よう実 √A   作:日彗

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第九話 無人島試験 閉幕

 

《side神室》

 

「何っ! 弥彦がリタイアだと!?」

 

 町田たちがベースキャンプに戻ってきた葛城に事情を説明した。戸塚は彼の友人だったため、そのショックはかなり大きなものだと思う。友人というかお供って感じだけど。

 

「ああ、今は船で治療を受けているはずだ。それで……」

「戸塚がリタイアした代わりに私がリーダーになったわ」

 

 説明していた町田と葛城の視線が私の方へと向えられる。私の右手には『カムロマスミ』と刻まれたキーカードが握られていた。

 

「神室……いや、俺から言うことは何もない。町田たちから弥彦が体調を崩した時に適切な対処をしてくれたと聞いた。感謝する」

「別にいいわよ。大したことなんてなにもしてないし。───それよりも葛城、()()について話があるから顔貸しなさい」

「む……」

 

 キーカードを掲げて見せる。

 すると特に逆らうこともなく洞窟の隅にまでついてきた。普段は派閥争いのせいで碌に会話もしないけど、こいつは戸塚たちと違って話が通じる相手だ。

 

「まず、勝手にリーダーを私にしたことを謝るわ」

「いや、それについては必要ない。弥彦の件もそうだが、このタイミングでリーダーが変わればまず間違いなく当てられることはないだろう。そういう意味ではむしろこちらが感謝しなければならない」

「……そう。ならこの話はもういいわ。それと明日試験終了後に行われる他クラスのリーダー投票についてだけど」

「そちらも抜かりはない。Bクラスは白波、Dクラスは堀北だ。だがBクラスの方はキーカードを直接確認できたわけではない。俺は龍園を完全に信用しているわけじゃないからな。指名するのはDクラスだけにする」

「それについて、私から提案があるの」

 

 一つ、大きく息を吸って真っ直ぐに視線をぶつける。

 ここがこの試験で最後の山場だ。

 

「明日の投票、私にやらせてもらえない?」

「なんだと……?」

 

 葛城は一瞬だけ驚愕すると、すぐに訝しむようにこちらを睨みつける。

 

「まさかそれが坂柳の狙いか? わざとリーダーを間違え、せっかく獲得できるポイントを減らしてまでお前たちは!」

「なにを早合点してんのか知らないけど、私は今回の試験で負ける気はないの」

 

 葛城の圧に負けないよう、私もまた睨み返す。

 どいつもこいつも派閥だのリーダーだのうるさい。坂柳も、こいつも、Aクラスが勝つこと以上に大事なことってなんなのよ阿保らしい。

 

「坂柳からの指示は一つだけ。『今回の試験でAクラスが勝つこと』だけよ。派閥なんて関係ない。今ある他クラスとの差をさらに広げて、Aクラスの座を盤石のものにする。そのために私はこの一週間行動してきた」

 

 星川が言うところの『完全勝利』を成し遂げるにはここで折れてはいけない。大量のポイントが欲しいのは私だって同じだ。

 

「それでも信じられないって言うのなら念書でもなんでも書いてやるわよ。先に言っておくけど、私は全クラスのリーダーを把握してる。坂柳と戸塚のペナルティ分くらい余裕で帳消しにできるわ」

「むぅ……」

 

 ここまで一気に喋ることでようやく葛城も揺らぎ始めた。

 普段こんなに喋ることなんてないから喉が痛い。学校に戻ったらなにか奢って貰わないと気が済みそうにないわ。

 

 その後も睨み合いは続いた。向こうがこちらを疑うのは当然のこと。だけどこちらも折れるつもりはないという意思を見せ続ける。

 そうしてようやく終わりを迎えた。

 

「…………わかった、弥彦の件でお前には恩もある。今回はそちらに譲ろう。だが先の言葉を忘れるなよ。念書にはしっかりと記入してもらう。そちらが間違えたリーダーを指名した場合は坂柳にもその責任が及ぶと思え」

「当然よ。ここまでやらせておいてあいつだけリスク無しなんて冗談じゃないわ」

 

 もっと言えば星川の奴にもリスクを背負わせたいけど、坂柳の命令で目立たせる訳にもいかないため仕方がない。

 こうして一番の難関をなんとか乗り越えることができた。私としてはもう試験が終わったような気持ちだ。

 

 あとは明日を迎えるだけ。念のため最後にもう一度確認するつもりだが、それでこの長かった特別試験が終わる。

 安心したら身体から力が抜けていったため、少し離れて腰を降ろす。

 

「はぁ。ほんっっっと疲れた………」

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

《side星川》

 

 8月7日。長くも短い無人島での生活がついに終わりの時を迎える。

 サバイバルを期待していたのに結構のんびりしていたことに少々の不満はあるが、まあ許そう。これなら坂柳さんが来ていても問題なかったのでは?

 

『ただいま試験結果の集計をしております。暫くお待ち下さい。既に試験は終了しているため、各自飲み物やお手洗いを希望する場合は休憩所をご利用下さい』

 

 ベースキャンプを片付け、終了時間とされていた正午にそんなアナウンスが流れる。休憩所にはテーブルや椅子も置かれているため十分な休憩が取れるだろう。

 他クラスの様子を眺めているが、どうやらリタイア組は客船から降りてこないらしい。Cクラスが誰もいない。あ、森の中から龍園くんが現れた。

 上半身は所々に汚れがあり、ズボンのジャージに至っては随分と泥だらけだ。君は野生児か何かかな?

 

 まあ、何はともあれ。

 

「お疲れさま、橋本くん。飲み物貰って来たんだけど飲む?」

「おっ、サンキュー。助かるわ」

 

 片手に持っていた紙コップを橋本くんに手渡す。本当は神室さんにも労いの言葉をかけたかったのだが、それは船に戻ってからの方がいいだろう。

 

「Cクラスは龍園くんだけ残ったんだね」

「みたいだな。随分と汚れてるが、意外と努力家なのかねえ」

 

 本人は努力が大嫌いだと吐き捨てていたらしいが、そういう人に限って努力家なのはあるあるだ。そうか、彼はツンデレなのか。男のツンデレになんの需要があるのかねえ。

 

 そんなことを考えながら遠くに視線を投げる。

 そこでは真嶋先生が拡声器のようなもの手に持ってスイッチを押そうとしていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

《side綾小路》

 

 キィン、と拡声器のスイッチが入る音が砂浜に走り、真嶋先生が姿を見せる。

 慌てて列を形成しようとする生徒たちを、真嶋先生が手で制止させた。

 

「そのままリラックスしていて構わない。既に試験は終了している。今は夏休みの一部のようなものだ、つかの間ではあるが自由にしていて構わない」

 

 そんなこと言われても、当然生徒たちには緊張が走り、雑談は瞬時に消え失せる。

 

「この一週間、我々教員はじっくりと君たちの特別試験への取り組みを見させてもらった。真正面から試験に挑んだ者。工夫し試験に挑んだ者。様々だったが、総じて素晴らしい試験結果だったと思っている。ご苦労だった」

 

 真嶋先生からの迷いのない誉め言葉を受けて安堵が漏れる。やっと一週間の試験が終わったんだと実感が湧いてきていることだろう。

 

「ではこれより、端的にではあるが特別試験の結果を発表したいと思う」

 

 恐らくこの試験結果を見抜けている人間は、誰一人いないだろう。それがたとえ担任教師であろうとも。

 

「なお結果に関する質問は一切受け付けていない。自分たちで結果を受け止め、分析し次の試験へと活かしてもらいたい」

「だそうだ。失禁しないで、ちゃんと現実を受け止めろよ?」

 

 龍園が煽るように笑みを浮かべる。

 

「僕らはボーナスポイントを含め125ポイント残した。立派だったと思ってるよ」

 

 龍園の理不尽な挑発に、平田も少しは苛立ちを感じていたのかもしれない。誇らしげにそう答えた。青臭い平田の言葉に龍園は吐くような仕草を見せて呆れ返る。

 

「はっ。その程度のポイントで満足できるなんて、雑魚の神経が羨ましいな」

「何を言っても構わないけれど、Cクラスが0ポイントなことに変わりはないよ」

「ク、クク。勝手に決めつけてんじゃねえよ。確かにオレは300ポイントを全て使い切った。だがな、この試験のルールを忘れたわけじゃないだろ?」

 

 追加ルール。それは試験終了直後、他クラスのリーダーを指名することができるというもの。ポイントを全て使い切っているCクラスの狙いは当然それだ。

 

「俺は紙に書いたぜ? おまえらDクラスのリーダーの名前をな」

 

 オレも平田も顔に出さないよう努めたが、須藤は言い当てられた衝撃が表情に出た。

 

「そしてAの連中も同じように書いた。これがどういうことだかわかるか?」

「ちょっと待てよ。どういうことだよそれ、なあ!? も、もし本当だとしたら……」

 

 Dクラスは的中させられたペナルティを背負い、100ポイントとボーナスポイントを失うことになる。

 だが、そんなことにはならない。Dクラスのリーダーを当てることは不可能だ。

 オレはこの試験でリーダーである堀北が体調を崩し、リタイアするように仕向けた。そしてリタイアしリーダーを交代したのが昨日の20時。他クラスにバレることはまずない。

 Aクラスのリーダーは弥彦と呼ばれていた葛城の取り巻きだ。初日に確認した占有されているスポットと葛城の行動からして間違いない。

 Bクラスは協力関係にあるため外したが、Cクラスは今の状況から見てやはり龍園だった。他の生徒が全員離脱しているため答え合わせをするまでもなく正解だとわかる。

 

 この時点でオレたちDクラスの勝利は確実だ。あとは静かに結果発表を待つだけでいい。

 

 拡声器から真嶋先生の声が聞こえてきた。

 

「ではこれより特別試験の順位を発表する。最下位は────Cクラスの0ポイント」

「ぶははは! オラ見ろ! やっぱり0ポイントじゃねえかよ! 笑わせんな!」

 

 須藤は結果を受けて龍園に対して心底バカにしたように腹を抱えて笑う。

 

「……0だと?」

 

 龍園はショックを受けたというより、事態が理解できない様子だった。

 真嶋先生は淡々と発表を続けていく。

 

「続いて三位はDクラスの54ポイント。二位はBクラスの90ポイントだ」

 

「…………………なに?」

 

 周囲でどよめきが起こる。だがそれよりも、Dクラスが54ポイントだと? 馬鹿な。そんなはずは……。

 自分たちの計算していた数値との誤差に戸惑いを隠せないB、Dクラス。そして最後に残ったクラスの発表へと移っていく。

 

「そしてAクラスだが……」

 

 一瞬だが、真嶋先生の動きが硬直した。しかしすぐに言葉が再開される。

 

「……453ポイントで一位となった。以上で結果発表を終わる」

 

「……………………は?」

 

 真嶋先生の口から放たれた言葉に、全生徒が硬直する。

 さすがの俺でもこの結果は予想していなかった。だが動揺しているのはAクラスも同じらしい。

 いや、それよりもいったいどうなっている。なぜAクラスのポイントがそれほどまでに伸び────まさか。

 

「……よ、453ポイント!? あり得ねえだろどう考えても!! 学校はAクラスだけ贔屓してんじゃねえのか!!」

 

 池の叫びをきっかけにクラスの垣根を超えて事情の説明を求める声が浜辺に木霊する。

 だが真嶋先生は取り合わず『試験に関する質問は受け付けていない』の一点張りだった。

 

「……それでは我々はお先に失礼する。全員この一週間で疲労が溜まっているのでな」

 

 他クラスの追及を余所に、葛城がAクラスを率いて船に戻って行く。だがその表情からは動揺が見え隠れしていた。どうもこの結果は葛城の意図したものではなかったと見える。

 そしてやはり、弥彦の姿が見えない。

 

「やられたな……」

 

 オレは自分を特別優れた人間だと思っていない。だが今回の試験は知恵を絞り確実に勝てるよう根回しをしたつもりだった。

 が、結果はDクラスの惨敗。想定していたものの約4分の1しかポイントを獲得できなかった。

 Aクラスもまたオレと同じようにリーダーをリタイアさせていた。それは分かったがどうやってDクラスのリーダーをオレだと言い当てたのかがまるで分からない。理解ができない。

 

「Aクラス………なるほど、どうやら伊達ではないらしい」

 

 この世は勝つことが全て。そうあの白い部屋で教わってきた。

 だが今目の前に存在しているのは『敗北』だ。

 

 人間が知識を蓄え、未知を開拓するのは本能的に知らないことを怖れているからだ。けれどこの程度ではオレの感情が表に出ることはない。だがこの胸の内に僅かにだが『期待』があるのも事実だった。

 

─── 面白い。

 

 自身の内に未知なる感情が芽生えていくのを感じる。

 願わくばオレを葬れる者を、あの男を否定できる存在がいることを期待せずにはいられない。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

《side星川》

 

 試験の結果発表が終わり、ようやく客船へと戻ってきた。

 クラスのみんなは未だに結果を受け止めきれていないのか茫然としているが、直に実感も沸いてくるだろう。何と言っても453ポイントだ。二人のリタイアというハンデを背負ってなおこの結果。ブラボーブラボーエクセレント。完全勝利おめでとう俺。

 来月からは毎月15万近くもの大金が振り込まれると思うとちょっと怖くなってきた。実家にいた時はそもそもお小遣いなんて貰ってなかったのになあ。

 

 各々が割り当てられた客室に向かう中、俺は人気のない場所に呼び出された。告白とかでは断じてない。だって相手は神室さんだし。

 

「一週間お疲れさま」

「本当よ。もうこういうのは懲り懲りだわ」

 

 神室さんの表情から疲労が蓄積しているのが分かる。今回の試験、AクラスのMVPは間違いなく彼女だろう。

 

「いやあ、上手くいって良かったねえ」

「……全部あんたの言った通りになった。Cクラスとの契約も、Dクラスのリーダーも。なんなのあんた。なんで試験初日の段階でこんな事細かに予想できたわけ?」

「俺に関する詮索はやめて貰えると助かる」

 

 神室さんの質問を切り捨てる。特別秘密にしたいわけでもないが、説明するのも面倒なためなんか秘密を抱えている風で誤魔化すことにした。

 そしてどうやらそれは狙い通りにいったらしい。神室さんは納得してなさそうだが、それ以上詮索してくることはなかった。

 

「……あんた本当に坂柳と敵対しないでしょうね。あんたみたいなのが敵に回ったら他クラスに気を払う余裕なんてなくなるわ」

「友達と敵対するつもりはないよ。ただ、坂柳さんがそれを求めるのなら話は変わるけど」

「あ、そう。ったく、あんたがあいつの下に付いてくれれば余計な心配をしなくて済むのに……」

 

 深くため息を吐いてこちらを睨みつけてくる。敵対なんて本当に考えていないのだが。

 けれど2,000万ポイントを貯めると好きなクラスに移籍することが出来るらしい。もしそれだけ貯まったらDクラスに移動するのもいいかもしれない。あのクラスは中々ユニークな人が集まっていて楽しそうだ。

 

「坂柳には私から報告しておく。たぶんあんたの方にも連絡かかってくると思うけど」

「了解。ゆっくり休んでくれ」

 

 それっきり振り返ることはなく、ただ彼女の背中が遠くなるのを見つめていた。

 やがて完全に背中が見えなくなると、俺は後ろを振り返る。

 

 さてと。

 

「そこの角に隠れてる金髪オールバックのイニシャルHくん。バレバレだから早く出てきなさい」

「っ!」

 

 空気から伝わってくる彼の動揺。その後誤魔化せないと判断したのか、数秒経って曲がり角から男子生徒が姿を現した。

 

「よう星川! こんな所で何してたんだ?」

「随分と白々しい。物陰からずっと見てた癖に何を今更」

 

 まるでさも今来ましたという態度で現れた橋本正義。彼が最初から立ち聞きしていたことには気が付いていた。

 もっとも、彼の目的は俺ではなかったようだが。

 

「それで? 同じ派閥の神室さんを付けていた理由は?」

「いやいや、俺がそんなストーカーみたいなことするわけないだろ? 偶然、たまたま通りがかっただけだって!」

「へえ? 無人島にいた時から彼女のこと付けまわしてたのも偶然だったと、君はそう言うのか。これは坂柳さんに報告かな」

「待て待て待て待ってくれ!?」

 

 先程返却された携帯を取り出すと橋本くんは分かりやすく取り乱す。なんだよただの冗談じゃないか。

 橋本くんは必死に説得を試み、やがて肩を大きく落とした。

 

「そうだよ、俺は神室ちゃんの後を付けてた」

「やはりストーカー……」

「違う! あいつの行動が今までと比べてあまりに乖離してたから調べてただけだ!」

 

 橋本くんの必死の言い訳を聞くと、こういうことらしい。

 まず最初に違和感を持ったのは二日目、龍園くんに取引を持ちかけに行った時のこと。普段なら自分から行動しない筈の神室さんが積極的に行動を起こしたことが発端らしい。

 さらにあの龍園くんを相手に一歩も引かず交渉をもぎ取ったことから違和感を覚えたのだとか。

 

「極めつけは戸塚だ。あいつが体調を崩した時、まるでそうなることが分かってたかのように対処していた。そもそもあいつの性格からして病人を運ぶのを手伝うとかありえないだろ!? なあ!?」

 

 それは、まあ、確かに。

 

「もうこの際だから言うが、俺は姫さんから葛城たちの勢いを削るよう指示を受けていた。途中まで神室も同じだと思ってたが、最後で違うんじゃないかと思った。リーダーが変更になった時に龍園に知らせようとしなかったからな」

 

 彼の言い分はもっともだ。受けた指示が葛城くんを陥れるだけであればAクラスを負けさせるのが一番手っ取り早い。だが俺たちは『試験に勝利した上で』と言われている。どうも坂柳さんは俺たちと橋本くんへ別の指示を出したようだ。遊んでいるのかおちょくっているのか知らんが、情報くらい共有しておいてほしい。

 

「神室はずっと坂柳の指示で動いてなんかいなかった。あいつはお前の命令に従っていた」

「そうだね」

「あいつは坂柳の右腕だ。それが中立を気取っているお前に従う理由がわからない」

「本当にね」

 

 なんだか面倒になってきたため適当に頷く。

 坂柳さんめ、ちゃんと俺たちのこと伝えておけよ。面倒くせえよ。俺もう面倒くせえよ。

 

「星川、お前はいったい何者なんだ?」

「ただの男子高校生ですが」

「いや嘘つけ!?」

 

 目を大きく見開いて指を指される。行儀が悪いなぁもう。

 やれやれ、仕方がない。面倒なことには変わりないが、少しだけ解説してあげよう。

 

「まず、戸塚くんに毒を盛ったのは俺だ」

 

「………は?」

 

 呆けた声が廊下に響く。周囲に人の気配はない。彼も坂柳派の人間なのだから隠す必要もないだろう。

 

「どうしても最終日にリーダーを交代させる必要があったからな。あ、一応言っておくけど毒性は薄めたから丸一日休めば快復すると思うよ。塩水で吐かせたしそこに関しては問題ない」

「………は?」

「あと龍園くんに持ちかけた取引。あれはプライベートポイントの免除ではなく『Aクラスのリーダーを教える』ことが本命だった。そうすることで確実に彼はリーダーを指名してくれるだろ? そいつが既にリタイアしているとも知らずに」

「………」

「あと他クラスのリーダー当てについても全員把握してたから神室さんにお願いして記入してもらった。おかげで+150ポイント。ボーナスポイントも加算して453になったって感じ」

 

 途中から反応がなくなり黙り込んでしまった。急に情報を詰め過ぎたのだろうか。

 ちなみに戸塚くんに盛った毒はあの島にある植物を使用している。この辺は和尚から教わったものだ。曰く、『いつ如何なる時も薬は持ち歩くようにしなさい。なければ作ってしまえばいい。ただし用法を間違えると毒になるから気をつけるんだよ』とのことだ。薬と毒は表裏一体。戸塚くんに飲ませたものは実は少し激しめの下剤なのだが、慣れていないと彼のように身体が拒絶反応を起こす。もう耐性がついているだろうし、二度目は普通の下剤としての効果しか見込めないだろう。毒性を強めれば話は別だが。

 最初は罪悪感があったのが、戸塚くんに受けたこの一週間の仕打ちからその辺は綺麗サッパリと消えていた。神室さんにはドン引きされていたが仕方がない。これでもギリギリまで迷ったんだよ?

 

 橋本くんが片手で顔を覆い、天井を仰ぐ。

 

「……葛城と坂柳。この二人だと坂柳の方が勝ち馬に乗れると判断したけどこれは、はははっ」

 

 なぜか急に笑い出したんですけど。やだ怖い。

 一通り笑い続けると満足したのか、橋本くんは何か企んでそうな笑みを浮かべていた。

 

「なあ星川。お前がトップに立ってAクラスを乗っ取る気はないか?」

「なんてことを言ってるんですが、どうしましょう坂柳さん」

「……へ?」

 

 俺は手に持っていた携帯の画面を見せつける。

 そこには通話状態で『坂柳有栖』と表示されていた。

 

『話は聞かせてもらいましたよ橋本くん』

「ひ、姫さん……? い、いやだなあ今のは冗談ですって冗談。なあ星川?」

『あなたが裏切る可能性がある事は承知の上です。それでも私はあなたの能力を買っていたんですよ?』

「は、はは……」

 

 もはや青褪めて苦笑いを浮かべるしかない彼には同情する。いや完全に自業自得なんだけどさ。

 

『ですが彼に目を付けたのは正解です』

「……え?」

 

 話の流れが変わった。

 

『これから先、私が参加できない試験は他にも出てくるでしょう。その際は星川くんの指示に従って行動してください。もちろん私も指示は出しますが、現場で指揮を取る者も必要ですから』

「は、はぁ……」

『星川くん』

「あ、はい」

『あなたにも苦労をお掛けしますが、どうかクラスのためにこれからも力をお貸しください。真澄さんは引き続きとしてこれからは橋本くんも馬車馬のように扱き使って構いませんので』

「ひ、姫さん!?」

 

 本人の了承を得ずにどんどん話が進んでいく。

 これはあれか。『橋本正義が仲間になった!』ってやつか。別にいらないんだけど。

 

『それと、彼が裏切りそうな時は教えていただけますか?』

「いいけどその前に潰した方が早いんじゃない?」

『彼にはまだ利用価値がありますので。せっかくなら使い潰した方が建設的でしょう』

「橋本くん、俺は今君の事を心の底から哀れんでいる」

「だったら助けてくれ……」

 

 ごめん。それは無理だわ。

 

 可哀想だがこれで橋本くんは坂柳さんを裏切れないだろう。その兆候があれば俺が知らせる。友人の不利益になることは先に潰した方が良いとも思うが、本人が受け入れている以上手を出すわけにはいかない。

 橋本くんとはその場で別れ、携帯のスピーカーを切ると耳に当てた。

 

『星川くん、遅れましたが無人島試験お疲れさまでした。真澄さんから報告を受けていますが、453ポイントもの増加は流石に予想以上です』

「ありがとう。そう言ってもらえると神室さんも報われるよ。今回は本当に頑張ってもらったから」

『ふふっ、帰られたら真澄さんにはご褒美を上げなくてはいけませんね』

 

 先程までとはまた雰囲気が変わった。部下?と友人とで切り替えているのだろう。

 

『星川くんは試験を楽しめましたか?』

「うん。まあ暇つぶしにはなったかな。いろんなクラスの陰謀・策略が水面下で渦巻いてて意外と楽しめたよ」

『ですがあなたは全生徒を出し抜けてしまった。一番恐ろしいのはそのことに気付いている者が驚くほど少ないことでしょうね』

 

 無人島試験では主に神室さんが行動していた。俺は指示を出していただけだ。おそらくこれからCクラスには神室さんがマークされるだろう。だがその裏に隠れている人間がいると気付くまで時間は稼げるはず。

 

『何はともあれ、素晴らしい働きでした。私も直に見てみたかったです』

「本当に何もしてないから、直に見てもつまらないと思うよ……?」

『そうでしょうか。ですが────いいえ、なんでもありません。それより星川くんもお疲れでしょう。今日のところはこの辺にしてどうかお休みください』

「そう? わかったよ。学校に戻ったらまた話そう」

『ええ。楽しみにしています』

 

 通話が切れる。少々名残惜しさを感じながら俺は携帯をポケットに仕舞う。

 

 結局Aクラスの完全勝利は叶わなかった。BクラスにAクラスの間違ったリーダーを指名させられなかったからだ。

 やろうと思えば可能だっただろう。だが俺はそうしようとしなかった。何故しなかったのかと聞かれるとそれはやはり───。

 

「はあ。私情を挟んじまったなぁ……」

 

 まったく、クラス対抗の時は関係ないと言ったくせにこの体たらく。情けないが俺も殊の外甘い人間なのだと認識できただけ収獲かもしれない。

 だが流石に次の試験があればそういう訳にもいかないだろう。俺は自身の中にある『甘さ』を捨てる様に頬を軽く引っ叩いた。

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

クラスポイント

 

 Aクラス 1,025cp→1,478cp

 Bクラス 663cl→753cp

 Cクラス 492cl→492cp

 Dクラス 87cl→141cp

 

───────────────────

 




無人島試験で星川がしたことを解説します。

1日目
・担任から特別試験の概要とルールを聞いた後、一週間のうちに起こるであろう事柄を予測演算。演算結果の中からもっとも確率の高い脚本が『綾小路清隆によるDクラスの勝利』だったため、結末だけ書き換えられるよう神室に指示を出す。(この時点で一週間分の大まかな指示を伝えていた)
・葛城たちが向かった洞窟に付いて行き、接触。草陰から覗いている綾小路・佐倉の存在を確認する。
・島の地形、他クラスのベースキャンプを把握する。

2日目
・Bクラスに接触。リーダーを特定する。また、偶然綾小路・堀北とも接触するが、現在のDクラスリーダーが誰だろうと結末は変わらないため放置。だが一目で堀北が体調を崩していたことを見抜き、わざわざ連れ回していることから悪化させることでリタイアを狙っていると推測。そこから逆算して彼女が現在のリーダーだと判断した。

3日目
・特に無し。

4日目
・Cクラスベースキャンプにて綾小路・一之瀬・神崎と接触。Aクラスの内情と葛城が指揮を取っていることを伝える。これにより綾小路はAクラスのリーダーを戸塚で確定させた。それが誘導された結果と知らずに。

5日目
・特に無し。強いて言うなら戸塚に盛るための毒薬を調合する。(本来の用途は下剤なのだが、慣れていないと拒絶反応を起こす。ただし出すものを出せばすぐに治るためお通じが悪い時によく使用している)

6日目
・体調を崩した戸塚を教師陣のもとへ運び、リタイアさせる。なお、神室がとった指示はすべて星川が仕組んだもののため、事情を知っている者から見ればとんだ茶番劇ではあったが、当の本人たちしか知らないためこのことは墓まで持っていくつもりらしい。

なお、リタイアした戸塚は船に戻った瞬間トイレに駆け込み、やつれた顔をして出て来た。試験が終了した時には元の元気な姿を見せている。


大体こんな感じです。高速思考と分割思考を使いこなすアトラスの錬金術師は人類の滅亡までも演算してのける化物集団なのでこのくらいは。
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