「……あれ、かな。多分ここが入り口だと思います」
あれから謎の人物の姿を見る事はなく。
再び磯良さんの影というべき存在の後を追うように進み続けて。
先頭を進まれていた不来方さんのお言葉で、後方警戒を止めました。
見た感じは今までの通路と同じ。
一か所だけ違うのは――明らかに人為的に漆喰を掘った小さく深い窪みがある事。
「常陸さんが破壊された入り口が見当たりませんね。事前にダイナマイトを付けるために苦無で掘られた穴だけ残っている状態です」
「この壁を……常陸先輩がふっ飛ばしたんですか? 人が通れるサイズを?」
「はい。数分で爆破されました。深羽さんすら驚いていましたね」
「あの子が驚くだなんて相当ですね」
「茉子から「戦車が来てもお守りしますよ?」とは言われていましたけど……」
なんでプラスチックが爆弾になるのかわからないけど、誇張表現じゃないのかもしれない。
今回の件が終わったら、今後は使わないように言い聞かせておきましょう。
気を取り直して。
「確か、ここで武者の怨霊に遭遇されたんでしたか?」
「そうです。そして恐らくですけど……徐々に接近されています」
そう言われて即刻射影機を構える。
視界内にはいない。でもフィラメントが薄く、ピンク色のように灯り始めていた。
加護も獣耳も頂いている身だけど、まだまだ感知は及ばないみたい。
これは経験か、素質の差なのか。何にしても気は抜けませんね。
「武者の怨霊って……私が神隠しから助けてもらった時にいたようなやつですか?」
「まさにその通りですね。先日と同じ人かは分かりませんが」
たしか二人出たんだっけ。
ならば……ここで戦う事になりますか。
「朝武さん」
「はい?」
深紅さんからお声がけ。なんでしょう?
「朝武さんはこの後、禍刻霊……絶対霊の方を祓われるおつもりなのですよね?」
「そう、ですね。磯良さんには未来の穂織を護ると直接約束していますから。出来れば私自身の力で鎮まっていただこうと思っています」
「では、今はお休みになってください。彼女達と対峙する事は、生半可な事ではありません。少しでも余力を持たれた方が良いかと」
恐らくこういった事に、最も多く関わられている深紅さんからの忠告と申し出。
深羽さんの事もありますけど……ここは。
「わかりました。よろしくお願いします」
射影機を、お渡しする。差し伸べて頂いた手を取る。
「では小春さんは私のそばに。一緒に手を握っていましょう?」
「わかりました……なんか、どこからか寒気がしてきた?」
「深紅さん、こちらの射影機と交換されますか?」
「そうですね。その方がお互いに慣れていますから」
日上山仕様の射影機が、久々に本来の持ち主の下へ。
不思議と画になります。深紅さんは大砲撃たないで下さいね?
結構危険な状況のはずなのに、この安心感ですよ。
二組生えている私の耳の内、獣耳の方が……音を捉えた。
足音はないけれど、あの時代を経験してきた今の私なら分かる。
――これは、鎧が擦れる音だ。
『姫、君……義和、さまの、命。捕えな、ければ』
『あ、やつ、の、けつ縁……血を、絶たなけれ、ば』
「ひっ……完全に、敵視されてる……」
「理由が理由みたいですけどね。狙いは私たち二人みたいです」
廊下の斜め前、左右両方から現れた武者の怨霊。
左側は比較的綺麗な、重厚な感じの鎧――長男義和の部下。
右側は傷も多い、軽装な感じの鎧――次男実利様の部下。
前者は私を攫うべく命を受けている。こんな装備までして、当時の姫様を誘拐する計画があったんでしょうか。茉子が止めてくれていたのかも。
後者は……義和を捕らえる認知が捻じれて長男一族の血を断とうとしていると。前回ここに来た時は茉子、今回は小春さんが対象なわけですね。
「前回より更にはっきりしていますね……深紅さん、右側をお願いできますか? 出来れば強化レンズは使わずに」
「深羽に怒られてしまいますからね。承知しました。お気をつけて」
深紅さんのその一言の後、お二人が射影機を構えられる。
それを敵意と受け取ったのか、武者二人も刀を構えてくる。
突進。
『『お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛』』
「――『圧』!」
「……『遅』」
バシャン!
聞こえたシャッター音は軽めの一度のみ。二名の怨霊に対する結果は全然違った。
不来方さんが相対している義和の部下は、『圧』の力で後ろに押し戻された。
霊片が飛び散り、怨霊の周りに二つ浮かんでいる。
何度も助けていただいた強化レンズの効果。
一方で……深紅さんの方は一体?
「なんだか……動きが遅く?」
小春さんの言う通り、間違いなく走っている格好なのにスローモーションのような。深紅さんへ到達するまで二秒となかったでしょうに、六秒経ってもまだ届かない。
その間に、深紅さんの射影機から重い音が響いてくる。
寸前まで溜めに溜めて――フルチャージからの。
バッシャァアン!!!
『がああああぁぁぁ……』
『圧』を超えるノックバック。多分フェイタルフレーム。
やっぱりというか、深紅さんは出来て当たり前ですよね……。
「六一式のゼロショットでも、そこまで散らせませんか。かなりの執着ですね」
パシャッ! パシャッ! パシャッ! バシャァン!!!
『ぐぅっ』
「前回は深羽さんが九〇式を切ってくださったんですが……っ!? 芳乃さん後ろです!!」
「はい? ……うそっ!?」
「こっちにも!?」
『銀の、妖……とらえよ、捕えよ、討て』
前方で繰り広げられていた戦闘を観戦していた格好になっていて、後方の警戒がおろそかに。
今射影機は手元にない!
この怨霊は……まさか戦国で私に射かけてきた人!?
「巫女姫様っ、ど、どうしましょう!?!?」
「小春さんは後ろに! 絶対に私の前に出ないで!」
小春さんを後ろにやって、武者の視界から隠す。
武者が刀を抜く。霊的な守りが無いだろう小春さんが斬られようものならどうなるか。
そんな事があろうがなかろうが、前に出ますけどね!!
とはいえ。
どうする? どうするどうするどうする!?
考えろ考えろ考えなさい!! 足搔きなさい!!!
バッシャァアン!!
「距離を取ってください! まとめて何とかフレームに……っ!?」
『小癪な』
『邪魔者、消え失せよ』
「不来方さん!」
あちらを見ている余裕は、私にはない。
けれど、戦闘が順調に進んでいるわけでないのは分かる。
こちらに気を回して頂いているせいで、危険が増している気配。
距離を取ったとして、他にも出てきたらそれこそ詰み。
『世子、様の、おわす地……妖、誅す』
「あ、あ、あっ……」
小春さんが腰を抜かされたのか、床に尻もちをつかれたっぽい音。
当然よね。私だって最初の頃なら間違いなくそうなってますから。
逃げの選択肢は無くなった。そこはどうだっていい。元より捨ててる。
武者が刀を、私を袈裟切りにすべく構えられる。
私の選択肢は斬られるか、避けるか、斬られる前に突っ込むか。
あの時は遠距離で何一つ対抗手段が……待って? 今ならいける!?
最悪加護を消費させてもらうだけです!
いけると信じなさい! 諦めないわよ!
『首を――』
ビュオッ!!
「ふんっ!!」
ガキッ!! ギギギギギギッ!!!
頑張って! 私と鉾鈴!!
さすがに、重いですねっ……! 祟り神の触手よりずっと重い!
実体はないはずなのに、手首が折れそう!
本当なら、私の力なんかで武者の一太刀を止められるわけがない。
でも今の私は神様方から御力を頂いているんですから。茉子の真似事は出来るっぽい!
加えて私の本来の武器は、射影機じゃなくてこっちです! 伊達に握ってません!
なんとなく、武者の白い顔が驚きに染まったように見えた。
小娘の妖風情に刀を止められるだなんて、もののふ失格ですよ!
ギィン!!
茉子も、有地さんにも、普通なら心が壊れるほどに手を汚させてしまっているんです。
霊相手なら、もう勢いどうこうでやる気はありません。私も
人生二回目の遭遇時は見事にスカしましたけど、今の私は違うはず。
この怨霊は単なる住民ではなく、義和の部下でもありますしね。
順手で持っていた鉾鈴を、下向きに握り直す――くらいなさい!
ドスッ!!
『がっ』
「んんんんんっっ!!」
手に伝わる感触は、間違いなく今までに経験のない、何かを穿ったものだった。
鎧か、
その事実を放棄せず、飲み込み、さらに先へ。
怨霊の胸に突き刺した鉾鈴に、とにかく下へ下へと力を加える。
ここで私が負けたら、小春さんにも危害が及ぶ! 押し切れ!
「んんんあああああっ!」
『お゛ の゛ れ゛』
胸に刃を突き立てられている武者が、それでも刀を私に向けてくる気配。
仕留めきれてない! ちゃんとそっちを見て! 茉子みたいに冷静に!
ブォン!
飛び退く!
バッシャァアン!!!
大きな射影機のシャッター音が横から響いて、その音に呑まれるように武者が横に押し出された。直後にドタドタと足音が二つ。
「朝武さん! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫です! 倒せなくてすみません!」
「狙えるか……怨霊を一方向に寄せたいです! 小春さんをお願いできますか!?」
「分かりました! 小春さんごめんなさい!」
「すっすみま、せ……」
不来方さんと深紅さんがこちらに来て下さった。
だけど、対峙されていた怨霊二体はまだ健在。私が攻撃した怨霊もいる。
多方向から攻められるよりは、纏めて視界に入れたいのは間違いないですね。
とにかくバック。私じゃ抱えられないので引きずる形で失礼します!
『捕えなければ』
『ここで断ち斬る』
『仕留める』
茉子に聞いた話では同士討ちを始めたらしいですけど、今回は仲良く敵意満々。
だけど、一方向には寄った。三人目に少しでもダメージがあればいいんですけどね。
「……深紅さん、いざという時はお願いできますか?」
「もちろん構えていますが……何か手が?」
「10年振りですけど、なんとかしてみます。
何らかの策があるらしい不来方さんが、射影機を構えられる。
恐らく強力なフィルムに換装された。久々というのがなんなのか……。
そのまま――前進されていく。
『『『―――――――――』』』
武者たちの、三人分の怨嗟のような声が廊下に大きく響き渡り。
振りかぶられた三本の刀が不来方さんに到達する……寸前。
視界が、スローになった――えっ!? 私にこんな力も!?
深紅さんの時とはまた違う。集中が増したような感覚。
バ ッ シ ャ ァ
不来方さんから武者たちに攻撃が飛ぶ。多分フェイタルフレーム。
その威力で武者たちが後ろに押し出され――
バ ッ シ ャ ァ
二枚目が早い!? あれ連射式じゃなかったわよね!?
景色はスローのまま。聞こえてくるシャッター音もおかしいから間違いない。圧し飛ばされる武者たちの勢いも不思議な感じが続いてる。
バ ッ シ ャ バ ッ シ ャ バ ッ シ ャ バ ッ シ ャ ン !
計6回。恐らく全てがフェイタルフレームの撮影。それが最初の一撃で武者たちが吹き飛んでから、足が再び床に着くまでに行われた撮影回数。実際の時間は多分2秒にも満たない。
そんなごくわずかな間に、私も認識できる強力な超高速攻撃が叩き込まれた。
結果。
『……申し訳、ありませ、ぬ』
『姫 さ ま』
『お ゆ る し を 』
「…………はぁ。看取りますので、深紅さんは警戒だけお願いします」
「わかりました」
瘴気を祓えたのか、武者たちの身体が白い靄のようになった。
その靄に不来方さんが右手で触れて――
私たちの前から、消えていった。
「お疲れ様でした、不来方さん。消費は?」
「久々に狙って緊張しただけですから。ありがとうございます深紅さん。芳乃さん、小春さん、大丈夫でしたか?」
「はっはい……ごめんなさい。皆さんの、邪魔になってしまって」
「大丈夫ですよ小春さん。以前の私なら気絶している自信があります。ありがとうございました、不来方さん、深紅さん」
これは本当の事です。多分諦めていたと思います。またみんなに怒られそうでしたね。
それよりも。
「不来方さんは……不来方さんこそ、本当に大丈夫なんですか? 看取りもそうですし、かなり無理をされていたように思いますが」
「大丈夫です。気を張っただけなので。芳乃さんこそ大変だったでしょう、まさかその
不来方さん、たしか神隠しの時は初見でわざとギリギリに避けてたんですよね?
そっちの方がはるかに大変だったと思いますよ?
「諦めていたら、またみんなに怒られてしまいます。一応これでも数年は祟り神と戦ってきた身ですから。経験は裏切らないみたいですね」
「巫女姫様と常陸先輩、本当にそういう戦いをしてきたんですね」
「そして有地さんも、ですよ。まあ初陣は私の装束を器用に切られたものでしたが」
「なにやってるのお兄ちゃん……」
ホントですよね。あんなラッキースケベを御神刀でやらないで下さいよ、まったく。
加えてあの後アレを繕うの大変だったんですよ?
私は不来方さんから射影機を受け取って。
深紅さんから射影機を受け取られた不来方さんは、確かにダルそうにされているといった感じはしない。緊張が少しほぐれたような感じかしら。
「傍目には時間を引き延ばして撮影されていたように見えましたけど、あれも射影機の機能だと?」
「芳乃さんも分かりましたか? これは原理を私も理解していないもので」
「確か深羽が以前……「目押し」、と言っていたでしょうか? 不思議と「そのタイミングなら撮れる」時があるんです。『祭』と一緒でフィルムも減らなくて」
「少年漫画とかにありますよね。集中し過ぎて周りがゆっくりになって、逆に外からは早すぎる、みたいなの。お祖父ちゃんも真剣勝負であるって言ってたかもです」
「めおし」とは聞いた事がない言葉。勉強不足です。そんなのが漫画に?
私もお母さんがいた頃は読んでいたけど、そんな得られた知識ってあったっけ。
有地さんといい、本当なら色んな知識が得られるんですね。宿題に集中し過ぎて舞の時間を逃しかけたようなものかしら。
「さて……これは、隠されているんでしょうか?」
深紅さんが壁の小さな窪みをご覧になって一言。ここに人が通れるサイズの穴が開いているはず。
戦国で見てきた限り、あの部屋に入る普通の通路は存在しないはずです。
上からか、隠し通路があるのか、力づくで道を作るか。
今回は三番目。隠されているものを探すなら、やる事は一つですね。
おまけに、私には別の音が微かに聞こえている。
元の耳からじゃなくて、獣耳から。まるで経文のような「声」。聞いた事がある。
あの時は人生終了寸前だったんだから、忘れようがない。
この先に、『彼女』がいらっしゃる。
「芳乃さん、撮れそうですか?」
「大丈夫と思います。既に呼ばれているようなので」
「大丈夫って言っていいんですか……? あの世からのお呼ばれだなんて」
「本音なら今すぐ回れ右したいところですよ」
でも目的地はこの先ですから。進むも地獄、戻るも地獄。
流れを変えるためには、進むしかない。
「小春さんはこの先しばらく下を向かれていましょう。先日の時はみづはさんも相当お疲れになられましたから」
「私の腰に捕まっていただいて、背中に頭をついていましょうか。一人で居るより安全だと思いますから」
「すみません、ありがとうございます」
小春さんが深紅さんの後ろについて。私は不来方さんと顔を見合わせ、頷く。
〇七式に換装して射影機を構えて、角度は……ここ。
パシャッ
「……屋敷中を彷徨って鍵を探していたのが、何だか馬鹿みたいに思えてきました。確かに深羽すら驚きそうです」
「私も夢の日上山で、犬神様が仕掛けを力づくで破壊された時にそう思いました」
「その爆弾、今後は絶対に使わないよう茉子に言い聞かせておきます」
「是非そうしておいてください。穂織の外だったら大変な取り調べになりそうですから」
「常陸先輩が出来ない事ってなんなんでしょうね?」
想像の五倍くらい大きな。文字通り壁をふっ飛ばして作られた穴が姿を現わした。
跨ぐとか屈むとかの必要性が一切ないとは。お弁当箱でコレとか、一体どんな威力なのよ。あとちょっとで床まで到達しそう。範囲を把握した上なんでしょうけど。
穴の先は、懐中電灯で照らしても闇が広がっている。
でも明るかったらどんな部屋なのかは、既に知っていますからね。
さあ。
「いきましょう」