よう実 √A   作:日彗

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第六話 龍園 翔

 

 葛城くんを中心にして方針を早々に決めたAクラス。どうやら葛城くんにはスポットの位置に心当たりがあるらしく戸塚くんを連れて先に森の奥へと足を踏み入れた。残りのクラスメイトも複数の班に分かれて集合時間を決めた後に島の探索に取り掛かっていく。この行動の速さはさすがはAクラスといったところだろう。

 

 そんな中、俺は神室さんとともに森の中を歩いていた。

 

「神室さん。今回の試験について作戦を考えたから協力して欲しい」

「大丈夫なのそれ。考えるも何も試験の説明を受けたばかりじゃない。他クラスの連中がどう行動するかもわからないのに」

 

 神室さんの心配は正しい。追加ルールのリーダー当てを考えるならまず他クラスの動向を探らなければならない。作戦など立てるのはその後だ。

 だがそれは一般的な話。こと俺にとっては関係ない。

 

「その辺はあまり気にしなくていい。あまり難しいことを頼むつもりはないけど、ちょっとだけ複雑だから気合は入れてくれ」

「……はいはい。で、あんたはこの試験どういう結果を目指すわけ?」

「そりゃあ完全勝利一択だろ。全てのクラスのリーダーを当てた上でAクラスのリーダーを間違わせる」

「か、簡単に言うけどあんた、それがどれだけ無茶な事かわかってるわけ……?」

 

 ふむ? よく分からないことを言う子だ。そんなに無茶ではないと思うのだが。

 

「安心していいよ。他クラスがどういう行動に出ても基本的に関係ないし、その都度作戦は更新できる。むしろ問題なのはAクラス内のことなんだ。だからクラスを纏めるちょっとした手伝いをお願いしたい」

「………は? 私が?」

「うん。だって坂柳さんいないし。彼女からは君を頼るよう言われたから」

 

 神室さんがあまり前に出ないタイプの人なのはよくわかっている。だが今回は他に代役がいないためどうしても彼女にやってもらう他ない。

 

「……やれるだけのことはやるけど、あんまり期待しないでよ。むかつくけど葛城相手に渡り合えるとは思ってない」

「別に渡り合う必要はないよ。とりあえずこれから先に起こること全てとやって欲しい事について話すからよく聞いておいてほしい。それと人がいるところではあまり接触しないように」

「頭が痛くなってきたわ……こんなの引き受けるんじゃなかった……」

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 森の中を歩き続ける事15分。俺が予測演算したこの試験の終了とその過程を事細かく話ながら歩いていると、目的地にしていた洞窟が姿を現した。

 途中から明らかに人が切り開いた道が出てきたためそろそろスポットが見つかると思っていたが、案の定だったらしい。

 

「やっと着いたな」

「……ねえ。ここに来るまで一切迷わず真っ直ぐに歩いて来たけど、もしかしてここに洞窟があるって知ってたの?」

「もち」

 

 歩き慣れていない森の中を歩きながら話をしていたため、彼女にも疲労が蓄積されている。あまり元気が無さそうだ。

 まあ、俺の作戦と指示を理解しようと頭を回していたから仕方がないだろう。俺も概要くらいしか説明していないため、続きは試験が終わった後にしてもらいたい。

 

「この洞窟って天然? ……って、あそこにいるの葛城たちじゃない」

「む。そこにいるのは……神室と星川か。お前たちもここを目星にしていたのか?」

 

 洞窟の中から出てきたのは一足先に森の中に入って行った葛城くんと戸塚くんだった。さすがAクラスのリーダー。彼もどうやらこの場所に目星をつけていたらしい。

 だが葛城くんが手に持っている物が気になる。あれが恐らくリーダーの証であるキーカードだろう。それをまるで見せびらかすように葛城くんが持っているということは、俺の予測通りに事は進んでいるようだ。

 

「いや、俺たちはただ森の中を探索してたんだけど、切り開いた道が出てきたからもしかしてと思ってね。葛城くんたちこそもしかしてここに洞窟があるって知ってたのか?」

「む、そうだったのか……。ああ、ここに洞窟があることは上陸前から目星が付いていた。船が島の外周を一周したときにな」

「へえ。さすがだね葛城くん。俺はただ島が綺麗だなとしか思わなかったよ」

 

 葛城くんとはまともに話したことないが、ここ最近は坂柳さんたちと共に人と会話をする練習を積んだおかげで入学当時より大分マシになった気がする。

 だが彼の方は俺の事よりもとなりの神室さんの方を警戒しているようだ。彼女は坂柳さんの右腕としてクラスに周知されているため仕方がないだろう。

 

 神室さんに目線だけで指示を出す。神室さんはその意味を理解してくれたのか葛城くんに向けてこう言った。

 

「そんな話はどうだっていいわよ。それで、そこの洞窟はスポットだったわけ?」

「おい神室! なんだその口の利き方はっ!」

「待て弥彦。今はそんな場合ではない。……神室、お前が今回坂柳からどんな指示を受けているか知らないが、試験の時くらいはクラスで協力して───」

「坂柳の指示なんてないわよ。いくらあいつでも告知されていない試験の内容を事前に把握できるわけないでしょ。そもそも私だって好きで従ってるんじゃないっての」

 

 葛城くんの話を遮って、神室さんは鋭い視線をぶつける。それにさすがの葛城くんもひるんだように口を包んだ。

 わかるよ。女子の睨みってなんか怖いよね。

 

「それで、質問の答えは?」

「あ、ああ……この洞窟はやはりスポットだった。既に俺たちで押さえてある」

 

 そう言って葛城くんは手に持っていたキーカードを掲げた。これは万が一他クラスに見られても自分がリーダーだと間違わせるための保険だろう。

 

「そ。ならここに用はないわね。他のスポットを探しに行くわ」

「俺たちもあと二ヵ所ほど目星がある。そこを周っていくつもりだが、ベースキャンプはこの洞窟にしようと思う。もしAクラスの生徒に会ったら伝えておいて欲しい」

 

 それに対して神室さんはヒラヒラと手を振って歩き出す。俺も数秒遅れて彼女の後を追った。

 なんだ、やれば出来るじゃないか。この試験で俺が自由に動かせるのは彼女だけだが、これならば問題ないだろう。

 

 再び森の中に入り、歩くこと二分。十分離れたころになって神室さんが口を開いた。

 

「馬鹿じゃないのあいつら。たった二人しかいないときにスポットを占有したらリーダー当ての確率が40分の1から2分の1になるじゃない。ったく、他のクラスの連中がいなかったからよかったものの……」

「いや、Dクラスの生徒がいたよ。草陰に二人。会話もばっちり聞かれてると思う」

 

 何もないかのように衝撃の事実を伝えると、神室さんは絶句して頭を押さえた。

 

「ど、どうすんのよそれ。初っ端から最悪の展開じゃない……」

「まあ、そこに関しては気にしなくていいよ。むしろ作戦通りだ。問題はこの後……て言っても実際に行動するのはもう少し先になるかな」

 

 木に背中を預けるようにして体を休ませる。

 なぜわざわざあの洞窟にまで足を運んだのかと言えば、それは葛城くんがちゃんとスポットを占有したのか確認するためだ。

 実際のリーダーは彼ではなく戸塚くんだろう。恐らく葛城くんは制止したはずだが、彼はそれよりも早くキーカードを使って占有してしまった。

 占有すると傍にある機械にどこのクラスのものか表示されるらしいし、葛城くんはさぞ焦ったことだろう。なんせ洞窟から出るところを見られただけでAクラスのリーダーは葛城くんと戸塚くんの二人に絞られてしまうのだから。

 それを誤魔化すために葛城くんがキーカードを預かり、わざと見られやすいよう手に持っていた。そして実際にその光景を他クラスの生徒が目撃したということだ。

 

 とりあえず、ここまでは俺の演算通りに進んでいる。あとは噂のCクラスのリーダーがどう行動するか。そして覗き見していたDクラスの生徒、綾小路くんがどう動くかが勝敗に関わってくる。

 まあ、彼らには是非とも気持ちよく動いてもらおう。俺たちは流れに逆らわないように動きつつ結果だけを編纂してしまえばいい。

 自分こそがこの特別試験の全容を把握し、支配していると思い込ませる。一番やってはいけないことは、彼らに違和感を持たせてしまう事だ。

 

「それで、これからどうするの?」

「ん~、とりあえずこの島に生息する動植物を把握しておきたいところだけど、その辺りは後で俺一人になってから調査することにしてのんびりしようか」

「……あんたがそれでいいならいいけど」

 

 現時点でやるべきことは何もない。島の探索も俺一人の方が動きやすい。山奥の田舎で育った俺にとって大自然に囲まれたこの島はとても都合のいい場所だ。逆に神室さんのような人には不利だろう。

 

「予測が外れてくれると多少は面白いんだけどな……」

「え? なんか言った?」

「───ほどほどに休憩したら戻ろうかって言ったんだよ」

 

 つい漏れてしまった本音を飲み込む。

 慣れてない環境で初日から無理をさせてしまうと体調を崩しかねない。坂柳さんを参加させなかった学校の判断は正しかったな。

 

 地面に座り込んでいた神室さんが立ち上がるのを確認して、俺たちは先の集合場所に向けて歩き出す。

 この先の展開がどうなっていくか。クラスのことを考えると演算通りに進んだ方が良いのだろうが、俺個人としてはやはり外れてくれると面白いと思ってしまう。坂柳さんにバレたら怒られてしまいそうだな。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 Aクラス全員が例の洞窟に集まり、ベースキャンプ地として真嶋先生に報告をした後のことだった。

 

「すまないみんな。疲れているところ申し訳ないが、探索結果を話し合う前に少し相談したいことがある」

「相談?」

 

 真剣な表情で語る葛城くんに全員が疑問の声を上げる。

 神室さんに目配せすると、盛大に顔を顰めてため息を吐いていた。なんで?

 

「ああ。おい、こっちへ来てくれ!」

 

 そう言って、後ろを振り返りながら大声で呼びかける葛城くん。

 すると生徒達は道を空けるように脇へとどき、そこから一人の男子生徒が顔を出した。

 う~ん? 見覚えのある顔だ。だがクラスメイトの中には驚いて息を呑む者、悲鳴を上げる者までいる始末。その反応からこの人物が何者なのかは容易に推測できる。

 

「当然知っている者が大半だろうが、一応紹介しておく。こいつはCクラスのリーダー、龍園だ」

「自己紹介なんざどうでもいいだろうが。さっさと要件を話してやれよ葛城」

「貴様に言われなくともわかっている」

 

 ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべるCクラスの暴君、龍園翔が何故Aクラスのベースキャンプにいるのか。その理由について眉間に皺を寄せたままの葛城くんが説明を始める。

 

「まず今回の試験について、俺たちAクラスはCクラスと取引をしようと思っている」

「取引!? それもよりによってCクラスと!?」

 

 生徒の間でざわめきが広がる。それも当然だろう。CクラスとDクラスにあったいざこざはつい最近のこと。そうでなくともCクラスの、特にリーダーである龍園くんの悪い噂は有名だ。この試験で暴力の類が禁止されているとはいえ、警戒しないわけがない。

 

「葛城にはもう話したことだが、こっちも何度も説明する気はねぇからな。簡潔に言ってやる。お前らにウチのクラスのポイントを買い取らせてやるよ」

「はあ!?」

 

 龍園の言葉によって再び騒ぎ始める。

 

「ちょっと待てよ葛城。その龍園が今まで何をして来たか知らないわけじゃないんだろ?」

 

 いまだ騒めきが消えない中、声を投げたのは橋本くんだった。

 彼の言葉にひとつ難しい顔を浮かべて葛城くんは頷きを返す。

 

「無論だ。だがAクラスの勝利のためにもCクラスと取引することには意味があると判断した。ポイントを買い取るという話だが、これはつまりCクラスが購入した物資をそのままこちらに提供する、というものだ」

 

 葛城くんの話を纏めると、つまりこういう事らしい。

 

・CクラスはAクラスに対し、200ポイント相当分の物品を購入して譲渡する。購入する物品はAクラスが自由に指定できる。

・Cクラスは、BクラスとDクラスのリーダーが誰であるかを探り、得た情報をすべてAクラスに伝える。

・Aクラスは卒業まで200ポイント相当のプライベートポイントを毎月Cクラスに支払う。(一月あたり200cp=20,000pp×40)

 

「ここにこうして契約書も用意してある。不満がある奴は目を通せばいい」

 

 そう言って龍園くんは懐から一枚の用紙を取り出した。

 恐らくマニュアルに入っていた白紙のページを破いた物だろう。そこには手書きで『特別合宿ポイント譲渡契約証書』と書かれている。見た目にそぐいて随分と綺麗な字だ。

 契約書を全員が回し読みをし、内容が確かなことを確認していく。

 

「悪い話じゃねぇだろ。そっちは温存した分クラスポイントが手に入る。こっちはその分プライベートポイントが手に入る。どっちにとっても旨味のある話だ」

 

 200ポイントを譲渡するという事は、Cクラスには100ポイントしか残らないという事。40人がこの無人島で一週間生活することを考えるとまず足りないだろう。

 つまり彼は一週間耐えるつもりはないのだ。残った100ポイントを元手に他クラスの情報を探り、他のクラスメイトはリタイアさせる。この試験においてポイントが0を下回ることはない。ポイントをすべて使い切った後ならばリタイアのペナルティも痛くはないだろう。

 

「俺たちCクラスが他クラスのリーダーを探り、お前たちに共有する。あとはリーダーを狙い撃ちだ。それでお前らAクラスは+100ポイント。奴等はそれぞれ-50ポイントとボーナスポイントが消滅する」

 

 龍園くんの説明に納得を示す者が増える。確かにこの話だけを聞けば悪くないと思うかもしれない。上手くいけば試験終了時にクラスポイントが400以上増える可能性すらあるのだ。

 Cクラスのリーダー、龍園。よくぞこの短い時間でそれだけの策を考え出したものだ。その点に関しては賞賛に値する。

 

「俺としてもこれは悪くない取引だと思う。この試験どうあがいてもある程度のポイント使用は避けられない。リーダー当てに関してこの男を信用できるかは別だが、少なくともポイントの取引に限って言えばこちらにとっても悪い話じゃない」

 

 葛城くんの言う通り、この試験はポイントの使用は必須だ。トイレやシャワーが無ければ体調を崩す者が続々と現れるだろう。リタイアする人間が現れるだけでポイントが大幅に減少してしまう。

 プライベートポイントという対価を支払う必要はあるが、それだって結局はクラスポイントが無ければ得られないポイントだ。クラスポイントが増え、他クラスとの差を広げられるのであればこの取引は決して悪くはない。

 

 他の生徒達に関しても、一部警戒心や龍園くんの態度に不満を抱えている者が居るようだが、概ね肯定的なようだった。

 

「………」

 

 橋本くんもこれ以上何も言うつもりはないらしい。そもそも彼は坂柳さんの派閥。俺のことについて話してはいないだろうが、葛城くんの足を引っ張るように言われている可能性がある。

 つまり彼もまたこの取引の最悪のデメリットを理解しているのだ。

 

 葛城くんは全体を見渡し、反対する者がいなくなったことを確認すると龍園くんに向き合う。

 

「龍園、俺たちAクラスはCクラスとの取引に応じる」

「クク、契約成立だな」

 

 契約書を受け取った葛城くんは自身の名前をスラスラと書き込んでいく。

 あ~あ、これで卒業までの間、恒久的に2万ポイントもの負債を背負わされることになった。クラスポイントが潤沢な時はそれでもいいが、仮にAクラスが負けた時のことを考えていないのかね。

 挑戦なくして勝利なし。だがこれではただ無謀なだけだ。

 この学校ではプライベートポイントが何よりも重要になってくる。状況によってはクラスポイントなんぞよりも遥かに、だ。

 今後この契約が葛城くんの首を絞めることになるだろう。意図せず坂柳さんの狙い通りになってしまったわけだ。

 

 まあ、この契約も俺の計画のうちのため問題はない。あとは神室さんがしっかり働いてくれればCクラスが勝利する可能性はゼロになる。

 なんだか他人の尻拭いをさせられるようで気が進まないが、実行するのは俺ではないためここは大人しく飲み込むことにした。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 Cクラスとの取引も終え、各々が拠点づくりに精を出している中、俺はこの島を本格的に探索するために準備を進めることにした。

 準備とは言ってもストレッチをして簡易トイレ用のビニール袋を持っただけなのだが。本当はもう少し頑丈な袋が欲しいが、そんな贅沢も言っていられない。最悪往復してくればいいだろう。

 

「なにあんた、どっかいくの?」

「ちょっと島の探索がてら食材探しに」

 

 ストレッチを終えてジャージの上着を邪魔にならないよう腰に巻き付けていると神室さんが話しかけに来た。

 周囲には人の気配はしない。会話をするとしたら今の内だろう。

 

「こんな島に食材なんてあるの?」

「船の上から畑らしきものが見えた。あと多分だけど果物類もあると思う。いくらCクラスから物資を渡されるとは言っても限度があるからね。入手できるのならしておきたい」

「つっても森の中を一人じゃ危ないでしょ。だれかとペアでも組んだら?」

「そんなに仲の良い人いないし……それにこういう大自然の方が俺は慣れてる。移動のことを考えるとこの方が効率がいいんだよ」

 

 ビニール袋を少し多めにポケットに仕舞い込み、大きく深呼吸をする。

 ああ、やはり自然の中は落ち着く。東京の空気はどうも俺には合わない。隔離された高育ですらそう感じるのだから相当だ。

 

「じゃあ行ってきます」

「何言っても聞かなそうね。怪我してリタイアなんてのはやめてよ」

「りょーかい、ですっ」

 

 返事をするとともに跳びあがり、木の幹を掴むと逆上がりの要領で身体を回転させて幹の上にしゃがみ込む。

 そしてすぐさま足に込めた力を解放して次の木、また次の木へと移動を始めた。

 このペースなら日が暮れるまでに島中を見て回れるだろう。他クラスの生徒に見られないようにだけ気を付けなければ。

 

「なにあれ。新手のターザン……?」

 

 そんな声が遥か後方から聞こえた気がしたが、気のせいという事にする。

 さて、まずは船の上から見えた畑に向かうとしよう。どうせ人の手が入った森だ。何が育てられていようと驚きはしない。

 俺は木の上を飛び回り、時に体操選手のような動きを交えながら目的地へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 高校に進学する前、祖父母とともに暮らしていた田舎では祖父母の手伝い以外に基本することなどなにもない。

 だから、というわけではないが俺は暇があれば近くの山の頂上に建っている寺へよく顔を出しに行っていた。

 

 八重垣寺。

 

 それが寺の名称だった。

 歴史は古いらしいのだが、特に興味もなかったため詳しくは聞いていない。だがそこの住職である八重垣永三郎という名の和尚が我が家との交流があったのだ。

 和尚とは言っても年はそれほどとってはいない。年齢は40後半から50前半。だが外見年齢は30前半から後半といっても通じるだろうといった感じだ。

 剃り上げられ光を反射する頭部。いつも飄々とした笑みを浮かべてはいるも服の下には極限まで鍛え上げられた筋肉が詰まっていることを知っている。

 和尚は遊びに来た俺にいつも武術を教えてくれた。他にやることもなかったため暇つぶしというか、単なる気まぐれのつもりだった。

 和尚の扱う武術は少々特殊で、空手や柔道、合気道とも違う独特なものだ。他にもやれ気配は消すのではなく溶け込ませるだの、常に命の気配を感じろだの訳の分からないことも教えられた。それを習得してしまった自分が言うのもなんだが、何教えてんだあの人は。

 

 一度だけ『こんなの武術じゃねえ! もっと違うなにかだろうが!?』と言ったことがあるが、そういうと和尚は『それは当然だよ。これは武術ではなく忍術。僕の先祖には忍がいたからねえ。もう少し辿れば仙人もいたはずだよ』などとぬかしていた。まったく訳の分からないことを。何が忍術だ馬鹿らしい。確かに身にかかる重力を極限まで減らす術や音を一切立てず行動する術なども教わったが、百歩譲っても忍術ではなく体術だ。

 

 俺が今こうして木の上を飛び回っているのも、その修業の時に和尚から課されたトレーニングメニューの一つだ。習得するのに一ヶ月もかかったんだぞこれ。それまでに何度木から転げ落ちたものか。

 

 と、そんなことを言っていたらいつの間にか畑に到着していた。やはり予想通りここは人の手が加えられているらしい。遠くにはトウモロコシが、この辺りにはスイカが生っている。スイカは川で冷やして食べたいな。恐らく川は既に他クラスに占有されているだろうが、バレなきゃ問題ないよネ。トウモロコシは焼いて醬油を掛ければグッド。祖母ちゃんの特製味噌をかけると美味いんだよなあ。

 

「……なんかホームシックになりかけてきた。持てる分だけ収穫して一度帰ろう」

 

 ビニールを取り出して中にトウモロコシを詰めていく。スイカはさすがに無理だ。こんなのを何個も持って移動したくない。

 できないとは言わないが、一人で三つも四つも持っているところを見られると不自然に思われるだろう。それは坂柳さんからの『目立つな』というお願いに背くことになってしまう。

 少々残念な気持ちはあるが、袋いっぱいに詰め込んだトウモロコシをしっかりと握り、Aクラスの拠点へと走る。

 今度は他の生徒にも手伝ってもらおう。水分の多いスイカは熱中症対策にもいい。となると塩も欲しい所だ。塩も醤油もポイントで購入できるが、せっかくなら自力で調達してみたい。岩塩……はさすがに厳しいだろうし海から採るしかないかな。

 

 試験そっちのけで楽しんでいる自覚はあるが、こればっかりは許してほしい。久しぶりの大自然に故郷を思い出してしまうのだ。

 そんな言い訳を内心で呟きながら木の上を飛び回っていく。その速度は行きの時よりもわずかにだが速かった。

 

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