仮面ライダーヒューム   作:熊澤しょーへい

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今回が最終回と言ったな?

―――あれは嘘だ(〇マンドー風)

文字数が二万文字超えたので分割投稿。次話も見てね。


NO.11 BLAZE/私は誰?

「海翔、君はどんな大人になりたい?」

 

 これは何時の記憶だったか。十年以上昔のような気もすれば、つい最近の出来事であるようにも思える。

 

 ただ幼少期の頃の記憶であることは確かなようだ。足元に散らばっている絵本やおもちゃが普段よりも大きく感じられる。

 

 白一色の部屋には僕を含めた二人だけ。それにしてはかなり広く、本棚とおもちゃ箱が片隅にあるが殺風景な部屋では少し浮いた存在だった。

 

 白衣を着た若い女性が興味津々、といった感じに僕の顔を覗き込む。金髪に碧眼という日本人離れした姿だが、当時の僕にはそんな知識は一つもなく、ただ綺麗だという無垢な感想しか持ち合わせていなかった。

 

「・・・ん?おーい、聞いてる?」

 

 ぼう、とする僕の眼前で女性は手を何度も振る。その行動にハッとなった僕はたどたどしくも、確かに言葉を紡いだ。

 

「―――ふふっ」

 

 女性は少し呆気にとられた表情をした後、嬉しそうに笑いを漏らした。そのことが当時の僕には不服で抗議するように声を上げた。

 

「ゴメンね、バカにしたいわけじゃないんだ」

 

 そう言いながら女性は僕を軽々と抱え、滑らかな手で頭を撫でまわした。

 

「ただ・・・嬉しいんだ。海翔がこうやって夢を持っててくれてることが」

 

 嬉しそうに、しかし悲しそうに女性は言った。矛盾している感情が同居する複雑な表情がとても不思議で、僕は顔に疑問符を浮かべて首を傾げる。そんな僕を見て再び女性はクスリ、と笑う。

 

「・・・まあ何を言いたいかというとね、私は海翔の夢を全力で応援する、ということだよ!」

 

 そう言って、女性は僕の頭を荒々しく撫でる。髪の毛がぐしゃぐしゃに乱れるが、心に生じたのは不快感よりも安心感の方が大きかった。

 

「さて、今日は何の本を読んで欲しい?」

 

 散らばっている絵本を手に取る。赤いドラゴンが描かれたもの、百獣の王様の物語、ランプの精霊が誘う冒険の話。どれもこれも外の世界を知らない僕にとって新鮮そのものだった。

 

 女性が本を一冊拾い上げたところで部屋の扉が荒々しく開いた。

 

「おい雪村ぁ!仕事放り出してどこ行ってんだ!」

 

 入ってきたのは女性と同じく白衣を着た男。こちらは黒髪黒目と純日本人な見た目をしている。

 

「あ、昭人~やっほ~」

 

 昭人と呼ばれた黒髪の男性がズカズカと入ってくる。額に青筋を浮かべている昭人とは真逆で、女性―――雪村は笑顔でニコニコと手を振った。

 

「やっほ~、じゃねえ!こっちは助手と二人だけで解析してたんだぞ!」

 

「いいじゃんちょっとぐらい!十時間も海翔と会えて無かったんだよ!それに、昭人たちだったら大丈夫だと思ったんだもん!」

 

 今にも掴みかかりそうな昭人に対して、雪村は抱えた僕を盾のように昭人の前に出す。

 

 男性の顔を視界に収め、嬉しさのあまり表情が崩れる。女性と同じくらい高頻度で彼も自分の元に来てくれる。

 

 僕を見て男性が体を硬直させる。それを見た雪村は得意げな顔で男性の顔を覗き込み、変な表情で固まった男を見て耐えきれずに噴き出した。

 

「ププッ、何その顔ー!」

 

「おまっ、雪村!コイツ使うのは反則だろ!」

 

「反則じゃありませーん!」

 

 わあわあ、と言い合いを続ける二人を見て、僕の心に温かいものが満ちる。

 

 ―――どうして忘れていたのだろう。僕にも確かにあったのだ。外界には出れず、外から見れば冷たいように見えるが、今の僕を形作った暖かな記憶が。

 

 愛されていたのに。それが思い出せなかったこと、記憶を垣間見ても彼らの名前すら完全に思い出せない自分に酷い嫌悪感を覚える。

 

 本が、玩具が、彼らが、徐々に暗く塗りつぶされてゆく。まるで―――そう、奇跡は有限だとでも言うように。

 

 空間が完全に飲み込まれ、ブラックアウトする寸前に雪村と呼ばれた女性が首からかけていたネームタグが目に入る。

 

 僕は必死になってその文字列を記憶に刻む。

 

 二度と忘れないように、何時でも思い出せるように。

 

 そうして、僕は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 零課本部の廊下は臨戦態勢の隊員で溢れかえっていた。最高戦力である仮面ライダーの敗北、そして敗北に陥れたプレイスターが都内のどこかに潜伏していることから緊急事態宣言が発令されたのだ。休暇を取っていた者や予備役のような扱いの隊員までもが本部に集結していた。

 

 指揮官である優成は開発研究部に足を向けていた。現在三つのエヴィデンスドライバーはメンテナンスの最中だ。ライダーシステムの詳細は機密事項のため、進捗を聞くためには直接優成が顔を出す必要がある。

 

 それに個人的にだが彼には聞かねばならないこともある。他の隊員には任せることはできない。

 

 勿論一分一秒が惜しい現在、移動している時間も惜しい。資料に目を通しながら器用に混雑した廊下を歩いていく。

 

「司令!」

 

 その道中、白衣を着た中年の女性が優成に声を掛けてきた。彼女は医療班に所属しており、海翔の治療に当たった者だ。

 

「それで、傷の方はどうだ?」

 

 優成が歩きながらも小声で話しかける。海翔のことは限られた隊員にしか公表していない。廊下はざわめきなどの騒音で溢れかえっているが、万一を警戒した形だ。

 

「・・・肋骨が切断され、肺にまで剣が届いていました。出血のこともあります。命があるのが奇跡のような状態です」

 

 優成の考えを読んだのか、主治医も小声で優成に耳打ちする。

 

「そうか・・・いや、良くやってくれた。彼が生きているのは君たちのお陰だ」

 

 どうやら彼は戦力にはなりそうにない。そのことに内心で歯噛みしながらも、主治医にねぎらいの言葉を掛ける。しかし主治医は優成の言葉に、複雑な表情を浮かべた。

 

「・・・どうした?」

 

 そのことを怪訝に感じた優成は努めて優しいトーンで主治医に問いかけた。彼女は少し従順したのちに口を開いた。

 

「実は、先ほど申し上げたのは輸送車に搬入されたときの状態で・・・ここに着いた時には彼の傷はほぼ完全に塞がっていました・・・」

 

「―――なんだと?」

 

 思いもよらない情報に優成の足が止まる。何かあったのか、と周囲の怪訝そうな隊員の視線を感じ、動揺を押し殺しながら歩みを再開した。

 

「・・・それで、彼は一体どういう状態だ?」

 

「・・・傷はうっすらと跡が残るのみでした。貧血の症状を見せていましたが、想定の量の五分の一を超えたところで症状が治まったため輸血は行っていません。念のためレントゲンを撮影したのですが―――」

 

 そう言って一枚の封筒を優成に渡した。封筒には()()()()()()()一般男性のレントゲン写真が一枚入っていた。

 

「切断された痕跡は一つも見つけることはできませんでした。―――まるで()()()()()()()()()()()()かのように全くの無傷でした・・・」

 

 主治医の声が震えている。彼女が目撃したのは完全に人の常識から外れている。初めから現状について正確に話さなかったのも頷ける。普通なら気が狂ったとして一顧だにしなかっただろう。

 

「―――彼は」

 

 主治医が顔を青ざめながら唇を震わす。

 

「彼は本当に人間なのですか・・・?」

 

 

 

 

 

 

「邪魔するぞ」

 

 少し乱暴に開発研究部の扉が開かれる。部屋の中は普段の数倍汚くなっているが、今の優成にそれを指摘するほどの余裕はない。それを分かっているのか、両者も神妙な顔つきで優成を迎えた。

 

 座る場所を確保する時間も惜しい。優成は立ったまま二人に向けて話しかける。

 

「まずはメンテナンスの進捗について聞きたい」

 

 優成の言葉に昭人は机の一角を指さす。回収されたときには傷だらけだったインベスティドライバーは完全な姿を取り戻していた。

 

「メインシステムに破損は無かったからな、すぐに修理できた。そんで―――」

 

 昭人は目の前のパソコンを指さす。そこにはスマホの代わりに幾つものレコードカードが差し込まれた置き型充電器のような機械があり、大量のケーブルによってパソコンを介して三つの武器に接続されていた。

 

「これまでに回収したレコードカードのデータを全部ぶち込んだ。これで戦力の方も多少はマシになるはずだ」

 

 最大の不安要素が取り除かれて、優成は小さく息を吐く。最悪なのが仮面ライダーという最高戦力が完全に使えなくなること。それが回避できたのは非常に大きい。

 

「短い時間でよくやってくれた。・・・例のドライバーに関してはどうだ?」

 

 視線をノアに向ける。海翔が運び込まれた際、持っていたレコードカードとドライバーは回収され、ここ開発研究部に持ち込まれていた。短時間で完全に解析できるとは思っていないが、彼以外にも使えるのか、使用車の条件は何かなど一つでも解明できれば大きな戦力になる。この切羽詰まった状況で戦力が増える可能性があるなら見逃す手はない。

 

 ノアは手で弄っていたエヴィデンスドライバーを机に置いた。

 

「解析は無理ですねー。内部を知る方法がー全く無いんですよー」

 

「・・・どういうことだ?」

 

「普通はーネジ穴とかー外を留めた形跡があるはずなんですがー、これにはーそれが無いんですよねー。だからー分解して中を見れないのですー。そもそもーこんなものがあることがー私にとっては信じられませんー」

 

「まあ無理やりこじ開けるのはできなくもねえが、中がどうなっているか分からないからな。システムの核を傷つけでもしたら本末転倒だろ?」

 

「・・・なるほどな」

 

 期待はしていなかったが、それでも貴重な時間を無駄にしたことに少し落ち込む。隊員らに手当たり次第に使用させていけば何時かは適合者に当たるかもしれない。しかしそれを行うには多大な時間を必要とする上、適合者が見つかるという保証はどこにも無い。

 

 加えて、どのようなデメリットが発生するのかも不明だ。現状ではリスクとリターンがあまりにも釣り合っていない。

 

「使える手札はほとんど変わらず、か・・・。昭人、この手札で奴を倒せるか?」

 

 優成の問いかけに昭人はパソコンの画面から目を離さず、表情を歪ませた。

 

(なン)で俺に聞くんだよ」

 

「ライダーシステムに最も詳しいのはお前だ。同時にプレイスターについても、な」

 

「・・・」

 

 舌打ちを一つして、昭人は椅子にもたれ掛かった。

 

「・・・四人全員が五体満足で勝つ確率は一割も無え。人員の喪失を完全に無視した作戦なら二割ちょいってところだ」

 

 絶望的ともいえる考察に、嫌々ながらも優成は納得する。相手はこれまでのプレイスターとは一線を画している。現に作戦立案班からも同じような結果が報告されている。

 

「言っとくがこれは新しく使えるレコードカード―――(TIGER)細胞(CELL)(WIND)(MONKEY)(SNAKE)翼竜(PTERANODON)金剛石(DIAMOND)(EYE)(WALL)交換(EXCHANGE)。コイツ等を最大限に活用できて、かつ相手に上手く通じたと仮定しての割合だ。実際にはもっと低いからな」

 

 知ってはいたことだが勝率があまりにも低すぎる。改めてそのことを認識させられた優成は思わず唸ってしまう。

 

「・・・で、話はそんだけか?」

 

 昭人は優成の方に目もくれずパソコンを操作し続ける。

 

「いやまだ用はある。お前、白い仮面ライダーの正体を知っていたな?」

 

 ピタリ、と優成のキーボードを叩く手が止まる。ノアも手に持って眺めていたエヴィデンスドライバーを滑り落としている。

 

 優成は持っていた資料を再度眺める。

 

「伊藤海翔、彼について調べさせてもらった。彼も有村祈里と同じく十五年前より以前の記録が遡れない。出生地どころか親族、両親さえも不明だ」

 

「例の事故で大半のレコードカードが行方不明になり、プレイスターが活動し始めたのも十五年前だったな。・・・昭人、これは偶然か?」

 

「・・・」

 

 優成が問い詰めるが、昭人は沈黙で答える。彼は一体何者なのか、更に問い詰めようとしたところで優成のスマートフォンに連絡が入る。内容は伊藤海翔が目覚めた、というものだった。

 

 圧倒的なまでの間の悪さ。しかし昭人らにとっては幸運そのものだった。

 

「・・・」

 

 少しの逡巡の後に昭人は部屋から出てゆく。後でまた問い詰めるからな、という念押しは忘れない。

 

 足音が遠ざかっていくのを確かめて、二人は安堵の溜息を吐いた。

 

「こっわ・・・やっぱバレてんのか」

 

「ですねー。・・・どーしますー?」

 

 ノアが気遣うような視線を昭人に向ける。二人の目的を達成するには零課との協力が必要不可欠。信用を得るためには全て話すのが得策だ。

 

 しかしそれは忌むべき過去を思い出すことを意味する。特に昭人にとっては忘れたくても忘れられない、いわば呪いのようなものだ。優成を信じていないわけではないが、逡巡してしまうのも当然というものだ。

 

「・・・話す。それが最善だろ」

 

「・・・」

 

「良いんだよ。気づいていなかったとしても近いうちに話さねえといけねえのは分かってたからな」

 

「・・・ならいいですけどー」

 

 気まずい雰囲気を破るようにノアは別の話題を持ち出す。

 

「それよりもー、本当に勝てるんですかー?」

 

 二人はシステムに内蔵されているカメラでこっそりと戦いの様子をリアルタイムで視聴していた。必殺技が効かず搦め手も通用しない。勝利へのビジョンが全く見えなかった。

 

「・・・まあ、無理だろうな」

 

「あー、ハッキリ言っちゃうんですかー」

 

 あっさりと言う昭人に呆れ顔でツッコミを入れる。

 

「そもそもジョブ系のレコードカードって地点で半分詰んでるんだ。こっちのシステムは使用者を怪物(プレイスター)に変化させないことを前提にしてる。だからレコードカードの力を十二分に使えるプレイスターとではどうしてもあっちが上回る。それでもプレイスターに勝てるのはアイツ等が持っている技量がその差を補ってるからだ」

 

 昭人はパソコンと三つのインベスティウェポンを繋いでいるケーブルを外していく。

 

「こっちの最大のアドバンテージは変身したとしても自我が残ってることだ。だがジョブ系のプレイスター相手にはそれが通用しねえ」

 

「でもー、音楽家(ミュージシャン)はー簡単に倒せましたよー」

 

「それは相手が変な使い方をしたからだ。音を利用した衝撃波、確かに殺戮を行うには適切な能力に見えるかもな。ただ、それは音楽家(ミュージシャン)の一側面、それもカードの隅に書かれるような、言うなればオマケの能力に過ぎねえ。それにミュージシャンレコードカードは本来は戦うための能力でもねえ。元機動隊員のガレスに負けるのも必然だ」

 

 三つの武器をそれぞれアタッシュケースに入れる。

 

「だが今回は違え。ウォーリアーレコードカードは生粋の戦闘系だ。それに元になってる人間もやばい」

 

 そう言って端に置いてあったクリアファイルをノアに向かって投げる。ノアは淀みのない動作でそれを受け取ると、中に挟まっていた資料に目を通した。

 

 そこに書かれていたのは一人の男の略歴だった。

 

 川島(かわじま) 康夫(やすお)―――1915年生まれ、男。捜査第零課の前身となる陸軍第零師団に所属。師団を名乗りながらも陸軍大臣直属の部隊として行動し、敵の指揮官の暗殺を実行。終戦までに六十件を超える暗殺に加担したとされ、そのほとんどを自ら敵地に乗り込んで実行したとされる―――

 

「・・・何ですかー、この爺さん。本当に化け物じゃないですかー」

 

 言外にこの情報は偽りでは、と疑うノア。至極まっとうな態度に昭人は苦笑する。

 

「戦闘に特化したレコードカードに、敵地に自分から乗り込んで生還するような手練れが合わさったんだ。こんな化け物になるのは必然っちゃ必然だわな」

 

 知れば知るほどに勝ち筋が見えなくなってゆく。ノアはちらりと昭人の表情を伺う。焦ったような様子もなく、絶望しているようでもない。ただいつもと変わらぬ彼がそこにはいた。

 

「・・・もしかしてー、諦めたりしてますー?」

 

 後考えられるのはそのくらいだ。ノアの言葉に昭人は一瞬(ほう)けた表情になり、すぐに笑みへと変わった。

 

「―――いや、悪いが俺には諦める資格なんてものは存在しねえ。逃げて逃げて逃げ続けたんだ。これ以上は進む以外に選択肢はねえんだよ、俺には」

 

 ふと昭人は視線をノアの机へと向ける。数分前にあったはずのエヴィデンスドライバーと四枚のレコードカードは影も形も無くなっている。

 

 それを見た昭人は懐かしむような表情を浮かべ、椅子から立ち上がった。

 

「さっき全員が五体満足でいる勝率は一割もないって言ったよな?実はな、それを九割九分ほどまで上げる手段があるんだわ」

 

「・・・へ?」

 

「やりたかなかったんだがな、どうやらあいつは戦うことを選んだようだ。ここで見殺しにしちゃあ、アイツに顔向けできねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――意識が浮上する。

 

 鉛のように重たい瞼をゆっくりと開ける。見慣れない天井だったがそれを気にしている余裕はない。気を失う寸前の記憶を思い出し、大慌てで傍に置いてあったスマートフォンで時間を確認する。

 

 ウォーリアープレイスターと交戦して約三時間が経過している。あのまま暴れているのだとしたらとんでもない被害が出ているはずだ。

 

 幸運にも最新の医療技術の進歩は凄まじいようで、袈裟切りにされたはずの胸は傷一つない状態にまで回復している。

 

 腕に刺さっていた点滴針を抜き取り、ふらつく足取りで病室の扉に向かう。傷口があったところが痛むような錯覚に陥るが、そんなことを気にしている暇はない。

 

 ドアを開け飛び出したところで、扉の前に居た小柄な人影とぶつかった。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 幾ら急いでいても彼は伊藤 海翔。困っている人、さらには自分が原因となれば放っておくことは到底できない。倒れこんだ人影に向けて手を差し伸べる。

 

「はい、大丈夫で―――伊藤君!?」

 

 人影―――詩音は手を差し伸べた男の顔を見て、驚愕の表情に染まった。目の前でザックリと切られ、意識を失った男が数時間で普通にピンピンとしているのだ。驚くな、というほうが無理がある。

 

「ちょ、嘘やろ!?」

 

「あら~、最近の子は凄いのね~」

 

「いやそんな訳ありまへんって!」

 

 それは詩音の後ろにいた二人―――若干一名怪しいところはあるが―――も同様だった。

 

 呆気にとられる三人。しかしここで会えたのは海翔にとって朗報だった。海翔は屈みこんで詩音の肩を持った。

 

「あの化け物は今どこに!?」

 

「・・・え?」

 

「いいから!早く倒さないと、()()!」

 

「落ち着いてください!」

 

 詩音は肩に手を掛けている海翔をそのまま押し倒した。冷静さを失っており、普段の立ち回りからは考えられないほどあっさりと押さえつけることができた。

 

 詩音は慎重に、言い聞かせるようにして海翔に語り掛ける。

 

「怪物―――ウォーリアープレイスターは現在行方をくらましています。しかし奴と女王(クイーン)と呼ばれる個体の話から私たちを狙った攻撃が行われると推測されています」

 

 虐殺が行われている訳ではなく少し安心したようで、海翔は詩音の肩から手を放す。荒い息が徐々に収まりつつあるのを見て、詩音は拘束から海翔を解放した。

 

「・・・すまない、少しいいだろうか」

 

 四人の間に沈黙が流れる中、覚醒の報告を聞いた優成が駆け付けた。

 

 三人がその場に改まり、それを見た海翔も慌てて立ち上がろうとするが、優成は手でそれを制した。

 

「私は松下(まつした) 優成(ゆうせい)。ここの組織のトップのような役職に就かせてもらっている。―――単刀直入に聞こう。君は、何者だ?」

 

 優成の問いかけに海翔は答えることができず、ただ押し黙っていた。

 

「我々は捜査第零課を名乗ってはいるが、実際には警視庁に従属している訳ではない。独自の情報網を持ち、日本で起こっていることの大半は容易に調べ上げることができると自負している。にも拘らず一五年前以前の君の同行は全くの不明だ。加えて独自のドライバーも所持し、何故か我々では使うことのできないレコードカードすらも使用できる。―――もう一度聞こう。君は、何者だ?」

 

「―――せん」

 

 優成の問いかけに、帰って来たのは小さく掠れた声。動揺しているのか、いつも子供たちに見せている優し気な表情はどこにも無い。立ち上がり、優成の襟首を掴む。

 

「分かりませんよ!何者かなんて、僕の方が聞きたい!一体僕は何を忘れているんだ?この焦燥感は、罪悪感は、どこから湧いてくるんだ!?」

 

 海翔の口から漏れ出たのは心の底から込みあがってきた恐怖。これまで感じてこなかった―――いや、目を背けてきただけなのか―――自分は何者なのかという()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分という機軸がへし折れてしまいそうな、今まで歩いてきた道が間違ったものではないかという不安が海翔の心を圧迫する。

 

 荒い息をしながら腕を脱力させる。優成は動じることなく、乱れたスーツの襟を整えている。

 

「伊藤君・・・」

 

「アンタ・・・」

 

「・・・」

 

 海翔の気迫に三人はその場から動けないでいた。海翔の荒い息遣いだけが聞こえる。誰もが沈黙に耐えきれなくなったその時―――

 

『全隊員に通達!ウォーリアープレイスターが発見されました!以下に読み上げる隊員は直ちに管制室へ向かってください!繰り返します―――』

 

 別ベクトルでの緊張が場を支配する。

 

「・・・三人は開発研究部に向かえ。調整が終了したドライバーがある」

 

 優成はそう言うと、管制室に向けて歩き出した。しかし途中で少しためらうように立ち止まる。

 

「―――伊藤君、先ほど無粋な質問をしたことを謝罪しよう。その上で言う―――君は戦闘に参加させない」

 

「な―――」

 

 優成の言葉に詩音は声を上げて反対しようとする。以前の戦闘では万全な状態であったにも関わらず惨敗を喫したのだ。海翔とは違い、三人とも傷は完治しておらず、その上で海翔を除いて戦っても待っているのは敗北だけだ。

 

 しかし憔悴しきった海翔の様子を見て、反対の言葉を飲み込まざるを得なかった。

 

「今の状態の君を作戦に組み込むことはできない。・・・それに君は我々から見て一般人という立場だ。これ以上戦いに巻き込むことはできない」

 

「・・・」

 

「行くぞ、三人とも」

 

 そう言って優成は管制室に向けて足早に去る。力なく座り込む海翔に詩音は駆け寄ろうとしたが、景虎と夕夏によって静止される。詩音は無言で抗議するように二人を睨みつける。

 

「ああいう時はな、オレらの言葉なんて響かんねん」

 

「ほぼ初対面の私たちならなおさらね~」

 

 小声で引き止められ、躊躇いつつも三人は開発研究部に向けて走り出した。

 

 一人になった海翔は震える足を何とか押さえつけて立ち上がった。

 

「―――クソッ」

 

 歩くのがやっとのような自分の身体に、他人に突っかかってしまうほど不安定な精神。その両方に対して海翔は悪態をつく。

 

「ひとまずドライバーを・・・」

 

 壁にもたれかかりながら歩き出そうとした海翔だが、ポケットから響く振動で一度停止した。

 

「―――あ」

 

 取り出したスマートフォンの画面には「日野森学園」の文字が。嫌な予感が頭を駆け抜け、たっぷり十秒ほど躊躇ってから通話ボタンを押した。

 

「もしも―――」

 

『三時間も何処ほっつき歩いてんのよ!』

 

 大声が海翔の耳を貫き、振動で頭をガンガンと揺さぶった。声の主は明奈だ。悶絶しつつもスマートフォンの李礼を確認すると、大量の着信履歴が残っていた。

 

『心配したんだから!どこで何してんのよ!』

 

「いや、ちょっと道に迷っちゃって・・・」

 

 掠れるような声で言い訳をする。これで納得したのか、それともそれを飲み込んだのか。それ以上言及してくることは無かった。

 

 安心したのも束の間、先ほど抱えていた不安が再び戻ってきた。

 

『まあいいわ、無事そうだし。それで何時頃帰ってこれるの?電話が通じたなら充電も電波も問題なさそうだし・・・海翔?』

 

「・・・」

 

 沈黙している海翔に何か変なものを覚えたのか、明奈は電話越しに訝しんだ。

 

「明奈、僕って誰だと思う?」

 

『どうしたのよ、急に』

 

「ちょっとだけ思い出したんだ、過去の記憶を。でも想像してたよりも全然嬉しくなくて、それどころか今の僕が偽物みたいに思えて・・・」

 

『・・・』

 

 海翔は壁にもたれ掛かる。

 

「ねえ、僕って誰なんだ?」

 

 電話口からは何も帰ってこない。それはそうだろう。唐突にこんなことを聞かれても海翔だって答えることができる気がしない。

 

『さあ?・・・けど、私でも言えることはあるわ』

 

 明奈に言うことじゃなかったな、と反省しつつ電話を切ろうとしたところで、思いがかず返答が帰ってくる。

 

『あんたは伊藤海翔。お人好しで、なんでもこなせて、一生をかけて自分のような子供たちを守ることを決めた人。それだけは、どんな記憶を思い出しても変わらない』

 

「・・・」

 

 思いがけない回答に、海翔は言葉が出なかった。

 

『大丈夫よ。あんたが迷ったら、何度でも私が言ってやるわ。あんたは伊藤海翔、それ以上でもそれ以下でもない!ってね』

 

「・・・」

 

『こんなことしか言えないけど・・・どう?』

 

 不安げに確認してくる明奈に、海翔は思わず笑みがこぼれた。

 

「ありがとう・・・背負いすぎちゃったかな」

 

『そうよ、何のために私たちがいると思ってるの?一緒には戦えないけど、少しは私にも背負わせなさいよ』

 

 海翔はその場から立ち上がる。もう足の震えは無い。大丈夫、自分が答えを見失ったとしても隣で僕を証明してくれる人がいるから。

 

「じゃあまた後で。一時間ほどで帰るよ」

 

 そう言って電話を切る。生憎と今の海翔は誰にも負ける気がしない。スマートフォンをしまい込み、ドライバーを探すために一歩踏み出したところで、

 

「あ痛っ!」

 

 海翔の額に謎の物体が高速で衝突する。

 

「~~~ッ!ってドライバー!」

 

 悶絶しつつもなんとか衝突してきた物体を確認する。物体は今まさに探しに行こうとしていたエヴィデンスドライバーだった。

 

「それにカードも!」

 

 ドライバーに下敷きになる形で五枚のカードが挟まっていた。剣士(SABAR)弓使い(ARCHER)音楽家(MUSICIAN)(BLAZE)電気(ELECTRIC)。主に海翔が使っているレコードカードが纏めて置かれていた。

 

「一体どこから・・・」

 

 海翔はあたりを見渡すが、らしき人影は存在しない。訝しく思いながらもウォーリアープレイスターが暴れている現在、少しでも時間短縮が行われたのは幸運だ。

 

「で、どこから出れるんだろう・・・」

 

 すぐにでも現場に駆け付けたいが、今居る場所がどこなのか海翔には皆目見当もつかない。先ほど明奈に言った言い訳はある意味で正しいといえる。

 

「困ってるみてーだな」

 

 途方に暮れていると、海翔から少し離れた場所、曲がり角から海翔に声が掛けられる。男と思われる声の主は海翔に姿を見せず、曲がり角から左腕のみを出している。

 

「貴方は・・・?」

 

「何、通りすがりの科学者だ。そんな事よりもお前、ウォーリアープレイスターのところに向かいたいんだろ?」

 

 そう言って、姿は晒さずに器用に一本の鍵を海翔に向けて放り投げる。それは海翔が乗っているバイクの鍵。撤収する際に路肩に留められていたそれも回収されていたのだ。

 

「ありがとうございます!これで・・・」

 

「おっと、待ちな。その前に一つ質問させてもらうぜ」

 

 駆けだそうとした海翔を制止させる。

 

「このまま戦えばいずれ記憶は戻るだろうよ。でもな、薄々感づいてはいるとは思うがそれはクソッタレな内容だ。それこそ思い出すんじゃなかった、って後悔するほどにはな」

 

「・・・」

 

「それでも、お前は戦うか?」

 

 表情は見えないが、男はかなり海翔のことを気遣っている。見知らぬ男の言葉だが、その声に何処か安心する自分がいた。

 

「・・・大丈夫ですよ、僕は一人じゃない。間違ってたらすぐに叩き直してくれる、頼りになる人がいるので」

 

 ちょっとおっかないところはありますけど、と海翔は心の中で付け足した。

 

「・・・そうかよ」

 

 海翔の答えを聞いた男は満足そうに呟いた―――気配がした。

 

「そんなお前に一つ助言してやる。『お前はどんな自分になりたい』?何、今答える必要はねえよ。ただここぞという時にこの言葉を思い出しな」

 

 言葉の意図が分からず、海翔は首を傾げる。それを無視して男は海翔の方を指さす。

 

「奥の廊下の突き当り、左の階段を上った先にお前のバイクが格納されてる。目的地は設定してあっから、それに従え」

 

 そう言うなり、じゃあな、と言い残し腕は引っ込んだ。

 

「―――ありがとうございます!」

 

 既に聞こえないかもしれないが、男に礼を言ってから海翔は指し示された方向へと駆け出した。曲がり角では昭人が壁にもたれ掛かり、どこか満足げな表情をしていた。

 




続く!(迫真)
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