「すごいですね、山がこんな……」
「こんなのは私も初めてです」
「私は三回目ですけど、それでも驚きですよ。不来方さん、大丈夫そうですか?」
「大丈夫です。お二人とも相当に強い縁をお持ちですから。今もはっきりと見えています」
建実乃山、多分中腹。
マヨイガチームは不来方さんの影見によって、小春さんの残影を追いながら登山中。
神社と同じく、ほぼホワイトアウト状態なのは継続中。進行はゆっくりです。
影見は本来白い影が見える感じらしいんですが、今は完全に姿が見えるそうで。
射影機を使った過去視を常時発動しているような感覚だそうです。
本当に、もうここは常世と化しているんだと実感できます。
先頭は私が射影機を構えながら。並んで深紅さん。
その後ろに清めの火を灯した提灯をお持ちの小春さんと、手を繋がれて影見をされている不来方さん。
清めの火の効果に加え、時折〇七式で撮影をして視界を確保しながらの道中。
安全に行きたいところではあるんですが……そうもいかない。
「あとどのくらいの残り時間ですか?」
「…………30分以内には着きたいところです。マヨイガに入ってからも、どのくらい時間が掛かるか分かりませんから」
「その時はお電話します……電話って、こんな状況でも使えるんですね」
茉子たちの突入予定時間は、私たちが出発してから二時間後の予定。
それに合わせたいですからね。
小春さんの驚きはごもっとも。そういえば。
「今朝、不来方さんはお電話を使える事をご存知でしたよね? 何故こんな状況でも使えるんですか?」
「電話というのは特殊な……芳乃さん達は「集合的無意識」という概念をご存知ですか?」
「倫理の授業で聞いた事があったような?」
教えられなくても誰もが持っている共通認識、みたいなものだったでしょうか。
そこに深紅さんから解説が。
「電話はそこに居ない、見えない人と繋がる、本来なら「ありえない」現象を可能とする機械です。何処とでも、地球の裏側とすら繋がれてしまう異質なもの。ですが現代人はその事を不思議に思いません。その延長なのか、隠世でも繋がりやすいそうです。怜さんも怨霊から電話を受けていますし、放生さんはご友人の方がマヨイガから掛けられたお電話を取られたそうで」
「ムラサメ様が呼吸困難になったお話でしたね。電話の先なら誰だろうと「ありえてしまう」わけですか」
「ホラー映画でも、幽霊からの電話って結構ありますもんね。あれ怖かった……」
「ですが、繋がらないと思っていたら繋がりません。仮にここで、私がみづはさんに電話を掛けたとしても繋がらないでしょう。心のどこかで無理だと思ってしまっていますから」
電話の本当の繋がり先は基地局でしかないわけですけど、一々そんな事考えない。
そこに居ない他人と繋がる――繋がってしまう手段。ありえない事を常識を捉えた結果という事ですか。
だから、私が初めてマヨイガに入った時も不来方さんから発信できていた。
けれど、私が気付かず歩を進めてしまった……本当に申し訳ありません。
今はマナーは切ってありますから、かかってきたら分かるはずです。
「時間のお話はありますが、当初の予定通りに一旦マヨイガに到着したらでいいと思います。今の進行速度なら大丈夫でしょう」
「分かりました」
「にしても……その火があるとはいえ、怨霊が全く現れないですね?」
たしかに。今まで一人たりとも遭遇していない。
戦国時代、最後に建実乃山に入った時は霧が充満した環境から怨霊が出現した。
あの時は……おそらく散曄の瘴気を浴びてしまった人足の方と、マヨイガに居ただろう義和や実利様の部下。
現代で私たちが主に遭遇したのは……加えて恐らく狂乱した兵に襲われた住人の方か、それ以前に殺生石周辺にお住いで瘴気に巻かれた方だったんでしょう。
それらを含めても、誰とも遭遇しない。
「専門というわけではないので断言しかねますけど、隠世に於ける霊は一般的な存在でしかありません。この場で「ありえないもの」は寧ろ私達ですから」
「怨霊もこっちではただの人って事ですか?」
「
普段と立場が逆なわけですか。
となると、確かに一般の方が山の中にいるわけがない。
本来なら街中に理性的な霊の方々がいらっしゃるかも、という事ですね。今回は犬神様が作られた仮の世界という事らしいからか、不来方さんたちも街中で遭遇しなかったようですけど。
皆神ってどこかで聞いた……戦国時代の黒澤さんでしたっけ。ウツロ、だったかな?
確か封印の仕方は――一切救いがなかった。なんでそんな方法しかなかったのか。
なんにしても今の状況はありがたい。とはいえ。
「でもマヨイガは、元々「ありえないもの」として現世に存在出来てしまっていますから」
「恐らく皆さんが入った時と同じでしょう」
「フィルムを使う機会が減っているのは幸いですね……影が止まりました。ここまでです」
「全然ここがどこか分からない……」
話をしている間に着いたらしい。
相変わらず目の前は真っ白な霧に覆われてサッパリですが。
ただこの光景は、以前も体験していますから。
「私がやりますね」
あの時と同じように射影機を構えたまま、その場で360度確認するようにぐるりと一周する。
すると一方向だけフィラメントが薄く反応する方角が見つかる。
問題なのは、以前と違ってそれが赤色という事ですが。
「こちらですね」
皆さんを先導する形で先頭に立ち、撮影して軽く霧を晴らす。
歩を進めるごとに、フィラメントの赤色ははっきりしてくる。
そして。
パシャッ ザザッ
「――へっ?」
てっきりマヨイガが出現するものだと思っていたのに。
目に入ったのは、多分過去の光景。場所は勿論ここと同じ。
世界はセピア調に。霧はないけど、そこにもマヨイガはなかった。
およそ一週間前、神隠しを追って辿り着いた終点。
その空き地を、一人の女性が悲しみに染まった顔で彷徨われていた。
女性のお顔はよく知っています――なんせ今も隣にいる方なんですから。
違いは、大人びておられる事。多分お父さんくらいの年齢。
『
色調が戻った。
「…………なんだか今の、夢で見た事ある気がします。すごく、悲しくて」
私の隣にいる女性――小春さんからそんなお言葉が。
あの人が誰だったのか、多分私にも分かります。
茉子から話を聞いただけで、直接お会いできませんでしたけど。
「茉莉さんの妹の、お春さん?」
「あのお方、多分小春さんが神隠しに遭われた際にもいらっしゃいました。あの時は小春さんに似た境遇の怨霊、とだけ思っていたんですが……」
「神隠しの時、私を呼んだ声と同じ……だと。あの人が戦国時代の「私」ですか」
「あの人も、お兄さんを……」
茉莉さんに何人兄弟姉妹がいらっしゃったのかは、茉子すら知りません。
そのうちのお一人、お春さんのお兄様が行方不明になられたんでしょうか。鞍馬君的な人?
義和の拠点はマヨイガとして常世に消えてしまったはずですから、巻き込まれたのかも。
小春さんの神隠しは、有地さんを呼び寄せるための撒き餌としか思っていませんでしたが。
「この行動も、なぞっていた?」
「分かりませんが……この先に関わっているのは間違いなさそうです」
数瞬の後、部分的に霧が晴れて。
望んでいたものが、姿を現わしました。
「…………外観だけでも怖いですね……」
「私と手を繋いでいましょうか。幾分落ち着くと思いますから」
小春さんの感想はごもっとも。
二度目であり、戦国時代にははっきり目にしてきている私ですらそう思います。
最初の時は驚きが勝りましたけど、今は落ち着いているのと気配を感じ取れるせいで、あの時のムラサメ様の気分がよく分かる。
恐ろしいものがここ――マヨイガに居る。
磯良さんは今もここに居らっしゃる。
扉は開いていますね。不来方さんが突撃された時のままみたい。
「では、行きましょうか」
♢♢♢
バシャァン!! バシャァン!! バシャァン!!
「……都会にあるお化け屋敷って、こんな感じなんでしょうか?」
「はぁ……はぁ……はぁああ……私も入った事がないので分かりませんね。ここまで来ると、恐怖とは別の何かを感じますけど」
「お化け屋敷にも色々あるそうで。深羽が言うには数分で終わる機械仕掛けもあれば、一時間はかかる俳優さん達しかいないものもあるそうです」
「いずれにせよ、失敗したら後がないのがアトラクションとの違いです。気を抜かずに」
「すみません」
最初に目に入った光景は、ある意味壮観でした。
霧に包まれた建実乃山には、怨霊どころか幽霊すら一体も居なかったのに。
マヨイガの入口には、怨霊しか目に入って来なかった。
深羽さんが建実乃山で戦われた時の写真を思い出しますね。
数えるのも億劫なくらいの怨霊が一枚に収まっていたヤツ。曰く、ゾンビ映画。
生身よりも若干白くぼやけている霊体が重なって、ある意味霧で出来た人間の身体の集合体のようだった。前の時と同じく、恐怖より驚愕が圧倒的に勝った。
――目にした瞬間、フィルムを〇七から七四式に切り換えました。慣れたなあ私も……。
だけど不来方さんに比べて落ち着きが足りない。波が過ぎれば気も緩む。
油断できるほど私は強くないんだから。引き締めましょう。
「なんでここに集まっていたんでしょう?」
「ここが……入口、だったからでしょうか?」
私と不来方さんでその場にいた全ての怨霊を祓って、落ち着いた区切りのやり取りの後での小春さんのご質問。
正直そのくらいしか思い当たる点がありませんが。
「恐らく……逆です」
「逆、ですか? 深紅さん」
「
「看取れなかったので断言はできませんが……逃げて来られて、既に隠世に染まり過ぎて現世に帰る事が出来なかったんですね。戦国の山で私達を襲って来た侍達は、それでも耐えていた数少ない存在だったんでしょう」
そうか。
私たちにとっては入口だけど、中にいた人たちにとっては脱出口。
散曄の発生で瘴気が中から溢れて来て、流れとは逆――外への出口に殺到した。
完全に常世に消えたわけじゃなかったけど、既に境界は引かれてしまっていた。犬神様でも中の様子を伺えないほどに。
その結末を、一度に目にしたような感じ、だったんですね。
皆さん、生きたかったんだ。
「進みましょう。お二人が祓われた怨霊も封印できたわけではありませんから。瘴気を断たないとまた目覚めてしまいます」
「そうですね。不来方さん、ここから先は?」
「小春さんの影はありません。有地さんに近づけば、魂が惹かれるような形で見れるかもしれないです」
「ホントに、お兄ちゃんがこの先に……」
ムラサメ様の感覚では、有地さんは山に向かわれた後に深く潜られたような感じ。
道はここで合っているはずですね。
一先ずは私が初めて絶対霊に遭遇し、戦国で磯良さんとお話した部屋を目指す事になりそう……?
この違和感は……。
「前に来た時より……綺麗に、なってます?」
「そうなんですか?」
「そうですね。二度目に私と深羽さん達で踏み込んだ時は、もっと朽ちていたはずです」
十分に形を保っていたとはいえ、取り敢えずは廃屋だと認識できたのが第一印象だったはず。
だけど今は、暗いけれどそこまで朽ちていない。
床に穴はなく、障子にも穴はなく、破れた暖簾は垂れていない。
なんとなく神社の聖域や、日上山の幽ノ宮の地下を思い出す感じですね。
「戦国時代には既に隠世へ移っていたマヨイガの姿が、表に出て来ているという事なんでしょう。小春さん、体調は大丈夫ですか?」
「はい。雰囲気には飲まれちゃってますけど、特別気分が悪いとかは大丈夫です」
「残り時間に関係なく長居は無用ですから、先に進みましょう。常陸さんが吹き飛ばした穴まで先導します。芳乃さん、後ろをお願いできますか?」
「分かりました」
あの時は20分と経たないうちに身体が「あちら側」に引きずられていた。
耐性が無いだろう小春さんは特に危険。進みましょう。
にしても茉子のお弁当爆弾、一体どんな威力なの……?
♢
ブーン……
あれから怨霊……文官と人足の方の霊、を祓って数分。
既視感って言うんでした? 今回は既聞感が正しいですけど。
「皆さん、聞こえますか?」
「私には聞こえていません。フィラメントは薄っすらと青く反応しています」
「多分……敵意は、ないかと」
「皆さん、一体何を見聞きされているんですか……?」
小春さんには意味不明ですよね。不気味でしかない。
正体をお見せしましょう。想像は付きますから。
「では私が」
「お願いします」
フィルムを〇七式に切り替え、方向を確認し、アングルを確認し――
パシャッ
「……うわぁ。あれが、本物」
「あの方が、お医者様の?」
「はい。今だとよく分かります」
「駒川磯良さん、ですね」
磯良さんの霊……正しくは影、が目線の先を横切って行った。
本人を直接目にしたことがあるからか、ここが常世に更に染まっているせいか、私の霊力が上がっているせいか。明らかに以前よりはっきりと見聞きする事が出来る。
『そんなものが穂織にあるなど……若に伺いを立てなければ』
悩みを口にされながら奥へと去られていく。
黒澤さんから黄泉の門のお話を聞いた直後、私たちが黒澤さんとお話をしていたタイミングのようですね。
「……なんだか、あの人。見た事があるような?」
「私たちもそう思いました。みづはさんに似ていらっしゃいますからね」
「いえ、それはそうなんですけど……夢で見た事があったような気が」
似た人を知っている形の私たちとは違って、小春さんはご本人に見覚えがある模様。
有地さんのご先祖の過去も夢で見ていらっしゃるという事ですし、同じような感じなのかも。
「呼ばれているような感じはありますか?」
「いえ、そういうのは。でも何だか懐かしいって気持ちになります」
「気を向けすぎるのもよくありませんから。現世……お兄さんの事でも考えられるといいかと」
「ええぇ、廉兄の事をですか……? 結構拷問なんですけど、ダメですか深紅さん?」
「ごめんなさい。私にはその感覚が全く理解できなくて……」
小春さんにとって鞍馬君は気付け薬扱いなんでしょうか?
深紅さんはお兄さんと仲が良かったようですからね。
『どうすればよいものか……』
『「花」、「水」、「姫」。穂織の為に、柱が……贄が、必要というのか』
『若が仰る事が
『まだ黒澤氏に追いつけるか』
悩みを呟かれながら奥に進まれる磯良さんを追うように、私たちもマヨイガの奥へ。
前に来た時もこんな風に進んでいたんでしょうか。
と、思ったら。
『マジか。じゃあここは黄泉比良坂だとでも?』
「お兄ちゃん……」
有地さんと、一緒に行動する私たち。500年前と数日前を連続して目にする異様な光景。
道は合っているようです。
あの時、後ろを振り向いていたら。未来でここを探索する私たちを幻視したのかもしれない。
あまり良い事だと思えませんけど。
「先程のが、最初の?」
「はい。深紅さんたちが穂織にいらっしゃる前日の事ですね」
「私が神隠しに遭った次の日なんでしたっけ」
「そろそろ、私達が探索した頃も目に入ってくるかもしれません」
その時は私、気絶していたんでしたっけ……。
あれは、まあ、うん……思い出さないでおこう。
この会話の直後に私が呼び戻しを行ってしまって。
例の部屋に飛ばされたんでしたか。
ザザッ
今までとは違う気配が一瞬した。
怨霊が出てくるとか、話に聞いた茉子が爆弾を使った時が見えるのか。
そのくらいの事を、考えていた。
「…………なん、で?」
廊下の奥へと進んでいく誰かが、遠くにうっすらと見えた。
それは磯良さんでも、私たちでも、不来方さんたちでもない。
どこかで見た服を着た……今私が着ている巫女装束の――銀の髪の女性。
後ろ姿だけ。髪は私と同じくらいの長さだけど、括っている位置が低い。
正確に誰かは分からない。でも理性では拒む答えを直感がはじき出す。
「……秋穂、さん?」
「秋穂……というと、朝武さんの?」
「はい。先代の巫女姫様で」
「私の……母、です」
そう口にしたところで、暗闇に消えてしまった。
不来方さんと深紅さんどころか、小春さんにも見えていた模様。
本当にそうなのかは分からない。
私の家系で実際に会った事があるのはお母さんだけ。
写真で見た事があるのがひいおばあちゃんくらいまで。
私も含めて当然みんな銀髪で、比較的似ているのは間違いない。
今朝、夢で見た私っぽい人を銀髪に戻したら同じ感じではあるはず。
だからお母さんとは限らないけれど……。
未来も含めて、歴代の巫女姫の誰か、という事なのはほぼ確定。
ここに足を踏み入れた巫女姫は、私が最初で最後じゃないの……?
「一体、何故……?」
「分かりません。少なくとも私が知る秋穂さんに、マヨイガに関わったような気配はなかったはずです」
「じゃあそっくりさんだったんでしょうか?」
「そうかもしれませんね。一番お詳しそうなムラサメさんが、こちらにいらっしゃれば伺えたかもしれませんけれど」
深紅さんの仰る通り、ムラサメ様だったらご存じだったのかもしれない。
けれど今は、黄泉へと突入されるべく神社で待機いただいている状態。
電話で聞く事も出来るかもだけど……分かったところで出来る事もありません。嘆いても仕方がないですか。
「……進みましょう。今は他に考えるべきことがありますから」
皆さんを促しているつもりで、実際には自分に言い聞かせている。
このマヨイガには、私の知らない何かが他にもあるの?
集合的無意識の話は適当です。
ので、全然言葉の使い方違うよ! という方も
いらっしゃるかと思いますがスルー願います……。
実際にはどういう理由付けだったか、
良い言葉をご存じの方は教えて頂けると幸いです。