「―――よし、出来たっス!」
日野森学園の二階、子供たちの中では最年長の高校生3人+1人が集った一室に優月の歓喜の声が響いた。彼女の正面の机の上には手製のスクラップが置かれている。
貼られている写真はどれもぼやけていたりと不明瞭。だが写っているものは何となく読み解ける。白のアンダースーツと鎧、身体の横側に青のラインが走る戦士。仮面ライダーヒュームの写真だ。
世間一般にプレイスターの存在を隠すため、必然的に仮面ライダーたちの情報も隠匿されている。よって戦闘後の後始末として零課は徹底的に彼らの痕跡を揉み消すべく躍起になっているが、時代は情報社会。どうしても網から逃れる写真は現れてしまう。見つけ次第消去しているが、その間に保存され、再び出回るなど日常茶飯事なのだ。
「おい、そんなもん作るために集まったんじゃねえぞ」
必死になって集めたコレクションを眺める優月に、愛斗が苦言を呈する。他三人の前にはテキストが積まれている。中でも愛斗の量は湊や里奈と比較しても多い。
「自分はとっくに終わらせてるっスからね~。そもそもギリギリまで溜め込む方が悪いっスよ」
「・・・チッ」
舌打ちする愛斗。癪に障る言い方に普段なら噛みつくが、今回非は明らかにこちらにある。忌々しく思いながらも引き下がらずを得なかった。
「(優月ちゃんは凄いよね。前回のテストも学年上位だったんでしょ?)」
「ま、当然っスけど?」
「おい湊、あんま調子に乗らすなっての」
湊の賞賛に、胸を張る優月。気のせいか、鼻が数センチ伸びているような錯覚さえ覚える。
「とか言って、サボってる宿題があったりして」
「ちょ、ちょっとゆづっち、目を離したすきに鞄を漁るのはやめるっス!」
言い終わらないうちに里奈が優月の鞄に手を掛ける。慌てて制止したが一歩遅く、里奈の手が優月の鞄を逆さまにした。
「・・・あ」
里奈が持ち上げたとき、鞄から重量は感じなかった。だからこそひっくり返したわけだが、その鞄の中から一枚の皺くちゃのプリントが一枚落下し、ひらりひらりと彼らが囲む机の中心に舞い降りた。
「うあー!見ないでっス!」
全身で覆いかぶさったが時すでに遅し。既に内容が愛斗によって読み取られた後だった。
「『進路希望調査』?・・・うーわお前、それ確か一か月くらい前のやつじゃねえか」
「(まだ提出してなかったの!?)」
「よくここまで先延ばしにできたじゃん」
「―――殺してくださいっス」
三人からの視線に耐えきることが出来ず、優月は耳を真っ赤にして床に倒れ伏した。
「冗談はこれくらいで、まじで何で提出しなかったんだ?」
愛斗は優月に問う。端から見ても彼女は優等生だ。勉強は常に成績上位、運動神経も側転くらいは難なくこなす。明るく、問題を起こさず模範的。そんな優月がまさか進路調査を出していなかったとは。何年もの付き合いになるがまだまだ知らないところはあるものだと、しみじみと思う愛斗である。
「だって、何書いたらいいか分かんなかったし・・・」
そう言う優月の声に、いつものはつらつとしたものは無い。どうしたものかと考えているとおもむろに起き上がり、三人に向かって問いかけた。
「そういう皆はどう書いたんスか!?」
恥ずかしさを振り払うように大声で。そんな彼女の心境を知ってか知らずか、彼らは彼女の問いに素直に答えた。
「俺は勿論『資格を取って日野森学園で働く』って書いたよ」
「(僕も同じ。話せない自分でしか助けられない子供たちが、きっといるだろうから)」
二人の回答は優月でも簡単に予想できた。二人ともこの家に救われた。自分も他の誰かを、と思うのは何も不思議なことではない。
「りなっちは?」
「ウチはデザイン関連の大学に行きたいかな。ウチらと同じような境遇の人にも存分におしゃれを楽しんで欲しい―――って、改めて口にするとなんか恥ずいね」
思わず耳を赤らめてしまう里奈。だが優月はため息を吐いてしまう。きちんと将来を見据えている同世代とまるで見えない自分の未来を比較し、心に僅かな影が落ちる。
「意外といえば意外だな。どうせお前は有村教会を継ぐと考えてたぞ」
「なーんか違うんスよね。こう、どこか噛みあわないというか・・・」
「ま、そんな深刻に考えることもないっしょ。卒業するまでまだまだ時間はあるんだしさ」
他愛のない会話をしながら日常を過ごす四人組。その平和が薄氷の上に成り立っているものであることを、彼らはまだ知らない。
「命令だ。対象二名を即刻排除せよ」
「「「「
ヒュームと刃狼アーマードを眼下に収め、冷酷に言い放つクロウ。本当に同じ人間が変身しているのか、ついそう思ってしまうほどに温度を感じられない声であった。
クロウの命令を躊躇いなく承諾するアントトルーパーたち。いつの間にか空だった手にはアサルトライフルが握られており、銃口を二人に向けている。
「「―――ッ!」」
二人は左右それぞれに回避する。その瞬間、立っていた場所に銃弾の雨が降り注ぐ。コンクリートは削り取られたかのような跡が残り、異様な威力からレコードカード由来の物品であることが推測できる。
背筋に冷たいものが流れる。命中してしまえばいくら仮面ライダーであってもダメージは避けられないだろう。
ヒュームはエヴィデンスセイバーで、刃狼アーマードはインベスティセイバーで銃弾を弾く。しかしアントトルーパーの持つ銃は玉切れを起こす様子はない。
何処かで反撃しなければいけない。内心で焦る刃狼アーマードに、ヒュームが口元を寄せる。
「空賀さん―――」
すれ違った一瞬、端的に作戦を告げてヒュームは離れる。「乗るかどうかは一任する」と言い残して。
思わず口元から笑いが込み上げる。彼は何処までも自分を信じてくれる。一度は刃を向けたにも関わらず、だ。
ここで断れば、漢が廃るというものだろう。
「―――しゃあないか。こっちや!」
挑発するように声を上げ、射線を切るために刃狼アーマードは近くの店の中に飛び込む。幸いと言うべきか、店主その他は既に避難したようだ。
一方のヒュームは静かに刃狼アーマードとは真反対の位置へと駆け出す。彼の方へ向かったのは二体。過半数をこちらへ釣りあげることが出来た。
陳列棚を倒して即席のバリケードに仕立て上げる。が、それも銃弾によって見る見るうちに削り取られてゆく。その様は銃器と言うよりは重機。たかが数mmの物体が齎していい惨状ではない。
《1
だが時間は稼げた。それは刃狼アーマードに反撃するには充分であった。
《Wolf And Wind Slash Pride!》
刃狼アーマードはバリケードの外に向けて「何か」を投擲する。それは配給されている手榴弾―――ではなくもともと棚に並べられていた商品の空き瓶。しかし『
大地を踏みしめ、瓶を投げた反対側から一気に駆け抜ける。目指すは店の最奥に備え付けられているレジカウンター。陳列棚のそれよりは長く保てるだろう。
当然刃狼アーマードの行動に勘付く個体も現れる。だがその個体の視点は即座に暗転することになる。
インベスティセイバーを腰のホルダーに納刀し、右手で柄に、左手を鯉口に据える。刀身は生身ではなく、青色の風が纏わりつき鞘のような形状を取っている。
彼がとっている構えは抜刀術の構え。カウンター裏に飛び込みながらアントトルーパーの方を振り向き、隙だらけの個体に向けて抜刀した。
脅威の反射神経によって打ち出された銃弾を風の刃は難なく飲み込み、アントトルーパーの首を切断した。
噴水の如く噴き出す血液はあたりを真紅に染める。だが仲間がやられたというにも関わらず、他の個体は悲しむでも憤慨するでもなく、刃狼アーマードに向けて銃口を向け続ける。
まるで機械化のような動作に、薄ら寒いものを覚える。だが、役割は十分に果たした。
《THIS IS ARTIFICIAL POWER!YOU ARE HUMAN!》
どこからともなく電子音が鳴り響く。待ちわびた福音に、仮面の奥で笑みを浮かべる。
《DON'T FORGET THIS ANSWER》
黄色い閃光が走る。異変に気が付いたのか、アントトルーパーの意識は刃狼アーマードから反れ、警戒するように互いに背中を合わせて死角なく射撃を行う。
しかし、結果としてそれは無駄な抵抗に終わる。弾速は銃器によってそれぞれ異なる。拳銃であれば初速約340m/sほど。ライフルであればマッハの領域に容易く至る。意図して回避できるものではなく、幸運に委ねるしかない。
だが今の彼に比べれば欠伸が出るような速さだ。電流の速さは電流の伝わる強さ、電流の伝わる速さは光の速さとほぼ同じ。秒速に変換すると約30km/s。当然ながらエレクトリックヒューマンフォームの速度≠光速ではあるが、それでも銃弾を避けるのは赤子の手を捻るよりも容易い。
だがその速度を制御する彼の脳、筋肉には多大な負荷がかかる。例えレコードカードの加護があったとしても、だ。限界で1分。だが限界に達してしまえば一週間はまともに動くことは出来ない。後のクロウとの戦いに備えるならば20秒が妥当だろう。
―――残り15秒
その驚異的なスピードと引き換えに、エレクトリックヒューマンフォームはその他のスペックが大幅に減少している。刃狼アーマードだ熟したように、首を掻っ切るような真似は出来ない。
―――残り13秒
択としてはブレイズヒューマンフォームへとフォームチェンジするというものがある。しかしチェンジするまでの数秒間、エレクトリックレコードカードの力が消失し、その間にハチの巣になるだろう。
―――残り11秒
では、どうするか。―――あるではないか、明確な彼らの弱点が。
―――残り10秒
《AUTHENTICATION!WHAT'S HAPPENED?》
エヴィデンスドライバーの起動させ、E-ジェネレーションバックルのバックルを高速で回す。その間にもアントトルーパーは銃器を乱射するが、それは一発たりともヒュームに当たることはなかった。
無数に現れるヒュームの影。アントトルーパーの一個体ごとの正面に出現し包囲。それはまるで電気の檻。逃れようとしても既に手遅れだ。
―――残り8秒
狙うはアントトルーパーの腰。彼らが変化する際に操作した、肉体に埋め込まれている器具。その程度ならエレクトリックヒューマンフォームの力でも充分に破壊できる。
《ALL RIGHT!ELECTRIC HUMAN DESTROY!》
影が一斉に動く。それはただのデータではない、全て実態を持った存在。高速で動くが故、何とか姿を捉えることが出来ても影としか認識することが出来ないのだ。
歯車が高速で動き、電気を纏った足を突き出した。蹴りは驚くほどスムーズに吸い込まれほぼ同時に器具を叩き壊した。
「「「―――」」」
器具を破壊されたアントトルーパーは目の明かりを喪失させ、音を立ててその場で崩れ落ちた。持っていた銃火器も消失しており、完全に機能を停止しているようだ。
―――残り3秒
機能停止を見届けたヒュームは急いでドライバーからE-ジェネレーションバックルを取り外す。足に装着されていた歯車とコイルは光の粒子となって消失、横のラインも元の青色に戻った。
かなり余裕を持って時間を設定したはずだが、軽い倦怠感を感じていた。そんなことはおくびにも出さず、ヒュームは冷静にクロウに告げる。
「さて、これで二対一だ」
「次はアンタを叩かせてもらうで」
「フン、それは遠慮させてもらおう」
戦意を漲らせる二人。彼らとは裏腹にクロウに戦う意思は無いようで、銃口を彼らに向けていない。
「データは十分。クライアントも満足してくれるだろうよ」
「(クライアント?)・・・まさか」
「と、その前に仕事は果たさせてもらおう」
クロウの言葉に海翔は訝しむ。クロウは
思考の海に沈むヒューム。そんな彼を余所にクロウは真紅のスイッチを取り出し、深く押し込んだ。
「「―――ッ!」」
異変を感じ、二人はその場から大きく跳躍する。その判断は杞憂では無かった。地面に伏していたアントトルーパーたちが、業炎と共に大爆発したのだ。
「アンタなぁ!」
憤りと共に刃狼アーマードが刀を向ける。だが既にクロウはそこにはなく、残ったのは破壊された町とパチパチと燃え続ける炎、そして二人の戦士だけだった。
「―――チッ」
舌打ちを残し、変身を解除した景虎。そのまま支給されているスマートフォンで零課本部と連絡を取り始めた。
「見とったやろ。直ぐに回収班だしや」
そんな彼を尻目に、海翔は燃え続けるアントトルーパーの一体に近づく。爆発する直前、海翔は腹部と頭部から炎が噴き出すのを目にした。それが示すのは・・・
「全く嫌なことする奴やで。仏さんを爆破するような奴やったとはな」
「空賀さん」
「なんや?」
「この人たち、レコードカードを使ってませんよ」
「・・・ホンマか?」
訝しむ景虎。だが海翔の表情は真剣そのもの。嘘をついているような雰囲気は微塵も見当たらない。
プレイスターを見たときに感じる、不快感や既視感、親近感と言ったものがごちゃ混ぜになったような複雑な感情がアントトルーパーからは湧き出てこないのだ。
それに大前提としてレコードカードは一つとして同じものは存在しない。考えられるのは二つ。複製したか、或いはレコードカードを元に新たに生み出したか。
「そんな所業をして、
「・・・伊藤クン?」
思わず疑問が口から飛び出す。クライアントの存在も含めて
「この年月で心変わりした?―――いや違う、この前会って分かった。私が彼女を赦さないように、彼女も
「しっかりせんかい!」
海翔の思考は唐突に中断させられた。気が付けば海翔の肩を景虎が大きく揺さぶっていた。
「・・・あれ、どうしたんですか空賀さん」
「どうしたもこうしたも、んな深刻そうな顔されて心配せん奴がおるかい」
「え、僕そんな顔してました?」
「・・・」
いつものどこか抜けたような顔で首を傾げる海翔に、思わずため息を吐いてしまう景虎。完全に毒気を抜かれ、先ほどの言葉の真意を問いただすことが出来なくなってしまう。
彼の異変をもっと真剣に受け止めるべきだった。景虎が後悔するのはもう少し先のことだ。
「いかがでしたでしょうか、防衛大臣殿」
戦場から届けられた画像が打ち切られる。静寂の中、今井は指で机を軽く叩く。彼が思考をまとめている際に無意識に出る癖であることを知っている男は、黙っていまいが口を開くのを待つ。
「ふむ、私としては仮面ライダーの方が兵器として相応しいように見えたが」
戦いの結果からの評価を素直に口に出す。
「ハハハ、確かに性能面としてはそうでしょう。ですが量産性の面では当社の製品の方が何歩も先を行っていると自負しております。まあ我が社としてもこのまま黙ってライダーシステムに後れを取るつもりはありませんが」
今井の不安を男は笑い飛ばす。ライダーシステムとアントトルーパーでは想定されている用途が異なる。ライダーシステムは
「戦争は数です。あの十体で米軍一個師団は優に圧倒できます」
―――人間を蹂躙するために生み出されたシステムだ。
今井はもう一度男から手渡された資料に目をやる。勿論、この資料は表に出ることはない。
「補給を必要とせず、いかなる命令にも「YES」と返し、反乱を起こすこともない理想の兵士、か」
「付け加えるなら素養も必要としません。屈強な男も、華奢な女も、枯れ果てた老人も、小柄な子供も。一様にこの無慈悲な兵士に仕立て上げることが出来ます」
言い終えると男は黙った。言うべきことは全て言った。であるならばこれ以上は蛇足。ある種の確信を持って今井の言葉を待つ。
たっぷり一分、部屋を沈黙が支配する。しかし男は余裕を絶やさない。
「―――よろしい、契約に応じよう」
「ありがとうございます」
座ったまま男は深々と頭を下げる。今井に促されて頭を上げたときには、両者の間の机の上には一枚の紙きれが置かれていた。
「ではここに印を押してもらう。なお資金に関しては南米の各銀行を通してからそちらに渡す故、届くのは一週間ほど後になるが」
「いえいえ。こちらは援助を受ける立場ですので、文句は一切ございません。我々も契約に則り、防衛大臣殿以外にこの商品を販売いたしません。加えて販売した商品に関しては私共は一切口を出しません。お好きに運用なさってください」
二枚の紙にそれぞれ印を押しながら、お互いに契約内容を口頭で念押しする。契約書が完成したのを見届けると、男はそのうちの一枚を持って立ち上がる。
「では名残惜しいですがこの辺りで」
「うむ、ご苦労であった」
ゆっくりと扉が閉められ、革靴が床を叩く音が遠ざかってゆく。
一人部屋に残された今井。本来なら自らも早急にこの場を離れなければいけないのだが、身を焦がすような快感から立ち上がる気にはならなかった。
「そう、そうだ。日本は強くなくてはならないのだ。そのためには軍事力がいる。9条で曖昧となっている自衛隊などではなく、米国や中国を圧倒できるような軍事力が」
もはや後戻りはできない。その高揚感が今井の黒い野望を剥ぎ出させる。
今井は生粋の
「軟弱な日野も、老いぼれた小野田のジジイも、レコードカードを独占しようという松下の若造も必要ない!私と、私に忠実なる兵士こそが日本を守護するのだ!」
哄笑が部屋に響き渡る。その笑いは未来を守らんとする者のものではない。自身の野望が今にも達成されんとする、黒い笑い声であった。
「―――今の話、本当なんでしょうね?」
「ええ。神に誓って」
一方同じころ、明奈は思わず祈里に問いかけていた。
全て聞いた。祈里の過去、海翔が生み出された背景、そして海翔が持つ不思議な力に対する祈里の考え。明奈は相手が嘘を吐いているかどうかわかる。だがその明奈でも思わず聞き返してしまうほど、祈里の話は現実味が無かった。
明奈が採用したのはその一言に尽きる。混乱する思考を無理やりに脳の片隅に押しやって、確保したリソースで言葉を紡ぐ。混乱していることは死んでも相手には読ませない。必死になって冷静さを取り繕う。
「―――質問が三つあるわ」
「ええ、なんでも聞いてください。もはや貴女に隠し事はありません」
祈里は穏やかに、まるで憑き物が落ちたかのように話す。
「一つは海翔の寿命よ。人工的に生み出され、
「人工生命体は長くは生きられない」。SFなどでよく見る設定だが、当事者からすれば笑い事ではない。
最悪を想定する明奈に、優しく安心させるように微笑みながら祈里は口を開く。
「それに関しては心配する必要はありません。先ほど述べたように良くも悪くも彼はヒュームレコードカードの影響を受けています。寿命に関しては普通の人間と大差ないでしょう」
その言葉に一先ずは安堵する明奈。しかし、気を緩めることは出来ない。
「二つ目よ。なぜあなたは海翔のそばにいるの?」
「それに関しては全くの偶然です。私も彼の姿を見たとき、ひどく動揺したものです」
昔の話ですが、とどこか懐かしむように言う祈里。思い返してみれば初対面から半年ほど、祈里は海翔を避けていた―――ような気がする。
ここまでは前座。明奈が真に探りたいのは三つ目だ。
「最後よ。なぜ海翔の過去をアイツに話さない?」
「―――貴女は分かっているのではありませんか?」
ああ、そうか。祈里の言葉で明奈の疑惑は確信に変わった。
海翔に過去を思い出させてはいけない。もしも思い出してしまったら―――おそらくではあるが―――
考えても見てほしい。エヴィデンスドライバーといいE-ジェネレーションバックルといい、海翔が望めばヒューマンレコードカードはそれを叶えてきた。
だが海翔があれほど渇望しているというのに、記憶をよみがえらせる気配は微塵も見られない。まるで、カード自身がそれを望まぬかのように。
「それで、私をどうしますか?」
「一発殴って零課に突き出すつもりだったけど、そうしないでおいてあげる」
「・・・別に、そうしてくれてもいいのですけどねぇ」
祈里は墓石を見ながら悲し気に呟く。明奈は彼は罰を望む囚人であるかのように見えた。
「それは
そう言いながら明奈はポケットからスマホを取り出す。どうやら事前に張っていた予防策は必要なかったようだ、と自身の懐疑心の強さを自嘲しながら後始末をしようとしたそのとき―――
「―――ッ!明奈君!」
祈里の切羽詰まった叫び声と共に、バン、と乾いた音があたりに響く。
「は―――」
突然の出来事に明奈は呆然となる。彼女を狙って放たれた弾丸は
「―――腐っても鯛とはこのことでしょうか」
物陰から現れたのは眼鏡をかけた軍服姿の青年。祈里と同じく丁寧な言葉遣いであるが、彼のそれとは異なり温かさ、感情というものは全くと言っていいほど感じさせない。
持っていた拳銃をその場で捨て、
「ですがその力は随分と衰えている様だ。たった数度の、それも小さな奇跡でこの有様だとは」
ポタポタと滴る血液。しかしそれは外傷によるものではない。内側からの力に耐えきれなかったかのように、目や口から血を吐き出していた。
「ハアハア・・・
「10余年ぶりにようやく捉えました。―――裏切者の
お互いに怪人の姿にはなっていない。しかし銃弾を逸らした祈里の力は人の域を超えており、加えて
「どうやら奇跡はここで打ち止めの様ですね。
試し振りのように手刀を軽く振る。鋭利な刃物で切り捨てられたかのように、鋭利な断面を残して木の幹が切断される。人の身体を両断することなど彼にとっては容易いことだろう。
「グッ・・・」
祈里は明奈を庇うように立つが、更に血を吐き出してそのまま跪いてしまう。ギロチンの刃のように振りかざされる手刀。明奈は余りの圧力にその場を動―――
「させないっての!」
―――いた。血を吐いて苦し気に呻く祈里を思い切り引っ張り、死神の鎌の射程圏外へと彼を連れ出した。
死の圧力は数か月前にも味わった。あの時は動けなかった。そのせいで海翔に積み荷を背負わせた。二度とあの後悔はしてたまるか。
たかが一瞬、されど一瞬。彼らの命運はその瞬間に逆転した。
《Beetle Strike Growing!》
緑の槍が
「何とか間に合ったみたいね~」
明奈、祈里の二名と
「・・・仮面ライダーか」
知性を感じさせる言動に、ストラスの警戒レベルが跳ね上がる。脳裏によぎるのは以前に戦ったウォーリアープレイスター。あのレベルであればストラス単騎では勝ち目が薄い。
「それで、ここで戦うかしらぁ?」
敢えて挑発するように言う。
「フン。特定した今、裏切者は何時でも始末できます。ここは撤退させていただきましょう」
想定通り。メガネを整えるとプレイスター特有の身体能力でその場から姿を消した。しかしストラスは油断しない。周囲に張り込んでいる隊員から完全に姿を消したことが報告されると、ようやく変身を解いた。
「来てくれて助かったわ、芦屋さん」
緊張が解け、明奈はその場でへたり込む。
「いえいえ~。小川さんが秘密裏に連絡を取ってくれたからですよぅ。それにしてもよく知っていましたね~」
零課には日本の半数以上の監視カメラをリアルタイムで閲覧している組織だからこその通信方法が幾つかある。事前にそれらを仕入れていた明奈は監視カメラを通してSOS信号を送信、スマートフォンのGPS信号を辿らせることで夕夏たちをここまで誘導したのだ。
「ゴホ・・・流石抜け目ありませんね。貴女らしい・・・ゴホゴホ」
咳き込みながらも祈里は嘆息する。海翔のように無条件で人間を信用するほど、明奈は性格がよくない。それが例え自分に近しい人間だとしても、だ。彼女が家族以外に心を開く人間は片手で数えるほどだ。
血はおさまったものの、依然として苦しそうに咳き込む祈里。そんな彼に夕夏が無慈悲に告げる。
「日野森学園で何度か会いましたね~、有村祈里さん。申し訳ありませんがあなたを重要参考人として拘束します」
「―――貴女も聞いていましたか」
「いえ~?ですがあの男はあなたを『裏切者』と呼んでいました~。その件に関してゆっくりお話を聞きたいですねぇ~」
口調は普段とは変わらない。しかし眼光は獣のように鋭く、何度も視線を超えた戦士に相応しい。
「拒否権は?」
「ありませんねぇ~。ここで殺さないだけありがたいと思っていただきたいです~」
零課はプレイスターによって人生を滅茶苦茶にされた人間が大半を占めている。夕夏自身、何時殺害命令が出るかヒヤヒヤしている。祈里とは交流がある。できれば、というか普通に殺したくはない。
「・・・分かりました、同行しましょう」
だから、祈里の言葉に一番安堵したのは夕夏だった。夕夏に支えられながら何とか立ち上がる祈里。ゆっくりと歩き出したその時、背後から言葉が投げられる。
「変なこと考えるんじゃないわよ」
「・・・」
「アンタが全部話して首を吊ったとしても海翔は悲しむだけ。優月もそうよ。アンタ、あの子に恩があるんでしょ?返しきるまで死ぬのは私が許さない。死んだら一発殴るから」
「・・・肝に、銘じておきましょう」
深夜、甲斐コーポレーションの支部の一つにて。
「・・・」
都内に構えられたビルの一室、数多のパソコンが並べられたこの場所で亮介はひたすらにキーボードを叩いていた。既に彼以外の人間は帰宅している。残業を強制するような、所謂ブラック企業では決してない。彼がここにいるのは偏に自業自得である。
「クッソ、日野森学園でゆっくりしすぎちまった・・・」
悪態をつくが時すでに遅し。渋滞に巻き込まれたのか、それとも別の要因か。記憶は曖昧だが、確かなのは亮介が再びこの席に着いたのは午前を優に過ぎたころであったことだけ。
後れを取り戻すためにとれる手段はただ一つ。そう、サビ残である。
「・・・」
カフェインで何とか意識を保たせながら、ひたすらにデータを打ち込んでゆく。特に眠気を誘う作業が残っていたという事実に「神はいないのか」と絶望したのは一時間以上前のことだった。
(まあ知ってたけど)
だがそれももう終わる。最後のデータを打ち込んだ後、亮介はその場で大きく腕を伸ばした。
「終わっ、たぁ!」
気のせいか、学生の頃よりも体に自由が利かなくなったような気がする。まだ20歳も前半であるのに、30、40に成ったらどうなるのか、今から戦々恐々としている亮介であった。
もうすぐ日付が変わる。普通なら即座に帰宅するところだが、午前中の海翔たちとの会話が引っ掛かっていた。
「雪村アリサって確か・・・」
スマートフォンで彼女の名前を検索する。流石レオナルドダヴィンチの生まれ変わりとも評された大天才。某百科事典にもまとめられており、亮介は即座にページを開くと、最下層付近へと一気にスクロールした。
「この会社・・・ビンゴ。やっぱりか」
アリサが最後に勤めていた会社、それは甲斐コーポレーションの系列の会社であった。
「だいぶ前、アリサって人が入社した直後ぐらいに潰れてるのか。・・・実はデータが残っていたり」
幸運だったのか不幸だったのか、この時の亮介は判断力がかなり低下していた。それこそ私用の為に会社のクラウドにアクセスしてしまう程度には。
「あるはずがない」という考えが心を占めていた、と言う点もある。
「―――なんだ、この画面」
しかし悲しいかな、神は亮介に味方しなかった。否、ある意味では味方しているともいえるが。
亮介のパソコンの画面は真っ白に染まり、『IDを入力してください』という一文とテキストボックス、そしてページを消すための赤い×印があるだけだった。
「・・・」
ここで亮介の手が止まる。果たして、この先に進んでいいのだろうか。
私用で会社のデータを閲覧するのは当然叱責の対象になる。データを漏らしたと判断されれば、内容によっては即座に解雇されかねない。それは社長の息子でも変わらない。
だが、と彼は思う。亮介は会社の中でもそこそこの地位に居るが、こんな画面は見たことがないし、噂話にも聞いたことがない。
それに。
(あいつの頼みだもんなあ・・・)
そう、海翔は自覚していないだろうが、亮介は一度海翔に救われている。それこそ、もし海翔がいなければここにいないだろうというレベルで、だ。返しきれないほどの恩を少しでも返済できる絶好の機会だともいえる。
壁にかけられた時計の針だけが亮介の耳に届く。躊躇い悩んだ結果、亮介が結果は。
「・・・俺のIDを入れてみるか」
入れなければ見なかったことにして帰ろう。そう決意してキーボードを叩く。
『ようこそ、担当者様』
Enterキーを押した後、画面に表示された一文である。後戻りできないという、ある種の絶望と共に画面をスクロールしてゆく。
「外に漏らさなきゃ平気、外に漏らさなきゃ平気・・・」
自分に言い聞かせるようにブツブツと呟く。そうしなければすぐさま席から立ってしまいそうで。
画面には大量のデータ、論文が保存されていた。亮介は目についた、一つのデータをクリックする。
「『プロジェクト・ヒューム』?・・・なんでこの名前が」
偶然か?そう考えるころには既にデータは画面に表示されていた。海翔が使用している仮面ライダーの名前、それを冠した計画となれば誘引されるのも仕方がない。
だが亮介はその内容に絶句することになる。
「・・・は?」
マウスを操作する手が止まらない。先ほどまでの逡巡は綺麗さっぱり消え失せた。あるのは戸惑いと、怒りである。
「なんだこれ・・・何だよこれ!こんなもんにウチが加担してたのかよッ!」
憤りに任せてキーボードを思い切り叩く。息が荒い。思わず口元を抑えてしまう。
『上記のように研究対象は人であって、人ではない。よって計画名は人間の英語表記HUMANからANを除去し、プロジェクト・
「ハハッ・・・」
最後の一文を呼んだ時には、思わず乾いた笑みが漏れるだけだった。この場でパソコンを叩き壊したくなる衝動を抑え、亮介は必死に心落ち着かせる。
「落ち着け、落ち着け・・・ひとまず警察に知らせ」
そこまで考えたとき、亮介の意識が朦朧とし始める。寝不足によるものではない。その証拠に頭痛の類は発生していない。
まともに立つことすら出来なくなり、椅子にもたれ掛かるように座る。手からは通報すべく取り出していたすめーとフォンがポロリと零れ落ちた。しかし今の亮介にそれを気にすることすら出来ない。
「誰かと思ったら、やっぱり貴方だったのね」
コツコツ、と何者かが亮介の背後に立つ。いや、立っているのは本当に背後なのか。どこから声が聞こえるのか、それが男の声か女の声かすら亮介には認識できない。
「ゆっくり眠りなさい。大丈夫、目が覚める時には何もかも忘れているわ」
その言葉と共に、亮介の意識は泥濘へと溺れてゆく。その感覚は退廃的で、原始的で、心地よいものだった。
(海、翔・・・)
亮介は必死に手を伸ばす。しかしその手を誰かが掴むことはない。視界が暗闇に染まるのと同時に、亮介の意識は完全に消失した。
灯台下暗し、ってやつ