朝七時、刹那の家の前に白い車が駐車した。運転席から出てきたのは白いスーツを着た名雲であった。
「やば、もうこんな時間」
刹那は目を覚ましたばかりであった。家の中に呼び鈴の音が鳴り響く。
「はい、今行きますから少々お待ちください」
刹那は名雲を外に待たせると、急いで涙で濡れた顔を拭き、服を着替えた。
「ママ、言ってきます」
母の写真に手を合わせると、刹那は家の鍵を閉め名雲の車に乗り込んだ。名雲が運転する車は刹那の案内の元、四象家へ向かう。
「なにかが来る!」
秋隆は目を覚ました。休日において、普段は九時近くまで寝ている秋隆にとって、七時過ぎは早起きである。
秋隆の目を覚まさせたのは接近してくる二人の存在であった。押し殺され内に秘められる殺意。秋隆はその二人から感じていた。
「秋兄、今日は休みなのに早いね」
「なんだか目が冴えてな。たまには散歩でもしてくるよ」
「それなら私も……」
「一人で行きたい気分なんだ」
「なにを隠しているの?」
晶は前日から秋隆の様子がおかしいと感じていた。
やたらと行動をあけのと一緒にさせられた。
晶には秋隆が自分たちを避けて、なにかをしているように感じられたのだ。
「あけのも寝ているようだし、ちょうどいい頃合かもな。これから誰かが来る。狙いは秋田さんだ。」
「どうして秋田さんが?」
「あの人は管理社に追われている異人だ。だからおまえは家に残れ」
「相手が管理社なら話し合いでなんとかなるんじゃ……」
「あの人はこれ以上刺激されたら暴走する。だからそっとしておいてやりたいんだ」
「とりあえず秋田さんのことはわかったけど、管理社相手に何をする気なの?」
「追い返すだけだ」
「それなら私も手伝う。二人のほうがやりやすいはずよ」
「管理社も必死だからな。何をしてくるかわからない。だからおまえを残すのは万が一の備えだ」
「わかったわ。でも秋兄も無理はしないでね」
秋隆は交差点まで歩くと、信号待ちをしている白い車を発見した。秋隆はおもむろにその車のドアを叩く。
「なんの用ですか?」
車のドアを叩かれた名雲は助手席側のパワーウインドウを下ろす。秋隆は助手席側のドアを開け車に乗り込んだ。運転中にドアの鍵をわざわざ閉めるのは、幼い子どもを乗せた親くらいである。
信号が青になったため、名雲は車を近くの空き地に回した。
「あんた、管理社の人間だな」
「勝手に乗り込むとは失礼だな。一体なんのつもりだ?」
「聞いているのは俺だ」
「しょうがない。私は君が思っているとおり管理社の人間だよ、四象秋隆君」
「あんた、俺のことを知って……」
「管理社でも君は結構有名なんだよ。まあ正確には四象一族そのものだけどね」
「名雲さん、もしかして彼の家も……」
突然、秋隆と名雲の二人の会話に女の声が割り込んだ。後部座席に乗っていたようである。
「眼、誤解しないでくれ。確かに彼は有名だが、私は住所などの細かい情報は興味がなかったから憶えていないのだよ」
「それなら不満はありません」
「あんたも管理社の人間か?」
「違います。ただの協力者よ」
「それで、君の目的は何だ?」
名雲は刹那が会話に混じったことで外れていた本題を引き戻した。
「あんたらのターゲット、秋田さんのことだ。あの人には今は手を出さないでくれ」
「秋田さんですか、彼はもう手遅れなのでは?」
「だからだ。あの人に最後まで人間として満足してもらいたいんだよ」
「君と秋田さんは深い仲ではないのだろう?」
「それでもかかわってしまった以上、無視はできない」
「あなた甘いね。異人を暴走させて無事に済むと思っているの?」
刹那は突然声を荒げる。
「だからといって、俺には無害の人は殺せないし、殺させたくもない」
「偽善ね。異人なんて因子に飲み込まれる前に殺してあげたほうが幸せなのよ」
「眼、ここは彼に免じて好きなようにさせようか」
「名雲さんまで!」
「そっちは納得してくれたようだな。あんたはどうする?どうしてもって言うなら代わりに俺が相手になるけど」
「それは……それなら私も引くわ」
「交渉成立、俺の用はこれだけだ」
用が済むと秋隆は車を降り、もと来た道を戻っていった。刹那は名雲の意見に納得がいかないようである。
「それでは眼、降りてください。ここからは違うもので行きますよ」
「行くって何処に?」
「もちろん四象秋隆の家ですよ」
「さっきは諦めるって……」
「そんなのブラフです。先回りしてさっさと目的を済ませますか」
「名雲さん、怖い人ですね」
「眼ほどではないですよ」
「それって褒めているの?」
「解釈はご自由に……さあ私に捕まってください」
刹那が名雲の手をつかむと二人は宙に浮いた。
「行きますよ!」
風を操り、無理やり浮力を発生させて飛行する。風霊術師である名雲にとっては造作もないことである。空から先回りし、二人は秋隆が帰ってくるよりも早く四象家に到着した。
刹那が玄関の戸をあける。
「誰ですか?」
出迎えたのはあけの、寝起きなのか寝癖で髪の毛の一部が立っていた。
「あけの?」
刹那にとってあけのは中学時代からの後輩である。高校も同じのため今でも付き合いはあり、その上で彼女から四象秋隆と親しいという話を聞いたことはなかった。
「双葉先輩、どうしてここに?」
「今は眠って!ここでの事は忘れるのよ」
刹那は眼をあけのの眼に合わせる。するとあけのは突然脱力し眠り始めた。
父から教わった催眠魔術。魔術の類の知識のないあけのには、十分な効果があった。
「眼、その子と知り合いなのですか?」
「彼女は学校の後輩よ。なぜここに居たのかはわからないけど」
二人は土足で上がりこむと、窓際の廊下に沿って家の奥を目指した。探索が苦手な名雲でもここまで近づけばハチの居場所の特定は可能である。
二人はハチのいる部屋の前にさしかかったところで女性の声を聞いた。
「土足で上がりこんで失礼ですよ」
二人の前に声の主である晶が姿を現す。その手には一振りの刀を手にしていた。
「それは失礼しました。ですがそのようなものを持ち出すあなたも、人のことを言えないと思うのですが」
「あなた方は管理社ですね。手出しはさせません、力ずくでも出て行ってもらいます!」
廊下の窓はすでに開けられていた。
晶は手にした剣を鞘から抜くと名雲に胴を放った。とっさに当てられては困ると思った名雲は、晶の狙いどうりに外にかわした。
名雲がどいたことで、晶と刹那は互いに顔を合わせた。
「村上さん?あなたまで!」
「双葉先輩じゃないですか?先輩こそどうしてその男と」
刹那と晶は二人ともクラス委員のため学校行事の会議で顔を合わせる間柄である。
「たとえ先輩でも、ここは通せません!」
「あなたは自分が何をしているのかわかっているの?」
「先輩たちは秋田さんを殺す気なんでしょ」
「いまやらないとあなただって無事に済むかわからないのよ」
「秋兄との約束だから、私は秋田さんを守るのよ」
「そんなに秋兄が大事なのか!このわからず屋」
刹那は左手で右手の手首を握り、力をこめる。
刹那の右手から一振りの刀、父から継承された妖刀「吸血鬼」が姿をあらわす。
刹那は吸血鬼を両手で握ると晶に振りかざした。
「今だ!」
晶が刹那との戦いに集中していると視た名雲は、隙を突いて縁側から外に出て、ハチのいる部屋に霊力の刃を飛ばす。晶は刹那の攻撃を剣で受けたが、背後を通過する攻撃に気づいたのはふすまが破壊され、音を立てたときであった。
「しまった!」
後悔しても晶がこの攻撃を防ぐには気づくのが遅かった。刃はハチが眠る布団の中心を見事に捕らえていた。
「まだまだ!」
名雲は続けて二発、三発と刃を飛ばす。だが晶は刹那の相手で手一杯であった。
晶は渾身の力で刹那を払いのけ名雲の攻撃を防ぎ始めたのは七発目からであった。
「これで終わりでしょう。眼、一応確認してから戻りましょう」
名雲は半壊したふすまを開けた。
「やっぱりあんたは信用できないな、管理社さん」
ふすまを開けた名雲の前に写ったのは血まみれのハチではなく、右手に小刀、左手に靴を手に持った秋隆であった。
ハチが寝ていた布団にはだれもいない。
「四象くん、いつの間に?」
「今に決まっているだろ。さっきまであんたと一緒にいたんだから」
「そうですか、私が嘘をつくと見通して」
「一応の用心だ。あんたは管理社の実行部隊の人間だからな。それにしてもさっきの女性が同じ学校の生徒だとは思わなかったよ、双葉先輩」
刹那は男子生徒の間では学年を問わずに名が通っている。秋隆は彼女に特別な興味があるわけではないが、それでも彼女の顔は覚えていた。
「晶!おまえは先輩を足止めしてくれ。向こうは俺がなんとかする」
「秋兄、まかせて」
晶は刹那にその手の剣を構え、間合いを測る。
「四象くん、秋田さんは何処ですか?」
「そうやすやすと教えるか!」
「なら、力ずくで!」
名雲は秋隆に空気の刃を飛ばす。途切れることなく飛来する攻撃だが、秋隆が軽々とそれを小刀で切るとかき消える。
名雲に歩み寄り縁側にたどり着いたところで秋隆は左手に持った靴を履いた。
「戦いの最中に……馬鹿にするな!」
名雲はこれまでの数倍の大きさの刃を飛ばす。大きさは秋隆の身長よりも大きい。
「いい加減にしろ!」
秋隆は片足しかまだ靴を履き終えていなかった。秋隆は空気の刃を睨み、その手の小刀を振り払う。そして刃は秋隆の一振りで消滅した。
「さっきから家を壊すつもりか!それに靴ぐらいゆっくり履かせろ」
「あなたから仕掛けた戦いのくせに……」
「そもそもおまえが来なければこうならなかった」
「そこまで言うなら靴を早く靴を履いてください。続きはそれからです」
秋隆に言い寄られた名雲は攻撃をやめ、秋隆は残りの靴を履き終えた。
「待たせたか?」
「いえ、では早速はじめるとしましょうか!」
仕切りなおしをしてから名雲の攻撃が変化した。
右手を開いて前に突き出すと、そこから空気の球を打ち出す。
「形を変えただけでは!」
秋隆も先ほどと同じく小刀で切り裂く。だがそれも名雲の計算の内だった。
切断された空気の球は、二つに分裂し、秋隆に命中した。
「何だ?」
間を与えずに名雲は再び空気の球を放ち続ける。
名雲が放つ圧縮空気の球は、刃のように破壊はできない。たとえ切ろうとも、分裂するだけだからだ。
秋隆には、かわす以外に防ぐ手はなかった。
「まだまだ!」
風が名雲に向かって吹き荒れる。
名雲の両手の間に集められた空気はサッカーボール台の大きさの霊力の幕に固められ、十分に空気が溜め込まれていた。
先ほどまでより数倍の大きさで、その威力は未知数。
しかし家を背にしている以上避けるわけにはいかなかった。
「こうなったら」
秋隆は発射された大球に向かってパンチを放った。大玉は爆発し、周囲には土煙が舞い上がり視界をさえぎった。
「秋兄!」
「よそ見している暇はないでしょう」
刹那と対峙する晶は防戦に徹していた。晶には刹那と命をかけた勝負をする気はないからだ。
だが秋隆が爆発に巻き込まれその心境は一変した。
「先輩、退いてもらえますか?」
「あなたが秋田の居場所を教えたらね」
「なら、力ずくで退いてもらいます」
晶は始めて攻撃に転じた。
縦に振り下ろされる白鞘の剣。刹那は後ろに引いてかわしたが、地面には大きな亀裂が走った。
「なんて力なの。当たっていたら真二つだったじゃないの」
「先輩ならよけられるように攻撃しましたから」
「それって……」
地面の亀裂が伸び、刹那の足元が二つに分かれる。
晶の目的は刹那を切ることではなく地面を裂くことであった。
「きゃあ!」
刹那はなすすべもなく亀裂に落とされた。土煙の中に駆け込もうとする晶に、名雲が問いかける。
「お嬢さん、秋田さんの居場所を教えてください」
「誰があなたなんかに!」
晶は剣を振り下ろす。
「ぐお」
空中に浮かぶ名雲に晶の攻撃は普通なら届かない。だがそれは届いた。晶が切ったのは名雲が浮かぶ空間そのもの。四象の分家である村上家に伝わる空間を切り裂く飛ぶ斬撃「斬空剣」。ダメージを受けた上に風の足場を失った名雲は空から落下した。
落下する名雲の下に晶は駆け寄る。
「間に合え」
名雲は空気を集め始める。空気の球の応用でクッションを作ろうとしていた。
「よくも!」
落下する名雲に晶はタイミングを合わせる。落下の衝撃の対策に集中する名雲には晶の剣を防ぐ手はなかった。空気のクッションを落下地点に配置し後はそこに落ちるだけ。
晶は名雲に胴を放った。
「え!」
突然の横槍で晶の胴は防がれた。
剣を持つ腕を誰かの手が押し止めたからだ。
「秋兄」
「晶、もう良いだろう。このままやったらこいつ死んでたぞ」
「無事だったの?」
「まあな。かわすだけならなんてことないからな」
「敵を助けるとは、調子に乗るな」
空中には未だ先ほどの十二発の球が浮かんでいた。
名雲は空からそれらを落とした。
「悪あがきを」
隙を突いたと見える攻撃だったが、秋隆は晶を抱きかかえて一瞬のうちに移動した。
名雲の攻撃は全て不発に終わった。
「あきらめろ」
「君たち、暴走した異人を殺せると本気で思っているのですか?私に勝ったくらいで倒せると思うのは調子に乗りすぎですよ」
「まだ暴走すると完全に決まったわけではない」
「そういうあなたも手遅れだとは理解しているのでしょう。奇跡でも起きなければそのような事態にはなりませんよ」
「それでも俺は奇跡を待つ。自分から可能性を潰すのは……」
「あなたはまだ子供だ!冷静になりなさい。勝つ可能性がほとんどなく、負ければ死が待っている。ハイリスクローリターンのギャンブルなど乗るものではない!」
「ギャンブル?俺にとってはそうじゃない。勝敗は目に見えている」
「ふざけるな!」
二人の会話に割ってはいる声が一人。晶が作った裂け目から這い出た刹那であった。
「あなたは自分の力を過信しているわ。私たちに勝ったくらいで、暴走した異人に勝てると思っていたら大間違いよ」
「そうか?俺から見たら逆に先輩は自分の力を過小評価していると思うけど」
「それも仕方ありませんよ。彼女は最強の異人を実際に見ていますからね」
「名雲さん」
「最強の異人……喰人鬼か」
「別に、あなたたちには関係はないわ」
「俺が言ってもいいものじゃないかもしれないけど、先輩はこと異人に関しては慎重すぎる気がします。このままだともし喰人鬼と遭遇したら、先輩は勝てないでしょうね」
「それは……今は無理かもしれないけど、いつかあれを倒すわ」
「たとえば、喰人鬼の戦闘力を五十三万くらいと仮定すると、秋田さんの今と暴走したときの力はいくつくらいになるか分かりますか?」
五十三万という値は、もちろん某有名バトルマンガにおける、銀河の帝王のことである。秋隆の問いは、最大値から比較した場合のハチの戦闘能力を尋ねている。
秋隆と言い争いながらも、刹那は真剣に秋隆の問いについて考えた。しばらく沈黙してから刹那は口を開いた。
「そうね、今が千、暴走した状態で一万くらいかしら」
「妥当ですね。では、あなた自身はどのくらいだと思いますか?」
「それは……二千、いや三千。所詮私の力はその程度よ」
「やっぱり、先輩は自身を過小評価していますよ」
「四象くん、あなたならどうだというのですか?」
「双葉先輩は三万、ちなみにあんたは五万ってところだ」
「それが本当なら、私たちは喰人鬼に対して勝ち目がないということですか」
風霊術士としても、管理社の幹部としても強い自負を持っていた名雲にとって、秋隆の見立ては侮辱に感じられた。彼は喰人鬼とも互角に戦える自信があったからだ。
「その様子だと、あんたは先輩とは逆で少々自身を過大評価している節があるようだな。だけど安心しな、五十三万はあくまで予想だ。直接会ったことがあるわけでもないし、実際にはそれほど強くはないかもしれないから」
「わかりました。仮に四象くんの推測が正しいとしましょう。なら君自身はいくつだというのですか?」
「わからない。だが少なくともあんたよりは高い」
名雲の問いかけに秋隆は静に答えた。
納得のいかない名雲はさらに問いかける。
「四象くん、それで納得がいくと思っているのですか?私は管理社でも指折りの風霊術師、名雲一です。その私より強いと豪語するということはそれなりの根拠があると言うことでしょう、普通。それなのに『わからない』なんて答えは通用しませんよ」
名雲の反論は「彼自身のプライドが異様に高く、自身を絶対的としている」点に目をつぶれば理にかなった内容だった。刹那もそれに続いた。
「名雲さんの言いたいことも解るでしょ。あなたがそこまで断定する以上、私も今回のターゲットが危険かどうかははっきりと判断したいのよ」
「そこまで言うなら……先輩は四象一族についてどの程度知っていますか?」
「ええと……類まれなる身体能力と対人、対魔の術を駆使して敵と戦い、戦場では敗北はないといわれていたというくらいかしら」
「そこまで知っているのなら簡単に説明します。先輩は四象の技の根幹が何なのか解りますか?」
「さあ?身のこなしの良さ、あるいは魔力運用かしら……」
「違います。それは眼……全てを見切る魔眼こそが四象の根幹だ」
「その話、俺にも教えてくれよ」
突然、秋隆の説明に割り込む形で声が響いた。
「武藤くん」
声の主は京介だった。刹那の動きに気づいて追いかけた京介だったが、徒歩と自動車ではさすがに到着時間に差が開いたのだった。
「武藤くん?」
晶は只のクラスメートだと思っていた京介まで現れたことに驚きを隠せなかった。
一方、前日の一件以来、妙な近親間を持っていた秋隆と京介は、ろくに会話などしていないにも関わらず打ち解けた様子である。
「京介、思ったより遅かったな。話に混ざれよ」
確かに京介はやたらと秋隆を信頼していた様子ではあったが、それでも二人のフレンドリーさは刹那にとっては疑問でしかなかった。
秋隆と京介に完全に話の主導権をとられ、残った面子はただただ話を聞くしかなかった。
「四象の魔眼……それは見切りだ」
「秋隆さん、勿体つけてそれだけですか?いくらすごくても『見切り』の一言で片付けたらそこで終わりじゃないですか」
「まあ待て。たとえば昨日おまえが俺に使った技、あれは霊力を拳にこめて魔力爆発を起こす技だよな」
「ええ、まさかあれを喰らってなんともない人がいるのはさすがに驚きましたけど……って、なんで霊力を使っていることまで?」
「そこが四象の見切りの本質だ。動きだけでなく相手の技の本質や相手そのものの力量までも推し量る鑑定眼……この力が四象を戦場で不敗と言わしめた技の根幹だ。さっき真似させてもらったけど、出すのは簡単でも京介ほどの破壊力は出せなかったな」
「もしかしてとは思ったけど、さっきの爆発はインパクトだったんですか。初めてであれだけの破壊力はさすがですよ。俺なんか覚えたての頃は火花くらいだったんですから」
「だから……君は自分で見たものに関してはそこまで断言できるのね」
話においていかれてただ黙っていた刹那が口を開く。
「でもね、その理屈だとあなたの主張は矛盾しているわ」
「矛盾?」
「あなたはたとえ暴走しても、秋田八兵衛の力は私や名雲さんには及ばないと断言した。だけどあなたが見たのは暴走する前の秋田八兵衛のみ。過去のデータと比べても予想としては正しいと思うけど、万が一ということもあるのよ」
管理社のデータベースには、暴走した異人の能力は平均して暴走前の約十倍という統計がある。ただ刹那が主張するように、暴走の結果、異人の力が爆発的に向上した例も少なからず存在していた。今でこそ最強の異人と呼ばれる「喰人鬼」もこのパターンで、最初に確認された二百年前の時点ではさして強力な異人とは捕らえられていなかった。
「いや、それはない」
「何を根拠に……」
刹那は秋隆の矛盾をついたつもりであった。だが秋隆の魔眼は刹那の予想を上回るところまで見切っていた。
「異人の力は結局異人が持つ因子そのものの力で決まる。これは先輩たちなら当然知っているよな?」
秋隆の問いかけに刹那はうなずく。
「俺の目には秋田さんの犬の因子より、先輩の身に刻まれた魔術の因子のほうがよっぽど強力に映っている。だからたとえ秋田さんが暴走しても先輩のほうが強いですよ」
話の最初で秋隆はハチ、刹那、名雲の戦闘能力を数値化したが、これははっきり言えば強い順に並べ替えただけで数字は適当である。秋隆が見ていたのは能力の根幹を成す因子そのものだった。
異人でなくとも魔術をその身に刻んだ魔術師や、霊力を自在に操る霊術師たちにもそれぞれの因子が備わっている。はるか昔に「魔法使い」と呼ばれた存在、それらは皆もとをたどれば因子の力を自在に操った人間に行き着く。故に魔法を極めんとする人間にとって、因子の強弱は能力の上下に繋がる重要なファクターなのだ。
だからこそこれ以上、刹那は反論できなかった。四象の見切りを納得していた刹那にとって、秋隆が見切った因子の強弱に文句をつけるということは、いかに彼女が自身の力量を捕らえられていなかったかを肯定することになるからだ。
「話は終わったようですね」
途中から完全に聞き手に回っていた名雲が突然口を開いた。
「四象くん、あなたの言い分は理解しました。ですが秋田さんが正気を保てない以上遅かれ早かれ処分をしなければいけないのは明白です。さあ、秋田さんを出してください。これは最終警告です」
「あんたの好きにはさせない」
「いままで遠慮していましたが……どうやら痛い目にあわなければ納得できないようですね!」
名雲の殺気に反応し、周囲に風が吹き荒れる。秋隆も鞘に納めた短刀を抜き、二人は間合いを取り始めた。
「眼、あなたはどちらにつく気ですか?」
「私は……」
「先輩、下がって!」
名雲の質問に刹那は戸惑った。彼女の目的は暴走した異人による危機の回避であって人殺しではない。そのため効率を重視するためには殺人もいとわないという管理社の考えは心の底では納得できないでいた部分もあったからだ。
その戸惑いで反応が遅れていた刹那を、晶は飛びついて助けた。刹那が立っていた場所の地面は風の刃でえぐられていた。
「名雲さん!」
「手加減はしました。私の指示に従えない以上、あなたは私に歯向かう危険もありますし、もし歯向かわなくてもあなたはその迷いゆえに足手まといになる。命をかけた戦いでは迷いは敗因の一つです。ここはおとなしく、黙って見ていてください」
「あんた、先輩は仲間だろ。俺はあんたを止めようとしか思っていなかった。だが、あんたの方こそ死んでみなければその頭は直らないようだな!」
秋隆の疾走は名雲との間合いを瞬く間にゼロにした。
「風壁!」
秋隆はそのまま短刀を名雲の腹に突き刺し、一方で名雲は咄嗟に詠唱を唱える。
名雲の術の発動の方が一瞬早く、担当は名雲の腹の前で止まった。
「炸裂!」
名雲の詠唱に合わせて、彼の前面で爆発が起こる。とっさに秋隆は衝撃を受け流したが、名雲との間合いは再び開いた。
「待って」
この隙に京介は名雲に襲いかかろうとしたが晶は京介を制止した。
「どうして?」
「あれは秋兄の勝負、手出しは無用だよ」
「でもあいつは管理社でも腕利き……何か隠しているかもしれないんだぞ」
「それなら尚のこと。秋兄がアレを使ったら下手に近づく方が危ないから。それに相当頭に血が昇っているみたいだし、心配しなくても勝つよ」
「アレって?」
「見ていれば解るよ。秋兄!これ使って」
晶は持っていた刀を鞘ごと秋隆に向けて放り投げた。地面に落ちた刀はドシンという音を立てた。
「ちょうどいい、借りるぞ」
秋隆は短刀を鞘に納めると、刀を拾い上げ鞘から抜き放った。
「村上さん、なんか地面がめり込んでいない?」
京介の指は、先ほど晶が投げた刀が着地した場所を指していた。
「刀だけで五キロ、鞘を入れたら八キロくらいあるからね」
「五キロ!」
刹那は驚いた。刹那は先ほどの戦いで晶の剣が重たいとは感じていたが、まさか刀そのものが重たいとは思ってはいなかったからだ。
通常、平均的な日本刀の重量は一キロ強といわれている。だが晶の刀はその約五倍、それを軽々と振り回すことは並大抵のことではない。
「今度はもっと分厚い盾をつくりな……手加減は出来ないからな」
「これから私に倒される人が……減らず口を!」
名雲が右手を横に払い、それに呼応するように風の刃が放たれる。縦横に各五本、計十本の刃が格子状に秋隆を襲う。
だが「びゅん」という風切り音をたてる秋隆の一振りの前にかき消された。
「集、集、集、集……」
名雲の呟きに呼応して彼の周りに風が集まる。
名雲は普段、瞬間的に集めた風の霊力をそのまま刃として打ち出している。だが本来霊術はこのような戦い方には向いていない。通常の霊術師の戦闘スタイルは霊力を集める「収束」を最大限におこないそれを「構築」し大きな術を放つ、いわば一撃必殺である。
これは、霊術は自然が持つ力を使って放たれるがゆえに、魔術と比べて消耗が少ない。だが、だからこそその引き出しは限られたモノとなってしまうからだ。
魔術や霊術の五大属性「風、火、水、土、雷」の五属性のうち、魔術ならば相性はあっても自身の魔力をどれにでも変化させることが出来る。だが着色された自然の力である霊力は魔力のように変質させることはできない。
そのため京介の「
それゆえに術の質を高めるために霊術師に求められる、大量の霊力の収束と構築を名雲は普段おこなっていない。これは彼が自身の有能さを示すアイデンティティの一つでもある。
並外れた瞬間的な収束を扱うことが出来たからこそ可能であった霊術師離れしたファストショット。これを捨てて戦うということは、名雲はなりふりかまわないでいるということに他ならない。
「
発動した名雲の術は彼を覆うように球状に展開した。見る限りに何かがありそうな球体、その中心に名雲は立っていた。
球体の後方から風が噴出し、ジェット推進のごとく秋隆に向かって突撃した。
秋隆はこれを迎え撃とうとはせず、素早いフットワークでかわし続ける。
「さすがは自慢の魔眼ですね。その様子ならこの術の正体もわかっていると思いますが視えるだけでは何も出来ないでしょう」
「今のうちにほざいていろ」
名雲は形勢が逆転したことに嘲笑しながら秋隆に語りかける。
球体「
だが秋隆もただ攻撃をかわしているのではない。その眼は的確に球体を捉え、その綻びを探していた。
「捕らえた」
そして、秋隆の眼が名雲の急所を看破した。
「何を捕らえたというのですか」
名雲は風の噴射を使った不規則な動きで秋隆をかく乱しようとする。だが小手先の動きに秋隆は惑わされなかった。
「零式……斬空剣」
秋隆の斬撃が球体の一点を捕らえた。
刀は球体を引き裂き、名雲を守る障壁の一部が欠ける。
この穴を秋隆が見逃す道理はない。突き立てた刀の切っ先は的確に名雲の右肩を貫いた。
激痛は名雲の集中力を途切れさせ、それにより
「まだだ!」
名雲は空いた左手で手刀を放つ。だがハチに対しては手傷を負わせた不可視の剣も秋隆には見切られていた。
秋隆は刀を抜き、間合いの外まで飛びのいた。
刀が傷口から抜かれたとはいえ貫通するほどの深手である。名雲の右腕は満足に動かせない状態なのは変わらない。
「諦めがついたか?」
「こんなところで……私は天才だ。その私が子供一人に負けるなどありえない」
「まだやる気か?これ以上は命の保障はないぞ」
深手を負わされ自信を削がれた名雲にとってはある意味やせ我慢の一言だった。だが彼にとってここで負けを認めることはプライドが許さなかった。天才と信じる彼のプライドにとって、負けを認めないことはそれを保つ最後のラインである。