秋隆がスーパーで買ったのはえびや貝などの魚介類であった。
秋隆は生肉はなるべく商店街ののと肉で買うことに決めているため、スーパーに行った時点で肉を買うことはめったにない。
家の近く、先ほど京介と戦った辺りから秋隆は妙な気配を感じ始めた。
「いい加減出て来い。来たければついて来い」
「どうして……」
秋隆が感じていた気配の正体は京介であった。京介は先ほど倒された位置から秋隆を尾行していた。
「俺を招いてもいいのか?ここがあんたの家なら、中に入ったらやつを襲うかもしれないのに……」
「その気があったら普通一旦逃げるか、仲間を呼ぶだろ。場所さえわかればいつでも良いんだからな」
「あんたにはかなわないな。わかった、これだけは言っておく。やつが危なくなったらそのときは俺も手伝う」
「そうか……ところであんた、名前なんだっけ?」
「そういえば言い忘れてたな。武藤京介だ」
「京介か、よろしくな。そうだ、これから夕飯だけど、食っていくか?」
「遠慮しておく。明日また来るから、今日のところはあいつを任せておくよ」
京介は帰っていった。もう日も沈んでいた。
「ただいま」
「おかえり、秋兄……」
帰ってきた秋隆を出迎えたのは晶だった。
「今日はこれでパエリヤを作るから、あけのと下拵えしておいてくれ」
秋隆はレジ袋を晶に手渡した。
「あけの、夕飯作るから手伝って」
「わかった」
台所に下りたあけのと晶は魚貝の下拵えを始めた。
「秋田さん、ちょっといいか。大事な話がある」
「その様子だとあいつを倒したのか?」
「まあな……これから言う話はあんたの人生にかかわる。二人だけで話したい」
「人生って言われても……」
「隠すことはない。あんたが異人だってのはわかっているさ」
「なぜそのことを、もしやあんたも……」
「心配するな、俺は敵じゃない。さっきも追っ手と戦っただろ」
「じゃあなんで?」
「俺も普通じゃないってことさ」
「そうか、じゃあ話ってのは……」
「異人についてだ。それにはまず異人そのものについて話さないとな。」
「異人そのもの?」
「あんた、自分の能力のことをどのくらい理解している?」
「普通より力も強いし動きも速い、それくらいかな」
「獣タイプは身体能力の向上が顕著なタイプが多いからな。自覚はしにくいか」
「自覚?それに獣タイプって……」
「異人は『人ならざるものの因子』をもつ人間のうち、その力に覚醒したやつのことだ。そして持っている因子の種類によってタイプ分けされる」
「因子?」
「一言で言えば、人以外のモノが持つ構成要素だな。あんたの場合だと犬の因子を持っているようだから、普通の人より耳や鼻が利く上に、犬の力が追加された分、身体能力も高い」
「犬……だから獣タイプか?」
「そういうことだ。他にも蟲系、無機物系、幻種系なんかがある」
「秋兄、下拵え終わったよ!」
「続きは後で話すから、あけのには知られないようにな」
「はやくしてよ!」
「はいはい、今行くよ!」
あけのに呼び出され、秋隆は台所に向かった。
二人の手伝いもあってパエリヤは一時間ほどで完成した。
「秋田さん、遠慮なく食べてくれ」
「ハチ、秋兄は料理上手だから大丈夫だよ」
「なんだかさっきから世話になりっぱなしだな……う、美味いな」
「でしょ!」
「あけのは家に着たばかりのくせに自慢しすぎ!」
「晶、そんなこと言っても……」
「そういえばあけのと二人はどういった関係だ?」
「元々私とあけのは友達で、あけのは今日からここで住むんですよ」
「友達の家に居候ってわけか。じゃあお兄さんの方は?義理の兄弟とか……」
「秋兄とは従兄妹どうしなんです。だから似たようなものですよ」
ハチとあけのが秋隆の料理を気に入ったこともあり、パエリヤはすぐになくなった。
「晶、先に風呂に入っておけよ」
「秋兄が先に入れば?」
「こういうときは女性優先、あけのと一緒に先に済ませておけ」
「そこまで言うならお先に……あけの、お風呂入ろ」
「それなら晶が先に……」
「広いから二人一緒に入れるから大丈夫だよ」
「そうなの……一緒に入るなんてなんだかくまの家みたい」
二人は風呂に向かった。先に風呂に入らせたのはハチと話の続きをするためである。
「さっきの続きだ。人の身に人以外を構成する因子を持ち続けると、人とは違ったものに変ってしまうんだよ」
「どういうことだ?」
「自分が自分じゃなくなるんだ。暴走した因子に意思を支配され、その体も別のものに変化してしまう」
「じゃあ俺は犬にでもなるって言うのか?」
「正確には犬と人との合成生物、たぶん狼男みたいになる」
「冗談だろ」
「本当だ」
「だからって命を狙われる理由がない」
「因子の力はある一定を超えると暴走し、その力は飛躍的に上昇する。そうなったら普通じゃ手も足も出ない化け物になる。だからそうなる前に対処されるんだ」
「それをおこなっているのが管理社というわけか」
「あんたの場合、手遅れなんだ。いつ爆発するかわからない爆弾を抱えているのと同じだ」
「なあ、本当に手遅れなのか?」
「残された手段は暴走した因子を手なずけることだ。それができれば……」
「それにはどうすればいい?」
「でもあんたにはたぶん無理だ。推測なんだが、さっきなんで雑木林にいたのか覚えてないんじゃないか?」
「なぜそれを……」
「あんたが潜伏していた旧校舎の家庭科室、あそこにロープの切れ端が落ちていたんだ。あんたはたぶんそこでつかまって、気が付いたら雑木林にいたんだろう?」
「そのとおりだ。両肩を外された上で縛られたまでは覚えているが、気が付いたらあそこにいた」
「それは現状で因子の力を扱いきれていないことの証拠だ。おそらく暴走した因子の影響であんたは一時的に力が増大し、ロープを引きちぎってそのまま逃げたんだな」
「じゃあ、あけのはどうなんだ?あいつらはあけのも異人だと……」
「あけのは異人じゃない。正確には因子は持っているが、覚醒する気配はまるでない。まあそれでもあんたと共鳴していたようだから、素質は高そうだけどな」
「共鳴?」
「あんたが雑木林にいるのを見つけたのはあけのなんだ。なんだかこっちにいる気がするって言うから、着いていったら見つかったんだ」
「それじゃ、昨日おれがしたことは無駄だったのか……」
「なにをしたのかは知らないが、無駄じゃないさ。あけのはあんたを大事な恩人と言っていた。それで十分じゃないか」
「俺のほうが年上だと思うのだが……あんたは一体何者なんだ?」
「少し普通とは違うが、ただの高校生だよ」
「普通とは違う……か。昼間の小僧や管理社の責任者みたいなものか?」
「責任者ってやつは誰か知らないが、もう一人は魔法使いさ。ところでその責任者ってどんなことをした?」
「見た目は普通のチョップだった。だが同時に見えない刃で左腕を切られた」
「確信はないが風霊術師だな。霊術師は一応魔法使いの一種だが、能力的には超能力者に近く、特定属性の自然干渉に特化した術を使う。その中でも風霊術師は風を操るのに長けている。見えない刃はたぶん風の霊力で作った刃だ」
「そういうあんたも魔法とかが使えるのか?」
「俺は普通の人間だよ。人の域を超えた四象の技を身につけているから、言い換えれば超人ってことになるかもしれないけどな」
「世の中って広いんだな」
「お風呂上がったよ!」
風呂から上がった晶が秋隆を呼んだ。
「わかった!……秋田さん、話はこれで終わりだ」
「あんたは俺をどうするつもりだ?」
「何もする気はない。ただ、あんたの意思が死んだときは、残った体の始末はするつもりだ」
「誰かを守りたい、そう思って行き着いた先は自衛官。誰かを守るために入った自衛隊では、守れなかった人たちの後始末ばかりで守れるものもなく、あげく中東派遣までさせられた。自衛隊に失望していたころにこの力を手に入れて、仲間を助けることが出来て、やっとつかんだ目標も所詮は夢でしかなかったか……」
「秋田さん、あんた……」
「気にしないでくれ。これはきっと昔は喧嘩に明け暮れていた、親不孝者の俺に与えられた罰だ。さっきから考えていたんだが決心がついた。俺はもう逃げない。俺の意思がなくなるその日まで、この力で誰かを守り続けるだけさ」
「俺の見立てだと二、三日は大丈夫だろう。全力を出さなければ二週間はもつ。だからそれまでは遠慮なくここにいてほしい」
「秋隆、ありがとう」
四象家をあとにした京介は刹那の元に戻った。
「刹那さん、ただいま」
「京介、なにしていたの。それに目標は?」
「預けてきた」
「預けたって一体誰に?」
「四象秋隆」
「四象ってまさかあの……」
「その四象だよ」
「四象一族の末裔がこの町に住んでいるとは聞いていたけど」
「彼ならば万が一の事態は避けられる」
「その根拠は?」
「もしものときは俺もあの人を手伝う。二人でやればきっと勝てる」
「あんたは暴走した異人をなめている。二人でやれば勝てるって?現状なら京介一人で十分よ。でも暴走したらその力は段違い。サードを使っても攻撃は効かないし、レイジングでもほとんどダメージはない。暴走した異人には町ひとつを壊滅させるつもりじゃないと勝てないのよ」
「それでもあの人は勝つ」
「いくら四象一族とはいえ所詮は人間よ!もういい、あんたはこの件から外れて。あたしがやる」
「でも刹那さんは秋田の居場所を知らないだろ?」
「いいから家に戻ってなさい。ここからは京介抜きでやるから」
「そこまで言うなら勝手にしろよ。俺が邪魔しても知らないからな」
京介は刹那に言われたとおり家に帰った。
京介がいなくなったことを確認すると、刹那は電話を取り出した。
「親が魔術や異人と関係がない京介にはたぶん言ってもわからない……
‐もしもし、管理社ですか。眼です。名雲さんにつないでもらえますか?‐」
「‐少々お待ちください‐」
受話器から保留中を示す音楽が流れる。二十秒ほど経つと、電話は名雲の携帯電話に転送される。
「‐お待たせしました、名雲です。発見しましたか?‐」
「‐ええ。目標は現在、四象家にかくまわれています‐」
「‐さすがですね。その眼に見えないものはないのですか。私なんか霊術師の端くれのくせに探索は苦手でして……それにしても普段なら相方とご一緒のはずでは?たしか武藤京介といいましたか……‐」
「‐京介はこの件からおろさせました‐」
「‐どうして……まさか目標はそれほど強敵なのですか?‐」
「‐そう考えてもらっても結構です‐」
「‐それでは相方の代理は私が勤めさせてもらいましょうか。女性をエスコートするのも久しぶりですしね‐」
「‐おねがいします‐」
「‐それはそうと、四象家の場所はわかっているのですか?‐」
「‐わかってなければ連絡なんてしませんよ。私も疲れていますので、決行は明日の朝でお願いします‐」
「‐道さえ教えてもらえれば、私一人でも……‐」
「‐あの四象がかくまっているなら、そちらの相手をするかもしれませんので……‐」
「‐堅実ですね。わかりました、明日の朝七時、そちらに伺います‐」
「‐七時ですね、お願いします。くれぐれも抜け駆けはなさらぬよう‐」
電話を切ると、刹那はそのままベッドに倒れ、眠ってしまった。昨夜からの魔術行使で刹那の疲労はピークに達していた。
山の中、三人の親子がキャンプをしている。八歳ほどの女の子とそれを見守るその子の両親。
川沿いにテントを張って、焚き火の上で飯盒を吊るして炊いたご飯とカレー。幸せな親子の風景がそこにあった。
「また、この夢か……」
刹那はそう思っていた。
幼き日、両親といったキャンプ。この日は刹那にとって忘れられない日である。
「景、刹那、お魚こんなに釣れたぞ!」
景とは刹那の母親のことである。
そして刹那の父親、鎌治が手に持つバケツには五匹の川魚が入っている。
「パパ、お魚いっぱいだね」
「こんなにあって、食べきれるかしら?」
「大丈夫だって。焼き魚にしておけば明日までもつよ」
夕飯の準備をしているうちに辺りは次第に暗くなっていく。準備が終わったころには日は完全に沈んでいた。
「いただきます!」
三人が声を合わせる。
三人は各々皿に盛られたカレーライスを手に持ち、折りたたみ式のテーブルの中心には先ほど鎌治が釣った魚が塩焼きにされて乗っている。
「パパ、ママ、おいしいね」
「そうだね」
「自然の中で食べる料理は最高なんだな」
「うん!」
親子三人で過ごすこの幸せがもうすぐ終わりを告げようとしている。
この夢は刹那の過去。夢の中の幼い刹那には思いもよらない悲劇だが、それを経験している現在の刹那にとって忘れえぬ記憶である。
この惨劇、正確には自身の記憶と後に父から吸い出した記憶の合成。それにより生まれたこの夢は刹那にとって悪夢であり、また母との最後の思い出である。
「やはり、この夢は変わらないのか……」
何度視てもこの夢の結末は変わることはない。幸せに終わりを告げる使者が訪れる。
最初に気が付いたのは景だった。
「あなた、今なにか音がしなかった?」
「山の中だからな。動物じゃないのか?」
「でも熊が出たら危ないわ」
「大丈夫、この山には熊はいない。いても狐と狸くらいだから」
鎌治は楽観視したが、景は時間が経つごとに不安を強めている。
「来る!なにか、恐ろしいものが!」
「ママ、どうしたの?」
「景、しっかりしろ……まさか、あれが来るのか」
景は覚醒こそしていないが因子を持っている。因子の中で最強といわれる幻種系、景はその因子を持っていた。だからであろうか、景はその身に降りかかる危険を予測することには長けていた。
接近する脅威、それが因子を持つ化け物であればなおのこと。
「刹那、ママと一緒にテントに隠れていなさい!」
「パパは?」
「パパはここで二人を守る。危ないから、パパが良いと言うまで絶対に外には出ないんだぞ」
「あなた、気をつけて」
「俺の力はおまえたちを守るためのもの。もしものときは刹那を頼むぞ」
景は刹那をテントの中に引き入れた。まだ幼かった当時の刹那は事情を理解してはいない。
ついに、その者はやってきた。
身長は二メートルをゆうに超える巨体、全身を金の体毛に包まれるそれは、大きな熊のようである。
だが熊とは違う。
その顔は体毛が伸び放題だが人間そのものであり、股間はズボンの成れの果てであろう布で包まれている。
それは異人であった。それが異人をも喰らう異人「喰人鬼」であることを、そのときの刹那たちは知る由もない。
「あんた、一体俺たちになんの用だ?」
鎌治の問いかけにも返事はない。ぶつぶつと言葉のようなものを繰り返すのみである。
「どうやらまともじゃないようだな。死んでもらおうか……汝そのものを包み、汝そのものを清め、汝そのものを撃ち滅ぼす。燃やせ、
鎌治の詠唱と共に喰人鬼が蒼き炎に包まれる。炎は喰人鬼の体毛で燃え盛るが、肉を焼き尽くすには至らず、喰人鬼自身は炎にひるむ様子はない。
「さすがに一筋縄ではいかんか……我が友たる君よ、我にその身を挺し、我にその身を委ねよ。
鎌治が詠唱すると地面が盛り上がる。さらにそれに石が集まり人の形をなした。
鎌治の得意技、
「
鎌治は魔術で
火炎魔術で溶解させた石の剣、それを構えた
だが、喰人鬼には通用しなかった。
一太刀目と二太刀目の傷が交差する形に付いていたが、皮を裂いただけで喰人鬼の肉には傷は届いていなかった。
「なんて頑丈な」
炎も、鋼をも切り裂く
「汝君を溶かし、君汝を宿し魔を穿つ。」
詠唱と共に
鎌治は
「ここまで硬いとは……汝そのもの包み、汝そのものを清め、汝そのものを撃ち滅ぼし、汝そのものを原初に還す。滅びそれ即ち転生なり、火葬転生」
鎌治の魔術によって生み出された炎は最初の蒼き炎のさらに上から喰人鬼を包みこむ。
その隙に鎌治は
再び喰人鬼の胸目掛けて飛び交う
胸に突き刺さろうとする寸前で喰人鬼は槍を受け止めると槍の先端を握りつぶす。槍をつかまれ身動きが取れない
衝撃で
「ヴォー!」
喰人鬼が咆哮する。
喰人鬼を燃やす炎もそれで掻き消えた。
鎌治の攻撃は喰人鬼の怒りを買ったのだろう。これまで景と刹那が隠れるテントを目指してゆっくりと歩み寄るだけであった喰人鬼は標的を鎌治に変更した。
これを好期と見た鎌治は三体の
「景、刹那、今のうちに逃げるんだ」
「あなた……」
「今、やつの目には俺しかない。今なら逃げられる!」
「わかったわ。でも絶対生きて帰ってね……刹那、ママと一緒に行こう」
「ママ!あれ、怖い……」
「ママがついている。パパが守ってくれる。だから大丈夫」
「子どもにはこれ以上見せたくない……刹那、しばらくおねんねしていてくれ」
鎌治の瞳が刹那の瞳と重なると刹那は突然眠り始めた。
眼をトリガーにした簡易的な催眠魔術。実戦的なものではないが、幼い刹那を眠らすのには十分の効果がある。
「景、刹那を抱いて早く行くんだ」
景は刹那を抱えながら喰人鬼の死角になるようにテントを裂いて外に出て森の中に姿を消した。
強固な
それでも最低限、景が逃げるだけの時間は作れた。
鎌治は左手で右手の手首を握ると、気合を込め始める。
「我が血脈に受け継がれし鬼よ、今その力を我に」
鎌治の右手から刀が現れる。この刀は「妖刀吸血鬼」、人の血を吸いその力に代える、双葉家に代々受け継がれてきた魔剣である。
いくら強靭とはいえ喰人鬼も生物であることは変わらない。生物である限りその血を吸うことは可能である。
「これしか手はないか……倒せないにしても、足止めくらいはさせてもらう。」
その手に吸血鬼を構えると、そのまま喰人鬼に切りかかる。
鎌治と喰人鬼の身体的な力の差は歴然。鎌治に喰人鬼のカウンターパンチが放たれる。
だがそれは鎌治には届かなかった。
そのまま懐に入り、鎌治は喰人鬼を切りつけた。一方応戦しようとした喰人鬼に両腕は鎖で木に結ばれていた。
石の鎖、喰人鬼に破壊された四体の
喰人鬼は力任せに鎖を引きちぎり、再び鎌治に攻撃を仕掛ける。がむしゃらに振り回される喰人鬼の太い腕はそれだけで棍棒のようで、鎌治はとっさに吸血鬼で防御したがそのまま地面に叩きつけられた。
地面に倒れる鎌治を喰人鬼は片足を上げ踏みつける。鎌治はとっさに横によけたが地面は喰人鬼の足の形に陥没した。鎌治はそのままの体勢で喰人鬼の足を吸血鬼で攻撃し立ち上がった。
立ち上がってからも鎌治は攻撃をやめようとしない。喰人鬼の攻撃をかわしながらの鎌治の斬撃に喰人鬼を倒すだけの攻撃力はない。だが十太刀ほど鎌治が攻撃を行った辺りから事態は一変した。
それまで効果がなかった鎌治の攻撃が喰人鬼に通用し始めたのだ。斬撃そのものが通用しているわけではない。鎌治がこれまでの攻撃で喰人鬼から吸収した魔力を攻撃に転換し始めたからだ。
吸血鬼の吸収能力は直接相手の血を刀身に吸わせたほうが効果は高い。だが膨大な魔力の塊ともいえる喰人鬼相手では刀身が触れるだけで普通なら相手に傷を負わせたのと同等の効果を得ることができる。
鎌治は吸血鬼に十二分に喰人鬼の血を吸わせると溜め込んだ魔力を放出する。
「吸血鬼、魔力開放!」
喰人鬼から吸い出した膨大な魔力が吸血鬼から噴出し、鎌治はそれを刀身に集約させる。
鎌治が吸血鬼を渾身の力をこめて振りかざす。刀身に集約された魔力が光の剣となって伸び、喰人鬼の体を切り裂く。
「これなら」
鎌治はとどめの二撃目を放つ。
横一線の光の一閃。
だが喰人鬼は右手を突き出し攻撃を受け止めた。光の剣は喰人鬼の右腕を上下に裂いたが、鎌治は倒れ、肘まで届いた光の剣は消えてしまった。
鎌治は吸血鬼の魔力を解放した反動で体がしびれ、身動きが取れない。右腕を失ったに等しいとはいえ依然として喰人鬼には鎌治を殺すだけの余力は十分に残されている。
喰人鬼が鎌治に歩み寄る。
鎌治が殺されるのは時間の問題であった。
「鎌治!」
森から何者かがやってくる。正体は景であった。
「景!なんで戻ってきた」
「あなたのことが心配で」
「刹那は?」
「車に寝かせてきたわ」
「馬鹿野郎!だったらそのまま逃げろよ」
「だって、あなたが殺される気がして」
「そんなこと言っておまえまで来たら、二人まとめてやられるぞ」
「あなた、私が死んだら刹那をお願いね」
景は鎌治に近づこうとする喰人鬼の前に立ちはだかった。
「死ぬのは僕一人でいい、おまえは刹那のために生きろ!」
「私が持つ因子は次元を開く角を持った一角獣。その力であれを次元の間に封印すれば」
「一角獣?おまえなにを言って」
「家族を守りたい。その思いに私の因子も答えてくれたみたいなの。でも今の私の力では一回が限度、だから帰っては来れないわ」
娘を、そして夫を助けたい。この思いが景に眠っていた一角獣の因子を目覚めさせた。
「おまえ、力が。だからってあんなのを道ずれにする必要は……」
「因子が覚醒した以上、いずれ私は私ではなくなるかもしれない。そうしたら刹那を育てる人がいなくなるでしょ。それに放っておいたらあれはいずれまた私を狙って現れる。でも私が犠牲になればあれももう現れない。それにあなたが死んだら刹那を守る人は居なくなるのよ。だからお願い、あなたは刹那のために生きて」
「僕は景と刹那が生きてくれれば……」
「私だって同じ、自分よりあなたと刹那のほうが大事よ」
鎌治という獲物の前に現れた、景と言う元々の獲物。
当初の獲物が目の前に飛び出たことを喜び、喰人鬼は景の頭をわしづかみにした。
「あなた、約束だから……」
景の額から白き角がせり出す。
景の角はわしづかみにしていた喰人鬼の掌を貫き、そして光り輝く。角から放たれた光に包まれた景と喰人鬼はその場から消滅した。
そして、夢は終わる。
車の中で一人目を覚ました刹那を観光客が発見した。刹那の証言から昨夜キャンプをおこなっていた場所を捜索した警察は、重傷で倒れている鎌治一人だけを発見し、景は見つけられなかった。警察は景を行方不明者として捜索しようとしたが鎌治は拒否し、結局捜索はおこなわれなかった。
事情を飲み込めていない当時の刹那は母を捜そうとしない父に怒りを感じた。
母をないがしろにしたと父を恨みさえした。
だからこそ父に魔術を教わった。父に頼らずとも守りたいものを守れるように、母を捜せるように。
母を捜すために探索魔術は特に熱を入れた。
幸い生まれ持った魔術は探索向きの神経の擬似接続。これを使いこなすことを身に着けた刹那は夜中に父の部屋に忍び込んだ。
父が母を捜さない理由を知るために。
だが知ったのは父の真意と喰人鬼の恐怖、そして警察に頼らずとも独自に母を捜していたことだった。
この夢を見るたびに刹那は父に申し訳ない気持ちになる。
悪いのは喰人鬼であり、父ではない。それなのに理由も知らず父を恨んでしまったことを、父が母を見捨てたと思ってしまったことを。
「お父さん、ごめんなさい」
この夢を見るたびに刹那は枕を涙で濡らす。
母を奪った喰人鬼への恐怖ではない、母の優しさと父への懺悔の気持ちで。