【ソードアート・オンラインRTA】ラフコフ殲滅Any%『■狂者』 作:GARAKU
そしてお待たせしました。
ギィ……と、扉が開いて、彼が来る。
まるでバターでも切るかのように、鉄製の扉に刃を滑らせたまま、ぬるりとそれを抜いてから、鞘に納める。
僅かに俯き、前髪に目が隠れた姿勢のまま、一歩、また一歩と彼は歩く。
「殺寸殺寸.全員殺寸」
完全に理性を放棄し、言語能力を失った殺人兵器。
アインクラッドにある全ての話題を、一時一色に染め上げた。
あの辻斬りが、ここにいる。
「ガラク…!」
やはり来たか。
キリトにとっての、内心での第一声はそれだった。
ラフコフという、ある意味では敵意しか向けない、持っていない連中の溜まり場を、彼が一際優先して襲っているのは常識だ。
そして、これから起こることも――
「んだテメ…」
チンッ…――
また、鍔鳴りと共に首が落ちる。
ゆらりと左右に揺れ動きながら、一歩ずつ前へ進むその姿は、まるで幽鬼のような恐ろしさを感じさせる。
一人の首と胴が泣き別れとなり、遅れてポリゴンが分散し、アバターが消滅。
目にも見えぬ、正に神業の殺人術。
「なっ……」
ザンッ――
また、一人近くにいた男が斬られる。
肩から腰に掛けて、一筋の線を一瞬で刻み、部屋に侵入して数秒で、二人が亡き者となった。
相手の無力化など、ハナからどうでもいいと言わんばかりの、即決の殺人判断。
遅れたのは数秒。しかし同じく、殺人に生きる彼らは既に、行動を開始した。
「ッ――シャアッ!」
片手斧を奇声と共に振り下ろし、
ガラクは振り下ろされた斧の柄を、同じ刀の柄で受け止め、光を失った双眸を向ける。
「………………」
いくらプレイヤーレベル、筋力値に大きな差がないとはいえ、怯みすらしない。
全力ではないとはいえ、決して軽くない力を込めて、振り下ろした斧にかかる攻撃力換算のステータス。
刃ではなく、柄で受け止めているのにも関わらず、ダメージどころかヒットストップすらないのか。
得体の知れない強さを前に、男モルテは困惑し、冷や汗を流す。
「手前衣加」
ギラリと。
再び、命を断つ銀色の刀身が光る。
久しく感じていなかった『死』の予兆が、目の前から発せられる。
だが、それに怯えこそあれど、焦りはない。
「ジョニーサン!」
モルテの掛け声に合わせて、ガラクの背後からもう一人、男が滑走する。
顔はフードで覆われており、装備ステータスによる、システムの視覚保護によって、その素顔を見ることは叶わない。
だが、その殺意に満ちた、ギラギラとした野蛮な輝きと、肌を鋭く突き刺す殺意は、システムでは隠し切れない。
「シッ――!」
男、ジョニー・ブラックが短剣を鋭く抜刀し、加速。
攻撃に移ろうとするガラクの、その無防備な一瞬を穿つ為、タイムラグが発生しにくい、切り裂きではなく刺突による不意打ちを放つ。
カーディナルが彼の意思に同調し、短剣に赤く、攻撃時のエフェクトが実装され、倍に速度が上がる。
しかし、それがガラクを穿つことはなく。
「ッ――てめっ」
ザク…と、弱弱しくも、神経の中心を狙いすましたかのような、鈍い痛みが迸る。
頭を狙った攻撃は、まるで彼の頭を中心に、斥力でも発生しているかのように、近づけない。
数センチ彼の後頭部に刃が近づくと、彼の後頭部は、数センチ刃から離れる。
そうして、空中で前方向に一回転し、ジョニーの攻撃を避けたガラクは、そのまま突き出したジョニーの腕に、垂直に刀を突き立て、空中で静止していた。
「ッ――!」
滅多に使う機会がない《体術》スキルによる蹴りで、無理やりジョニーは距離を得る。
咄嗟に刀を、ジョニーの腕から抜いたガラクは、その蹴りを刀の側面で受け止め、空中で身体を丸めて体勢を整える。
そして、刀を地面に突き立て、強制的にブレーキをかけて、地面から刀を抜き。
――再び、一閃。
「曽己加」
刀を背後に向けて、そのまま振ることなく、突き立てる。
日本刀の切っ先、そこに真正面からぶつかるように、投げナイフが衝突し、鈍い金属音が響き渡る。
それを投げたのは、他ならぬPoHだ。
刃の切っ先と、刃の切っ先同士の衝突。
例えそれは、日本刀とナイフという違いこそあれど、刃物同士の、限りなく接地面が限られた武器の衝突なことに変わりはない。
だというのに、ガンッ!と、耳を劈くような金属音と共に、目に入ったのは、日本刀の切っ先と、ナイフの切っ先がまるで、融合しているかのように均衡を保っている光景。
数センチなんてレベルではなく、正に数ナノメートル単位で、一切の角度の差異がない、垂直でぶつかったからこそ起きた物理現象。
暫く、ナイフに込められた力が完全に放出されるまで、数秒程度の沈黙。
それが終わると、ナイフは空中で静止した状態から、コロンと、地面に軽い音を立てて落ちた。
「あれがヘッドの言ってた辻斬りの実力っすか」
「確かにやべぇわ、あれ」
「だろ?」
距離を離し、三体一の布陣を完成させた彼ら。
ジョニー、モルテ、PoHの順番で、彼らはガラクを前にして、呑気に会話を続けていた。
「つーかお前、前に会ってただろ」
「あれっそうっすか?」
「………………」
モルテの視線でも、ガラクは、動かない。
否、何時でも動けるよう、その身体は適度の脱力状態ではある。
しかし、そこにはまるで、人間としての意思がないように思える程の、虚無に近い静けさ。
――違和感。
「だが、戦ってみて実感した」
PoHはそう言って、今も沈黙を保ったまま、直立しているガラクを見る。
彼は強い、強すぎる。
ただ強いだけなら、いくらでもやりようはあるし、いなし方だって存在する。
力じゃないのだ。彼が彼として、非常に厄介たる理由こそが、この機械的な殺人運動。
「奴を殺さない限り、
PoHの言葉を肯定し、モルテとジョニーは静かに頷く。
もはや、今この戦場を支配しているのは、ラフコフ討伐メンバーにとっての、大将首であるPoHでも、ましてやラフコフでもない。
彼だ。
彼がいる限り、PoHは永遠に、アインクラッドにいる以上、真の意味での悦楽を得ることが叶わない。
モルテとジョニー、そして周りで静かに成り行きを見守っている、他プレイヤーは全員、今PoHが言ったことは、ラフコフの未来を案じている言葉に思うだろう。
だが違う。
どうでもいい。
PoHにとって、ラフコフすらも、ただの使い捨ての道具であり、玩具でもある。
――だから、このアジトの場所を、彼ら攻略組にリークしたのだ。
同時に、《血盟騎士団》に紛れ込ませていた、もう一人の使い捨ての道具でしかない、ラフコフのスパイを利用し、討伐部隊の出動時間を把握。
それをラフコフ側にも伝え、こうして戦争を引き起こした。
醜く争う所が見たい。
気に入らない、
――だというのに。
「聞けお前ら」
本来であれば、PoHはこの場にはいない筈だった。
正確には、あくまでもラフコフと、討伐部隊の醜い殺し合いを、安全圏から眺め、愉悦に浸る予定だった。
システムがギリギリで拾える程の、数十メートルは離れた草むらに隠れ、更に準備を重ねて、草木に同化する専用の装備品まで纏っての鑑賞会だ。
それを、ガラクが邪魔をした。
「知ってると思うが、あいつは強さの代償に頭がイっちまって意識がない」
彼には最早、システムによる隠密は機能しない。
まるで最初から、そこにいるのが分かってたかのように、こちらに一直線に向かってきたのがいい証拠だ。
草木に隠れる自分に向かって、一切の躊躇なく、刀を突き立ててから追いかける。そんな、ここに逃げ込む前に、先ほど見せたガラクの動きを思い出し、PoHは続ける。
「今のあいつは、敵意にのみ異常に反応する殺人マシーンだ」
――だからこそ、やりようはある。
「なら、そこを突く」
アイコンタクトは一瞬。時間にして2秒程。
PoHは勿論、ジョニーとモルテも、ボスである彼が言わんとすることを、すぐに察知し、走る。
ジョニーの短剣が、片手斧から片手剣に切り替えた、モルテの連撃が。
絶えず、そして互いの無防備な時間を補うように、連続してガラクに襲い掛かる。
ソードスキルは使わない、否。使ってはいけない。
それをすれば、この殺意の亡霊は、その意識すらも読み取り、的確に反撃を差し込んでくるだろう。
二対一。それも二倍の斬撃量を前にしても、ガラクは掠り傷すら追っていない。
いくらソードスキルを使っていない、シンプルな斬撃とはいえ、あまりにも規格外。
だが、その連撃に気を取られ、稼がれた時間が、彼らの作戦の肝だった。
(思った通り…!)
「小賢之以…」
目に見えて反応が遅れたガラク。
その右腕に絡みつく、鉄製の鎖。それがPoHによって放たれた。
(殺気の絡まない『拘束』なら――こいつは動きを察知できない)
PoHが力任せに鎖を引っ張ると、右腕からバランスを崩し、ガラクの動きが鈍る。
だが流石と言うべきか、咄嗟に刀を、利き腕の右手から左手に持ち替えており。
右腕の拘束を破ろうと、左手で刀を鎖に向かって突き立て、力を込めて切断しようとしていた。
それを、まんまと見逃す彼らではない。
「ッハァ――!」
あの、最凶とも謳われた辻斬りへの勝利。
分かりやすく、そして以前から浴していた、その称号が目前に迫っている歓喜から、モルテが一際大きな奇声を放つ。
そして、右手の片手剣を、ガラクの刀に向かって、
モルテが込めた殺気。それに鋭敏に反応してしまったガラクは、鎖を完全に斬るまであと半分といった所で、動作を中断してしまう。
《投擲》スキル、そして《クイックチェンジ》による組み合わせが成せる、次への準備運動。
モルテは既に、片手斧のスタイルに戻っており、ガラクに向かって走り。
それを追って、ジョニーもまた、短剣のソードスキルを解禁し、彼の首を落とそうと動く。
PoHもまた、完全に脱出と反撃のチャンスを失ったガラクを見て、勝利への確信で、愉悦の笑みを浮かべた。
「斬らせねーよ死ね」
その時、全ての時が止まった。
「テメェら俺のことボケてると思ってんだろ」
ハッキリと。
今までの、言語の体を成していない、掠れるような声でもない。
ブツブツと、濁音に近い音を垂れ流していた筈の口から零れた、その言葉。
ラフコフのメンバーは勿論、呆然と立っていた討伐部隊のメンバーも。
キリトやアスナ、そして他ならぬ…ヒースクリフでさえも、その変貌に驚愕し、言葉を失った。
額に、冷たい汗が一粒垂れる。
それの発生原因は、得体の知れなかったモノだった、彼の本質が顕になったことによる――驚愕。
――ザンッ。
驚愕で、全てが
唯一動く彼は、刀を一閃。自分を拘束していた鎖の縁をなぞるように。
自分で、自分の腕を切断していた。
(自ら腕を――…!?)
PoHは、その行為に対して、今度は別の驚愕による表情を見せる。
確かに、わざわざ武器を執拗に攻撃し、耐久値を減らして脱出するよりは、単純かつ速攻で、次の行動に移れる手段なのは確か。
だが、例えペインアブソーバーによる痛覚抑制の機能があろうと、自分で自分の腕を、切断する感覚は非常に不愉快で、HPにも、決して少なくない損傷が発生する。
――本来であれば。
ガラクは、左手に握る刀で、右腕を切り落としたその瞬間、切断されて宙を舞う、右手の中に柄が収まるよう、左手の刀を放り投げる。
そして、空いた左手を使って、宙を舞う右手を掴み、それを切断面に持ってきて――
「………まさか」
キリトは知っていた。
その、彼が行おうとしている、人知を超えた行動の真意を。
――彼は決して、自分を失ったわけではなかった。
閉ざされた仮想世界で、増殖し、煮詰まり、どうしようもない程に増える悪意。
それにより、大切な何かを奪われたその瞬間から、彼はずっと鮮明だった。
彼は自我を失ってなどいない。
誰よりも純粋に、誰よりも一つの感情に。
四肢の全てを委ねて生きた。
仮想世界を塗り替える、狂気を偽装した純感情。
五臓六腑を焼き尽くすその感情が、痛みの電気信号さえ上書きし、カーディナルを欺くことで、欠損アイコンの表示が遅れたのだ。
動きを止め、静観に徹していた、"彼"は、誰にも聞こえない小さな声で、言う。
「――素晴らしい」
その瞬間ヒースクリフは…――茅場晶彦は見た。
ガッ――!
切断された筈の右腕が、再び結合する姿。
それ即ち、脳内の電気信号をナノ単位で感知する筈の、カーディナルのシステムを上回る意志の力。
「ったくこの世には……」
――ザンッ!
アバターを構成するポリゴンが
チンッ…その鍔鳴りが聞こえた時にはもう、彼の目前に立っていた、モルテの胴は両断されていて。
HPカーソルの減少すら許さず、彼の身体は無となった。
ナーヴギアを超え。
絶対支配者であるカーディナルすらも騙し。
この世界の
その力の名は。
――
「生かしちゃあおけねぇクズばかり……」
絶望。未だ底知れず――
怒りの心意
「悪」に対し強く作用する心意システム、攻撃された悪人はペインアブソーバーを無視し、本来の痛覚のまま斬撃の味を思い知る。
偽狂者
人格がぶっ壊れた訳ではなく、彼は正真正銘ガラクそのもの。
ただずっと怒り続けた。あまりにも怒りすぎて、カーディナルはバグを引き起こし、痛覚の電気信号を受信することができず、切り戻しの実現を許してしまった。
誰もが騙された。彼は狂ってなどいなかった。