聞こえる距離を保ちつつ。

道を進む。でもその方角はマヨイガに向いていない。真っすぐ山を登っていない。

出発前の話に沿ってくれている。

 

 

 

辿りついた先は。

 

 

 

「ここは……」

 

「……沢? 御山を登れていない? 茉莉ですら霧に惑わされたか?」

 

「いいえ、実利様。こちらでよろしゅうございます。茉莉殿、流石で」

 

「恐れ入ります」

 

かつて有地さんが溺れ、私たちが神隠しで辿りつき、朝武の始祖が叢雲様と出会った場所。

様々な縁の起点。

 

「ここに何があると?」

 

「ご心配召されませぬよう。既に()()()()()()故」

 

不来方さんと深羽さんは、一体どこまで先をご覧になっているのか……うん?

 

霧に覆われた沢の向こう。

かなり前方からだけど、何かが近づいてくる音がする。

 

ここまでに何度か襲ってきた侍たちとは違う。

ゆっくりと、不安定な、ふらつく様な、軽い音。

 

 

 

 

 

 

「花を散らせては……ならぬ。水を、与えなければ……ならぬ。光を……散らせては、ならぬ。贄を、捧げな、ければ。門を、閉じ、なければ――」

 

 

 

 

 

 

(――磯良さん!?)

 

霧から現れたのは、散曄の時に瘴気をまともに浴びただろう磯良さん。

生きて下さっていた。

 

でも、その顔からは生気がほぼ失われているのは遠くからでも一目でわかる。

元の磯良さんは「贄を捧げなければ」だなんて、間違っても口にしない。

もう吞まれかけてしまっている。認知が歪み始めている。

 

「磯良!?」

 

「お待ちを! まだ何か来ます!」

 

前方にいた有地さんには、他にも何か感じ取られていたようで――

 

 

 

「ダメです駒川先生! ちゃんとお休みにならないと!!」

 

 

 

(ここでレナさんもですか!?)

 

流石に想像していなかった――ここでレナさんに遭遇するの!

レナさんは磯良さんと接触済み。それがこんな縁に繋がるなんて。

 

「金の髪に異相の相貌の娘……まさか」

 

「あっマコ! マサオミも! 手伝って下さい!! このままだと駒川先生が……!」

 

「いえ……残念ながら、こういう流れのようです。もう間に合いません」

 

「これが歴史の強制力ってやつかよ……!」

 

「お前達、一体何を」

 

「いらっしゃいますよ――バカが集まるわけか」

 

レナさんの懇願の声に、茉子たちが静かに返答する。

次が、最後なんでしょう。だって、来るのは。

 

 

ザザザザザザザザザッ!!

 

 

「見つけたぞぉ! おんなあぁぁぁぁっっ!!

 

「ひいいぃっ!?」

 

『………………っ』

 

「巨大な山犬!? ……いや、この、白き御姿は」

 

 

これまで見てきた侍たちよりも、更に何かに憑りつかれたかのような朝武義和。

この距離からでも、目の血走り具合が尋常でない事が分かる。

碌でもない理由でここまで来たのはすぐ分かる――レナさんが捕まった。

 

その後を追ってきたんだろう犬神様。

明らかに疲弊されて、ここまで大急ぎだったのは分かる。瘴気も抑えて頂いているのだから。

 

でもこの場に到着して……何も語られない。

 

「兄上」

 

「ぬぅ? ……貴様っ実利ぃ! よくもぬけぬけと俺の前に姿を現わせたものだな!!」

 

「兄上を追っておりましたので」

 

「追われるのは貴様であろう! 貴様の失敗によって山は死に始め、雑兵共は狂いだした!! 挙句山犬までこの地に現れるなど! 何もかも貴様のせいだ! この穂織を継ぐ者として、大罪人の首を落としてやる!! 茉莉! 実利を捕らえよ!!」

 

この期に及んで、まだそんな思考回路なんですか。

 

「父上。脱走し、御山を下った父上の兵達が穂織の民を傷付け、この道中も実利様の身を脅かされました。責を問われるべく、御屋形様より父上捕縛の命を受けております」

 

「この俺を処罰だと!? ジジイも狂ったか、ふざけるな! 俺の娘の貴様が父ではなく実利に与しておるなど、万死に値する!!」

 

「ええ、その通りでございます――ですのでこの一件が終わり次第、朝武の名を返上する所存。これが朝武として最後の勤めに御座います」

 

「コイツも狂ったか! ……そこの賎民! 穂織の主たる俺が命ずる! 実利を斬れぇ!!」

 

賎民扱いしながらも有地さんに命を出す。とうとう主を名乗った。

 

有地さんは……無言で法眼丸を抜刀。義和に歩みを進める。

 

「誰が主かもわからんのか! この無能め!」

 

「勘太郎、止めよ。身内の不始末、けじめは朝武で付ける」

 

「……はっ」

 

「舐めた事を! 貴様自らけじめを付けるだと! ……この女がどうなってもいいか!?」

 

「あっぐぅ……」

 

レナさんに意識を向けられてしまった。首には刃物。

結果がどうなるかは分からないけど、関係ない。

これで私たちは動きにくくなった。

 

 

 

一柱を除いては。

 

 

 

『それ以上汚物をまき散らすな、愚物め』

 

「なっ……!?」

 

「獣の分際で喋りおった!?」

 

「白山、狛男神、様……」

 

 

 

遂に犬神様がみんなの前で口を開いた。

ですが、この後どうされるつもりなのか……。

 

『手を出してみるがいい。その間に貴様の頭を噛み砕いてやる。それともなんだ? その小刀で我が首を落としてみるか? 試すなら待ってやろう。無能の分際で出来るものならな』

 

「……っ貴様、キサマぁっ!! 獣風情がこの俺を、穂織を治めるこの俺を無能だと!? いいだろう! 俺に無礼な口を聞いた事、地獄で後悔するがいい!!」

 

「うわおっ!?」

 

レナさんを……勢いよく解放。挑発が上手い。

そして小刀を、犬神様の首元に刺し込むように下から上へ振り上げる。

 

「死ねい!!」

 

 

バキン

 

 

穂織を護ってくださっている神が、その程度で傷つくわけがない。

小刀は、根元からポッキリと折れた。

 

「……ばっ馬鹿、な……」

 

『馬鹿は貴様だ』

 

 

ガッ

 

 

そのまま、犬神様の前脚で地面に叩きつけられる。

 

「ぐふっ……おっおのれぇ! 畜生の分際で、この俺に触れるなど!」

 

『汚物の分際でよく舌が回る。耳が腐るわ』

 

これでレナさんは解放、義和は拘束された。

一旦危機は――

 

 

 

そう思った所で、20メートルはあるだろうに――義和と、目が合った。

 

 

 

「よっ芳乃ーーっ!! 来てくれたのだな!?」

 

発見された。しかも味方だと思われている様子。

これは発見されてしまったのか、発見されなければならなかったのか。

 

 

 

どうあがいても、発見される定めなのか。

 

 

 

みんなの視線を集める。もう隠れる意味もありませんね。

溜息と共に、草むらから進み出る。

 

「芳乃、何故ここに…………その獣の耳は? 髪も先日のような銀の色が」

 

ああ、獣耳が出てしまっていたんですか。やっぱりもうここは常世なんですね。

髪の色は、城に居るはずの本物の姫様とは真逆の状態。実利さんには意味不明でしょう。

 

 

 

一歩一歩、前へ。

 

 

 

「そっ……その耳はっ!? 芳乃すらこの犬に呪われたというのか!? 俺の妻となる者を呪うなど!!」

 

「我が娘、芳乃を兄上の嫁にですと? 何を馬鹿げた事を仰られるか」

 

「これ、どういう話?」

 

「正しく恋慕の域か分かりませんが……以前から芳乃様を嫁に取る腹積もりです」

 

「ええぇ……?」

 

「貴方の妻になどなりませんよ、朝武義和」

 

「あの芳乃が俺にこのような口をきくなど、やはり呪われておるか! 穂織の次代を生む俺の妻を呪うなぞ……! 磯良ぁっ!! この犬を祓えっ!!」

 

どう口にしても、自分に良いようにしか解釈しない。聞いていた通りですね。

 

ですが……この言葉は真実に近い内容を含む。

私を含めた歴代の巫女姫たちも、この耳は呪いだと思っていた。

 

故に、朦朧とされている磯良さんは……そうなさるわけですか。

 

 

 

フラフラと、しかし明確な目的を持たれて磯良さんが移動される。

その先には、解放された衝撃でレナさんが手放されていた叢雲様の御身。方解石の玉石。

 

その玉石に、懐から出された叢雨丸の切っ先を……突きつけられた。

 

 

 

私が今持つべき感情は、この状況を作り出してしまった後悔なんでしょうか。

どう動こうと、ここに至ってしまうんだろうという諦観なんでしょうか。

 

真に叢雲様を人質に捕られ、犬神様は静かに義和を解放した。

 

「……その宝玉、只の石ではあるまい。乱心したか、磯良」

 

「申し訳ありませぬ、若様。姫様のご意志を先に繋ぐには、こうするしか……」

 

「ふ、ふひはははは……! よくやったぞ磯良ぁ!! さあこの獣を――」

 

再びレナさんを捕まえる義和。

 

 

 

ここに至るまでに、茉子であればレナさんも救出する事も出来たのかもしれない。

玉石を回収する事も出来たのかもしれない。

 

だけど、タイミングが変わっただけなんでしょう。

 

もうこの気配は、感じ慣れていますから。

 

 

 

 

 

 

『……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ』

 

 

 

 

 

 

私たちが、現代の武実乃山で見た、ファースト幽霊さん。

穴掘りの人足さんだったんですね……。

 

「ぬぅ!? なんだこやつらは!?」

 

『オ゛オ゛オ゛オ゛……』

 

『ヴェ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』

 

『わ゛ か゛   ま゛』

 

『ひ゛  め゛  さ゛  ま゛』

 

『と゛  ら゛  え゛  な゛  け゛  れ゛  は゛』

 

「お前達……なのか」

 

「もう、そちらに行ってしまわれていたか……申し訳ありません」

 

住民の他に、侍の人も。

実利さんと茉子の部下なのか、義和の部下なのか。

 

 

バシャァアン!!

 

 

黒澤さんの持つ射影機からシャッター音が鳴り響き、一団が吹き飛ぶ。

だけど、まだまだ来る。

 

 

 

何故なら、彼らが目指しているのは。

 

 

 

………………………………グルルルルル……

 

周囲の瘴気を集められているのか、身体が祟り神のように黒く染まりつつある犬神様。

眼は、私と茉子がこれまで何度も見てきた赤い光を灯しつつある。

 

グオゥッ

 

「ヒィっ!?」

 

「…………」

 

もう自制が効かないのか、犬神様が義和か磯良さんを襲おうとする、も……動けない。

見えない鎖――『縛』が掛かっている。

こんな黒澤さんの、深羽さんの表情は初めて見る。

 

 

 

「やはり魑魅魍魎の類であったか!? 磯良ぁ! とっととなんとかしろ!!」

 

「…………勘太郎。頼めるか?」

 

 

 

この流れ。

つまり、犬神様を斬首するのは義和ではなく――

 

 

 

「磯良殿、分かっていますね? その狛犬を誅すればどうなるか。進言した貴女の魂も、夜泉には還れませんよ」

 

私の加護は完全に未来に引き継がれ、磯良さんは堕ちて。

 

「……それで、よいでしょう。この場が、この穂織が、護られるならば」

 

あの場での会話を思い出されたのか。

磯良さんが、それを受け入れられる。

 

 

 

これが穂織の未来を繋ぐための、神々と、奉られた方の選択。

 

 

 

「もう……時間がありません」

 

「仰る通り、こいつ止めてんのも長くは持たないわよ……これ以上は」

 

「…………実利さん、どうするんだ?」

 

もう茉子と黒澤さんと有地さんは、演じるのを止め。

 

「朝武実利の名を以て命ずる。鞍馬勘太郎。叢雨丸を以て、その山犬の首を落とせ。全ての責は俺が持つ」

 

構わず実利さんは命を下した。

この先、どうなるのかを悟りながら。

 

 

 

法眼丸は納刀され、代わりに叢雨丸が抜刀される。

ムラサメ様が宿られている時のように、淡い光を灯しながら。

 

 

 

「……申し訳、ありません」

 

ここで私が口にできるのは、せいぜい謝る事くらい。知らない間に泣いていた。

でも、必ずや、未来で。

 

貴方方のご意志を繋ぎます。

 

 

 

有地さんが、叢雨丸を上段に構えられて。

 

「コマ…………ごめんなさい」

 

「悪い。この罪も、魂に刻んでいくよ」

 

――――――フン

 

 

 

レナさんと有地さんの謝罪の呟きを、犬神様がつまらなさそうに鼻で笑った直後。

 

 

 

 

 

 

叢雨丸が、大地まで振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

「はははは!! やったぞ! 畜生風情がこの俺に゛っ――」

 

瘴気によってドス黒く染まりつつあった犬神様の身体と、落ちた首は完全に黒く染まり。

それでも残っていた首なしの身体から、鞭の如き尻尾が義和の顎に飛ぶ。

大口を開いたまま義和は地面に倒れ伏して昏倒し、レナさんは再び解放された。

 

 

 

実体が黒い泥と化した犬神様は、磯良さんが持っていた玉石に集っていく。

周囲の瘴気も吸われ、瘴気の力を失った怨霊たちは山に眠りについていく。

 

 

ドクン ドクン ドクン ドクン

 

 

泥を全て取り込んだ玉石は、赤く輝き始めて……新たな呪詛となるかのように拍動し始めた。

 

 

 

「磯良! 早くそれを手放せ――」

 

「若様。(めい)もなくお役目を捨て、この身を堕とす勝手を……どうかお許しください」

 

赤い拍動はどんどん早くなる。

それを気にする事もなく、磯良さんはただ哀しそうに薄く笑い、こちらを見た。

斬れ味がないはずの叢雨丸の切っ先を握った右手は、血に濡れていた。

 

 

 

「時が来たら、必ずやこの者と共に世の理の彼方へ――永遠の罰を」

 

 

パキイィィィィン

 

 

掲げられた右手は、真っすぐ玉石に振り下ろされた。

球状だった玉石は文字通り粉々となって、霧の彼方に消えた。

 

 

 

直後

 

 

 

 

 

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛』

 

 

 

 

 

 

変異していたのか。

赤黒くなっていた大量の泥と、猛烈な死の気配を纏った黒い瘴気に撒かれ。

 

駒川磯良さんは、一瞬絶対霊の姿となって……それらと共に姿を消した。

 

 

 

これが……こんな結末、だったんだ。

 

 

 

未だに霧は晴れないけれど。

怨霊たちは消え、犬神様は消え、磯良さんは消え、義和は地に伏した。

 

静寂が訪れる。

 

最初に動き出したのは実利さんだった。

 

「鞍馬勘太郎」

 

「……は」

 

「朝武の姫達と契りを結び、授けられた御神の力を穂織に継承せよ。決して絶やすな」

 

「……承知、致しました」

 

歩き始める。

 

「朝武茉莉」

 

「…………ハイ」

 

「勘太郎への手筈は其方に任ずる。後、隠密の任を解く。朝武の血を継ぐ者として生きよ」

 

「……かしこまりました」

 

足を向けた先は、倒れ伏した兄。

 

「貴女様は磯良から聞いた、秘された姫神様に関わる御方、で御座いますかな?」

 

「わっわたしは……はい。穂織の、姫神。ムラクモ様の、生まれ変わり、です」

 

「その名をお聞き出来て、拝謁を賜れた事に感謝を。どうかこの穂織を見守って頂けますよう。秘された名は、この身にしかと刻み込みまする」

 

「はい……絶対に」

 

肩に、義和を抱える。

 

「黒澤殿」

 

「ええ」

 

「恥の上塗りで申し訳ありませぬが、後の始末をお頼みできますかな? 勘太郎と駒川の娘達をお使い下され」

 

「承りました」

 

 

 

そして、こっちに歩いてきた。

 

 

 

「芳乃……いや、「朝武芳乃」、で良いか?」

 

「……はい。朝武、芳乃です」

 

「詳しくは聞かぬが、これまで苦労を掛けたのだろう。そしてこれからも。この穂織と、朝武を頼む。役目を果たせ……こんな情けない父で済まぬな」

 

初めて実利さんに触れられた。獣耳の間の頭を撫でられた。

私のお父さんとよく似た、大きくて暖かい手だった。

 

こんな人が、穂織の主。私の先祖だったんだ。

 

「そんな事は……決して。そのお役目、必ず果たします」

 

「うむ。これで安心していける」

 

 

 

実利様の足が向いた方角は、山の上――マヨイガの方向。

義和を肩に担いだまま、こちらを振り向く事なく霧の向こうへ進んでいく。

耳に入るのは、その足音だけ。

 

そして。

 

 

 

「さらばだ」

 

 

 

その一言で、霧に塗れて……消えていった。




戦国時代の大体の結末でした。
戦国編こと過去編、夢のお話は次で終わりです。

次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
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