【ソードアート・オンラインRTA】ラフコフ殲滅Any%『■狂者』   作:GARAKU

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 もうすぐです。


6話.リオン

 三層攻略後の空気を言葉で表すとするならば、困惑。

 犠牲者は一人も出ず、結果としてはこれ以上ない成功、安泰なものであるというのに、誰もそれを口にして喜ぶことはなかった。

 それほどまでに、()が見せた様子というものは、詳しい事情を、彼女(アスナ)を知らない者でさえ違和感を覚えるものだったからだ。

 気味が悪い。

 誰も直接口にはしなかったが。その防波堤が実際には、何の意味もないことは、彼らがガラクに対して向けた視線、それが全てを物語っていた。

 その間もずっと。――彼はアスナそのものの立ち振る舞いを続けていた。

 

「話ってなんだ、アルゴ」

 

 主街区《ズムフト》の北門。朝には約四十程のプレイヤーが集まっていたこの場所も、夜の9時にもなれば、流石にもう誰もいない。

 キリトはその門を出て、そして目的の場所に向かって歩き出した。

 夜。そして人目を忍んで行く場所と目的とは当然、この浮遊城で最も、ある意味信頼できる情報ソースである彼女――《鼠》のアルゴからの呼び出しを受けた場所に向かうことだ。

 三層の迷宮区から脱出したキリトは、ふと何日ぶりかの、アルゴからのメッセージを受信していたことに気づき、そして彼女との待ち合わせ場所を確認したのだった。

 アルゴの送ってきたメッセージ。その内容は――ガラクの謎の挙動の正体を知っている。ということ。

 二層との往還階段。そこに彼女はいる。

 青白い光に沈む、石造りの四阿は無人に見えるが、キリトがここで彼女と待ち合わせをするのは二回目だ。

 往還階段に到着すると同時に、おそらく近くにいるであろう彼女にも聞こえるくらいの声量で、問いかける。

 同時に潜伏状態が解除され、数日振りに、彼女のトレードマークとも言える、鼠のフェイスペイントが露わになった。

 

「今回は遅刻してないみたいだナ。キリ坊」

 

 にしし。と一つ笑いを零してから、すぐにその顔から笑みを消し。

 

「売りたい情報でもあるのか?いや、このタイミングってことはほぼ確実に…」

「アァ、決まってるだロ。ガラクのことダ」

「…コルは?」

「500。…って早いナ。そんなに知りたかったのカ?」

「まぁな」

 

 ロングコートのポケットから取り出した、500コル金貨を放り投げ、アルゴがそれをキャッチする。

 以前もキリトは、鉄頭巾(コイフ)を被った片手剣使い、実際には斧使いでもある謎のプレイヤー、モルテの情報を買うため、アルゴと取引をした。

 その時も、請求されたコルは500であったため、今回ももしかしたら…という予感にも等しいそれに従って、予め用意していたのだが、どうやら当たっていたらしい。

 続けて、低い声でアルゴは語る。

 

「キリ坊が三層ボスと対峙した時、信じられないことだガ…」

「あぁ、あれは()()()()()()()()()()

「…こりゃあまた」

 

 ――あの流れ星。

 キリトは彼女が、アスナが刻んだソードスキル、そのライトエフェクト。彼女の超人的な反射神経が見せる、剣跡の輝きに目を奪われた。

 コンビを組み、共に一層と二層、そして今回のように三層のボスを共に攻略する時も、それは視界の片隅に、何度も何度も網膜に焼き付いていた。

 だからこそ見間違う筈がない。

 細剣ではなく曲刀。

 ソードスキルも使っていない、ただの通常攻撃に過ぎない筈なのに、あの攻撃速度は常識の範疇を超えていた。

 ――純粋な、脳の発する運動命令の素早さだけで、ソードスキル《リニアー》を疑似的に再現した。

 

「オレっちの見立てではおそらく、ガラクのそれは更に高レベルの"多重人格(マルチブル・パーソナリティ)"の一種だと思ってル」

「………昔映画で見たような…一人の中に何人もいるってやつか?」

「それで合ってるヨ」

「……ん?見立て?もしかして確定してないのか?」

「まァ待ちなっテ」

 

 ()()()()()()()()()()()や、衝撃的な体験の反芻をすると。

 その者は、耐えがたい苦痛を引き受ける為に、別の人格が形成されることがあるのだという。

 勿論キリトも、一般知識としてそれは知っていた。

 多重人格と呼ばれるその設定は、フィクションではありふれたものだったし、むしろそれ以外では考えられないだろう。

 

 ――しかし、見立てか。

 

 アルゴは根っからの情報屋であり、裏の取れない、確定していない情報は決して売らないプロ。

 先ほどの、ガラクの変貌の正体と、その原理を推測したのは、先ほどキリトが支払った500コルの『対価』ではないのだろう。

 そして、キリトの予想は正しく、アルゴは衝撃の内容を打ち明けた。

 

「多重人格が生まれる理由ってのは色々あるガ。まず第一に多いのが"長期間の苦痛やストレス"だナ」

「あぁ」

「今のSAO…まぁデスゲームなら尚更だナ。みんな顔には出してないだけで、かなりの苦痛やストレスを感じている筈ダ」

「…まぁ、それは…」

「言っちゃ何だが、その程度で人格が形成されるくらいなラ。今頃キリ坊だって一つや二つ、人格が新しく生まれてる筈だロ?」

「…否定はしない」

「これはガラクから直接打ち明けられタ。そしていざとなれば売ってもいい、そう言ってくれた情報ダ」

 

 ――()()()()()()()()()()()

 

「ガラクは男ダ。と言っても、身体は女なんだけどナ」

「――性同一性障害ってやつ…か?」

「ソ。長期間に渡る苦痛…元から四六時中、ストレスを感じている状態で更に、このSAOというデスゲームに囚われた焦リ。更には三層での…ポーションを飲みそびれたせいで、初めて命の危険を強く感じた…のが決定打だったんだろウ」

「……いや、でもそれでなんで、わざわざアスナの人格をコピーしたんだ…?」

「そこばっかりは謎だナ。というか、人格をコピーしただけで、ソードスキルまで疑似的に再現できるものなのカ?」

「……」

 

 ――あの人格。

 アルゴの言葉通り、確かにキリトも実際、「そういうもの」で流そうとしていたその疑惑を、改めて考える。

 自分と同じ、元βテスターの鎌使いミトは、アスナとはリアルでの知り合い、友達と呼べる関係性なのだと言っていた。

 だがあの時、ミトでさえも驚愕した、冷や汗が出る程に()()()、あの精巧過ぎる性格の再現。

 だというのに。

 

『わたしは、この人(ガラク)の記憶が作り出したアスナってとこかな』

 

 だというのに、彼女(アスナの人格)は自分が偽物であることを自覚していた。

 本来の人格、それこそ肉体の主導権を乗っ取ろうとする、タルパ等でもよく見られる現象もなく、彼女はあくまでも贋作の自意識を持っていた。

 そのうえで、表情や仕草、重心から口調。

 そして決定的な、アスナというプレイヤーにしか出せなかった、あの流れ星のようなソードスキルのライトエフェクト。

 あの神速の一撃を、違う武器種でありながらも出せる、圧倒的なラーニング能力。

 ――あれは、下手をすればオリジナル(本物のアスナ)でさえ。

 

「今思えば納得だナ。ガラクはオレっちと会話をする時、絶対に目を合わせようとはしなかったし、オレっちの"情報"を、《鼠》のアルゴ以外の全ての知識をシャットアウトしてタ」

「…人格が生まれないよう、にか?」

「多分ナ。多分だが…これが起こるのはガラクは初めてじゃない、前も似たような事があったんだろウ。今回は…まァ」

 

 キリトは、アルゴの言いたいことを理解した。

 ただでさえ人格をコピーする条件のストレスの最低値が、生まれつきの性別の差異によって底上げされているのに、こうして追加のストレスの原因となるボス戦、攻略に参加したのだ。

 もう一つの人格というのは、人間の脳に多大な負荷を与える存在であり、脳からの電気信号で全てが決まる、このSAOにおいてはそれがどれほど致命的かは、想像に難くない。

 だが、それでも仕方のないことだったのではないか。そうキリトは感じた。

 誰とも会話をしない、誰とも触れ合わず、そして迷惑をかけたくないが故に、ずっと孤独に生きる。

 SAOが完全にクリアされるのは一体いつか、それは数年かもしれないし、下手をすれば十数年はかかる可能性もある。

 そんな長い時間を、()はずっと生き続けるのか。

 あの時、アスナの人格をコピーした彼に対し、強い警戒心を向けてしまったことを、今になってから少し、後悔した。

 

(――次に会ったら…)

 

 β時代と同じように、肩を叩いて話しかけてあげようか。

 そんなことを、キリトは考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――アインクラッド第三層攻略。

 ――これが、この時が、キリトがガラクと交わした最後の会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 頭に釘を打ち込まれたかのような、凄まじい激痛が迸った。

 その後やってくるのは吐き気。だがSAOには嘔吐を表現するシステムは存在しないし、ポリゴンの身体には胃液や血管の一つも存在しない。

 これは錯覚、ただのまやかし。

 だというのに、現実世界と全く同じ、それこそ数年前に経験した、あの耐えがたい苦痛が再び、年を重ねたことでより鮮明になった感覚のせいで、思い出よりもはるかに苦しかった。

 ペインアブソーバーとやらは、精神的痛みに適用してはくれないのか。

 内心で愚痴を吐きながら、ずるずると壁に身体を預けて、そのまま膝から崩れ落ちる。

 痛みはまだ治まらない。

 

「ぅぐ…ぉオ"ェっ……」

 

 

 

 

 

 昔。まだ母が生きていた頃の話。

 母は多忙な人だった。家にいる時間は少なかったし、電話もろくにできないくらいだった。

 寂しいとは思った。だが子供心ながらに、それを言って、母を困らせることはもっと嫌で、だから我慢した。

 だからその分、母が家に帰ってきた時は、それまでの鬱憤を晴らす勢いで、全力で甘えた。

 優しい人だった。人並みの語彙力でしか表現できないが、本当にそんな人だった。

 不器用に笑い、頭を撫でてくれる人だった。

 祖母もそんな、母に甘える自分の姿と、愛おしい愛娘の関係が好きだったのだろう。

 過去に記憶。ガラク――篁有月の覚えている中で、まだ優しい顔をしていた人は、きっとそうだった。

 

「――くそ……」

 

 あくる日、母は死んだ。

 仕事先で、事故に巻き込まれたとも、通り魔に襲われただの聞いた。

 警察が家に何度も来て、祖母から詳しい話を、そしてそんな彼らの様子を、じっと襖の奥から見ていた。

 

「………なんで」

 

 多重人格。

 篁有月には生まれつき、病気とも呼べる発作があった。

 生まれつき、自分の性別に違和感を覚え、そしてそれを隠し続けて生きてきた。

 母にも打ち明けられなかった秘密。終ぞ告白することもなく、そして死んでしまったあの人の。

 顔、仕草、言葉使いから全ての個人的特徴が、一気に脳裏をよぎる。

 ――母が死んだ。

 たったそれだけ、それだけで胸が張り裂けそうな痛みが生まれて、そのすぐ後にやってきたのは、頭が割れそうな激痛。

 意識がまどろみ、そして一瞬目を閉じた次の瞬間。

 

 自分は、祖母に殴られていた。

 

 歯が軋む、頬が焼けたように熱い。

 一体何が、そう思って祖母を見上げて、そしてすぐにそれを後悔した。

 

『気持ち悪い…!』

 

 底冷えするような声だった。

 顔を怒りで真っ赤に染めて、震える右手を、つい先ほど自分をぶつのに使ったそれを、残る片手で押さえつけて。

 そして、背中を向けて出ていった。

 

 

 

 

 

「……馬鹿」

 

 今思えばわかる。きっとあの時、自分は母の人格をコピーしたのだろう。

 死んだ娘。その悲しみを完全に消化できていない状況で、孫が突然、自分の愛娘のモノマネをした。

 客観的に見れば、余計に祖母の気持ちが理解できて、余計に自分が嫌になる。

 それから、祖母は一度も自分と会話をすることはなかった。

 朝昼晩、ちゃんと飯は用意してくれた。だが会話は一度もなかった。

 母が死んで、祖母との関係性が崩れ。かつては一緒に手を繋いで、公園に出かけに行った思い出さえ薄れかけた数年後に、あっさりと祖母は死んだ。

 寿命だった。

 思えば、祖母は己の死を、迫りくる寿命の終わりをなんとなく察していたのだろう。

 前の晩、寝る直前に突然、祖母は自室の扉を開き。

 かつてとは違う、とてもしわがれた、とても小さな声で言った。

 ――お前が死ねばよかったのに、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの…」

 

 声が聞こえた。

 まだまどろみの中にいたガラクは、その声が幻聴の類ではないことに気づくと、ゆっくりと目を開く。

 あの時、三層攻略中に突如、ガラクは意識を失い、そして気が付けば、既に三層は攻略され、四層への道が解放されていた。

 どんな人格が生まれたのかも、一体何をしたのかも、ガラクは知らない。

 だが目が覚めた時、そこにあったのは森の木々であり、それは三層で見た高密度のそれではなく、平原の要素が強いマップであるとわかった。

 二層の往還階段、無意識に身体を動かし、そして辿り着いて眠った場所は、最後に己の秘密の一つを打ち明け、フレンドとなった忍者二人、彼らがいるこの層だった。

 

「あの…大丈夫ですか?」

 

 ガラクの目の前に立つのは、二人の男女だった。

 往還階段の近くで倒れ、そして目を覚ました、どう考えても不自然な自分に対しても、彼らは心底心配した、一切の淀みがない感情を向けていた。

 ――あぁ、会話をせずともわかる。

 

「…大丈夫」

「あの…宿で寝ないんですか?ここはその…」

「本当に大丈夫。だから…」

「あの、よかったら、私たちと一緒に行きませんか?私たち」

「えっ、それは…」

「いいでしょ?ノー君」

 

 ――ガラクにはもう一つ、誰にも言っていない秘密がある。

 じっと、目の前の男女を見る。

 年齢は自分と同じくらいか、だが自分とは違い、どこまでも優しい。

 母が見せたのと同じ、()()()()がそこにはある。

 本物の善人が見せる。滅多に見ることはできないあの光。

 視線を合わせてしゃがみ、そしてあどけなく笑う彼女に、どうしようもなく目を奪われる。

 ――彼女はいつも(魂の輝き)

 

「――私、ユナ」

 

 彼女はいつも輝いていた。




 あと二話か三話で篁さんモード解放

篁モード解放

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