【ソードアート・オンラインRTA】ラフコフ殲滅Any%『■狂者』 作:GARAKU
ちなみにチョコレートには認知症(ボケ)の予防効果があるらし/
空気が冷えていた。
勿論、ここはあくまでもVR…仮想で作られた偽物の世界である為、本物の冷気や、風の感触がある訳ではない。
あくまでも、これは作り物の感覚…偽物の世界の筈だ。
だというのに、この冷たさは何だ?
「…………」
――2024年の8月。
この日、この場に集まっている者の数、そしてその質は、今までの例に当てはまらない程の、大規模なものであった。
《血盟騎士団》、《
その目的は、たった一つ――ラフィン・コフィンの討伐。
和解の道は断たれ、これ以上犠牲者が出るよりも、本格的な階層攻略、その妨害が無視できないレベルに成長した為の、最後の手段だ。
あまりにも、あまりにも遅いとしか言えなかった。
今日この日までに、何人のプレイヤーが、彼らの手によって殺され、現実世界で、ナーヴギアに脳を焼かれてしまったのだろうか。
一度タガが外れてしまえば、まるでウイルスのような速度で、それに釣られて悪行を重ねる者も生まれてしまう。
結果として、キリトにとっても印象が深い、《タイタンズハンド》のような連中が生まれたのも、元をたどれば、ラフィン・コフィンのせいとも言える。
殲滅ではなく、討伐。
相手は人殺しだ、だからこそ、彼らはSAOにおける罰を、そして唯一の手段である、黒鉄宮の牢獄へ、彼らを投獄する。
――準備は万全の筈だ。
だというのに、この――
「キリトくん」
振り返れば、やはり彼女も、この異様な空気を察し、気分が優れていないのだろう。
普段見せる、はにかんだ笑顔はどこにもなく、落ち込んだような、そんな空気が纏わりついていた。
「大丈夫、なんだよね…」
「…あぁ」
漠然とした不安を抱えたまま、曖昧にそう返す。
目の前にそびえ立つ、コンクリートを思わせるような、灰色の無機質な壁と、巨大な門。
民家のような細かな装飾もなく、それこそ城のような大きさもない、とことん質素な作りのアジト。
ゲーマー用語で、豆腐建築と揶揄されるような、そんな形の建築物を前に、続ける。
「情報の伝手も、《血盟騎士団》の諜報員から…それも最古参だって聞いてる。他のギルドならまだしも、あそこのなら信用できるさ」
「それは…そうだけど…」
未だ不安の残る声で、アスナはそう言った。
だが、口では大丈夫だと断言しても、一抹の不安があるのは確かで。
キリトは、顔にこそ出さなかったものの、内心では懸念を抱いていた。
(ガラクは来るのか……?)
彼の脳裏に過ったのは、正気を失い、理性を放棄して人を殺す、殺人マシーンと化した彼の姿。
最後に出会ったのは、《プネウマの花》を手に入れる為に訪れた、第四十七層が最後。
あれ以来、キリトはガラクの姿を見る機会がなく、目撃情報の一切が途絶え、消息を絶った状態になっている。
だが、それでも変わらずSAOプレイヤー…PKを今も尚続けるオレンジプレイヤーや、ラフコフに所属するプレイヤーの死亡情報が、止まることはない。
彼は今も、あれから変わらず人を殺し続けているのだ。
ただ己に向けられる、敵意に反応して――
――ガラクがあの人格を制御できるようになることは無い。
彼の中にいた、もう一人の
何故、あれほどの強さを突然手にしたのか、言語能力を失ったような、幽鬼のような立ち振る舞いも。
合点が行くと同時に、思う。
――どんな武器を使うか、どんな戦い方をするか…
過度なストレスによる、苦痛を引き受ける為の発作。
これまでに知った、相手の趣味嗜好や一人称、そして動作を事細かに記憶し、それらを組み合わせることで生まれる、限りなく本物に近い人格。
確かに、彼の凄まじい記憶力と模倣能力なら、戦闘に関する情報のみに絞り、それで人格を作った場合、あのようなものが生まれるのも納得する。
だというのに。
(何だ、この違和感…)
――違和感。
得た情報は一応、アルゴを通して《血盟騎士団》にも通した、これはとっくに過去の話だ。
あれ以来、キリトは一度もガラクと出会うことなく、こうして既に、討伐作戦が始まっている。
だというのに、今になって何故か、あの言葉が記憶の底から蘇ってきたのだ。
隣に、本物のアスナがいるからだろうか?
それとも、これから相手をするラフコフ所属のレッドプレイヤー達、それを相手にするという共通点から、必然的にガラクを思い出したからだろうか?
――それとも……
「…行くぞ」
その時、《血盟騎士団》の男が一人、静かに声をかけた。
よく見れば、既に自分と同じように、他のプレイヤー達は既に、武器を手に、緊張を滲ませた顔のまま、アジトの方を見ていた。
討伐といっても、その主な目的は無力化。そして捕縛だ。
ここにいるのは、並のSAOプレイヤーではない、常に最前線を走り、レベルもプレイヤースキルも平均値から逸脱した、優れた戦士たちだ。
今この場において、明確な上下関係というものはほとんど存在せず、強いて言うならば、アインクラッド最強とも名高い、かの《血盟騎士団》団長のヒースクリフくらいだろう。
だが彼は、まるで緊張などしていないとでも言わんばかりに、オーバーリアクションな節のあるSAOの感情表現システムにも引っかからない程の、仮面のように冷徹な無表情であった。
てっきり、彼が突撃の合図をするとでも思っていたのだが、どうやら思い違いだったらしい。
それとも、SAO攻略を第一にしている彼にとっては、ラフコフ討伐など、最初からそこまで関心がないのか――
「――突撃!」
ヒースクリフの隣に立っていた男が、一際大きな声を上げて、突き進む。
それの熱気、使命感とも呼ぶべき感情に酔い、または釣られて、キリトたち以外の、討伐戦参加メンバーは、武器を掲げて、少しずつ移動速度を上げていく。
距離にして、それはたったの1m。
先陣を切った彼は、勢いよく、夜更けなのもあって、油断しているであろうラフコフの一員に、一泡吹かせようと突き進み。
扉を開けて、一歩踏み込んだ途端。
「――え」
――赤いライトエフェクトが迸った。
――急襲の筈だった。
彼らのアジトの情報を必死で掴み、決して少なくない数の犠牲者も出た。
だからこそ、絶対に失敗してはいけない筈だった。
「ッ待ち伏せだ!」
誰かが叫ぶ。
だが次の瞬間には、耳を劈くような悲鳴が響き、忌々しい、あのHPが全損する音が聞こえた。
視界の隅で、誰かがポリゴン状に分散していくのが、見えたような気がする。
勇ましい、最初に突撃を開始した男は、もうこの世にはいない。
今頃とっくに、現実世界でナーヴギアによって脳を焼かれ、死亡判定が下されているだろう。
ただ、人が死ぬだけならば。
――ただHPがなくなり、死ぬのを目撃するだけなら、既に経験があった。
だが、今の彼らにとって、最も恐ろしい現実とは――同じ人間が相手だという、その一点のみ。
最初こそ、何とか落ち着きを取り戻し、彼らの待ち伏せに対抗しようと、剣を振るっていた。
――しかし、その抵抗が成り立っていたのは、最初だけ。
「殺せ殺せ!」
「落ち着け!俺たちの目的はあくまでも無力化だ!」
「やめろ…やめ――」
「お前らぁ!いっそこいつらを全員返り討ちにしてやれ!」
「や――」
「ッハハハハハハハァ――ッ!!」
討伐部隊の人間は、皆彼らを無力化、もとい捕縛する為に弱らせる必要がある。
使うソードスキル、そして斬りつける身体の場所も、クリティカル判定が比較的発生しない、胴体や脚といった部分のみ。
首を落とせば、彼らは致命的な部位欠損の判定によって、死亡する。
つまり、慣れない手加減をしなければいけないのだ。
「ッ、あ…ああぁ…っ」
落ち着きなど、既に瓦解していた。
そんな彼らとは正反対に、ラフコフに所属する全ての人間は、既に理性の枷を外している。
相手を思い、手を抜いている討伐部隊とは全くの逆。彼らは全員、本気で殺すつもりで、そして自分が最悪、死んでもいいとさえ思っている。
その狂気。殺意に身を任せる暴虐によって、次第に拮抗は崩壊し。
一人、また一人と、討伐部隊のメンバーが、死んでいくのが見えた。
「あ…」
また一人。
「あ、う…ぁぁ」
また一人、二人が死ぬ。
「あ、嗚呼、ああッ――」
――まさしく、地獄。
「ッああっああああああああ――っ!!??」
「死にたくな――」
「助けて…!助けてお母さ」
「うわああああああッ!!!」
――それは、間違いなく地獄絵図だった。
使命感、自信。彼らの理性を保護していた数々の感情が全て、『恐怖』に塗り替えられる。
ソードスキルや、陣形といった戦い方の基礎すらも忘れ、彼らは一斉に、ただ「死にたくない」という言葉の下に、武器を振るう。
例えダンジョンの最奥に足を運んでも。
どれだけレベルを鍛えようと。
どれだけ鋼の意思を装っても――その本質は、ただの人間。
それも、子供なのだ。
「ッ――!――――――」
言葉にならぬ咆哮。
キリトもまた、彼らの狂気と、生存本能による嘆きと叫びに呑み込まれ、剣を振るっていた。
一人、彼の身体を斬りつけた者がいた。
その敵意に反応し、キリトは無我夢中で、躊躇なく、その攻撃をしてきた者に対し、反撃。
圧倒的なプレイヤーレベルと、武器性能によって、するりと首が切断され、落ちる。
一人、死んだ。
否。――殺したのだ。
死にたくないという、ただそれを一心に思い、その結果、彼らと同じ、人殺しのステージに落ちた。
カーソルは、変わらない。
オレンジプレイヤーは、どれだけ傷をつけようとも、カーディナルが正当防衛と見なし、グリーンカーソルが変色することはない。
システムによって許された、自己防衛の殺人。
それを悔やむよりも前に、キリトはもう一度、己の背後から攻撃を仕掛けてきた男の、心臓を一突きし、殺す。
もう、意識などとっくに――
「殺せ殺せェ!」
叫ぶ。
ラフコフもまた、もう止まらない状態で、暴れ続けていた。
己の死にすら酔って、どこまでも殺人を求め、暴れ狂う彼らの狂気に押されて、戦場はカオスを極めていた。
もう、言葉では、誰にもこれを止めることはできないだろう。
ヒースクリフですら、この乱戦を静かにいなしながらも、事を流れに任せているようにも見える。
言葉を忘れ、獣のように暴れ狂いながら戦いを続ける彼ら。
その動きが――
「――無理無理!」
止まった。
戦場に、沈黙が降りる。
皆の視線は、キリトたちが突入を開始した場所とは正反対の、窓から飛び込むように、部屋に転がり込んできた男。
――黒ポンチョ。
その侵入者の正体に、キリトを含む討伐部隊、そして何より、ラフコフのメンバー全員が、驚いた顔をしていた。
黒ポンチョの男。――PoHは、背後を見る。
「生きていたか」
普段の彼らしくない。
その声に込められた感情は――僅かばかりの■■。
その視線が射抜くのは――もう片方の、無機質な扉。
「――殺意の亡霊」
――キンッ
破壊不能に設定されていた筈の、部屋の扉。
その鍵穴を突き破るように、刺突によって、シリンダー部分が消し飛び、カランと床に転がった。
突き出しているのは、日本刀の切っ先。
――スー…
まるで豆腐を切るかのように、滑らかに刀身が動く。
扉を斬り続け、その刀身はついにドアノブに到達した。
が、ドアノブは切断されることなく、刀身の側面によって、一切傷を付けることなく、器用にドアノブは捻られた。
――ギィ…
扉が開く。
影により、最初は姿が見えなかったものの、その場に居た者全員が、察した。
"彼"は、決して手を出してはならない存在だと――
「全久此乃世仁波生可之知ぁ安於計禰ぇ屑ば加利」
辻斬り、入室――
続きは明日です。
次回予告――「■狂者」。