よう実 √A   作:日彗

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第八話 完全勝利へと続く道➁

 

 この試験も折り返しを迎えて4日目。

 結局俺は朝も昼も島中を駆け回り食料調達に勤しんでいる。

 そりゃあCクラスから物資は貰えるよ? でも採れたての新鮮な野菜には勝てなくない? 勝てないよね? つまりそういうことです。

 

 今日は一休みして魚を釣ることにした。ルアーを使うか餌を使うか。普段釣りなどしたことがないため詳しくないのだが、とりあえず餌の方を試してみよう。よく分からんがミミズ付けとけばいいんだろ? 大丈夫大丈夫、畑を掘り起こしたらウジャウジャ湧いてきたから数だけは用意できている。

 

「この辺りで試してみるか……」

 

 適当に歩きながら釣れそうな場所を探す。思考13番の演算結果によるとこの場所で大物を釣れる確率は88%。探せばもっと高い場所もあるだろうが、今日は一日オフなのだ。バカンスという名目を守るために今日はのんびりと竿を眺めることにしよう。

 

「あんたこんな所にいたわけ?」

 

 ぼーっと海を眺めていた時、ふと背後から声をかけられる。

 

「今日は一日お休みです。七日もあるんだから少しくらいダラけても文句は言われないだろ」

「まあね。実際今回の試験、Cクラスとの取引がある以上これといって何かしなくちゃいけないわけでもないし。点呼に遅れずリタイアもしないのなら自由よ」

「さすがに裏切りはアウトだけどな」

 

 背後に立つ神室さんと振り返らずに会話をする。

 龍園くんとの取引に成功したという報告は受けている。ぶっちゃけ俺がしなくてはいけないことはほとんど残っていない。暇で死にそうだ。

 

「Cクラスはとっくにリタイアしたみたいよ。さっき確認してきたわ」

「そっか。あと島に残ってるのは龍園くんと他クラスに潜り込ませた二人だけ。う~ん、予測通りの結果で退屈だなあ」

「私はあんたの言ってることが当たる度に恐怖を感じてるけどね」

 

 おっと、中々辛辣なことを言われてしまった。仕方がないこととは分かっていてもいざ言われると辛いものだ。

 B、Dクラスは今頃大変だろう。スパイを受け入れてしまった以上、内側から掻き回されるのは自明の理である。ははは、存分に踊ってくれたまえ。

 

「私の仕事は6日目まで何もないのよね?」

「ああ。だから神室さんも休憩してていいよ。龍園くんの送り込んだスパイが動くのもその頃だろうし。ただ……」

「ただ、なによ」

 

 ジッと眺めていた海から視線を外し、空へと向ける。

 肌に触れる風、匂い。思考42番の演算結果によるとこれは。

 

「その日は天気が荒れるな。台風とまではいかなくとも雨風は強くなりそうだ」

「うそ。こんなに晴れてるのに……?」

 

 信じられないのも無理はないが、地元では俺の天気予報は絶対に外れないと評判だったのだ。主におばちゃん達に。

 

「都合が良いか悪いかで言えば、俺としてはあまり良くはないな。雨の中の森を歩くのは慣れてないとしんどい。当日は俺も動いた方がいいか」

 

 思わずため息をついていると、なにかに気が付いたのか神室さんが釣竿を指差した。

 

「ちょっと、糸が引いてるわよ」

「ん? うん、そうだね」

「そうだねって……詳しくないけどこれ、かかってるんじゃないの?」

 

 詳しくないというのは本当なのだろう。俺も特別詳しいわけではないが、糸の引きや手から伝わる感覚的にまだ獲物は食いついていない。

 

「まあまあ焦らさんな。こういうのはじっくりと待ってだね────来た」

 

 急に糸が強く引っ張られ、竿がしなる。

 俺は立ち上がって引きずられないよう踏ん張ると、竿が折れないよう注意しながら獲物が疲れ果てるまで奮闘した。

 

 そして……。

 

「獲ったどーッ! いや重た!?」

 

 およそ10分の格闘の末に俺はなんとか打ち勝ち、力果てて弱った得物を陸へと引き摺りあげた。

 その姿は黒く輝いており、体長はおよそ40cmほど。大物といって差し支えないだろう。

 

「これって、タイ……?」

「クロダイだな。大物ではあるけど残念。こいつの旬は冬なんだよ」

「じゃあ食べないの?」

「もちろん食べます。刺身、はちょっと怖いけど塩焼き煮付け、ムニエルにアクアパッツァ。いろいろあるけど、ここの設備だとやっぱ塩焼きか煮付けかなぁ」

 

 やはり俺の演算結果に狂いはなかった。一番美味いのが冬というだけで夏でも問題なく美味いはず。個人的にはアジやカレイが釣れると嬉しいのだが、そんな贅沢は言えない。キャンプに持って帰って戸塚くんをぎゃふんと言わせてやろう。クックック、楽しみだぜ。

 

「はぁ。あんたこの無人島満喫してるわね」

 

 何を当然のことを、と思ったが何も言い返さないことにした。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 釣ったクロダイをベースキャンプに持って帰ると思いのほかみんな喜んでくれた。

 ただ一人、戸塚くんだけがもっと釣って来いと怒鳴ってきたが、葛城くんの拳骨によってそれも鎮められる。

 なぜ彼は俺に対して敵愾心を見せるのだろうか。どうせ派閥に加わるのを断ったからだろうけど。

 

 だがクロダイ一匹では俺も満足できないため釣竿と餌を手に持って浜辺を歩く。もっと美味いモン釣ったるさかい待っとれや。

 釣れそうな場所を探して歩き続けていると、いつの間にかCクラスのベースキャンプに辿り着いた。

 するとそこには一つの人影が見える。どうも知った顔だ。

 

「おや? 誰かと思えば綾小路くんか。どしたん? こんなところで」

「星川か。オレは食べる物を探して歩いていたんだが、気が付いたらここに出た」

「はっはーん。さては迷子かな?」

「そうかもな」

 

 Cクラスのベースキャンプを見渡す。

 神室さんの報告通り、お祭りのように騒ぎまくっていた彼らはみんなリタイアしたらしい。閑散とした浜辺はなんとなく寂しい印象を覚えた。

 

「いやーびっくりだよね、ほんと。彼は普通じゃないと思ってたけどここまでなんて」

 

 その光景を漫然と見つめていると、後ろからやってきた二人組に声をかけられた。

 

「あれ、一之瀬さん? なんだ君たちも迷子か?」

「俺たちはCクラスの偵察だ。お前が星川だな。話は一之瀬から聞いている」

 

 え、なんの話? というか君、だれ。

 一之瀬さんと一緒にいることからBクラスの生徒だというのは間違いないだろうが、話したことない人が自分のことを知っているというのはなんかこう、むず痒いものがある。相手がイケメンときたら猶更だ。

 この正体不明のイケメンについて首を傾げていると、

 

「神崎隆二だ。よろしく頼む」

「これはどうもご丁寧に。星川祐樹です」

 

 正体不明のイケメンこと神崎くんが右手を差し出してきた。

 なぜイケメンと言う奴はやることなすことイケメンなのだろう。イケメンがイケメンにイケメンでイケメンをイケメン。あれ、イケメンってなんだっけ。これがゲシュタルト崩壊と言うやつか。

 

「それでお二人はデートかな? 青い空、白い砂浜、エメラルドグリーンの海。そういうのに詳しくない俺でもここがデートスポットに相応しいことはわかるけど」

「にゃはは。デートなんかじゃないよ」

「ただの偵察だと言っただろう。そういうお前たちの方はどうなんだ?」

 

 ちょっとしたジョークのつもりだったのだが、一之瀬さんは赤らめてしまった。ふむ、俺にはジョークの才能はないらしい。海も別にエメラルドグリーンじゃないし。

 

「食料を探す係なんだよオレは。適当に森を探索してたら浜辺に出ただけだ」

「俺はクロダイを釣ったからクラスに持って行ったんだけど、もっと釣って来いって放り出されたからこうして良い感じの釣り場を探してるとこ」

「……クロダイなんか釣れるのか?」

「釣れるんだなぁこれが。さっき釣った奴は40cmほどだったから今度は更なる大物を狙うつもり。よかったら綾小路くんも一緒に行く? ついでにサザエとかも獲ってきたいしクラスに持っていけば喜ばれるんじゃない?」

「誘ってくれるのは嬉しいが、魚は池たちの担当なんだ。オレは果物や野菜を探しに行く」

 

 首を横に振る綾小路くん。残念、断られてしまった。

 

「昼間だからと言っても、一人で行動するのは危ないと思うな」

「俺にとっては建物だらけの東京の方が怖いんだけど……」

 

 高校受験のために初めて上京したときはあまりの人の多さに胃の中の物を吐き出しそうになったくらいだ。やはり自然に囲まれている方が落ち着く。

 

 閑話休題。

 

「それで偵察しにきたお二人はこの光景を見てどう思う?」

 

 俺は二人に問いかける。早く行かないと餌として捕まえて来たミミズが干からびてしまうかもしれないが、その時はその時だ。せめて元居た畑に戻してあげるため許して欲しい。

 

「Cクラスのリーダーくらい当ててみようと思ったんだけどねえ。これじゃ無理かな? 全員引き上げちゃったら、ヒントも探しようがないもんね。……ちょっと思ったんだけどさ、Cクラスはもうポイントを使い切ってるわけだよね? だから私たちがリーダーを見抜いたりしても、ペナルティは受けないのかな?」

「先生の話だとポイントが0以下になることはないらしいし、そうなんじゃない? 知らんけど」

「適当だな……」

 

 神崎くんと綾小路くんが呆れている

 Cクラスの拠点はもうどこを見渡してもなにもない。静かに風が吹き、さざ波が揺れているだけだ。

 

「ポイントを使い切る作戦、褒められたことじゃないけど、結構凄いよね」

「考えついても実行しないようなことだ。この試験はプラスを積み重ねるための試験だ。それを放棄した時点で龍園は負けている」

 

 二人はどこか哀れむような様子で無人となった浜辺に向けて言う。

 やはり二人は龍園くんの策に気が付いていない。神崎くんの方はスパイの可能性を疑っているだろうが、当のリーダーが信じ切っているため大人しく飲み込んだのだろう。

 余談だが、今回の試験では加点はあっても減点はない。もしかしたら夏休み明けにはその逆、つまり減点しかなく加点のない試験なんてのも行われるかもしれない。

 

「やっぱり誰がリーダーかを当てるなんて、無茶苦茶難易度が高いよね。無理無理」

「大人しく見送り、手堅く試験を送るのが良さそうだな」

「うんうん。私たちには地道な戦略が一番だよね」

 

 二人は嘘か真か、自分たちの方針を隠すことなく聞かせてくる。

 なぜ君たちは敵であるAクラス()の前でベラベラと喋るんだ。本当に勝つ気があるのならむしろ探りを入れるのが正解だろう。もし俺の反応から探ろうという魂胆であれば限りなく不可能に近いため諦めてください。

 

「ちょっと小耳に挟んだんだが、Aクラスは葛城と坂柳のグループで対立しているのか?」

「おおっと、まさかストレートにその話題を出されるとは思わなかった」

「すまん。言いづらいことであれば別に構わないんだが……」

 

 綾小路くんは直接探りを入れることにしたのか、クラスの内情について聞いてきた。

 別に聞かれて困る様なことでもなく、むしろ他クラスにも広まっている周知の事実のためまったく構わない。

 

「どうせみんな知ってるだろうし別にいいよ。うん、グループが対立してるのは事実だな。仲が悪いというよりそりが合わないんだろうね。結構激しくやりあってるよ」

「激しくやりあってると言っても、流石に試験中は手を組んでるよな?」

「と、思うじゃん? ところがどっこい、今回の試験では坂柳さんはお休み。だから今Aクラスは葛城くんがまとめてるよ。坂柳さんの派閥の人たちは嫌そうにしてたけどね」

 

 あはははは、と俺の笑い声が浜辺に響く。

 今頃坂柳さんは課題とやらをこなしているだろうか。いや、彼女の場合とっくに終わらせて早めの夏休みを満喫している可能性もある。どうなんだ思考8番。なに? 一人寂しくチェスをしてる? その演算が当たってたら悲しすぎるんだが。

 

「Aクラスも大変だね。あの二人は両極端なタイプだから、意見は絶対に分かれちゃうだろうし」

「両極端?」

「革新派と保守派? 攻撃と防御? 攻めと守り? そんな感じで考え方が真逆なんだよね。だからいつもぶつかり合ってるみたい。その状態でAクラスが飛びぬけてることを考えると怖いよね。上手く足並みが揃ったらAクラスは真価を発揮しそうだもん」

 

 そうなのか、という顔がこちらに向けられる。

 

「あの二人が足並みを揃えるっていうのはちょっと想像できないなあ」

「いいのかそれで。……ちなみに星川はどっちの派閥なんだ?」

「俺は中立。だってたかが高校生が派閥だなんだって恥ずかしいし。俺はポイントさえもらえるなら誰がリーダーでもいい……って言ったらクラスの中でハブられた」

「なあ、本当に大丈夫なのか……?」

 

 心配そうな顔が計三つ向けられる。

 大丈夫かって? あはは無問題(モーマンタイ)。戸塚くんのような人もいるが基本的に陰口の類はない。

 待てよ、もしや単に無関心なだけという可能性も………これ以上考えるのはやめよう。

 

 だが彼らが言っているように、Aクラスの最大の欠点はリーダー格二人の意見が割れてしまっていることだ。

 もっと言えば、坂柳さんと葛城くんを従えられる人間がいないことにこそ問題がある。あの二人の意見が食い違おうがどうなろうが、全て捻じ伏せられる圧倒的な存在がこのクラスにはいない。

 高校一年レベルにそれを求めるのは酷かもしれないが、本人達に協力する意思がない以上どちらかが引っ込まなければまとまらない。

 

 まったくもって無駄なことだ。もっとも質が悪いのは坂柳さんにこの派閥争いを楽しんでいる節があることだが。

 

「さてと、少し長話が過ぎたな。俺はそろそろ行くわ」

「ああ。俺たちもそろそろ戻ろう。ここへの用事は終わったからな」

「オレも食料を探しに戻るよ。手ぶらで帰ったら怒られる」

「それじゃあ、みんな怪我には気をつけて頑張ろうね。くれぐれも無茶はしないことっ」

 

 言葉をかけられ、俺はありがとうと答える。

 種は撒き終えた。あとは芽吹き、収穫するのを待つだけだ。

 

 竿を握り締めて一人浜辺を散歩する。

 ジリジリと照り付ける日差しを砂浜が照り返すせいでさらに暑く感じる中、俺はこの試験の行く末を思い描きながら次なる穴場を探し続けた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 無人島試験6日目。

 

 今日を乗り越えれば明日の朝で特別試験は終わる。その思いでみんな疲れが溜まった身体に鞭を打つ。

 神室さんに予告していた通り、昼過ぎから雨が降り始めた。だが最終日ということもあり外を出歩く者も少ない。

 

「今日はもう止みそうにねぇなあ」

「そうだねえ」

 

 橋本くんの呟きに適当に返す。あ、このイチジク美味しー。

 本当に雨足が強い。乙女心と秋の空とはいうが、夏の空も大概だ。

 

 この特別試験ではもうイベントなんて起きえない。誰もがそう思っていた時だった。

 

「ぐうぅ……ッ!?」

 

 洞窟内に男子生徒の呻く声が響いた。

 生徒全員の視線が声の持ち主へと向かう。

 そこには苦しそうにお腹を抱えて蹲っている───戸塚くんがいた。

 

「お、おい戸塚? 大丈夫か!?」

 

 町田くんが心配そうに駆け寄るが、戸塚くんは返事をする余裕もないらしく蹲ったままだ。

 明らかな体調不良。だがこんな無人島に薬の類はない。ポイントで購入する事も出来るだろうが、現在まとめ役である葛城くんは、龍園くんのもとへ向かっている。

 Aクラス内に混乱が起こる。誰もこういった事態の対処法を知らないのか、それともパニックに陥っているのか。どちらにせよこのまま戸塚くんを放置するわけにはいかない。

 さすがの橋本くんもこの事態を見過ごせなかったのか、立ち上がり戸塚くんのもとへ向かおうとしたその時、

 

「誰か塩水を持って来て。コップ一杯分でいいわ」

 

 神室さんの冷静な声が耳に届いた。

 その声にパニックに陥っていた生徒たちが鎮まっていく。

 神室さんは戸塚くんのもとへ近づいていく。

 

「たぶん、食べた物が傷んでたんでしょうね。一度胃の中のもの全部吐かせるわ」

「吐かせる……? ていうかなんで坂柳派のお前が指揮ってんだよ!」

「今は派閥なんかどうだっていいでしょ。それとも町田、あんたは苦しそうにしてる友達を見捨てるわけ?」

「ぐっ……」

 

 正論で殴られた町田くんは悔しそうに黙り込む。

 この瞬間、Aクラス内で主導権を握っていたのは間違いなく神室真澄だった。

 俺はコップにミネラルウォーターと食塩を混ぜると神室さんに手渡す。

 

「神室さん、塩水作ってきたよ。少し濃い目にしてあるから。それとビニールも」

「ありがと。ほら戸塚、さっさと飲みなさい。飲んで少ししたら吐き気が来るからビニールをしっかり持って。こぼしたらはっ倒すから」

 

 流石に飲ませる役は町田くんが行ったが、コップ一杯を苦しそうに飲み干した直後、ビニールの中に激しく嘔吐した。

 

「だ、大丈夫か戸塚……?」

「あ、ああ、多少は……。けどダメだ、体に力入んねぇ……」

「でしょうね。残念だけどあんたはリタイアしなさい。船に戻って治療を受けることが先決よ」

「なっ、待てよ! 明日には試験も終わりなんだぞ! 戸塚だってそれまで耐えられるはずだ!」

「じゃあ聞くけど、戸塚がもし感染症だったらどうするつもり? ここにいる私たち全員にも被害が及ぶのよ」

「そ、それはっ……」

「今は検査と治療を受けることが優先だってわかってるでしょ。対処が遅れて取り返しがつかなくなったらあんた、責任とれるわけ?」

「っ……!」

「もういい、町田」

 

 青白い顔で戸塚くんが腕を掴む。

 だが腕に力が入っていない。この状態の彼を明日まで置いておくのは誰でも憚れるだろう。

 

「俺のせいで悪ぃな……くそっ、葛城さんに合わせる顔がねえ……」

 

 この一週間、慣れない無人島絵頑張ってきたのはみんな同じ。だからこそ彼の心情は全員が理解している。

 だからこそこのタイミングでのリタイアは本人にとっても血反吐を吐くほど悔しいことだろう。今にも泣きだしそうに表情を歪めている。

 

「リタイアするにしても、どうする? この大雨の中を歩くのは大変だぞ」

 

 外では止むどころか更に強くなり始めている雨を見て橋本くんは告げる。

 腕時計の機能で学校側に戸塚くんの体調不良は伝わっているだろう。たしか緊急時はボタンを押せと真嶋先生が言っていたが、その場合学校側がどう動くのか分からない。もし仮に船に備えられていたヘリが飛んでくるなんて事態になったら最悪だ。

 

「だったら俺が先生たちの所まで運ぶよ。実家にいた頃はよく山で遊んでたから慣れてるし」

「私も状況説明のために付いて行くわ。星川じゃ碌に説明なんてできないでしょ」

「……星川一人で戸塚を運ぶのは大変だろ。俺も手伝う」

「すまん、みんな……」

 

 この俺が珍しく挙手をしたのに随分な言われようだった。普段の行いのせいだと言われれば仕方がないが。

 俺の後から神室さん、町田くんも手を挙げ、申し訳なさそうに戸塚くんが項垂れた。

 

 俺と町田くんはそれぞれ左右から肩を貸す様にし、一歩ずつゆっくりと確実に進んでいく。その間、神室さんは道の状態を確認しながら歩行ルートを選別していた。

 このペースだと教員たちがテントを張っていた浜辺まで20分ほどかかるかもしれない。この雨とぬかるんだ土がこちらの体力を奪っていくのを感じながら、俺たちは歩き続けた。

 

 やがて、俺たちは森を抜けて浜辺に辿り着いた。海には船が浮かび明かりが灯されている。

 教員たちの設置したテントにはAクラス担任の真嶋先生の他、Bクラスの星之宮先生、Cクラスの坂上先生、Dクラスの茶柱先生の姿も見える。みなさん勢揃いのようで何よりだ。

 真嶋先生もこちらに気が付いたらしく、椅子から立ち上がった。

 

「お前たち、ここへの立ち入りは禁止されている。失格になる可能性も……」

「真嶋先生! 戸塚が体調を崩してます! 一刻も早く見て上げて下さい!」

「なに?」

 

 町田くんの叫びに真嶋先生が目を見開く。

 常に監視してたんじゃないのかとも思ったが、そんな場合でもないため飲み込んだ。

 

「戸塚、試験は続行できそうか?」

「症状は倦怠感と吐き気、熱はありません。塩水を飲ませて胃の中のものを全て吐かせたら多少はマシになったそうですが、感染症の危険もあるのでリタイアして船で検査と治療を受けることに了承を貰っています」

「そ、そうなのか。戸塚、最後に聞くが本当にリタイアでいいんだな?」

 

 神室さんの的確な状況説明に一瞬驚いた真嶋先生だったが、すぐに持ち直すと戸塚くんに問いかける。

 

「それで、お願いします……」

「……わかった、戸塚はリタイアだ。町田たちはベースキャンプに戻っていいぞ。クラスのみんなにも伝えてやってくれ」

 

 真嶋先生の一言でテントの中にいた他の教員たちが担架を持って来て戸塚くんを運んでいく。

 その様子をみて安心したように息を吐く町田くんだったが、これで終わらせるわけにはいかない。

 

「先生。マニュアルには『正当な理由なくリーダーを変更することは出来ない』と書かれてましたけど、リーダーがリタイアすることはこの『正当な理由』に該当しますか?」

「………ほう?」

 

 事前打合せ通りに神室さんが仕掛ける。

 町田くんは呆気にとられ、他クラスの担任たちも目を見開きながら静かに事の成り行きを見守っていた。

 

「神室。ちなみになぜそう思ったか聞いてもいいか」

「なぜも何も、リーダーが居なくなった時点で追加ルールが崩壊してしまいます。ルールが平等でなければ競い合いは成立しません。なのでリーダーがリタイアした場合、別のリーダーを立てられると考えるのが自然だと思うんですが」

 

 試験は公平でなければならない。故に、ルールとは基本的に公平に作られてる。

 

 涼しい顔で答えているように見えるが、神室さんの額には冷や汗が浮かんでいる。

 普段表に立つことなど皆無な彼女にとってかなりのストレスだろう。慣れないことをさせられると心が磨り減っていくような錯覚を起こすことは俺もよくある。

 神室さんの回答を聞いた先生は先の言葉を反芻するように考え込むと、顔を上げて頷いた。

 

「いいだろう、リーダーの交代を認める。それで誰が代わりのリーダーになるんだ?」

「私でお願いします」

「ちょ、ちょっと待てよ神室っ!」

 

 順調に事が進んでいるく中、やはり町田くんが待ったをかけた。

 神室さんは鬱陶しそうに振り向くと鋭く睨みつける。

 

「なによ」

「なにじゃないだろ! なんでお前が勝手にリーダーを決めるんだ! 葛城さんに一言相談すべきじゃないのか!」

「その葛城がクラス放り出してどっか行ってるんだからしょうがないでしょ。別に誰がリーダーでもいいわよ。それで他クラスに指名されるリスクが減るのなら」

「ぐぅっ……」

 

 今回もやはり正論に敗れる町田くん。なんだか可哀想に思えてくるが、葛城くんが不在なのが悪い。

 

「話は終わったのか?」

「はい。リーダーは私でお願いします」

「了解だ。今キーカードを発行するから待っててくれ」

 

 テントの奥に行き、なにやら機械を操作し始める。その様子を眺めながら神室さんは『それともう一つお願いが』と言った。

 

「この後もう一人急患が来ると思うので、その時に戸塚がリタイアしたことを漏らさないでください」

 

 この場にいる全員が彼女の言葉を理解できなかっただろう。何故なら神室さん本人ですら理解していないのだから。

 だがこれで大仕事はもう終わりだ。勝ったなガハハ。帰って風呂入ろ。……風呂、入りてぇなあ……。

 

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