【ソードアート・オンラインRTA】ラフコフ殲滅Any%『■狂者』 作:GARAKU
尽きせぬお喋りと、頻繁に爆発する笑い声。
デスゲームとは思えない、張り詰めたような空気ではなく、かつてβ時代に見た、経験したような雰囲気であった。
隊列の最後尾を歩き続けるキリトたち一行。しかしその空気はやはりと言うべきか、結局食事を終えるまで無言を貫いていた細剣使いと鎌使い、アスナとミトは今も相変わらずで、微妙な空気を維持していたのだった。
同じパーティメンバーとして、流石にこのままロクにコミュニケーションも取れない状態でボス戦に挑むのは不味い。
しかしだからといって、互いに思うところがあるであろう二人の、そしておそらくではあるが、リアルでも知り合いな二人の間に、堂々と割って入る程の度胸もない。
必然的に残りの二人。キリトとガラクは肩を並べて。
「こういうの、まるで遠足みたいだよなぁ…」
「…そういえば。キリトはMMO…というより、ゲーム全般はよくやる方の人間だったのか?」
「あー…ボイスチャット搭載型のやつはあんまり…だったかな。不便だし、時間がかかるのは間違いないけど…それでもチャットでメッセージを打ち合ったり…」
「なるほど。タイピングってやつか。…俺はそういうのにからっきしだったからな」
少しだけ、彼女の表情が曇ったように見えた。
だが瞬きをすれば、その錯覚は嘘のように消え、名残りすらもなかった。
ただの気のせい。もしくは、SAOの感情表現のシステムは大げさだが、それにも引っかからない程度の、本当に小さな感情の隆起か――
「なぁ、俺たちの相手はセンチネルだったよな」
「あぁ、
「そうそう、スイッチ」
「………」
――やはり、俺はこのプレイヤーを知っている。
名前や容姿が判断基準になったわけではない。
だがこうして会話を続けていくうちに、頭の中に仕舞っておいたもう一つのアインクラッドの――β時代の彼の姿と紐づけられる。
十層まで上り詰めた、選ばれた剣士たちの中で最も…このSAOの、まだ純粋に楽しめた剣の世界を生きていた。
名前。
記憶の片隅に追いやられた、たった数回パーティを組み、そして目に映った名前が。
今、あの時聞いた声と共に、脳内に溢れる。
「ガラク…って、もしかして」
その答えの確信は、進軍を止めた前の隊列に連動して、同じように止まったガラクによって遮られる。
「…着いたぞ」
約一時間半をかけて、ディアベル率いるA~Hの隊列は誰一人として欠けることなく、無事ボスのいる部屋の前にたどり着いた。
獣頭人身の怪物がレリーフされている、灰色の石扉に、既に隊列を綺麗に並ばせ終えたディアベルが、銀の長剣を扉に押し当てており。
深く、息を吸ってから、一言。
「――行くぞ!」
ディアベルに続き、残りの6パーティが次々と進んでいくのを、目で追ってから、ガラクは言葉を飲み込み、同じように部屋に突入していった。
その背中を、キリトは追う。
「……あぁ」
――お前は男じゃなかったのか。
その言葉を飲み込んで。
エクストラスキル《カタナ》の存在を知る者は、ほんのひと握りしかいない。
βテスト時代、一足先にアインクラッドに降り立ったテスター…先駆者がひたすら必死にボス部屋に突撃し、死んで復活しては、また突撃して情報を集め、地道なレベリングを挟んでからようやくボスを攻略する…それが許されていた一時。
そんな時間はあっという間に過ぎていって、キリトは最後に第十層ボスの《カガチ・ザ・サムライロード》に挑む途中に、βテスト期間の終了という、無慈悲なウインドウ表示と共に現実世界に引き戻された。
魔法の存在しない、鉄のみの浮遊城。槍や斧。細剣から曲刀と古今東西の武器が実装されているこの世界で、日本人にとってあまりにも慣れ親しんだ存在である刀…日本刀だけが存在しないなどありえない。というのが、当時のβテスターのほとんどの見解だった。
だが情報がない。
同じく噂になっていたスキルで、二層で会得できる《体術》スキルがあるものの、あれは既に裏付けされた情報…つまり存在は既に確定しているものだ。
ずっと探していた。
彼女は常にそれを求めていた。
純粋な収集欲、ゲーマーとしての本能に過ぎない、鍛えられた観察眼を持っていたからこそ、彼女はそれに気づけたのだろう。
士気を高め、突撃していく隊列の叫びに飲み込まれる程の一言は、傍にいたキリトたちにはしっかりと聞こえた。
「…待て。腰の武器が違うぞ」
「…なに?」
「曲刀は…あんなに細くない」
第一層のフロアボスの《イルファング・ザ・コボルドロード》の持つ武器は、単純明快に
キリトの持つ《アニールブレード》と違って、ガラクの持つ曲刀はずっしりとした重厚感を感じられるテクスチャが、つまりゲームの仕様上、視覚的にわかりやすく、強く描写されている剣の存在感がある。
イルファングの腰に携えられたそれも同じで、あれはガラクの持つ曲刀より更に細く、圧縮された鋼の強さと鋭さが醸し出された武器だ。
未だプレイヤーの中で身に着けたものはいない。――モンスターのみに許された特殊スキル。
「…どうする?」
「どうするも何も、ディアベルに伝える以外にあるか?」
「それはそうだけど…」
「…まぁ言わんとすることはわかる」
《カタナ》スキルの存在を知る者とはつまり、アインクラッドの、それも十層に出没する特殊エネミーやクエスト情報、NPCからの情報収集などに心血を注ぎ、この浮遊城中を走り回った存在…βテスター以外にはありえない。
攻略会議の際に浮き彫りになった、一般プレイヤーが持つ、元βテスターへの妬み、怨みは間違いなく、今のキリトに一瞬だけ決断を鈍らせる力があった。
「…俺が話そうか?俺は別に元βテスターなのを隠す予定はなかったしな」
「ん~…いやでもなぁ…」
「いいじゃない。彼女に任せれば」
「うおっ!?」
背後から自然に会話に混ざってきた、鎌使いの声におっかなびっくりといった表情で振り向く。
そこにはつい先ほどまで、一切会話を挟まなかった鎌使いと細剣使い、ミトとアスナがいて。
「実質はあなただけど、形式的には彼女がパーティリーダーだもの、その方が話が早くなると思うわ」
「……その、アスナ…さんとお話は済んだので…?」
「余計なお世話よ」
フードの奥で、ギラリと瞳が光ったように見えたのは、システムの演出か、それとも錯覚か。
「…もう大丈夫」と付け加えたミトの隣で、アスナも不完全燃焼感を残しながらも、しかし《トールバーナ》にいた頃とは違い、少し表情が明るくなっているようにも見えた。
とにかく、ミトの言う通りに、ガラクが指示を飛ばしているディアベルに近づくのを見送りながら、自分たちも任された仕事を、主の衛兵たる《ルインコボルド・センチネル》の処理に勤しむことにする。
コボルド衛兵の振り下ろす
鎌に
「スイッチ!」
「――っ」
――流れ星。
キリトの目に、あの日迷宮区で見た、網膜に焼き付くような美しい剣跡が、システムが描写するエフェクトの光が流れ込む。
寸分の狂いなく、アスナの放つ細剣専用ソードスキル《リニア―》が、胴体とは違い、一切の防御が成されていない、無防備なコボルド衛兵の喉をぶち抜き、HPゲージを一気に削る。
「グルルァアア!!」と雄叫びを上げながら、ノックバック状態となったコボルド衛兵のHPはそのまま減り続け…そしてゼロに。
ポリゴンとなって爆散し、ラストアタックボーナスのウインドウが表示され、大量の経験値が流れ込む。
こうしている間にも、ディアベルによる正確な指示によって、C隊が一本目のHPゲージを、D隊が二本目を削り、攻略は難なくと進んでいく。
次々と湧いて出てくる取り巻きたち、それを的確に処理し続け、彼らの邪魔にならないようチームワークを発揮し、時間が引き延ばされていくような感覚がやって来る。
数十分か、それともまだ数分程度しか経っていないのか、いつの間にかディアベルに話しかけにいったガラクが、曲刀を片手に、スイッチの準備を終えており。
ミト→アスナ→ガラク→キリト…の順番でローテーションを組み、互いの硬直時間の隙をカバーするように動く
「――スイッチ」
ガラクもやはりと言うべきか、その実力は高く、動きも洗練されている。
曲刀はかなり癖のある武器だ。片手剣ほど小回りが利くわけでもなく、細剣のような圧倒的スピードを持っているわけでもない。
火力自体は上だ。しかし対ボス、対プレイヤーのデュエルを想定した場合、その総評はずばり『どっちつかず』だ。
そんな不利要素を彼女は、全てβ時代の経験と知識でカバーしているのだろう、相手の隙を突く、無駄のない動きを見たそうキリトは推測する。
取り巻きを処理し続け、パーティメンバー全員にLAボーナスが行き渡ったタイミングで、再びフロアに響き渡る絶叫。
ボスのイルファングが、最後のHPゲージに突入すると共に、形態変化の為の無敵時間に入った証拠だ。
タンクは最後の仕事だとばかりに、気合いを入れなおして盾を、斧を構え直して相対し。
指揮を続けていたディアベルもまた、ボスの初撃を受け流す準備を終えて――
(…まさか)
キリトの脳内で繋がる、ある違和感と直感。
アルゴを通し、今もこうして使っている特製の《アニールブレード》を買い取ろうとした謎のプレイヤーX。
彼の目的は強い武器、それもβテスターが使っているお墨付きの物を手に入れ、使うことではなく、手に入れること自体が目的だったとするならば――
フロアボスのLA。ラストアタックボーナスをもしも、そのプレイヤーXが狙っていて、それを達成できる可能性のある強いプレイヤー…キリトの攻撃力を削ぐ目的があるのなら。
次に、そのプレイヤーXがすることは――
「ッ――下がれ!全力で後ろに飛べ!!」
キリトが叫ぶと同時に、プレイヤーX――騎士ディアベルは既に駆け出していた。
無敵時間が終了し、武器を切り替えたイルファングに合わせ、ノータイムでソードスキルを当てる予定だったのだろう。
その予想、作戦は、β時代であれば正解だ。曲刀は他の片手剣系の武器とは違って、その初動は遅く、それがプレイヤーでもないモンスターであれば尚更。
――だがその予想は、イルファングが取り出した、細く、重い『野太刀』が無慈悲に裏切ることとなる。
「ッ――!」
――イルファングが床を震わせると共に、ガラクも飛び出す。
コボルドの王たる巨体が、空中でギリギリと限界まで捻られ、凄まじい悪寒を感じさせる赤いエフェクトを纏う。
想定と違う動き、本来であればずっと先――それこそ十層で見るレベルのソードスキルだ。
失敗。駆けるディアベルの顔に、呆然とした色が浮かぶ。
そして、その首元に手をかけた者がいた。
「ッ!危な」
軌道は水平。攻撃角度は三百六十度。
カタナ専用ソードスキルの《
それだけではなく、彼らの頭上には、回転するおぼろげな黄色い光が存在していた。
――行動不能状態、スタンだ。
いや、肝心なのはそれだけではない。
キリトはハッとして、直ぐにイルファングの攻撃を避け、ディアベルを救いだしたパーティメンバー、ガラクのHPを確認し。
「ヅッ…おいディアベル、生きてるか?」
「あ、…あぁ」
「クッソ…気持ち悪い感覚だな」
ガラクの変わり果てた姿に、思わず息を飲んだ。
部位欠損アイコン。
よく見ると、ガラクの右腕、それも前腕から指先にかけた半分が、先ほどの《
SAOにおいて、斬撃や打撃といった衝撃や苦痛は、ペインアブソーバーシステムで中和され、本来の痛みの数百分の一に過ぎないものとなっている。
しかし、それでも部位欠損…今回のように腕を失った感覚というのは、どれだけ薄めようとも不快感は凄まじい。
脂汗さえ出そうな程、顔を歪ませたガラクは、空いた左手で何かを掴んでいるかのような形を作り、それを失った右腕に近づけており。
何をやっているのか。その疑問を抱いた瞬間。
「クソ…斬られてもすぐにくっつければノーカンだと思ってたんだが…」
――何を言ってるんだこいつ…
思わずそう内心で呟いてしまったのは、不可抗力という他ないだろう。
どうやらガラクは、あの一瞬の間に斬り飛ばされた己の右手をディアベルの身体を手放し、直ぐに左手でそれをキャッチし、切り口にくっつくかどうかを試していたらしい。
だが結果は当然のように無理で。すぐにゲームシステム…カーディナルがガラクの切り離された残りの右手を、ポリゴン状に分解し、無きものとしたのだ。
もし部位欠損を克服できるとするならば、斬られたという事実に気づけない程痛みに鈍感か、カーディナルを騙し通す程の凄まじい速度が必要だと思うのだが――
「ディアベル。動けるなら指揮を頼みたいんだが…」
「…あぁ、悪い。少し呆気に取られた…!」
そこからは、もう説明はいらないだろう。
ディアベルが炸裂させる、どこまでも正確で、無駄のない指揮。
スタン中のC隊を庇うように、ポーションを飲む暇すら捨て、残る左手で曲刀を握り、イルファングのタゲを取り続けるガラクと、ミトの元βテスターの即席コンビ。
そんな彼女たちの背中に感化され、情報と違う、未知の武器を振るうボスへの恐怖と、僅かに浮かんだ疑心を忘れた残りのプレイヤーは、一斉に声を上げて役割を果たす。
スイッチ、精密なタゲ操作。そのどれもが、先ほどLA目当てに先走ってしまった男のものとは思えないくらい、自分を二の次に、隊を第一に考えた動きだ。
イルファングのHPは削れ、その度に攻撃の勢いも増していく。
だがそれでも、決して誰も負けなかった。
――最後。
「
「――!ああ!」
《バーチカル・アーク》
キリトの放った片手剣スキルが、イルファングの身体の左肩口から抜ける。
V字に刻まれた剣のエフェクトが消えると同時に、イルファングの身体もまた、ポリゴンとなって爆散。
LAボーナスを告げるウインドウと、遅れてやってきた大喝采。
――誰一人犠牲者は出ず、一層は攻略された。
その事実を前に、皆が腕を突き上げ、涙すら流して喜んでいた。
皆が、この時果てしないとさえ思っていたデスゲーム、SAOからの脱出を現実的なものと認識でき。
不安を忘れ、皆が心の底から喜んだ。
「……………」
そんな様子を遠くから、黒ポンチョの男はつまらなさそうに見ていた。
「………なーんだ、今回は上手くいかなかったか」
――ならその分、次の火種を強くすればいいだけだ。
フレンドから送られてきたメッセージを確認し、自分の指示した命令が上手くいかなかったことを知っても尚、その男は薄気味悪く笑う。
もうすぐ二層が解放される。なら次の争いはそこでだ。
くつくつと笑い、男は次の場所に向けて歩き出す。
その望みは、そして目的は単純でただ一つ。
「――イッツ、ショウ、タイム」
最初の
未来を楽しみに歩き出した。
部位欠損
身体の一部が切り飛ばされ、痛みの電気信号が走った瞬間カーディナルがそれを測定し、すぐにポリゴンの分解を始める。
自分で腕を斬ってくっつける?そんなの普通は無理なのだ。
普通は。
篁モード解放
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1話日常回を挟んだ次の次の話で解放
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もう待ちきれない!次回一気に解放して!