「あれ?なんでわたし……」
あけのは玄関先で眼を覚ました。なぜ玄関で寝ていたのかは思い出せなかったが庭のほうでなにやら物音がするのを聴いた。
「なんだろう?」
庭で繰り広げられている勝負のことなど知らないあけのは、用心することなく庭に向う。
そして見た光景は秋隆の刀が名雲の肩を貫く瞬間だった。
「……」
あけのは声を上げなかった。いや、正確には上げられなかった。
目の前で繰り広げられている戦いは彼女にとって現実とは認識しがたい光景だったからだ。
呆然と立ち尽くすあけのだったが、一人の人物の姿を見て正気を取り戻した。
それは偶然なのかそれともあけのの素養故なのか、刹那の姿をその眼に捉え、あけのは先ほど玄関先で起きた出来事を思い出した。
秋隆は刀を名雲の肩から引き抜き、後ろに飛びのく。
そしてどうしても負けを認められず一つでも勝つ手段を見出そうとしていた名雲は、あけのの正体に気がついた。
「収束、収束、収束……念じるは剣、断てぬ物なき剣」
名雲は左手に霊力を集め、剣を造る。
普段の不可視の剣と違って肉眼で捉えられるが、だからこそその力は段違いのものである。
先の
名雲は剣を秋隆の腹に向かって突き刺そうとした。だが体術では秋隆に分がある。秋隆は名雲の突きを横にかわし、とどめの一撃を繰り出そうとした。
「かかったな」
だがこれは名雲の罠だった。
名雲の目的は秋隆への攻撃ではなかった。そして、その相手に真の攻撃を放つ。
「死ね!」
名雲は左手から剣を射出した。剣は一直線にあけのを目掛けて突き進む。
「しまった!」
気が付いたときにはすでに手遅れだった。振り下ろされる刀を途中で止める方法はなかった。だが振り下ろしてからではあけのを助ける事はできない。
秋隆の思考は割れ、刀の軌道が一瞬鈍る。名雲が待っていたものはこれだった。名雲は秋隆の脇腹を不可視の剣で突き刺した。
だがさすがにその程度では目前まで迫った秋隆の刀を止めることはできない。刀は一秒にも満たない間の後名雲の体を切り裂いた。
秋隆が手加減したこともあり、右肩から斜めに大きな刀傷をつけたが、名雲はまだ息があった。
あけの目掛けて放たれた剣は、あけのの逃げる動きに合わせて追跡する。
秋隆は勿論のこと晶たちも現在地的に救出するのは出来ない。
あとは名雲が外すことを願うのみだった。
だが期待を裏切って剣は的確にあけのを狙う。
そして激突の瞬間、現れた人影があけのの盾になった。
家の奥で戦いを見ているだけのハチは歯がゆい思いをしていた。
確かにハチは足手まといかもしれなかった。だが誰かを守ることを第一としているハチにとって守られるだけというのは性に合わなかった。
戦いは秋隆が名雲の肩に刀を突き刺し、決着がついたように見えた。
だが諦めない名雲の先、秋隆の後方に、一人の少女の姿を見つけた。
そして直感なのであろう、名雲の狙いが秋隆ではなくあけのだとそうハチは思った。
「くそっ!」
ハチはあけののもとへ全力で疾走した。
「間に合え、間に合え、間に合え……」
縁側に出た辺りでハチは直感が正しかったことを確信した。名雲は左手の剣をあけの目掛けて射出した。
そして激突の瞬間、ハチはあけのの盾となった。
剣はハチの背中に突き刺さり、今にも貫通しようとせり出す。
ハチは剣を両手で握り、その動きを押しとめた。
「ハチ……」
「大丈夫か、あけの」
ハチは口から血を吹き出してはいたが、その顔に苦悶の表情はなかった。
ハチはあけのが助かったことを確認し安堵の表情を浮かべる。
「秋田さん」
晶もハチとあけののもとへ駆け寄った。
一方、刹那たちは名雲のもとへ向かった。
「名雲さん、なんて事を!」
刹那は問いかけたが名雲の意識はなかった。射出した剣を命中させたところで気を失っていたからだ。
「こいつに何を言っても無駄だ。一応手当てくらいはしたほうが良いだろうから、先輩は救護班を呼んでくれないか。こんな傷を一般の病院には見せられないし」
「わかったわ」
秋隆に言われるがまま刹那は携帯電話を取り出し、管理社に救援を要請した。
そして刹那を残した全員がハチのもとに集まった。
「手当ては無用だ」
しばらくして剣は消滅したが、ハチの背中には大穴が開いていた。傷口から血が噴出し止る様子はない。
「ハチ……わたしを助けるために……」
「遠慮は要らない。だって俺たちは仲間なんだろ」
あけのはハチに抱きついた。正直言ってあけのは事態を完全には理解していない。だが仲間であるハチが命の危険にさらされた自分を助けたことだけは理解していた。
「秋隆……俺の命は後どのくらい持ちそうだ?」
「秋田さん、そんな縁起でもないこと……手当てをすれば……」
晶はハチを慰めようとしたが、言いかけて気がついてしまった。いくら異人とはいえ結局は人間、周囲の地面に水溜りが出来るほどの血液を流してもなお生き続けられる人間はすでに生物の範疇にはない。
「秋田さんの察しの通り、もう手遅れだ。手当てしても気休め程度にしかならないから、たぶん気を失ったらそこで終わりだ」
「秋隆さん、でも因子の力を引き出せれば……」
京介は皆に提案したがそれは不可能だった。
「確かに因子の力がもっとも引き出されるのは命の危機にさらされたときだ。だけど京介、わからないのか?秋田さんは因子を押さえ込もうとしているんだぞ」
ハチは気を張り続けている。京介はそれが、ハチが気を確かにしているだけだと思っていた。だがそれは違った。今ハチが気を緩めたら、彼の因子は暴走してしまう。それをハチは理解していたからこそ気を張っているのだ。
もしハチが因子の抑制を解き放ったら、あるいは傷は癒すことが出来るかもしれない。ただそれはあけのを含めて周囲の人間を食料として喰らい、その血肉とすることを意味する。それはハチの「誰かを守りたい」という信念に大きく反するものでしかない。
「あけの……」
「ハチ!しっかりして」
「死ぬ前に、おまえに伝えたいことがある……俺のことは忘れろ。おまえにはこれだけの頼もしい仲間がいる。だから俺のことは忘れて……」
「ふざけないで!」
あけのはハチの頬を叩いた。激痛を通り越し痛覚を失っているハチの体には痛みなど一つもない。だがハチの心に激痛を与えた。
「さっきハチはわたしを『仲間』って言ってくれたじゃない。なのに今度はおまえ呼ばわりした挙句に『俺のことは忘れろ』ですって?かっこつけるのもいい加減にして。仲間はね……離れ離れになっても仲間なんだよ」
「そうか…すまなかった……」
ハチは謝罪の言葉と共に息を引き取った。
それから数日が過ぎた。
ハチの遺体は、名雲の治療のために駆けつけた管理社の職員の手によって遺骨とされれ、彼の弟の元へと送られた。ハチが知人には誰にもに連絡を入れていなっかたことが幸いしたか、遺族には帰国直後に事故にあったと伝えられた。
あけのは連休明けに学校に書類を提出し、四象家での暮らしを始めた。
「あけの、帰ろう?」
「ええ……」
「あけのちゃん、どーん」
晶と共に帰宅しようとしたあけのに突然誰かが飛びついた。その正体は久織園子、別のクラスだが晶とあけのの親友であった。
「ちょっと園子、どうしたの?」
「なんだかあけのちゃんが暗かったから……なんだか大切な人が死んだときみたいに」
あけのは一見普段の調子を取り戻したように見えてはいたが、親友には見透かされていた。
「まいったな……でも別にたいしたことじゃないのよ」
あけのは咄嗟にごまかそうとした。異人だなんだといったこととは無関係である園子を引き込む気はなかったからだ。だがそれは園子の脳裏に別の疑いを生んだ。
「ごめん、あけのちゃん。まさかそっち系の悩みとは思わなくて。気にすることはないよ、いい男なんて捜せばいくらでもいるんだから」
「ちょっと、園子!」
「そういうわけだから、あんまり問い詰めないでね」
「了解、晶ちゃん」
「晶まで……」
あけのは困惑したが、晶の目配せで晶の真意に気がついた。
晶とて異人の話を園子にする気はない。それならば園子が勘違いしている以上、それに合わせたほうが余計な勘繰りをされる心配はない。それが晶の気遣いだった。
「二人とも、今日は琥珀屋に寄ってこう!失恋したあけのちゃんを盛大に慰めよう」
「賛成!」
晶はあけのの手を引き、三人は学校近くにある喫茶店「琥珀屋」に向かった。
店内での食事中、園子や店を切り盛りする御神姉妹から失恋した相手についてきかれ、ふとハチと過ごした日々を思い浮かべた。
それはたった三日、一時の出会いに過ぎなかったかもしれない。でもあけのはハチを仲間と認めて信頼した。それはなぜだったのか。
園子たちの問い詰めを適当な相槌で答えながら、あることに気がついた。
「そうか……『一目ぼれ』ってやつだったのかな」
あけのはハチが好きだった。その「好き」の意味はライクかラブか、それは解らない。
ただどちらにせよ「好き」という事実は変わらない。
二人の出会いは偶然かも知れない。だが二人が信頼しあっていたことは揺るぎのない真実だった。