時間が進まない……。
今回もよろしくお願いします。
『わかりました! それでは着替えとかを持ってコハルと一緒に伺いますね。レンタロウに送ってもらいます』
「はい、お願いします。そういえば神風の件、大丈夫でしたか?」
『全然ダイジョーブでしたよ? アメリカのお客様は「YEAH!! アレがリアルジャパニーズKA☆MI☆KA☆ZE!! HAHAHA!!」って大コーフンされていたくらいでしたし。どちらかというと昨晩のドッタンバッタンの方が驚かれたみたいですね』
穂織にお越しになる海外の方は、どうにもテンションが高めの方が多い……。勇者の剣イベントに参加される方も、ゴリゴリにマッチョの方が多かったし。そのせい? 仮に叢雨丸を抜かれたのがそういう方だったら、今頃朝武家の生活はどうなっていたんでしょうね?
とにかくこちらはOK。
「……そう。お母さん的にはそんな感じ、ね。了解。一先ずこっちの準備も終わったから、今から向かうわ。待ってて」
深羽さんも深紅さん相手のお電話を切られました。神社の方も大丈夫ではあるようです。
「深紅さんは何と?」
「「街の方はもって半日くらい」って。神社はともかく、マヨイガの方はオープン状態ですから。お母さんの『零』で瘴気を押し込めていられるのが明日未明までって見込みらしいです。まあ山の方に瘴気が漂い始めるのは確実でしょう」
半日……つまり朝を迎える頃には、再び瘴気が穂織に広がり始めていると。戦国の時のような状況にならないといいんですが。
「長引かせても事態は好転しないでしょうし、深羽さんの日程的にもギリギリですか」
「有地さんの体力的にも……あれ? 深羽さんたちがこちらにいらして、今日で」
「8日目。寝てる間に2日無駄にしてるのよ。ああ、もうちょっとは温泉巡りたかった……」
「俺より遥かに激動の日々を送っているだろうに、その感想が出てくるのが女優の過酷さを物語ってるな」
「先生の原稿の締め切り、締めあげましょうか?」
「質が下がるだけだ。意味ないぞ」
まだ8日しか経ってないの? 過密過ぎて夢も足して半年くらい経っている気分なのに。穂織の歴史上、最も変化の激しかった一週間になっていそうです。こんな事考えている場合じゃないんだけど、私たちの連休も終わりかあ……。
♢♢♢
「ただいま戻りました」
ウチへ。茉子は神楽殿へ知らせに行ってくれました。
既に遅めの夕食を先に取らせてもらうか、お父さんが大変だけど祈祷をしてもらうか。少しはお父さんも休んだ方が良いでしょうし、ご飯が先かな。
「芳乃様、皆さんも。お帰りなさいませ」
「お疲れ様です、みづはさん。あれからムラサメ様は?」
「それなんですけど……」
てっきり経過は順調、或いは変わらずって言葉を予想していたんですが。
「何かあったんですか?」
「さっきまでこちらには霊感がある人が居なかったからね、夕莉君達が見てくれた方がはっきりするかもしれない。まずは御案内を」
歩き慣れたリビングへの道を進む。
その先には。
「あ、巫女姫様。皆さんもお帰りなさい」
「こんばんは、馬庭さん。夕飯の支度をして下さっていたんですか?」
「そのくらいしかアタシに出来る事はありませんから。安晴様と玄十郎さんは既に済まされていますのでご安心を」
「すみません。ありがとうございます」
キッチンに立たれていた馬庭さん。料理をされる姿が良く似合います。
そして。
「……これ、また中身が?」
「いらっしゃらない?」
「やはりそうなのですか。バイタルは安定しているのですが、全く反応が返って来られなくて。もしやと思っていました」
リビングに敷かれた布団で横になられているムラサメ様。
傍から見る限りでは、静かにお休みになっているだけ。繋がっている機械が示す心拍数は60程度。落ち着かれているのは私でも分かります。
ですが、深羽さんと不来方さんのお言葉を飲み込むなら。
「以前までのように、霊体が切り離されて?」
『どうにもそのようだ』
声が聞こえてきたのは、お身体と反対方向。鏡宮さんを除く、先ほどこっちに到着したメンバーが顔を向ける。
そこには……今までの巫女服とは違った、現在の浴衣を着ていらっしゃるムラサメ様、の霊体。私的には霊体でも肉体でも見た目は一緒なんですが、僅かに地に足が着いていない感があります。
「みづはさん、ムラサメ様は霊体でここに居らっしゃいます。いつからその状態に?」
『先刻一度眠りについて、少し前に起きて身体を起こそうとしたら霊体だけ浮いた感じだの。戻ろうと身体に重なっても戻らんかった。さっきまでは吾輩を見聞きできる者がここに居らんだでな、雛咲母に会いに神楽殿に行っておったところだ。茉子にももう会っておる。入れ違ったな』
「完全には『花』の役目から解放されていない、その副作用のようなものか?」
『で、あるならまだいいがな。何せ500年も開けっ放しにしていた身体だ、簡単には結び付けられんのかもしれん』
これは……どう捉えればいいんでしょう。放生さんの仰る通りに良い方向に捉えるべきか、あるいは安定していないと見るべきか。
「今までとの違いは何かありますか?」
『肉体を持っておらん分、多少は霊感に優れると言えるか。正式に管理者であった頃ほどではないが、肉体に戻った時よりご主人がいるだろう位置は感じられる。やはり地の底だの。それと……う~ん』
「取り敢えず言ってみて」
『……恐らくマヨイガなのだろうが、そこにも気配を感じる。あそこは常世、故にはっきりせんのだが』
「ムラサメ様が感じられる気配がマヨイガに……どういうものか言葉に出来ますか?」
『すまぬな不来方。元々の反応が小さいだろう上に、元の吾輩よりも感度的に落ちるから詳しくは分からん。「有る」という事程度、まあ磯良様の絶対霊を感じているわけではないのだと思う。気配と姿は吾輩も知っておるからな、そういうおぞましい類ではないはずだ』
マヨイガに、ムラサメ様と縁のある物……ああ、アレかもしれない。
「たのもーー!!」
「ああ、レナさんたちもいらっしゃいましたね。はーい」
なんにせよマヨイガには行く事になる。答え合わせはその時ね。レナさんはここへ道場破りでもされるおつもりなんでしょうか?
♢
みづはさん、馬庭さん、鞍馬君にムラサメ様のお身体をお願いして神楽殿へ。
神楽殿の中は注連縄が張られていた。鞘岩……殺生石にも。その殺生石の上には朧月の射影機。何だか御神体のようにも見えてきますね、神々しい。その前で祝詞を奏上していたんだろうお父さん、傍には玄十郎さんと深紅さんが控えて下さっています。
「すみません、お待たせしました深紅さん、玄十郎さん。お父さんもお疲れ様」
「お帰り芳乃、皆様も。もう夕飯は済ませたんだね?」
「先程頂きました。お疲れ様です、安晴さん」
「お祖父ちゃんもちゃんと食べた?」
「頂いておる。まさか朝武家で、安晴様と食卓を囲ませて頂ける日が来るとは思わなんだ。加えて深紅さんの食べっぷりには感動すら覚えた。小春もあのくらい食べんと大きくなれんぞ」
「コハルもカップラーメンを一食20個は食べるのですよ!」
「全身ラーメンになっちゃいますよ!?」
「後で馬庭さんに改めてお礼を言わないとですね……で、お母さん。何か変化は?」
しっかりご飯は食べられたようですけど、深紅さんの表情は暗く見える。
「……なんだか、嫌な気配。昔あった、あまり思い出したくない感覚がする」
深紅さんのお言葉に、空気がさっと冷える。
最も様々な経験をされているだろう深紅さんが、「思い出したくない」と評されるほどの気配。その事実だけで、事の重大さが伝わる。
「言葉にできる?」
「…………主に、夢。それと……過去と、未来も、今になっている」
抽象的。でも良いイメージが湧かない。
深紅さんは以前、夢に囚われていたと伺った。そこでご覧になっていたのは、お兄様が亡くなられた光景。過去と未来のお話は……分かるようで分からない。あくまで想像の域を出ない。
「私じゃ該当しない経験ね。夕莉さん、分かる?」
「難しいですけど……前者は逢世さんを看取った時に近いのかもしれません。数多の最期の想いを看取られた、その逢世さんの心境を夢のように体感し、たった一人となったその寂しさに共感しましたから」
看取りの感覚というのはそういうものなんですか……。
「異質な夢というなら……俺も経験があるのか」
そして放生さんからも。たしか日上山で
「先生に……そんなご経験が?」
「累にも具体的には話してなかったな。俺は……日上山での出来事よりもずっと前から、とある夢を見続けていた」
そこで、放生さんは一度息を吐かれ。
「ある少女を、殺す夢だ」
重く、口を開かれた。思わず息を呑んだ。
「……白菊さんの、お話でしたか」
「夕莉は知っていたんだったな。これは俺ではなく麻生博士の幼少の記憶であり、加えて正確には思い込みだったと判明したが……それが分かるまで俺にはトラウマでな。いつどこで俺がそんな事をしたのかと、ずっと思っていた。夕莉が回収した弔写真を見た時は、血の気が引いたもんだ」
これは確か、白菊さんから直接伺った――「彼に辛い役目を背負わせた事で、忘れてしまった」と。麻生博士にとっては、白菊さんを手に掛けたという思い込みが真実を上書きしたんですか。
「夢は自覚できれば虚構ですが、常世で信じてしまえば現実になります。私も過去、死んだ妻の影を追いかけてしまう所でした」
お父さんからも。これは前に聞いた話。川を渡りそうになった。強い人の想いで作られた虚構は、現実と区別が付かない。そして常世では、それが真実にもなりえる。
じゃあ。
「夢と、現実が……もう混ざり始めていると? マヨイガのような?」
『言葉にするならそうなるな。或いは500年前に吾輩と芳乃と茉子で作り出した境界、のようなものかもしれん』
「常世に侵蝕されつつある感覚、という事ですか。ワタシ達には実感がありませんが」
「お母さんは怜さんの家での経験がある……ここだとどうなるやら」
街中に幽霊が出始めた事、少し薄暗くなった事以外、私には区別が付かない。でも、既に恐らく「散曄」は起き始めている。深紅さんの御力で一度は払われたけど、今も少しずつ常世と化している、そういう感覚なのかも。とにかく、いい傾向ではなさそう。
「未来が今になる、っていうのは……私の?」
「コハル?」
そして、まさかの小春さんからも情報が。
「小春さん、そのお話は」
「いえ、大丈夫です不来方さん。隠してる場合じゃないと思うので……神隠しに遭った時、辿りついた場所で……見たんです」
「何をだね、小春?」
小春さんはその先を口に出すかを迷われた。
けれど、声にして下さった。
「お兄ちゃんと……男と、女として、結ばれる未来。それまでも色んな場面で、私がお兄ちゃんと結ばれていて。でもそれは、本当は私でもお兄ちゃんでもない誰か同士だって分かっていて。だから私の勝手な妄想なんだと思ってた。だけど……だけどあの時だけは、「
これは……単なる「好き」じゃない。正しく一人の男性としての有地さんに「恋している」んだ。だから小春さんはその夢に惑われて、惹かれて、自ら山に向かわれたんですか。あり得るかもしれない光景を、未来を、現実にするために。それは実際に成った。
多分小春さんの魂は過去、少なくとも二度有地さんの魂と結ばれている。その一つは今回の元凶と結びつきが極めて濃い……存在も関係性も知られているのかもしれない。
不来方さんは、あの時呼ばれていたのは「本当は有地さん」だったと仰っていた。けれど有地さんは神気を纏われていたから、神隠しには招けず。代わりにその道を小春さんが歩んでしまった。夢を現実にするために、「有地さんをそこまで連れてくるために」。
つまりこれは。
「……そう、だったか。よく話してくれた、小春」
「コハルのお話は、そういう事だったですか……真剣、だったのですね」
『魂の縁ゆえに、手綱を握られたか』
「「……下種め」」
重い言葉が茉子と深羽さんから同時に出た。私も同意見。
――撒き餌
己が目的のために、娘の魂を弄ぶ所業。
許せない。
「それと……」
暗い表情のまま、再び深紅さんが口を開かれた。
「私自身の経験ではないのですけど……常世にいる時、未来の光景を見る事はあるようなんです」
「そういえば……芳乃様、ワタシ達も」
「ええ、戦国のマヨイガでの」
磯良さんの下に向かっていたあの時、私は射影機に導かれて500年後にその場を探索している自分たちを見た。加えて私は平安時代、あり得たかもしれない未来を射影機越しにだけど見ている。そういうケースもあると。
「お母さんのそれは……誰のお話?」
「…………氷室邸での、兄さん。兄さんを捜している、私だったって」
「……そっか」
ご自分を捜されている妹をご覧になる。一体どういう心境になるんでしょうか。
「なんにせよ、良くない方向に進みつつあるのは間違いないんだろう。予定通り、今晩は固まっていた方が良い。日上山の時も夕莉や密花達をとっととリビングに運ぶべきだったな」
「その分集中して出現したかもですけどね、七股とは言わずとも五股ですから。それと、今の私に不用意に触ると唯のセクハラでは済みませんよ? すっぱ抜かれたら物理的に家を潰されかねませんから」
「そう思うと恐ろしいな……それから深羽さん、俺は誰とも付き合うつもりはない。そんな甲斐性はないからな」
「鏡宮さん、刺していいですよ? 口裏合わせますから」
「第一発見者が被疑者の例ですか。その時は迷宮入り事件にするとしましょう」
「累さんだと本当に出来そうですよね……」
常世云々より物騒なお話してる……鈍い私でも流石に分かる。
「皆さんは夕莉君の所にお泊りと伺いましたが、こちらにお泊りになってもよいのでは? 場所なら御座いますが。大丈夫だよね、茉子君?」
「はい、全く問題ありません。ワタシ達は全員同じ部屋ですから」
「勿論宿に戻っていただいても。まだ完全ではなくお恥ずかしい限りですが、凡そ元の形に戻しましたので。夕莉君の準備ならすぐにでも」
「お気遣いありがとうございます。玄十郎さん」
「その方がゆっくりできそうですけど……夕莉さんの家は穂織の鬼門みたいだし、今晩は私達で抑えていた方がいいでしょう。ま、今回は放生さんのお世話にならないよう気を付けますよ。ひょっとすると、放生さんに気を付けないとかもですけどね?」
「それは絶対ないから安心してもらっていい」
「へえ? 宗方美優相手にバッサリ言いますね? 喧嘩売られたと思っていいですか? より深々とトラウマを刻み付けましょう」
「……累、解説を頼む」
「一緒に買うとしましょう、その喧嘩。まずはあの写真をシュレッダーにかけましょうか」
『実際不可能だろうが、口にすべきではないぞ放生。女を分かっておらんな』
「蓮さん、火に油どころかガソリンを注がないで下さい」
「放生さんに何を気を付けるの? 深羽」
「なんでお母さんが一番清純なのよ。説明に困るじゃない」
麻生博士はこうやって多くの人間関係を構築されたんでしょうか? 放生さんは将来何股になるんでしょうね。
茉子が予想していた通り、喫茶・こずかたの土地は穂織の鬼門なんですか。本来は鬼の通り道。霊的にあまりよくないけれど、元から強力な御力をお持ちの不来方さんにとっては寧ろ都合が良かったと。自力で祓えますからね。
加えてお父さんの手も入っていて、これも対策になっていた。引き続き抑えて頂いた方が良いですね。射影機があるだけでも違うみたいだし。
とは言え……深紅さんが鬼門に寝泊まりして大丈夫ですか? 鬼より大変なの出ません? 今晩の喫茶店は、放生さんにとっては針の筵になりそうですが……頑張ってください。
19話から連載に二年もかけて60話使って、
8日しか話が進んでいないだって……?
この日は残り深夜パート2話。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。