零 ~イヌツキの少女達~   作:もふもふたぬきねこ

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83. お役目 果たすべく

 

 

 

「大変失礼致しました。本当にごめんなさい」

 

「娘が御迷惑をお掛けしました」

 

「いっいや、お主の怒りは正当なものだ。不要に咎めるつもりはない……身体が肉体側だったら確実にちびっておったな」

 

「マヨイガって……ずっとこんな感じ、なんですか? 私、多分入り口で死にますよ……?」

 

「ガ、ガンバッテ、小春チャン……お姉ちゃん、ここで応援してるから」

 

「そこはウソでも安心できる言葉が欲しかった……」

 

「大丈夫ですよ、小春さん。アレが常だったら、私たちは一週間前に怨霊になっています」

 

「戦国では色々経験したものですが過去一でしたよ、あそこまでの殺気は。という事で安心してください。その殺気の持ち主が味方なんですから」

 

安心していいものではないけどね……。

 

 

 

雛咲さん親子に深々と頭を下げられ、ようやく状況が落ち着いてきました。

ゆっくりしている場合ではないはずだけど、休みを挟まないと辿りつく前に死にそうです。

 

とはいえ、勿論遺恨は残るもので。

 

 

 

「覚えておきなさい、犬。世界中に根も葉もない事バラ撒いて、おかしな信仰を集めさせてやる」

 

「深羽さんの仕返しの手段が割とねちっこい……」

 

「彼女だとそれが簡単に出来てしまうのが恐ろしいがな。俺達じゃどう頑張っても無理だ」

 

『わざわざ我に大衆の信仰を向けさせて何になると?』

 

「吾輩が思うに、神罰より耐えがたい生き地獄だと思うぞ?」

 

「現代であれば、偶像にとって代わられる事すらあるかと」

 

「それくらいならマシです、安晴様。多分あなたの真名は「ポチ」として、後世に永遠に刻まれるでしょう。伝承やご利益も、ワタシ達では想像できない奇天烈な内容に書き換えられると思いますが。神って憤死出来るんですか?」

 

「メジャーなのは擬人化、それと最近は性別転換もですね。穂織にもサブカルの波が訪れるのかもしれません。ある意味格上げではありませんか? その方が現代人の認知に嵌まる事になりますよ」

 

「それが本当のさぶかるというものですか。ワシはまだまだ勉強不足ですな」

 

『……………………………』

 

 

 

人がどう信仰するかによって、神々の御姿やご利益は変わるみたいですからね。

恩恵や御姿をどう捉えるかは人間の主観でしかないから。

神々に決まった御姿があったとしても、それが人間にとっても等しいものかは別の話。

 

有地さん曰く、深羽さんならば1億人くらいの人の心に干渉しかねない。

鏡宮さん曰く、もはや原形も何もない姿への変更もあると。人の発想ってすごい。

 

余程有名で数多くの信仰を持っている神ならともかく、山間の田舎の土地神である犬神様の印象が、深羽さんの手に掛れば容易に捻じ曲げられるのは確実でしょうね……。

 

凡そ待ち受けている状況を理解されたのか、犬神様が何となく引きつった顔をしている気がする。

 

 

 

「それで……結局、深羽からその耳を取る方法は他にないのかしら」

 

「大丈夫よお母さん、さっきのやらかしのお陰で理解したから。取る事は出来ないけどね」

 

また深羽さんが、何か出来る事が増えたんですか……?

 

「さて、そろそろ話を進めよう。逢魔ヶ時まで凡そ半日だ、余裕があるとは言えん」

 

「そうですね。ワタシ達はマヨイガからの突入ですから必然的に時間が掛かります」

 

「しかし……神社側の入り口というのは? 僕達では見つけられなかった」

 

「当たりはつけてありますから、安晴さん――芳乃さん、分かりますか?」

 

不来方さんにお話を振られた。深羽さんは大体分かっているっぽかったですよね。

そして私にも予想は付いている。

 

 

 

入り口はこの神楽殿にある。というか目の前の鞘岩、殺生石の下。

その周辺の何処かに朝武義和が下から開けさせた穴があって、みつはさんたちが塞いだ。

 

つまり「隠されている」。

 

隠してあるものを暴けるのが、お世話になっている代物です。

あちらで最後に見ましたしね。縁も恐らく私が一番濃い。

 

 

 

皆さんから離れる形で、神楽殿の入り口から壁の方へ移動。

たしか、この辺からだったはず……この辺りね。

 

そこで耳にするブーンという音。

 

あとは構えて、アングルを変えて。500年前もここで撮ったんですよね。

最近は慣れてしまった、耳にキンキンと響く音。獣耳込みで倍以上五月蠅く感じる。

 

 

パシャッ

 

 

「……全ての原因への入り口が、こんな真正面にあったなど」

 

「要石(かなめいし)ですね。塞ぐと共に現代の僕達に至るまで見つけられないよう、石そのものに結界を張られたのでしょう」

 

「見るからに不気味だよ……」

 

「御札の数がすごいわね……」

 

 

 

殺生石の真正面。

その地面との境に杭のように刺し込まれた、紙垂(しで)付きの注連縄で縛られ茶色く汚れたお札が貼りまくってある要石。もうこっちが呪いの石よね……。

 

加えて、私にはもう一つ別の光景がダブって見えた。

 

 

 

レナさんが眠っているお父さんと玄十郎さんの傍を通り、その石へ沈むように姿を消された。

裸足ではあるけど、寝間着じゃない。加えて足取りがしっかりしている気がする。

 

操られたり、ではないという事ですか。

そして茉子すら気づかなかったとなると、あれはレナさんではなく――

 

 

 

「流石は朝武さん、私がやったら札も縄も破ってそう。というかふっ飛ばすつもりだったし」

 

「破れる深羽さんがすごいと思いますが……」

 

「よくこんなものを運んだな。駒川磯良の娘さん達がやったんだろう?」

 

確かに殺生石ほどじゃないとはいえ、よくこんな石を神楽殿まで運びましたね。

 

『あるわけないだろう。そも、この岩が何なのかを少しは考えろ』

 

なんて思っていたら、犬神様から呆れたような声が。

 

 

 

まあ確かに殺生石からして、こんなに都合よく黄泉の門への入り口を塞げたわけがないですよね。

つまりは黄泉の門への入り口を塞ぐために、他所から持って来たという事。戦国以前に。

ただまあ、こんな穴が開きっぱなしだったら穂織はとっくの昔に大変な事になっている。

 

 

 

つまり。

 

「この岩って、叢雲様が御運びになったんですか?」

 

『これ自体が姉君の御身の一部だ。人間共がこの地に住み着く以前より、遣わされた姉君が最初に行われたのがこの穴を塞ぐ事。その恵みを元にした信仰によって、姉君は玉石から人間の姿を成した』

 

「成程、だから叢雨丸が抜けぬようにも出来ておったのか」

 

「つまり殺生石も御神体で、要石はそこから生えたようなものなわけですか。あの時みつはさん達がどう塞いだのか不思議に思っていましたが」

 

「では……この岩も、叢雲様にお返しする事になると?」

 

『不要。切った爪の先だ』

 

流石は神、スケールがすごい……。

まあ涙が湖になったり、山を蹴っ飛ばして山頂を吹っ飛ばすとかですものね。

 

「しかし……これは人力で抜ける物なのか?」

 

「この場の全員の力を合わせても無理な気がします」

 

「数百キロは優にありそうですね。伺った戦国時代とは逆に、上から掘る方が現実的ではないでしょうか」

 

「そこは大丈夫ですよ。今の私ならどうにか出来るでしょうから」

 

「どうするの? 深羽」

 

「こうするのよ。ふっ飛ばすより安全っぽいかな」

 

放生さんたちのごもっともな悩みに、深羽さんがすぐ反応された。

一体どうやっ――

 

 

ビュオン! ガシッ!

 

 

深羽さんの背中から黒い何かが伸びた。

見覚えがある。確か……夢の中の日上山で見た。

 

祟り神状態だった犬神様の、尻尾。それが要石に巻き付いた。

使い方ってコレですか。

 

『己が身でもない穢れをもう使役するなど。化け物め』

 

「アンタにだけは言われたくないわ、この役立たず」

 

「そういえばワタシも、マヨイガで磯良様の絶対霊にこれで攻撃できていましたね。今は出せそうな気配がしないんですが」

 

「そういえば、犬化ってまだできそうなの?」

 

「多分無理です。それに使いたくありません」

 

茉子も前は出来たらしい。本当に多才ね。

それは置いておいて。

 

「となると……深羽さんはこちらからの方が?」

 

「どうしましょうね。当初はこの時点で消し飛ばすつもりだったけど、朝武さん達がマヨイガに辿りつくまでの時間分ここで防衛の必要もあった。私がここに留まるなら安全度は上がるわね。ただ分担を変えないと、なんだけど……」

 

元は私、茉子、深羽さん、小春さんがマヨイガ。

不来方さん、深紅さん、放生さん、レナさんが神社からだった。

 

けれどレナさんはいない。深羽さんしかここを開けられない可能性が高い。

神に関わる要素を考えるなら、私も神社からの方が……。

 

 

 

「レナの代わりは、吾輩で務まるか?」

 

 

 

と思っていたところで、ムラサメ様からご提案が。

 

「ムラサメ様が?」

 

「そうだ。恐らく一番都合が良いだろう」

 

特に悩まれる様子もなく、ムラサメ様はあっけらかんと私に返答された。

 

「幸いここにいるのは綾という死に体の娘の身体ではない。実体となったムラサメという永久花の霊体。今更常世に足を踏み入れたところで、存在への影響に大した違いは無いだろう。この一件に失敗すれば、結末はどうせ同じだ。叢雲様から頂いた神力はほぼ使えぬ役立たずだろうが」

 

「ムラサメ様、それは――」

 

「まあ少し我儘を聞いてくれ、安晴。二度のお役目で約千年。ただ一人安全な立場から……秋穂を含め数々の巫女姫達をただ死なせるしかなかった吾輩が、ようやく直接関われる時を得たのだ。これが最初で最後の贖罪の機会。レナほどではないにしろ叢雲様と縁のある身、そして今も吾輩は叢雨丸の管理者なのだよ。叢雨丸在る所にムラサメありだ」

 

ムラサメ様は、笑っておられた。

 

 

 

ムラサメ様が仰られている事は……極論だけど間違ってはいない。

けれど、それはムラサメ様に責があるわけじゃない。寧ろムラサメ様がいらっしゃったから、今も穂織は残っている。それを維持するための結果論でしょう。

そんな想いを背負って頂く必要はないのに。

 

 

 

「……確かに、都合はいいのかもしれません。以前私はムラサメ様の影見を行う事で、神隠しに遭った芳乃さん達がいた隠世に到達できていますから。縁はあるでしょう。ですが」

 

「下手しなくても門の向こう行きの可能性はあるわよ? 特に貴女の身体は私よりも不可思議な状態。取り憑かれるんじゃなくて、やつらと一体化してしまえば二度と戻れなくなる」

 

「今までの君の……永久花として、守り神としての功績、犠牲の一切に関わらず、怨霊共に魂を縛られる事になるかもしれない。それでもか?」

 

同行して下さる日上山の皆さんからも忠告が入る。

生身の私たちと違って、ムラサメ様は直接干渉されるかもしれない。

これまでずっとお役目を果たして頂いていたのに、その上で地獄行きになるかもしれないと。

 

それでも。

 

 

 

「それが柱のお務めというものだろう? お主らが知っておるのだろう柱達と同じ、選ばれた者の使命。一度は既に覚悟した身だ、お役目は全うせねば。であろ?」

 

 

 

揺るがない。

強いなあ、ムラサメ様。

 

『適性や自身の運命への悟りではなく、選ばれた決意の強さか。姉君がお前を永久花に任じた素養はここだったらしい』

 

初めて犬神様がムラサメ様を認めるような発言をした気がする。

 

「…………全く違う。私は、なにもかも、自分の事だけ……」

 

深紅さんは何かを悔やんでおられる。

 

「安晴様、芳乃様」

 

そして問いが、茉子から私たち朝武親子に入った。

内容は何となく予想が付く。

 

「何かな?」

 

「これまでで最も危険な場面で恐縮ですが……常陸家としてのお役目を一時外していただく事、お許し頂けないでしょうか」

 

茉子のお役目――私の護衛。

それを、このタイミングで外れるという事。つまりは。

 

「…………いいかい、芳乃」

 

「うん。茉子、ムラサメ様を守ってあげて」

 

「ありがとうございます」

 

茉子が初めて、自分から巫女姫以外の存在を優先すると決めた。

貴女も、自分で選ぶのね。

 

私も、自分で勝ち取らなきゃ。

望む未来を。自らの使命をしたものの完遂を。

 

よし。

 

「では決めましょう。私と小春さんはマヨイガ、茉子とムラサメ様が神社側という事で」

 

「なんだか皆さんの決意の中で、私が何が出来るか不安なんですが……よろしくお願いします」

 

「小春、心配いらん。必ず小春にしか出来ん事がある。ワシよりもずっとな。将臣の事、頼んだぞ」

 

「アタシなんて正真正銘何もできないわよ? ここに居る事しかできないし。この一件が終わったら、アタシも奮起しないとね」

 

「私は要石の事があるから神社側で決まり。後は夕莉さんと放生さんと……お母さんも、自分で決めていいわ」

 

あと三人。

 

「私は……マヨイガ側、芳乃さん達と。絶対霊を一人で相手取る大変さは知っていますから」

 

「なら、俺は当初の予定通り神社側だな。無駄に深羽さんの力を使わせないくらいの役は担えるだろう。何かあってもムラサメさんを運びやすい」

 

「すまぬな、よろしく頼む」

 

あと、一人。

 

「私、は…………深羽。貴女は、強いから」

 

「もちろんよ」

 

「……マヨイガ側に。朝武さん、不来方さん、鞍馬さん。宜しくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。深紅さん」

 

「では道具の方をお分けします。皆さん、お気を付けて」

 

 

 

これで決まった。三度目の正直っていうのかしら?

 

マヨイガ側が私、小春さん、不来方さん、深紅さん。

神社側が茉子、ムラサメ様、深羽さん、放生さん。

 

……なるほど。戦国で見たここでの最後の景色、謎の人影。

 

最初の黄色はレナさん、こんな経緯だから1人だけだった。

後の4人は黒が茉子と深羽さんと放生さん、緑はムラサメ様。

うち3人は何らかの形で神に関わっているからぼやけてた。比較的鮮明で背が高いと思われていたのは、有地さんではなく放生さんだったと。

 

あれは未来の幻視でしたか。つまりこれで確定なわけですね。

 

 

 

『姉君に選ばれているなら何とかなるか…………綾』

 

初めて犬神様がムラサメ様を名前で呼んだ。

 

「なんだ?」

 

『お前の霊体と肉体の繋がりに干渉する。精々上手く使え』

 

そう口にされて、犬神様は姿を消された。

御力が宿った感じなんでしょうか?

 

と思っている最中に。

 

 

 

「…………やれやれ、これで遂に吾輩もイヌツキか? 人生分からぬものだな」

 

 

 

ムラサメ様からも獣耳が生えた。可愛い。

 

「これでムラサメ様も、ワタシと同様怨霊を殴れたりするんでしょうか?」

 

「元の身体の性能的に無理だと思うが……?」

 

「これで単なる管理者じゃなくて、正真正銘の守り神じゃない? 頼むわよ」

 

さあ、行くとしましょう。

穂織の未来と、大事な人達を迎えに行く決戦に。

 

 

 

「それでは皆さん、しっかりご飯を食べておいてください。昨晩試行錯誤して作りましたから――万葉丸入りのおにぎり!」

 

……ええ゛っ?




という事で、イヌツキが4名になりました。
ムラサメは当初から、深羽はプロット外からです。少女じゃないって?
夕莉には生えません。もしもし主人公さん?

前座に三話も使ってしまいましたが、
次話より進みます。
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