「管理社」――ハチを殺そうとした組織が、無関係のはずであったあけのも自分と同類だと判断した。
ハチは軽はずみな判断であけのを巻き込んでしまったことを後悔した。
たとえ彼女自身が言い出したことであれ、たまたま出会った少女が自分と同様に管理社に狙われる存在であろうとは、ハチは思わなかった。
無責任にいえばハチにとって、あけのはまさに赤の他人であろう。
あけのをおとりにすれば、まだ逃げられる可能性もある。
だがハチにはあけのを見捨てることはできなかった。三人の職員が小屋を調べに近づいてくる中、ハチは全力で小屋から飛び出した。
「そいつを放せ」
ハチはあけのの近くにいたメンバーを突き飛ばすし、あけのを抱えたまま林の中に消えていった。
その間、管理社メンバーは手に持っていた麻酔銃で一斉にハチを攻撃し、そのうちの何発かはハチに命中していた。
走り去る中、あけのはしきりになぜ自分をおいて逃げなかったのか問い詰めようとしたが、ハチは終始無言であった。
林を抜けたあとハチがたどり着いたのは大沢高校の旧校舎であった。
旧校舎は大沢高校の敷地内にあり、新校舎ができて以降も二十年近く大沢第二中学校の校舎として使われていた、築五十年の建物である。時折、教職員が見回りに来るが、普段は誰も使われていない。
「巻き込んでしまってすまない」
旧校舎の中に入り一呼吸ついたところで、ようやくハチは口を開いた。
「そんなの別にいいって言ったでしょ。それよりなんでわたしを置いてさっさと逃げなかったのよ」
「俺の責任だからな」
「責任って何のことよ。ハチに協力したのは自分の意思よ」
ほぼ初対面であるにもかかわらず、あけのはハチのことを心配している。彼女は怒りをあらわにしているが、それはハチに巻き込まれたからではなく、ハチを心配してのものである。
「落ち着いてくれないか、まず聞いてもらいたい話がある」
ハチは自身の持つ力と、なぜ管理社に追われているかの経緯をあけのに説明した。だが突飛な話に、あけのはあまり理解できてはいないようであった。
「それとわたしを助けたことに、どういう関係があるの?追われているのはハチの方でしょ」
「あいつらが言うに、おまえも俺と同じ『異人』なんだそうだ」
「どうしてそんなことをあんたが?そもそもわたしはそんな力なんか持っていないよ!」
「さっきあいつらが言ってたんだ。それがたとえ何かの間違いでも、あんなやつらにおまえを連れて行かせられはしない」
「もしかして、それってハチはわたしに気があるってこと?そのわりには一言も名前で呼んでくれないけど」
「そういうつもりじゃない。これは俺の信念だ、この力を手に入れたときからのな」
「信念ね……って、突然どうしたのよ」
「信念」、そう告げたハチは眠りだした。
突然ぐったり倒れたことに驚いたあけのであったが、眠っただけとわかるとあけのはその場をあとにした。
S県北西部、この場所には先にハチが連れてこられた管理社捕獲部門の施設がある。
部下の報告を待つ名雲のもとに、三日ぶりの連絡が入った。
「部長、川澄町に向かった部隊から入電です」
「こちらにまわせ」
報告の内容はハチを発見したこと。ハチが少女一人を連れて逃走し、取り逃がしたことであった。
「奴はまだその町にいるんだな?」
「それは間違いありません。麻酔銃を打ち込んだので逃げられはしましたが、明日の昼までは起きることはないはずです」
「了解した。奴はB+ランク、暴走の危険もある強敵だ。私も今からそちらへ向かう。それと用心のために、『眼』にも協力を要請してくれ」
管理社が通信を行っていたそのころ、ハチは麻酔銃の効力で眠りについていた。
日付も変わった真夜中、眠っていた刹那は突然の訪問者に起こされた。
「夜分遅くにすみません。こちらは管理社ものなのですが、緊急の依頼を頼みたいのですが」
「緊急とはどういった用件ですか?」
夜中にたたき起こされたこともあり、刹那の言葉遣いそのものは丁寧であったが、その声は少々ドスのきいた声であった。
「実は本日……正確には昨日午後、この町にB+ランクの異人が潜入したのです」
そういうと、職員は一枚の写真を差し出した。ペンで秋田八兵衛と書かれたそれには、迷彩服を着たハチが写っていた。
「依頼内容は写真の人物の確保、場合によっては殺してしまわれてもかまいません」
「それはかまいませんが、いくらB+ランクとはいえ、ぶしつけに殺すというのも……」
「すでに我々の職員から重傷者二名、軽傷者一名の被害が出ています」
「一般人には?」
「今のところは……ですが目標は現在、異人と思しき少女一人を連れて逃走中です」
「それって協力者ですか?」
「連れている少女のランクはE未満。断定はできませんが、おそらく……」
「つまり、目標は無関係の少女一人を人質に逃走中ってことですか。では今からはじめますので、目標の能力の特徴などを教えてください」
「その必要はございません。実は先ほど目標と接触し、その際逃げられはしたものの麻酔弾を打ち込みましたので、昼過ぎまでは起きないでしょう。それにこちらでも部長自ら捜索にあたっていますので、今のうちに寝ておいてください」
「それではお言葉に甘えて」
「これはこちらがまとめた資料です、後で目を通しておいてください」
資料の入った封筒を机の上に置くと、職員は刹那の家から去っていった。
朝八時、刹那は昨晩訪れた管理社職員に睡眠を妨げられたこともあり眠たそうに目をこすりながら、隣家の武藤家の鍵を開けた。武藤家は父子家庭である隣の双葉家とは親交が厚く、特に刹那の父が行方不明になって以来、合鍵を渡し刹那を家族同然に扱っている。
「おはようございます」
「刹那ちゃん、おはよう。今日は朝ごはん食べるかい?」
「いつもお世話になっています……ところで京介は?」
「まだ寝てるよ。いい加減刹那ちゃんを見習ってほしいもんだよ」
そういわれると、刹那は二階に上り京介の部屋に入った。
「京介、起きろ」
刹那は眠っている京介に声をかけながらゆすった。だが京介は一向に起きる気配がなかった。
「いだあああああ」
突然京介は股を抑えて悲鳴を上げ、飛び起きた。いつまでも起きようとしない京介に対し、刹那は電気ショックに匹敵する一撃を浴びせたからだ。
「朝っぱらから何するんだよ」
「いつまでも起きないからでしょ。それはともかく、ご飯食べたら一緒に家まで来て。緊急の依頼よ」
「わかったけど、いくらなんでも普通に起こしてよ」
「わかったんなら文句は言わない……それとももう一発食らいたいの?」
「滅相もありません」
「素直でよろしい」
朝食をとった刹那は、京介を連れて家に戻り、地下室に下りた。
そのころ一人の女性が晶の住む四象家を訪れていた。
女性の名は渡辺玲子、歳は四十七歳。よく見れば顔に多少のしわがあるものの、化粧をすれば三十路前と言われても疑いようがないほど若く、とても四十後半には見えない。
秋隆は四象家を尋ねてきた玲子を出迎えた。
「どちらさまですか?」
「晶さんはいますか?はじめまして、わたしはくまの家の管理人をしている渡辺玲子と申します」
「これはご丁寧に、俺は晶の従兄弟の秋隆です。晶ですね、すぐに呼んできます」
秋隆は朝食を終え部屋にいた晶の元に急いだ。
「晶、お客さんだぞ。くまの家の渡辺さんだって」
秋隆に呼ばれた晶は、すぐさま客間に移った。
「晶さん、昨日あけのが来ませんでしたか?」
「来てませんが……もしかしてあけのに何かあったのですか?」
「昨日から帰ってきていないのです。心当たりとかはありませんか?」
昨日晶が感じた「いやな予感」、それがあけのの失踪という形で現実のものとなってしまった。
「心当たりはありませんが、昨日彼女はくまの家を出たいと言っていました」
「そのことなのですが、実はおととい反対したばかりなんです」
孤児院を出たいことと機嫌が悪いこと、昨日はいまひとつはっきりしなかったあけのの不機嫌の真の理由がはっきりした。
「もしかしたら、どこかでアパートでも借りたのかもしれないですよ」
「それはありえません。あの子が勝手に部屋を借りないように、近隣の不動産屋には話をつけておきましたから」
「先生、さすがにやりすぎですよ。それじゃあ今頃どこかで野宿してるのかも……」
「野宿……あけのも女の子だからそこまではしないと思い過ごしていました。わたしは部屋を借りれなかったら晶さんを頼るか、あきらめて帰ってくるものだとばかり……」
「昨日あけのが言ってたんですよ、『くまの家がいやだからじゃない、わたしはただこれ以上、誰かにおんぶにだっこの暮らしじゃなく、自分の力で生きていきたい』って」
「あの子そこまで考えて」
「実は私も、それなら家に来ないかって誘ったんですよ。でも行かないって言われました。それだと頼る人が変わるだけで意味がないって」
晶との話が一段落すると玲子は帰っていった。
「秋兄、今日は用事ある?」
「何だ、突然。今日は何もないけど」
「それなら今から手伝って」
晶は秋隆を引き連れ、あけのの捜索を始めた。
昨夜の一件から十二時間あまり、ようやくハチは目を覚ました。
目覚めたハチは左腕に包帯が巻かれているのに気がついた。
「ハチ起きたんだ、さすがにいつまでも起きなくて心配したんだよ」
「おまえ、まだいたのか。それにこの包帯……」
「怪我してたみたいだから。直りかけみたいだけど、結構痛そうだったし」
「これは奴らにやられた傷だ、おまえが気にすることじゃない」
「まあ傷のことは置いといて、これからどうしようか?」
「おまえはどこでも行けばいい。暗かったから、おまえの顔は割れてないだろう。それに俺一人なら何とかなる」
「おまえじゃない、わたしは『あけの』よ!」
昨夜の自己紹介以来、一向に名前で呼ばないハチに対し、あけのの怒りが爆発した。
「俺とおまえは赤の他人、別にどうでもいいじゃないか」
「よくない!わたしとハチはどっちも異人なんでしょ……だったら、仲間だよ」
「それは何かの間違いかもしれないんだし、いくらそうでもおまえじゃ戦力にならんよ」
「それでも何かの役には立つ!だってわたしとハチは『仲間』でしょ」
「無理だ!」
「できる!」
言い争うこと三十分あまり、ついにハチは根負けした。
「しょうがない、ついてこれるものならついて来い。そのかわり置いてかれたらあきらめろ。わかったな、あけの」
「了解!」
二人は相談した結果、下手に動くより隠れて様子を見るほうが得策との結論に至った。
昨日あけのが管理社職員に話しかけたのが夜中で、月もさほど明るくはなく薄暗かったのは不幸中の幸いであった。
そこで顔が知られていないあけのが物資の確保や情報収集を担当し、ハチはその情報から次の手を考えることとなった。
「擬似神経接続終了……オールデバイスオンライン」
捜索開始から四時間あまり、刹那の大捜索が開始された。
刹那が行っているのは他人の感覚神経を自らに繋げ、一時的に共有する魔術。一言で言えば他人の目を第二、第三の目として使用する、探索にはもってこいの能力である。
この魔術には人間と接続するには、相手に触れた状態で接続を行わなければならないという欠点こそあるものの、双葉家に代々受け継がれた魔法で、刹那が「眼」と称される由縁でもある。
今回刹那が接続したのは川澄町の中心、大沢池から半径二十キロ範囲内にいる動物たち。その数約千匹、そのうち百近くは鳥であり接続に時間をとられたが、町の探索には十分なほどである。
「外周部からの視覚入力を切り替え。範囲内部の探索へ移行」
刹那は探索に十分な数を確保するのには時間をかけたとはいえ、その間の対策もぬかりはなかった。
昨夜依頼を受けた時点で今回の探索範囲内の動物と神経を接続し、記憶を見れるほどそれらと深く接続することで生きた監視カメラとして使用していたのである。
それには今回の目標の姿は見られず、このことから目標はいまだ町内に潜伏している可能性が高い。
刹那が探索魔術で目標を探している間、京介も何もしていないわけではない。
彼は大沢池の小屋にいた。
刹那が発見してからすぐさま駆けつけるには探索範囲の中心に待機するのがもっとも効率がよいという理由だが、それ以外にもこの小屋の前が目標の、最後の目撃現場であるからでもあった。
この日は池に訪れる人が少ないのか、小屋にも誰もいなかった。
「昨日の夜、この小屋から飛び出してきた目標が女の子を抱えて去っていった。その子が出てきたのも同じくここ……つまりその子は嘘の証言をしたわけだよな」
昨夜の一件の現場に訪れた京介は、昨夜の真相はどのようであったか考えていた。参考程度にと小屋の中を見回していると、カーテンに隠れる形でバッグが落ちていた。
「何だ?これ」
ためしに中をあけてみると、女物の服と下着が入っていた。
情報集めに外に出たあけのは、とりあえず昨夜の現場に向かうことにした。
「あ!そういえば」
道中、あけのは思わず声を出した。
昨夜の一件で小屋の中に荷物を置いたままにしたことを思い出したからである。
小屋まではすぐそこではあったが、思い出したとたん急に不安になったあけのは大急ぎで小屋まで走った。
小屋のドアを開けると何者かがバッグを漁っていた。
「あ……」
「きゃー!」
あけのは大声をあげながら何者かをはたき、小屋の中には「パチン」という爽快な音が鳴り響いた。
「いきなり叩くなんて……どうゆう用件ですか?」
「それはこっちのセリフよ。人の下着を漁っておいて……」
お互いに相手の顔を確認すると、二人は同時に相手の名前が思い浮かんだ。二人は学校のクラスメートであった。
「川澄さん!」
「武藤君!何でわたしの下着を?」
「何で、って小屋の中に落ちてたんだよ。そもそも本当に君の物なの?」
「昨日置き忘れたのよ」
「だからって、何も言わずに叩くことはないと思うけど。まあよくよく考えたら勝手に開けた俺も悪い……川澄さん、ごめん」
あけのの怒り具合を見て本当のことだと納得した京介は下着をバッグに戻し、あけのに手渡した。
「ところで置き忘れたって、昨日ここで着替えなんかしたの?」
「銭湯に行った帰りに寄ったんだけど、そのときにね」
「ああ、銭湯ね」
あけのは京介に詳しいことを説明する気はなかったが、昨晩銭湯に行ったのは一応真実である。
「それって何時ごろ?」
「十時ごろかな。でもそれがどうしたの?」
「それは……ごめん、電話だ」
二人の会話を妨げるような形で、京介の携帯電話が鳴った。電話の相手は刹那である。
「‐もしもし‐」
「‐京介、見つかったわ。すぐ近く、学校の旧校舎の中よ‐」
「ごめん、川澄さん。急用ができたから行かなくちゃ。さよなら」
「じゃ、またね」
あけのと別れると、京介は連絡どうり旧校舎に向かった。
「‐旧校舎に到着……今どの部屋にいる?‐」
「‐家庭科室よ‐」
京介が旧校舎に踏み入ったころ、ハチは二人の電話での会話を聞き取っていた。
会話の内容から追っ手だと予想したハチは壁際の窓を開け、京介を待ち受けた。
次第に大きくなる足音、家庭科室の前に到着した京介は引き戸を開けようと足を止めた。
京介の手が取っ手にかかる、それに合わせて外に出たハチは天井に飛び上がった。天井には手をかける所は無かったが、壁と照明を取り付けるために付けられた出っ張りの間に、全身を伸ばして挟まった。
「‐窓が開いている。感付かれたみたいだ‐」
「‐ちがう!京介、上!‐」
刹那にいわれたとおりに上を振り向くと、上からハチが襲いかかろうとしていた。刹那の指示のおかげで京介はとっさに奇襲をかわした。
「あんたが秋田か?いきなり襲い掛かるなんて危ないじゃないか」
「管理社の者か?これ以上は問答無用だ」
距離をとっていた京介に対し、ハチは突進を仕掛けた。五メートルほどの距離があったが、ハチのスピードの前では無きにひとしい。
「纏え、
ハチの殺人タックルを京介は正面から受け止めた。
京介が使用したのは肉体強化魔術の一つ。肉体を魔力の鎧で包み込み、攻撃を受け流すことを主とする、数少ない京介の得意技の一つである。
「なかなかじゃないか、普通なら死んでるぞ」
自動車に轢かれるほどの衝撃を受け止めただけあり、地面に互いの足がめり込んでいた。
「今度はこっちの番だ、
呪文と共に京介の動きが高速化する。
京介は両の拳でハチを殴りつける。
ハチも対抗するように、あえて京介の拳に自らの拳を打ち返した。
ハチは京介の連続攻撃を見切っていた。あえて拳を狙うのも、京介の拳をつぶすことで攻撃の手を奪うためである。
「もらった!」
ハチは反撃の結果できた京介の隙を突く右のミドルキックを出したが、京介はその上を行っていた。
「
隙を突いたつもりで出したモーションの大きい攻撃こそ、最大の隙であった。
京介は蹴りを出すために足が止まったハチの後ろを取り羽交い絞めにし、さらにそのまま締め上げハチの両肩を脱臼させた。
終わってみれば戦いは京介の圧勝だった。
京介は両肩だけでは飽き足らず、痛みにもだえるハチの両手と両足をロープで縛り上げた。
目的が捕獲であるための処理だが、結果的には圧勝とはいえB+ランクの異人であるハチを警戒した処置でもあった。
縛り終わると、京介は刹那に電話をかけた。
「
‐もしもし、終わったよ‐」
「‐おつかれさま。もうすぐ着くからそれまで見張ってて‐」
「‐了解……管理社への連絡は?‐」
「‐私がしておくから、あんたは今のうちに休んでて‐」
「‐わかった、切るね‐」
電話を終えると、刹那は管理社に電話を入れた。
「なんだろう、このいやな感じ……」
京介とハチの戦いが終わったころ、先に池で京介と別れたあけのは悪寒を感じていた。
「異人」、あけのはその因子を持つだけであるが、今後異人として覚醒する可能性がある。
そのためであろうか初めて覚醒した異人であるハチと出逢って以降、あけのはハチと見えない力で繋がっていた。
不安に思ったあけのは拠点を目指した。
「これだけ見事に縛り上げるなんて上出来よ」
「そんなこと言ってもこっちは三倍まで使ったんだ。それでダメだったら返り討ちだったかもしれないよ」
「でも結果的に取り逃がさなかったんだからよかったわ」
「それにしても昨日は職員の人から逃げておいて、今日は何で戦ったんだろう?奇襲をかける暇があったら逃げられたのに」
「たぶん、一人だったからよ、多勢に無勢というでしょ。それにこいつの因子は獣、これまでの行動から犬の可能性が高い……犬は耳と鼻が利くから、それで人数を割り出していたのね」
ブチ!
突然何かが切れたような音が部屋中に響く。
刹那と京介の前で縛り上げた状態であったハチの体が見る見るうちに膨れ上がり、拘束していたロープを引きちぎり始めたのであった。
「まさかこれって」
「まって、一応『星見眼鏡』を持ってきておいたわ。大丈夫、まだAには到達していないわ」
刹那は変化するハチを持ってきた虫眼鏡を通して観察した。この道具は「星見眼鏡」といい、人が本来持ち得ない「因子」を持つかどうかを測定できる、一言で言えば異人測定器である。
この眼鏡を通して異人を見たとき、見える光こそ人を異人へと変質させる因子であり、その色で因子の種類、光度でその影響を図ることができる。
管理社でも使用しており、職員が使っているサングラスは、実際にはサングラスにカモフラージュしたこれである。
「まて!」
ハチは刹那の制止など聞く耳持たずに去っていった。
足の速さは先ほど京介と合間見えたときよりもさらに速く、京介に強化魔術を行う間を与えずに振り切っていった。
「‐目標に逃げられました、すぐには追えないのでそちらでカバーしてください‐」
「‐わかりましたが、一体どうやって……いつもどおり、頑丈に縛り上げておいたのでしょう?‐」
「‐ニアAランクまで進行し引きちぎられました。暴走も時間の問題です‐」
「‐とりあえずご苦労様です。そちらは町の周囲を監視していただければ結構なので、少し休憩してください。相方もお疲れでしょう‐」
刹那はハチに逃げられたことを管理社に連絡した。
電話を受けた名雲はすぐに出張事務所を出発した。
一方刹那たちもひとまず家に帰ることにした。