オリジナル女子プロ野球、短編資料集。   作:にゃあたいぷ。

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2.東京ヤタガラス「近衛鈴歌」背番号18

 東京ヤタガラスは、何時も練習で使っている河川敷球場で社会人チームとの試合を行っている。

 相手はスポーツジムで企業名は、プルスウルトラ。都市対抗での優勝候補の一角であり、女子プロ野球のチームを相手に最終回まで1点差の接戦を繰り広げている。女子プロ野球にとってシーズン前に開催される社会人チームとの試合は、練習というよりも調整に近い。というのも女子プロ野球には、オープン戦がないので、社会人チームと試合をすることでチームの状態を確認しているのだ。

 しかし、だからといってプロがアマチュア相手に負けて良い道理はない。

 

「東京ヤタガラス。選手の交代をお知らせします。ピッチャー大久保に代わりまして、9番ピッチャー近衛。背番号18」

 

 緊迫感が漂う9回表の初め、練習の為に入ったウグイス嬢のアナウンスが球場に響き渡る。

 今年で35歳になるチームの顔が他選手に紛れて、ベンチの中からのっそりとマウンドに向けて歩み出す。ファンの間でチベットスナギツネと揶揄される不細工な顔でプレートの感触を確かめた彼女は、ド真ん中に構えたキャッチャーミットに向けて気迫のないボールを放り投げる。緩い放物線を画いた白球は、まるで吸い込まれるように、パスッとキャッチャーミットの構えた場所に収まった。

 何度か投球した後、プルスウルトラの3番打者がバッターボックスに収まり、主審のプレイボールの宣言が入る。

 

「……ッ!?」

 

 瞬間、バットを構えた打者はブルリと身を震わせる。

 

 プルスウルトラの3番打者は、同じ九州の出身である近衛鈴歌のファンである。

 国際試合で先発を務めた彼女を姿を見て野球を始めるも同じ歳に優れた投手が居たので、彼女は打者として活躍する他になかった。しかし女子リトルリーグで全国大会に出場する結果を残した彼女は、中学生でも打線の中核に担って、近衛選手と同じ野球の名門校すてがまり高等学校に進学する。女子高校野球の全国大会でもクリーンナップとしてベスト4まで進出しており、大阪にあるドーム球場で本塁打を放った事もある。人気が低迷する女子プロ野球に足を踏み入れる勇気はなく、企業チームの選手としてスカウトを受けていた企業に入社する。

 しかし今日、東京ヤタガラスとの練習試合で、幼い時からの憧れである近衛選手と対戦する事を彼女は期待していた。

 

「ボール!」

 

 外角低めに突き刺さる鋭い一球、審判によってはストライクと見做されていても可笑しくないコースである。

 東京ヤタガラスの捕手である藤井選手は、近衛選手にボールを返しながら際どいコースを悠々と見逃した打者の様子を横目に盗み見る。呆然とした様子を見た藤井選手は腰を下ろし、もう一度、同じコースの球を要求する。しかし近衛選手は首を横に振る。藤井選手は数秒、考えた後で恐る恐る次のサインを出した。近衛選手は無言で頷いて、乾いた唇を舐める。ゆっくりと左足を引いて、胸を張りながら両手を後頭部まで引き絞るワインドアップ、顎を引いた上目遣いから「絶対に殺してやる」と殺意を込めた鋭い双眸で相方が構えたミットを睨んだ。藤井選手は一瞬、ビクリと身を震わせる。何時まだ経っても慣れなかった。近衛選手とコンビを組んで5年になるが、未だに偉大な先輩が放つ殺意に怯えている。

 近衛選手の身長は158cm、アスリートとしては小柄な身体である。

 しかし彼女と対峙した事のある打者のほとんどは、彼女が自分よりも小さな存在として認識する事が出来なかった。第3回WBGCで決勝戦、平均身長175cmを超えるアメリカ代表の選手がマウンドに立つ近衛選手を見て「リトルジャイアント」と評する程である。全身を限界まで使ったダイナミックな投球フォームから振るわれるオーバースローの投球は、まるで糸を引くような軌跡を画いて打者の胸元近くでパァンとボールがミットに収まる気持ちの良い音を響かせた。

 球速は125km/h。世間一般的に女子プロ野球の130km/hは、男子プロ野球の145km/hに相当すると云われている。決して速い訳ではない。しかしプルスウルトラの3番打者は必要以上に大きく仰け反り、主審のストライク宣言に思わず後ろを振り返る。捕手からボールを受け取った近衛選手はもう次の球を投げる為の構えに入っていた。

 打者は歯を食い縛り、バットを握り直す。

 

「おおおおおおおッ!!」

 

 3球目、打者は思い切りバットを振り抜いた。

 しかし近衛選手の投げた3球目は、更にボール1個分だけ内側に投げたボール球。恐怖を振り払うように叫んだ一振りは空を切り、打者は滑稽にも一回転して尻餅を着いてしまった。近衛選手は、自分の強みをボールのコントロールだと言っている。2球続けて同じコースに投げるのであれば、ボールの出し入れが出来るとインタビューで答えた事もある、

 近衛選手がセットポジションに入る前に打者が主審にタイムを要求した。

 まだ3球を投げられただけなのに打者は青褪めた顔で冷や汗を流す。幾度とぶつけられる殺意の塊、そして殺意を乗せたボールに打者は半ば錯乱状態に陥っていた。タイムが認められてボックスから離れる。バットを握り直し、感触を確かめるように何度も素振りをした。チラリと横目に見たマウンドの上には、茫然と青空を見上げるチベットスナギツネが立ち尽くしている。

 打者がボックスに入り、主審が試合再開を宣言した瞬間、近衛選手の相貌が鋭く輝く。

 

 彼女の愛称は、白面九尾。名前の由来は、彼女が持つ二面性から来ている。

 

 大きく振りかぶって投げた一球は、打席の一球目に投げたコースと同じ外角低め。

 打者も小中高社とクリーンナップを打ち続けて来た女。浴びせられる殺意に抗うように力強く踏み込んだ後、外へ逸れるボールに食らい付く為に目一杯に腕を伸ばした。打者の感覚では、バットの先端に当てファールボール。しかし打者が限界まで腕を伸ばした時、ボールは僅かに外側へと変化した。

 カット気味のスライダー、バットは空を切って打者は二度目になる尻餅を着く。

 

「先ず一個」

 

 三振を取った後、近衛選手は打者に背を向けて大きく息を吐き出す。

 続く四番打者は雑に外角へストレートを投げた後、同じコースにストレートを投げ込んだ。球速125km/h程度であれば、社会人の中にも投げる投手は居る。好球必打を狙った一振り、しかしボールは打者の手元でお辞儀した。

 結果、ボールの上を叩く事になり、ボールは地面に叩き付けられてゴロになる。

 

「任せてくださいッ!」

 

 元気一番の遊撃手の全力プッシュ、近衛選手の横を通り過ぎる白球はバウンドしていた。

 グラブを目一杯に伸ばして、ボールの跳ね際を掬い取る。そのままランニングスローで一塁へ送球、ど真ん中のストライク送球。ファーストミットに収まるゼロコンマ秒数後に打者がベースを駆け抜ける。

 弱冠19歳にして、既に女子プロ野球最高峰の守備を見せる駒沢選手の守備を見て、近衛選手は小さく溜息を零す。

 

「これから先、何年も彼女がおっち思うとウチん投手陣が羨ましゅうて仕方なかね」

 

 長く遊撃手を守れる選手が居なかった東京ヤタガラスにおいて、駒沢選手の存在は違和感でしかなかった。

 続く5番打者も三塁側に打たせて試合を終わらせる。

 

 

 東京ヤタガラスが本拠地に据える川崎市轟球場と同じ市の河川敷に存在する多摩川球場。

 主に練習場として活用される球場では、東京ヤタガラスに関連する試合が行われる時に限り、物販出張所が展開される。物販は主に東京ヤタガラスの関連グッズで帽子とユニフォーム、タオルなどが大半であり、しかし、商品棚の端にプロ野球球団の関連グッズとしては異彩を放つ品物が並べられている。チームの顔とも呼べる近衛選手に関連する商品であり、彼女が入団して間もない頃に収録した音楽CDなどが置いてあった。

 女子プロ野球の人気が低迷した一つの理由に選手のアイドル売りをした事が上げられる。

 裏金を始めとした不祥事の数々に低迷する女子プロ野球人気。清算が取れなくなった事業をなんとか立て直そうと各球団が迷走をした時の名残である。素人が展開するアイドル事業は失敗に終わり、既存の女子プロ野球ファンは呆れて心が離れてしまった。今や女子プロ野球界隈の黒歴史と呼ばれる事柄、そんな中で唯一成功を収めてしまったのが近衛選手である。

 彼女の歌唱力は、プロも顔負けのレベルであった。

 

 東京ヤタガラスの出資企業は、複数の連合体でもあったのでアイドル業に造詣の深い者が居たことも問題を加速させる。

 そしてネット上では「近衛だけはガチ」という評判が囁かれる事になり、純粋な野球ファンをアイドル堕ちさせる事態にまで発展させてしまったのだ。そんなこんなで生まれたのが「死んだ魚の目をした野球アイドル近衛鈴歌」である。フリフリな衣装を着た彼女が、舞台に立つまで常に目のハイライトが死んでいたことか名付けられた愛称だ。舞台に立った時には「これも仕事だから」と全力を出しちゃうので、その姿に心を打たれる者も多く、またマウンドに立った時の殺意ましましの双眸にコアなファンを増やす結果となる。

 他の球団が買収などでスポンサーが変わる中、東京ヤタガラスが今もまだ運営出来ているのは、近衛選手の人気があっての事である。

 

 白面九尾の愛称は、場所によって姿を変える彼女の様子から名付けられたものである。

 

 女子プロ野球の公式戦でも彼女は、自分を応援するファンの姿を見て死んだ魚の目で眺める事がある。

 シーズン後に開催されるファン感謝祭での握手会では、自分の心を殺して笑顔を振り撒く姿を見ることも出来た。仕事人である。瞬時にスイッチを切り替える彼女の能力は、リリーフ投手としての才能に目覚めさせる。元々彼女は女子プロ野球を代表するエースなのだ。体力の低下に鑑みて先発を降りたとしても球界を代表する彼女の才能を1イニングに集約させる事は、他球団からすると地獄でしかなかった。

 一昨年の不調とは打って変わり、彼女は昨年を防御率0点台でシーズンを終えている。

 

「先輩、カラオケに行きましょう! カラオケ!」

 

 そして近衛選手を敬愛する可愛い後輩、駒沢選手は彼女が歌う姿も大好きだった。

 ベンチ裏、まだ他の選手も居る中で近衛選手は溜息を零す。

 

「下手すると親と子くらい歳が離れてる人を誘って何が楽しいのやら……」

「デュエットしましょう! ど真ん中ストライク、貴方のハートも射止めちゃう!!」

「………………」

 

 まだ若い頃に出した曲の1フレーズに近衛選手の瞳から光がスゥッと消える。

 とりあえず小柄な駒沢選手の頭に手を添える。撫でられると勘違いしたのか駒沢選手は少し照れ臭そうに身を捩った。

 近衛選手は無言で笑みを浮かべて、彼女の頭を鷲掴みにして握力を加える。

 

「アダダダダダダダダダッ!!」

 

 駒沢選手の悲鳴がベンチ裏で響き渡る。

 相手が相手ならパワハラである。

 まあ駒沢選手に限って云えば、構って貰えることが嬉しいのだが。

 

 


■近衛鈴歌(このえ すずか)※翌年2024年時

所属:東京ヤタガラス

 

▽基本情報

年齢:36歳 出身:九州 家族構成:妹と弟が2人ずつ居る。

身長:158cm 体格:がっしりめ 血液型:O型

年俸:2000万円 背番号:18

利腕:右投右打 ポジション:投手

身体的特徴:

・年齢の割に若く見られる、黒髪ショート。

・マウンドと舞台で露出する時は目が死んでいる。

 マウンドに上がると人が変わったように鋭い目付きで相手を睨み付ける。

・舞台に上がると人が変わったように満面の笑顔を振り撒いたりする。

※毎年、ファン感謝祭でリバイバルライブを開催する。

 

▽投球スタイル

右投げ:オーバースロー

最高速度:128km/h(過去最高132km/h)

球種:

切れの良いストレートが武器。変化球は主にスライダー。

他に緩いカーブとフォーク、偶にチェンジアップも投げる。

若い頃はストレートで力押しをしていたが、現在はコントロールを意識。

投げる球種の半分以上がストレート。

何故か最近、球速が少し上がり始めている。

 

▽経歴

・すてがまり高等学校女子野球所属

2004/24回女子野球全国高校生大会:全国大会二回戦敗退

2005/25回女子野球全国高校生大会:地方大会決勝戦敗退

2006/26回女子野球全国高校生大会:全国大会準優勝

※26回の決勝戦の相手、安藤真紀が所属する大阪の高校。

 

・東京ヤタガラス所属

2006/入団

2009/最高勝率

2010/最多奪三振・GG賞(投手)

2011/最優秀防御率・最多奪三振・最高勝率・GG賞(投手)・完全試合

2012/最優秀防御率・GG賞(投手)

2015/最優秀防御率・最高勝率・GG賞(投手)

2020/負傷

2022/最優秀救援投手

2023/最多セーブ投手

 

・国際大会

2012/第2回WGBC:予選(リーグ)勝利投手

2016/第3回WGBC:予選L完封達成・決勝戦勝利投手

2021/第4回WGBC:最多救援数

 

▽人間関係

尊敬する人:山川投手(元プロ野球選手。ラジコンと釣りが趣味)

特に仲の良い人:駒沢沙耶(後輩)

嫌いな人:安藤真紀(高校時代からの好敵手、ビッグオーダー選手兼監督)

 

▽プライベート

特技:頭のスイッチを意図的にオンオフできる。

趣味:甘いもの巡り。釣り。

好きなもの:背後から視線を感じない場所。

嫌いなもの:自分の出した楽曲。応援歌。球団の広報担当。

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