【ソードアート・オンラインRTA】ラフコフ殲滅Any%『■狂者』 作:GARAKU
あまり人と関わらないようにね。かつて母はそう言った。
今思うと、あれは最大限の譲歩だったのかもしれないし、それが最後の妥協だったのかもしれない。
とにかくそれっきり、ある日
純然とした親愛の視線を、最後に見たのは何時だったか。
悲しかった?勿論そう感じた、筈だ。
筈だ。そう曖昧な言葉でしか表現できないのは、それを乗り越える何かがあったからでも、ましてや過去を受け入れたからでもない。
傷を抉って痛みを思い出して悶えるには、あまりにも長い時間が経っていた。
当然だ。当然の報いだ。
できるだけ、特定個人と会話をし過ぎないこと。
どうしても会話を避けられない時、決して目を合わせてはいけないこと。
相手を
そして、決して
ナーヴギア。
全世界のゲーマーを沸き立ち、そして憑りつかれたように手を伸ばした最新ゲーム機。
現代に蘇ったオーパーツの如き超技術は、全世界のゲーマーが夢想し、そして望んだ真なる仮想空間の実現に成功した。
具現化した理想郷。――ソードアート・オンライン。
皆が手を伸ばせる、そして行くことのできる、ナーヴギアは正に、天国への片道切符だった。
そして同時に、それは地獄への片道切符でもあったのだが――
何かのイベントか、始まりの街に強制転移させられてからも、そう呑気に話を聞き流しながら、ポイントの振り分けを行っていた自分は馬鹿としか言えなかった。
周りから聞こえる戸惑いや、動揺。その時にやっと、ガラクはこの世界の創造主、茅場晶彦のデスゲームの宣言が真実であり、そしてどうしようもない理不尽だということを理解した。
そして、すぐに自分がやるべきことに気づく。
――誰よりも早く狩場を見つけ、経験値を独り占めする。
自分の命、その危機に気づくのは遅かった癖に、こうして自分が抜け駆けする判断だけは一丁前。
始まりの街から出ていく直前、未だ怨嗟の叫びを、呆然と佇む大人たちの中に――小さな子供がいた。
それでも自分は狩場に向かった。
自分を生かす為、自分の中で何かを訴えた善意を、良心の叱責から目を逸らして。
ガラクは今も、切り捨てた死人の上で生きている――
あれから一か月が経過した。
自分以外を、小さな子供すらも見捨てて手に入れた力、レベルという、現代のゲームであまりにも慣れ親しんだ達成感の権化は、今や《レベル9》となっていた。
最初に狩っていた《フレンジー・ボア》ではもう、今の自分には釣り合わない相手となっていて、レベル10の壁を超える為の相手は、この《ルインコボルド・トルーパー》だ。
迷宮の壁に背中を引っ付け、息を殺す。
それがシステム優先度の低い行為でしかないことを、頭の片隅では理解しつつも、その無防備な背中と、本能的な恐怖を刺激する大柄な亜人型のモンスターに、僅かな緊張を滲ませて近づく。
モンスターをターゲット状態にしたことで、βテスター故の前知識と同じ、視界に黄色いカーソルとモンスターの名前が浮かび上がる。
ゆっくりと腕を振り上げ、そして意識と仮想の肉体の感覚をリンクさせ、予備動作と共に疾走――
「シィッ…!」
《リーパー》
ソードアート・オンラインの世界で最初に、ガラクが身につけ、今もこうして頼っているソードスキルの名だ。
流れるような動作で
筋力、速度。レベルも低く、かつて階層を超えて戦った昔の自分――βテスターだった頃とは違う、あまりにも軽い手ごたえに舌打ちを零す。
クリティカル。それも不意打ちによる攻撃力増加もあって、本来であれば乱数で死ぬかどうかのギリギリだったのだが、
遅れて、紫色のフォントで浮かぶ加算経験値と、倒したモンスターのドロップアイテム。
そしてレベルアップを告げるファンファーレが響き渡る。
「………ぁぁ」
意味もないのに、誰もいないのにふと喉を震わせる時がある。
それは孤独を紛らわせる為か、四六時中常に内心で燻る、己の罪悪感を誤魔化す為か。
後ろ指をさされるのが嫌で、こうして迷宮に籠る時間が増えてきた自分自身に、嘲笑する余裕すらない。
狂ったように笑うことも、かといって開き直り、歌を歌うような奇行に走る勇気もなく。
どこまでも中途半端な臆病者。――そんな
ソードスキルが炸裂する音。
自分以外、この《第一層迷宮区》に誰かがいることの証明。
βテスターだろうか。
この世界が普通のゲームであれば、自分のプレイヤーレベルが、推奨レベルに達していなくとも、ゲームオーバー上等で何度でもチャレンジができる。
しかしここはデスゲーム。この世界での死、ゲームオーバーは現実の死と同期しており、皆が勇気を出してモンスターを狩れるわけではない。
それでも尚街を飛び出し、モンスターを狩り、ダンジョンに潜り込む…果たしてβのような事前知識も知らない、本物の一般プレイヤーがそれをできるのか?
否だろう。だからこそガラクは、その音の発生源に向かって歩いた。
四つ辻の角に立ち、覗き込むようにして視線を向ければ、そこにはフードの付いたケープを羽織った
レベリング。
つい先ほどまで、自分がやっていたのと同じ作業。
モンスターの絶叫、ポリゴンが爆散すると同時に、その音に反応した別のモンスターがやって来る。
変わらず、細剣使いは最初期に習得できるソードスキルの《リニア―》を、寸分の狂いなく、モンスターの額に打ち込んだ。
しかし自分と違うのは、細剣使いの攻撃が、今まで自分が放ってきたソードスキル…いや、かつてβテスターとして競い合った時期ですら見なかった、とてつもない完成度の技だった。
だというのに、ここからでも聞こえる程の荒い呼吸や、おぼつかない足運び。
センスとも呼べるそれ、その片鱗は見えているというのに、それ以外が釣り合っていない、アンバランスだ。
「もしかして初心者なのか?」
「……!」
角から姿を見せ、思わずそう問いかけたガラクに対し、細剣使いは勢いよく振り向く。
そして剣呑な雰囲気を一瞬だけ見せた後、ガラクの顔を、目の前に立つのが自分とそう変わらない、同じくらいの歳の少女であることに気づくとすぐ、その警戒心を鎮めた。
安心感。それを与えられる己の容姿に、心のどこかで唾を吐き。
同時に、こういう時を経験する度に、この身体で、顔で生まれて良かったと、ガラクは形だけの有難みを覚え。
じっと、その手に握る細剣に視線を向けながら。聞く。
「…盗み見をして悪かった。さっきの技、凄かった。あんなに早い突きは初めて見た」
「……そう」
「でも、ソードスキルを発動する前…視線が長いこと上の方に固まってた。
「……」
「俺と同じ…レベリングか」
できるだけ
ガラクが目の前の細剣使いを、自分のようなβテスターではなく、一般のプレイヤー。しかもゲーム自体にあまり触れていない類の人間と確信したのは二つ。
一つは先ほどの戦闘。あれだけ高速の、精密な操作が可能なセンスを持ちながらも、モンスターの攻撃を回避する時は、最低限の動きではなく全力。
スタミナの温存など気にしない、気にする余裕がない…そんな印象を受けたのだ。
そして最後。ガラクに確信を与えたのは専門用語。
HP。体力のカーソルとは違い、
信じられない。信じられないことだが。
これほどの逸材、才能の原石がまさか、元βテスターでもなく、一般人から生まれたというのか――
「あの怪物…その、モンスターは結構な数を倒したのか?」
「…えぇ」
「そうか。どれくらいここに?何時間?」
「…これで二日」
「……はぁ?」
自殺願望でもあるのか?と思わず聞きそうになった。
「睡眠は?」
「安全地帯があるでしょう」
「武器は。まさか予め何本も用意して?」
「五本」
「何でそこまで頑張れる?」
思わず、いつの間にか聞いていた。
するとフードの奥で、薄赤く光る瞳が、ガラクを真っすぐと射抜き。
「どうせ、みんな死ぬのよ」
早いか、遅いかの違いなのだと、そう細剣使いは言った。
ガラクはその言葉に対し、意外にも「だろうな」としか思わなかった。
SAOがデスゲームとなって一か月で、もう既に2000人近いプレイヤーが死んだ。
しかもまだ、全部で百層まである内の最初、一層すらもクリアできていないのだ。
単純計算であと四回、同じように無駄な時を過ごすのであれば、あっという間にSAOの全プレイヤーが死に絶えるであろう。
果てのない絶望。希望などどこにもない理不尽な現状。それが今日、この瞬間だ。
セミロングの髪を指で弄りながら、ガラクがしばらく唸っていると。
「…そろそろ行くわ」
今の会話で、少しだけ精神の疲労が癒えたのだろう。
先ほどよりはしっかりとした足取りで、真っすぐ歩き出した細剣使いの背中を、一瞬だけ見送った。
かける言葉も見つからず、しかしだからといって、あの細剣使いをわざわざ追いかけ、助けるといった選択肢もなく。
中途半端に上げた腕と、声として具現化する直前の喉の震えのまま。立ち尽くす。
その後すぐ、両目を擦って。
「……やっぱり
仮想空間だからなのか、この世界ではまだ来ていない
デスゲームと化したこの世界で唯一、手放しに喜べるその事実に、ガラクは何とも言えない表情をした。
β時代、噂で聞いたその存在。エクストラスキルの『カタナ』を漠然と欲していたのは何故か。
どうしてそれを、わざわざと聞かれれば返答に困るのが実際のところで、ガラクがこれを探しているのは、ただの不明瞭な探求心でしかない。
誰かが言った、男の子は日本刀が好きだと。
それは自分にも、こんな歪な
一心不乱に武器を振り、熟練度の数字を上げる作業を繰り返しながら、ガラクは考える。
そして、そのまま時間を忘れたラクの意識を遮るように。
「久しぶりダナ」
「…っ」
突然、声が聞こえる。
ぴくりと跳ねた肩を鎮め、ソードスキルの反芻練習を終えた曲刀を、慣れた動作で仕舞ってから、その者に顔だけを向ける。
決して目を合わせないよう、視線を少し下にズラしながら。
「アルゴか」
「精が出るナ。だいぶレベルも上がったんだロ?」
「まぁ、それなりに……待て、しれっと情報を抜き取るな」
「にひひ」
《鼠》
またの名を、情報屋のアルゴ。
デスゲームと化したこのSAOで、誰よりも早く、誰よりも正確に情報を掴む彼女は、ある意味ではガラクと同じ、非常に希少な女性SAOプレイヤーであった。
そして彼女もまた、ガラクと同じβテストの経験者であり、既にその頃から、今の情報屋というポジションを獲得していた聡い者でもある。
モンスターの湧き場所、ステータス、クエストの受注が行える場所やその条件まで、彼女が仕入れる情報の全てが的確で、それはプレイヤー情報であっても例外ではない。
ただ唯一、彼女がいくらコルを積まれても売らない情報もあるのだが、それはまた別の話で――
「アルゴ。一応聞くが…」
「ボス攻略会議だロ?参加者はざっと
「……8000人の中で50。想像より多い…のか?」
「デスゲームだからな、そんなもんサ」
βの時はどうだったか。
誰よりも早く、誰よりも効率的にモンスターを狩り続け、レベリングを続けてきたガラクのレベルは自分でもそれなりの域に達しているのではと思っている。
βテスターだった頃の自分が第1層のボス。《イルファング・ザ・コボルドロード》の攻略に参加した時は確か、7レベルだった筈だ。
今のレベルは10。モンスターのレベルやステータス、武器種にアッパー修正等がなければ、余裕を持って攻略できる基準である。
だが、これはゲームであっても遊びではない。
ゲームオーバーになれば、自分たちは脳を焼かれて本当に死ぬ。
死の可能性に脅え、満足に身体を動かせず、そのままモンスターに嬲り殺された者は既に何度か見た。
無茶なレベリングに手を出し、そのままやめ時を見誤った者だって――
「…そういえば」
あの細剣使いはどうなったのだろう。
SAOは基本。パーティを組んだり、ギルドに入ったりという機会を除き、プレイヤーネームを知る機会はほとんどない。
あの時、ガラクがダンジョンで出会った名も知らぬ細剣使い。
彼、もしくは彼女は生きているのだろうか――
背中を向け、アルゴと目を合わせずに。
「攻略会議の場所は《トールバーナ》だったよな」
「アア。もう行くのカ?」
「…βテスターだからな」
ガラクは
所詮自分の為に、生きる為に限られた資源を使い潰した卑怯者と違って、彼女は高潔だった。
その事を言えば、彼女は笑いながら否定するだろう。
自分とは似ても似つかない、こうして会話をするだけでも、自己嫌悪に呑まれて気が狂う。
だからせめて――これは唯一自分に残された立場、元βテスターとしての意地と、そして良心の縋る行為だった。
「……武器も補充しないと」
とりあえず五本は用意しようか。
あのフードの奥で光った薄赤い瞳を思い出しながら、ガラクはそう呟き、歩き出す。
目的地の《トールバーナ》。その噴水広場へ。
そして何の因果か、彼は例の細剣使いと、約二日ぶりの再会を果たす事となる――
CharacterProfile・ガラク
ガラク。本名、篁有月(たかむらうづき)には、ある生まれつきの病気とも呼べる特徴がある。
その影響か、特定個人との長い会話、そしてストレスの両方を同時に満たすことは『これ以上■■を増やさないように』と母から禁じられていた。今回の相手は――
(トコトコ王国にて作成)
【挿絵表示】
(追記)
キリアスは正義なのでガラクが別れた二日後にアスナはキリトとダンジョンで出会うものとする
篁モード解放
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1話日常回を挟んだ次の次の話で解放
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もう待ちきれない!次回一気に解放して!